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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1307号 判決 1969年12月19日

控訴人

森公子

代理人

後藤陸朗

南大阪ソニー販売株式会社承継人

被控訴人

大阪中央ソニー販売株式会社

代理人

藤原光一

被控訴人

日本ビクター株式会社

代理人

倉橋春雄

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実<省略>

理由

一別紙目録記載の物件(以下本件土地建物という)がもと原審相被告平井信也(以下信也という)の所有であつたこと、本件土地建物が信也から控訴人に無償譲渡され、大阪法務局堺支局昭和三九年六月一三日受付第一九七九九号をもつて同年同月四日右の譲渡を原因とする所有権移転記録を経由したことおよび控訴人は信也の妻であつたところ、同年同月一二日右夫婦につき協議離婚の届出がさなされたことは当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  平井信也は昭和三七年一二月頃大阪市東成区東小橋南之町二丁目一二〇番地に店舗を構え、マツヤ電器の商号で電機器具類の小売商をはじめたが、昭和三九年六日当時には右商品の仕入先である南大阪ソニーに対して二四四万円余、控訴人日本ビクター株式会社(以下日本ビクターという)に対して二一〇万円余の未払金債務を負担するほか、他の取引先をも含めて総額一〇〇〇万円に近い債務を負うに至つたが、一方資産としては二〇〇万円足らずの在庫商品と唯一の所有不動産である本件土地建物以外にはこれといつたものがなく、表面上は営業をつづけていたものの明かに支払不能の状態にあつたこと。

(二)  控訴人は右平井信也と昭和三三年一一月二〇日結婚し、同年一二月二七日婚姻の届出をして爾来夫婦として同棲し、その間に長女章子(昭和三四年九月二一日生)二女満寿美(昭和三七年九月一三日生)をもうけたが、信也がそれまで勤務していた実兄の会社をやめて独立して前記マツヤ電器を営むようになつた頃から同人の生活態度が乱れ、家庭を外にして酒色に耽けるようになり、生活費も満足に入れなくなつたので、控訴人は昭和三八年一二月頃信也の兄の前妻であつた久木愛子と共同して大阪市東区船橋町で喫茶店を経営し、その収益でようやく母子三人の生計を維持してきた。しかし信也の行状は一向に改まらず、昭和三九年二月頃からは外泊してほとんど家にも帰らなくなつたので、控訴人は信也と離婚する決意をして信也にその意中を告げるとともに離婚に伴う金員の支払方を要求したところ、信也は離婚については同意したが金がないと答えるのみで何等誠意ある態度を示さず、問題の解決が遷延されていたが、同年五月頃になつて、子供二人は控訴人が引取つて育てるから金の代りに本件土地建物を貰つて離婚しようという控訴人の申出を信也も承諾するに至り、同年六月四日右の協議に基づいて信也から控訴人に本件土地建物を譲渡し、同月一二日協議離婚の届出を了するとともに、翌一三日右譲渡による所有権移転登記手続を経由したこと。

(三)  本件土地建物は信也が控訴人と結婚後の昭和三四年頃、勤務先から一〇〇万円余、住宅金融公庫から六五万円を借受け、これらを資金として購入した物件であつて、右の勤務先からの借入金はその後四年間に信也がこれを完済し、住宅金融公庫からの借入金は控訴人が生活費のうちから一部を支払い残額が五〇万円程あつたが、前記控訴人名義に所有権移転登記をするに際し、控訴人において実父から資金の援助をうけてこれを完済したこと。

