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大阪高等裁判所 平成5年(行コ)6号 判決 1996年1月25日

控訴人(一審原告)

飯沼二郎

外七八名

控訴人(一審原告飯沼二郎共同訴訟参加人)

日月康晴

外二七名

控訴人ら訴訟代理人弁護士

小野誠之

井上二郎

堀和幸

國弘正樹

田畑佑晃

小田幸児

青木苗子

上原康夫

控訴人ら訴訟復代理人弁護士

中田政義

控訴人飯沼二郎、同北上田毅、同中本式子代理人弁護士

中島光孝

被控訴人(一審被告)

池田正太郎

外一七三名

右訴訟代理人弁護士

南部孝男

納富義光

被控訴人(一審被告)参加人

京都市教育委員会

右代表者委員長

佐野豊

右訴訟代理人弁護士

香山仙太郎

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び争点

第一 控訴の趣旨

一 原判決を取り消す。

二 別紙被控訴人(一審被告)目録記載の一ないし九の被控訴人ら(以下、被控訴人らを番号で略称する。)は、各自、京都市に対し、金四万四九五〇円、及びこれに対する訴状送達の翌日(被控訴人一、三、九につき昭和六二年四月三日、被控訴人二、六、七につき同月二日、被控訴人四につき同月五日、被控訴人五につき同月一二日、被控訴人八につき同月二八日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三 被控訴人一〇ないし三二、三四、三六ないし三九、四一ないし七三、七五ないし一二九、一三一ないし一四〇、一四二ないし一八〇は、各自、京都市に対し、昭和六一年三月ころ京都市教育委員会が配布した「君が代」のカセットテープを引き渡せ。

四 仮執行宣言。

第二 事案の概要

一 請求の類型(訴訟物)

本件は、控訴人らが、京都市住民として、地方自治法二四二条の二第一項に基づき、京都市に代位して、被控訴人らに次の請求をする住民訴訟である。

1 同条第一項四号前段により京都市教育委員会(以下「市教委」という。)の職員であった被控訴人一ないし九に対する、違法なカセットテープ購入代金としての公金支出、テープへの君が代録音、その京都市内の小中学校校長らへの配布行為による損害賠償の請求。

2 京都市の所有権に基づく返還請求として、小中学校の校長であった被控訴人一〇ないし三二、三四、三六ないし三九、四一ないし七三、七五ないし一二九、一三一ないし一四〇、一四二ないし一八〇に対するテープの引渡請求。

二 争いのない事実

1 昭和六一年二、三月当時、被控訴人一ないし九は、別紙被控訴人目録地位欄記載の地位にあった。もっとも被控訴人広中和歌子が教育委員の地位にあったのは、同年二月二五日までであった。

被控訴人一〇ないし三二、三四、三六ないし三九、四一ないし七三、七五ないし一二九、一三一ないし一四〇、一四二ないし一四六、一四八ないし一八〇は、昭和六二年一月一三日(本訴提起日)当時同目録地位欄記載の地位にあった。

2 同年二月上旬、市教委の学校指導課長らは、君が代の演奏及び斉唱を録音したカセットテープを市内の各小中学校の校長に配付することを決定した。

3 同月七日ころ、被控訴人矢作勝美は、市教委の事務局総務課長として、右決定を実行するために、カセットテープ二九〇本(単価一五五円)の購入を決定し、右購入を経て、三月四日ころ、その代金として、四万四九五〇円の公金を支出した。

4 カセットテープは、右購入により、京都市の所有となった。

5 被控訴人一〇ないし三二、三四、三六ないし三九、四一ないし七三、七五ないし一二九、一三一ないし一四〇、一四二ないし一八〇は、昭和六一年三月四日ころ、市教委から君が代が録音されたカセットテープの配付を受け、又は配付を受けた前校長から引継ぎを受け、うち被控訴人粟野敬之助を除く被控訴人らは、本訴提起当時、これを管理保管していた。

三 争点及び争点に関する当事者の主張

1 本案前

(一) 被控訴人広中和歌子、同矢作勝美、同中城忠治、同岡部弘の監査不経由

(1) 被控訴人ら及び同参加人

住民監査請求にあたっては、監査の対象となる行為のみならず、これを行った当該職員についても特定する必要がある。

控訴人らは、被控訴人池田正太郎、同大辻一義、同薮内清、同清水榮、同高橋清、西川喜代子のみを明示的に掲記し、これらの者の財務会計上の行為を対象として監査請求をした。

ところが、前記被控訴人らを特定した監査請求は経由されていないから、同人らに対する本件訴えは不適法である。

(2) 控訴人ら

監査請求と住民訴訟の対象事項に同一性が認められる限り、監査請求後の調査や監査結果によって当該行為に関与した議員が新たに判明した場合は、これを被告としても、監査前置主義に反しない。被控訴人広中和歌子は、カセットテープ購入時(昭和六一年二月七日)に教育委員会委員であったことが監査結果により判明した。被控訴人矢作勝美、同中城忠治、同岡部弘は、監査請求後の調査によりカセットテープの購入等に関与していたことが明らかとなった。したがって、これら被控訴人についても監査前置主義に反しない。

(二) 被控訴人矢作勝美以外の被控訴人らの当該職員該当性

(1) 被控訴人ら及び同参加人

イ 地方自治法二四二条の二第一項四号の当該職員とは、財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者であることを要する。

本件テープ購入に関する財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する者は、京都市長である。

右権限を法令上本来的に有する者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者とは、市教委の職員の中で、京都市長から、予め専決することを任されている者である教育長、総務部長、総務課長のみである。テープ購入費四万四九五〇円の支出については、専決規程により総務課長のみが専決できる。

ロ したがって、本件被控訴人の中で、当該職員に当たるのは、当時市教委総務課長であった矢作勝美のみである。

右矢作以外の被控訴人に対する訴えは却下されるべきである。

(2) 控訴人ら

イ 財務会計上の権限を有するかいなかによる当該職員の該当性は、本案の問題であって、本案前の被告適格の問題ではない。

最高裁判昭和五三年六月二三日第三小法廷判決は、代位請求訴訟のもとでは被告適格は問題とならないとしている。

住民訴訟制度の目的を達成するためには、地方公共団体の職員の違法な支出等に関し、問題とされる職員が財務会計上の権限を有していなかったとしても、当該行為を防止しうる権限と義務を有し、或いは公金支出の原因行為や必要性につき実質的判断をなすことができる場合に、共謀加功して違法な支出をなさしめるなど、当該行為に関与すれば、これら職員を当該職員として、被告とすることが認められるべきである。

