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大阪家庭裁判所 昭和55年(家)2754号 審判 1980年12月09日

申立人 大原良子

主文

申立人の本件申立を却下する。

理由

一  申立人は、「申立人の氏「大原」を「中川」に変更することの許可を求める。」との審判を求め、申立の実情として、「申立人大原良子は、申立外中川正雄と昭和二五年九月以来内縁関係にあり、同人と同居して通称中川姓を名乗り社会生活を営んでいるが、中川正雄とその妻との離婚手続が円滑に進まないため、申立人の改姓手続が行えず、社会生活を営むうえで不便が多いため、本件申立に及んだ。」旨申述した。

二  当裁判所の申立人大原良子、申立外中川正雄及び同中川良一に対する各審問の結果並びにその他一件記録を総合すると、以下の事実が認められる。

(1)  申立人は、戦後間もない頃、同一の職場に勤務していた申立外中川正雄(大正五年八月一三日生)と親密な関係となり、昭和二五年九月頃からは同人と同居し、爾来、事実上の夫婦としての生活を続けている。

(2)  ところで、申立外中川正雄には、昭和一七年三月一九日に婚姻届を出した妻中川まき子(大正九年七月三一日生)と、同女との間の長女時子(昭和一七年一一月二五日生)及び長男良一(昭和二一年七月二四日生)の子がおり、現在、二名の子は、いずれも婚姻により除籍している。

(3)  申立人は、申立外中川正雄と上記内縁関係を結ぶ過程で、同人に妻と二名の子が居ることを承知しており、申立外中川正雄において、申立人との同居の前後、数回に亘り、妻中川まき子と離婚の協議をすすめたが、結局、同女の応諾を得られないまま今日に至つている。

(4)  申立人は、申立外中川正雄と同居後、通称として中川姓を名乗り、近隣の者からは正式の夫婦として理解されるに至つているが、選挙の際などに中川正雄と異なる姓を用いざるを得ず、恥かしい思いをするなど、生活上の不便から本申立に及んだ。

(5)  なお、申立人は本件申立を上記中川まき子に知らせておらず、当裁判所の同女に対する事情調査の方針に対しても、同女との間の無用の紛争惹起を懸念して反対の意向であるため、当裁判所も同女に対する調査を実施していない。

三  上記認定事実からすれば、本件は、いわゆる重婚的内縁関係にある内縁の妻から、永年使用を理由に、氏を内縁の夫の氏に変更する旨の申立であるところ、当裁判所は、以下の理由により本件申立は理由なきものと判断する。すなわち、現行法制下において、婚姻については重婚を禁じて(民法七三二条)、一夫一婦制度をその基本的法秩序と定める一方、夫婦の氏については、婚姻の効力として、同一の氏を称する(民法七五〇条)定めとなつている。してみれば、婚姻中の一方配偶者が、婚姻外の内縁関係を形成し、その内縁関係の相手方が通氏として一方配偶者の氏を使用継続したとしても、当該通氏を戸籍上の氏とするには、まずもつて、婚姻中の一方配偶者が他方配偶者との離婚手続を踏み、然る後に、内縁関係の相手方と正規の婚姻をなすことによつて同一の氏を称するのが法の予定する本筋というべきである。もし、かかる方法によらずして、単に、永年使用を理由に、内縁の相手方の氏を婚姻中の一方配偶者の氏に変更することを承認するとなれば、一夫一婦制度のもとで守られるべき他方配偶者の氏についての法的利益(すなわち、婚姻関係継続中は、婚姻外の第三者に、外形上婚姻を推定させる同一姓を名乗らせないとの法的利益)を侵害するばかりか、外形上、二個の婚姻関係を作出させることとなり、一夫一婦制の婚姻法秩序を崩壊させる危険なしとしない。

もとより、氏の制度は、個人の同一性を識別する社会的機能を営むものであるから、呼称秩序の不変性確保の要請がある一方、通氏として永年使用した場合、これを戸籍法一〇七条一項の「やむを得ない事由」として氏の変更の正当理由とすべきではあるが、本件の如き、内縁的重婚関係の相手方からの通氏を理由とする氏の変更の申立にあつては、叙上の理由からして、永年使用に加えて、婚姻中の他方配偶者の承諾あるいは重婚的内縁関係の解消など特段の事情のある場合は格別、かかる事情が認められない限り、原則としてはこれを容認すべきではないというべきである。

ところで、本件において申立人は三〇年の永年にわたり「中川」姓を通氏として使用してきた事実は認められるが、申立外中川正雄との重婚的内縁関係は現に継続中で、婚姻中の他方配偶者である中川まき子の改氏についての承諾も得られておらず、結局、上記改氏を認むべき特段の事情はこれを認めるに足りないという他はない。

四  以上の次第であるから、本件申立は、戸籍法一〇七条一項の「やむを得ない事由」に該当しないので、理由なしとしてこれを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 佐藤武彦)

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