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大阪高等裁判所 平成2年(う)412号 判決 1990年11月14日

本籍

大阪府松原市天美南四丁目三二五番地

住居

同市天美南四丁目一〇番二一号

会社役員

芝野修

昭和二年三月一五日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成二年三月一九日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人稲田克己、同中西清一、同小林俊康連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官藤村輝子作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は要するに、原判決の量刑不当を主張し、被告人に対する刑の執行猶予を求めるので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、本件は、人造真珠の輸出等を目的とする貿易会社の代表者であった被告人が、同社の昭和五九年から昭和六一年までの三事業年度で、合計九億四八七六万余円の所得を秘匿し、合計四億一〇七四万余円の法人税を免れたという事案であるが、本件犯行の罪質、動機、態様及びほ税の結果等、すなわち、原判決が「被告人に対する量刑の事情」の項で指摘するように、本件はほ脱額が多額であるばかりでなく右三事業年度における平均ほ脱率も八九・七パーセントという高率に達する相当大規模な脱税事犯であること、犯行の態様は、被告人の指示のもと経理担当者において仕入れ帳を書き換えかつ架空の納品書・請求書を作成するなどして合計約九億六七〇〇万円に及ぶ多額の架空仕入れを計上したうえ、その決済を装って振り出した約束手形を取引先等に依頼して取り立ててもらい簿外で回収するという方法に主としてより、その他に被告人の指示又は容認に基づき売上の一部除外・繰延べも行っていたもので、被告人主導による半ば会社ぐるみの計画的かつ大胆な犯行で、その手段・方法もかなり巧妙かつ悪質であること(所論は、本件架空仕入れの犯行手段は幼稚で単純なものであるから巧妙・悪質とはいえない、と主張するが、犯跡隠蔽のためにとられた種々の工作を全体的にみると、右主張には左担し得ない。)、犯行の動機は、不況期に備えて好況時に会社資産を貯蓄することを企図したもので、実際にほ脱所得の大半が仮名預金、有価証券やゴルフ会員権の購入等に充てられ簿外資産として蓄積運用されていたのであるが、所詮は一私企業の利益を公の納税義務に優先させる考え方に基づいており、殊更斟酌すべき事情とはなし得ないこと、加うるに、被告人が容認していた実弟(専務取締役)の売上除外による取得金は同人の住宅用土地購入資金等に使われており、また、被告人自身も知人への多額の不良貸付や私用の旅行・物品購入等の資金にほ脱所得の一部を充てているのであって、動機に私欲的な要素があったことは否定できないこと(なお、原判決はゴルフ会員権の購入及び実弟への裏金分配を個人的用途の例として指摘しているが、右はいずれも会社の簿外資産蓄積の用途に供されたと認められるから、右指摘は相当でない。)などに徴すると、被告人の刑責は軽視することができない。してみると、被告人が本件摘発により自己の非を悟り、捜査及び公判を通じて犯行を素直に認めて、改悛の情を示していること、ほ脱結果については、査察後修正申告を行って本税及び附帯税の全額を納付したこと、被告人及び実弟において会社からの取り込み金を全額返済し、その一部は原審が相被告人の会社に科した一億円の罰金の納付に充てられたこと、本件後被告人は社長の地位を退き、経理処理の体制も刷新して不正再発の防止を期したこと、被告人には前科がないこと、長年にわたって会社及びその属する業界の発展に寄与貢献してきたもので、今後も有用な活躍が期待されること、服役により現在進行中の海外合併事業に障害が生じることなど、原判示及び所論指摘の被告人に有利な情状を十分斟酌しても、本件は刑の執行猶予を相当とする案件であるとは認められず、被告人を懲役一年六月(求刑、同三年)の実刑に処した原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

よって刑訴法三九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田良兼 裁判官 石井一正 裁判官 飯田喜信)

○控訴趣意書

法人税法違反 芝野修

右被告人に対する頭書被告事件について、平成二年三月一九日大阪地方裁判所第一二刑事部が言い渡した判決に対し、被告人から申し立てた控訴の理由は左記の通りであります。

平成二年六月一八日

右被告人弁護人

弁護士 稲田克巳

弁護士 中西清一

弁護士 小林俊康

大阪高等裁判所第三刑事部殿

原審裁判所は、罪となるべき事実として、起訴状記載の事実を認定して、「被告人を懲役一年六月に処する。」旨の判決を言い渡したが、右判決は、以下に述べる本件犯情に照し、被告人を実刑に処した点が量刑重きに失し不当であるから、これを破棄して刑の執行を猶予する判決をすべきであると思料します。

