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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)536号 判決 1997年4月15日

控訴人 永大産業株式会社

被控訴人 国

代理人 種村好子 長瀬顕 ほか四名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金八億五三三三万五二〇〇円及びこれに対する平成三年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  2項につき仮執行宣言。

二  被控訴人

主文同旨。

第二事案の概要

本件は、控訴人が昭和六二年三月期、昭和六三年三月期の各事業年度の法人税等として申告納付した国税につき、税務署長から平成三年一月二九日付減額更正処分(以下「本件減額更正」という)を受け、これに伴い生じた過納金の還付(以下「本件還付」という)に関する争いである。

第三争いがない事実

原判決二枚目表八行目文頭から六枚目表八行目文末までを引用する。

ただし、次のとおり補正する。

四枚目裏末行目の「更生」を「更正」と改める。

第四控訴人の請求

一  国税庁長官の違法通達の制定を起因とする一連の違法行為に対する国家賠償請求

別表2記載のとおり、五億八四四八万二五〇七円及びこれに対する遅延損害金の附帯請求。

二  国税通則法五八条一項一号又は三号に基づく還付金請求

1  国税通則法五八条一項一号イに基づく請求(主位的)

原判決添付別紙計算表(三三枚目)のとおり、八億五三三三万五二〇〇円及びこれに対する遅延損害金の附帯請求。

2  国税通則法五八条一項三号、同法施行令二四条二項五号に基づく請求(予備的)

別表1記載のとおり、八億三二五五万〇七〇〇円及びこれに対する遅延損害金の附帯請求。

三  国税通則法五八条一項一号の法令解釈の誤りの違法行為に対する国家賠償請求。

原判決添付別紙計算書(三三枚目)のとおり、八億五三三三万五二〇〇円及びこれに対する遅延損害金の附帯請求。

四  不当利得返還請求

別表2記載のとおり、五億八四四八万二五〇七円及びこれに対する遅延損害金の附帯請求。

第五争点及び当事者の主張

一  国税庁長官の違法通達の制定を起因とする一連の違法行為に対する国家賠償請求

1  控訴人

(一) 原判決の引用

原判決七枚目表五行目文頭から七枚目裏一〇行目文末までを引用する。

ただし、次のとおり補正する。

七枚目裏七行目の「別紙計算表」から同八行目の「還付加算金)」までを「別表2記載の損害賠償請求額五億八四四八万二五〇七円」と改める。

(二) 当審附加主張

(1) 本件通達の性質と国税庁長官の権限

本件通達は、租税法律主義の下にある租税の分野に関するものである。その内容は、租税法規の個々の条項の具体的な事実の適用に関する適用通達ではない。それは一律的で影響も多方面にわたる会社更生法と法人税法という異なる法律相互間の調整に関する法令解釈であって、租税当局に細則の解釈が委ねられるべき性質のものではない。

しかも、会社更生法の立法経緯・改正経緯で問題となっていた事項についてのものであり、本来法律で対応すべき問題であるから、慎重に行うべき注意義務があった。

さらに、憲法上行政権の指揮監督を行う内閣の権限ですら法律実施のための細目や個別的具体的に法律の委任を受けた場合に政令を制定できるに過ぎない。このことからしても、国税庁長官に自主的な法令制定権などあり得ないのであって、租税法律主義からみて、本件通達を制定する権限が国税庁長官にないことは明らかである。

したがって、国税庁長官としては、租税法律主義のもと、法律の解釈通達については、その法律の趣旨・文言を最大限に尊重して、その内容を十分忖度し、法律の解釈として文理的にありえない通達を制定しないようにする等租税行政庁に与えられた法令解釈権の裁量を越えて制定してはならないところ、本件通達もこれら法令解釈権の限界の問題を扱うものとして慎重に行うべき注意義務があった。

(2) 本件通達の問題性

会社更生法二六九条は、文言を素直に解釈すれば、複雑な解釈を必要としないものである。このことは、改正後の通達は、殆ど会社更生法の文言と同じものが用いられていることからも明らかである。

すなわち、会社更生法二六九条の文言からみれば、「益金に算入しない」とあり、非課税規定であることは誰の目にも明らかである。これを複雑な繰越控除の規定として本件通達のように解釈する読み方は日本語にはない。日本語として、会社更生法二六九条から本件通達に至る文言的対応関係はありえない。同法の趣旨を問題とするまでもなく、本件通達の解釈は文理的に不可能である。

法律が日本語によって示され、その解釈として通達がその意味を限定していくことが租税行政庁に許された通達制定権の裁量範囲の限界を画することは明らかである。法律の日本語をどのように解釈しても、通達によって示されている解釈を文理的に示せないということであれば、これは解釈ではないのであって、国税庁長官の裁量の範囲を逸脱したものである。

しかも、会社更生法の文言によれば非課税規定であるのが、通達によれば繰越控除の規定になっている。これにより明らかに納税者に不利益を課するものであるから、租税法律主義に反する裁量の逸脱であるといえる。

したがって、会社更生法二六九条の文言から本件通達への文言対応関係が示されない限り、国税庁長官の本件通達の制定はその法令解釈権を逸脱したものであり、この権限逸脱の点に故意又は過失がある。

(3) 損害

控訴人は被控訴人に対し、違法通達の制定を理由とする一連の違法行為による国家賠償請求として、別表2記載のとおり本件過納金について納付の日の翌日から還付日までの民法所定年五分の割合で計算した五億八四四八万二五〇七円及びその遅延損害金の附帯請求をする。

2  被控訴人

原判決九枚目表一一行目文頭から九枚目裏五行目文末まで、及び七四枚目表三行目文頭から七九枚目裏七行目文末までを引用する。

ただし、次のとおり補正する。

七四枚目裏五行目文頭から同六行目の「そして、」までを削除する。

七五枚目表三行目の「更生会社についても」を「更生会社について」と改める。

七六枚目表二行目から同三行目の「評価益益等」を「評価益等」と改める。

七六枚目裏九行目の「損金算入」の次に「に」を加入する。

七七枚目裏一行目の「、一方」を「一方」と改める。

同末行目の「乗っ取った」を「則った」と改める。

七八枚目表一行目の「立法論に近い」を「立法趣旨に副った」と改める。

二  国税通則法五八条一項一号(主位的)、同三号(予備的)に基づく還付金請求

1  控訴人

(一) 本件還付の対象たる国税の税額確定原因

(1) 法人税の税額確定の構造

法人税の税額確定の構造上、税額、課税標準、純損失及び繰越欠損金は、それぞれ異なる確定原因を有する場合があり、税額の一部のみの確定原因もあり得る。また、ある期の税額が異なる確定原因を有する場合には、一の確定原因が他の確定原因によって確定される納税義務の部分に影響を及ぼすことはない。すなわち、他の確定原因によって確定された納税義務とは別の部分として繰越欠損金の確定原因によって納税義務が確定される部分が存在するのである。

(2) 繰越欠損金と確定原因

法人税法五七条一項の繰越欠損金制度は、当年度内に生じた現象をもとにして課税するという単年度原則の例外として、前年度以前の欠損金額が当年度以降に繰り越されていくことを認める制度である。また、前年度以前の欠損金の繰越しが機械的・連続的に行われる場合にのみ、当年度以降の利益との損益通算が認められることは法の趣旨からして明らかである。しかも、前年度以前の欠損金額は各年度の納税申告等により確定されたものであることが要求されている。

