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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)2062号 判決 1993年8月26日

主文

一  本件控訴及び予備的請求をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人(当審で予備的請求を追加)

(主位的・予備的各請求とも)

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は、控訴人に対し、三〇六四万五六〇〇円及びこれに対する平成三年五月一六日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

4 2、3項につき仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

(主位的請求原因)

1 控訴人は、不動産賃貸等を業とする株式会社第一住建(以下「第一住建」という)の代表者であり、控訴人は昭和六二年八月から第一住建は昭和六三年三月から、被控訴人(千里中央支店)と証券売買取引を継続していた。

2 平成二年八月一三日ころ、被控訴人の千里中央支店長森勉(以下「森」という)が控訴人に対し「蹴込んだら責任を持ってその分穴埋めするから」といって株式売買取引を勧め、同月一五日、森が勧める株式の買付につき、控訴人が「支店長、責任を持ってくれるんだな」と念を押すと、森は「持ちます。自信もあります」と答えた(本件損失保証契約の成立)ので、控訴人は被控訴人に対し、次のとおり株式の買付注文(信用取引)をした(以下「本件買付」、「本件買付<1>」などという)。

<省略>

<省略>

3 本件損失保証契約が成立したことは、次の事実からも明らかである。

(一) 本件損失保証契約が成立した平成二年八月一五日当時、各証券会社が有力顧客に対し損失保証を約していたことは、公知の事実であるが、当時、被控訴人の千里中央支店においては、取引量は一日平均売り買い各二万株ずつ、顧客も全部で三〇~四〇人程度で、一週間取引が全くない場合もあり、売り買いをする顧客数は一日平均一人にも満たなかったものであるところ、控訴人は、数千、数万株単位の取引をしていたものであって、同支店の重要な顧客の一人であり、支店長の直接担当により、安定した利益の得られる転換社債の一〇〇〇万円単位の割当等の優遇措置を受けており、平成元年五月ころからは、森が控訴人を直接担当していた。

(二) 控訴人は、従前の株式取引により、控訴人において約二〇〇〇万円、第一住建において約六〇〇〇万円の損失を生じており、また株式相場が乱高下していて素人には手が出せないと考えられたことから、平成二年五月以降、株式の新規取引を手控えていたところ、森から勧められて、同年八月三日に新規公開株、同月一三日に転換社債といずれも当時利益が確実に見込まれる取引をした後、本件損失保証契約のもとに同月一五日以降株式の新規取引を再開したのであり、右契約なしに控訴人が株式取引を再開する状況にはなかった。

(三) 被控訴人は控訴人に対し、平成二年一〇月一六日から同三年一月一八日までの間に、いわゆる日計り商いの方法で、別紙(一)のとおり、実際に差引手取額計五一九万一七九五円の損失補填をした。

日計り商いは、全国の店舗で発生する顧客からの委託のない売買差益の確定した取引を事後的に顧客に割り当てるものであって、いわば現金の支払をするのと同一に評価できるものであり、しかも右取引数は全国的にみてもごく僅かで、顧客にこれを割り当てるのは全く例外的な措置であったから、被控訴人が控訴人にわざわざこれを割り当てて損失補填をしたということ自体、本件損失保証契約の存在を強く推認させるものである。

(四) 株価下落による顧客の損失を証券会社が事後的に補填することがあるのは周知の事実であり、被控訴人も、本件と同じ期間の平成三年三月期に六一八億八八〇〇万円もの損失補填をしているが、被控訴人の控訴人に対する前項の損失補填当時、両者間の信頼関係は全く失われた状況にあったから、右損失補填は控訴人の将来の取引確保のためになされたものではあり得ず、右損失補填がなされたのは、それ以前に本件損失保証契約が存したからにほかならない。

(五) 証券会社が損失保証契約を締結する動機は、これによって顧客を勧誘し手数料稼ぎをすることにあるが、平成二年八月ころ、被控訴人は、同月一七日から三一日までの一一営業日に、本州製紙株だけで売り一五万三〇〇〇株、買い九万九〇〇〇株と、同支店としては異常なまでの多数の取引高となっていることから明らかなように、顧客を通じ仕手筋からの確実な情報を入手し、本州製紙株の値上がりにつき相当な自信を持っていたため、損失保証の約束をしてまで控訴人に対し同株の売買を勧めたのである。

