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大阪高等裁判所 平成7年(ラ)601号 決定 1996年10月18日

抗告人(事件本人) 黒田有子

主文

原審判を取り消す。

本件を和歌山家庭裁判所に差し戻す。

理由

一  本件即時抗告の趣旨及び理由

別紙「即時抗告申立書」「抗告理由補充書」(各写し)記載のとおり。

二  当裁判所の判断

1  抗告理由に鑑み検討してみるに、本件記録によれば、鑑定人○○は、事件本人の知的能力、事理弁識能力について、精神発達能力遅滞というべき状態にあり、知能指数43、精神年齢6才6ヶ月、文の構成、話の不合理、場面の弁識は7才程度、場面の全体的把握に基づく行動が困難な面があるとの鑑定意見を述べるとともに、他方、体験的に学習した事柄の理解は可能であり、狭い範囲の中で自らの判断根拠をもって自主的な社会生活を営むことができるとし、事件本人の精神機能は社会生活が可能なものであり、心神喪失に当たらないとの結論に至っていることが認められる。

一方、抗告人代理人指摘のとおり、家庭裁判所調査官○○作成の調査報告書によれば、事件本人は、人定事項、家族関係、自己の生育歴、教育歴、日常生活の状況、家計や財産管理の状況など、多岐にわたる調査官の問いに対して、いちおう概括的な回答をしており、その内容もある程度正確であり、自己の体験や身近な事柄に関しては一定程度他者との意思疎通ないし自己の意思の伝達をなし得る状況にあることが窺われる。さらに、同調査官の調査報告書及び前記鑑定人の鑑定結果によれば、事件本人は独居し家事も行っているが、毎月の生活費を予め計算し、その予算内の支出のみにとどめるよう努めていること、また、常々周囲の者に対して迷惑を掛けないで生活をするべく一定の配慮をしていることが認められる。

次に、原審によって保佐人となるべき者として選任された西修一については、事件本人はその保護下に置かれることに拒否的な態度を示しており、また、事件本人の親族の中にも前同人が高齢であることを挙げて消極意見を述べている者もいることが認められる。

2  前項で説示したところによれば、事件本人につき精神障害のあることは窺えるものの、その程度が行為の結果の利害得失を判断する能力を欠如しているという程度にまで達しているかどうかということについては記録上必ずしも明らかでないといわなければならない。したがって、この点については、あらためて事件本人の生活状況を調査するなど、鑑定の当否とも関連づけながら、関係資料の収集・調査をなお要するものというべきである。また、保佐人候補者及びその適格性の調査に当たっては、事件本人の意向をも参酌して、その候補者となるべき者から直接事情聴取をするということが検討されてしかるべきであるし、事件本人との人間関係的な調整も考慮されるべきである。

3  よって、本件即時抗告は理由があるから、原審判を取り消し、上記の諸点につき更に審理を尽くした上判断する必要があるので、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 上野茂 裁判官 高山浩平 長井浩一)

(別紙1)

即時抗告申立書

当事者の表示<省略>

上記当事者間の和歌山家庭裁判所平成4年(家)第1815号・同年(家)第1816号事件について、平成7年8月21日なされた審判につき、即時抗告の申立をする。

第1.抗告の趣旨

原審判を取り消す。

との裁判を求める。

第2.抗告の理由

1.原審判は、抗告人について、心身耗弱と認定している。しかし、その認定は誤りである。元来、準禁治産者の制度は、特に心身耗弱を理由とするものは本人保護を理念としている。そして、今日かつての唖者などが準禁治産者の対象から外された経過から理解できるように、障害者については、なし得る限りその自立を進めることが現在社会の目指す方向である。準禁治産者の制度もその方向で運用されなければならず、単に知能指数・精神年齢だけで判断されてはならないものである。

