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大阪高等裁判所 平成7年(う)876号 判決 1996年5月15日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一六〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人池本美郎作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検査官寺野善圀作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

そこで、所論(当審における弁論を含む。)にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せ検討した上、各論旨につき、次のとおり判断する。

一  控訴趣意中、理由不備の主張について

所論は、被告人がイズミヤ松原店三階において警察官の暴行により右肘滑液包炎の傷害を負った旨強く主張していたのに、原判決は右傷害について何ら触れていないが、これは理由不備に当たる、というのである。

しかし、理由不備とは、刑訴法四四条一項、三三五条一項によって要求される判決の理由の全部又は重要な部分を欠く場合をいうのであり、原判決に右法条の理由不備の違法があるとはいえない上、被告人が、原審公判廷において、イズミヤ松原店三階において警察官から同行を求められ、拒否して座り込んだ際、座り込んでいるところを警察官から右腕をねじ曲げられたので、痛くて思わずしゃがみこんだが、痛いと言っても放してくれず、そのままねじ曲げたまま引っ張り上げられ、その際に右腕を怪我をした旨供述していることについて、原判決は、(争点に対する判断)の項の二の2及び3において、イズミヤ松原店三階においては、被告人が警察官から腕を強く引っ張られたり、ねじられたりすることはなく、警察官の有形力の行使は認められないし、最終的に二階の保安室に同行されるまでの間、被告人から肘が痛い等の訴えはなかった旨判示しているのであるから、所論の点について、右肘滑液包炎の傷害がイズミヤ松原店三階において警察官の暴行により生じたものでない旨説示していることになるのは明らかである。論旨は理由がない。

二  控訴趣意書中、事実誤認の主張について

所論は、イズミヤ松原店三階において、被告人が警察官の任意同行の要請を拒否した際、田岡警察官が被告人の右手首をつかみ、岸村警察官が左手首をつかみ、それぞれ手前に引っ張り上げて立たせるなどの暴行を加えたので、被告人が右肘滑液包炎の傷害を負ったのに、右事実を存在しないとした原判決には任意同行の経緯に関する事実の誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せ検討するに、本件の経緯は次のとおりであると認められる。

1  被告人は、本件当日、乙村春子と一緒に車でイズミヤ松原店に行き、同店の駐車場に車を止めて、同店で買物をし、二階レジで乙村が「カワイセツコ」名義のクレジットカードを示し、被告人がその傍らにいて、トラベルバッグ等を購入したが、不審を抱いた同店保安係員梅田康夫がカード会社に照会したところ、盗難カードであることがわかり、警察に盗難カードで商品を購入した男女がいる旨通報した。警察官四名が同店に駆け付け、保安係員梅田の指示により三階で商品を見ていた被告人と乙村を特定し、同人らに聞きたいことがあるとして、二階保安室までの同行を求めた。被告人は拒否したが、警察官からカード詐欺の通報があったことを説明され、説得を続けられて、岸村警察官、田岡警察官に付き添われて渋々二階保安室まで同行し、乙村は他の警察官に付き添われて同行していたが、途中便所に行きたい旨希望したので、便所に連れて行かれた。被告人は、二階保安室内で説得に応じて所持品をみせるなどしていたが、突然「何か悪いことをしたか。」などと大声でわめき、保安室から飛び出して売場に走って行った。岸村警察官、田岡警察官に追い付かれた被告人は、床に座ったまま「逃げへん。逃げへん。」と言っていたが、立ち上がろうとしなかったので、田岡警察官は被告人の右腕を持ち、岸村警察官は、被告人の背後からその両脇に腕を差し込み、立ち上がらせようとしたが、立とうとせず、その際、被告人の着ていたポロシャツが脱げた。被告人は、その隙をついて、再度逃げ出し、陳列棚やハンガーのポールやマネキン人形を倒しながら二階売場西側突き当たり付近まで至ったが、岸村警察官らに再度追い付かれた。被告人は、「逃げへん。逃げへん。」と言いながらも、警察官の手を振り払うようにして立とうとしなかったため、岸村、田岡の両警察官は、それぞれが被告人の手首を持ってその両腕を背中に回して後手にして立たせ、片方の手を被告人の肩に当てて二階保安室まで同行した。この間、乙村が便所で盗難カードとその利用伝票を隠す行為に及んだことが発覚しており、二階保安室に同行して来た被告人に対し乙村の使用した盗難カードのことを尋ね、被告人が知らないと答えたが、前後の状況から被告人は盗難クレジットカードによる詐欺被疑事件の被疑者として緊急逮捕され、その後勾留された。その勾留中に、詐欺被疑事件についての捜索差押許可状、検証許可状に基づいて、イズミヤ松原店駐車場に止めてあった被告人の乗車して来た車の中の捜索、検証が行われ、本件覚せい剤が発見された。そこで、覚せい剤取締法違反被疑事件についての差押許可状の請求がされ、差押許可状に基づいて本件覚せい剤の差押えがなされた。また、被告人の尿は、新たに発付された覚せい剤取締法違反被疑事件についての捜索差押許可状に基づいて、強制採取された。鑑定の結果、覚せい剤取締法違反の嫌疑が高まり、被告人は、盗難クレジットカードによる詐欺事件の方は処分保留で釈放となったが、覚せい剤取締法違反被疑事件で逮捕、勾留され、その後起訴されたのが本件である。

