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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)1742号 判決 1997年4月25日

控訴人

口野義昭

口野貞子

右両名訴訟代理人弁護士

高橋典明

小林徹也

被控訴人

大和郡山市

右代表者市長

阪奥明

右訴訟代理人弁護士

大槻龍馬

谷村和治

浅野芳朗

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人らに対し、各金五万円及びこれに対する平成七年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じて二〇〇分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人らの負担とする。

三  この判決は、主文一項1に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人らに対し、各金二四九四万七四四三円及びこれに対する平成七年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1(一)  口野真司(昭和五五年六月二三日生。以下「亡真司」という。)は、奈良県大和郡山市郡山南中学校(以下「本件中学校」という。)一年に在学中であった平成五年一一月一四日(日曜日)の夜に死亡した。

(二)  亡真司は、屋外でジョギング中に、ウォルフ・パーキンソン・ホワイト症候群(以下「WPW症候群」という。)に起因する発作的頻脈性不整脈の発生による急性心臓機能不全により、歩道上の草むら内に倒れ、そのまま死亡したものである(甲七、一二、一五、乙四、原審における控訴人口野義昭本人)。

2(一)  亡真司の相続人は、父母である控訴人らである。

(二)  被控訴人は、本件中学校の設置者で、本件中学校を管理・運営している。

3(一)  亡真司は、本件中学校における健康診断として平成五年五月二六日に実施された心電図検査(以下「本件心電図検査」という。)の結果、要再検査と指示され、同年六月一七日、大和郡山市立文化センター内の休日応急診療所で医師牧浦宏男(以下「牧浦医師」という。)らによる問診(以下「本件二次検診」という。)を受けたところ、本件心電図検査及び本件二次検診の結果、亡真司はWPW症候群(経過観察)と診断(以下「本件診断」という。)された。

(二)  本件診断の結果は、市教育委員会から本件中学校の校長に通知されたが、本件中学校から控訴人らに対しては通知されなかった(以下「本件不通知」という。)。

(三)  その後亡真司について三次検診は実施されなかった(以下「本件不実施」という。)。

二  争点

1  本件不通知は違法か。

(控訴人らの主張)

(一) 学校保健法六条一項は「学校においては、毎学年定期に、児童、生徒、学生……又は幼児の健康診断を行わなければならない。」と、その検査項目として同法施行規則四条一項九号は「心臓の疾病及び異常の有無」と、その検査方法として同規則五条八項(ただし、平成六年文部省令第四九号による改正前のもの)は「臨床医学的検査その他の検査によって検査するものとする」と、それぞれ規定している。したがって、本件心電図検査はもとより、本件二次検診も学校保健法及び同法施行規則に基づいて実施されたものである。

ところで、同法施行規則七条一項は「学校においては、法第六条第一項の健康診断を行ったときは、二一日以内にその結果を児童、生徒又は幼児にあっては当該児童、生徒又は幼児及びその保護者……に、学生にあっては当該学生に通知する……」と規定している。したがって、本件中学校は、本件診断の結果を亡真司及び控訴人らに通知する義務があり、(本件診断の結果は亡真司についても通知されていない。何らかの通知がなされていたとしても極めて不十分なものであった。)、本件不通知は、右規定に違反し、右通知義務を怠ったもので違法である。

(二) 学校において心臓性突然死が毎年一三〇人前後も生じており、亡真司の死亡原因となったWPW症候群については未だ医学的に十分に解明されたものといえないこと、仮に、亡真司に対して本件診断の結果が通知されていたとしても、生徒においては医学的知識は極めて不十分であるから、適切な健康管理を施すことの可能な保護者に対する本件診断の結果の通知こそ重要であること、本件診断の結果は、行政機関が把握した情報として、これを理解する能力をもった者(保護者)に開示されるべきものであることからすると、本件不通知は実質的にも違法である。