以上のような事実が認められ、これを覆えすに足る信用すべき証拠は他に存在しない。<以下略>

三かくて以上の認定事実からすると、信也は控訴人との前記離婚に際し、他に適当の財産がなかつたのと、本件土地建物が当時、控訴人と子供二人の住居の用に供されていたので、控訴人の要望もあつて、これを右の離婚に伴う財産分与として控訴人に無償譲渡(贈与)したものであると認めるのが相当である。そして財産分与は、離婚の際における夫婦財産関係の清算(夫の所有名義である財産に対する妻の潜在的持分の清算)であるとともに、離婚後における生活困窮配偶者の生活保障(離婚扶養)たる性格を有するもので、消極財産の有無にかかわらず、現に存在する積極財産につき双方の協力の程度その他一切の事情を考慮して分与さるべきものであるから、たとえ本件の場合におけるが如く、分与者たる信也が分与財産の額を上廻る多額の債務を負担しており、右の財産分与がこれら債権者の共同担保を減少させる結果になるとしても、その財産分与が前記の如き制度本来の性格に照して不相当と認められるものでないかぎり、これをもつて債権者詐害の行為には当らないものと解すべきである。

ところで、前段認定のとおり、本件土地建物は信也が控訴人と結婚後一家の住居として取得したものであつて、これが購入資金の返済については控訴人もともに協力しており、実質上は夫婦の財産というを妨げず、しかも控訴人ら夫婦の本件離婚はもつばら夫たる信也の家庭を顧みない不貞不行跡に起因するほか、控訴人は離婚後幼年の子二人を引取りこれを扶養する責任を負担するに至つたのであつて、これらの事情は前記財産分与の額を定めるについて当然斟酌されて然るべきものであり、これら一切の事情を考慮するときは、本件控訴人らの離婚に伴う財産分与として、金銭の支払その他の方法にかえて本件土地建物の贈与がなされたことは、その額および方法において特にこれを不当視することはできず、他に不当と断ずべき特別の事情は見当らない。

四なお、債権者が債務者の行為を詐害行為としてこれを取消し得るがためには、債務者が債権者を害することを知つてこれをなしたことのほか、その行為によつて利益をうけた者(受益者)が、行為の当時詐害の事実を知つていたことを要するところ、信也が当時自己所有の唯一の不動産であつた本件土地建物を控訴人に贈与するに当つて、これにより多数債権者の共同担保を著しく減少させる結果になることを認識していたことは前段認定の諸事実からしてこれを推認するに難くないところである。しかるに一方受益者たる控訴人についてこれをみるに、信也は前叙の如く昭和三七年末からマツヤ電器の営業を始めたが、その営業所は自宅とは全く別個の場所に在つて、控訴人は右の営業に関与したことがないのはもちろん、営業所へも他の用事で二度ほど行つたことがあるだけで、したがつて、本件土地建物の贈与をうけた当時まで、信也がマツヤ電器の営業のために被控訴人らおよびその他の債権者から多額の債務を負担し支払不能の状況にあることなどについては全く知らず、前叙の如く信也に対して離婚するについての金員の支払方を要求していたが信也が金はないとだけで一向に応じないので、金が貰えないのであればせめて本件土地建物でも貰つて早急に離婚問題を解決しようと考え、離婚による慰藉料や離婚後の生活費および自分が引取る子供の養育費等を含めればこれくらいのものを貰うのは当然であるとして信也に要求した結果、本件の贈与をうけるに至つたものであることが、<証拠>によつて認められ、他に右の認定を左右するに足る証拠はない。これらの事実によると、控訴人は右の贈与をうけるに当り、該贈与によつて信也の債権者が害せられるに至ることについては全く認識がなかつたものというべきである。

右の次第で信也がなした控訴人に対する本件土地建物の譲渡行為は以上いずれの点からするも詐害行為としての取消の対象にならないものというべきであるから、右取消権に基いてこれを取り消し、受益者である控訴人に対して所有権移転登記の抹消登記手続を求める被控訴人らの本訴請求は理由がなく、これを認容した原判決は失当で本件控訴は理由がある。よつて、原判決を取り消し、被控訴人らの請求を棄却し、訴訟費用は第一、二審とも敗訴当事者たる被控訴人らに負担させることとして、主文のとおり判断する。(小石寿夫 宮崎福二 舘忠彦)

別紙目録《省略》

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