一、本件犯行の態様について

本件は、被告人が大伍貿易株式会社(以下大伍貿易という。)の代表取締役として、同会社の業務全般を統轄中、昭和五九年度乃至同六一年度の三事業年度の法人税合計四億一、〇七四万五、九〇〇円をほ脱した事案であります。そのほ脱税額が多額で、ほ脱率も平均して八九・七パーセントと極めて高率でありますが、本件犯行の手段、方法は、それほど悪質であるとはいえないのであります。

通常脱税の手段、方法として概ねその類型が限定されており、売上げ除外、架空仕入の計上、棚卸資産の操作等が主で、時には、いわゆる「つまみ申告」もみられるところでありますが、脱税の手段、方法が悪質であるかどうかの判断は、右手段、方法が、どの類型に属するかということではなく、その手口が税務調査を受けても簡単に発覚し得ないように巧妙に工作されているかどうかにあるのであって、犯跡隠蔽工作の巧妙さに比例して犯情の悪質性が増すものといえます。

本件犯行の手段、方法は、一部に売上げ除外や繰り延べがみられるものの、大部分は架空仕入の計上によるものであります。

ところで大伍貿易が計上した架空仕入は、手のこんだ巧妙な方法によるものではなく、同会社に保管されている納品書綴を一見すれば、容易に正規の実仕入と架空の仕入との識別のつく、単純にして幼稚な方法によるものであります。すなわち、被告人の指示を受けた経理担当の上野武義と岸田全代において、大伍貿易が仕入先業者に交付している納品書用紙を使用して作成したもので、正規の実仕入の納品書にあっては、納品業者名のゴム印や印鑑が押捺され、かつ、大伍貿易の営業担当者と経理担当者の確認印が押捺されているのに、架空仕入にかかる納品書には、納品業者名が手書きである上、営業担当者の確認印も押捺されておらず、品名数量も実仕入にかかる既存の納品書の記載をそのまま引き写したもので、経理関係に明るくない素人がみても容易に架空でないかとの疑を抱くほどの単純にして幼稚な手法によるものであります。

原判決は、本件の手段、方法について、売上げの一部除外、繰り延べのほか、三期合計約九億六、七〇〇万円にもなる多額の架空仕入を計上した上、その決済を装って、小切手や約束手形を振り出し、これを取引先等に依頼して取り立ててもらい、簿外に回収するなど大胆かつ巧妙なものであると判示しています。発覚が容易な状態で、多額の架空仕入を計上しているのであるから大胆といわれてもしかたない面もありますが、架空仕入の計上の方法は、前述のようにまことに幼稚なものであり、また、代金回収の方法も、他の同種事犯に比し格別の悪質性はみられないのであって、本件犯行の手口は、到底巧妙であるとは評価し難く、原判決の右判示には納得し難いものがあります。

次に、被告人が直接指示した材料売上げの除外については、売上帳を改ざんし、公表帳簿上は、売上げ除外が直ちに発覚しないよう処置していますが、改ざん前の売上帳は破棄せず保管されており、また、売上げ除外の期間も昭和五九年度と同六〇年度に若干あったのみで、被告人の指示に基づく不正行為の手段、方法は、右売上げ除外を入れて考えてみても巧妙なものとはいえないのであります。

また、本件に伴なう不正経理に関連する資料等は、ほとんど保存されていて税務当局に押収され、本件犯行の全貌を解明するのに役立っています。被告人に犯跡を隠蔽し、将来の税務調査に備えようとする悪質な意図がなかったことの証左ではないでせうか。

近時、脱税事件は、益々悪質巧妙化し、かつ、大型化しているといわれています。犯行の手口が巧妙で悪質な事件ほど税務調査が難しくなり、脱税の全貌の解明が困難となり、いきおい調査結果の脱税額は、実際の額より縮小して認定せざるを得ないのが実情であります。このような脱税事件が多くみられる中にあって、本件では、資料不足で認定が困難となったのは、後述する芝野進が直接の実行行為者であった現金売上げに関し、極く僅かな除外高にとどまっており、他は、完全にそして正確に捕捉されているのであります。

