大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成7年(行コ)21号 判決 1996年1月26日

大阪府吹田市江坂町四丁目二六番一三号

控訴人

山田福江

大阪府豊中市宮山町二丁目八番二二号

控訴人

山田和邦

大阪府箕面市箕面四丁目八番五一号

控訴人

細谷ひろ子

埼玉県志木市館二丁目四番七号-四〇九

控訴人

山田啓二

右控訴人ら四名

訴訟代理人弁護士

谷戸直久

大阪府吹田市片山町三丁目一六番二二号

被控訴人

吹田税務署長 武田正德

右指定代理人

小野木等

石井洋一

清水透

八木康彦

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和六二年七月二三日付で控訴人らに対してした相続税に係る各更正のうち、原判決添付別表1の<1>の各「申告」欄記載の課税価格、納付すべき税額を越える部分及び過少申告加算税の賦課決定(ただし、昭和六三年五月三〇日付異議決定、昭和六三年八月二五日付再更正等及び平成二年一月二二日付国税不服審判所長の裁決により一部取消がなされた後のもの。)は、いずれもこれを取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決七頁七行目から同一〇行目までを次のとおり改める。

「(一) 建物附属設備

(被控訴人)

(1) 富士製作所は、昭和五九年七月一〇日に宮前佐一郎から大阪府豊中市名神口一丁目一一の一八所在の建物を工場等として賃借して引渡を受け、内部の模様替え及び電気工事等を行った。その内容は、原判決添付別表9記載のとおりであり、本件相続の開始した昭和六〇年六月二九日の直前期末におけるその帳簿価額は同表の「<7>直前期末の帳簿価額」欄記載のとおり合計一一八二万八二〇〇円である。そして、その相続税評価額は、同表の「<6>相続税評価額」欄記載のとおり合計一〇四三万八九一二円と解すべきである。

(2) ある資産が相続税の評価の対象となる財産性のある資産であるためには、当該資産について所有権を有するとか、換金可能性、譲渡可能性があることを要すると解するのは誤りであり、法律上の根拠を有しないものであっても金銭に見積もることのできる経済的価値が認められれば足りるのである。建物附属設備は、賃借人が賃貸借の目的物の付加価値としてこれを利用し得る以上、その経済的利益は賃借人に帰属しているといえるのである。

(3) 本件建物附属設備は、富士製作所が賃借人としての権原に基づいて備え付けたものであって、民法二四二条但書の規定から、附合した物が独立の権利の対象となる場合には、権原を有する者が附合した物について有していた所有権を保有するのであって、附合すれば直ちに附合した物の所有権が不動産の所有者に帰属するものでもない。

仮に、富士製作所が本件建物附属設備について所有権を有しないとしても、その利用ができる以上、その経済的利益は賃借人たる富士製作所に帰属しているのであるから、右利益は相続税の評価の対象となる資産である。

(控訴人ら)

(1) 富士製作所が昭和五九年七月一〇日に宮前佐一郎から大阪府豊中市名神口一丁目一一の一八所在の建物を工場等として賃借して引渡を受け、内部の模様替え及び電気工事等を行い、その内容が原判決添付別表9記載のとおりであり、本件相続の開始した昭和六〇年六月二九日の直前期末におけるその帳簿価額が同表の「<7>直前期末の帳簿価額」欄記載のとおり合計一一八二万八二〇〇円であることは認める。

(2) 被控訴人の主張は、法人税法上の資産性と相続税法上の財産性を混同するものであって、相続税法上の財産についての解釈を誤るものであって不当である。

(3) 本件建物附属設備は、宮前佐一郎所有の前記建物に附合しているから富士製作所の所有ではなく、独立した相続税法上の財産に該当せず、相続税の評価をすることも、帳簿価額を記載することも要しないものである。被控訴人も、本件の建物附属設備が本件建物に附合していることを認めている。

(4) 評価基本通達九二(1)によれば、電気設備等でその家屋に取り付けられ、その家屋と構造上一体となっているものについては、その家屋に含めて評価すると規定されているのであって、家屋の所有者自身が付加した設備に限定されていない。

