大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1400号 判決 1962年6月15日

控訴人(原告) 村田亀蔵

被控訴人(被告) 兵庫県知事 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。原判決末尾添付目録記載の土地につき、被控訴人兵庫県知事が控訴人に対してなした買収処分並びに同被控訴人が被控訴人羽岡に対してなした売渡処分がいずれも無効であることを確認する。被控訴人羽岡は控訴人に対し、右土地について右被控訴人のためになされた神戸地方法務局神崎出張所昭和二四年一二月二九日受附第一三一四号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人兵庫県知事代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人羽岡は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、控訴人の証拠の援用は原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

本件宅地がもと控訴人の所有に属し、被控訴人羽岡が控訴人から賃借していた土地であつたこと、右宅地が昭和二四年一二月二日自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第一五条に基き、被控訴人兵庫県知事の発した買収令書により政府に買収せられ、更に同日自創法第二九条第一六条に基き農地の売渡を受けた被控訴人羽岡に売渡され、同被控訴人のため神戸地方法務局神崎出張所同月二九日受付第一、三一四号を以て所有権取得登記のなされていることは当事者間に争がない。

ところが、控訴人は右附帯買収の無効原因として、右賃貸借は安定しているから、本件宅地を附帯買収すべき必要性ないし相当性はない旨主張するが、自創法第一五条第一項第二号の立法趣旨は、今次の農地改革によつて自作農となるべき者が将来農業経営をしてゆく基盤を強固にしようとするものであつて、耕作者の地位を安定し、自作農となつたことの成果を十分発揮させるためには、住宅その他の建物の敷地が買受農地の経営上必要欠くべからざるものである以上、これを買収して自作農となるべき者の所有に帰せしめることによつてその目的を全うせんとするものにほかならないから、買収の対象たる本件宅地の賃料の多寡、控訴人において右宅地を引続き被控訴人羽岡に賃貸する意思があるか否か、或は被控訴人羽岡の右宅地の賃借人としての地位が借地法上保護せられているか否かの如きは、右附帯買収の必要性ないし相当性に対し何等の消長も来さないものと解するのを相当とする。従つて、控訴人の本件賃貸借の安定性を理由とする右主張は理由がない。

次に控訴人は右宅地中の居宅部分の敷地は自創法第一五条第二項第三号所定の「宅地及び建物の位置、環境及び構造等」により買収を不適当とする場合に該当する旨主張するので考えるのに、原審における検証の結果、控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人羽岡は今次の農地改革により合計二反六畝一八歩の農地の売渡を受け自作農となり、結局合計六反五畝歩を耕作していたものであるが、本件宅地と右買受農地との距離は七〇米ないし五〇〇米にすぎず、また他の耕作地とは或はこれに接着し、或は一五〇米の距離のところに位しているところ、右宅地は東部において町道に沿い、その周囲は大部分水田に囲まれ、該宅地上には被控訴人羽岡居住の居宅と下屋、納屋等が存在し、同被控訴人は昭和四年頃から専業農家として、右居宅を本拠とし、右下屋、納屋或は右居宅の南の空地(庭)で農作物の脱穀、乾燥等をし、これらを利用して農耕に従事しているもので、これらは一体として被控訴人羽岡の農耕に欠くべからざるものであり、しかも右居宅は他の営業を営むような構造をとつていないことが認められ、他に右認定を左右するに足る確証はないところ、これらの宅地建物の現況、附属建物の配置、その他諸般の事情に鑑みると、右宅地及び建物の位置、環境、構造上も、本件宅地はすべて被控訴人羽岡の農耕に必要なものであり、しかもそれは同被控訴人の従前からの経営農地に対し必要であつたと同様、解放農地の耕作にも必要欠くべからざるものであることが明らかである。そうすると、控訴人の本件買収が自創法第一五条第二項第三号に該当する旨の主張も亦失当といわねばならない。

してみると、控訴人の本訴請求はすべて理由がないから、右請求を失当として棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 大野千里)

原審判決の主文、事実および理由

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「別紙物件目録記載の土地につき、被告兵庫県知事が原告に対してなした買収令書による買収処分並びに同被告が被告羽岡和平に対してなした売渡処分はいずれも無効であることを確認する。被告羽岡和平は原告に対し、別紙物件目録記載の土地について、右被告のためになされた神戸地方法務局神崎出張所昭和二四年一二月二九日受付第一三一四号所有権取得登記の抹消手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「一、原告は別紙物件目録記載の宅地(以下本件宅地と略称)を所有したものであるが、昭和二四年一二月二日、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第一五条の規定に基き、被告兵庫県知事の発した買収令書により政府に買収され、政府は同年同月同日、これを自創法第二九条、第一六条の規定によつて、本件地上に建物を所有する自作農たる被告羽岡和平に売渡し、請求趣旨第二項記載の登記がなされた。