次に、原判決は、本件各犯行が被告人の指示のもと、半ば会社ぐるみで計画的、常習的に行なわれていたと判示し、犯情悪しとみているようであります。本件犯行の大部分は、被告人が前述の経理担当者二人に指示して行なったものでありますが、一部は、当時大伍貿易の専務取締役で同会社の服飾内地部の業務を分担していた芝野進によって行われた売上げ除外もあるところから、半ば会社ぐるみでと判示したのではないかと推測されますが、芝野進による売上げ除外は、被告人の指示によるものでないばかりか、同人による売上げ除外の額について、後述のとおり、当時被告人の認識していた額との間に大きなずれがあったことに留意願いたいのであります。

更に、脱税事件は、一般的には計画的に敢行されるもので、計画的でない脱税事件は皆無といっていいのではないでせうか、とすれば、犯情面で特に悪質と評価される計画的な犯行とは、手口が巧妙で犯跡隠蔽工作が計画的にいわれる場合と考えられますから、手口に巧妙性がなく、犯跡隠蔽工作もなされていない本件にあっては、犯情悪質といるほどの計画的な犯行とは評価しえないのであります。また、被告人は、昭和五七年度分の申告から脱税していたのであるから、常習的とみられても致し方ないのでありますが、期間的には、それほど長期にわっておらず、同年度の過少申告は、上野武義の検察官に対する供述調書にみられますように少額にとどまっていますし、同五八年度分も査察の対象として調査され、本税、重加算税等を納付している点をしん酌願いたいのであります。

以上、原判決が本件犯行の手段、方法に関し、犯情悪質とした点については、納得し難いものであり、原判決の量刑の基礎となる情状に関する事実認定やその評価が酷に失するのではないかと思料します。

なお、前述の芝野進による売上げ除外については、被告人がこれに気付き止めるよう注意したが、その後も、同人が続けているのではないかと思いながら黙認していました。それも、同人による売上げ除外が各年度せいぜい二、三百万程度と思っていたからであると原審公判延で述べています。その点に関する被告人の収税官吏に対する質問てん末書や検察官に対する供述調書には、年間二、〇〇〇万円抜いていると認識している旨の記載があり、検察官に対する供述では、更に一歩踏み込んで、年間一、〇〇〇万円か一、五〇〇万円抜いていると弟(芝野進)から聞いていた旨の記載がみられますが、芝野進の検察官に対する供述調書や収税官吏の質問てん末書には、同人が犯行当時被告人に、年間の売上げ除外高を述べたとする記載が一切なく、その記載内容からは、被告人が同人による売上除外高をほぼ正確に認識しうるような情況にはなかったといえるのであって、被告人の年間二、〇〇〇万円抜いていたと認識していた旨の記載は、税務当局の調査結果が、三期合計約九、三八〇万円余りであったことから、被告人に右に近い金額の認識があったことを証拠づけようとしてなされた取調べ結果によるものでないかと推測されます。要するに、被告人としては芝野進による売上げ除外は大した金額ではないと思い、目をつぶっていたのであるから、同人による行為については、被告人に多くの責任を追求することは、当をえないものと思料します。

二、本件犯行の動機原因とその背景となっている諸事情について

被告人は、昭和一九年旧制中学卒業とともに、海軍甲種飛行予科練習生として海軍航空隊に入隊し、同二〇年八月終戦に伴ない復員し、父の経営する芝野商店において人造真珠の販売に従事しました。昭和二七年被告人ら兄弟五名で大伍貿易を設立し、兄芝野 登が代表取締役となって、人造真珠を用いたアクセサリー商品の輸出販売に当り、発足当初は、順調な業績を挙げていたが、昭和三四年ころのファッションの変動等から不況に見舞われ、同三七年には、兄三名が事業に見切りをつけて退社し、被告人が代表取締役となって再出発しました。当時、大伍貿易には約八、〇〇〇万円の負債があり、倒産寸前の状況でしたが、被告人としては、父の代からの事業を廃止したくないとの強い執念からその経営を引き継ぐことにしたのであります。