2  ところで、被告人は、原審公判廷において、当初、逃げ出したのはイズミヤ松原店二階保安室からではなく、同行を求められた三階においてであり、警察官から暴行を受けたのも三階においてであって、田岡警察官らから右腕をねじ曲げられ、痛くて思わずしゃがみこんだが、痛いと言っても放してくれず、そのままねじ曲げたまま引っ張り上げられ、その際に右腕を怪我した旨供述しており、また、原審第六回公判においては、逃げ出したのは三階から二階に降りた階段のところである旨供述を変えているものの、田岡警察官らの暴行により右腕を怪我した場所は二階に降りる前の三階においてである旨の供述は維持している。また、当審証人丙山春子(乙村春子が改姓)も、三階において、被告人が警察官ともめて、腕のところが痛いとか言っていた旨証言している。

しかし、被告人は逃げ出した地点の供述の変遷について納得の行く説明はしていない上、逃げ出す前に二階保安室に入ったことはない旨供述するが、被告人の知人である当審証人丙山春子ですら、被告人が保安室かどうかは分からないが部屋に入ったのは見た旨証言しており、また、他方、田岡警察官は原審公判廷において三階における被告人主張の右腕をねじ曲げての引っ張り上げの暴行を明確に否定する証言をしているほか、目撃者の梅田保安係員も原審公判廷において、被告人主張の警察官らによる右暴行はなかった旨明確に証言しているのであって、これら証言と対比すると、三階で被告人が負傷したとの被告人の前記供述や当審証人丙山春子の証言部分は信用性に乏しいものである。また、被告人が盗難クレジットカードによる詐欺被疑事件で緊急逮捕された当日の診断により、右肘滑液包炎に罹患していたことは認められるが、医師によれば、滑液包炎には、外傷によらない慢性的な滑液包炎と外傷による滑液包炎(打撲等)とがあり、そのどちらであるかは断定が非常に難しいものである上、例え、右肘滑液包炎の傷害が外傷によるものとしても、被告人は保安室から二階の売場を逃走して行く際、陳列棚やハンガーのポールやマネキン人形を倒しながら逃走しており、その際に被告人自らの行為により生じた可能性があることなどを総合勘案すると、警察官らの暴行により被告人が右肘滑液包炎の傷害を負ったものではないと認めるのが相当である。原判決に事実誤認はない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意書中、訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、被告人を緊急逮捕する以前の警察官の行為について、① 三階において被告人が受けた負傷は、任意同行を拒む被告人を無理に引っ張ったために生じた、警察官の違法な行為によるものであり、また、原判決が、② 被告人は二階の保安室から逃走し、売場内で床に座っていたのに、その腕や体をつかんで立ち上がらせようとした警察官の行為(原判示にいう第一行為)を有形力の行使としながら、法的評価として、任意捜査としても警察官職務執行法上の行為としても適法なものであるとしたのは、誤りであり、更に、③ 被告人が再度逃走し、二階売場西側突き当たり付近で座り込んだのを、その両腕を背中に回し後手にして立ち上がらせそのままの状態で肩に手を当てて二階保安室まで同行した警察官の行為(原判示にいう第二行為)について、違法な行為と認定しながら、右違法がその後の逮捕、勾留自体を違法とするほど不当なものではなく、その後の逮捕中に発見された被告人の尿、覚せい剤粉末及びこれらに対する鑑定結果等の各証拠に証拠能力を認めているが、右①、②、③の有形力の行使はいずれも令状主義の精神を没却するような重大な違法であり、右各証拠は違法収集証拠として証拠能力を否定すべきであるから、証拠能力を認めた原判決には訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで検討するに、①については、三階において警察官の暴行がなかったことは前記二の2において認定したとおりであるから、所論は前提を欠き、②、③については、本件の経緯は前記二の1において認定したとおりであり、被告人は盗難クレジットカードによる詐欺被疑事件についての事情聴取の際に逃げ出し、右詐欺被疑事件の被疑者として緊急逮捕され、その勾留中に、発付された右詐欺被疑事件についての捜索差押許可状、検証許可状に基ついて、イズミヤ松原店駐車場に止めてあった被告人の乗車して来た車の中の捜索、検証が行われ、本件覚せい剤が発見されたので、新たに覚せい剤取締法違反被疑事件で差押許可状の発付を得て、それに基づき本件覚せい剤の差押えがなされ、また、被告人の尿は、新たに発付された覚せい剤取締法違反被疑事件についての捜索差押許可状に基づいて、強制採取され、鑑定の結果、覚せい剤取締法違反の嫌疑が高まり、盗難クレジットカードによる詐欺事件の方は処分保留で釈放となったが、その後、本件覚せい剤取締法違反被疑事件で逮捕、勾留され、起訴されたものである。そうすると、本件の覚せい剤や尿の鑑定結果などの証拠は、盗難クレジットカードによる詐欺被疑事件で緊急逮捕された後、右詐欺被疑事件とは別件の覚せい剤取締法違反被疑事件について新たに発付された差押許可状、捜索差押許可状に基づいて収集された証拠であり、そして、本件覚せい剤取締法違反被疑事件の捜査に利用する意図をもって右詐欺被疑事件により緊急逮捕をしたというような特段の事情にはないのであるから、別件の右詐欺被疑事件に関する逮捕の適否は、本件覚せい剤や尿の鑑定結果などの証拠能力の有無に影響を及ぼさないというべきであり、別件の右詐欺被疑事件に関する逮捕の適否につき判断するまでもなく、本件覚せい剤や尿の鑑定結果などの証拠能力は認められるから、右証拠能力を認めた原審の判断は結局正当であり、論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田崎文夫 裁判官久米喜三郎 裁判官小倉正三)

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