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大阪高等裁判所 昭和26年(う)3272号 判決 1952年5月17日

控訴人 被告人 中谷孝一

弁護人 松村常太郎

検察官 折田信長関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の理由は末尾添付の弁護人松村常太郎提出の控訴提出趣意書の通りである。

第一点について。

名誉毀損罪における事実の摘示は具体的になされることを要することは所論の通りであるけれども、その事実の摘示は特定され得る他人の名誉が毀損せられるものと認め得べき程度であれば足るのである。ところで被告人がその発行する新民報に掲載した記事は論旨摘記の通りであつて、これを要約すると、町議立候補当時の公約を無視し関係当局に町警廃止の資料の提出を求めながら、僅か二三日後に存置派に急変したヌエ的町議があるが、この無節操振りは片手落の町議のみのなし得るところで、肉体的の片手落は精神的の片手落に通ずると云うのであつて、右記事は五条町町会議員森脇義夫に関することを容易に推測し得ることは後に論旨第二点において説明するところであるが、それは森脇義夫の朝令暮改に類する無節操振りを同人が片腕のない肉体的不具者である事実と関連せしめ、肉体的不具が精神的不公正に通ずるように記述したもので、その表現は誠に侮辱的で同人の名誉感情を刺激したであろうことは想像に難くなく、同人の名誉を毀損すべき程度において事実を摘示したものと認定するに十分である。ところで所論は右記事は被害者の公人としての政治的無節操振りを片手落と云う言葉を用いて諧謔的に取扱つたもので真実であることが証明されているから刑法第二百三十条の二第三項の適用上犯罪が成立しないと云うのであるが、記録を精査しても、被害者の政治的無節操振りが真実であると証明されたとは認められない。仮りに真実であるにせよ、これと結びつけて身体的不具者が一般的に最も引目を感ずる不具の事実を公然と摘示することは如何なものであらうか。刑法第二百三十条の二第三項は公務員の名誉毀損について同条第一項の原則の特例を設けたもので、摘示事実が公共の利害に関するかどうかの具体的判断を俟たず、また行為の動機の如何を問わず、事実の真実なる限り、これを罰せずとするものであるが、同条第三項はもともと、新憲法下における公務員が国民全体の奉仕者として本来他に比して一段と高い人格、識見、能力と厳正な行動が要請されており、あらゆる面において国民の自由な批判に耐え、不断の反省努力によつて全体の奉仕者たる地位にふさわしからしめる意図に出た規定であるから、公務員としての人格、識見、能力等の批判は自由であると云つても、批判の対象は無制限ではなく、それは批判に耐え、批判をかてとして不断の反省努力によつて改善し得る公務員の資質に関するものでなければならないものと考える。いゝかえると、公務員の資質の向上に少しも奉仕することのない批判は無益有害であるから、事実上改善不可能であつて、しかも公務員の職務と関係のない身体的不具の事実を摘示して公務員の名誉感情を毀損することは同条第三項制定の精神を逸脱するものであつて、たとえ真実であるにせよ、許されないものである。論旨は理由がない。

第二点について。

名誉毀損罪を構成する事実の摘示において被害者の氏名を掲げない場合にも被害者の何人なるかゞその言語文章を他の事情と綜合して推知し得る程度であれば足るのである。ところで被告人が「南泉放談」と題し本件記事を掲載して発行した新民報の発行所は五条町であつて「南泉放談」では「十六日の町会は云々」に引続き本件記事を掲げ最後に「五条町民よ」と呼びかけているのであるから「片手落の町議」とは五条町町会議員森脇義夫を指すことは五条町及びその附近居住の一般購読者として一読容易に推知されるのである。仮りに所論のように片手落の町議が下市町にも存し、同紙は下市町方面にも多数の読者を有するとしても、それは下市町方面の読者が同町居住の町議に関する記事であると読み誤るかもしれないだけであつて、多数の五条町民までその判断に迷うとは到底考えられない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い主文の通り判決する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 網田覚一)

控訴趣意

第一点被告人の発行する新民報昭和二十六年八月二十六日発行第九十一号南泉放談の欄に「当町議立候補当時の公約を無規し関係当局に廃止の資料の提出を求めておきながらわずかに二、三日後に至つて存置に急変したヌヱ町議もあるとか、君子は貌変すると云ふ、しかも二、三日のわずかの期間内での朝令暮改の無節操振りは片手落の町議でなくてはよも実行の勇気はあるまじ、肉体的の片手落の精神的の片手落に通ずるとか?石田一松ではないがハ、呑気だねとお祝詞を申し上げておく、と掲載して三条町町会議員森脇義夫より名誉毀損の告訴をしたのである。

偶々五条町会議員森脇義夫は片腕がない所謂身体障害者であるが片手落の文字を曲解して自己の不具である片手落を侮辱され、併せて不公正の精神状態を論評されたと思い被告人を告訴したるところであるが被告人の新民報記事は片手落は森脇義夫であると指摘して居らない。又肉体的の片手落は精神の片手落に通ずる者は森脇であるとも言つて居らない。唯だ漠然としたる抽象的且つ仮名的記事であるから具体的に名誉を毀損すべき記事を掲載して森脇義夫の名誉を毀損したると言ふことは出来ない。仮りに被告人は森脇義夫の名誉を害する記事であると解釈しても森脇義夫は五条町議立候補当時自治警察廃止論者であつて町会の際にも関係当局に廃止の資料を求めて論議したる者であるが僅かの期間内に自警存置派に巻込れて忽ちに存置派に変つたので公人として政治的無節操振りを片手落云々を用いて諧謔的記事に取扱い紙面を賑わしたに過ぎない。又森脇義夫は五条町会議員であるから地方政治的の公共的立場から専ら公益を図るに出でたるものであり公人としての森脇の変貌振りは真実であるから(証拠品民衆文化)之れについて被告人は真実であることを証明して居るから刑法第二百三十条ノ二第一項及第三項を適用すべきものであるに不拘原判決は之れを適用して居らないから不当である。

第二点新聞記事に依る名誉毀損罪を構成するには名誉を害する人の私的記事を具体的に掲載して不特定多数の人に配布しなければならない。この多数の読者をして直ちに名誉を毀損された者は容易に何人であるかを直感する程度を必要とする。片手落の町議位の抽象的では極く少数の一部の人は判じて分る程度であるから一般的ではない。この判断に苦しむ程度では名誉毀損罪は勿論侮辱罪も成立しない。

片手落の町議ば告訴人森脇義夫以外に現在奈良県吉野郡下市町在住同町会議員桜本隆夫(四十年)も元軍人にして戦傷の結果右腕がない片手落の町議である。読者は町議中森脇か桜本か判断に苦しむところである。被告人発行の新民報も奈良県吉野郡下市町方面に多数読者を有して居り之等読者は両者何れに該当するかは判断に迷ふところであるから殊更に告訴人の森脇義夫の記事であるとは断定することは出来ない。

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