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大阪高等裁判所 昭和25年(う)3057号 判決 1951年3月19日

控訴人 和歌山県地方検察庁御坊支部副検事 楠本一雄

被告人 山中貞二 浜崎正之

弁護人 中川種治郎 外一名

検察官 米野操関与

主文

原判決中被告人山中貞二、同浜崎正之に関する部分を破棄する。

同被告人等を各懲役三月に処する。

押収にかかる海図五枚及び大蔵事務官浜田完一が差押えた真鍮屑(薬莢屑)千七百貫、進駐軍ボロ作業着上百七十八着、下百二十九着、鉛屑三十貫、型鉛三個はいずれもこれを没収する。

原審の訴訟費用中証人中島春千代、安田サヲに支給した分は被告人浜崎正之の負担とする。

理由

検察官の控訴趣意第一点について。

原判決が、本件第三朝日丸をもつて無免許輸入の犯罪行為の用に供した舶船であることを認めながら、被告人浜崎正之の適法な所有または占有に属さないとの理由でこれを没収しなかつたことは所論のとおりである。

そこで、まず本件第三朝日丸が同被告人の所有であつたかどうかの点について検討するに、原判決の挙示する証拠によると、同被告人は船を売りたいという林及び武内なる者と会見したところ、所有者が女の名であつたので所有者と直接取引をすることになり、同船の所有者安田サヲと自称する女と直接面談し、同女を確かな所有者と信じこれと交渉の結果、金三十万円を支払い同船を買受け引渡を受けこれを本件密輸入の用に供した事実及び同船は安田サヲの所有であるが、その夫安田培植が船長として占有中林勝次郎外二名が右培植を殺害し同船を強奪したものであり、右安田サヲと自称し売買交渉にあたつた人物は実は同人ではなく林の情婦であつた事実がそれぞれ明白である。

従つて同被告人の占有が、民法第百九十二条にいわゆる平穏公然かつ善意であつたことは疑いないけれども、占有当時林の情婦が真実権利者であると信ずるについて過失がなかつたかどうかは、記録上必ずしも明白ではないが、過失があつたとすれば当然同条の適用はないしかりに無過失であつたとすれば、まさに同法第百九十三条に該当するものというべく、然る以上かかる場合には占有者は二年間はその物の所有権を取得しないものと解するのが相当であるから(大審院昭和四年十二月十一日言渡判決参照)同被告人をもつて同船の所有者であるとする所論には賛同し難い。

更に所論は同船が同被告人の占有に属する以上、当然これを没収すべき旨主張するのである。思うに関税法第八十三条第一項は無免許輸入の犯罪行為に供した船舶は犯人の所有するものの外、その占有する船舶もまたこれを没収する旨規定しているが、所有者が強窃盗等によりその意思によらないで所持を喪失した船舶のごときは、たとえ犯罪の用に供せられたればとて没収するの法意であると称するを得ない。けだし、右法条は、関税取締の必要上刑法第十九条第二項の適用を排除し没収刑を設けたものではあるが、他方右のような所有者の権利を保護するを要する十分の理由があつて、かかるものの犠牲において船舶を没収すべき実質的な根拠がないのであり、このような場合についても没収するというようなことはとうてい立法の精神とは解し得ないからである。(大審院大正十一年十二月六日言渡判決参照)然るに、同船が所有者の夫なる占有者殺害により強奪されたものであり、何ら権利者の意思に基ずかずして、同被告人が占有を取得したものである以上、前敍の理により同人の占有は右条項にいわゆる占有に該当しないものというべく、従つて原審がこれを没収しなかつたのは相当であり、本論旨もまたその理由がない。

同第二点について。

所論に鑑み記録を精査すると被告人両名に対する原審の科刑は軽きに失すると考えられるから刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条第四百条但し書に従い原判決を破棄し更に裁判をする。

原判決が証拠により確定した被告人等の原判示第一の所為は関税法第三十一条第百四条第七十六条第一項第二項刑法第六十条罰金等臨時措置法第二条に該当するから所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内で被告人等を各懲役三月に処し没収につき関税法第八十三条第一項、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条を各適用し主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 佐藤重臣 判事 梶田幸治)

