大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成2年(ネ)2138号 判決 1991年5月16日

主文

一、原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

二、被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の申立て

一、控訴人ら

主文同旨

二、被控訴人

1. 本件各控訴をいずれも棄却する。

2. 控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二、当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、原判決四枚目裏一行目の末尾に「延べ面積一三八六・七一二平方メートル(一部鉄骨入り鉄筋コンクリート造八階建)の」を、同六行目の「分筆前の土地」の次に「の一部である本件1土地」を各加える。

二、同五枚目表一〇行目の「原告の本件1土地について」を「本件建築確認申請に係る建築物」に改める。

三、控訴人浜垣義商店の当審における補足的主張

1.(一) 行政指導とは、国民の権利を制限したり、国民に対し義務を課するような法律上の強制力を有するものではなく、行政機関がそれぞれの設置の根拠である法律により与えられた任務又は所掌事務を遂行するために、かつ、その任務又は所掌事務の範囲内において、行政の相手方の協力を得て、一定の行政目的を実現されるように、一定の作為又は不作為を求めて慫慂し、誘導することである。

(二) そして、行政指導はそれが一定の行政目的の実現を図ろうとして相手方の協力を求めて働きかけるものである以上、その実効性を高めるために何らかの対応手段を用いること自体を必ずしも否定しないとしても、当該行政指導に従わない場合に不利益な取扱を行うことが法律上規定されているときを除いて、当該行政機関が国民に義務を課し、又は国民の権利を制限するのと同様の事実上の強制力を及ぼすようなことは許されないのである。

(三) ところで、仮に本件行政指導が適法なものであったとしても、その行政指導によって建築確認が遅れたことは、被控訴人の任意の協力による結果である。したがって、これを本件売買契約書一一条一項の「公法上の制約」に該当ないし準ずると判断し、その不利益を売主たる控訴人浜垣義商店に負担させることは、前記(二)の趣旨からしても到底肯認しえない。換言すれば、大阪市建築指導部審査課は、本件建築申請に係る建築物の建築確認申請があれば受理し、建築確認しなければならないのであり、そうなるといわゆる敷地の二重使用という違法状態が生じるが(これは法令の不備である。)、これを避けるため行政指導で解決しようとし、その不利益を国民に負担させようとしたものであって、原判決の理由は全くの筋違いの論理である。

2. 本件建築確認申請が遅れた最大の理由は、次のとおりである。

被控訴人は、本件1土地を取得し、本件建築確認申請をしようとしたが、建築確認申請手続に関する法規の解釈を誤り、もしくは行政指導に対する認識の誤りにより、「本件1土地には、建物を建築することは一切できず、その利用方法としては青空駐車場しかない」と思い込み、その申請を差し控えたのである(被控訴人は、本件訴訟前の仮差押命令申立てから本件訴訟における控訴人浜垣義商店の求釈明に対する昭和六三年八月一日付け準備書面による答弁で右主張を訂正するまで、一貫して右主張を維持していたこと、並びに平成元年一〇月末になって本件建築確認申請をなしたことが、その証左である。)。

したがって、被控訴人が自らの法規並びに行政指導の性格の誤解により本件建築確認申請をすることを大幅に遅延させたのであるから、その遅延によって生じた損害を控訴人浜垣義商店に負担させることは許されない。

四、被控訴人の当審における補足的主張

1. 本件行政指導は、本件建築確認申請を受理し、建築確認をするならば、本件建物の敷地が本件2土地に減少される(いわゆる敷地の二重使用)ことになり、建築物の容積率の規制を定めた建築基準法の趣旨を大きく没却することになるのに鑑み、被控訴人に対し、被控訴人が控訴人浜垣義商店に建築基準法上の違法状態を解消するための措置(本件2土地に隣接する空地の取得、本件建物の形状の変化等)を採るよう働きかけることにより、敷地の二重使用を解消させることを目的として行われたものである。そして、大阪市自身も、同控訴人に対し、右違法状態を解消するための前記措置を採るよう説得した。しかし、同控訴人がそれに応じなかったので、大阪市は、同控訴人に対し、違反建築物措置命令予告通知及び違反建築物措置命令をなしている。しかしながら、同控訴人において、右措置を採る気配がなく、それがため被控訴人による敷地の二重使用の解消が見込めないことが明確になったので、大阪市は、再度被控訴人が建築確認申請をしたのを受けて、建築確認をしたものである。

2. 本件行政指導が適法である以上、それに被控訴人が従うのは誠に已むを得ないところであり、本件売買契約書一一条一項の「公法上の制約」には、かような適法な行政指導も含まれるものと解すべきである。

第三、証拠<略>

理由

一、請求原因1ないし4に対する当裁判所の判断は、次のとおり訂正付加するほか原判決の理由一項ないし四項の説示と同一であるからこれを引用する。

1. 原判決九枚目表一〇行目の「容積率」の次に「一〇分の三〇」を、同枚目裏五行目の「本件1土地を」の次に「最大限に活用して公法上の制限の範囲内の延べ面積一二七六・八九平方メートル程度の大きさの」を各加える。

2. 同一〇枚目表四行目と五行目との間に次の説示を挿入する。

「ところで、右合意事項(本件売買契約書一一条一項)にいう「公法上の制約」とは、本件売買契約条項の内容等からみて、建築をしようとする場合、建築物及びその敷地となる土地については、私法による制限だけではなく、多くの行政法規により公法上の制限が課せられておる現況の下で、「公法により直接これらの土地及び建築物の権利の上に課せられる制限」をいうのであって、右制限の結果、その権利の主体たる人がそれに対応する一定の作為・不作為又は受忍の義務を負うことになる負担は含まれないといわねばならない。いわんや、後記のとおり行政の相手方に何らの義務をも負担させない行政指導(本件行政指導を含む。)を受けることが右「公法上の制約」に含まれるとはいうことがでぎず、これが含まれるとの被控訴人の主張は到底採用することができない。」