(三) また、亡真司のWPW症候群が頻拍発作の既往症のないものであったとしても、そもそもWPW症候群は、無症状の者でも最初の発作で死亡する危険性を持った疾患である上、(特に生活における規制の必要のない)頻拍発作のないWPW症候群と(積極的に治療しなければならない)頻拍発作を伴うWPW症候群との区別自体流動的なものであり、かつ、いつ頻拍発作が生じるかについては予測が困難なものであること、前記のとおり亡真司に対して本件診断の結果が通知されたとしても、亡真司に右のようなWPW症候群に対する理解・判断能力があったとはいえないことからすると、本件においては、本件中学校の控訴人らに対する本件診断の結果の通知義務を限定的に解する余地はない。

(被控訴人の主張)

(一) 学校保健法六条、同法施行規則七条にいう「健康診断」とは、健康状態スクリーニングのための一次定期健康診断を指すものであって、被控訴人が本件心電図検査で異常の認められた者に対して任意に行った本件二次検診は右「健康診断」に該当しない。したがって、本件中学校には同法施行規則七条に基づく通知義務はない。

(二) 子供の心身についての看護養育は、専ら保護者である両親がその義務を負うものである。これに対して学校の行う健康診断は、子供の学校教育遂行のために必要な範囲で健康管理を行うものであり、その過程において判明したことがあれば必要な範囲で保護者にも通知して子供の看護養育に遺漏なきを期すべきものである。

(三) これを本件についてみるに、(1)本件診断によれば、亡真司のWPW症候群は、頻拍発作の既往のないもので、診断基準によれば「3E可」(危険を伴わない不整脈)であり、「経過観察」というものであって、日常生活や学校生活(クラブ活動を含む。)において特に禁止や制限のないものであったこと、(2)牧浦医師は、本件診断の結果に基づき、亡真司に対して、「心電図には異常がある。経過観察が必要なので来年また心電図を取りなさい。走った後のように胸がドキドキするようなことがあれば、医療機関で受診しなさい。」と説明していること、(3)右説明は、中学一年生の亡真司には十分理解可能なものであったことの諸点に鑑みれば、本件中学校から控訴人らに対し、本件診断の結果を通知すべき必要性があったとはいえず、右通知義務はなかったというべきである。

2  本件不実施は違法か。

(控訴人の主張)

学校心臓検査マニュアル平成二年版中(甲一六)には、WPW症候群は三次検診が必要な疾病とされ、循環器専門医による診察・最終診断、運動負荷心電図による検査も必要であるとの記載があり、本件中学校には亡真司に対して三次検診を実施すべき義務があった。したがって、本件不実施は、右義務に違反し、違法である。

(被控訴人の主張)

学校保健法に基づく児童生徒の定期健康診断は、財団法人日本学校保健会が中心となって作成した健康診断マニュアルによって行われており、心臓病の管理指導は心臓病管理指導表(乙三)によるとされている。亡真司に対する本件診断は、頻脈発作の既往のないWPW症候群であり(同表E区分)、経過観察を要する(同表3区分)というものであって、それ以上の検査、治療は必要がないとされているものである。控訴人主張の文献には、三次検診が必要な病名としてWPW症候群が記載されているが、同記載は頻脈発作の既往のあるWPW症候群を指し、無症状のWPW症候群は含まれないというべきである。

3(一)  本件不通知又は本件不実施と亡真司の死亡との間に因果関係が認められるか。

(二)  亡真司の損害額

控訴人らは、平成五年賃金センサス(大学卒男子労働者企業規模計)による平均年収額三二二万七一〇〇円を基礎とし、生活費控除五割として、亡真司の六七歳までの逸失利益二九八九万四八八六円、亡真司の死亡慰謝料二〇〇〇万円を主張する。

4(3(一)が認められない場合の予備的主張)本件不通知により控訴人らに慰謝されるべき精神的苦痛が認められるか。控訴人らは、右慰謝料は各二五〇万円が相当であると主張する。