賃借人が附合させた建物附属設備についても、これを含めて固定資産税における建物評価がなされていることから、この固定資産税評価額を援用する建物評価においては、賃借人が附合させた建物附属設備についても評価基本通達九二(1)の規定が適用され、建物と一体評価されるから、相続税評価の対象となるものではない。

(二) 保証金

(被控訴人)

(1) 富士製作所は、宮前佐一郎に対し、前記建物の賃貸借に際し、次の約定で、敷金として一六二〇万円を預託した。

<1> 明渡までの賃貸期間が七年以内のときは、敷金のうち七二四万円を差し引いた八九六万円を返還する。

<2> 明渡までの賃貸期間が一〇年以内のときは、敷金のうち四〇四万円を差し引いた一二一六万円を返還する。

<3> 明渡までの賃貸期間が一〇年以上のときは、敷金のうち三二四万円を差し引いた一二九六万円を返還する。

(2) 富士製作所は、山田信一から、東京出張所の建物を賃借したが、その際、賃貸借が終了し、建物の明渡を終えたときには、全額返還を受けるとの約定の下に、同人に敷金一〇〇万円を預託した。

(3) したがって、宮前佐一郎から返還される一二九六万円と山田信一から返還される一〇〇万円の合計一三九六万円が、相続税評価において保証金として計上すべき資産であり、帳簿価額も一三九六万円と解すべきである。

(控訴人ら)

(1) 右(1)(2)の事実は認める。

(2) 相続税の評価の対象となる財産は、単に金額に見積もることのできる経済的価値があるだけでは足りず、取引の対象となり得るものでなければならない。

(3) 宮前佐一郎に預託した敷金のうち本件相続開始時に返還されることが確定している八九六万円と、山田信一から返還を受けることのできる一〇〇万円のみを保証金として計上すべきである。

本件保証金のうち、宮前佐一郎から返還されるかどうか確定していない四〇〇万円は、課税時期において未だ条件が成就していないため、債権そのものの存在が認められず、金銭に見積もることができる経済的価値即ち取引の対象となり得るものではなく、したがって、相続税評価の対象となる財産ではなく、これを相続税評価額及び帳簿価額に記載してはならない(乙四号証の第四表1(2)注3)。

(三) 借家権

(被控訴人)

(1) 富士製作所が宮前佐一郎に預託した前記敷金のうち三二四万円は、賃貸期間の長短に拘らず返還されることはないが、実質的には本件建物を賃借するために支出した権利金であるから、賃借権設定の対価であり、無形固定資産の性質を有する借家権として計上すべきものである。

(2) 借家権は、評価基本通達九五では、その取引慣行のある地域にあるものを除き、相続税の課税価格に算入しないことにされているから、その相続税評価額は〇円である。右借家権の帳簿価額については、富士製作所は直前期末において借家権として会計処理をしていないが、保証金として一括計上しているから、右三二四万円を同借家権の帳簿価額とみなすべきものである。

(控訴人ら)

(1) 富士製作所が宮前佐一郎に預託した前記敷金のうち三二四万円が賃貸期間の長短に拘らず返還されることのないことは認める。

(2) しかし、返還されることが確定している右三二四万円は、借家権取得の対価ではなく、せいぜい賃料の前払いと解すべきであり、相続税法に定められている財産に該当しないから、相続税の評価の対象とならないものである。本件建物の賃貸借契約書では、右三二四万円を含む保証金の全額が担保の対象とされており、この三二四万円が権利金である旨の文言がなく、賃借権譲渡禁止の特約があり、富士製作所の会計処理もその全額を保証金としてなされているから、右三二四万円を賃借権設定の対価とみなさなければならないものではない。

仮に、借家権があるとしても、譲渡が禁止され、借家権の取引慣行のない地域のものであるから、相続税法上の財産に該当しないものである。被控訴人は、本件借家権が取引慣行のある地域にあるものに該当しないとしながら、借家権の帳簿価額への計上を主張するものであり、矛盾している。

(3) 法人税法の解釈において借家権に資産性が認められるとしても、それが相続税法上の財産に変質するものではなく、借家権は相続税法上の財産とは異質のものであって認められない。

(四) 生命保険金請求権

(被控訴人)