ロ 以下のとおり、各被控訴人は、当該職員に該当する。

本件カセットテープの購入、配付は、カセットテープの売買契約及び公金の支出を伴うものであり、財務会計上の行為に当たる。仮に被控訴人矢作勝美以外の者の行為が財務会計上の行為に該当しないとしても、右行為は、後の財務会計上の行為と密接に関連しているから、住民訴訟の対象となる。また、右各行為は、市教委即ち被控訴人一ないし九が一体となって行ったものであるから、うち被控訴人矢作勝美が専決権限を有する以上、同人以外の者の財務会計上の権限の有無は問うべきではない。

学校指導課長がテープ購入要求をしたとき、購入決定の専決者の総務課長はこの要求を拒否できないから、学校指導課長は、財務会計上の権限を持たないとして免責するのは不合理である。

施設課長は、教育委員会の全ての課の学校管理費の執行管理を担当している。これは、財務会計上の権限である。

教育長は、教育委員会の権限に属するすべての事務をつかさどる。事務局の事務を統括し、所属の職員を指揮監督する。

教育委員会は、常に教育長を指揮監督するほか、異例に属し又は規定の解釈上疑義があるものは直接処理する。

市教委は、市長から独立した行政決定権限を有する。市長が市教委の決定に異議を唱え、公金支出を阻止することは妥当でない。したがって、市長に被告を限定することは妥当性を有しない。

(三) その他の訴えの不適法事由

(1) 被控訴人ら及び同参加人

イ 控訴人らの主張する違法性は儀式における君が代テープの再生についてであるが、これは財務会計上の行為でない。

ロ 君が代テープの配付は、京都市内部において所管を変更したに過ぎず、地方自治法二四二条の財産の処分ではない。よって、君が代テープの配付は、住民訴訟の対象とはならない。

ハ 本件君が代テープは、教育委員会として決定し、教材として配付した物品である。学校その他の教育機関の用に供する財産の管理及び教材を取り扱う権限は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)二三条二号、六号によって教育委員会に専属している。したがって、京都市に君が代テープの所有権があるとしても、これが学校長の管理下にある以上、京都市はその返還を請求することはできない。

ニ 被控訴人一〇ないし三二、三四、三六ないし三九、四一ないし七三、七五ないし一二九、一三一ないし一四〇、一四二ないし一八〇は、辞任、退職、転任等によりテープを保管していない。

(2) 控訴人ら

被控訴人ら及び同参加人の主張は争う。本件訴えは適法である。

2 請求原因

(一) 市教委において、本件テープ購入、配付行為につき、決定関与した者及びその行為内容

(1) 控訴人ら

被控訴人一ないし九は、昭和六一年二月ころ、共謀して、市教委の職員としての各地位に基づき、小中学校の卒業式等儀式における君が代斉唱、演奏のため本件テープの購入、録音、配付をした。

学校指導課長は、本件テープの物件購入決定書兼契約決定通知書を起案し、購入を要求した。総務課長は、本件テープに君が代を録音した。

卒業式での君が代斉唱実施率を改め、実施させようとする指導方針の決定的転換は、事務局の課長だけでなく、教育長、教育委員との協議決定によったものである。特に被控訴人高橋清は、本件テープ購入の目的、使途を知りながら、被控訴人矢作勝美が右購入のために公金支出することを黙認し、これを阻止する指示命令を出さなかった。

(2) 被控訴人ら及び同参加人

イ 被控訴人一ないし九のうち、被控訴人七ないし九以外の者は、教育長を含め、本件テープの購入、録音、配付行為につき、決定や関与をしておらず、現実に専決をするなどの財務会計上の行為をしていない。

ロ 君が代テープの購入及び配付は次の各行為に基づき行われた。

① 学校指導課長が、テープの配付を決定

② 総務課長が、学校指導課長からの物件購入決定書を決裁し、テープの購入を決定後、理材局調度課において、三条サクラヤ写真機店と契約(支出負担行為)

③ 総務課長が支出命令書を決裁し、支出を決定(支出命令)

④ 支出

(二) 本件テープの購入、配付の性質。教材目的かどうか。

(1) 控訴人ら

市教委は、本件テープを教材として配付したのではない。

配付当時、市教委は本件テープを教材とは言っていなかった。卒業式等の式場に君が代を流させるためという目的、テープの配付が卒業式直前になされたこと、多くの学校には既に君が代のレコードがあり、更に全校に一律に配付する必要はなかったこと、テープへの君が代録音を市教委総務課職員が行うという通常の教材ではありえない作成経過、テープについて、君が代がその目的を達するまで消音を許されないとされたこと、このテープで君が代が指導されたことはなく、前記目的に沿って使われたこと、配付後、教職員には隠されたまま、使用できない状態であり、教材整備台帳等にも記録がないことなどを見ても、本件テープは教材とは考えられておらず、教材として扱われていない。君が代の国民主権を否定した内容は、教材の条件である有効適切なもの(学校教育法二一条)ではない。

ちなみに、学校長らないし校長会からテープ配付の要望はなかった。

本件テープは君が代強制の小道具であり、その配付は、君が代強制の手段に過ぎない。テープ購入はそのためになされた。

(2) 被控訴人ら及び同参加人

教材とは教授学習の材料をいい、副読本、学習帳、テープ等教育内容を具現しているものをいう。国歌君が代を録音した本件テープは、学習指導要領の定める教育内容を直接表しているものであって教材である。

本件テープは、君が代の斉唱指導のために、範唱用の教材として、各学校に配付された。本件テープの購入、君が代の録音は、教材として君が代テープを配付することを目的としたものである。

小中学校の校長会からは、市教委にテープを教材として配付するよう要望があった。

(三) 市教委の本件テープ購入、配付は、君が代斉唱、演奏を強制するためのものか。また、市教委から校長らへ、校長らから教師、児童生徒、親らへの強制はあったか。

(1) 控訴人ら

イ 京都市では、従来小中学校の卒業式入学式で、君が代斉唱は殆ど実施されておらず、斉唱率は、全国平均に比べ、著しく低かった。

昭和六〇年八月、文部省初等中等教育局長高石邦男名により、各地の教育長に対し、君が代の国歌としての斉唱を徹底させるべき旨の通知がなされた。このほか、文部省は、各地教育委員会に対し、調査、指導等により、君が代斉唱実施への圧力をかけた。