すなわち、繰越欠損金制度では、前年度までに確定された欠損金額のうちの繰越可能額がそのまま当年度の繰越欠損金額に算入される(この部分については機械的に前年度までに確定された欠損金額の繰越しが行われるだけで、当年度で欠損金額を確定することは不要かつ不可能である)。そして、当年度においては当年度の益金ないし損金が繰越欠損金額と損益通算ないし損失通算される結果を生ずる(この部分については当年度の利益ないし損失の額を確認する必要から当年度で確定することは必要かつ可能である)。

以上のとおり、前年度までに確定された欠損金額がそのまま当年度の繰越欠損金額に算入される部分については、当年度の税額確定部分というものはなく、前年度までの確定原因がそのまま確定原因になる。他方、当年度で新たな確定を要する当年度の益金ないし損金部分及びその損益を通算した結果については当年度に確定原因がある。

(3) 本件還付の対象たる国税の確定原因

本件還付の対象たる国税は、昭和六二年三月期及び昭和六三年三月期の法人税であるが、このうち還付部分は昭和六二年三月期に損金算入されるべき昭和六一年三月期の繰越欠損金が〇円から七六億五二六五万八一七九円に変更になったことに伴う税額減額部分である。

すなわち、本件還付は当年度に確定する部分には全く関係せず、前年度までに確定した繰越欠損金部分が変更されたことによりもたらされたものである(したがって、当年度についての確定申告ないし修正申告によって確定された部分には全く影響がない)。

以上のとおり、本件還付の対象たる法人税の確定原因は前年度までの欠損金額を確定した前年度までの違法な訴訟対象更正処分であり、確定申告ないし修正申告が確定原因となるものではない。

(二) 本件還付の理由

前年度の欠損金額は、前年度までの違法な訴訟対象更正処分により公定力をもって確定されていたから、前訴判決の確定によって初めて本件還付が可能となった。

しかも、訴訟対象更正処分は本件通達によるものであるから、課税行政庁は通達が変更されない限りこれを再更正することはあり得ず、まさに前訴判決の確定により本件還付が可能となった。

すなわち、本件還付は、前訴判決によって訴訟対象更正処分が一定額の範囲内で取り消されたことによるものである。

これに対し、本件減額更正は独自性を有しないことは、更正処分の無効事由になるほど重要な理由附記を誤ったことから明らかである。

以上のとおり、本件還付は前訴判決自体の効力に基づくものであり、前訴判決の対象であった訴訟対象更正処分が本件還付の真の確定原因である。

他方、本件減額更正処分はそれ自体無効のものであるうえ、内容的には前訴判決と同内容に過ぎず独自性を有しない。すなわち、確定申告ないし修正申告が確定原因であることを裏付けることはできない。

(三) 国税通則法五八条の解釈

(1) 国税通則法五八条の立法趣旨

国税通則法五八条は、不当利得の一般法理を斟酌して、納付の日の翌日から返還日までの利息を付したいわば受益財産全体としての過誤納金の返還と、課税行政庁側で過誤納金の原因を知りこれを還付しうる時から返還日までの利息を付したいわば現存利益としての過誤納金の返還とを区別して規定している。

すなわち、過誤納の税金については、原則として納付日の翌日から返還日までの利息を付した受益財産全体としての過誤納金の返還を認めるべきである。ただ、現行制度が申告納税制度を採用していることから、過誤納の原因が課税行政庁側になく、もっぱら納税者側の自発的申告である等課税行政庁において納税者の違法状態を知らないと思われるような特別の事情が存する場合は、例外的に公平の観点から、課税行政庁側に現存利益としての過誤納金のみを返還すれば足りる責任減縮に必要な「正当な理由」があるといえる。

(2) 国税通則法五八条の法的構造

国税通則法五八条は、過納の原因が課税行政庁側にあるとみられるものを一号グループとし、一号グループ以外の過誤納金を二号及び三号グループの過誤納金として区分する法的構造を採用した。

この場合、右条文は端的に「過誤納の原因が課税行政庁側にある過誤納金」等の表現を取らず、確定原因で分類している。これは、通常、確定原因に課税行政庁が関与した場合には、過誤納の原因が課税行政庁側にあることが明らかであるし、立法技術上の便宜から出たものであると推測される。そうであれば、形式的に確定原因に課税行政庁側が関与した場合に限らず過誤納の原因が課税行政庁側にある場合には一号グループに属すると解するのが立法趣旨に適合している。

(3) 国税通則法五八条の各具体的条項の解釈

イ 国税通則法五八条一項一号イ(以下「法一項一号イ」ともいう)の適用

本件還付の対象となる国税の還付原因は前年度までの違法な訴訟対象更正処分であると解すべきであるから、本件還付について右条項が適用される。この場合の還付加算金は、八億五三三三万五二〇〇円となる。

ロ 国税通則法五八条一項三号、同法施行令二四条二項一号(以下「法一項三号・令二項一号」ともいう)の不適用

不当利得制度を斟酌し、課税行政庁側に還付の原因があるか否かということにより還付加算金の起算日を区分するのが国税通則法五八条の立法趣旨である。そうすると、令二項一号を有効なものとして合理的解釈をするならば、同条項は還付の原因が課税行政庁側にないことを明文上は明らかにしていないが、還付原因が課税行政庁側にある場合には適用がないことを当然の前提としていると解すべきである。

本件還付は前年度までの違法な訴訟対象更正処分の前訴判決による取消という課税行政庁側の原因に基づくものであるから、法一項三号・令二項一号の適用はない。

ハ 国税通則法五八条一項三号、同法施行令二四条二項五号(以下「法一項三号・令二項五号」ともいう)の適用可能性

仮に、本件還付につき法一項一号イの適用がされないとしても、法一項三号・令二項五号が適用されるべきである。

国税通則法五八条が不当利得制度を斟酌して制定されたという経緯からすると、還付金の付加起算日を過誤納金の納付日を基準(納付日の翌日から起算して一月を経過する日)とする令二項五号は還付の原因が課税行政庁にある場合に適用すべき条項であるといえる。

また、令二項一号には課税行政庁側に還付の原因がある場合の還付は含まれないと解すべき以上、形式的な確定原因が申告または修正申告であっても実質的な還付原因が課税行政庁側にある場合は令二項五号に含まれると解することができる。

本件還付は前年度までの違法な訴訟対象更正処分の前訴判決による取消という課税行政庁側の原因に基づくものであるから、還付の原因が課税行政庁側にある場合に適用すべき法一項三号・令二項五号を本件還付に適用すべきである。この場合の還付加算金額は、別表1記載のとおり八億三二五五万〇七〇〇円となる。

よって、控訴人は被控訴人に対し予備的に右金額及びその遅延損害金の附帯請求をする。

2  被控訴人

(一) 本件還付の対象たる国税の税額確定原因

前年度期以前の繰越欠損金の更正処分によって納付すべき税額が確定したとする控訴人の主張は理由がなく、本件過納金のうち本税相当部分は、控訴人が行った納税申告書の提出によって納付すべき税額が確定したものである。