(1) 富士製作所は、本件課税時期の直前期末前の昭和五九年八月一日、安田生命保険相互会社との間で、被保険者を亡輝夫、保険事故を同人の死亡、保険金受取人を富士製作所、保険金額を二〇〇万円とする定期保険契約を締結し、直前期末後である昭和六〇年二月一日、三井生命保険相互会社との間で、被保険者を亡輝夫、保険事故を同人の死亡、保険金受取人を富士製作所、保険金額を五〇〇〇万円とする養老保険契約を締結し、亡輝夫が同年六月二九日に死亡したことにより、右各契約に基づき、合計五二〇〇万円の生命保険金請求権を取得した。

(2) 右各生命保険金請求権は、いずれも、保険契約が直前期末に存したか否かを問わず、亡輝夫の死亡に伴い富士製作所に発生し、仮決算を行わなくても容易に計上することができ、また、会社の通常の営業活動とは別個の原因から生じるものであるから、相続税評価額及び帳簿価額とも五二〇〇万円として、資産に計上すべきである。

(控訴人ら)

(1) 右(1)の事実は認める。

(2) しかし、本件各生命保険金請求権は、課税時期の直前期末においては存在しなかったものである。直前期末後の資産、負債の増減については、仮決算を行わない以上はこれを相続税の評価にあたり資産、負債に計上することは許されない。生命保険金請求権だけを特別に資産に計上しなければならない合理的理由もないから、これを資産に計上すべきでない。相続税の計算において、富士製作所の仮決算がなされていない以上、直前期末の資産及び負債をもって、課税時期における資産及び負債とみざるを得ないのである。これは、便宜的方法ではなく、法によって認められた代替的方法である。

直評九通達(乙四)に定められた直前期末法とは、課税時期における各資産及び負債の金額は、直前期末現在の資産及び負債を対象として計算しても差し支えないというものであるから、直前期末に発生していない本件各保険金、特に直前期末に保険契約すら締結されていない三井生命の養老保険金は相続税評価の対象たりえないものである。

(3) 会社の締結する生命保険契約は、役員又は従業員の死亡により生ずる会社の営業収益上の打撃を填補することを目的としたものであり、生命保険金は営業収益と無縁のものではなく、その額も営業収益上の打撃を填補するものである以上、営業収益と共に総合的に判断しなければどれだけの額が増加したのか確定しえないというべきである。また、支払保険料は、事業年度の営業収益全体に対応する費用ないし損金として取り扱われるべきものである。したがって、生命保険金請求権は、会社の通常の営業活動に関連するものであり、仮決算を行わなければその総合的な資産増加の額を確定することは困難であり、これを資産に計上することはできない性質のものである。

(4) 控訴人らは、本件富士製作所の出資の評価に当たり、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しい増減がない場合であり、本件生命保険金請求権の額をもってしても著しい増減には当たらないから、直前期末法を採用したのである。ところが、被控訴人は、直前期末後に被相続人の死亡に伴い発生する資産及び負債について著しい増減の対象ではないと主張しながら、本件生命保険金請求権の額を相続税評価の対象とするものであって、直前期末法を採用することができる要件についての見解が不当である。

(5) 仮に、被控訴人主張のように本件生命保険金請求権を資産に計上すべきであるというのなら、その支払保険料(直前期末後の支払保険料の額は、安田生命の定期保険料が一万〇〇八〇円、三井生命の養老保険料が一一六万六〇〇〇円、合計一一七万六〇八〇円である。)を負債に計上すべきである。直前期末の資産が当期支払保険料分だけ減少したことは明らかである。生命保険金請求権を資産に計上しながら、支払保険料の負債計上を許さないのは片手落ちである。

また、生命保険金請求権を資産に計上するとすれば、二重課税排除のために、これに対する未納法人税等相当額を負債に計上すべきである。そうしないと、法人税等相当額について二重課税されることになる。」

2  同八頁二行目及び三行目を次のとおり改める。

「(一) 社葬費用

(被控訴人)

(1) 富士製作所は、亡輝夫の死亡により、社葬として、一〇三七万五八三一円を支払った。

(2) 社葬費用は、被相続人死亡後に発生する負債であって、相続開始時に存在する負債ではない。しかしながら、個人が営む葬式費用は、相続開始時に存在する費用ではないけれども、被控訴人の死亡に伴い発生する負債であって、通常相続財産から支出されるため、相続財産の課税価格の計算上控除されている(相続税法一三条一項二号)から、これとの権衡上、会社の評価に際してもこれを考慮するのが資産の適正評価の上で合理的であって、社葬費用の負債計上を認めるのが実務慣行であって、もとより、相続税法二二条に違反するものではない。