多額の負債を背負っての再出発で、銀行筋には全く信用はなく、自己所有の不動産を担保にして融資を受け、あるいは、身内からの資金援助で苦境を切り抜け、ファッション業界に周期的に襲ってくる好不好の波にもまれながら、いわゆる自転車操業さながらの経営を続け、時には、銀行筋への信用を取り戻すため、粉飾決算を余儀なくされる実情にありました。幸い、昭和四三年ころには、売上も好調になりましたが、このころからファッション業界に後進国の台湾、韓国が進出するようになり、その対策として、韓国に合弁会社大信貿易株式会社を設立し、同会社で製造する人造真珠を輸入の上、海外に輸出することにしました。右合弁事業は、四、五年の間は好調でしたが、輸出、国内販売ともファッションがストップしたような最悪の時期が再来し、右大信貿易株式会社の運転資金に窮し、自らの個人信用で大阪第一信用金庫から被告人個人の名義で借入れた資金を投入しましたが、昭和五三年には、同会社の事業を廃止することになり、右信用金庫からの借入金約七、七〇〇万円は、被告人個人の債務として返済せざるを得なくなりました。一方、大伍貿易の年間売上高は、昭和四六年に約一八億円に上昇したかと思うと翌年には約一三億円に、同五一年の約二二億円の売上げが同五三年には約一七億円に減少するなど好不況の波にもまれ、年間十数億円に低迷していましたが、昭和五七年ごろから上昇し、同五八年には約三三億円に、同六〇年には約四三億円の売上げを計上するに至りました。(以上の点については、更に控訴審で立証する。)

被告人が架空仕入を計上するなどして脱税を企図したのは、昭和五七年度の申告時からで、好況期に不況期に備えて資産を貯蓄したいと考えたからであります。

原判決は、被告人のこのような犯行の動機について「不況期に対する備えの問題は、何も被告会社に固有のことではないから、これをもって格別酌むべき事情とはなしえない」と判示していますが、前記のとおり、長年にわたって私財を提供し、身内から資金の提供を得るなどして、苦難の途を歩んできた被告人にとって、不況時に備え資産を蓄積しておきたいとの念願は、極めて切実なものであったと思われ、不況期の襲来がファション業界の常であって、経営面での努力だけでは避けられないものであるだけに、尚更その感を深くするものがあります。原判決の本件犯行の動機についての判示は、一般論としてはそのとおりでありましょうが、本件犯行の動機の背景となっている今日までの会社育成のために尽くしてきた被告人の物心両面にわたる努力や企業が経済的に危機に頻した際には、個人財産を提供してでも切り抜けなければならない個人企業の経営者の心情に対して温かい理解を示し、本件犯行の動機を検討賜りたいのであります。

なお、被告人が脱税を企図した昭和五七年度決算期から、大伍貿易の顧問税理士であった松尾二郎が病床に伏し、その後の各年度とも、同社の決算、確定申告に直接関与しなかったことも、原因の一端となったのではないかと思われます。もし、顧問税理士の指導のもとに決算し、確定申告していたならば、被告人の意のままに本件のような大規模な過少申告はありえなかったと思われ、被告人の責任を顧問税理士に転嫁するものではありませんが、被告人にとってまことに不運であったと悔やまれてならないのであります。

三、簿外資産の管理運用と被告人の生活態度等について

被告人は、架空仕入の計上等によって得た簿外資金を自ら管理し、大伍貿易の簿外預金、簿外経費、ゴルフ会員権の購入、役員に対する簿外賞与、他人に対する貸付金、芝野進に対する配分、有価証券の購入に充当したほか、一部は被告人の個人預金に混入されています。

簿外経費の使用状況は、修正損益計算書により明らかでありますが、その主なものは、従業員に対する簿外賞与三事業年度で合計二、九四二万円と簿外接待交際費であります。接待交際費は、大伍貿易の営業遂行上、バイヤーその他得意先に対し必要不可欠であるところから多額にのぼることもありうるのですが、被告人らの供述をもとにして税務当局が認定した金額は、さほど多くはなく、昭和五九年度一、〇三〇万円、同六〇年度一、一八〇万円、同六一年度一、一三〇万円であります。被告人が簿外資金を乱脈に使用することなく、けじめのある管理運用に当たっていたことを示すものといえましょう。