課税行政庁の更正処分によって、ある事業年度の繰越欠損金額が変更されても、控訴人は翌事業年度において、その変更後の繰越欠損金額をもとに所得金額を算定しなければならないものではない。控訴人は変更前の金額(当初の申告に基づく繰越欠損金額)を基礎として、翌事業年度の所得金額を算定することが可能である。

(二) 本件還付の理由

本件還付は本件減額更正によりなされたものであり、本件減額更正は法人税法二四条に基づく調査の結果なされたものである。

前訴判決は、本件減額更正の原因の一つではあるが、本件還付の還付原因がすなわち前訴判決ということではない。

(三) 国税通則法五八条の解釈

(1) 国税通則法五八条の立法趣旨・法的構造

国税通則法五八条は、還付の起算点を定めるに当って、不当利得における利得者の善意・悪意により区別する考え方を斟酌したうえ、行政上公平で画一的な事務処理手続を執行する見地をも踏まえて、立法的には還付加算金を賦課する起算日を過誤納金の発生の原因となった国税の確定原因に応じて区分することとしたものであり、還付原因によって区分しているのではない。

(2) 国税通則法五八条の各具体的条項の解釈

イ 法一項一号イの不適用

本件過納金のうち本税相当部分は、控訴人が行った納税申告書の提出によって納付すべき税額が確定したものである。

したがって、右部分に法一項一号イを適用する余地はない。

ロ 法一項三号・令二項一号の適用

本件過納金のうち本税相当部分は、控訴人が行った納税申告書の提出によって納付すべき税額が確定したものであるから、右部分が法一項三号・令二項一号に該当することは明らかである。

ハ 法一項三号・令二項五号の不適用

法一項三号・令二項五号は、令二項一ないし四号までの規定に該当しないものに限定して例外的に適用がなされることを予定したものである。同条項を、実質的な還付原因が課税行政庁側にある場合に適用されるものと解することはできない。

三  国税通則法五八条一項一号の法令解釈を誤った違法行為に対する国家賠償請求

1  控訴人

原判決七枚目裏末行目文頭から八枚目裏一〇行目文末までを引用する。

ただし、次のとおり補正する。

八枚目表三行目から同四行目の「同条一項一号」を「同条一項一号イ」と改める。

八枚目裏一〇行目の「よって、被告にその賠償を求める。」を「よって、控訴人は被控訴人に対し、国税通則法五八条一項一号の法令解釈を誤った違法行為に対する国家賠償請求として、原判決添付別紙計算書(三三枚目)のとおり、八億五三三三万五二〇〇円及びこれに対する民法所定年五分の割合の遅延損害金の附帯請求をする。」と改める。

2  被控訴人

本件還付には法一項一号イは適用されない。本件還付に適用されるのは法一項三号・令二項一号である。

四  不当利得返還請求

1  控訴人

(一) 「法の不備」と不当利得返還請求

仮に、国税通則法五八条に関する、前示三の主位的及び予備的主張がいずれも認められない(すなわち、法一項一号イ及び法一項三号・令二項五号がいずれも適用されない)とすると、本件還付に適用される還付加算金の該当規定はなく、法の不備といわざるを得ない。

このような場合には、控訴人は例外的救済手段として、不当利得返還請求権に基づいて、納付の日の翌日からの民事法定利息の返還を受けることができるものと解すべきである。

(二) 確定申告ないし修正申告の要素の錯誤による無効

(1) 納税申告の要素の錯誤による無効

納税申告について要素の錯誤による無効を主張する要件は、<1>その錯誤が客観的かつ明白なものであること、<2>更正の請求以外にその是正を許さないならば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情があることである。

(2) 本件の申告の錯誤の明白重大性

本件の昭和六二年三月期及び昭和六三年三月期の法人税の確定申告及び修正申告については、いずれも繰越欠損金について住吉税務署長の指導により〇円として申告している。しかし、法を適切に適用すれば昭和六二年三月期は繰越金が七六億五二六五万八一七九円存在しており、その影響で昭和六三年三月期においても当期控除額が一七七五万二八二九円存在することは明らかであり、申告書上の繰越欠損金額の記載と真実の繰越欠損金額の間には相違があり錯誤があることは明らかである。

また、右各確定申告書上にも明示してあるように、控訴人は、申告上の意思表示としては、課税行政庁の公権力を背景とする解釈に基づく昭和五七年九月期の繰越欠損金が〇円であるとの更正処分に従わざるを得なかったものであって、真実の繰越金額との間で錯誤があったことが客観的に明白である。

さらに、この錯誤の内容は事実認定に関するものではなく、法律解釈という客観的に明白な問題に関するものであり、また金額的にも大きいから重大なものというべきである。

以上のとおり、本件の申告の錯誤は、客観的に明白かつ重大であることは明らかである。

(3) 納税義務者の利益を著しく害する事情

本件は、納税者の単なる錯誤にかかるものではない。国が租税法規に違反する重大な違法性を有する通達を制定し、それを事実上強制したことが発端である。このような違法行為により控訴人は得べかりし正当な運用益を失い、他方国は不当利得したのであって、更正の請求その他の手段によっては、過納金の返還を受け得るだけで、失われた運用益の返還を受けることができず、正義の観念に反する結果を招来する。

本件について、更正の請求以外にその是正を許さないならば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるというべきである。

(4) 被控訴人が、右不当利得につき悪意の受益者であることは右のところから明らかである。

(5) 以上のとおり、控訴人は被控訴人に対し、不当利得返還請求として、別表2記載のとおり、納付日の翌日から還付日までの民法所定年五分の割合により計算した法定利息金五億八四四八万二五〇七円及びこれに対する遅延損害金の附帯請求をする。

2  被控訴人

(一) 「法の不備」と不当利得返還請求

本件通達には合理的な理由もあり、通達制定について国税庁長官の故意又は過失はないから、国が悪意の不当利得者とは認められない。

そして、本件過納金分にかかる国税の確定原因は控訴人の行った本件納税申告書の提出であり、その還付加算金につき法一項三号・令二項一号を適用すべきことは、法令の規定文言上明らかである。この場合にも不当利得の適用をすべきとする控訴人の主張は理由がない。

(二) 確定申告ないし修正申告の要素の錯誤による無効

(1) 控訴人は本件納税申告をするに際して、控訴人の裁判における主張が認められなかった場合の不利益を考慮し、自らの判断で訴訟対象更正処分の内容に副った納税申告書を提出したものである。そこには意思と表示の不一致は何ら存在しない。また、動機の錯誤もない。

(2) 納税申告が錯誤により無効とされるのは、申告内容の過誤の重大性、明白性、申告の過誤を生ずるに至った原因その他一切の事情を斟酌して、法規に定められた特定の手続によってのみ申告の過誤を是正しうるものとすることが納税者にとって極めて酷であり、著しく課税の公正を害するというような特段の事情の認められる場合に限られるべきである。本件では、右のような特段の事情は認められない。

第六当裁判所の判断

一  国税庁長官の違法通達の制定を起因とする一連の違法行為に対する国家賠償請求

1  通達制定行為

(一) 租税法律主義

あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする(憲法八四条)。すなわち、租税法律主義に従い、課税要件及び賦課徴収手続に関する定めは、法律によらなければならないのである。また、租税法規は、可能な限り、一義的で明確でなければならない。さらに、課税要件が充足されている以上、課税行政庁は法定の税額を徴収しなければならない。