検察官の控訴趣意

第一点原判決は事実の誤認があつて其の誤認が判決に影響を及ぼすこと明かであり破棄せらるべきである。原判決は被告人等が第三朝日丸を無免許輸入の犯罪行為の用に供したこと及被告人浜崎正之が同船に船長として乗組み同船を占有して居た事実を認め乍らも同被告人及証人安田サヲ、同中島春千代の原審に於ける各供述を綜合すれば同被告人が右船舶の適法な所有者又は占有者であると認め難いとの理由を以て同船を没収しなかつたが之は事実を誤認したものである。即ち第二回公判調書中

一、被告人浜崎正之の供述として「昭和二十四年五月初頃木下用一が船を売り度いと云う林なる者及武内なる者を連れて来たが船を見たら所有者が女の名であつたので所有者と直接でなければ取引出来ないと言つた処同月十二、三日頃同人等が安田と称する女の人を連れて来同女が自分は安田サヲで第三朝日丸の所有者であると言つたので同女と色々話し、同女が確かな所有者であると信じ三十万円にて買受けた、強奪された船であるとは全然知らなかつた」旨の記載(記録三三一丁乃至三三三丁)

二、証人中島千代の証言として「自分は林勝次郎外二名に対する強盗殺人事件の捜査をしたがその事実は昭和二十四年四月三十日林勝次郎外二名が博多港碇泊中の第三朝日丸の船長安田培植を殺害の上出航し安田の死体を玄海灘に投じその後林等は同年五月十五、六日頃右第三朝日丸を戸畑市の浜崎正之に三十万円で売却したものである、昭和二十四年六月二十八日頃現場検証の為め第三朝日丸が碇泊して居た戸畑市に赴いた際浜崎正之に対し同船入手当時の事情を取調べた処同人は同船を入手するについては充分注意を払つて買つたとか又処分権を有して居る者から買つたのだと申して居たのでその言葉を信じ浜崎に同船の保管を命じて帰つて来た」旨(記録三一三丁)及び「林は情婦太田千代を第三朝日丸の所有者安田サヲだと詐つて同女を浜崎に合はせ同人を信用させ三十万円で売却したのであり、右金員の中約十一万円は安田サヲに渡つて居ると云う話である」旨(記録三一四丁)の記載

三、証人安田サヲの供述として「昭和二十四年五月十八日頃西村及武内が帰つて来て第三朝日丸が博多で故障を起し修繕中だが船長から船の修繕代を持つて来いと言はれたので帰つて来たが船長は朝鮮の方へ行くと云つて出て行つたと申したので高田と云う知人に相談し、修繕代其の他の費用を作つて博多迄行き船を取戻して来ることになりその頃武内の兄が他から借りて来たと言つて十一万七千二百円を持つて来たのでその金を預つたが博多へ向け出発しようとする前日に武内の兄が又やつて来て林の情婦が九州で貴女の名を詐つて第三朝日丸を他に売渡しその金を持つて有田郡藤並村に来て居るので林と会い船を取戻すから警察には何も言はないで呉れと頼まれた」旨(記録三一八丁、三一九丁)及び「浜野正之から船籍を変えるについて知事の証明書を送つて貰い度いとの速達が来たので第三朝日丸は自分の所有船に相違ないが詐欺にかゝつたのだから証明書を送ることは暫く待つて貰度いと返事し、之に対し浜崎から詐欺にかゝつたと云ふ状況を知らせて呉れとの手紙が来たので更にその返事を出した」旨(記録三一八丁)の各記載

