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大阪高等裁判所 平成11年(ネ)530号 判決 1999年9月01日

控訴人 A野太郎

<他1名>

右両名訴訟代理人弁護士 渡辺和恵

同 横山精一

被控訴人 三井海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 井口武雄

右訴訟代理人弁護士 渡辺徹

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人ら各自に対し、それぞれ一五一万三五〇〇円及びこれに対する平成一〇年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

主文と同旨

第二事案の概要

一  事案の概要(事案の骨子、前提となる事実、争点及び当事者双方の主張)は、次に訂正、補足するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  原判決八頁九行目の「本件溺水事故は、急激かつ偶然な外来の事故といえるか。」を「本件溺水事故は、急激かつ偶然な外来の事故によるものといえるか。」と改める。

三  控訴人らの補充主張

1  本件保険契約における免責事項は、普通保険約款の中に規定された画一的適用のために被控訴人が作成した定型的な特約条項である。そして、右約款は、膨大な条項が専門的な用語により規定され、素人には理解が困難であり、かつ、契約時にほとんどその説明がなされていない。

このような状況及び免責事項が保険会社の支払いを免責するものであることから、右免責事項についての解釈は、次のような一般原則を基に厳格に行わなければならない。

(一) 客観的・統一的解釈の原則

不特定多数の顧客と提携契約処理を通じて公平性を確保するとの趣旨である。

(二) 合理的・目的論的解釈の原則

商法の指導理念に照らし、常に当事者間の利益調和を指針とする。

(三) 免責約款における制限的解釈の原則

保険者の利益確保の観点から定められた免責条項についての類推・拡張解釈は原則として行ってはならない。

(四) 作者不利の原則

約款に不明瞭で疑わしい字句があるときは、作者である保険会社に不利に解釈をしなければならない。

(五) 保険加入者保護の原則

保険契約当事者の資力・知識・経験の格差を重視し、保険加入者の保護をはかる方向で、約款が解釈されなければならない。

以上のような限定的な解釈をもとにすると、免責の対象となる「死亡」は、脳疾患、疾病等を直接の原因として死亡が生じた場合に限定すべきである。

2  本件溺水事故は、免責事項に該当しない。

本件溺水事故による亡一郎の死亡は、癲癇発作を直接の原因として発生したものではない。

亡一郎は、本件溺水事故当日も二回発作を起こしているが、死亡することはなかったのであり、そもそも癲癇発作により気を失うことはあるものの、発作を直接の原因として死亡することはなく、癲癇発作は免責条項が予定する疾病には該当しない。

死亡の危険があるのは、入浴時などに発作を起こして意識を失い溺水することによるのであり、それゆえ、控訴人らは医師から注意するようにとの指導を受け、これに従ってきたのである。本件溺水事故は、病院自らその指導に反し、担当看護婦が亡一郎の入浴中に亡一郎を風呂場に一人で放置したことにあり、亡一郎の死亡の直接の原因は看護婦の過失にあることは明らかである。

原判決は、本件溺水事故の原因を①疾病による癲癇発作と、②看護婦の過失の二つであり、①が強く亡一郎の死亡に寄与したと認定するが、万全の看護体制がとられていれば死亡には至らなかったのであるから、②の過失が亡一郎死亡の決定的要因である。

3  免責事項に該当することの立証責任は被控訴人にあるが、被控訴人はその立証を行っていない。

四  被控訴人の補充主張

1  亡一郎の死亡は、病院の医療過誤をも原因として生じたものである。

医師の医療行為は、人の身体に対して多かれ少なかれ、損傷を生じさせる危険のある行為であり、そのため診療行為は原則として患者もしくは家族の同意、承諾のもとに行われるのであり、この点から、医療行為に基づく場合には保険事故の要件である急激性・偶然性の要件を欠く。

亡一郎の入浴は危険を伴うものであるところ、亡一郎又は控訴人らは、このような危険な行為(入浴)を病院が行うことを同意、承諾していたのであり、本件溺水事故はその同意された行為が原因で生じたものであるから突発的に生じたものとはいえない。したがって、急激性・偶然性の要件を欠く。

また、原判決は、「亡一郎は、当時一三歳であり、十分な判断能力を有していなかったのであるから、看護婦の過失を予知することは事実上不可能であった。」旨判示するが、亡一郎は、平成九年になってから一日に複数回の発作を起こすようになっており、このことは亡一郎も認識していたのであり、亡一郎は、当時一三歳であったから、看護婦が浴室にいるかいないかという事実認識に欠けるところはない。したがって、亡一郎は看護婦の過失を認識していたのであり、右原判決のいう看護婦の過失を予知していなかったとはいえない。

