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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)55号 判決 1964年2月20日

控訴人 山本一吉

右訴訟代理人弁護士 小林寛

被控訴人 橋本熊次郎

右訴訟代理人弁護士 和田益太郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、なお当審において請求の趣旨を減縮して「控訴人は被控訴人に対し金七〇万円及びこれに対する昭和三四年七月二五日以降支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。

当事者双方の事実の主張及び証拠関係は左に附加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人の主張

(一)  本件手形のうち金額五五万円の手形は、訴外栄助不動産株式会社(旧商号三勝産業株式会社)が被控訴人より同人の所有にかかる豊中市大字島江一一九番地、一二三番地上家屋番号島江第一七九番、木造スレート葺二階建市場一棟とその附属建物を買受け、その代金の一部支払のため、昭和三四年二月二三日被控訴人に対し振出し交付していた(イ)金額金二〇万円、支払期日同年四月二日、(ロ)金額金二〇万円、支払期日同年五月二日、(ハ)金額金一五万円、支払期日同年六月二日、(ニ)金額金一五万円、支払期日同年七月二日とした約束手形(控訴人は右各手形の裏書をしたことがないので、裏書をしたとの従前の主張を訂正する。)のうち(イ)ないし(ハ)の手形の書替手形として、被控訴人に対し振出し交付したものであつて、控訴人の全く関知しない手形である。したがつて控訴人は右手形に裏書したことはない。また、控訴人は本件手形のうち金額一五万円の手形の振出の事実を関知しないのは勿論、これに裏書をしたこともない。右手形は前記(ニ)の手形と金額、支払期日は同一であるが、別個の手形である。

(二)  仮に控訴人が訴外会社から本件手形二通の振出し交付をうけ、かつ控訴人が被控訴人に対しこれを裏書譲渡したとしても、右手形はいずれも振出日の記載を白地にしたまま振出されたものであるところ、被控訴人は右白地部分を補充しないまま、本件五五万円の手形については昭和三四年六月二六日、本件一五万円の手形については同年七月二日、それぞれ支払のため呈示し、本件控訴提起後、振出日を同年二月二三日として、それぞれその補充をしたものであるから、遡求権行使の前提としての適法な呈示がなされなかつたこととなる。したがつて被控訴人は右手形の裏書人である控訴人に対し手形金の支払請求をすることは許されない。

(三)  仮に右主張が理由がないとしても、訴外会社は昭和三四年六月二四日本件手形二通の書替手形として、金額金七〇万円、支払期日同年八月二日支払場所株式会社神戸銀行北浜支店なる約束手形一通を被控訴人あてに振出し交付したことにより、本件手形二通はいずれも無効に帰した。したがつて被控訴人の右手形に基く請求は許されない。

(四)  仮に右主張が理由がないとしても、被控訴人と訴外会社間の大阪地方裁判所昭和三四年(ワ)第三八八八号約束手形金請求事件の確定判決に基き被控訴人が訴外会社に対して有する本件手形金債権七〇万円の弁済につき、同三六年一月二〇日被控訴人と控訴人間に、控訴人において右手形金を分割して同年二月一〇日に一五万円、同年三月一〇日に五万円、同年五月末日に残金を支払うこと、示談成立と同時に右両者間に係争中の訴訟は各自速やかに取下げること等を内容とする示談契約の成立をみた。したがつて、被控訴人が右約旨にしたがい取下げるべきである本訴を今なお維持することは許されない。

(五)  仮に以上の主張が理由がないとしても、本件手形債権は、被控訴人が昭和三六年二月六日訴外会社より手形元金並びに損害金合計八二万六、〇〇〇円(内訳現金四〇万円、手形四二万六〇〇〇円)の支払をうけたことにより決済されているから、さらに控訴人に対しその支払を請求することは許されない。