(二) 本件通達の性格・重要性

租税行政では、租税法の解釈に関する通達が数多く制定されている。この、租税に関する通達は、基本通達と個別通達に大別される。前者では、主として基本的かつ重要な事項に関する定めがされ、後者では個別的な色彩の強い定めがされている。本件通達は、法人税基本通達中の条項の一である。

通達は、上級行政庁が法令の解釈等に関して、下級行政庁に対して行う命令ないし示達である(国家行政組織法一四条二項)。したがって、通達は、行政組織の内部で拘束力を有するが、国民に対する関係では拘束力をもつ法規ではない。すなわち、通達は租税法の法源とならない。

しかし、現実の租税行政は、通達の下に統一的かつ画一的に行われるように運用されており、租税通達が極めて重要な役割を果たしていることは周知のとおりである。

もとより、通達の内容が法令に違背してはならないのであって、このことは多言を要しない。本件に即していえば、通達によって租税法規が本来課税していない租税を納税者に課してはならない(反対に通達によって納税義務を減免することもできない)。ことに、基本通達は、実質上租税法規に比肩すべき重大な機能を果たしているのであって、以上の限界にとくに留意すべきである。

そうであるから、国税庁長官は、その権限に基づき通達を制定するに際し、租税法規の適正な解釈とその執行を確保すべき重大な責務があるといわなくてはならない。

(三) 本件通達の違法性

(1) 前訴判決と被控訴人の対応

本件通達は会社更生法二六三条三項等の関連法規の解釈を定めたものである。前訴判決は本件通達を関連法規に違背するとして、本件通達に基づく訴訟対象更正処分を取り消し、同判決は確定している(したがって、当該更正処分が関連法規に違背するものであることは前訴判決により確定している)。そして前訴判決確定後の平成三年一二月に、国税庁長官は本件通達を原判決添付別紙「関係法令及び事実経過」第一の三記載のとおり改正している(原判決二三枚目表、裏)。また、被控訴人も、本件通達が会社更生法の右条項及び関連法規に違背することを争っていない。

(2) 検討

当裁判所も次のとおり前訴確定判決と同様、本件通達が会社更生法二六三条三項に違反するものであると判断する。

イ 会社更生法二六九条三項は、「更生手続による会社の財産の評価換及び債務の消滅による益金で、更生手続開始前から繰り越されている法人税法第二条第二十号に規定する欠損金額(同法第五十七条第一項又は第五十八条第一項の規定の適用を受けるものを除く。)に達するまでの金額は、当該財産の評価換又は債務の消滅のあった各事業年度の同法による所得の金額の計算上益金の額に算入しない。」旨を規定している。

これは、<1>更生会社の「財産評価換及び債務の消滅の益金」は次の金額の限度で、<2>「所得金額の計算上益金の額に算入しない」ことを定めたものである。その金額の限度は、<3>「法人税法第二条第二十号に規定する欠損金額(同法第五十七条第一項(青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越し)又は第五十八条第一項(青色申告書を提出しなかった事業年度の災害による損失金の繰越し)の規定が適用されるものを除く。)に達するまでの金額」である。

ロ 他方、本件通達(改正前の法人税法基本通達)一四―三―一の六は次のとおり定めている。会社更生法第二六九条三項(債務免除益等の課税の特例)の規定は更生会社における欠損金額の繰越控除についての特例を定めたものである」から、…<中略>当該事業年度の所得の金額の範囲内で、次に掲げる金額の順序に従って損金の額に算入するものとする。この場合において、<3>に掲げる金額のうち当該事業年度の損金の額に算入される金額は、<1>及び<2>に掲げる金額を損金の額に算入した後における所得の金額と当該財産の評価換又は債務の消滅による益金の額とのいずれか少ない金額に相当する金額が限度となることに留意すべきである。

<1> 更生手続開始前から繰越された欠損金額のうち法(法人税法をいう)第五七条第一項又は第五八条第一項の規定の適用がある部分の金額

<2> 更生手続開始後に生じた欠損金額のうちこれらの項の規定の適用がある部分の金額

<3> 更生手続開始前から繰越された欠損金額のうち<1>に掲げる金額以外の金額

ハ 当事者双方の右会社更生法二六九条三項(「本条三項」ともいう)と本件通達をめぐる争点はこうである。

本条三項を益金額不算入規定とみるか(控訴人の主張)、欠損金算入(損金繰越控除の特例)規定とみるか(被控訴人の主張)が争いとなっている。

a 会社更生法二六九条三項は、これを素直に読む限り、前示のとおり、更生会社の財産評価換及び債務消滅による益金(以下「評価益」という)の益金額不算入規定であることは明らかである。同条項は右の「益金」は「所得金額の計算上益金に算入しない」としてこのことを明記している。ところが、同条項は前示のとおり益金不算入の金額を「欠損金額(法人税法二条二〇号にいう同法五七条一項の青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越)等」に達するまでである旨を定めている。この規定は普通、益金不算入の限度額を示したものと読める。しかし、右限度額とされている欠損金の側からみると、違った解釈も生じ得ないではない。すなわち、法人税法五七条は、「更生会社の前年度まで五年内に生じた欠損金額に相当する金額は、当該事業年度の所得の計算上、損金の額に算入する」旨を定める。この青色申告の欠損金の繰越と同じように本条三項を欠損金繰越規定と読むのである。すなわち、評価益相当分を損金に算入したものと考えるわけで、その結果は評価益相当分は差引零となり益金が出ないから益金不算入と同じ計算結果が得られる。しかし、この損金不算入説では、まず益金を計上するので、これから右の青色申告繰越欠損金と本条三項の評価益分のどちらを先に控除するかが問題となる。そして、本件通達のように青色申告欠損金を先に控除すると、もはや本条三項の評価益分がこれにより消去され、本条三項による控除の余地がなくなる場合が多い。とくに、更生会社の更生開始当初は評価益分以外に益金がないのが通例であるから、本条三項の実益の大半が失われる。このように本条三項を前示益金不算入の限度額の定めの側から逆に読むものとすれば、通常は多額の益金を残して更生開始されることはないから本条三項は不要であって、法人税法五七条一項の規定で足りる。また、端的に、更生欠損金(更生開始前から繰越された欠損金)は評価益の限度で欠損金に算入するとの明確な立法がなされる筈である。そうすると、以上のように限度額規定から逆に損金算入と読替えるにはそれなりの相当にして十分な根拠が必要である。

b この点に関し、欠損金算入説ないしこれに依拠する被控訴人の主張は次のとおりである。

(a) 法人税法二五条一項は本来会社財産の評価換による簿価の増加は益金として所得の計算はしない。但し、同条項括弧書で、「会社更生法の規定による評価換えを除く」旨が規定され益金に算入するとされている。

また、債務の消滅による益金は、もともと法人税法二二条一項の益金に含まれている。そして、会社更生法二六九条三項が原則的に益金に含まれるものを例外として更生欠損金に達するまで「益金に算入しない」ことにしたものである。

