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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)112号 判決 1963年9月18日

控訴人(被告、反訴原告) 油谷永治

被控訴人(原告、反訴被告) 森秀一

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の本訴請求を棄却する。

別紙第一目録<省略>記載の土地につき吉岡卯三郎が昭和二九年四月六日被控訴人との間でなした代物弁済予約および吉岡卯三郎が昭和三〇年六月初旬右土地につき被控訴人に対してなした代物弁済はこれを取り消す。被控訴人は控訴人に対し右土地につきなされた別紙第三目録<省略>記載の移転請求権保全仮登記および所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審を通じ、本訴、反訴とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠関係は、控訴代理人において、乙第五号証を提出し、証人山本貞雄、同大西俊夫の各尋問を求め、被控訴代理人において、乙第五号証の成立を認め、当裁判所が職権で被控訴本人を尋問したほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する。

理由

一、反訴について。

別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という)が、もと訴外吉岡卯三郎の所有であり、吉岡が被控訴人との間に昭和二九年四月六日被控訴人に対する債務不履行の場合には本件土地を代物弁済とする旨の予約を締結し、被控訴人が右予約を原因として昭和二九年四月七日別紙第三目録第一記載の仮登記をなしたこと、右吉岡が弁済期にその債務を弁済しなかつたので、被控訴人が右予約に基づき吉岡に対しその完結の意思表示をなし代物弁済によつて本件土地の所有権を取得し、次いで、大阪地方裁判所に吉岡を被告として右土地についての前記仮登記に基づく所有権移転登記手続請求訴訟(昭和二九年(ワ)第五六六二号事件)を提起した結果、勝訴の確定判決をえ、右確定判決に基づき昭和三〇年四月一二日右土地につき別紙第三目録第二記載の所有権移転登記をしたことは、いずれも当事者間に争がない。

右当事者間に争のない事実に成立に争のない甲第二号証、当審における被控訴本人の供述によると、被控訴人は昭和二九年四月六日右吉岡に対し金二〇〇、〇〇〇円を弁済期同年五月末日と定めて貸与し、その際吉岡は右弁済期に債務の弁済をしないときは、被控訴人の意思表示により本件土地を右債務の代物弁済となす旨の代物弁済の予約を締結したが、吉岡が右弁済期に債務を弁済しなかつたので、被控訴人は同年六月初旬に吉岡に対し右予約完結の意思表示をなし、これにより本件土地所有権を取得したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、成立に争のない乙第一、二号証、同第五号証に原審証人小野松太郎、原審ならびに当審証人大西俊夫の各証言、当審における被控訴本人の供述を総合すると、訴外吉岡卯三郎は金融業を営んでいたが、昭和二七年末頃より経営難に陥り、昭和二九年四月当時控訴人に対し約一、〇〇〇、〇〇〇円の貸金債務を負担していたほか、その他約二〇数名の債権者に対し合計約五、〇〇〇、〇〇〇円の債務を負担し、これに対し同人の積極財産としては本件土地と右地上に存する家屋数戸のほかに大阪市阿倍野区昭和町西一丁目三三番地ノ一所在の宅地八九坪八合六勺と他に回収不能の貸付債権(金額不詳)を有するのみで、その負債額が右積極財産額を超過していたことが認められる。しかして、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三号証に当審証人大西俊夫の証言を総合すれば本件土地の当時の時価は、右土地の環境の不良なること、および同地上に第三者賃借中の家屋五戸が存することをしんしやくしても、金七〇〇、〇〇〇円を下らなかつたことが認められ、当審における被控訴本人の供述中右認定に反する部分は信用できない。そして、訴外吉岡が当時前認定のような資産状態にあつたことと、本件土地の時価が右のとおり被控訴人の本件債権額二〇〇、〇〇〇円をはるかに超えていた事実とを総合すると、右吉岡の前記代物弁済予約ならびに代物弁済によりその一般財産が減少し債権者の債権を満足するに不十分な状態となつたことが明かであり、右事実に当審証人大西俊夫の証言ならびに同証言により真正に成立したと認められる乙第四号証の一、二を総合すると、右吉岡は右各行為の当時、右行為が債権者を害することを知つていたこと、ならびに同人は現在においても依然無資力であることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そこで、被控訴人が右詐害の事実につき善意であつたか否かをみるに、当審における被控訴本人の供述中にはこれに副う部分があるが、右供述は後掲諸証にてらし信用しがたく、他に被控訴人の右善意を認めるに足る証拠はない。かえつて、原審ならびに当審証人大西俊夫の証言に当審における被控訴本人の供述(一部)を総合すると、被控訴人は金融業者で訴外吉岡が金融業を始めた昭和二七年頃より引続き同人に融資を継続し、一時被控訴人の商号「日勧興業」の使用をも許諾して同人の経営を援助する間柄にあつたもので、昭和二九年四月当時吉岡が既に多額の債務を負担して経営困難の状態にあつたこと、ならびに本件土地が当時同人の積極財産中唯一のものであることを知悉のうえ、本件二〇〇、〇〇〇円を融資して右土地につき、本件代物弁済の予約を締結し、次いで、その完結の意思表示に及んだものであることが認められるので、右事情に徴し被控訴人は右行為当時前記詐害の事実につき悪意であつたと認めるを相当とする。