市教委は、右徹底通知を受けて、君が代斉唱の実施率を上げるため、昭和六〇年九月ころ以降、小中学校校長らに対し、校長会役員との懇談会、月例校長会等を通じて、或いは個別校長に直接、君が代の国歌としての斉唱実施を強く指示指導し、圧力をかけた。

ロ しかし、君が代斉唱実施に対しては、教職員らが反対しており、強い抵抗が予想された。そこで、市教委は、卒業式入学式で、一部の管理職だけで君が代を流すことができるように、また、君が代を実施せざるを得なくなることを狙って、卒業式直前の昭和六一年三月四日、本件テープを配付した。右は、教材の配付としてでなく、市教委の教育行政上の学校管理権の行使、指導として、一方的になされたものであり、卒業式等で君が代の国歌としての斉唱実施を強制するためのものである。テープ購入も右のとおり配付されることを知ってなされたから、やはり右強制を目的とするものである。

市教委による君が代演奏の強制は、市教委全体の取組としてなされた。市教委総務課長は、権限外であるのに、校長に直接、君が代演奏の実施について、テープの使用法にも及んで圧力をかけた。学校指導課長は、君が代強制に深く関与している。

仮に、右テープ配付が、校長会の要望によるとしても、校長会がそのような意向を持ったのは、市教委による君が代実施の強い指導がなされていたからである。

校長には、右指導に対し、人事権を背景とする不利益を覚悟してまで自主的な判断をして拒否する余地はなかった。

ハ 君が代実施に対し、教職員、児童生徒、保護者らから多くの強い反対、抗議行動がなされた。しかし、校長らは、昭和六一年三月の卒業式、同年四月の入学式において、これら反対を無視し、本件テープを使用して、君が代の国歌としての斉唱、演奏、実際にはテープの再生を実施した。その際、校長らは、職務命令によって、教職員に、式への参加、君が代の実施を命じた。

市教委は、君が代強制に反対する教師に対しても、直接始末書を書かせたり、人事異動とからめて脅かすなど圧力をかけた。君が代斉唱の際に不起立だった教師に対しては処分がなされた。

ニ 卒業式入学式は、儀式的行事として教育課程の一部を構成し、教師や児童生徒は当然に参加すべきものとされている。児童生徒にとって、右式への不参加には、正課に欠席という不利益を受けるうえ、卒業式入学式の一回性や当時の状況から極めて困難であった。そのうえ、公立小中学校の教師は、校長の職務命令により、君が代斉唱を児童生徒にさせる職務上の義務を負わされるので、これら教師と相対している児童生徒に沈黙の自由があるとは到底言えない。また、世間全般の雰囲気から、歌わなければ異端児として扱われることが予想される。

親などの参加者にとっても、右儀式に参加する場合、君が代斉唱に義務付けがなくとも、拒否の態度を示すことは、異端視され、社会的圧力を受けることを覚悟しなければならず、事実上困難であった。

しかも、子供たちや親には、君が代が流されることは事前に知らされていなかった。

よって、以上の者は、卒業式入学式において君が代を強制された。

(2) 被控訴人ら及び同参加人

イ 本件君が代テープの再生、君が代の斉唱指導は強制ではない。

ロ 市教委による君が代指導徹底の意思決定、各校長への強制、校長からの君が代実施不可能との訴え・苦情、卒業式で君が代を流させるための君が代テープ配付決定、市教委による校長への君が代及び君が代テープ使用の強制、本件テープを使っての校長による卒業式での君が代の強制はいずれもなかった。

ハ 教員らで、君が代に関して不利益な異動を受けたことや、このような点で君が代が強制された事実は窺えない。

(四) 学校儀式で君が代の斉唱、演奏をすること、本件テープの購入、配付は、違憲違法か。

(1) 控訴人ら

イ 本件テープを教材として作成配付するについての市教委の権限

市教委の有する学校管理権は、教育的事務に関しては、校長に対する指導助言に限られ、指揮命令権限はない。

教材に関しても、学校教育法二一条及び地教行法三三条等の法律上、市教委は、校長が選定する教材について届出を受け、承認の手続をするにとどまる。市教委は自ら教材を作成配付する権限を有せず、特定の教材の使用を命じることはできない。学校指導課長、総務課長の専決権限にも教材の作成、配付はない。

したがって、本件テープの作成、配付は、仮に教材としても、市教委及び右課長らの職務権限外の違法な行為であった。

ロ 思想良心の自由等の侵害

① 憲法一九条の思想良心の自由の保障は、思想良心に基づく行為の自由も保障しているから、個人が自己の思想信条を表明することを強制されず又は自己の思想良心に反する意思の表明を強制されない自由即ち沈黙の自由をも保障している。

子供にも思想良心の自由は保障されている。子供の思想良心の形成過程における学校等において、一面的なイデオロギー的教化が行われ、国家が要求する信条以外を排除する構造が支配する場合には、子供の思想良心の自由とりわけ思想良心の形成の自由が侵害される。教育目的のためであっても、特定の信条、価値観を絶対的なものとし、選択の余地なく子供に強制することは、右侵害を生じさせる。右の場合ではない場合とするためには、たとえば君が代が斉唱される卒業式に参加するかどうかについて、不参加可能性を保障するために、不参加選択の期待可能性と、思想良心の自由にかかわる儀式があることの事前の通知と不参加権の告知が必要である。右通知告知は、子供だけでなく、親に対してもなされる必要がある。しかし、本件では、(三)(1)に述べたように、右のいずれも存在しなかった。

② 国家は、個人の思想良心の自由を侵害してはならないから、様々な見解がありうる思想良心の対象となる問題に関して、特定の思想、道徳、世界観を、正しいものとして信奉する資格を持たず、信条的中立性の義務を課されている。

のみならず、学校教育における子供への働き掛けにおいて、価値観を一面的に提示せず、国民の間で見解の対立がある場合には別の選択肢を示し、最終判断を子供の側に委ねること即ち寛容の原理が求められる。