(六) 三洋証券株式会社は、第一住建が平成二年八月二九日から同年九月一八日までの間に買った本州製紙株四万株全部につき、買いを取消す方法で第一住建の約一億二~三〇〇〇万円の損失保証請求に応じたが、右は、損失保証を約してまで売買を勧誘する証券会社の体質を表す重要な実例であり、本件と同一時期に同一銘柄につき損失保証の履行がなされたということは、本件損失保証契約締結の極めて重要な間接事実である。

(七) 損失保証契約が締結されると、ことの性質上証券会社の主導の下の売買、典型的な場合はいわゆる一任勘定による取引がなされることとなるものであるところ、控訴人及び第一住建と被控訴人との間の取引も、損失保証契約に基づく取引に特有の、森の強い主導による取引ないし一任勘定取引であったものである。

4 控訴人は、平成三年二月二八日、被控訴人に対し、本件買付にかかる株式のうち、<1>の日本軽金属の二万株のうちの一万株を除くその余の株式につき、買建株の品受(現物取引への変更)を指示したが、その代金計七七九〇万三一六六円を決済期限の平成三年三月五日までに支払わなかったところ、被控訴人は、平成三年三月一九日、控訴人の右株式を次のとおり売却した。

<省略>

5 控訴人は、その結果、次のとおり、本州製紙につき一六六〇万円、日本軽金属につき一四〇四万五六〇〇円、計三〇六四万五六〇〇円の売買差損の損失を被った。

(一) 本州製紙

本件買付<2>の買付日の株単価が四八六〇円、株数が五〇〇〇株であり、売却日同三年三月一九日の株単価が一五四〇円、株数が五〇〇〇株であるから、次の計算のとおり、売買差損は、一六六〇万円となる。

(4,860-1,540)×5,000=16,600,000

(二) 日本軽金属

本件買付<1>の買付日の株単価が一三〇〇・七三円、株数が二万株、本件買付<3>の買付日の株単価が一二二二・七〇円、株数が三万株であり、売却日の同三年三月一九日の株単価が九七三円、株数が五万株である(うち一万株は未売却であるが、森は二か月位で穴埋めする旨言明し、その期間は経過しており、右一万株についても右単価九七三円で控訴人の損失を確定させることができるというべきである)から、次の計算のとおり、売買差損は、一四〇四万五六〇〇円となる。

(1,300.73×20,000)+(1,222.7×30,000)-(973×50,000)=14,045,600

6 控訴人は、本件買付に関し、前項の売買差損の損失のほかにも、本件買付の際に、別表(二)のとおり、証券会社手数料、信用取引利息の計四三五万二三三〇円、4の売却の際に、別表(三)のとおり、証券会社手数料、有価証券取引税、譲渡所得税の計一一二万一八四八円、計五四七万四一七八円の各経費支出の損失を被ったが、他方、3(三)のとおり、被控訴人から日計り商いによる五一九万一七九五円の損失補填を受けたから、控訴人の被った損失の残額は、5の三〇六四万五六〇〇円に右別表(二)(三)の計五四七万四一七八円を加えた三六一一万九七七八円から、右損失補填五一九万一七九五円を控除した三〇九二万七九八三円となる。

よって、被控訴人に対し、本件損失保証契約の履行として、右損失残額三〇九二万七九八三円のうち三〇六四万五六〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成三年五月一六日から支払済まで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求原因一)

1 控訴人は、被控訴人に対し、本件買付注文をした。

2 森は、本件買付にかかる株式の株価下落による損失発生後である平成二年一〇月二日、控訴人に対し「蹴り込んだ分の穴埋め、手当てをする」旨、右買付による控訴人の損失を補填することを約した(本件損失補填契約の成立)。

3 主位的請求原因4と同じ

4 同5と同じ

5 同6と同じ

よって、被控訴人に対し、本件損失補填契約の履行として、右損失残額三〇九二万七九八三円のうち三〇六四万五六〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成三年五月一六日から支払済まで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求原因二)

1 森は、控訴人に対し、本件買付を勧誘する際に、その株価が必ず上昇するとの断定的判断を提供し、本州製紙については仕手筋からの確実な情報である旨、さらに顧客の判断を誤らせる危険のある事実を告げたものであり、右断定的判断の提供がなかったならば、控訴人が本件買付をすることはあり得なかった。

