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大阪高等裁判所 平成8年(う)789号 判決 1997年3月12日

本籍

大阪府東大阪市山手町二三六番地

住居

同市東豊浦町一一番三〇号

会社役員

辻子仁宏

昭和二二年九月四日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、平成八年七月八日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 三井環 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人本井文夫及び同桑山斉連名作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討すると、本件は、被告人が実兄らと共謀して、父からの遺産相続に関し架空債務を計上して相続税の申告をし、自己の納めるべき相続税をほ脱したという事案であるが、そのほ脱額は二億〇四〇〇万円余りと高額であり、ほ脱率も高く、事案自体重大である。国民が負う納税義務は、国家存立の基盤であって、不正の行為によりこれを免れようとする身勝手な行動は厳しく非難されねばならない。所論は、被告人が本件において「橋渡し役」をしたに止まる旨主張するが、納税義務を果たすべきは被告人自身であって、被告人は、兄から架空債務を計上した申告をすると知らされた際、これが違法であることを十分承知しながら反対することをせず、兄とともに自分の会社の顧問税理士である尾池に対し申告書の作成を依頼して自ら利益を得ようとしたのであるから、本件犯行における被告人の立場を従属的なものと評価することはできない。被告人の刑事責任は重い。

したがって、被告人の認識としては、ほ脱額が一億一五〇〇万円程度であったこと、本件は兄の言葉に安易に従ったという面もあり、右税理士への申告書作成の依頼のほかは、具体的な脱税工作にほとんど関与していないこと、本件起訴後にほ脱額全額について修正申告をし、物納の手続を進めるとともに、一部分割納付もしていること、事実を認め本件を反省していること、これまで駐車違反による罰金以外の前科がないことなど、被告人に有利な事情をすべて斟酌しても、被告人を懲役一年二月及び罰金三五〇〇万円に処し、懲役刑につきその執行を三年間猶予した原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。

なお、所論は、罰金額が兄の三〇〇〇万円に比して高額であるとしてその不当性を主張するが、罰金刑併科の趣旨は、不法利益の取得を目的とする犯罪行為が経済的に引き合わないことを強く感銘させる点にあると解されるところ、租税ほ脱犯においては、納税義務違反の程度、すなわち当該ほ脱行為によって免れようとした金額がその基準として大きな意味を持つのであるから、本件において、被告人が遺産分割において取得しようとした相続財産等の価額も考慮することは相当である。その後の物納による納税等により被告人の現実の利得がないことをもって原判決の量刑を非難する所論は採用できない。

論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角谷三千夫 裁判官 古川博 裁判官 鹿野伸二)

平成八年(う)第七八九号

控訴趣意書

被告人 辻子仁宏

右の者に対する相続税法違反被告について、控訴の趣旨は左記のとおりです。

平成八年一〇月一八日

右弁護人

弁護士 本井文夫

同 桑山斉

大阪高等裁判所第三刑事部 御中

原審判決には被告人辻子仁宏に対する量刑不当の違法があるから、原判決を取消し、相当に軽減した判決をなされたい。

原判決に対する不服の要件は次のとおりです。

一、本件に対する被告人の役割ないし加担の程度を過大評価する誤りがある。

二、罰金刑三五〇〇万円が分離前の相被告人辻子仁宏の罰金刑三〇〇〇万円と比較して、過大に過ぎ、かつその量刑理由が明示されていない。

以下敷衍します。

一、原判決「量刑の理由」の誤り

原判決の「量刑の理由」では、被告人の役割ないし加担の程度につき要約すると次のとおり判示しております。即ち、<1>被告人が納税義務者であること<2>違法不正な申告形態であることを知りつつ、了承したこと<3>本件申告書の作成を依頼し、協力したことです。右<1>の点はそのとおりですが<2>と<3>については、俄に賛同できず、原判決も判示するとおり「恩借」という兄孝義の説明を軽信し、尾池税理士との「橋渡し役」を演じたに過ぎないものであります。そのような結果となった理由なりいきさつは原審弁論要旨にくわしく記載したとおりであります。長男である孝義が自分にまかせておいてくれと言い、母である孝子から弟である被告人にそのようにするようにと言われれば、日本の普通の家庭、家族ではよほどの正当事由がない限り、弟の被告人がなるほど納税義務者の一人であるとしてもこれに従うものであって、そのことにつき厳しく非難することはやや量刑判断基準として適切とはいえないのではないかと思われます。我が国はいまだ個人主義がそこまで成熟していないのであります。従って、原判決が「納税義務者である被告人が反対すれば本件脱税は敢行されなかったであろう」と仮定して、被告人の責任が重大であると非難しているのはやや正当と言えないのではないかと思われます。むしろ「恩借」なる概念を軽々に信用したことが本件の非難の対象であり、その限度で被告人は責任があるといわなければならないでありましょう。

従って、被告人は本件当時確定的に「脱税」を認識していたものではなく「恩借」という方法があるという兄孝義の短い説明を軽信し、本件犯行に至ったものであります。

即ち、換言すれば、被告人の本件犯行における役割ないし加担の程度は原判決のいう「重大な役割」ではなく、原判決が他方でいう「橋渡し役」をしたに止まるもので、その刑責を免れるものではありませんが、決して主犯ではありません。従って、量刑上この点は十分に考慮されるべきであり、原判決もこの点を全く無視したとは言わないもののなお不十分といわなければなりません。

二、罰金刑について

原判決の判示からは罰金刑三、五〇〇万円の量刑理由は不明であります。ただ、被告人が本件当時「被告人に孝義分を合わせて、本件正規納税額は約二億五、〇〇〇万円であり、ほ脱税額は合計約二億三、〇〇〇万円であるものと認識していた可能性が高い」と認定しています。右認定は正当であります。

ところで、兄孝義の原判決の罰金刑が三、〇〇〇万円であり、被告人は罰金三、五〇〇万円であります。この差異はどこから出たものかは不明ですが、推測すれば、両者の相続により取得する不動産評価が被告人分がやや大きいことにより五〇〇万円の差を設けたものと思われます。右判断は正当か否かでありますが、一般的には正当であろうと弁護人としては判断しております。従来の判例を見ますと、罰金刑の量刑基準は、ほ脱税額の三〇パーセント前後とするのが一般的であり、原判決の求刑も六、〇〇〇万円となっております。原判決は前記認識の点を考慮し両者合計約二億三、〇〇〇万円を基準として、判断されさらに右二億三、〇〇〇万円を両者の相続分に按分して、被告人に罰金三、五〇〇万円とされたものと考えますが、本件当時両名は二億三、〇〇〇万円の半分ずつがそれぞれのほ脱税額と認識していたものであって、少なくとも本件においては、罰金額は同額とするのが公平な量刑であると考えます。

しかも、本件においては修正申告により、被告人の相続により取得した不動産も物納対象となり、自宅底地部分を除き、納税するのですから、概念的に一時的に相続財産が兄より多いといってもそれを理由として罰金刑に差異を設けることは不当であります。これに加えて本件犯行における各人の役割と兄孝義の控訴事実が二件であることを考慮すれば、被告人に対する罰金刑が不当に高額となっており、不公平であります。

三、原判決後の情状

原判決も認定するとおり、被告人は月額二〇万円ずつ重加算税の一部として納付しており、原判決後引き続き月額二〇万円ずつ納付を継続しています。更に重加算税納付のため、母孝子所有地を建売分譲すべく準備中でありますが、平成八年一〇月現在造成工事を完了させ、間もなく建築確認申請する予定であり納税準備は順調であります。

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