③ 君が代を国歌とする法的根拠はないし、国歌として定着してもいない。

君が代は、天皇の統治の永遠を願う内容を持つので、これを国歌とすることは、憲法の国民主権の原則に反する。君が代は身分差別を固定化助長する。また、在日韓国朝鮮人にとって、歴史的経緯からも絶対に受け入れられるものではない。

昭和二一年一〇月九日の国民学校令施行規則の改正により、学校行事での君が代斉唱は、法的に否定されている。

少なくとも、君が代が国歌かどうかなど、君が代については、意見が対立し、評価が別れている。

したがって、君が代について、国民一般に何らの行為も義務付けられていない。

また、国家が、君が代教育により、国家への忠誠心や天皇への敬愛の念を一方的に教え込むのは、イデオロギー教化であり、これは、国家の信条的中立性に反し、違憲である。

④ 儀式は思想表現の方法であるうえ、学校の卒業式入学式での君が代斉唱は、公教育への君が代のイデオロギー導入を意味し、学校行事に天皇制イデオロギー表明の役割を担わせる。君が代が斉唱される卒業式入学式への参加は、天皇に統合される国家への帰属意識という信条を表示することになる。

君が代テープ再生の目的は、学校の卒業式等の場で、子供たちの心に天皇崇拝思想と一体の愛国心を形成することにあった。これは、特定内容の道徳やイデオロギーを教え込むことを目的とするものである。

右は、卒業式入学式への参加者に、政府の情報伝達を受けざるを得なくさせるもので、個人の自律的精神形成の自由の侵害である。君が代の強制は、子供たちに考えないこと、思想と行動の分離を教える結果となり、各人の思想を無力化形骸化する。その意味で憲法一九条の根本的な否定となる。

しかも、卒業式等での君が代テープの再生は、特定の見解、立場を、意見の対立があることや不参加退席等の別の選択肢を提示することなく押しつけたものであった。

憲法の表現の自由の保障からは、教師、児童、親は、右君が代の儀式への参加ないし君が代斉唱を拒否する権利や退出する自由がある。しかし、(三)(1)に述べたとおり、これは全く認められていなかった。

⑤ 以上によれば、本件卒業式等における君が代テープの再生は、国家が要求する信条以外を排除する構造が支配する場合であり、反対する児童生徒、親、教職員に対する君が代強制に当たる。よって、本件卒業式入学式における君が代テープの再生は、思想信条の自由等を侵害する違憲のものである。

また、本件君が代テープの配付再生は、国家の信条的中立性、寛容の原理に反するものである。したがって、これは、仮に君が代強制に当たらないとしても、憲法一九条違反である。

学校儀式の中で君が代斉唱の時間を設けることは、反対者を、参加するか異議申立をするかのディレンマに立たせることになる。したがって、これは、強制がなかったとしても、憲法一九条、二一条違反である。

憲法一九条は、国家が信条形成に公金支出をもって介入することをも排除するものであるから、憲法八九条の射程は、公教育での信条形成のための公金支出にも及ぶ。

本件君が代テープ購入は、違憲である君が代斉唱、再生の場を設けるためのものであって、憲法八九条違反である。

ハ 信教の自由の侵害

君が代は、皇室神道、国家神道の祭主としての天皇をことほぐ歌であり、君が代斉唱は、その祭主の永遠の統治を乞い願う意味を持つ。一定の儀式、形式で行われ、厳粛さが強調される君が代斉唱は宗教活動ないし宗教的色彩の極めて強い行為である。

したがって、学校儀式の中で君が代を斉唱させること自体が信教の自由、国家及びその機関の宗教活動を禁じた憲法二〇条に違反し、教育基本法九条の学校での宗教的活動の禁止、宗教に対する寛容の態度の尊重にも違反する。君が代斉唱実施のため、公金を支出してテープを購入することは、憲法八九条に違反する。

ニ 個人の尊厳、教育を受ける自由等の侵害

憲法一三条の個人の尊厳の原理は、国家権力の介入しがたい個人の自律の領域を認める。君が代が苦い戦争の記憶と重ね合わせて、これに強い嫌悪の情を持つ者がいるところ、これらの者の感情、思いも同条の保障の射程内にある。愛国心の強制は、多元的な価値観の自由な展開を国民に保障している同条に違反する。

公教育の基本原理も個人の尊厳を重んじ、個人の価値を尊び、個人の人格の完成を目指している(教育基本法前文、一条)。

教師、児童生徒、親にとって、憲法二三条、二六条一項により、教育ないし教授の自由、教育を受ける自由があり、これらの者の教育内容選択に対する原則的自由が保障されなければならない。思想信条道徳的価値観といった個人の内心的価値の形成については、公教育によって介入することはできず、教育をする者と受ける者の自由な交流と自己決定に委ねられている。国による特定思想の押しつけは、教育は不当な支配に屈することなく、国民全体に直接に責任を負って行われるべき(教育基本法一〇条一項)ことに違反する。

学校儀式を通して子供や国民の感情的一体性を作り、国民統合をはかろうとし、そこで君が代の演奏、斉唱を強要するのは、国家が国民の精神の領域に入り込み、国家公認の人間類型を個人の内側にコピーしようとし、君が代に対する個人の態度形成を教育の内容とする。これは、前記憲法教育基本法の基本精神に反し、これを著しく逸脱する。

ホ 教育委員会、校長の権限

教育委員会の学校管理権は、教育条件整備権限の総体に過ぎない。他方学校は教育機関であり、教諭は固有な教育権限の主体である。校長は各教員の教育活動について教育専門家としての指導助言を行うことができるに止まる。

したがって、教育委員会は、学校の教育のあり方に対して指揮、命令、監督により統制してはならない。今回の市教委による校長への君が代の強い指導は、強制そのものであり、違法である。また、校長による君が代の直接の実施や多くの教員の反対を無視した職務命令等は違法であり、慣例上も許されない。

校長の所属教職員への職務命令は、正当な根拠を要するところ、君が代実施は、前述のとおり、憲法、教育基本法から正当と評価されるものではないから、右職務命令も違法である。

学習指導要領、少なくとも君が代の部分は、不当な支配ないし一方的な理論ないし観念を児童生徒に教え込むことを強制するものであるから、法的拘束力がない。また、当時の学習指導要領では望ましいとされており、強制力はなかった。したがって、これで君が代強制が正当化されるものではない。

