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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1627号 判決 1963年9月19日

控訴人 今藤粂二

右訴訟代理人弁護士 日下基

被控訴人 久保敬三

被控訴人 岡本石豹

右両名訴訟代理人弁護士 仁藤一

同 菅生浩三

右訴訟復代理人弁護士 植原敬一

被控訴人久保敬三補助参加人 東光商事株式会社

右代表者代表取締役 光井司郎

右訴訟代理人弁護士 武井竹五郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用(補助参加費用とも)は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

当裁判所は控訴人の請求を理由のないものと認めるものであつて、その理由は原判決理由の五の(四)以下を左の通り修正補充するほか、原判決理由説示と同一である。

不動産の賃貸人は、賃借人をして賃貸借契約の目的物の占有を取得させ、かつ契約期間中引続いてこれを使用収益させる義務があるが、右の使用収益は、賃貸人自らが有し又は取得する権原に基き、賃借人にこれを付与すべきものであることは論を俟たないところであり、賃借人の右賃貸人に対する使用収益請求権は、対人権であると同時に、契約の存続する限り肯定せられるものであるが、その給付として賃借人に与えられる賃借物に対する使用収益の権能は、賃貸人に対する関係では勿論、その他の第三者に対する関係でも正当性を保持し、物理的には勿論、法律的にも他人から妨害、阻止せられないものであることが必要であると考えられる。賃借物について他人が所有権その他の権利を有し、賃借人が自己の賃借権を以て右の権利者に対抗できず、これがためにその賃借物の占有を失つた場合は勿論、たとえ占有を保持していても、その占有の正当性が否定され、(即ち客観的にも他人の権利の目的物の不法占有であり)、既往の占有の利益について正当な所有者その他の権利者から利得の回収、損害の賠償を要求され、右利益の喪失を来すかかる要求に応ぜざるを得ない正当の理由があるときには、賃貸人の付与した使用収益の権能は瑕疵のあるものであり、その瑕疵が全面的に亘る場合には、契約の履行については、その完全な履行がなかつたものと見るべきであつて、これと、目的物についての物理的な失陥、即ち占有の喪失、使用収益の停止等とを実質的に差別すべき根拠を見出すことは困難である。別の観点よりすれば、物権のように、権利それ自体に法律上排他性のあるものの設定の効果については、設定者の処分権の有無のみを問題とすれば足りるが、賃借権の如く、法律上排他性を有せず、かつ設定者の処分権を必ずしも問題としない権利に在つては、賃貸人に対してその法律的保障を求める方法による以外には、権利者の不満足の結果を救済する途は見出されないということができる。賃貸借が債権契約としてなお存続し、右のような場合においても賃借人は賃貸人に対する使用収益請求権を失わないということと、賃貸人の債務が完全に履行されていないこととは別の事柄であつて、賃貸人が既往の瑕疵ある使用収益権能の付与に対応する賃料を無条件に請求できるか否かの問題は、後者の問題としてのみ判断されなければならない。そして右瑕疵の原因が賃貸人の行為に存する場合は、賃貸人の責に帰すべき債務不履行としての効果を受くべきことはいうまでもない。

≪証拠省略≫訴外東光商事株式会社と被控訴人久保との間に、被控訴人等主張の通りの訴訟があり、右訴訟について昭和三二年一二月二三日被控訴人等主張通りの裁判上の和解が成立し、被控訴人久保は右訴外会社に対し、控訴人主張の賃料発生期間中の本件物件の使用収益の対価の全部に相当する損害金につき約定を為し、その支払義務を認めたことが認められ、これに反する証拠がない。そして前段認定の事実、判断によれば(原判決理由五の(一)(二)(三))、右会社の請求が客観的にも正当であり、かつその原因は、控訴人が訴外会社との本件物件の売買契約を解除された後であるにも拘らず、なお徒らに右物件の賃貸権限があるものと信じて、本件賃貸借契約を結んだことに発するもので、少くとも控訴人の過失に起因するものであることは、前段認定より容易に是認せられるところである。そうすれば、控訴人主張の期間内における控訴人の賃貸人としての債務は、控訴人の帰責事由によりその履行が甚だしく不完全であり、結果においては全く履行されなかつたものと同視せられるか、又は履行の外形はあつても、その効果は全く覆滅せられたものと解するの外はなく、いずれにせよその債務は不履行のものと見るべきで、右は双務契約の性質上、反対給付たる賃料支払義務を拒否し得る事由となるものというべきである。

控訴人は、本件の争点でない前記の別の売買契約解除の効力を、別件の確定を俟たずして本件において判断するのは行過ぎで失当であると主張するけれども、右解除の効力の有無は被控訴人等の抗弁の前提事実となつていて、本件の争点の一に属することは明白であるから、別件の判断とは別に、本件においてもその必要に基き独自の確信判断を為す必要があるから、控訴人の右主張は理由がない。また控訴人は、前記売買契約の解除の効果が被控訴人の賃借権を害するいわれはないから、賃料債権とは影響がないと主張するが、右解除は賃貸借契約成立の以前の事項であるから、解除の遡及効とは関係がなく、右主張は他の点を考慮するまでもなく理由がない。また控訴人は、訴外会社と控訴人とは併立権利者で、被控訴人の債務の弁済供託原因を生ずるに過ぎないというけれども、単に外観上権利者が競合することは、直ちに権利者の判定を不明ならしめるものではなく、義務者においてその一方を正当な権利者と判断してその義務を履行することは何等妨げられないから、右主張も失当であり、また、訴外会社について前記和解の実効が発生せず、占有は控訴人に残存し、右会社には賃料請求権がないという事由による主張も、訴外会社の請求が損害賠償請求の形を採り、その請求が正当である以上は、控訴人の賃貸権限の否定事由として欠くるところはなく、控訴人が間接占有者であるというだけでは、被控訴人久保の直接占有が瑕疵がないということにはならないから、右主張も亦理由がない。

以上述べた以外については、原判決の理由をここに引用する。

そうすると、控訴人の請求を棄却した原判決は結局相当で控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 岡垣久晃 判事 宮川種一郎 鈴木弘)

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