2 予備的請求原因一1と同じ

3 主位的請求原因4と同じ

4 同5と同じ

5 同6と同じ

6 森の右違法勧誘行為は被控訴人の事業の執行に関する行為である。

よって、被控訴人に対し、不法行為による損害賠償請求として、右損失残額三〇九二万七九八三円のうち三〇六四万五六〇〇円及びこれに対する不法行為の後の日である平成三年五月一六日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

(主位的請求原因に対する認否及び主張)

1 主位的請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、本件買付注文があったことは、日本軽金属の買付単価を除き認め(本件買付<1>の単価は一三七〇円、同<3>の単価は一三〇〇円であり、控訴人主張の各単価は信用取引建株の権利落ち〔無償増資〕による修正単価である)、その余の事実は否認する。

平成二年八月三〇日、控訴人の電話による本件買付<1><2>の注文を執行したところ、当日の後場で本州製紙が五〇二〇円、日本軽金属が一四二〇円となり、各二〇万円程度の利食いが可能となったので、売りを勧めたが控訴人が応じなかった。その後二銘柄とも下げ足となったが、日本軽金属は一二〇〇円台まで下がった後一三〇〇円に回復してきたので、同年九月六日、難平買下り(買付後相場が下落した場合に買増して自己の買いの平均値を下げることを言い、反対の場合を難平売上りと言う)を勧め、本件買付<3>の三万株(単価一三〇〇円)を指値注文で執行したものである。

3(一) 同3(一)の事実のうち、平成二年八月一五日当時の被控訴人千里中央支店における取引量及び顧客数の概数は概ね認める(同支店の同年八月分の買付・売付取引株数合計は三一九万四三一九株であり、そのうち本州製紙の買付・売付取引株数合計は二五万二〇〇〇株というのが正確な数値である)が、その余の事実は否認する。

控訴人は同支店の比較的大口の顧客の一人に入るが、重要な顧客とはいえない。また、証券会社の損失保証がなされたのは一任勘定の超大口の法人顧客であって、支店扱いの控訴人程度の顧客に損失保証や補填がなされた例はなく、到底公知の事実とはいえない。転換社債の割当についても、資金量の比較的潤沢な顧客に一〇〇〇万円単位で割当てれば、一〇〇万円単位の割当より手数も少なくて済むので、控訴人の希望により割当てただけであって、損失保証までする必然性はない。

(二) 同3(二)の事実のうち、控訴人が平成二年五月から同年八月初めころまで同支店で取引を中断していたことは認めるが、その余は否認する。

(三) 同3(三)の事実のうち、控訴人主張の日計り商い(顧客の前場の注文の反対執行の中で後場で利益が出そうなものを拾出し、その顧客に付替えること)をしたことは認めるが、その余は否認する。

証券取引で損をした控訴人に少しでも儲けさせてやろうとの誠意と買建株の現引代金を入金させるための顧客融和策の一環としてなされたものであり、損失保証契約の一部履行としてなされたものではない。

(四) 同3(四)の事実は否認する。

控訴人と被控訴人との間の信頼関係が破壊されたのは、控訴人が、後記主位的請求原因4の代金を入金しなかったことによるものである。

(五) 同3(五)の事実のうち、本州製紙の同支店の取引高が控訴人主張の期間中、同主張のとおりであったことは認めるが、その余は否認する。

本州製紙について強気の自信を持っていたということは、逆に損失保証商いをする必要がなかったということである。

(六) 同3(六)の事実のうち、三洋証券株式会社が第一住建の買付注文の取消請求に応じたことは認めるが、その余は否認する。

(七) 同3(七)の事実は否認する。

4 同4の事実は認める。

右売却は、商法上の問屋の自助売却権につき、迅速を旨とする証券取引に合わせた手仕舞権を定めた普通契約約款である東京証券取引所受託契約準則一三条の九に基づくものである。

5 同5の事実は否認する。

6 同6の事実のうち、日計り商いにより控訴人がその主張の利益を得たことは認めるが、その余の事実は否認する。

(予備的請求原因一に対する認否及び主張)