二、しかしながら自創法第一五条の附帯買収が相当であるためには、買収の目的となるべき宅地が、売渡農地の経営上必要な宅地であることを要するが、当該宅地が売渡農地の経営上必要であるといいうるためには、売渡宅地の利用度から見てこれを附帯買収することにより、耕作農家の地位を安定しようとする法の目的に適合する場合でなければならぬ。本件宅地の場合には、買収当時の賃料は一ケ年一坪当り玄米七合に過ぎない。この程度の地料の場合には、借地法による借地権さえ存するならば、土地所有権まで取得しなくとも農業経営上何等支障がなかつたといいうる。従つて宅地買収が相当とされるのは従前の宅地利用についての負担が重く、これを解消しなければ自作農としての経営が困難と考えられるが如き場合に限られねばならぬ。本件の場合右の意味での必要性は毫も存せず、その買収は不当で、右認定の誤は重大且明白であるから、本件宅地の買収、売渡は当然全部について無効である。

三、仮りにそうでないとしても、自創法第一五条の法意は、農業経営上必要欠くべからざる物件に限つて、これを農地と併せて買収し、これを自作農に売渡して自作農の安定を図るにあるといわねばならぬ。本件宅地については、同地上に被告羽岡所有の建物(居宅、納屋、下屋)が存するのであるが、本件宅地の内農業経営に直接必要と思われるのは納屋及び下屋の敷地約一〇・五坪にすぎず、その余の土地は農業経営に直接関係を持たない純然たる居宅の敷地である。しかも被告羽岡の場合、納屋及び下屋の部分と居宅の部分とは截然区別しうる状況下にあり、自創法第一五条第二項第三号の宅地又は建物の位置、環境及び構造等により買収を不適当とする場合に該当するから買収は当然居宅部分の敷地を除外すべきものである。しかるに全部の土地を買収した点は重大且明白な違法を犯したもので、買収、売渡処分は全体が無効である。よつて本訴請求に及んだ。」

と述べ、

立証として原告本人の尋問を求め、検証の結果を援用した。

被告兵庫県知事指定代理人及び、被告羽岡和平は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

「原告主張の請求原因第一項の事実は認める。請求原因第二、三項の事実は否認する。即ち、耕作農家の地位の安定は所有権を与えてこそ可能で、賃料の如何にかかわるものではない。又農業経営するための本拠である居宅及び納屋、作業場等は農業経営上必要不可欠の施設で、しかも本件宅地上の家屋は、純然たる農業家屋の構造で、本件宅地の位置、被告羽岡には本件の他に宅地なく農業以外に職業を有しないことよりしても本件買収は相当で、本件買収、売渡処分には何等違法はない。」と述べた。

理由

原告は請求原因第一項において主張する本件宅地を原告が所有していた事実、右宅地が昭和二四年一二月二日自創法第一五条の規定によつて被告兵庫県知事の発した買収令書により政府に買収せられ、政府は同年同月同日これを自創法第二九条、第一六条の規定によつて、本件地上に建物を所有する自作農たる被告羽岡和平に売渡し、原告の求める請求趣旨第二項記載の登記がなされた事実は当事者間に争がない。

請求原因第二項において原告は、買収当時の本件宅地の賃料は年坪当り玄米七合にすぎないから、本件宅地買収は不相当でこれを買収したのは重大且明白な瑕疵がある旨主張するが、原告本人尋問の結果によると、本件宅地買収当時、右宅地の地代は年坪当り玄米七合位であつた事実を認めることができる。しかし右買収当時の地代が安いからとてそれはそのまま永続するとは限らず、解放農地によつて自作農となつた者の地位を安定するため第一項所定の附帯施設等の買収ができるとした自創法第一五条の趣旨は買収の対象となる宅地の賃料の多寡等を考慮することなく所有権を与えるため買収しようとするものと解せられるから、原告の右主張は理由がない。

次に原告は、本件宅地中居宅部分の敷地は除外すべきものであるというが、自創法第一五条の附帯買収においては買収しようとする宅地が解放農地の農業経営上必要であるものが対象となり、解放農地に直接附随し、専ら農業用に供せられる納屋及び下屋の敷地に限らずこれと一体をなし解放農家がそこに居住する居宅の敷地も当然含まれると解すべきである。本件の場合においては検証の結果によると本件宅地の周囲は田に囲まれ、本件宅地上の居宅建物も農業家屋の構造をとつており、納屋及び下屋の部分とはなるほど区別し得ることが可能とはいえても、これらと牛舎、その他農家として必要なと思える設備と共に居宅とは一体をなしていることが認められ、その居宅の敷地部分のみを自創法第一五条第二項第三号の宅地又は建物の位置、環境及び構造等により買収を不適当とする場合に該当するものとは到底認定し難い。この点の原告の主張も理由がない。

以上によつて原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(昭和三六年一〇月二〇日神戸地方裁判所判決)

(別紙物件目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例