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大阪高等裁判所 平成8年(ラ)337号 決定 1996年10月21日

抗告人(債権者) 京都中央信用金庫

代表者代表理事 布垣豊

上記代理人弁護士 井上博隆

同 長谷川彰

同 野々山宏

同 坂田均

同 永井弘二

同 長野浩三

相手方(債務者) 三井ハウジング株式会社

代表者代表取締役 福井勝久

相手方(所有者) 有限会社ザ・ガード

代表者取締役 上原正和

相手方(所有者) 有限会社 福の神

代表者代表取締役 森田欽治

主文

原決定主文第二項を取り消し、上記部分につき本件を京都地方裁判所に差し戻す。

理由

第一本件執行抗告の趣旨及び理由

別紙執行抗告状、執行抗告理由書及び抗告理由補充書(各写し)記載のとおり。

第二当裁判所の判断

1  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  抗告人は、昭和五四年五月四日、相手方(債務者)三井ハウジング株式会社(以下「三井ハウジング」という。)との間の信用金庫取引等による債権を担保するため、三井ハウジングの代表者の実父である福井久所有の原決定添付の物件目録記載(1)、(2)の不動産(以下、同(1)の不動産を「本件土地」、同(2)の不動産を「本件旧建物」という。)について、債務者を三井ハウジング、根抵当権者を抗告人、極度額を一〇〇〇万円(その後、昭和五八年四月一八日には二〇〇〇万円に、昭和六一年八月二八日には四四〇〇万円に、昭和六二年一月一〇日には四九〇〇万円に変更された。)とする共同根抵当権設定契約を締結し、昭和五四年五月七日、その旨の登記(順位1番)を経由した。

(2)  本件旧建物は、昭和四年一〇月二四日に保存登記のされた老朽化したもので、抗告人による上記根抵当権設定当時の評価額は約三八万円、同じく昭和五八年当時は「評価せず」であり、平成六年一月一日現在の固定資産税の評価額は七万四二〇〇円であって、他方、本件土地の抗告人による評価は、上記根抵当権設定当時は一一八〇万円、昭和五六年当時は約一六〇〇万円、昭和五八年当時は約二四五八万円であり、抗告人は、もっぱら本件土地のみの担保価値を評価し、これを保全するために本件旧建物についても共同根抵当権を設定した。

(3)  その後、平成六年九月ころには、三井ハウジングは、抗告人に対する債務の弁済を滞っていたところ、同月二二日、本件土地について、期間三〇年、地代年三万円、権利者を相手方有限会社福の神(以下「福の神」という。)とする地上権設定請求権仮登記が、本件旧建物について、期間三年、借賃年五万円、権利者を福の神とする賃借権設定請求権仮登記がなされた。

(4)  平成六年九月三〇日、本件土地及び本件旧建物について、それぞれ委託者を福井久、受益者を福の神、受託者を相手方有限会社ザ・ガード(以下「ザ・ガード」という。)とする信託を原因とする所有権移転登記がなされた。上記の信託条項には、受託者であるザ・ガードが、「受益者の為に為す金銭の借入及び同借入に伴う、受託者、若しくはその指定する第三者をして債務者と為し、担保権の設定等(抵当権設定登記、根抵当権設定登記、所有権移転登記)の手続を為す」こと、「受益者の為に信託物件を売却し、その代金受領及び当該物件の所有権移転登記手続を為す」こと、受益者のために信託物件につき、賃借権設定登記、地上権設定登記、質権設定登記等の設定手続を行うこと等によって信託財産を処分することができる旨の定めがある。

(5)  平成六年一〇月五日、本件旧建物は抗告人の了解を得ることなく取り壊され、その跡地に同年一一月七日、原決定添付の物件目録記載(3)の不動産(以下「本件新建物」という。)が新築され、同月一七日、本件新建物について、福の神を所有者とする所有権保存登記がなされた。

(6)  三井ハウジングの代表者である福井勝久は、抗告人に対し、上記信託の登記がなされたこと、本件旧建物が取り壊されたことについて、「物件を守るためにこうした。(ザ・ガードや福の神は、)一緒に仕事をしている仲間や。」と説明した。

(7)  抗告人は、平成八年二月二日、本件土地及び本件新建物について、一括競売の申立てをし、原審は、本件土地について競売開始決定をしたが、本件新建物については、一括競売の要件のうち、抵当権設定者が当該土地上に建物を建築したこと、土地と建物の所有者が同一人であることの要件に欠けることを理由に一括競売の申立てを却下した。