1 予備的請求原因一1の事実は、日本軽金属株の買付単価を除き認める。本件買付<1>の単価は一三七〇円、同<3>の単価は一三〇〇円である。

2 同一2の事実は否認する。

3 同一3の事実に対する認否は主位的請求原因4の事実に対する認否と同じ

4 同一4の事実に対する認否は主位的請求原因5の事実に対する認否と同じ

5 同一5の事実に対する認否は主位的請求原因6の事実に対する認否と同じ

(予備的請求原因二に対する認否及び主張)

1 予備的請求原因二1の事実は否認する。

2 同二2の事実に対する認否は同一1の事実に対する認否と同じ

3 同二3の事実に対する認否は主位的請求原因4の事実に対する認否と同じ

4 同二4の事実に対する認否は主位的請求原因5の事実に対する認否と同じ

5 同二5の事実に対する認否は主位的請求原因6の事実に対する認否と同じ

6 同二6の事実は否認する。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  主位的請求原因(損失保証契約)について

1  主位的請求原因1の事実(控訴人が第一住建の代表者であり、控訴人は昭和六二年八月から、第一住建は昭和六三年三月から、被控訴人〔千里中央支店〕と証券売買取引を継続していたこと)は当事者間に争いがない。

2  同2ないし6の事実からすれば、控訴人の主位的請求原因は、要するに、控訴人は、平成二年八月一三日ころ、被控訴人の千里中央支店長である森との間に、株式売買取引につき本件損失保証契約を締結したとして、これに基づき、被控訴人に対し、本件買付注文<1>ないし<3>にかかる株式の株価下落等による損失保証の履行を求めるものであることが明らかである。

3  しかしながら、平成三年一〇月五日法律第九六号による改正前の本件当時の証券取引法においても、株式売買等の取引につき、証券会社またはその役員もしくは使用人が、顧客に対し、これによって生じた損失の全部または一部を負担することを約して勧誘することは、同法五〇条一項三号により既に禁止されていたものである。

4  そして、右改正及び平成四年六月二六日法律第八七号による改正後の現行証券取引法においては、右改正によって追加された同法五〇条の三、一項一、三号が、さらに進んで、証券会社は、株式売買等の取引につき、顧客に対して、損失が生じることとなった場合、その全部または一部を補填するため財産上の利益を提供する旨を申込み、もしくは約束する行為、または生じた損失を補填するため財産上の利益を提供する行為等をしてはならない旨定めているのみならず、同条二項一、三号が、新たに顧客についても、自己の要求により、証券会社との間に右補填のための財産上の利益提供の約束をする行為及び証券会社から補填のために提供された右財産上の利益を受ける行為等を禁止し、しかも、右改正によって追加された同法一九九条一号の六及び同法二〇〇条三号の三が、右各違反行為につき、いずれもこれを犯罪とし、証券会社等の代表者、代理人、使用人等については、一年以下の懲役もしくは一〇〇万円以下の罰金に処し、またはこれを併科する旨、顧客については、六月以下の懲役もしくは五〇万円以下の罰金に処し、またはこれを併科する旨、それぞれ定めるに至ったうえ、右改正によって追加された同法二〇〇条の二は、顧客が受けた右財産上の利益は没収し、没収できないときはその価額を追徴する旨、顧客が損失保証の履行として提供を受けた財産上の利益を保有することは一切認めない旨を定めている。

5  右のように現行証券取引法は、懲役刑を含む刑罰をもって、損失保証の申込、約束及び損失保証のための財産上の利益の授受を禁じたうえ、授受された財産上の利益の剥奪まで定めることによって、いわゆる損失保証商いを全面的に禁圧しようとするものであるが、そのような法改正がなされるに至ったのは、被控訴人を含む大手四社等の証券会社が、本件当時に密かに行っていた特定顧客に対する巨額の損失補填が明るみに出て、証券市場の公正さ、健全性に対する一般投資者の信頼感が甚だしく損なわれるに至ったことから、証券市場の公正さ、健全性を回復、維持するためには、その原因となっている損失保証商いの慣行は、もはや社会的にその存在が許されないものであり、懲役刑を含む刑罰をもってしても禁止されねばならないとされるに至ったからにほかならない。

6  そうすると、前記証券取引法改正以前の本件当時においても、損失保証の約定は、社会、経済的見地から刑事罰に値するとみなされていたものというべく、民法上も公序良俗に違反するものとして、これを無効と解するのが相当というべきである。

従って、本件損失保証契約は無効というべきであるから、これに基づき、その履行を求めるものである控訴人の本訴主位的請求原因は、その余の点につき判断するまでもなく、失当といわねばならない。

