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大阪高等裁判所 昭和40年(う)303号 判決 1965年7月31日

被告人 児島三代治

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮四月に処する。

本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人沢田剛作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

所論は、要するに原判決は「被告人は大型乗合自動車(巾二、四六米)を運転して原判示県道(巾員三、九米)を時速約一五粁で進行中前方五、九米付近左側道路端を右側通行の二列従隊で対向して来る牛島小百合(当時七才)ら約二〇名の学童を認めたが自動車運転者としては道路の幅員が極めて狭隘である為その侭進行すれば右学童らと接触する危険が予想されるので最徐行して学童らとの間隔を十分に保つて進行するか、又は自動車を誘導する等万全の措置を講じ、以て事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り道路右側の電柱との接触の危険にのみ気を奪われ左側の学童の通行状況についての注視を怠つた侭進行した過失により自車左前輪タイヤより約五糎突き出たナツトを前記牛島小百合の左下腹部にひつかけ転倒させ即死させた」とし、右事故は被告人の過失にもとずくものと認定しているけれども、被害者を含む前記学童は被告人の自動車に対向して歩行して来たものではなく、被告人の自動車を認め、道路の左端に待避又は停止していたものであり、又道路の幅員の狭いことは田舎として普通のことであつて、本件現場が特に狭いというものではなく、而も被告人は左側の学童との間には〇、七米乃至〇、九米の間隔を保ち、且時速約一五粁の徐行をしていたもので、特に学童との接触の危険が予想される状況にあつたものではない。又自動車を運転する場合、運転手の視野は前方及びその左右に及ぶものであるから、被告人が道路右側の電柱との接触の危険にのみ気を奪われ、左側の学童の通行状況の注視を怠つたということはあり得ない。

なお原判決は自動車を誘導することをも注意義務の内容としているけれども、このようなことは机上の空論として云い得ても、登、下校時学童の通行の多い道路でそのようなことをすれば、自動車は殆ど進行できないこととなり、不当である。以上のとおりであるから被告人には何ら自動車運転上の過失はない。しかるに、被害者と手をつないでいた横井みつよが被害者の手を引張り、被告人の自動車を待避させたのに、被害者が右横井みつよを引張り返した為自動車に接触したものであるから、本件事故は被害者の過失にもとずくものというべきである。したがつて原判決が本件事故は被告人の過失によるものと認定したのは事実を誤認したものである、というのである。

よつて調査するに、原判決挙示の関係証拠によると、本件事故現場の幅員は三、九米の狭隘な道路でその南側に電柱が一本あり、為に同所の有効幅員はこれよりなお狭隘となること、一方被告人運転の自動車は大型乗合自動車で、車巾は二、四六米、長さ一〇、〇二米で、運転席は右側にあり、運転席からはバツクミラーによらなければ車体左側の歩行者の状況は見難い状況にあること、当時は午前八時一〇分頃で学童の登校時にあたり、同自動車が道路西方より東方へ進行現場附近に差しかゝつた際前方北側を被害者を含む二〇名位の小学生が一団となつて反対方向から歩行して来ていたこと、そのうち数名は被告人の自動車を認めて道路北側の小路又は人家の玄関先に分れて待避していたが、被害者を含む一部学童はなお歩行中であつたことが認められる。このような学童(而も低学年の学童)が多数通行する狭隘な道路を大型自動車で通過するに当つては、自動車運転者としては、できるだけ道路の右側により学童との間隔をとるべきであるのは勿論であるが、学童の年令から考えて何時不測の行動に出るかも知れないことを慮り、自ら学童の挙動に周到な注意を払うとともに、それが困難のときは、同乗の車掌をして学童の通行状況に同様十分な注意を払うように指示を与え、時にはこれに誘導させる等して無事通過し終るまで何時でも停車できる程度に最徐行し、もし現に接触の危険が感じられた場合は直ちに停車し、以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものというべきである(道路交通法七一条二号参照)。しかるに被告人は原判示のとおり前記場所を通過するに当り右の注意義務を怠り、たゞ所論のように、車体と道路北端との間に、もし学童が北端に待避しておればこれと接触しないだけの〇、七米乃至〇、九米の間隔をおいたけれども、道路南側の電柱との接触の危険にのみ気を奪われ、自車々体の北側を歩行中の被害者らの状況についての注視を全く欠き、又車掌をしてそのことの指示を与え、あるいはこれに誘導させることもしない侭、漫然時速一五粁位で進行した為、本件事故を惹起したことは十分これを認めることができるから、被告人が果すべき業務上の注意義務を怠つた過失責任は免れないことは明らかである。

もつとも車体北側を被害者と手をつないで歩いていた同学年の横井みつよが、自動車との接触の危険を感じて被害者の手を引張り待避させようとしたのに、被害者はこれを引張り返した為車体に接触し本件事故が惹起したことが認められるが、たとえ被害者側に右の如き不測の行為があつたとしても、幼少の児童は何時かような不測の行動に出るかも知れないことは当然予想しうるところであることは前示の通りであり、被告人が右の注意義務に欠くるところがなければ本件事故は回避し得たであろうことが証拠に照し十分認められるのであるから、被告人に業務上過失致死罪の刑責は免れない。これを要するに原判決の注意義務の認定には稍々明確を欠く嫌いはあるけれども、原判示事実は原判決挙示の証拠により十分これを認めることができるのであつて、原判決には所論のような事実誤認を疑わせるかどはない。論旨は理由がない。

しかしながら職権を以て原判決の量刑を考えてみると、本件においては、被害者の前示の如き行動が事故発生の重要な原因の一つをなしているのであるから、この点を斟酌すれば、原判決の量刑はいささか重きに過ぎると思われる。原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法三九七条、三八一条により原判決を破棄し同法四〇〇条但し書にしたがい当裁判所において更に次のとおり判決する。

原判決の認定した事実(但し原判決二枚目三行目の「自動車を誘導する等」とあるを「自ら学童の挙動に周到な注意を払い又は同乗の車掌をして同様注意を払わせ、時にはこれに誘導させる等」と書換える)に原判決挙示の各法条を適用し主文二、三項のとおり判決する。

(裁判官 山田近之助 瓦谷末雄 石田登良夫)

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