したがって、直前期末法による場合でも、直前期末が表す通常の貸借とは別に、死亡に伴い発生する負債として独立して社葬費用を計上する必要がある。その額は、相続税評価額、帳簿価額とも、前記一〇三七万五八三一円と解すべきである。

(控訴人ら)

(1) 富士製作所が亡輝夫の死亡により、社葬として、一〇三七万五八三一円を支払ったことは認める。

(2) しかし、相続税法一三条一項一号は、相続税における負債の要件として「相続開始の際現に在するもの」と規定しており、相続開始時に現存しないものは本来の債務でなく、相続財産の評価とは無縁のものである。社葬費用は、被相続人死亡後に発生する負債であるから、金額が高額だからといって会社の資産評価に当たりこれを負債に計上することは許されない。もし、社葬費用の負債計上を認めるのであれば、被控訴人市死亡により会社から遺族に支払われる弔慰金も同様に取り扱うべきことになるが、不当である。

(二) 死亡退職金

(被控訴人)

(1) 富士製作所は、亡輝夫の死亡退職金として一億円を控訴人らに支払った。

(2) 死亡退職金は、役員、従業員の死亡に伴って発生する負債であり、相続開始時に確定している債務ではないが、二重課税を避けるため、また、通常相当高額であることから、会社の資産評価に当たりこれを考慮するのが、相続開始時の会社の資産を適正に評価するもので合理的である。本件の死亡退職金の相続税評価額及び帳簿価額はそれぞれ一億円である。

(3) 未納法人税額等の計算において、死亡退職金を負債に計上すると、その分未納法人税額等が減少し、その結果会社の資産が増加することになる。しかし、死亡退職金が生命保険金請求権を上回る場合や、生命保険金請求権が在しない場合には、課税対象額はマイナスとなるから未納法人税額が〇となり、未納法人税額がマイナスとなることはない。本件では、富士製作所が支払った死亡退職金の額が一億円、取得した生命保険金請求権の額が五二〇〇万円であるから、右生命保険金請求権の額から死亡退職金の額を控除した額はマイナスとなる。したがって、会社の純資産額の評価上、負債に計上すべき未納法人税等相当額は結局ないということになる。

(控訴人ら)

(1) 富士製作所が亡輝夫の死亡退職金として一億円を控訴人らに支払ったことは認める。

(2) しかし、退職金の支給には、株主総会、社員総会の決議が必要であり、課税時期(死亡時期)に死亡退職金の支給が予定されていることなど絶無である。課税時期と決算期との時間的関係から、株主総会の決議が翌期にずれこまざるを得ないこともあり、課税時期の属する決算期に死亡退職金の支給が必ずしも確定するとは限らない。相続税法上、財産の評価は、課税時期における時価によるもので、その後の事情を斟酌することは許されない。ただし、死亡退職金は、相続税法三条一項二号により、相続財産とみなされて課税されるから、二重課税を排除するために、会社の純資産価額を同額だけ減ずる目的で手続上負債計上が認められるだけのことである。ちなみに、弔慰金には相続税が課税されないから、死亡退職金と異なり二重課税の問題が起こらないため、負債に計上されることはない。いずれにせよ、相続開始時に存在しないのであるから、これを相続開始時における会社の債務に計上することは、相続税法二二条の時価主義の原則に違反し、誤っている。

(3) 死亡退職金は、生命保険金請求権とは何ら関係がないから、死亡退職金を直前期末の資産、負債に関する未納法人税額等に反映させるか否かについては、生命保険金請求権の有無に関係なく判断されなければならない。未納法人税等相当額の計算において、死亡退職金を負債に計上することは、その分未納法人税額等が減少し、その結果会社の資産が増加することになり、二重課税を回避するため死亡退職金を負債に計上したことの目的を達することができず、二重課税になり違法である。これに対し、未納法人税額等の計算に当たって、死亡退職金を負債に計上しないことによって、容易に是正することができるのである。」

3  同四行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「(被控訴人)