二  予備的請求原因一(損失補填契約)について

1  予備的請求原因1の事実は、日本軽金属株の買付単価を除き、当事者間に争いがない。

2  同2ないし5の事実からすれば、控訴人の予備的請求原因一は、要するに、控訴人は、平成二年一〇月二日、前記森との間に、本件買付注文<1>ないし<3>にかかる株式の株価下落等によって生じた損失につき、本件損失補填契約を締結したとして、これに基づき、その履行を求めるものであることが明らかである。

3  そして、前記各改正前の本件当時の証券取引法においては、証券会社またはその役員もしくは使用人が、顧客に対して、株式売買等の取引によって生じた損失の全部または一部を補填するため財産上の利益を提供することを約束し、補填のため右財産上の利益を提供することを禁止する規定は存しなかった。

しかし、大蔵省通達(平成元年一二月二六日)はこれを禁止し、証券業協会及び証券取引所の各規則もこれを禁じ、違反者には過怠金(本件当時五〇万円以下。平成三年六月、五〇〇万円以下に、同年九月、一億円以下に、各増額)賦課等の制裁が定められていた。

4  そして、前記各改正後の現行証券取引法においては、前記追加にかかる同法五〇条の三、一項二、三号が、前記損失保証の場合と同様、証券会社は、株式売買等の取引につき、顧客に生じた損失の全部または一部を補填すめため財産上の利益を提供する旨を顧客に申込み、もしくは約束する行為、または損失を補填するため財産上の利益を提供する行為等をしてはならない旨定め、同条二項二、三号が、顧客についても、自己の要求により、証券会社との間に右補填のための財産上の利益提供の約束をする行為及び証券会社から補填のために提供された右財産上の利益を受ける行為等を禁止し、前記追加にかかる同法一九九条一号の六及び同法二〇〇条三号の三が、右各違反行為につき、いずれもこれを犯罪とし、証券会社等の代表者、代理人、使用人等及び顧客につき、損失保証の場合と同一の懲役もしくは罰金に処し、またはこれを併科する旨をそれぞれ定め、前記追加にかかる同法二〇〇条の二は、損失補填の場合も、顧客が受けた右財産上の利益は没収、追徴する旨、顧客が損失補填のために提供を受けた財産上の利益を保有することは一切認めない旨を定めている。

5  右のように、現行証券取引法は、損失補填についても、懲役刑を含む刑罰をもって、その申込、約束及び損失補填のための財産上の利益の授受を禁じたうえ、授受された財産上の利益の剥奪まで定めることによって、損失補填を全面的に禁圧しようとするものであるが、そのような法改正がなされるに至った経緯は、前記損失保証の場合と同様であるから、前記証券取引法改正以前の本件当時においても、損失補填の約定は、損失保証の約束と同様、社会、経済的見地から刑事罰に値するとみなされていたものであり、民法上も公序良俗に違反するものとして、これを無効と解するのが相当というべきである。

6  従って、本件損失補填契約は無効なものというべく、その履行を求めるものである控訴人の本訴予備的請求原因一もまた、その余の点につき判断するまでもなく失当といわねばならない。

三  予備的請求原因二(違法勧誘行為)について

1  予備的請求原因二2の事実(控訴人が被控訴人に対し本件買付注文をしたこと)は、日本軽金属株の買付単価を除き当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第五号証によれば、日本軽金属株の本件買付<1>の単価は一三七〇円、同<3>の単価は一三〇〇円であることが認められる。

2  同二1の事実(森が控訴人に本件買付を勧誘した際、その株価が必ず上がるとの断定的判断を提供し、本州製紙については仕手筋からの確実な情報である旨、さらに顧客の判断を誤らせる危険のある事実を告げたものであり、右断定的判断の提供がなかったなら控訴人の本件買付もあり得なかったこと)について判断する。