ゴルフ会員権の購入は、三事業年度中に、六口、取得価格合計四、三七〇万円のほか、昭和五七年度、一口、取得価格四五〇万円、同六二年度、一口、取得価格一、二〇〇万円、計八口、取得価格六、〇二〇万円であります。購入名義人は、被告人のほか長男純直、次男悦三、甥哲也と従業員の上野武義であります。被告人は、これらのゴルフ会員権の購入について、会社の接待用として、またレクレーション用として利用できる上、会員権は投資にもなるので、大伍貿易の簿外資産として取得したもので、購入名義人に贈与したものではない旨収税官吏に対する質問てん末書に述べています。また、名義人も被告人から贈与を受けたとの認識がなく、必要があれば返還するようにいわれていたとも述べています。(この点更に控訴審で立証する。)ゴルフ会員権は、当時値上りが期待され、いわゆる財テクの好個の対象物件とされており、簿外資金で購入する以上、法人名義で取得しえないため、自己もしくは親族らの名義にて購入したものであります。なお、税務当局も以上のような会員権の取得経緯にかんがみ、大伍貿易の簿外資産と認定し、同会社では、本件査察終了後同会社の資産として受け入れていますが、右会員権は、取得後大幅に値上がりし、会社の資産面に寄与しているのであります。また、役員への簿外賞与の支給は、被告人の収税官吏に対する質問てん末書によれば、三事業年度で合計一、六九〇万円で、いずれも被告人以外の役員に対するものであります。

次の他人に対する貸付金、有価証券の購入、被告人への個人預金への混入については、昭和六三年九月六日付け収税官吏に対する質問てん末書「芝野 修の個人収支」と題する一覧表によりほぼ明らかであり、同一覧表に示されている「可処分所得額を越える財産増加額」欄計上の金額は、被告人が大伍貿易の簿外資金を取り込んだ金額で大伍貿易へ返済を要する額(大伍貿易の経理面では、被告人に対する貸付金として処理している。)となっていますが、その中身は、昭和五九年度と同六〇年度にあっては、他人に対する貸付金が多く、一部は、被告人の個人預金に混入されており、同六一年度と同六二年度にあっては、右のほか有価証券の購入に充てられております。なお、右有価証券は、当時株式ブームであったというところから簿外資金の運用のため購入したものであるが、本件査察終了後逐次売却して大伍貿易へ返済しています。

被告人一家の生活資金は、右一覧表で明らかなように、昭和六一年度は、僅かながら個人支出が個人収入を上廻っていますが、他の年度は、個人収入の範囲内にとどまっており、被告人が管理していた簿外資金が被告人一家の生活のため濫費されていないことを示しています。被告人一家の生活が極めてつつましやかで、被告人自身の私的交際面での消費も健全であったことを物語っており、この種の事犯にあり勝ちな簿外資金をもとに奢侈な生活をしたり、高価な家具、調度品等を購入するといった放らつな生活状況はみられないのであります。

また、従業員や役員に対する賞与の支給も、これらの者の平素の労に報いるためのものであり、貸付金は、大半が親族や知人を助けるため貸与したもので、被告人の人情味のある人柄こそ偲ばれ、被告人が簿外資金を浪費したり、積極的に隠匿して私財の蓄積を図ろうとした形跡は見当たらないのであります。却って義侠心にかられ、知人等に多額の資金を融通したため、原審公判に情状証人として証言した辻田 薫に対する約七、〇〇〇万円を始めとして一億円余の貸付金が回収不能となり、被告人の大伍貿易に対する返済に大きな支障となっているのであります。

原判決は、前記のような簿外資金の運用管理或いはその使途に関し、そのうち、ゴルフ会員権の購入と芝野進に対する配分については、個人的な用途にも充当したものと判示し、本件犯行の動機に私欲的な要素があったことは否定できないとしています。しかし、ゴルフ会員権は、前記のとおり簿外資金の管理運用の一方途として購入したもので、被告人らの個人的な利益を得る目的で取得したものとはいえないから、原判決の認定には疑問をもたざるを得ないのであります。

また、芝野進に対する配分は、同人の収税官吏に対する質問てん末書によれば、約一億五、〇〇〇万円に及んでおり、本来大伍貿易に帰属する簿外資金を自ら管理運用することなく、芝野進に委ねたことに問題なしとしないものがありますし、被告人の収税官吏にたいする質問てん末書には、芝野進に自由に使えるお金として渡したとの趣旨の記載がみられるのでありますが、右記載は、被告人の真意によるものとはみられず、被告人としては、大伍貿易の実質的な株主が、被告人と芝野進の両名で、各二分の一の持分となっているところから、簿外資金をすべて自己が管理するよりは、理財にたけた同人に配分し、その管理運用に委ねるのが得策であると考えたからであって、このことは、芝野進の収税官吏の質問てん末書の「社長(被告人)から受け取った金額については、今後とも会社が不況となり、資金繰りが苦しくなった際には、この社長から受け取ったお金を会社の方へ廻そうとしていたので、無駄づかいをせず、債権や株式投資に運用していた旨」の記載からも、うかがわれ、芝野、進の個人的な用途に充てるために贈与したというような見解のもとに、本件犯行の動機に私欲的な要素があったとする原判決の認定は、必ずしも当をえたものといえないのではないかと思料します。