を綜合すれば第三朝日丸は安田サヲが所有していたのを林勝次郎外二名に依り強奪せられたものであるとは言へ被告人浜崎正之は林勝次郎、太田千代等の言に依り太田千代の安田サヲであり同女に第三朝日丸の正当な処分権限ありと信じ且つ斯く信ずることに何等の過失なくして同女より同船を三十万円にて買受けて之が引渡を受け平穏且公然にその占有を始めたものであり、而も同船は総噸数十五噸〇二(記録三八二丁鑑定書)で其の所有権の移転には何等登記を要しないものである(商法第六八六条、第六八七条)。従つて被告人浜崎正之は民法第百九十二条に依り第三朝日丸の所有権を取得し、安田サヲは民法第百九十三条に依り被告人浜崎正之に対し二年間之が回復請求の権利を有するに止まると認むべきである(我妻栄著物権法(民法講義II)第百二十九頁第百三十頁参照)。仮りに従来の判例に従ひ民法第百九十三条の解釈として所有権は依然原所有者安田サヲに在りと認むるとするも前記の如く被告人浜崎正之は平穏公然善意無過失で第三朝日丸の占有を始め自ら同船に船長として乗組んで居たのであつてその占有は不法と言うを得ない。即ち第三朝日丸は被告人浜崎正之の所有に係るもの仮りに然らずとするも少くともその適法な占有下に在つたものと認むるを相当とし関税法第八十三条に依り没収せらるべきものである。然るに原判決が前記の如き認定を為したのは事実の誤認であつて其の誤認が判決に影響を及ぼすことは明かである。

第二点原判決は被告人山中貞二、同浜崎正之に対する刑の量定が不当であるから破棄せらるべきである。

原判決は被告人両名が外五名と共謀の上所定の免許を受けないで昭和二十五年七月三十一日頃北部南西諸島奄美大島より薬莢屑約六噸(約千七百貫)、鉛屑約三十貫、進駐軍用衣類三百七点、型鉛三個を第三朝日丸に積載して大阪港に陸揚する為め同年八月三日頃和歌山県海草郡加太町友ケ島迄輸送し以て貨物の輸入を図つた事実を認定し被告人山中貞二を懲役五月罰金二万五千円、被告人浜崎正之を懲役三月罰金一万二千円に処し被告人に対し夫々本裁判確定の日から三年間右懲役刑を猶予して居るが右量刑は甚だしく軽きに失する。

本件密輸貨物の価格自体は約五十万円であつて必ずしも巨額とは言ひ難いが被告人両名の犯行の動機を観るに第二回公判調書中被告人山中貞二の供述として「朝鮮問題で屑鉄類の値上りが目に見えて居たので儲度いと思つて密輸入した」旨及び被告人浜崎正之の供述として「第三朝日丸を購入するに就て家屋敷を抵当に入れ金を作つたが右家屋敷の差押を受けるに至り早く借金を返し度いと思ひ奄美大島より荷物を運べば儲かると聞いて斯様なことをした」旨の各記載に徴して明かな如く被告人両名は孰れも一獲千金を夢みて本件犯行に及んだのでありその間何等酌量すべき事情を認むる余地なきのみならず被告人山中貞二は輸入貨物を買求むる為め自ら奄美大島に渡航し犯行を隠蔽する為め貨物輸入に当つては第三朝日丸に乗船を避け又貨物送状の荷受人を鹿児島在住者に仕立てる等(同被告人に対する検察官の供述調書記録一七二乃至一八四丁)犯情悪質と断ぜざるを得ず又被告人浜崎正之は第三朝日丸を専ら密輸船として運航せしめ巨利を得んとして自ら同船の船長となり、甲板長には特に奄美大島出身者である栄森秀を雇傭し、同地に於て栄森秀の活躍に依り荷主山中貞二を捜し求め尚貨物積込待機中にも同島周辺の島嶼を航海して燃料費を獲得する等その計画周到なものがあつたのみならず前記貨物の外に同船に便乗者十名を乗船せしめ同人等をして密入国の目的を遂げしめて居り(同被告人に対する検察官の供述調書記録二一二丁、二一三丁)その犯情又極めて重きものがあり被告人両名に対しては当然実刑を科するを相当と思料する。然るに原判決が執行猶予の言渡を為したのは刑の量定不当であり原判決は破棄せらるべきである。

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