ヘ 右ロないしホによれば、小中学校の卒業式等で君が代斉唱の場を設けたこと及びそのために公金を支出して本件テープを購入したことは、憲法一三条、一九条、二〇条一項前段、二項、三項、二一条、二三条、二六条一項、八九条に違反し、教育基本法九条、一〇条一項、二項、学校教育法一七条、一八条に違反する。また、君が代の強制は、国際人権規約B規約一八条「……自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない」や同一九条の「……干渉されることなく意見を持つ権利を有する」にも違反する。

ト 本件カセットテープ購入行為の、関連行為との関係による違法評価

① 本件において、君が代の強制、そのための君が代テープの配付、そのための君が代テープの録音作成、そのためのテープ購入、そのための公金支出という目的の一連の行為があり、このうちに被控訴人矢作勝美の財務会計上の行為があったから、これらは一体とみて違法性を判断するのを相当とする。

② 仮に本件テープ購入自体が違法でないとしても、右購入の目的は、違憲無効な君が代強制のためであり、テープ配付は、憲法一九条、八九条違反の違法行為である。右目的でのカセットテープ購入、録音、消音禁止、配付は一連の行為であり、録音、消音禁止、配付は購入と密接不可分の関係にあり、因果関係にある。そうである以上、前提行為の違法は本件財務会計上の行為(購入)に承継される。したがって、テープ購入のための公金支出も違法である。

右君が代強制が、憲法をその根幹から否定するものである以上、原因行為の違法は重大かつ明白である。

(2) 被控訴人ら及び同参加人

イ 学校教育法二一条二項によれば、有効適切な教材かどうかは、学校においても判断できる。しかし、教育委員会は、地教行法二三条一号によって包括的な管理権を有し、同条六号によって教材の取扱に関する権限を有しているうえ、同条五号によって教育課程、学習指導に関する権限を有する。したがって、教育委員会に教材の使用についての最終的な決定権がある。

よって、教育委員会は、学校に対し、教材の選択について指導し、自ら選択作成した教材を使用させることもできる。地教行法三三条二項は、同法二三条による教育委員会の権限を制限するものではない。

教材の作成主体につき法令上特に限定されていないから、前記権限のある教育委員会は、必要な教材を作成することもできる。

よって、市教委が教材を作成し、それを配付し、使用させることは違法でない。

ロ 学習指導要領には、法的拘束力があり、仮に単なる指導助言文書又は訓示規定に過ぎないとしても、当時の学習指導要領では、国歌君が代を斉唱させることが望ましいと記載している。

右指導は、通常の授業に限らず、卒業式入学式の学校行事の場でなすことも、望ましい。

小中学校の音楽の教科書には、君が代が指導すべきものとして掲載されている。

したがって、右学習指導要領等からみて、児童生徒に君が代の斉唱を指導することは、音楽の授業であれ儀式においてであれ、何の問題も違法性もなく、かえって望ましい。したがって、そのためにテープを購入し、君が代テープを配付することは、望ましいことではあれ、違法ではない。

ハ 学校教育法二八条三項により、すべての校務について権限と責任を有する学校長が、卒業式入学式において君が代の指導を決定した以上、所属教職員はこれに従わなければならない。

教育委員会も、学校を所管する行政機関として、その管理権に基づき、学校の教育課程の編成について基準を設定し、一般的な指示を与え、指導助言を行うとともに、特に必要な場合には具体的な命令を発することもできる。

ニ 仮に君が代斉唱を強制してはならないとしても、斉唱の強制かいなかが問題となる前の時点における、君が代斉唱指導のためのテープの購入及び配付が違法とはならない。

本件におけるテープの購入、君が代の録音は、教材としての配付を目的としたに過ぎず、儀式において再生することを目的としたわけではない。したがって、本件テープの購入等の財務会計上の行為には違法性がない。

ホ 地方自治法二四二条一項の公金の支出とは、支出負担行為、支出命令、支出という各段階の行為を指す。(一)(2)ロの行為のうち、公金の支出に当たるのは②③④のみである。①の決定は、財務会計上の行為ではない。

財務会計上の行為に先行する原因行為に違法事由が存する場合でも、損害賠償責任を問えるのは、当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反するときに限られる。

仮に①のテープ配付決定に違法があるとしても、右違法は、重大かつ明白な違法の程度に達せず、公金の支出に承継されない。他方、②ないし④の行為自体は無効でなく、財務会計法規上の義務に違反する違法なものでない。よって、テープ購入にかかる公金の支出に違法はない。

(五) 本件テープの購入、配付による損害の有無

(1) 控訴人ら

イ 本件テープは、君が代を録音され、録音後は、その目的を達するまで消音が禁止されており、このようなものとして小中学校の校長らに配付する目的をもって購入された。

他方、本件君が代テープは、教材ではなかった。音楽教材としては、既に君が代のレコード等が各学校にそろっていた。本件テープが校長に渡されたことは一般の教職員にほとんど知らされず、範唱用等の教材として利用されたこともなかった。

右のとおり、本件テープの利用目的は限定されており、汎用性のあるカセットテープ購入、そのために公金の支出を行ったのではない。本件テープは、卒業式入学式での君が代強制の手段としてしか役立たないので、君が代強制の憲法上の評価からして、有用なものと評価できない。

この場合、カセットテープの購入は、利用価値のない不要品ないし違憲違法の目的をもった物品の購入であり、支出に見合う適法、適正な財貨の取得がない故に、予算の無駄遣いである。

よって、右購入代金相当の公金支出額四万四九五〇円が損害である。

本件テープは消耗品として各学校長に配付され、配付によってその財産的価値を消滅している。君が代の強制、そのための君が代テープの録音作成、そのためのテープ購入、そのための公金支出という一連の行為のうち、君が代強制のためのテープへの録音や消音の禁止という行為、消耗品としての配付によって損害が発生すれば、財務会計上の行為による損害と言うべきである。

ロ 支出負担行為が、私法上有効であり、地方公共団体が右行為によって生じた義務の履行として公金の支出をしたことが適法であっても、それは行為の相手方と地方公共団体の関係に止まり、右行為をした職員が地方公共団体に対して損害賠償責任を負うかどうかとは別個の問題である。