四、被告人の改悛の情について

被告人は、本件査察を受けて以来、その犯した罪の深さと重さを痛感し、税務当局の調査に積極的に協力し、検察官の捜査や原審公判延においても、本件犯行を全面的に認め、改悛の情を示してきました。また、大伍貿易は、被告人の物心両面にわたる尽力とその経営手腕によって築きあげられたものであるだけに、被告人が全ての面で采配を振うワンマン経営に終始してきました。このことが大伍貿易の発展の原動力であったと評価しうる反面、会社の組織や管理運営面での脆弱性を生みだし、本件のような不正行為を被告人が多くの抵抗感をもたないまま行うことになったのではないかといわざるをえません。被告人は、このことを深く反省し、本件により査察を受けたのを契機として、会社の建て直しを図るため、実弟芝野進に社長の地位を譲り、代表権のない会長に退くことによって、その出所進退を明らかにし、社内の空気の一新を図りました。また、大伍貿易としても、コンピューターを導入して経理処理の近代化を図るとともに、新たに顧問税理士を委嘱して、不正経理の絶滅を期し、企業としての社会的責任を果たしうる体質の確立に努めました。なお、本件犯行の一部に加担している芝野進に代表者の地位を譲っても、実質的な意味がないのではないかとも思われますが、大伍貿易のような規模の同族会社にあっては、いまだ後継者が育っていないための万止むをえない措置であることに理解をいただきたいのであります。

被告人にとって原審公判以来最も気掛かりになっていたのは、前記大伍貿易が被告人及び芝野進に対する貸付金として処理している金員の大伍貿易への返済であります。大伍貿易は、本件査察の終了とともに、起訴された三事業年度は勿論、昭和五八年度分についても修正申告し、本税、重加算税、延滞税を完納し、地方税についても全て納付ずみであります。しかし、右納税のため会社は銀行からの多額の借入れを余儀なくされました。被告人及び芝野進としては、自己らに対する貸付金として処理されている金員を会社に返済しなければならなかったのでありますが、被告人は、原審判決後、現金一億円と自己所有の土地、家屋を適正な評価額により大伍貿易に売却譲渡し、右売却代金をもって全額返済を了しました。自業自得とはいえ、右返済により被告人の個人財産は殆ど皆無となりました。また、芝野進が大伍貿易へ返済すべき金員は、自己が売上除外などで得た簿外資金と被告人から配分を受けた金員であり、原審の結審までに一億円余返済していましたが、その後全額返済しています。(控訴審で立証する。)

なお、原判決に対し、大伍貿易も被告人控訴の申立をしましたが、これは、罰金一億円の裁判に不服があったからではありません。大伍貿易が右罰金を完納するには、新たな銀行借入れを要するので、被告人としては、自己が会社に返済する金員をもって罰金を納付したいとの考えから、自己の会社への返済の目途がつくまで、裁判の確定を遅らせて欲しいとの気持ちから、控訴の申立がなされたのであります、右返済の目途がついた段階で控訴の取り下げをし、既に、右罰金は被告人が大伍貿易に返済した前記一億円をもって納付ずみであります。(控訴審で立証する。)

