大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和41年(ラ)103号 決定 1966年7月06日

抗告人 杉山平一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は「原決定を取消し、さらに相当の裁判を求める。」

と申立て、その理由として、別紙抗告の理由記載のとおり主張した。これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

本件記録によれば、杉山黌一は抗告人の父であつて、且つ本件競落物件である家屋の前所有者であるところ、昭和四〇年三月四日、抗告人が本件競売申立人厳在万から借受けた金三五〇万円の担保として、同人を抵当権者として右家屋について抵当権を設定し、即日その旨の抵当権設定登記手続を終つたこと、抗告人は、右金銭消費貸借及び抵当権設定契約締結以前から、右抵当権に基く競売申立により右家屋が競売に付されその競落人が競落代金の支払を終つた現在まで、引続いて右家屋に居住していること、及び、右競落物件の前所有者黌一は競落人に対して競落物件を任意に引渡さなかつたので裁判所は競落人の申立により昭和四一年四月九日執行吏に対し、「右物件に対する所有者杉山黌一の占有を解いて競落人にこれを引渡すべき」旨を命じた不動産引渡命令を発したところ、執行吏は右命令の執行として右家屋についての黌一の占有を解いたのみならず、抗告人の占有もこれを解こうとしたことを認めることができる。

民訴法強制執行編の規定を競売法による競売手続に準用する場合には、前者に「債務者」とあるのは、後者では「抵当物件の所有者」に該当する。しかしながら、抵当権の被担保債権の債務者が抵当物件の所有者でない場合においても、右債務者がその金銭消費貸借及び抵当権設定の契約締結当時抵当物件を占有しているときは、抵当権の実行により抵当物件が競売せられた場合において競落人に対して抵当物件を引渡すべき契約上の義務を負つているのは、通常の場合、抵当物件の所有者ではなく、現実に抵当物件を占有している被担保債権の債務者であると認むるが相当である。即ち、右のような場合には、債務者は、右各契約中にその旨を明示した約定がなくても、右契約を締結することによつて後日抵当権の実行として競売手続が実施されたときは信義則上抵当物件の競落人に対して右物件を引渡すべき義務を負うものと認むるが相当である。したがつて、後日抵当権の実行によつて右抵当物件が競落人の所有に帰して後も、右債務者がなお右物件を占有しているときは、競落人に対する競落物件の占有の引渡に関する限りにおいては、競売手続上引渡義務を負う者は抵当物件所有のみではなく、被担保債権の債務者もまた、民訴法強制執行編の規定を競売手続に準用する場合においていわゆる「債務者」に該当する。

以上述べたところにより明らかなように、本件の場合には、抗告人は本件物件の競落人に対して同物件の現実の占有を引渡すべき競売手続上の義務を負つているわけであるから、同人が任意に右義務を履行しないときは、裁判所は執行吏に命じて本件物件に対する抗告人の占有を解いて同物件をその競落人に引渡させることができる。しかるに本件手続の実際では、先に認定したところから明らかなように、本件物件についての抗告人の占有を解くべき旨の裁判所の命令は存在せず、本件物件についての所有者杉山黌一の占有を解いてこれを競落人に引渡すべき旨の競落物件引渡命令のみがあるところ、執行吏は、右命令の執行として、右物件に対する黌一の占有を解いたのみならず、同時に、右物件に対する抗告人の占有もこれを解いた上で、右物件の右黌一及び抗告人占有部分を競落人に引渡したのである。

そこで抗告人は「(1) 抗告人は債務者であつて抵当物件所有者でないから、抗告人に対しては競売手続の終結処分としての競落物件引渡命令を発することはできない。(2) 黌一の占有を解くべき旨の引渡命令の執行として抗告人の占有を解くことはできない」と主張するわけであるが、(1) の主張については、既に説明したところから明らかなように、本件の場合、抗告人は実体上本件競落物件の引渡義務者であつて、抗告人の主張は理由がない。(2) の主張についても次に述べるような理由で抗告人の主張は理由がない。

即ち、通常の場合には、父の所有する家屋に父と共に居住する息子は、右父子共同の家計を維持する収入を得る者が息子で、父の生活費の一切が息子の収入から支給され、右家屋の敷地の地代が息子によつて息子の名義で息子の収入の中から支払われる場合においても、別段の事情がない限り、父の占有補助者として右家屋を占有しているに過ぎず、父から右家屋を賃借している者でも、父とは関係なく独立して右家屋を占有している者でもないと認めるが相当である。何となれば右の場合に息子が父のために父の生活費、小使い、乃至家屋敷地の地代等を支出するのは親子関係に基く扶養行為であつて、家屋の占有使用に対する代償の支払と認むべきではなく、したがつて、息子による家屋の占有使用は父の家屋所有権に基く家屋の占有使用の補助行為と認むるが相当であるからである。