(2) 被控訴人ら及び同参加人

イ 本件テープの購入単価は、一五五円と定価より低価格であった。これらテープは市立小中学校に配付され、現在も小中学校に保管されている。テープの時価は四万四九五〇円を下らない。

君が代の録音が不要になれば、他の教材等に録音し直せばよく、テープには汎用性がある。本件テープに君が代が録音されているからといって、不要品とは言えない。

したがって、本件テープの購入にかかる代金四万四九五〇円の支出によって京都市に損害は発生していない。

ロ 君が代録音や消音の禁止によって何らかの損害が発生したとしても、それは財務会計上の行為によって生じたのではない。

ハ 仮にテープに君が代を録音して配付することが違法であれば、テープから君が代を消去することが許され、他の用途に供することができるから、損害は発生していないことになる。

(六) 校長であった被控訴人らは、本件テープの配付、もしくはその後の受領により、占有を取得したか。

同被控訴人らは、その後の退職転任により、占有を喪失したか。

校長らのテープ保管の権原

(1) 控訴人ら

右被控訴人らは、本件テープの配付当時もしくはその後昭和六二年一月一三日(本訴提起当時)までに、それぞれ私的に本件テープの配付を受け、もしくは前校長から私的に受領し、以後これを排他的、私的に保管しており、現在もテープを保管している。現在も校長職にある者(被控訴人安場明彦)もいる。

(2) 被控訴人ら及び同参加人

校長らが君が代テープを私的に保管していた事実はない。

本件テープは、市教委から小中学校の校長に公的に配付された。これは京都市内部の機関相互の物品の所管換えに過ぎず、京都市が物品を保管していることに変わりない。

校長らは、別紙被控訴人目録転任退職等欄記載のとおり、退職転任等したところ、校長を退職した被控訴人らは、公的にも君が代テープを所持していない。転任した校長は、転任前に配付された君が代テープを保管していない。

理由

一  本案前の判断

1  被控訴人広中和歌子、同矢作勝美、同中城忠治、同岡部弘についての監査不経由

(一)  乙第一六号証、第一七号証の一ないし四、弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

控訴人らは、昭和六一年一〇月一六日から昭和六二年二月二八日にかけて、四回にわたり、京都市監査委員あてに、地方自治法二四二条一項により、次の京都市職員措置請求をした。即ち、京都市教育委員会(市教委)は、昭和六一年春の卒業式、入学式に先立って、市内約二七〇の小中学校に君が代のカセットテープをもれなく配ったところ、これが違法不当な公金の支出であり、京都市教育委員会委員長、池田正太郎、同委員、大辻一義、薮内清、清水栄、西川喜代子、教育長、高橋清らは、京都市に対し、連帯して一〇万円(テープ代、ダビング代その他―推定)の損害賠償金を支払うこと、また全小中学校に配付した君が代テープを回収せよ、との勧告を求める、というものである。

京都市監査委員らは、右監査請求について、監査を実施したところ、市教委が昭和六一年二月七日にカセットテープを購入のうえ、君が代を録音し、これを同年三月四日に小中学校に配付し、その際購入費用四万四九五〇円の支出をしたとの事実経過を把握したうえ、右公金の支出が違法又は不当であるかどうかについては、監査委員四名の合議が整わなかったため、監査の結果を決定しえなかった旨の監査結果に至り、昭和六一年一二月一五日ないし昭和六二年三月一九日の四回にわたり、これを請求人らに通知した。

(二)  右認定事実によると、控訴人らの監査請求は、市教委によるテープの購入、録音、配付に関する行為を違法不当な行為と捉えてしたものであり、人的には、教育委員会委員長、同委員、教育長の職、及び個人六名を明示しているが、対象行為の行為自体として、市教委を掲げ、右六名の末尾に、右六名が例示に過ぎない旨を表す「ら」を挿入している点もあって、監査請求にかかる職員等を右六名に限定する趣旨とは解されず、かえって、市教委の当該行為を担当する職員等をも相手方として含める趣旨であったものと解される。争いのない事実、後記二1認定事実及び乙第八号証によると、右六名以外の被控訴人広中和歌子は、右テープ購入当時の教育委員であり、被控訴人矢作勝美、同中城忠治、同岡部弘は、いずれも当時市教委事務局の課長であって、教育委員長、同委員、教育長の指揮監督の下に、テープの購入、録音、配付に当たるべき者であるから、これらの者も、本件監査請求の対象行為等にかかる職員等として当然に想定しうる者と言うべきである。

よって、これら四名についても、監査請求手続を経由された職員等として取り扱うべきであり、本件住民訴訟は、監査請求前置を満たしているものと言うべきである。

2  被控訴人らの当該職員該当性

(一) 被控訴人一ないし九に対する請求は、地方自治法二四二条の二第一項四号前段に基づき(控訴人らの原審第一準備書面六(二))、京都市に代位して、違法な公金の支出、財産の管理行為をした当該職員に対する損害賠償を請求するものである。住民訴訟制度は、地方自治法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正しもって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると、右「当該職員」としては、本件訴訟でその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者であることを要すると言うべきである(最高裁昭和六二年四月一〇日第二小法廷判決民集四一巻三号二三九頁、なお控訴人らの引用する最高裁昭和五三年六月二三日第三小法廷判決判例時報八九七号五四頁は、同法二四二条の二第一項四号後段の事案に関するものであるから、本件には参考とならない。)。

(二)  本件について、右権限に関係する法規は次のとおりである。

市教委を含む京都市の財務会計上の権限を有する者は京都市長である(地方自治法一四九条二号、六号、一八〇条の六第一号、地教行法二四条)。

教育長は、教育委員会の指揮監督下に、教育委員会の権限に属するすべての事務をつかさどる(地教行法一七条一項)。

京都市では、教育長等専決規程(昭和三八年五月一六日訓令甲第七号)をもって、次のとおり教育長等の専決事項を定めている。(乙七号証)。

教育長の専決事項

一件一〇〇〇万円以下の物件、労力その他の調達決定及びこれに伴う経費の支出決定に関すること(三条、教育長別表(12))。

物品の寄託、貸借、交換、譲渡及び譲与の決定及び契約に関すること(三条、教育長別表(18))。

総務課長の専決事項

一件二〇〇万円以下の物件、労力その他の調達決定及びこれに伴う経費の支出決定に関すること(三条、総務課長別表(17))。

教育長、総務課長は、重要、もしくは異例と認められる事項または解釈上疑義のある事項については、上司の決裁を受けなければならない(二条二項)。

(三)  被控訴人池田正太郎、同大辻一義、同薮内清、同清水榮、同広中和歌子

これらの者は、昭和六一年二、三月当時(但し被控訴人広中和歌子は同年二月二五日まで)市教委教育委員長又は同委員であったところ、証拠及び本件記録上、右委員長又は委員が、財務会計上の行為をなす権限を法令上本来的に有する者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者であったとは認められない。