五、被告人の長年にわたる業績と今後も業界等にとって被告人が有用不可欠の人材であることについて

原判決は、被告人に有利な情状として「被告人が長年にわたって被告会社及びその所属する業界の発展に寄与貢献してきたこと」を挙げてはいますが、それに対する十分な配慮がなされているかは疑問とせざるを得ません。そもそも、大伍貿易の所属する日本人造真珠硝子細貨輸出組合は、組合員の輸出振興を目的として設立されたものでありますが、代々の役員は名誉職的な色彩が強く、積極的に組合の発展を企図して活動することはありませんでした。しかしながら、被告人は、昭和五〇年頃からこのような停滞気味の組合のままであれば意味がないと考え、自ら理事として真に輸出振興を目的とした諸活動を展開することを提言し、東西ヨーロッパを始めとする世界各国の販路調査を実施しました。右市場調査は人造真珠・硝子細貨の輸出業界全体に大きな恩恵をもたらし、被告人の手腕は高く評価されることとなりました。そのため、組合の内外から被告人を理事長へ推す声が強まり、被告人もこれに応えて、従来のような単なる名誉職ならばお断りである、理事長になるからには組合・業界のために自分の考えつくいろいろな活動に積極的に取組みたいと抱負を述べて、昭和五八年、理事長に就任しました。理事長就任後も、昭和五九年ミュンヘン市の「インホルゲンタ」(時計宝石貴金属見本市)に、昭和六〇年フランクフルト市の「フランクフルトメッセ」(国際消費財見本市)にそれぞれ組合として出展し、これを契機に多数の組合員が商談を成立させることに成功しました。このような行動力にあふれた親分肌に富む被告人の性格は多くの人々に慕われ、尊敬されてきました。この度の起訴に接し、多数の人々が時をおかずして嘆願書を作成し、原審裁判所に被告人の寛大な処置を嘆願した背景には、右のような被告人の功績及び人柄があることを十二分に理解いただきたいと思います。被告人としては、周囲の人々に迷惑をかけてはならぬという気持ちから、原審においては、四通の嘆願書の作成を依頼したにとどまったのですが、この度の実刑判決により、被告人はもちろん被告人を知るすべての人々が驚き、更に多くの嘆願書が作成され、被告人のもとへ寄せられました。(この点控訴審で立証する。)検察官は論告において「被告人が業界における指導者であればこそ、率先して納税義務を果たすべきであり、その観点からしても被告人は厳しくその責任を追求されなければならない」と主張されますが、確かに一面の真理とはいえ、逆に、長年にわたる多大な功績を讃えられる者は、それゆえに寛大な処置を受ける資格を有しているといってもよいのでありまして、そうであってこそ、指導者として被告人を慕い、称賛してきた人々の心情にも沿うというべきでしょう。

次に、被告人は、これまでの業績にとどまらず、現在も会社において、業界において、更には広く海外との事業の関係において有用不可欠な人材であります。

被告人は、本件により査察を受けたのち、前記組合の理事長を辞任しましたが、その後、同組合は、財政難に陥り、前記「フランクフルトメッセ」への出展も危ぶまれる等多事多難な時期に遭遇し、被告人は固辞していますが、組合内部から被告人に再度役員に復帰し、業界のために尽くして欲しいとの声が高まっております。また、大伍貿易としても、バイヤー等の交渉は、もっぱら被告人が当たっていたため、被告人が社長退陣後も、その衝に当たらなければ円滑な海外取引が期待できない実情にあります。もとより、被告人としては、再度会社の代表者として復帰する意図は持っていませんが、従前の会社の業績を維持するためにも、被告人が側面から応援せざるを得ない現状にあります。

特に指摘しておきたのは、被告人が我国と海外との重要な橋渡をしているという点であります。この点につきましては、被告人が昭和四五年当時から、業界の先陣を切って韓国に日韓合弁会社「大信貿易株式会社」を設立したことは原審において立証済であります。これに加えて、大伍貿易は香港の豪華貿易公司とは三二年間にわたる取引と信頼関係があり、同公司が昭和六三年中国大陸に工場を設立したときには、全面的な技術援助をし、また、同工場の重要な取引先となっております。同公司の盧社長は、被告人の人柄を誉め称えると共に、被告人が実刑に服したときの日、香、中間の共同事業に対して深い憂慮を抱いております。

更に、深刻なのは、まさに現在進行中である日本、台湾、タイ三国の共同事業に与える影響であります。台湾の装身具雑貨の貿易商社「ケリーインターナショナル」の経営者劉明堂は、被告人と二〇年来の親交ある友人でありますが、本件による査察を受ける直前ごろ、同氏との間に、タイに於て日本、台湾、タイの合弁会社を設立し、装身具雑貨の生産事業の計画がなされました。この計画は、タイからは土地工場等の施設及び労働力を供給し、大伍貿易からは生産に必要な機械、スタッフを含む技術全般を提供し、台湾のケリーインターナショナルが経営するというものでありますが、右機械の工場内への設置、技術全般の提供は、被告人の長年にわたる知識経験を抜きにしては、その実現が不可能なのであります。