(b) しかし、本条項は、まず「評価換及び債務消滅による益金」は「益金の額に算入しない」と規定している。この前段の「益金は」という文言は、評価換等を益金に算入して通常の所得計算を行い、法人税法五七条一項、五八条一項の適用後に本条項により評価益等の益金を益金に算入しないことにして所得計算をすべきことを定めたものである。そして、本件通達はこれに基づき評価益等の益金不算入を繰越更生欠損金の損金算入と解釈したものである。益金不算入、損金算入のいずれも所得計算過程の減算項目として同質性があり、評価益等の非課税目的は達成し得る。

(c) 本条項は括弧書で法人税法五七条一項の欠損金を除外している。このことは青色繰越欠損金との関係では、そもそも本条項の益金不算入の適用がない。

(d) 法人税法五九条の私財提供益又は債務免除益は本来同法二二条により益金算入すべきものであるのに、益金不算入とするのは適当でないとして、益金に算入するが、損金に算入するという制度に改められている。本条項も同法五九条と同趣旨に解すべきである。

(e) 本条項はもともと更生会社の評価益等を全額益金不算入とする旨の立案が草案当初からなされたが、大蔵省主税局から更生会社の過保護を理由として、本条項の前示限度額の端緒となる対案が提示された。

c しかし、右b掲記の各事由は、以下のとおり租税法規である本条項を「益金に算入しない」との文言に反し、繰越欠損金算入規定と解読する根拠としては明確かつ、十分なものとはいえない。

(a) まず、前示b(a)の点は、本来法人税法二五条一項括弧書、二二条一項の益金となるものを、本条項において、例外的に「一定の限度で益金に算入しないこと」を定めたことをいったにすぎない。これは、むしろ、逆に本条項が端的に益金不算入規定であることを示すものである。

(b) 前示b(b)の点は、本条項の「評価換及び債務消滅による益金」は「益金の額に算入しない」との定めは、右(a)の例外的な益金不算入を示す規定であって、これにより後者の益金額不算入の定めが繰越欠損金算入を示すものと読替えるべき根拠とならない。もっとも、益金不算入、損金算入のいずれでも所得計算過程では減算項目となり、通常の場合には計算結果に差異が生じない。しかし、益金不算入とするか、損金算入とするかによって、前示のとおり青色欠損金の繰越との関係などで差異が生ずる。

(c) 前示b(c)にいう本条項が法人税法五七条一項を記載しているのは、更生欠損金に達するまでの金額を益金不算入の限度額とし、右欠損金額に青色繰越欠損金を除くことを括弧書で示したものに他ならない。すなわち、本条項は右限度額である更生欠損金に括弧書をして青色繰越欠損金を除外したにすぎない。そうすれば、右括弧書があるからといって青色繰越欠損金には本条項の益金不算入の適用がなく、まず青色繰越欠損金を算入し、次いで本条項の益金不算入分を読替えて欠損金算入を行わなければならないものでない。

(d) 前示b(d)の法人税法五九条の問題は、こうである。同条は、会社整理、破産、和議において、役員等からの私財提供による贈与益及び債権者からの債務免除益を、累積欠損金額に達するまでの金額は「損金の額に算入する」旨を定めている。そして、同法施行令一一八条は私財提供益等欠損金と青色申告欠損金とでは、青色申告欠損金の控除が優先する旨を規定している。これらの規定、とくに同法五九条は、昭和四〇年の改正に当り新設されたものである。これは同条新設前においても基本通達において本件通達と同じく損金算入規定として処理していた。しかし、課税するか否かを通達をもって定めることに問題があることなどから、立法化されたものである。

しかし、本条項は、昭和二六年一月二〇日付草案以来、昭和二七年の会社更生法の成立、昭和三四年法律一九六号、昭和三七年法律六七号による一部改正、昭和四〇年法律三六号の一部改正、昭和四三年法律二二号の一部改正を通じ、終始「益金の額に算入しない」との文言が使用されている。

とくに注目に値するのは、昭和四〇年の一部改正は、同年の法人税法全文改正に伴う会社法の一部改正である。同年改正の法人税法で前示のとおり「損金の額に算入する」との五九条が新設されたのにもかかわらず、同年の右会社更生法の一部改正でも本条項は「益金に算入しない」と定められた。

そして、更生会社と任意整理を含む、会社整理、破産、和議とはその目的、性質、効果を異にする面があり、右のとおり租税制度の整備を図って全文改正された昭和四〇年の法人税法改正の際にも、それ以後も本条項の右文言は改正されていないのである。

むしろ、前訴確定判決によって本件通達は、「本条項は更生会社における欠損金額の繰越控除についての特例を定めたものである」から青色繰越欠損金を本条項に優先して行う旨の規定を削除している。

もっとも、改正後の通達(法人税法基本通達一四―三―一の六)でも、更生欠損金額は、「当該評価益等の金額の範囲内で損金の額に算入するものとする」と定めている。これは結果としては、益金不算入でなく損金算入として扱っているといわねばならない。しかし、これは、前示のとおり、改正前の本件通達の「本条項は欠損金の繰越控除の特例を定めたものである」との規定を削除していることに照らし、青色繰越欠損金を除くと計算結果が同一になるところから、単に計算の便法として損金算入をするという手続を定めているにすぎないと解すべきである。

(e) なるほど、前示b(e)のとおり、本条の立案過程において、全額益金不算入につき大蔵省主税局からの異議があり、益金不算入の上限が定められた経緯があった。しかし、そうだからといって、右上限の定めから本条項をその文言に反し損金算入規定と読まねばならないものではない。かえって、右経緯は本条項が益金不算入の上限を定めこれを限定したことを示すものともいえる。

ニ 以上の検討の結果、本件通達が採用する被控訴人主張の損金算入説は一応の論拠らしきものが挙げられているが、いずれも十分な根拠とはいえない。これらをもって、本条項にいう「益金不算入」を「損金算入」と読替える十分かつ相当な理由があるとすることはできない。本件通達は、それ故に、本条項に違反するもので、違法な通達であるというほかないのである。

(四) 国家賠償法上の違法性、故意過失

前示のとおり、本件通達は違法であってこれに基づく課税処分は違法であり前訴確定判決のとおり取消を免れない。

しかし、違法性には段階と種別があり、通達ないし課税処分の違法性が認められるからといって、これに基づく公務員の行為が直ちに国家賠償法一条一項所定の違法があったということはできない。

(1) 法令の解釈・適用

イ 公務員の職務の執行は法令に適合したものであることを要する。公務員は職務に当り、そのための関連法規の解釈を誤らないことが求められるのである。しかし、法規の解釈は必ずしも一義的かつ容易でなく、複数の異なる解釈を生ずる場合もある。

このように、ある事項に関する法律解釈につき異なる見解があり、よるべき明確な判例、学説がなく、そのいずれについても一応の論拠が認められる場合に、公務員がその一方の解釈に立脚して公務を執行したときは、後にその執行が関連法規に違反し、違法であると判断されたからといって、直ちに当該公務員に国家賠償法一条一項の「故意又は過失」があったものとすることはできない(最判平三・七・九民集四五巻六号一〇四九頁、最判昭四九・一二・一二民集二八巻一〇号二〇二八頁、最判昭四四・二・一八判例時報五五二号参照)。