したがって、右被控訴人らは、前記当該職員に当たるとは言えないから、これらの者は本件代位損害賠償請求訴訟につき被告適格を有しない。

(四)  被控訴人高橋清

同被控訴人は、昭和六一年二、三月の本件テープの購入、購入代金の支出当時市教委教育長であったところ、前述のところによると、本件請求の対象とされており、財務会計上の行為と言うべきこれらの行為につき、本来的になす権限を有する京都市長からの委任を受けて専決権限を有するに至った者であって、前記当該職員に当たるものと言うべきである。

被控訴人らが、右行為をなす権限は総務課長のみが有し、教育長はこれを有しないと主張するのは、前記専決規程に照らし、その解釈を誤ったものであって失当である。

(五)  被控訴人中城忠治、同岡部弘

同被控訴人らは、昭和六一年二、三月の本件テープの購入等の当時、市教委学校指導課長又は施設課長であったが、証拠及び本件記録上、本件請求の対象とされている行為のうち、財務会計上の行為と言うべき本件テープの購入、購入代金の支出に関する行為については、これら行為をなす権限を法令上本来的に有する者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者とは認められない。

次に、本件請求の対象である行為のうち、テープへの君が代録音、テープの小中学校への配付行為は、それ自体、財務会計上の行為とは言えない。もっとも、右各行為、特に配付行為が、当該物品の何らかの意味での管理的側面を有すると言えなくはないものの、右は、控訴人らの主張及び後記二1認定にあるように、君が代斉唱の指導という、児童生徒の教育指導を図ってなされた行為であって、本件テープの物品としての財産的価値に着目し、使用権の設定変更等の価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする財務会計上の財産管理行為には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成二年四月一二日第一小法廷判決民集四四巻三号四三一頁参照)。

したがって、右録音、配付行為につき、右被控訴人らが権限を有するかどうかにかかわらず、この点をもって、右被控訴人らが財務会計上の行為につき、権限を有する当該職員であると言うことはできない。

よって、右被控訴人らは、本件訴訟の被告適格を有しない。

(六)  被控訴人一〇ないし三二、三四、三六ないし三九、四一ないし七三、七五ないし一二九、一三一ないし一四〇、一四二ないし一八〇

本件請求のうち、これらの者に対する請求は、これらの者が、対象行為等にかかる職員等であるとしてなすものではなく、その相手方としてなすものと解されるから、これらの者が当該職員であることを要しない。よって、これらの者が当該職員でないとしても、被告適格を有しないとは言えない。

3  その他の不適法事由

被控訴人ら及び同参加人が、その他に訴えの不適法事由として主張する点は、いずれも控訴人らが本案の請求原因として主張するところについて、主張自体理由がないと言うべきか、もしくは証拠上認められず、ないしは被控訴人ら及び同参加人主張のように認められるかどうかの問題であって、本案前の不適法事由となるものではない。

二  本案の判断

1  乙第一二号証、第一三、第一四号証の各一、二、第二一号証、証人高石邦男、同桐山昇造の各証言、被控訴人矢作勝美本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一)  昭和六〇年八月二八日、文部省初等中等教育局長高石邦男から各都道府県・指定都市教育委員会教育長あてに「入学式及び卒業式において、国旗の掲揚や国歌の斉唱を行わない学校があるので、その適切な取り扱いについて徹底すること」等を記載した通知(文初小第一六二号、乙第一二号証)がなされ、市教委は、同月末ころ右通知を受け取った。

(二)  昭和六一年一月末ころ、京都市小中学校の各校長会から市教委学校指導課指導主事らに対し、児童生徒への教育指導用に君が代の録音テープを配付してほしい旨の要望があった。

(三)  市教委事務局学校指導課長であった被控訴人中城忠治は、昭和六一年二月五日、右要望を受けて、京都市内の公立小中学校の児童生徒への教育指導用に君が代の演奏及び斉唱を録音したテープを各校の校長らに配付することを決定した。そして、学校指導課は、右録音配付に使用する目的をもって、「物件購入決定書兼契約決定通知書」(稟議書、乙第一三号証の一、二)を起案して、これを施設課を経て総務課へ回付し、同書をもって、カセットテープ往復三〇分用、TDK―DS又は同等品、小学校用二一〇本、中学校用八〇本の購入を要求した。

(四)  被控訴人矢作勝美は、右要求を受け、右テープの前記使用目的を知りつつ、同月六日、右物件購入決定書を京都市長に属する権限の前記専決委任に基づき決裁して、右カセットテープ合計二九〇本を購入する旨の決定をした。

同被控訴人は、直ちに京都市理財局調度課に右テープの購入を指示し、同課職員がこれを受けて、同月七日、三条サクラヤ写真機店こと岡本忠夫から市販のカセットテープ、TDK―DS二九〇本を購入する契約を締結した。価格は、当初予定が単価二〇〇円であったところ、実際には単価一五五円で合計四万四九五〇円であった。

右カセットテープ二九〇本は、右岡本忠夫から同月一〇日右調度課を通じて市教委学校指導課に納入された。

被控訴人矢作勝美は、同月二六日、市教委総務課長として、京都市長からの専決委任に基づき、右購入代金合計四万四九五〇円の支出命令書(乙第一四号証の一、二)を決裁し、もって地方自治法二三二条の四第一項所定の支出命令をした。京都市収入役は、同年三月四日、右支出命令に基づき、右購入代金合計四万四九五〇円を前記岡本忠夫に支払った。

(五)  他方、市教委事務局学校指導課の職員らは、同年二月一〇日ころから同年三月四日までの間に、右カセットテープに君が代の演奏及び斉唱を録音した。

(六)  被控訴人中城忠治は、同年三月四日、市教委学校指導課長として、右により録音したテープを校長会の役員を通じ、又は直接に、京都市の全公立小中学校の校長に各一本あて、児童生徒の教育指導用に配付した。