国税通則法六五条四項に規定する「正当な理由」とは、例えば、税法の解釈に関して、申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴い、修正申告し、若しくは、更正を受けた場合、または、災害、盗難等に関し申告当時損失とすることを相当としたものが、その後予期しなかった保険金等の支払いを受け、若しくは、盗難品の返還を受けたため修正申告し、若しくは、更正を受けた場合等、申告当時適法と認められた申告が、その後の事情の変更により、納税者の故意過失に基づかずして過少申告となった場合のように、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり、こうした納税者に過少申告加算税を課することが不当、若しくは、酷になる場合を意味するのであり、単に過少申告が納税者の税法の不知、若しくは、誤解に基づく場合は、これに該当しないと解するのが相当である。本件の場合、右のような「正当な理由」は存せず、本件過少申告加算税の賦課決定は適法である。

(控訴人ら)

本件更正は誤っているから取り消されるべきであり、したがって、過少申告加算税の賦課決定も理由がない。

さらに、本件各争点は、課税当局者である被控訴人においても見解を変更しなければならないほどの重大な問題を含んでおり、納税者である控訴人らが申告に先立って判決と同様の結論を持つことは不可能であったというべきである。このように本件申告の各争点には重大な問題点を含んでおり、国税通則法六五条四項にいう「正当な理由」に該当するというべきであり、本件過少申告加算税賦課決定は、いずれも取り消されるべきである。」

第三争点に対する判断

一  当裁判所も、控訴人ら請求は理由がないから棄却すべきであると判断するが、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一七頁六行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「控訴人らは、本件建物附属設備が本件建物に附合していることは当事者間に争いがなく、したがって本件建物附属設備は富士製作所の所有ではなく、独立した相続税法上の財産に該当しないと主張する。しかし、本件建物附属設備が本件建物に附合したからといって、前説示のとおり、取り外すことのできる動産であるから、本件建物から分離して他に売却して譲渡することが可能であり、相続税法上の財産というべきであり、このように解したからといって、法人税法上の資産の概念と相続税法上の財産の概念との間に混同はない。

控訴人らは、評価基本通達九二(1)は権原を有する者が付加したか否かを問わず、建物と構造上一体となっているものについては、その建物に含めて評価することとしていると主張するが、権原を有する者の付加した附属設備が財産性を有する場合に、これを建物とは別に評価することを許さない趣旨であるとは解されない。

控訴人らは、賃借人が附合させた建物附属設備についても、これを含めて固定資産税における建物評価がなされていることから、この固定資産税評価額を援用する相続税の建物評価においては、賃借人が附合させた建物附属設備についても評価基本通達九二(1)の規定が適用され、建物と一体評価されるから、建物附属設備のみが独自に相続税評価の対象となるものではないと主張する。しかし、固定資産税評価に当たり、建物附属設備が建物と一体評価されるからといって、相続税評価に当たり、権原を有する者が付加した附属設備が財産性を有する場合に、これを建物とは別に評価することを許さないとする趣旨であるとは解されないし、そう解することが相続税の資産評価に当たり直ちに不当ということはできない。」

2  同二八頁一一行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「控訴人らは、仮に、借家権があるとしても、本件賃貸借契約では譲渡が禁止され、借家権の取引慣行のない地域のものであるから相続税法上の財産に該当しないものであり、被控訴人が本件借家権が取引慣行のある地域にあるものに該当しないとしながら、借家権の帳簿価額への計上を主張するのは矛盾していると主張する。しかし、土地及び建物の賃借権は、特段の約定がない限り民法上は賃借人において自由に譲渡することができないにも拘らず、社会経済上は財産として扱われているから、賃借権譲渡禁止の特約がある場合であっても、金銭に見積もることができる経済的価値があるものとして相続税の課税評価の対象となる財産であると解すべきである(相続税基本通達一一の二の一)。そして、前記のとおり評価基本通達九五では、借家権は、その取引慣行のある地域を除き、相続税の課税価格に算入しないこととされているから、相続税評価額は〇円となるが、その取引慣行のある地域でないとしても、右のとおり借家権は金銭に見積もることができる経済的価値のある財産といえるから、富士製作所の帳簿価格として三二四万円を計上することは差し支えないというべきである。