2  外来性の要件により、内因性の典型である疾病を原則として保険保護の対象から除外したうえで、さらにこれによって除外しきれなかった「疾病」を免責事項(保険約款2条①項(5)号)において除外しているのである。

他方、同約款2条①項(6)号は、医療処置を原因とする事故も保険保護の対象から除外している。そして、同号但書に「ただし、当会社が保険金を支払うべき傷害を治療する場合にはこの限りではありません。」と規定していること、同(5)号において疾病原因とする事故は保険保護の対象から除外されていることからすれば、第一原因に傷害がある限り、その治療によって生じた結果も担保するが、第一原因が疾病である限り、医療過誤の結果についても免責されると解すべきである。

本件においては、亡一郎に疾病があったからこそ、看護婦の監視義務が生じ、その不履行による過失、すなわち医療過誤によるのであるから、亡一郎の疾病が第一原因であることは明らかであり、免責事項に該当する。

3  なお、傷害保険契約は、保護範囲を特定したうえでその保護範囲内の危険しか負担しないが、負担すべきものとされる以上は、定額の保険金を支払うという契約であり、不法行為において論じられる寄与度などの概念による相対的、割合的に決するということになじまない。

第三争点に対する判断

一1  前記認定の「前提となる事実」によれば、①亡一郎(本件事故当時、中学二年生)は生来、糖原病Ⅰb型に罹患していたが、平成四年ころ右疾病による脳障害が発生し、以来たびたび癲癇発作を起こしては、意識消失してその場に倒れることがあり、医師の指示で、亡一郎の入浴時には、常に母親(原告花子)が付き添っていた。②平成九年四月に入ると癲癇発作が頻繁に起きるようになり、その検査と治療のため、亡一郎は、同月三〇日本件病院に入院した。③同年五月一〇日も、朝から二度癲癇発作を起こしていたが、病院側の指示で午前中に入浴することになり、同日午前一〇時一五分ころ浴室に入ったが、入浴中亡一郎に付き添うべき看護婦が亡一郎を一人残して浴室から離れたところ、亡一郎が間もなく癲癇発作を起こして浴槽内で溺れ、これが原因で翌日死亡した、というのである。

2  右事実によると、亡一郎は、糖原病Ⅰb型に由来する癲癇発作により意識が消失してその場に倒れることがあり、本来溺水事故も亡一郎が入浴中癲癇発作を起こし浴槽内で溺れたものであるから、本件溺水事故が亡一郎の疾病に起因するものであることは否定できない。

しかし、癲癇発作はそれ自体、生命に別状のあるものではなく、そして、入浴中亡一郎が癲癇発作により溺死事故が生じる危険を回避するために付き添っていた当該看護婦が亡一郎を一人残して浴室から離れた際に、発作が生じたという因果の流れからすると、看護婦が亡一郎を残して浴室を離れたことが本件溺死事故の直接の原因であるというべきである。

二  争点一について

右一のとおり、本件溺水事故は、亡一郎の入浴中、看護婦が亡一郎を一人残して浴室から離れたために生じたもので、この看護婦の行動と本件溺水事故との間の時間的近接性や、このような看護婦の行動は、病院側はもとより亡一郎の両親にとって全く予想外の出来事であったことなどを考えると、右看護婦の行動は急激かつ偶然な外来の事故(出来事)に当たり、本件溺水事故は、急激かつ偶然な外来の事故によるものと認めるのが相当である。

三  争点二について

亡一郎は、糖原病Ⅰb型に由来する癲癇発作を頻繁に起こしていたものの癲癇発作は意識が消失してその場に倒れるだけで、それ自体生命に別状のあるものではなく、よって、本件溺水事故の直接の原因は、癲癇発作それ自体にあるのではなく、亡一郎に付き添うべき看護婦が亡一郎を一人残して浴室から離れたことにあるとみるべきであることは、前述のとおりである。

そうすると、亡一郎の死亡は保険約款2条の(5)号にいう「脳疾患、疾病、心神喪失」によって生じたものといえず、また入浴は同約款同条同号(6)にいう「医療処置」に該当するものではないことも明らかである。

四  結語

よって、控訴人らの本訴請求はいずれも理由があるので、これと結論を異にする原判決を取り消し、控訴人らの本訴請求をいずれも認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡部崇明 裁判官 白井博文 鳥羽耕一)

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