成立に争いのない甲第一七ないし第一九号証(原本の存在とも)、第二〇号証の一ないし六、弁論の全趣旨によれば、被控訴人千里中央支店では、営業次長山村博邦が顧客を通じ仕手筋から入手した情報に基づき、本件買付にかかる本州製紙株は値上がりが確実と判断し、平成二年八月中ころから同株式の売買を顧客に勧誘した結果、それまで同支店ではほとんど取引のなかった本州製紙株が、同月一七日から三一日までの一一営業日間に、買い一五万三〇〇〇株、売り九万九〇〇〇株と集中的に取引されたことが認められるのであって、この事実に照らすと、控訴人が本人尋問(原審・当審)において、森は、本州製紙株については仕手筋からの確実な情報があり、八〇〇〇円まで上がる旨、日本軽金属株についても二〇〇〇円位までは上がる旨、断定的な判断を提供して本件買付を勧誘したと述べる部分は、信憑性があるものというべきである。

しかしながら、控訴人本人尋問の結果(原審記録・一八〇丁、二〇七丁)によれば、本州製紙株は右のような情報がある仕手株で、八〇〇〇円まで上がるとか、日本軽金属株は二〇〇〇円位までは上がるといったことは、既に一般に言われていたものであることが認められ、しかも、控訴人自身、本人尋問の結果中の他の個所において(原審記録一七五~一八二丁、当審本人調書二~四項、四〇、四一項)、森の右断定的判断をそのまま信じた結果、本件買付をするに至ったのではなく、それまでに森から勧められた株を買って値下がりで損をしており、むしろ、森の右断定的判断が必ずしも信用できなかったため、「蹴込んだら穴埋めをしてくれ」と損失保証を要求したところ、森が責任を持つ旨これに応じたので本件買付をすることにしたものである旨強調して述べているところであるが、もしそうだとすると、森の右断定的判断の提供と本件買付との間には因果関係が存しないものといわねばならない。

そこで、本件買付に際し、控訴人と森との間に損失保証の合意がなされたか否かについて判断するに、成立に争いのない甲第七号証、証人森勉の証言(後記信用しない部分を除く)、控訴人本人尋問(原審・当審。後記信用しない部分を除く)によれば、森は、本件買付にかかる株式の値下がりによる損失発生後である平成二年一〇月二日、控訴人から、本件買付の際に損失保証を約したことの再確認を迫られた際、「蹴り込んだ分の穴埋めをする。責任を持つ」旨約しただろうとの問いに対し、何らこれを明確に否定することなく、かえって「蹴り込んだ分に対して……手当てもして、穴埋めするわけやろう? フォローするわけやろう?」との問いに「しますよ」と答えた(原審記録一一七丁)ことが認められ、右は、それ自体、本件買付時に損失保証の合意のあったことを推認させる有力な事実というべきである。

そして、さらに前記争いのない事実並びに前記甲第五号証、成立に争いのない甲第六号証、第一二、第一三号証、乙第一ないし第五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二号証の一ないし四、第三号証、第四号証の一、二、乙第八号証の一、二、証人森勉の証言、控訴人本人尋問の結果(原審・当審)、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる(右乙第五号証の森勉の陳述記載並びに証人森勉の証言及び控訴人本人尋問の結果〔原審・当審〕中、右認定に反する部分は信用しない)。

(一)  控訴人は、第一住建(不動産賃貸等を業とし、従業員四〇~五〇名、年商一〇億円)の代表者であり、被控訴人(千里中央支店)とは、控訴人名義では昭和六二年八月から、第一住建名義では昭和六三年三月から、証券売買取引を継続していたものであるところ、控訴人名義の右取引は、昭和六三年末ころまでは、ほとんどが一〇〇万円単位の転換社債の売買取引のみで推移していたが、平成元年に入ると転換社債の売買取引が一〇〇〇万円単位になるとともに、一、二万株単位の株式売買取引が始まり、取引銘柄もその後四、五銘柄に増え、また、第一住建名義の取引は、当初から数万株単位の株式売買取引であって、取引銘柄もその後一〇数銘柄にまで増えた。

(二)  本件買付当時、被控訴人の千里中央支店においては、顧客は全部で三〇~四〇名程度、取引量は一日平均売り買い各二万株程度で、一週間取引が全くない場合もあり、売買取引をする顧客数は一日平均で一名に満たなかったものであり、また、同支店では、顧客確保のため、重要な顧客には優遇措置として安定した利益の得られる転換社債を一〇〇〇万円単位で割り当てており、控訴人については支店長の森が直接担当していた。

そうすると、控訴人は数万株単位の株式売買取引をしており、一〇〇〇万円単位の転換社債の割当も受けていて、支店長が直接担当していたのであるから、同支店の大口で重要な顧客であったことは明らかであり、右事実は前記損失保証の合意の存在を推認させるものというべきである。