2.抗告人は、現在通常の日常生活は健常者と同等に送ることができ、例えば金融機関での預け入れ・引き出しも単独で可能であり、その他目的場所への徒歩所要時間の感覚もあり、食事の用意もでき(おはぎのあん・五目ごはん等)、漢字の識字も日常生活においては支障なく(自らの住所地「○○」の記載、自らの氏名の記載、スーパー○○の読みとり等々)、交通機関の利用も単独で可能であり、電話をかけることも可能である。また、他の人物の家の距離感覚(例えば西氏・○○氏の居宅の比較)も正常である。

このような状態は、小学校1年生の段階を越えており、原審判がよって立つ知能指数・精神年齢は、抗告人の精神能力の現状を正しく捕らえていないものである。

3.現在抗告人は、件外五木紀夫の協力の下、精神的にも極めて安定した生活を送っており、将来にわたってその資産の処分など、民法12条記載の行為は発生する可能性は極めて少ない。かえって、原審判により選任された保佐人は、抗告人と身内の関係ではなく、さらに、抗告人の意志を無視して、その名義の預金などを管理下においている者であり、抗告人もその人物を恐れており、そのような者の干渉により抗告人の精神的生活の安定が阻害される可能性が極めて高いものである。

4.以上、原審判が抗告人を準禁治産者と宣告したのは誤りであり、直ちに取り消されるべきである。

1995年×月×日

抗告人代理人 弁護士○○

大阪高等裁判所

御中

(別紙2)

平成7年(ラ)第601号

抗告理由補充書

1995年××月××日

当事者の表示(編略)

抗告人代理人 弁護士○○

大阪高等裁判所

第×民事部 御中

1.原審判の審理は、一人の人格を持つ人物に対して、準禁治産宣告をなすにあたって極めて不十分な審理しかなしていない。

2.原審判の根拠となっている鑑定書には、抗告人が心者耗弱である旨の記載は存在しない。かえって、「狭い範囲のなかで自身の判断根拠をもって、自主的な社会生活を行うことは可能」とされ、「体験的に学習した事柄の理解は可能」とされている。したがって、原審判が抗告人を心身耗弱と判断したのは、唯一精神年齢・知能指数を根拠としているとしか考えられない(そして、このことは、鑑定書提出後日時をおかずに原審判がなされたことからも伺われる)。

(1) そもそも、具体的知的活動は、経験において取得した知識などによりその効果を異にし(心理学概論96頁)、知能指数のみで当該人の能力をはかれないが、右鑑定書は、一個人を準禁治産と断定し保佐人を強制する根拠としては、極めて杜撰であり、それを看過した原審判は、取消しを免れない。

(2) すなわち、鑑定書は、抗告人の知能指数・精神年齢を算定するにあたってなした心理検査の種別をまったく明らかにせず、さらに、その結果を導き出す過程も明らかにせず、さらに、「精神年齢6才6月」と『「文の構成、話の不合理、場面の弁識」7才』との間のずれの根拠・意味をも明らかにせず、抗告人が自身の判断根拠をもって自主的な社会生活を行うことが可能な範囲を明らかにせず(また、その範囲で一定の能力をもつ理由も明らかにせず)、一個の人間の能力を限定する鑑定としては、極めて杜撰である〔また、鑑定書記載の抗告人の行動は、抗告人に不利に考えてもIQ50~70程度と評価され、精神年齢は10~12才には達する(右同書97頁)との指摘が文献に存在することも右を裏付ける〕。

(3) 本鑑定においてなされた知能検査は、鑑定書において、知能指数43・精神年齢6才6月としており、知能指数=(精神年齢/生活年齢)×100という公式から考えるならば、生活年齢を15才と認定しているテストと考えられる。これは、平均的知能が15才で発達を終え、以後は退行していくとの前提に立つ検査であり、そのような前提自体に多大の疑問が提起されている(「知能指数」87頁・91頁・92頁)。抗告人の如き50才を越える人物に、このようなテストを実施して得られた数値そのものが、抗告人の知能判定に信頼性を持つとは考えられない。