したがって、当該公務員が職務執行に当り関連法規に適合すると判断した場合に、その解釈に論理的可能性があり、かつこれを支えるそれ相応の根拠があるならば、当該公務員が、職務上要求される法律知識に従い通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったとはいえない。このような場合には当該公務員の右行為が国家賠償法一条一項所定の違法があったということはできない(なお、違法性の職務基準につき、最判平八・三・八民集五〇巻三号四〇八頁、最判平五・三・一一民集四七巻四号二八六三頁参照)。

とくに、当該公務員が、その直接拠るべき職務に関する規則、通達に従って職務執行を行った場合において、右規則、通達等がその上位規範である法律に違反することを予見し、又は予見すべきであったということはできない。この場合には、公務員の故意又は過失があったということはできないのである(前掲最判平三・七・九参照)。

ロ もっとも、これらの判例は、法令ないし通達の執行行為を行った公務員の法令解釈に関するものである。本件の場合は、これと異なり、いわば法令に準じた行政実務上重要な機能を営む通達の制定行為である。前示のとおり、通達、なかでも、国税庁長官の制定する基本通達は、租税法律主義の下において、事実上、重要な対外的機能を有している。すなわち、右通達に示される解釈、取扱い基準によって課税が行われ、国民の権利義務に直接変動を及ぼしているのである。このような通達の重要性に鑑みれば、租税法律主義に照らし、通達の制定に当っては、法律の範囲内で、これに反することのないように慎重かつ適正に制定すべき注意義務がある。そして、その違法性は、国税庁長官として、租税基本通達を出すという職務行為をするに際しての基準に照らし判断すべきである。

(2) 通達制定行為の違法

イ 本件通達は、前示のとおり本条項に違反する違法なものといわねばならない。この違法な通達を制定する国税庁長官の行為が国家賠償法上の違法であるといえるかにつき検討する。

国家行政組織法一四条二項は、各大臣、長官等は「その機関の所掌事務について、命令又は示達するため、所管の諸機関及び職員に対し、訓令又は通達を発することができる」旨を定めている。したがって、通達は、前示のとおり上級機関の下級機関に対する命令である。機関を構成する公務員がこれに服従しなければ懲戒責任が生ずる(国家公務員法八二条、九八条一項)。通達は、このように下級機関を拘束するに止まり、国民を法的に拘束するものではない。そうであれば、国税庁長官の本件通達制定行為は、行政組織内における上級機関の下級機関に対する指揮監督上の命令にすぎず、直接国民に向けられた対外的行為ではない。

ところで、国家賠償法一条一項は、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反してその国民に損害を加えたときに、国等が賠償責任を負うことを規定したものである。したがって、国税庁長官の本件通達制定行為が同条項の適用上違法となるかどうかは、国税庁長官の通達制定過程の行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題である。これは、本件通達の内容の違法性とは区別されるべきであり、通達が違法であっても、その故に国税庁長官の本件通達制定行為が直ちに同条項の違法の評価を受けるものではない(最判昭六〇・一一・二一民集三九巻七号一五一二頁参照)。

そして、通達の前示下級行政庁への命令的性質は、租税基本通達についても異なるものではない(最判昭三八・一二・二四、昭三七(オ)一〇〇七号、税務訴訟資料三七号一二〇二頁参照)。そうすると、国税庁長官は、通達制定に関し、原則として個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではない。国税庁の通達制定行為は、その内容が租税法の一義的な文言に違反し全く根拠のないのに敢えて通達を制定するというように、容易に想定し難い例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の違法ということはできない(前掲最判昭六〇・一一・二一参照)。

ロ 本件通達の内容は、前示のとおり本条項に反し違法である。通達制定の根拠として被控訴人らの挙げる理由は、いずれも理由がない。しかし、それらの事由が本条項のほか前示法人税法等を含む租税法の一義的な文言に違反し全く根拠のないものとまではいえない。それはそれなりの一応の論拠があり、当時の相当数の学説がこれに与みしていたのである。

そうすると、国税庁長官の通達制定行為の違法をいう国家賠償法一条一項の損害賠償請求はその余の判断をするまでもなく、失当である。

(3) 通達に基づく課税行為の違法

控訴人は、被控訴人の公務員である税務署長など課税担当官による本件通達を起因とする一連の本件課税行為の違法の主張もする。しかし、前示のとおり、通達は上級行政機関が組織上その監督に服する下級行政機関を指揮・命令するものであるから、下級機関である税務署長など課税担当官は通達内容に従って行為すべき服務上の義務を負っている。そうすると、当該通達内容が明白に上位規範である法令に違反するなどの特別の事情がない限り、課税担当官に当該通達の違法性を点検させ、通達と異なった行為をとることを期待することはできないから、通達に従ったが故にそれを国家賠償法上の違法と評価することはできない。この場合には前示(四)(1)のとおり、特定の事項につき法令解釈に異なる見解があり、そのいずれにも一応の論拠があり、かつ、これを支えるそれ相応の根拠があれば、通達を適法と解して、これにより執務したことの故に注意義務を怠ったとか、それが違法な行為であるということはできないのである。

そして、本件通達の場合、前示のとおり、それ相当の一応の根拠があり、当時相当数の学説もこれに従っていたのであって、右の特別の事情があるとはいえない。そうであるから、税務署長など課税担当官の右行為を国家賠償法上の違法と評価することはできない。

したがって、また、税務署長など課税担当官が、本件通達の内容を関連法規に適合したものと判断したことについて故意又は過失があったということもできない。

以上のとおり、税務署長など課税担当官の本件課税行為を国家賠償法上、違法ということはできないし、これに故意又は過失があったと認めることもできない。

なお、控訴人は、税務署長など課税担当官が控訴人に対し、後日控訴人の主張が判決等で認められた場合には、納付期日以降の還付加算金を支払うとの行政指導を行ったと主張するが、これを認めるに足る的確な証拠がない。

2  以上のとおり、国税庁長官の違法通達の制定行為、及び違法通達に基づく本件課税に対する国家賠償請求は理由がない。

二  国税通則法五八条一項一号に基づく還付金請求

1  控訴人の主張は、次のとおりである。

(一) 法人税額確定の構造上、繰越欠損金のみの確定原因を想定することができる。

(二) 本件還付の対象たる国税の確定原因は、前年度までの欠損金額を確定した前年度までの訴訟対象更正処分である。

(三) 本件還付は、欠損金額の確定原因である前年度までの訴訟対象更正処分が前訴判決により取り消されたことによって行われたものである。

(四) したがって、本件還付には法一項一号イが適用されるべきである。

(五) 仮にそうでないとしても、法一項三号・令二項五号が適用される。

2  しかし、控訴人の右主張は採用することができない。その理由は以下のとおりである。

3  本件還付の対象たる国税の税額確定原因

(一) 法人税の納税義務は、原則として事業年度の終了の時に成立し(国税通則法一五条二項三号)、納税義務が成立した場合には、国税に関する法律の定める手続が行われることによりこの国税についての納付すべき税額が確定される(同法一五条一項)。

そして、申告納税方式にかかる国税についての納付すべき税額は、納税者の申告により確定することを原則とする。その申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が国税に関する法律に従っていなかった場合その他当該税額が税務署長又は税関長の調査したところと異なる場合に限り、税務署長又は税関長の処分により確定する(同法一六条一項一号)。

