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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)658号 判決 1956年5月07日

控訴人 被告 沢村徳長

訴訟代理人 中村真一

被控訴人 原告 中谷海運株式会社

訴訟代理人 村野美雄

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴は棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

事実関係について、被控訴代理人は「控訴人は訴外共生林産株式会社の代表取締役であつたが、昭和二八年四月二〇日これを辞任し、訴外尾崎重造がその地位に就いた(その旨の変更登記は同年五月一日経由した)。訴外尾崎は控訴人の承認のもとに(一)金額一一二、八四二円、支払期日同年五月二五日支払地振出地ともに大阪市、支払場所協和銀行堀江支店、受取人訴外中谷運輸作業株式会社、振出日同年四月二四日、振出人共生林産商事株式会社代表沢村徳長とする約束手形一通、(二)金額六三、〇〇〇円支払期日同年七月二五日、受取人訴外山本鉄工株式会社その他の手形要件前同一の約束手形一通、(三)金額四九、三七七円、支払期日同年八月二五日その他の手形要件前同一の約束手形一通を振り出し、被控訴人は(一)の手形を第二裏書人訴外児子商店より、(二)(三)の手形を各受取人より裏書譲渡を受け、(一)の手形を支払期日の翌日(二)の手形を同年七月二八日(三)の手形を同年九月二日それぞれ支払場所に呈示して支払を求めたがいずれも拒絶された。ところで共生林産商事株式会社という法人は存在しないから、前記各手形は控訴人個人が振り出したものというべきである。よつて右(一)(二)(三)の各手形金額およびこれに対する(一)については昭和二八年五月二七日以降(二)については同年七月二九日以降(三)については同年九月四日以降各支払済みまで年六分の利息の支払を求めるため本訴におよんだ、仮に前記各手形に表示された振出人共生林産商事株式会社という名称が訴外共生林産株式会社の通称であるとしても、控訴人は昭和二八年四月二〇日右訴外会社の代表取締役を辞任し、訴外会社の代表権限を有しなくなつてから、訴外尾崎が控訴人の承認のもとに控訴人に代つて控訴人の記名捺印をして本件手形を振り出したものであるから、控訴人は訴外会社の代理権を有しないのに、代理人として本件各手形に署名したものというべく、結局控訴人は無権代理人として手形法第八条により手形上の責任を負うべきである。よつてこれを予備的請求原因として前記各金員の支払を求める。」と述べ、控訴代理人は「控訴人が訴外共生林産株式会社の代表取締役であつたが昭和二八年四月二〇日これを辞任し、訴外尾崎重造がその地位に就いた(その変更登記がなされたのは同年五月一日である)ことはこれを認めるが、その余の被控訴人主張事実は争う。控訴人は控訴人主張の約束手形三通を振り出したことはない。手形の振出は通名でなすことができ、本件各手形は訴外共生林産株式会社の代表取締役である訴外尾崎が、控訴人が訴外会社と関係を有しなくなつた後に、共生林産商事株式会社という通名を用いてその代表者を控訴人として振り出したものであるから、振出人は訴外会社である。控訴人にその支払義務はない。」と述べた。

証拠として、被控訴代理人は甲第一、二、三号証、第四号証の一、二、第五、六、七号証を提出し、甲第一、二、三号証の振出部分の作成者は控訴人であると述べ、原審での証人吉岡正二、桝村博の各証言、被控訴会社代表者本人の各供述を援用し、控訴代理人は原審での控訴本人の供述、当審での証人尾崎重造の証言を援用し、甲第一、二、三号証の振出部分は否認する、その他の部分は不知、第六号証は不知、その余の甲号各証は成立を認める、と述べた。

理由

控訴人は訴外共生林産株式会社の代表取締役であつたが昭和二八年四月二〇日これを辞任し、訴外尾崎重造がその地位についた(その旨の変更登記は同年五月一日なされた)こと、訴外尾崎が同年四月二四日振出人を共生林産商事株式会社代表者沢村徳長とする被控訴人主張の本件三通の約束手形を振り出したことは当事者間に争いがない。

ところで、被控訴人はまず共生林産商事株式会社という法人は架空不存在であることを前提として本件手形三通の振出人は控訴人であると主張する。しかしながら成立に争いのない甲第五号証、真正に成立したと認められる甲第六号証、原審での控訴本人の供述、当審での証人尾崎重造の証言によれば、共生林産商事株式会社という名称は登記簿上の商号を共生林産株式会社と呼ぶ実在する法人の通称であつて、同会社は銀行取引はもちろんその他一般取引においてもすべて右通称を使用していることを認めることができる。手形行為者が自己を表示するのに正式の氏名商号をもつてせず、通称を用いることはなんら差支えのないことである。

それは自然人の場合に限ることではなく、法人にあつても同じことで、法人であるが故に別異に解すべき理はない。法人の機関が法人を手形行為者と表示するに当つて、その法人の登記簿上の名称でなく、その通称を記載することは許されることである。本件手形に振出人と表示された共生林産商事株式会社という名称が実在する共生林産株式会社の通称である以上、振出人は架空の法人ということはできないから、本件第一位の請求はその他の争点について判断するまでもなく失当として排斥する。