(三)  森は、平成二年八月一三日ころ、控訴人に対し、転換社債一〇〇〇万円の取引を勧めた際、株式取引の再開を勧め、同月一五日にも、同様株式取引を勧誘した結果、控訴人は、同日、第一住建名義で、住友商事ほか一社各二万株の買付注文をして株式取引を再開したものであるが、控訴人は、それまでに森の勧めに従って買い付けた株式の株価下落により、平成二年五月時点で控訴人名義及び第一住建名義で各一〇〇〇万円ずつを超える差損を生じていたので、それ以来、両名義とも新規の株式売買取引は控えていたものである。

そうすると、控訴人が、森から単に従来程度の勧誘を受けただけで取引を再開したかは疑わしいものというべきであるから、右事実も前記損失保証の合意の存在を推認させるものというべきである。

(四)  また、控訴人は、同月三〇日の本件買付<1><2>以降、控訴人名義でも株式取引を再開しているが、右再開後の控訴人の株式取引の態様は、本件買付及び右住友商事ほか一社各二万株の買付の場合を除き、従来の株式売買取引と異なり、ほとんどが次項のいわゆる日計り商い取引(新規の売りまたは買いを同一日に反対売買して決済するもの)の割当か、差益を得るための短期の売買取引であるが、これらは、日計り商いはもちろん、ほとんどが控訴人に売買差益を確実に得させるためのいわゆる一任勘定取引である。

そして、控訴人に差益を得させるための一任勘定取引がなされたということは、それ自体、前記損失保証の合意の存在を強く推認させるものというべきである。

(五)  本件買付にかかる本州製紙の株価(東京証券取引所。以下同じ)は、本件買付日の同年八月三〇日に最高値の五〇二〇円をつけたが、翌日から下落し、同年九月末の終値は三八九〇円、同年一〇月末の終値は二〇八〇円と続落し、日本軽金属の株価も、<1>の買付日の同年八月三〇日に最高値の一四二〇円をつけた後は下落に転じ、<3>の買付日の同年九月六日の終値は一三一〇円、同月末の終値は七九八円、同年一〇月末の終値は九九八円と低迷を続けたところ、被控訴人は控訴人に対し、全国の店舗で発生する顧客からの委託のない売買差益の確定した日計り商い取引を控訴人に割り当てる方法で、平成二年一〇月一六日から同三年一月一八日までの間に、別表(一)のとおり、差引手取額計五一九万一七九五円の売買差益を取得させた。

右のような売買差益の確定した日計り商いの割当は、控訴人に現金支払をしたに等しいものであって、まさに控訴人の本件買付にかかる株式の右株価下落による損失を補填したものにほかならず、しかも顧客からの委託のない日計り商いは全国的にみてもごく僅かであったのに、被控訴人が控訴人にわざわざこれを割り当てたということは、前記損失保証の合意の存在を強く推認させるものというべきである。

(六)  被控訴人は、本件と同時期の株価下落により大口顧客が被った損失に対し、大蔵省に届け出た分だけで四三九億円の損失補填をし、三洋証券株式会社は、控訴人が本件買付と同時期に第一住建名義で買付けた本州製紙株四万株全部につき、買いを取消す方法で一億円を超える損失補填請求に応じているが、右各事実も前記損失保証の合意の存在を推認させるものというべきである。

右認定の前記損失保証の合意の存在を推認させるべき諸事情を総合すれば、本件買付に際し、森と控訴人との間には前記損失保証の合意が成立したものと推認するのが相当である。

そうすると、控訴人は、前記控訴人本人尋問中の供述のとおり、森の前記断定的判断を信じたため本件買付をするに至ったというよりは、むしろ、逆にこれが信用できなかったため、損失保証を要求したところ森がこれに応じたので、本件買付をするに至ったものと認めるのが相当であり、従って、森の前記断定的判断の提供と本件買付との間には因果関係が存しないものといわねばならず、控訴人の予備的請求原因二は、その余の点について判断するまでもなく、失当というべきである。

四  結 論

以上のとおり、控訴人の主位的、予備的各請求はいずれも理由がないから、主位的請求に対する控訴及び当審における予備的各請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

別表(一)

<省略>

別表(二)

<省略>

別表(三)

<省略>

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