この点につき、控訴人は、繰越欠損金については、前年度までの訴訟対象更正処分が確定原因であると主張する。しかし、右税法の規定からすると、当該事業年度の納税義務の確定手続に、前事業年度以前の事業年度に係る申告あるいは更正決定等が関わり、その確定原因となるものと定めているとはいえない。また、当該事業年度の国税が成立する前に、その一部分が既にそれ以前に行われた処分により確定しているなどということを税法が予定しているともいえない。

(二) さらに、法人税の申告書に記載される課税標準たる所得金額又は欠損金額は、その法人の株主総会の決議により確定した決算に基づくものであるから、当該事業年度より以前の事業年度に関する更正処分が、当該事業年度の申告を拘束することはない。

したがって、課税行政庁の更正処分によって、ある事業年度の繰越欠損金額が変更されても、当該法人は、翌事業年度において、その変更後の繰越欠損金額をもとにして所得金額を算定しなければならないものではなく、変更前の金額(当初の申告に基づく繰越欠損金額)を基礎として、翌事業年度の所得金額を算定することができる。

(三) 本件過納金のうち本税相当部分が、控訴人が行った納税申告書の提出によって納付すべき税額が確定したものであることは明らかである。

4  本件還付の原因

前訴判決は、前年度以前の事業年度に係る更正処分を取り消したものに過ぎない。前訴判決によって右更正処分が取り消されたからといって、「事件」を異にする当該事業年度における課税法律関係が法的な影響を受けるものでない(行政事件訴訟法三三条一項)。

また、当該事業年度の課税法律関係、すなわち本件過納金のうち本税相当部分は、前示のとおり控訴人が行った納税申告書の提出によって納付すべき税額が確定したものである。このようにして確定した国税が、前年度以前の事業年度に係る更正処分の取消に基づく直接の効果によって還付すべき状況になったとみることはできない。

本件還付は、本件減額更正に基づいてなされたものであり、本件還付の原因は本件減額更正である。もっとも、本件減額更正が前訴判決の趣旨を尊重して行われていることはいうまでもないが、このことにより、前訴判決が本件還付の直接の原因となっているものではない。

そして、本件減額更正は、国税通則法二四条に基づく調査の結果なされたものであり、具体的には、確定した前訴判決内容並びに納税申告書(法人税法七四条一項)及びこれに添付された書類(同条二項、同法施行規則三五条参照)の記載事項に基づき、同法の規定に従った課税標準等に是正されたものである。

なお、証拠<略>によれば、控訴人に送達された本件減額更正通知書には、更正の理由として「貴法人備え付けの帳簿書類を調査した結果、所得金額等の計算に誤りがあると認められますから次のように申告書に記載された所得金額等に加算、減算して更正しました。」と不動文字で記載されているが、これは本来は更正の理由として「貴法人の申告及び同添付書類に記載された事項によりますと、法令の規定に従っていないことが明らかなものや、計算誤りがありますので、次のように申告所得金額等に加算、減算して更正しました。」と不動文字で記載されている用紙を使用すべきところ、誤って使用されたものに過ぎないと認められる。

以上のとおり、前訴判決は、本件減額更正の原因の一つではあるが、本件還付の還付原因は、前訴判決ではなく、本件減額更正である。

5  国税通則法五八条の解釈

(一) 国税通則法五八条の立法趣旨

国税通則法五八条は、不当利得の一般法理を斟酌した規定である。しかし、同条は、還付の起算日を定めるに際し、民法の不当利得の規定を斟酌してはいるものの、さらに租税行政を公平に行うべきであるとの理念や、大量の課税業務を画一的に処理しなければならないとの見地をも踏まえて、過誤納金の発生の原因となった国税の確定原因に応じて、還付加算金を付加する起算日を区分することとしたものである。したがって、同条は、国税の還付加算金起算日の取扱いを還付原因によって区分しているのではない。

この点につき、控訴人は、同条は過誤納の原因が課税行政庁側にあるとみられるものとそうでないものに大別し、過誤納の原因が課税行政庁側にある場合には、納付日の翌日からの還付加算金を附加することを定めた規定であると主張する。たしかに、同条が不当利得の一般法理を斟酌した規定であることやその立法経緯からして、控訴人主張の判断基準が同条の基本理念とされているものと考える余地があるかもしれない。しかし、同条は、不当利得の一般法理や控訴人主張のような判断基準を斟酌する一方、前示のとおり、租税行政を公平に行うべきであるとの理念や、大量の課税業務を画一的に処理しなければならないとの見地をも踏まえたものである。その結果、過誤納金の発生の原因となった国税の確定原因に応じて、還付加算金を付加する起算日を区分しているのである。

すなわち、過誤納の原因がいずれの側にあるかというような曖昧な要件で附加起算日を定めるのは右の見地から妥当ではない。国税の確定原因、言い換えればその確定する態様によってこれを画一的に区別することが、行政の円滑な遂行のみならず、納税者と国との利害を調整するためにも適当であるとの配慮から、同条の規定が制定されたものと考えられる。

そして、同条一項一号の規定をみると、過納金につき、還付加算金の起算日を納付の日の翌日からとしているものは、いずれも税務署長等が税額の確定手続又は徴収手続において更正決定等の処分あるいは納税の告知等の処分等をするなどして積極的に関与したことにより、納付すべき税額として納税者に通知した国税が過納となった場合に関するものである。

これに対し、一定期間経過後から還付加算金を付すとしているものは、納税申告による納税等に関するものであり、これらは税務署長等が税額の確定手続等において何ら処分等を行っていない場合である。立法者は、このような場合には、還付加算金起算日を画一的に納付日の翌日とするべきではなく、過誤納の態様により、課税行政庁が過誤納の原因を知りこれを還付し得る時期を、個別的に特定して規定するべきであるものと判断したものと考えられる。

(二) 国税通則法五八条の各具体的条項の解釈

(1) 国税通則法五八条一項一号イの適用

本件過納金のうち本税相当部分は、控訴人が行った納税申告書の提出によって納付すべき税額が確定したものである。控訴人は、本件還付は、繰越金の確定原因である前年度以前の事業年度にかかる訴訟対象更正処分が前訴判決により取り消されたことが還付原因であるとすると主張するが、同主張は前示のとおり採用できない。

したがって、右部分に法一項一号イを適用する余地はない。

(2) 本件過納金のうち本税相当部分は、控訴人が行った納税申告書の提出によって納付すべき税額が確定したものであるから、右部分が法一項三号・令二項一号に該当することは明らかである。

控訴人は、もし本件還付に関して令二項一号が適用されるとするならば、同条項は国税通則法五八条の趣旨に反して無効であると主張する。

しかし、納税者がその意思に基づき一定の内容の申告を行い、これにより国税が確定した以上、その時点で課税行政庁が過誤納の事実を知りまたは知り得たということは困難である。また、当該国税が申告によって確定した以上、後に減額更正により過誤納となったとしても、このことが課税行政庁において既に申告時において過誤納の事実を知っていたことに直ちに結びつくものではない。申告により国税が確定する場合につき、その(減額)更正があった日の翌日を還付起算日とすることにはそれなりの合理的な理由がある。