2  民法三八九条は、土地に対する抵当権者は、抵当権設定後に当該土地上に抵当権設定者が建築した建物についても土地とともに一括競売をすることができると規定するところ、その趣旨は、抵当権設定後に当該土地上に建築された建物については法定地上権の成立を認めない代わりに、一括競売権を認め、本来であれば、収去しなければならない建物の存続を図り、建物所有者において売却代金のうちから建物の代金を回収するとともに、競売の実行を容易にすることにあると解される。したがって、建築された建物のために法定地上権が生じる場合など、建物所有者の権利を保護する必要がある場合には、一括競売は許されない。

3  そこで、本件土地につき、法定地上権が成立するか否かについて判断する。

上記1の事実からすると、抗告人は、本件土地及び本件旧建物について共同根抵当権の設定を受けたものであって、本件土地の交換価値のうち、法定地上権の価額に相当する部分については、法定地上権の付いた本件旧建物に対する根抵当権を実行してその売却代金から回収し、法定地上権の負担が付いた本件土地の価額に相当する部分については、本件土地に対する根抵当権の実行により回収することとしたもので、抗告人は、本件土地の更地としての交換価値全部を把握していたものである。にもかかわらず、根抵当権者である抗告人の承諾なく一方的に本件旧建物が取り壊され、本件新建物が建築されたことにより、本件新建物に抵当権の設定がないのに、法定地上権が成立するとすれば、法定地上権に相当する担保価値を実現することはできなくなり、根抵当権者に不測の損害を被らせることとなるばかりか、根抵当権者や設定者の合理的意思に反する結果となる。したがって、本件新建物について法定地上権は成立しないと解される。

4  さらに、福の神は、平成六年九月二二日、本件土地について、三井ハウジングから、期間を三〇年とする地上権設定請求権仮登記を経由したものであること、福の神は、上記信託の受益者であるところ、通常、根抵当権の設定された土地について、根抵当権が実行されれば、信託関係を存続させることが困難となるのに、三井ハウジングが抗告人に対する債務の弁済を滞るようになった後に、あえて信託の登記がなされたこと、福井勝久が、ザ・ガードや福の神は三井ハウジングの仕事仲間で、上記信託の登記や本件旧建物の取り壊しは「物件を守るために」行ったと述べていることなどを考慮すると、たとえ福の神が本件土地に対する何らかの利用権の設定を受けていたとしても、これは執行を妨害する目的でなされたもので、上記利用権を主張することは権利の濫用として許されないものというべきである。

5  また、民法三八九条は、当該土地上に抵当権設定者が建物を建築することを一括競売の要件とするが、ザ・ガードは、信託を原因として所有権移転登記を受けたものであって、抵当権設定者である三井ハウジングの地位を承継したものとして、抵当権設定者と同視することができるし、福の神については、信託法上、原則として受託者であるザ・ガードは信託財産である本件土地を固有財産とすることはできない(信託法二二条)反面、受益者である福の神は、当然に信託の利益を受け(同法七条)、受託者の信託の本旨に反する信託財産の処分を取り消すことができ(同法三一条)、さらに、上記の信託条項によると、ザ・ガードは、福の神のために、金銭の借入やこれにともなう担保権の設定等の手続をすることや信託物件である本件土地を売却することができることとなっており、これに上記2の民法三八九条の趣旨を考慮すると、同条の関係では、福の神も本件土地の所有者であるザ・ガードと同視することができると解される。したがって、本件土地の所有者と本件新建物の所有者が異なるとしても、実質的にはこれを同一とみることができるのであるから、本件新建物について、民法三八九条の上記条件は充足されており、同条に基づいてこれを一括競売することができると解するのが相当である。

6  実質的にみても、本件新建物について一括競売が認められないとすれば、本件土地についてのみ競売がなされ、その結果、福の神は、本件新建物の収去義務を負うこととなる。他方、一括競売を認めれば、後記のとおり、売却代金は全体として高額となり、福の神は、この売却代金から建物の価値に相当する配当金を取得することができるのであって、福の神にとってより有利である。

また、根抵当権者である抗告人にとっても、本件新建物について一括競売が認められないとすれば、福の神が任意に本件建物を収去しない限り、買受人においてこれを収去する手続を採る必要があって、売却価額は著しく低いものとならざるを得ないか売却自体も困難となってしまい、担保権の実行による債権の回収も困難となって、著しい不利益を被ることとなる。

このように、本件新建物について一括競売を認めたとしても、本件新建物の所有者である福の神の利益にこそなれ、不利益にはならない。

7  よって、本件土地及び本件新建物の一括競売の申立てを却下した原決定は失当であるから、原決定主文第二項を取り消し、本件新建物につき、民法三八九条に基づく本件土地との一括競売をなさせるべく、上記取消しにかかる部分を京都地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 奥田孝 小野木等)

<以下省略>

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