2  被控訴人矢作勝美、同高橋清に対する請求

(一)  1認定のとおり、被控訴人矢作勝美は、財務会計上の行為と言うべき本件カセットテープの購入決定及び購入代金支出命令をなしたものであり、同高橋清は、右支出命令につき上司として決裁する権限を有していたものである。

(二)  そこで、右カセットテープの購入、購入代金支出により、京都市に損害が生じたかどうかを検討する。

右カセットテープ購入は私法上有効と認められる。この購入の目的が、君が代を録音し、これを学校に配付する等のためにされたことは前記のとおりであるが、これらの目的が違法、違憲であるかどうかは、右購入契約の私法上の効力に影響を及ぼすものではない(最高裁平成元年六月二〇日第三小法廷判決民集四三巻六号三八五頁)。

右購入代金として、京都市から四万四九五〇円の公金の支出がなされたのであるが、京都市は、右支出に先立って本件カセットテープ二九〇本の納入を受け、これを法律上有効に取得している。ところで、右カセットテープは、市販のものであって、購入当時君が代の演奏ないし斉唱が録音されていたものではない。この段階では、右テープは、どのような音声をも録音しうる汎用のものであったから、それ自体有用なものであったと言うべきであり、京都市ないし市教委にとって不用品であったとは認められない。しかも、右カセットテープの購入代金が時価より高額であり、右テープの価値を越えるものであったことを窺わせる証拠はないから、右カセットテープは、購入代金相当の価値ある財産であったものと認めるべきである。

そうすると、京都市は、前記購入代金にかかる公金支出の対価として右代金相当の財産を有効に取得しているから、右代金支出にともない損害は発生していないと言うべきである。

(三)  もっとも、右カセットテープの購入目的は、これに君が代の演奏及び斉唱を録音して小中学校の校長らに教育指導用に配付するところにあった。右目的とされる行為につき、控訴人らは違憲違法であった旨種々の観点から主張しており、また、控訴人らは、右違憲違法主張との関連で、右カセットテープは、君が代録音後、君が代斉唱指導の目的を達するまで消音及び他の音声の再録音を禁止されており、違憲違法の目的以外に使用できない物であったため、損害が生じる趣旨の主張をしている。

しかし、右消音及び再録音の禁止は、本件カセットテープ自体についてみれば、購入行為自体とは別に、これより後に生じるべき事情であり、購入行為以前から、市教委職員らの間で、右の措置が予定されていたとしても、購入時のカセットテープ自体に付着した属性とはみられないから、購入時の右カセットテープが汎用性があり、有用であることを損なうものとは言えない。

また、控訴人らは、右カセットテープ購入時には、既に各小中学校に君が代のレコードがあったから、右購入は無駄であった旨主張する。しかし、右レコードがあったとしても、テープの使用方法は、レコードとは異なるうえ、前述したテープの汎用性の見地からみれば、右購入にかかるカセットテープが不用品であったと言うことはできない。

したがって、控訴人らの右主張に照らしても、本件カセットテープ購入及び購入代金支出による損害発生を認めることはできない。

(四)  なお、1認定によると、被控訴人矢作勝美は、単に本件カセットテープ購入及び購入代金の支出に関与したにとどまらず、学校指導課長らが、本件カセットテープに君が代演奏及び斉唱の録音をしたうえ、小中学校の校長らに教育指導目的で配付するとの使用目的を知りつつ、右購入等行為に当たっている。控訴人らは、右録音、配付行為及びこれによる損害も請求原因として主張している。

しかし、住民訴訟制度上、地方自治法二四二条の二第一項四号前段の当該職員に対する違法行為による損害賠償請求は、財務会計上の行為を対象としてのみ認められるべきものであるところ、前述したとおり、右テープへの君が代録音及び配付行為は、いずれも、財務会計上の行為に該当しないから、これらを請求原因として、損害賠償請求をすることはできないものというほかはない(最高裁平成二年四月一二日第一小法廷判決民集四四巻三号四三一頁参照)。

よって、右録音、配付行為による損害発生は論ずるまでもない。

(五)  よって、被控訴人矢作勝美、同高橋清に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

3  被控訴人一〇ないし三二、三四、三六ないし三九、四一ないし七三、七五ないし一二九、一三一ないし一四〇、一四二ないし一八〇に対する請求

(一)  京都市が本件カセットテープの所有権を有していること、右テープについて、右被控訴人らが、昭和六一年三月四日ころ配付を受け、又は配付を受けた前校長から引継を受けたこと、うち被控訴人一四七(粟野敬之助)以外の者が、本件訴え提起当時、これを管理保管していたことは争いがない。

(二)  しかし、乙第一八号証の一ないし四、第一九、第二〇号証の各一、二、弁論の全趣旨によると、右被控訴人らのうち、被控訴人一七六(安場明彦)を除く被控訴人らが本件口頭弁論終結時(平成七年九月二二日)までに、別紙被控訴人目録転任退職等欄記載のとおり京都市立小中学校の校長職を離れたものと認められるところ、1認定のカセットテープ配付の目的、経緯及び証人桐山昇造の証言によると、これら被控訴人らは、校長職を離れるとともに、その学校での右カセットテープの保管を止め、その占有を喪失したものと認めるべきである。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、右被控訴人らに対するカセットテープ引渡請求は理由がない。

(三)  弁論の全趣旨によると、被控訴人一七六(安場明彦)は、現在も京都市立中学校の校長職にあって、本件カセットテープをその学校において保管占有しているものと認められる。

しかし、右保管占有は、前記1認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、校長としての地位に基づいて取得し、かつ維持しているものと認められる。そうすると、京都市との関係において、右保管占有は職務上正当な権原に基づくものであり、これを京都市に引き渡し原状を回復するべきものと言うことはできない。

よって、同被控訴人に対する請求も理由がない。

三  よって、控訴人らの本件訴えのうち、被控訴人池田正太郎、同大辻一義、同薮内清、同清水榮、同広中和歌子、同中城忠治、同岡部弘に対するものは不適法として却下するべく、その余の被控訴人らに対する訴えは適法であるが、請求は理由がないから棄却するべきである。

よって、右と同旨の原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官河田貢 裁判官高田泰治)

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