そうすると、本件還付に関して令二項一号を適用することが違法無効であるということはできない。

(3) 法一項三号・令二項五号の適用可能性

控訴人は、予備的に、法一項三号・令二項五号は、還付加算金の加算基準日を過誤納金の納付日としているから、過誤納の原因が課税行政庁側にある場合である本件還付に適用すべき条項であると主張する。

しかし、そもそも過誤納の原因が課税行政庁側にある場合という趣旨が明らかでないし、右条項上そのような文言は一切使用されていない。のみならず、法一項三号・令二項五号は、括弧書きの中に予納の場合を掲げており、この場合には還付の原因が課税行政庁にあるとはいえない。

また、法一項三号・令二項五号は、令二項一ないし四号までの規定に適合しないものに限定して例外的に適用がなされることを予定したものである。このような例外的な場合の規定を本件のように他に法一項三号・令二項一号という適用されるべき条項が明らかな場合にも適用すべきであるとする根拠が不明である。

さらに、令二項二号ないし四号が還付加算金の加算基準日を納付日としていないのは、右各号の過誤納金は、納税者からの働きかけがなければ課税行政庁が過誤納の事実を知ることができないため、納税者から一定の行為がなされた日又は課税行政庁が過誤納の事実を確認した日を基準としているものである。これに対し、令二項五号は、例外的な場合として、その過誤納の態様を具体的に特定できないため納付日を基準としているに過ぎないものというべきである。

以上のとおりであるから、本件に法一項三号・令二項三号(編注・五号の誤りと思われる。)が適用されるべきであるとする控訴人の主張は理由がない。

三  国税通則法五八条一項一号の法令解釈の誤りの違法行為に対する国家賠償請求

前示二説示のとおり、本件還付をするに際し、被控訴人に属する公務員は、国税通則法五八条一項一号を適法に解釈適用していることが明らかである。

したがって、国税通則法五八条一項一号の法令解釈の誤りの違法行為に対する国家賠償請求に関する控訴人の主張は理由がない。

四  不当利得返還請求

1  「法の不備」と不当利得返還請求

控訴人は、本件還付に適用される還付加算金の該当規定はないことを前提とし、法の不備があるから不当利得返還請求権に基づいて、納付の日の翌日からの民事法定利息の返還を受けることができると主張する。

しかし、被控訴人は、本件還付に関して法一項三号・令二項一号を正当に適用して還付をしているのであるから、本件で「法の不備」があるということはできない。

すなわち、前説示のとおり、本件過納金にかかる国税の確定原因は控訴人の行った納税申告であり、その還付加算金につき法一項三号・令二項一号を適用すべきことは、法律の規定文言上明らかであるから、この場合に「法の不備」があり不当利得の適用をすべきとする控訴人の主張は理由がない。

2  確定申告ないし修正申告の要素の錯誤による無効

(一) 控訴人は、本件の昭和六二年三月期及び昭和六三年三月期の法人税の確定申告及び修正申告(以下「本件納税申告」という)には、繰越欠損金額について錯誤があるが、これは法律解釈に基づくという明白なものであり、金額が大きく重大であるから、無効であると主張する。

(二) しかし、証拠<略>に弁論の全趣旨を総合すると次のとおり認めることができる。

控訴人は、本件納税申告をした当時に、本件納税申告の前事業年度以前の五事業年度の各課税処分(訴訟対象更正処分)に関し、課税行政庁に対し、繰越欠損金があるとして行政不服手続上及び訴訟上争っていた。

控訴人が、本件納税申告をするに至ったのは、控訴人の裁判における主張が認められなかった場合のことを考慮し、その場合に課されることになる加算税及び延滞税等の付随的費用負担を回避しようとしたためである。

したがって、控訴人は、本件納税申告をする際に、課税行政庁の見解を正しいものと信じていたのではない。控訴人は、自らその各確定申告書上に明示するように、その見解を一切変えていない。

控訴人は、専門家の助言のもとに検討を加えた結果、自らの見解と異なることを承知しながら、万一それが受け容れられなかった場合のことを考えると一旦は本件納税申告をすることが得策であると判断して、敢えて本件納税申告をしたものである。

(三) そうであるとすると、控訴人の意思と表示の間には、不一致は何ら存在していないことは明らかである。また、本件納税申告をした控訴人の動機も右のとおりであって、そこに錯誤があるということもできない。

以上判示したところによれば、控訴人の主張は理由がない。

(四) なお、要素の錯誤によって過大に申告した場合であっても、当然に錯誤による申告の無効が認められると解すべきではない。納税者は、原則として更正の請求をすることによって申告内容の是正を求めるべきであり、通常は錯誤無効の主張をすることはできないと解すべきである。

ところで、本件では、前示(二)、(三)のところから明らかなように、控訴人は、申告当初から課税行政庁とは異なる見解をもっていたものであり、申告後更正の請求をする選択肢もあった。それのみならず、前訴判決は、本件納税申告にかかる課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決に該当するというべきであるから、控訴人は、国税通則法二三条二項の規定の適用により、前訴判決の確定に基づき減額更正の請求をすることができたものである。そうであるとすると、このような場合における納税者の救済は右更正の請求によって図るべきであって、右のような事由を無効原因として主張することはできない(最判昭五七・二・二三民集三六巻二号二一五頁参照)。もっとも、課税行政庁は、前訴判決が確定した平成三年一月四日の後である同月二九日付で本件減額更正をしたうえ、法一項三号・令二項一号に基づいてすみやかに本件還付をしているから、その必要が現実に存在したわけではない。

そうすると、この点からしても、控訴人の主張は理由がない。

(五) 右(四)の例外として、更正の請求以外にその是正手段を許さないならば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合には、民法九五条が適用されると解すべきである(最判昭三九・一〇・二二民集一八巻八号一七六二頁)。

しかし、申告納税制度に基づく申告は、原則として租税法規に定められた手続に従ってのみこれを是正することが許されるものである。そうであるから、納税申告が錯誤により無効とされるのは、更正の請求という法規に定められた特定の手続によってのみ申告の過誤を是正できるものとすることが納税者にとって極めて酷であり、著しく課税の公正を害するというような特段の事情の認められる場合に限られるべきである。

本件納税申告は、控訴人が訴訟対象更正処分について争いながら、万一控訴人の主張が認められなかった場合のことを考慮して行ったものであり、右特段の事情があるとはいえない。

もっとも、控訴人は、そもそも本件通達及びこれに基づく課税行政庁の本件更正処分があったからこそ、本件納税申告をすることを選択肢の一つとして検討した上、これを採用することを余儀なくされたという事情がある。

しかし、控訴人は専門家の助言の下に、各利害損失を検討した結果、自己の危険負担を可能な限り回避しようとの明確な意図に基づいて本件納税申告をしたのである。そうであるとすると、このような場合についてまで、右特段の事情があるものと認めることはできない。

したがって、控訴人の主張はこの点においても理由がない。

五  まとめ

以上のとおりであるから、控訴人の請求は理由がない。

第七結論

よって、控訴人の請求をすべて棄却した原判決は結論において相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川義春 小田耕治 杉江佳治)

別表1、2<略>

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