三  本件請求

1  根拠法条 国家賠償法一条一項

2  請求額 控訴人らそれぞれ亡真司の損害額の二分の一である二四九四万七四三三円(予備的に控訴人ら固有の損害額各二五〇万円)

3  遅延損害金 不法行為の後で本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである平成七年三月八日から民法所定の年五分の割合

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  学校保健法六条一項の健康診断に本件二次検診が含まれるかについて

学校保健法六条一項、同法施行規則四条一項九号、五条八項(ただし、平成六年文部省令第四九号による改正前のもの)の各規定(控訴人らの主張(一)参照)によれば、学校における定期健康診断においては、「心臓の疾病及び異常の有無」を検査し、その検査方法は「臨床医学的検査その他の検査」によるものであるところ、証拠(乙一〇、原審証人牧浦)によれば、右心臓の疾病及び異常の有無については、心電図検査のみでは心疾患の疑いがある者との判断がなされるものの、異常があるかどうかの確定的な診断ができないため、二次検診の必要性があること及びこのことは亡真司についても同様であったことが認められる。したがって、本件二次検診は、学校における心臓の疾病及び異常の有無についての定期健康診断の一環としてなされる「臨床医学的検査」に当たると認められ、同法六条一項の健康診断に該当するというべきである。

そうすると、同法施行規則七条一項により、本件診断の結果は、亡真司及び控訴人らに通知されることが予定されているというべきである。

右に反する被控訴人の主張(一)は採用できない。

2  学校保健法施行規則七条一項の通知の趣旨

学校保健法六条一項が、学校において定期健康診断を行わなければならないと規定しているのは、学校教育法一二条の「学校においては、別に法律で定めるところにより、学生、生徒、児童及び幼児……の健康の保持増進を図るため、健康診断を行う」との規定を根拠としている。そして、学校においては、右健康診断の結果に基づき、疾病の予防措置を行い、又は治療を指示し、並びに運動及び作業を軽減する等適切な措置をとらなければならず(学校保健法七条、同法施行規則七条)、教育課程の実施に考慮を加える(学校教育法施行規則二六条)ことになっている。

右各規定の趣旨に鑑みれば、学校において定期健康診断を実施するのは、学生、生徒、児童及び幼児(以下、「生徒等」という。)を日常管理している学校が生徒等の健康状態を知ることにより、生徒等の健康の保持増進を図り、もって適切な学校教育を推進することを目的としているというべきである。

ところで、学校が生徒等の健康の保持増進を図り、適切な学校教育を推進するためには、学校のみならず生徒等及び保護者(学生の保護者を除く。以下同様。)においても生徒等の健康状態を正確に認識していることが必要不可欠であり、この正確な情報によって生徒等及び保護者も学校教育に協力的に対応することができることになるのである。また、生徒等は、学校において定期健康診断が実施されるため、通常、生徒等が自ら他の医療機関において健康診断を受ける必要がなく、専ら学校の行う定期健康診断の結果に基づきその健康の保持増進を図ることも予定されているということができる。学校保健法施行規則七条により健康診断の結果を生徒等及び保護者に通知することとされているのは、右に述べた趣旨に基づくものと解される(生徒については、健康診断の結果を正確に把握できる能力が未熟であり、そのため保護者に対する通知が必要である。)。そうすると、生徒等及び保護者においては右健康診断の結果の通知を受ける法的利益を有しており、学校には同通知義務があるというべきである。

3  被控訴人の主張(三)について

被控訴人の右主張のうち(1)及び(2)の事実は証拠(甲四、六、乙三、七ないし九、原審証人牧浦)により認められるが、亡真司の心臓について全く異常がなかったとはいえないのであるから、右事実によっても控訴人らに対する通知義務がなかったということはできない。なお、牧浦医師の亡真司に対する右説明でもって亡真司に対する本件診断の結果の通知はあったと解されるが、これにより控訴人らに対する通知義務が免除されるということはできない(右2の説示参照)。

4 以上のとおり、本件中学校には、本件診断の結果を控訴人らに通知する職務上の法的義務があったところ、本件不通知は、その義務に違背したものであって、違法であるというべきである。