被控訴人の主張

(一)  控訴人主張の(一)の事実中金額五五万円の手形は、訴外会社が控訴人主張の建物の買受代金支払のため控訴人あてに振出し、控訴人の裏書を受けた上被控訴人に交付した(イ)ないし(ハ)の手形と金額、支払期日同一の約束手形三通を書替えた手形であること、(二)の事実中本件手形二通がいずれも振出日の記載を白地で振出され、その補充をしないまま支払期日に呈示されたこと、被控訴人において本訴提起後の昭和三六年二月一〇日頃振出日を同三四年二月二三日と補充したこと、(四)の示談成立の事実はいずれも認めるが、その余の控訴人主張事実は否認する。控訴人は従前本件手形二通の裏書の事実を認めながら、当審における昭和三七年一二月一三日の本件口頭弁論期日において、右裏書の事実を否認する旨陳述するにいたつたが、右陳述は自白の取消として許されない。

(二)  本件手形のうち金額金一五万円の手形は、前記金五五万円の手形の書替前の三通の約束手形の振出と同時に前記建物の買受代金の一部支払のため訴外会社が控訴人あてに振出し、その裏書を受けて被控訴人に交付したものである。

(三)  控訴人主張の示談契約における訴訟の取下の約定は、控訴人において当時係属していた本件控訴を取下げる趣旨でなされたものであるから、被控訴人の方には約定違反はない。

証拠関係 ≪省略≫

理由

本訴請求原因は、「訴外栄助不動産株式会社(旧商号三勝産業株式会社)は、昭和三四年二月二三日控訴人あてに(一)金額金五五万円、支払期日同年六月二六日、支払地、振出地とも大阪市、支払場所株式会社神戸銀行北浜支店、(二)金額金一五万円、支払期日同年七月二日その他の要件(一)と同様の約束手形各一通を振出し交付し、次で控訴人は被控訴人に対し、拒絶証書作成義務を免除した上これを裏書譲渡した。よつて右各手形の所持人となつた被控訴人は支払期日に支払場所にこれを呈示しその支払を求めたが、いずれも支払を拒絶されたので、被控訴人は裏書人である控訴人に対し右手形元金合計七〇万円及びこれに対する昭和三四年七月二五日以降支払済に至るまで年六分の割合による損害金の支払を求める」というにあるが、被控訴人は当審において、本件手形はいずれも振出日の記載を白地として振出され、右白地部分の補充をしないまま呈示されたものであつて、被控訴人は本訴提起後の昭和三六年二月一〇日になつて、いずれも振出日を同三四年二月二三日と補充をしたものである旨自認するに至つた。右被控訴人の主張からすると、被控訴人が本件手形を呈示した当時は、右手形は、いずれも手形要件の記載の欠けたいわゆる未完成手形であつたのであるから、右呈示を以て手形法上の有効な手形の呈示と見るを得ないし、後日右手形の白地部分が補充されたにしても、補充には遡求効がないものと解するを相当とするから、不適法な呈示が既往に遡つて有効となるいわれがない。(もつとも、この点に関し、確定日払の約束手形については、振出日の記載は手形要件でないとし、或は、約束手形の振出日の記載は、手形の権利内容に関する事項でないなどの理由から、振出日の記載を補充することなく白地のままなされた呈示を以て手形法上適法な呈示と解する見解がないでもないが、振出日の表示は手形の振出行為自体の構成要件の一部として、手形法は約束手形の種類を問わず振出日を手形面上の必要的記載事項と定め、振出日の記載を欠いた約束手形を無効としている((手形法七六条))のに鑑み、当裁判所は右のごとき見解に左袒することができない。)そうだとすると、被控訴人は本件手形につき遡求権行使の前提としての有効な手形の呈示をしなかつたため、手形法第五三条により裏書人である控訴人に対し遡求権を失つたものといわねばならないから、被控訴人の本訴請求は、それ自体失当として排斥を免れない。

よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は結局不当であるからこれを取消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江菊之助 裁判官 木下忠良 中島孝信)

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