控訴人らは、法人税法の解釈において借家権に資産性が認められるとしても、それが相続税法上の財産に変質するものではなく、借家権は相続税法上の財産とは異質のものであると主張するが、借家権が相続税法上の財産であると解すべきことは前示のとおりである。」

3  同三三頁八行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「 したがって、直前期末前に保険契約の締結された安田生命の保険金はもとよりのこと、直前期末後に保険契約の締結された三井生命の保険金についても、その生命保険金請求権を資産に計上すべきものである。

控訴人らは、会社を保険金受取人とする生命保険金は会社の営業収益と無縁のものではなく、営業収益と共に総合的に判断するべきものであり、支払保険料は営業収益全体に対応する費用ないし損金として取り扱われるべきであるから、仮決算を行わなければ確定できず、これを資産に計上することは許されないと主張するが、生命保険金請求権の取得及び支払保険料の額は仮決算を行わなくとも明らかであるから、右主張は採用することができない。

控訴人らは、控訴人らが富士製作所の直前期末から課税時期までの間の資産及び負債について著しい増減がないとして直前期末法を採用し、本件生命保険金請求権の額をもってしても著しい増減に当たらないと考えるところ、被控訴人が控訴人らの直前期末法の採用を認めたにも拘らず、直前期末後に被相続人の死亡に伴い発生する資産及び負債は著しい増減の対象ではないと主張しながら、本件生命保険金請求権の額を相続税評価の対象とするのは不当であると主張する。しかし、直前期末後の資産及び負債の著しい増減がないとして直前期末法の採用が是認されたからといって、直前期末後の資産、負債の増減が仮決算によらなくとも明確である場合にはこれを相続税評価の対象とするべきであるから、被控訴人が直前期末後の資産及び負債の著しい増減がないとして控訴人らの直前期末法の採用を認めた上で、相続開始時点までの資産、負債の明確な額の増減を主張することに問題はない。」

4  同三八頁末行の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「 控訴人らは、社葬費用は、被相続人死亡後に発生する負債であるから、相続開始時には存在せず、会社の資産評価にあたってこれを負債に計上することは許されず、もし計上するとすれば弔慰金も同様に取り扱うべきことになるが、不当であると主張する。しかし、社葬費用は、相続開始時以後に発生するものではあるが、同様の個人が行う葬式費用が相続税法一三条一項二号の明文で債務として控除することが許されていることとの権衡上負債として計上するのが相当であり、相続税法に明文のない弔慰金をこれと同列に扱うべきではないから、控訴人らの主張は採用できない。」

5  同四〇頁末行の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「 控訴人らは、退職金の支給には、株主総会、社員総会の決議が必要であり、課税時期(死亡時期)に死亡退職金の支給が予定されていることなど絶無であり、課税時期と決算期との時間的関係から、株主総会の決議が翌期にずれこまざるを得ないこともあり、課税時期の属する決算期に死亡退職金の支給が必ずしも確定するとは限らないと主張する。もとより、死亡退職金の支給の確定が遅れ、会社の出資の評価に間に合わないときにこれを債務に計上することができないことは明らかであるが、本件のように死亡退職金の支給が速やかに確定した場合においてこれを債務に計上することが相続税法二二条に違反するとはいえない。

控訴人らは、死亡退職金は、生命保険請求権とは何ら関係がないから、死亡退職金を直前期末の資産、負債に関係する未納法人税額等に反映させるか否かについては、生命保険金請求権の有無と関係なく判断されなければならず、未納法人税相当額の計算において、死亡退職金を負債に計上することは、その分未納法人税額等が減少し、二重課税になると主張する。しかし、未納法人税額等は、単に死亡退職金のみによって算出されるのではなく、各事業年度の会社の益金と損金の総合的な計算によるところ、前説示のとおり、富士製作所が支払った死亡退職金の額が一億円、取得した生命保険金請求権の額が五二〇〇万円であって、その差額はマイナスであるから法人税の新たな課税対象はないことになり、未納法人税等は新たに発生しないことになるのであって、二重課税の問題を生じないものである。」

二  よって、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であり、控訴人らの本件控訴は理由がないから棄却することとする。

(裁判長裁判官 福永政彦 裁判官 井土正明 裁判官 赤西芳文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例