二  争点2について

証拠(甲一六)中には、WPW症候群は三次検診が必要な診断名として記載されているが、一方、三次検診は二次検診で精密検査を勧められた生徒等が専門医療機関にて受診するとも記載されていること、亡真司に対する本件診断の結果は、前記のとおり(争点1についての被控訴人の主張(三)の(1))であり、亡真司の診断名がWPW症候群であったというものの、本件二次検診の段階ではさらに精密検査を必要としないものであったことに照らせば、本件中学校において亡真司に三次検診を受診させる法的義務があったと認めることはできない。

三  争点3について

証拠(甲一三、一四、乙三ないし五、一〇、原審証人牧浦)によれば、前記のとおり亡真司におけるような頻拍発作の既往のない無症状のWPW症候群患者(亡真司に頻拍発作の既往があったと認めるに足りる証拠はない。)の大部分は最初の発作が致死的不整脈となって発症・死亡することはないが、一部の患者では最初の発作で死亡する症例もある病気であること、しかし、未だWPW症候群によって不整脈が出る機序についてはよく分かっておらず(例えば、登山、スキューバダイビング、パラシュート、飛行機操縦等は避けるべきであるとされている。)、最初の発作で死亡する危険性の予見は困難な病気であること、無症状のWPW症候群そのものは家族に突然死の既往がない限り(亡真司の家族に突然死の既往があった事実を認めるに足りる証拠はない。)、治療の対象とはならないこと、多くのWPW症候群の患者は頻拍を起こすことなく一生を終えること、以上のようなWPW症候群に対する医学的見解に立って、財団法人日本学校保健会の児童生徒の健康診断マニュアルは、頻拍発作のないWPW症候群は、危険を伴わない不整脈として要観察ではあるが、学校生活等における活動について特に禁止や制限がないものとして取り扱っていること、もっともWPW症候群の患者に頻拍発作がおきたら、積極的に治療していかなければならないことが認められる。

右のような無症状のWPW症候群に対する医学的見解及び実際の取扱いに照らせば、控訴人らに本件診断の結果が通知されたとしても、直ちに亡真司に有効な治療がなされたとか、ジョギング等の運動をすべて禁止できたとか、日常生活の中でWPW症候群に起因する突然死を防止ないし予見できたということは困難である。

よって、本件不通知と亡真司の死亡との間に相当因果関係を認めることはできない。

四  争点4について

亡真司は、本件診断がなされたWPW症候群に起因して死亡したものであるところ、本件診断の結果が控訴人らに通知されておれば、控訴人らにおいて亡真司を、さらに専門医療機関にて受診させることもあり得たし(その結果、治療を要するWPW症候群であったと判明することもあり得る。)、亡真司が死亡した際に行っていたジョギングを禁止することもあり得たのであり(いずれもその可能性を否定することはできない。)、控訴人らは本件不通知により少なくともこれらの機会を侵害されたというべきであって、これに伴う精神的苦痛は慰謝されるべきである。

もっとも、控訴人口野義昭は、亡真司が本件心電図検査に異常があったため、本件二次検診を受けに行ったことを知っており、また、間接的にせよ亡真司から本件二次検診の際に医者が英語を五文字くらい書いていたことを聞いていたのであるから(原審における同控訴人本人)、本件中学校から何らの通知がなかったとしても、保護者としては、本件二次検診の結果についてむしろ心配するのが当然であり、これを本件中学校に照会・確認することも可能であったというべきである。

以上のような諸点を総合し、控訴人らに対する慰謝料は、各金五万円をもって相当と認める。

五  以上によると、控訴人らの本訴請求は、被控訴人に対し、各金五万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の部分は理由がない。

第四  結論

よって、右と一部異なる原判決を主文一項1、2のとおり変更し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、九三条、九二条、八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官蒲原範明 裁判官塚本伊平 裁判官下方元子は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官蒲原範明)

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