本件の場合は、抗告人が原審に提出した疎明書によれば、「本件物件は以前抗告人の兄弟である杉山憲二の所有に属していたが、同人の戦死により抗告人の父黌一がこれを相続したものである。抗告人は右物件が右黌一の所有に帰する以前の昭和一八年頃から右物件を賃貸借期間の定めなく賃借してこれに居住し、右物件に対する税金及びその敷地の地代の立替支払並びに父黌一に毎月幾らかの金員を手渡すことにして、これをもつて家賃と相殺することにしていた。抗告人の父黌一は、本件物件が右憲二の所有に属していた当時はもちろん、前記憲二の死亡により右物件の所有権が黌一に帰して後も、右物件に居住していなかつたが、昭和四〇年五月一一日抗告人は右黌一を引取つて以来本件物件で一緒に暮している。最近では毎月立替払いの地代及び税金が金八、四八四円になるので、毎月家賃として一定額を払うようなことはしていないが、黌一の生活費の支出を別にしても前記金額を家賃として支払つていることになる。」と云うのであるから右通常の場合とやや趣を異にするが、右疎明書の記載その他諸般の事情を綜合すれば、抗告人は現在父黌一から本件物件を賃貸借又は使用貸借契約によつて借受けているのではなく、父黌一の占有補助者として占有しているに過ぎず、黌一の生活費の立替支出並びに税金及び地代の立替払は父子関係に基く扶養行為に過ぎないと認むるが相当である。

以上の説明で明らかなように、抗告人が本件抗告理由四、及び五中で主張している諸事情も、また抗告人が原審において主張している諸事情も、息子である抗告人が父である黌一から本件家屋を賃借しているとか、又は、抗告人が本件家屋について父の占有とは別個独立の占有をしているとか認むべき別段の事情には該当しないと認むるが相当である。

よつて、父黌一に対する本件家屋の引渡命令に基いて、抗告人を本件家屋から退去せしめた執行吏の本件執行行為は適法且つ相当であつて、これを違法又は不当として非難する抗告人の原審における執行方法に対する異議申立は理由がないので、右申立を棄却した原決定は相当である。これを非難する本件抗告は理由がない。

そのほか記録を調査しても原決定にはこれを取消すべき違法は見当らない。

よつて民訴法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 乾久治 長瀬清澄 岡部重信)

別紙

抗告の理由

一、原裁判所の認定事実は次の通りである。

1 杉山平一は本件建物の賃借人ではなく、使用借人にすぎない。

2 仮りに平一と黌一との間に使用貸借がなされていないとしても、異議申立人が独立して本件建物を占有していない。

二、そして、右事実によれば、平一は競落人に対抗できないから、本件引渡命令は適法となり、申立は理由がない、とされる。

三、けれども、平一は本件建物を賃借するものであり使用借人ではない。この点原裁判所は事実を誤認している。

四、かりに平一が使用借人であるとしても、本件建物を独立して占有するものである。即ち平一は昭和一八年頃より本件建物に居住し、独立して本件建物を占有しつつ現在に至つているが、黌一は昭和四〇年五月一一日頃、それまでの住居であつた芦屋市東芦屋町四五番地所在建物から退去をよぎなくされて、長男である平一に扶養さるべき平一居住の本件建物に同居してきたものである。従つて平一が独立して本件建物を占有していることにかわりはない。

五、そして、平一は昭和一八年頃から本件建物を占有しているから勿論本件不動産競売開始決定以前から競売不動産を占有するものに当る。このように競売開始決定以前から競売不動産を占有しているものに対しては、その占有が競落人に対抗しうる権限を有すると否とにかかわらず民事訴訟法第六八七条三項による引渡命令を発しえないものと解される(昭和三八年(ラ)第二八三号同三八年一二月七日東京高等裁判所判決)。かかる場合には、競落人において占有者宛の別個の引渡し命令をえて引渡しの執行をなすべきものである。これを本件についてみるならば、杉山黌一に対する引渡命令によつて杉山平一に対する執行をなしえないものであり、杉山平一から本件建物の引渡しをうけるためには先ず平一宛の引渡命令を得る必要がある。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例