3. 同一〇枚目裏一行目の「マンション」の前に「延べ面積一三八六・七一二平方メートル(一部鉄骨入り鉄筋コンクリート造八階建)の」を加え、同二行目の「提出したところ、」を「提出しようと事前に相談したところ、同課担当職員より、」に改め、同四行目の「分筆前の土地」の次に「の一部である本件1土地」を加え、同一一枚目表一二行目の「再度の本件1土地について」を「提出した本件建築確認申請に係る建築物」に改め、同裏一行目の「されたこと」の次に「、一方、被控訴人は、前記事前相談の時点で本件行政指導を受けた際、「本件1土地には、建物を建築することは一切できず、その利用方法としては青空駐車場しかない」と思い込み、その申請を差し控え、これを断念すると同時に、控訴人浜垣義商店に対し、昭和六三年一月三一日に到達した同月三〇日付け書面により、本件売買契約を解除したうえ、控訴人らに対し、右解除に基づく損害賠償を求めて本件訴訟を提起し、平成元年三月二日に寺田恭信、同年八月一七日に東五雄と本件行政指導の担当職員の証人調べが行われた結果、敷地の二重使用の防止については法令上の規定を欠き(いわゆる法の欠缺)、本件行政指導にも限界のあることを認識するに至り、同年一〇月末になって本件建築確認申請をなし、本件建築確認を得たこと、その後、被控訴人は、同年一二月四日右訴えを取り下げたものの、控訴人らの同意を得られなかったので、平成二年二月二六日に訴えの交換的変更をなし本訴請求を維持していることが認められる。」を加える。

二、控訴人浜垣義商店の責任

1. 債務不履行責任(請求原因5(一))について

本件売買契約書一一条一項の「公法上の制約」の意義及び被控訴人が本件行政指導を受けたことが右「公法上の制約」に該当するとはいえないことは前記一2に説示のとおりであるから、被控訴人の右主張はその余の点につき言及するまでもなく理由がない。

2. 不法行為責任(同5(二))について

建築基準法の容積率の制限を潜脱することを目的として行われる敷地の二重使用についての防止策については現行法令上の規定を欠き、この現実の法規制の不備と地方公共団体における地域環境の整備保全という行政需要とのギャップを調整・補完する目的で行われる関係行政部局の行政指導は、行政の相手方が任意に協力、服従する限り適法であるということができる。ここにいう行政指導とは、控訴人浜垣義商店の当審での補足的主張1(一)にいうとおり、「国民の権利を制限したり、国民に対し義務を課するような法律上の強制力を有するものではなく、行政機関がそれぞれの設置の根拠である法律により与えられた任務又は所掌事務を遂行するために、かつ、その任務又は所掌事務の範囲内において、行政の相手方の協力を得て、一定の行政目的を実現されるように、一定の作為又は不作為を求めて慫慂し、誘導することである。」といわれるものである。

これを本件についてみると、本件行政指導は、大阪市建築指導部審査課担当職員が、本件建築確認申請前の事前相談の段階で、被控訴人に対し、地方自治法二条三項一号、七号及び建築基準法一条、五二条を根拠にして定めた大阪市建築指導部審査課の方針に基づきなしたものであり、これを受けて、被控訴人は、建築確認申請手続に関する法規の解釈を誤ったか、もしくは行政指導に対する認識を誤ったかは定かでないが、いずれにせよ自らの考えで本件建築確認申請を断念し、本件売買契約を解除したうえ、本件訴訟に及び、その証拠調べの結果を踏まえて、平成元年一〇月末適式に本件建築確認申請をしたものであり、本件行政指導に従わないとの意思を表明したのはこの時期であることが認められる。

そうすると、本件行政指導は適法なものであり、本件建築確認は平成元年一一月三〇日になされ、本件行政指導を受けた昭和六三年一月六日から起算すれば建築確認手続には長期にわたる遅れがあるようにみえるが、本件建築確認申請受理の日である平成元年一〇月末までの遅れは、本件行政指導があったとはいえ、その二四日後には、被控訴人が、自らの判断で(結局、地方自治法二条三項一号、七号、建築基準法一条、五二条等の解釈を含め本件行政指導及び本件売買契約書一一条一項の「公法上の制約」の各意義につき誤解があった。)、本件建築確認申請を断念し、本件売買契約を解除して別途の解決策を講じていたことに基づくものであって、本件行政指導の解除を待って、日時を経過していたものではないのであるから、本件行政指導に基づくものとは解し難く、右申請受理日から本件建築確認日までの一か月間は建築確認手続としては相当の期間内であって(証人〓木英一の証言により、建築確認申請手続は通常三週間位を要することが認められることから、是認できる。)、遅れているとはいえず、結局本件建築確認が本件行政指導に基づき遅れたとの事実は認めることができないといわねばならない。

したがって、控訴人浜垣義商店の被控訴人に対する不法行為責任は、本件行政指導によって本件建築確認が遅れたとの事実が認められないから、その余の点について判断するまでもなく理由がなく採用できない。

三、控訴人サカエ興産の責任(請求原因6(一)、(二))について

前示のとおり本件行政指導によって本件建築確認が遅れたとの事実が認められない以上、その余の点について判断するまでもなく被控訴人の同控訴人に対する右主張はいずれも理由がなく採用できない。

四、よって、被控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから棄却すべく、原判決中控訴人らに対する請求を認容した部分は失当であって、本件各控訴は理由があるから、原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消し、被控訴人の右請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例