次に予備的請求原因について判断する。手形法第七七条第二項によつて約束手形に準用される手形法第八条第一項前段は、代理権を有しない者が代理人として手形に署名したときは自らその手形により義務を負わねばならないことを明定する。同条項によつて自称代理人(自称代表者)の責任を問うためには、その者が代理権(代表権限)を有しないのに、手形に代理人(代表者)として自署または記名捺印したものでなければならないことはもちろんであるが、これのみでは足らないのであつて、手形行為の相手方または手形取得者が善意で代理人(代表者)であると信じたことと、手形に表示された本人に手形上の責を帰することができない場合であることを要し、表見代理の成立、無権代理行為の追認その他の事由によつて本人が手形上の責任を負う場合には、自称代理人は右法条に規定する責を負わないものと解するのが相当である。なんとなれば、同法条は代理権(代表権限)があると信じた善意の手形行為の相手方や手形取得者の信頼利益を保護する一方、代理行為(代表行為)の効果が本人に帰する旨を手形に表示した無権代理人(代表者)の責任を認めることによつて手形の円滑な流通を助長しようとする規定であるから、本人に手形上の責任を帰せしめ得る以上手形取得者の信頼は裏切られることなく、従つてその保護に欠けるところはないのであるし、同条は決して本人と自称代理人の双方に対し手形上の権利を行使し得ることを認めた規定ではないからである。本件についてみるに、当事者間に争いのない事実に前記甲第六号証、原審での証人桝村博の証言、被控訴会社代表者本人および控訴本人の各供述、当審での証人尾崎重造の証言を総合すれば「訴外共生林産株式会社の資本は実質上その全額を控訴人の出資に仰いでいた関係で、控訴人はその代表取締役に就任したが、歯科医を専業として営んでいるので、訴外会社の運営の実際面はこれを訴外尾崎重造に任せ、手形の振出裏書等も訴外尾崎が控訴人の承諾のもとにその記名押印をなし訴外会社代表者沢村徳長名義でおこなつてきた。甲第一ないし三号証の本件手形は、控訴人が代表取締役であつた当時、訴外会社が被控訴人から割引を受けていた振出人大極東パルプ株式会社、裏書人共生林産商事株式会社代表者沢村徳長とする約束手形について、裏書人として償還支払を求められ、その支払に窮した結果、訴外尾崎が控訴人とともに被控訴会社代表者に会見して分割払を懇請し、その数日後の昭和二八年四月二四日訴外尾崎が従来の仕方で振り出し(ただし受取人欄白地)被控訴会社代表者に交付したものである。その時はすでに控訴人は訴外会社の代表取締役を辞任し訴外尾崎がその後継者になつていたのであるが、その変更登記はおくれて同年五月一日なされた。訴外尾崎が本件各手形を振り出すに当つて、自己を訴外会社の代表者と表示せず控訴人を代表者として表示したのは、右変更登記が済んでいなかつた上に訴外会社の銀行取引が控訴人代表名義になつていたのと、従前の手形上の代表名義が控訴人名義になつていたので、これらに合せたのである。被控訴会社はもとより控訴人が代表取締役を辞したことを知らず善意であつた。」ことを認めることができる。以上の認定事実に照すと、本件各手形に表示された振出人訴外会社の代表者としての控訴人の記名捺印は訴外尾崎が控訴人の承諾のもとに作出したもので、振出日当時控訴人は訴外会社の代表者ではなかつたのであるから、本件各手形は訴外会社の代表権を有しない控訴人が訴外会社の代表者として記名捺印したものというに妨げないし、かつ被控訴人は控訴人が訴外会社の代表者であると信じ、善意で本件各手形を受け取つたものである。しかしながら訴外会社は本件各手形の振出人として被控訴会社に対し本件各手形上の責を免れ得ない関係にあるものといわなければならない。何故かといえば、まず、本件各手形振出当時控訴人は訴外会社の代表取締役を辞任していたのであるが、その旨の変更登記がなされていなかつたのであるから、訴外会社は善意の被控訴人その他の第三者にこれを対抗できず、従つて被控訴人は手形面に表示されたとおり控訴人を訴外会社の代表者であると主張でき、たやすく訴外会社の責任を問い得る理である。また本件各手形に便宜上控訴人を訴外会社の代表者と表示した者は、ほかでもない訴外会社の代表取締役の訴外尾崎自身である以上、それは訴外会社が本件手形行為の相手方および手形取得者に対し、控訴人に本件各手形の振出権限を与えた旨を表示したものとみるべきであり、またそうでないとしても訴外会社は右尾崎の作出による控訴人の本件無権振出行為の追認を拒否することは許されず、これらの点からしても、訴外会社は本件各手形の振出人としての責任を否定できない筋合いであるからである。訴外会社が本件各手形の振出人としての責に任ずる以上、前述の理により、控訴人は手形法第八条の自称代理人の責を有しないものと結論しなければならない。これと異なる前提に立つ被控訴人主張の予備的請求はその余の争点についての判断をなすまでもなく失当として排斥する。

されば被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 神戸敬太郎 判事 平峯隆)

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