(4) また、上記(3)の点はしばらくおくとしても、知能検査は、知能測定・精神年齢の判定にあたって重要な役割を与えられている。しかし、知能検査には、その活用にあたり留意しなければならない点が多数存在する。まず、検査の方法により同一個人であってもその結果が異なるという点である。特に、知能指数が低下し、いわゆる「精神薄弱」といわれる段階にあると考えられる個人の場合、言語による検査と動作による検査では成績が異なることが指摘されている(精神薄弱の医学172頁)。したがって、ある個人に心身耗弱の判定をする場合は、できる限り幅広く検査をし、特に動作性検査は不可欠である。しかし、本鑑定はその点不明である(むしろ、指摘されているIQはビネー式によるものと考えられるから、それ以外の検査はしていないと考えられる)。また、知能検査は、条件により結果が左右され、特に検査者と被検査者の人的関係により影響されることが指摘されており、本件では検査者は、抗告人と親しい件外五木紀夫と離婚問題で係争中である上抗告人を準禁治産と宣告することを求めている申立人の主治医であり、抗告人が検査者に対して好感情を抱いていないことが考えられるものであるから、検査は、時期をおいて数回施行し、その結果を考察しなければならない(精神薄弱の医学154~155頁)。しかし、本鑑定は、このような配慮を一切していない。

3.原記録を精査してみても、抗告人がいかなる生活を送ることができ、いかなる生活ができないかという審理は一切なされていない。鑑定書は、平成7年7月17日付で提出されているが、その中には抗告人が限定された範囲ではあっても、自分の判断根拠に基づいて正常な自主的に社会生活を送れると判断されており(なお、その判断根拠について異常性があるとの指摘は存在しないのであるから、結局、抗告人の社会生活について、抗告人の判断にまかせて支障がないと判断されているものと考えられる)、且つ、月々の生活について、生活費を決めて生活を送っていることが記載されている。また、調査官の報告書でも、抗告人については、能力の減退はさほどのことはないとの印象をもっている。さらに、2頁にわたり抗告人との会話が記載されている。このような状況の中では、抗告人については、心身耗弱の状態にあるものとは断定できないものである。抗告人の知的能力の判定は、総合的観点からなされなければならない。したがって、さらに原審としては、抗告人の能力について検討しなければならないのである。にもかかわらず、右鑑定書の提出後、直ちに抗告人を準禁治産者と宣告する決定をした原審判は、結局、審理不尽による決定であり、少なくとも和歌山家庭裁判所に差戻し、調査官によりその点の調査が詳細になされなければならない。

4.抗告人は、準禁治産宣告に対して拒絶反応を持つとともに、保佐人選任者に対して嫌悪の情を持っている。

この感情は、仮に抗告人が準禁治産者として保護されなければならないとしても、保佐人を選任する場合に最も重視されなければならないものである。

仮に、抗告人の右感情が「客観的には」誤りとしても、準禁治産者として保護されなければならない心身耗弱者が抱いている感情は拭いがたいものがあり、そのような敵対感情下にあるものが、保護され、保護する関係になることは許されるものではない。このような状況にあるにもかかわらず、他の保佐人を探す努力の一切をせず、抗告人に準禁治産を宣告した原審判は極めて杜撰な決定であるとともに、今、国際的にもまた我国においても、精神発達に遅滞のある人間に後見を実施する場合にも、本人の残存能力を最大限に活用し、本人の意向を最大限尊重するという方向が模索されている状況をも無視するものである。

5.以上、原審判は、抗告人の能力について審理不尽の違法を犯し、さらに抗告人には準禁治産として保護されなければならない必要性も必然性もないのにかかわらず、抗告人に準禁治産を宣告したものであり、直ちに取り消されるべきである。少なくとも、和歌山家庭裁判所に差戻し、再度慎重な審理がなされなければならない。

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