しからば、吉岡と被控訴人間になされた本件土地についての代物弁済の予約ならびに代物弁済はいずれも詐害行為であるといわねばならない。

被控訴人は、被控訴人の本件土地所有権取得は前記確定判決に基づくものであるから、詐害行為取消の対象とならない旨主張するが、本件詐害行為取消の対象は訴外吉岡のなした代物弁済予約ならびに代物弁済行為であるから、右主張の理由のないことはいうまでもなく、また、被控訴人は吉岡のなした本件行為は法律上履行すべき義務をその本旨に従つて履行したものに外ならないから詐害行為に該当しないと主張するが、代物弁済は義務行為でないのみならず、本件のごとくそれが金銭消費貸借契約中の特約の履行としてなされたものであつても、前認定のように相当価格によらざるものである以上、他の要件と相まつて詐害行為を構成すべきものであるから、右主張も理由がない。

さらに、本件代物弁済に基く所有権移転登記手続が確定判決により履行されたとしても、右判決は被控訴人と吉岡間の前記登記請求権の存在を確定するにすぎず、本件当事者間における詐害行為取消の対象たる代物弁済の予約ならびに代物弁済の効力になんらの消長を来たすものではないから、被控訴人の既判力の主張は到底これを採用しがたく、債権者は詐害行為取消を求める場合、右取消により原因なきに帰すべき登記の抹消をも訴求できることは明らかであるから、被控訴人の本件土地についての所有権取得登記が確定判決に基づきなされたからといつて、右登記の抹消により被控訴人の既得権を侵害することは許されない旨の被控訴人の主張もまた理由がない。

そうすると、被控訴人に対し本件代物弁済予約ならびに代物弁済の取消(反訴状によると、控訴人は昭和三〇年三月一五日附の代物弁済の取消を訴求しているが、その訴旨とするところは、被控訴人が同日附確定判決により所有権移転登記手続を経由したその原因行為たる代物弁済自体の取消を求めるものであることが弁論の全趣旨により明らかである。)ならびに本件土地についての別紙第三目録記載の移転請求権保全仮登記および所有権移転登記の各抹消登記手続を求める控訴人の反訴請求は理由がある。

二、本訴について。

被控訴人が本訴請求原因として主張する事実はすべて控訴人の認めるところであるが、被控訴人と吉岡間の本件土地についての代物弁済予約ならびに代物弁済が詐害行為に該当し、控訴人と受益者たる被控訴人間で取消されたこと前認定のとおりであるから、本件土地に対する別紙第三目録記載の各登記はいずれも登記原因を欠くものとして無効に帰した次第であつて、被控訴人は右仮登記による順位保全の効力を控訴人に対し主張しえないこと明らかである。したがつて、控訴人に対し右各登記の有効なることを前提として別紙第二目録記載の各登記の抹消登記手続を求める被控訴人の本訴請求は失当であつて、棄却を免れない。

三、よつて、被控訴人の本訴請求を認容し、控訴人の反訴請求を棄却した原判決は不当であるから、これを取り消し、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 沢栄三 斎藤平伍 中平健吉)

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