右事業計画は、その後タイ国に於て工場用地を取得した上、タイ国政府に合弁会社設立の許可申請をし、平成二年三月一九日同国政府からその許可をえて実現の見透しがついたのであります。右許可によれば、現地で二〇〇人以上の労働者を雇用し、許可後三〇ケ月以内に生産稼働することが条件とされています。これは、右合弁事業がタイ国にもたらす利益が大きく、タイ国においてもこれに寄せる期待が高いことを示しています。タイ国政府としても、右合弁事業に強い関心を示し、できるだけ早く稼働するよう要請しております。ところが、被告人が実刑に服することになれば、被告人でなければ為しえない技術提供、技術指導が不可能となり、右合弁事業が頓挫を来し、場合によっては三〇ケ月内稼働という条件を満たすことができず、許可を取り消される虞れもでてまいります。そのような事態になれば、一事業の破綻にとどまらず、日本の国際信用を著しく損い、今後の日本の海外進出に対して大きな障害となることは明らかであります。被告人の存在がいかに有用不可欠のものであるか、これまでの業績に照らしても十分な理解をいただきたいのであります。(以上の点控訴審で立証する。)

六、まとめ、

本件のほ脱額は、三期合計四億一、〇〇〇万円余りで、ほ脱税率も平均して八九・九パーセントと高率でありますが、詳述したように、その犯情は、原判決が指摘するほど悪質といえないし、被告人が本件犯行を犯すに至った動機、原因についても、被告人に私欲的な要素があったとはいえないばかりか、動機の背景となった諸事情や簿外資金の管理運用、被告人の生活態度等を併せ考えるとき、全く酌量の余地なしとするには忍びないものがあると思われます。

加えて、被告人の本件犯行に対する深い反省、被告人の長年にわたる業界等に対する顕著な功績、貢献、更には、大伍貿易及び同業者らに被告人が有用不可欠な人材で今後とも業界等のため尽力を求める声が強いことなどの諸事情を勘案するならば、本件のほ脱税額が多額であること、ほ脱税率が極めて高いことを重視して、被告人を懲役一年六月の実刑に処した原判決の量刑は、余りにも重きに失するといわなければなりません。

また、原判決の刑の量定は、次の同種事件の裁判例と比較しても、執行猶予を付さなかった点において均衡を失するものと思料します。

(一)昭和五七年九月一〇日奈良地裁宣告(一審確定)

法人税法違反

被告会社 草竹コンクリート工業株式会社 罰金一億四、〇〇〇万円

被告人 代表取締役草竹杉晃 懲役三年四年間執行猶予

(二)昭和六一年七月三一日大阪高裁宣告(破棄自判確定)

法人税法違反、背任、業務上横領等

被告人 医療法人綿秀会前理事長藪本秀雄 懲役二年五年間執行猶予

(三)昭和六三年九月一一日大阪高裁宣告(破棄自判確定)

所得税法違反

被告人 大田康博こと朴永鐘 懲役一年二月三年間執行猶予罰金一億円

右各事件のほ脱税額は、(一)が三期合計八億一、六二七万余、(二)が三期合計六億五、〇〇〇万円(三)が三期合計三億八、一八二万円余であります。(三)は本件ほ脱税額を若干下廻っているが、ほ脱率は、平均九九・八パーセントと極めて高く、他の二件は、本件のほ脱税額の一・五倍乃至二倍となっています。

また、その他の情状面でも、本件比し、特に酌量すべき情状があるとはいえない案件であるのに、いずれも刑の執行猶予が付されています。

原判決がいうように、大口脱税犯に対する最近の納税者一般に厳しい処罰感情があることを否定するものではありませんが、申告納税制度のもとでの我が国の納税の現状は、すべての納税義務者が正しく申告し、納税義務を果たしているといえるでせうか、多額の脱税者が多数伏在しているといわれている上、脱税犯で処罰されるのは極めて少数である現状のもとで、一罰百戒の効果を期待し、厳罰に処するを相当とする事案の選択にはよほど慎重でなければならないと思料します。

本件被告人のように、犯行の手口もさほど巧妙悪質ではなく、改悛の情顕著で再犯の虞も全くない上、業界にとって、特に海外との合弁事業を遂行する上において、有用不可欠の人材を、ほ脱税額やほ脱率の面のみを重視して実刑に処することは広く社会公共にとっても損失であると思われます。刑の執行を猶予し、被告人に再起の機会を与え、業界のため広く社会公共のため貢献させることが刑事政策にかなう所以ではないかと思料します。

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