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大阪家庭裁判所 昭和49年(少)1800号 決定 1974年10月16日

少年 I・K(昭三五・七・一四生)

主文

少年を初等少年院に送致する。

理由

1  非行事実

少年は、非嫡出子であり、堺市立○○中学校二年生として在籍しているが、年齢に応じた人格の発達ができておらず、未熟な依存性の高い長期欠席生徒である。

少年は、祖母や母親に甘やかされて育ち、堺市立○○小学校五年生の昭和四七年二月に一週間ぐらいの病気欠席のため勉強がおくれ、これがきつかけとなつて長期欠席しているうちに、友人から学校へ行かない悪い子だとおろそかにされていると思うようになり、その被害感から学校という社会から逃避してしまつた。そして少年は、昼間は家にいてテレビ、新聞や動物を飼つたりなどして時間を過し夕方から外出する、という生活を続け、母親は、児童相談所に相談したこともあり、転居して小学校を転校させたこともあつたが、少年の生活は相変らずであり、四か月あまりでもとの住居(現住居)へもどりもとの小学校へもどつた。それでも少年は、その生活態度は少しも変らず、他の人びとから無条件に自分に関心を向けてもらいたいとの未熟な依存性のために、少年を登校させようとする各学校側の努力も空しく、母親として適切な措置がとられないまま、昭和四八年三月同校を卒業し、同年四月上記中学校へ入学した。

それから少年は、入学当初一〇日ぐらい登校したのみで相変らず長期欠席のままであり、昼間は外出せずに家でテレビを見たり新開や通信講座を申込んで読んだりして、夕方母親の帰宅後に外出し自転車を乗り回したりしているうちに、同年一〇月ごろ近隣の人たちが家の前で少年や母親の悪口をいつているのを聞き、学校、社会に対する不信感や被害感に近隣社会に対する不信感や被害感が加わり、やがてこれが腹いせの気持に変つてきて、同月中旬から昭和四九年二月下旬までの間に同市○○町スーパー○○屋○○店ほか倉庫など数か所へ火をつけたり、同店ほか数か所へ「爆弾を仕掛けた」という趣旨の脅迫電話をかけた(これらの事実は警察において調査中で、まだ当裁判所に送致されていない)。

少年は、そのころ性についての関心も出てきて、昭和四九年二月に通信販売で大人のおもちやを買つたりなどしており、そのころは数少なくなつた友人も長期欠席生徒と遊ぶなとその親にいわれて遊んでくれなくなり、家の中でもあまり話をせず無口になり、自閉症ともいえるような状態になつてきた。

家庭において少年は、少年の出生前から電話交換手として官庁に勤務し、子の育成についての親の自覚よりも自分の寂しさをまぎらわせる相手として少年を甘やかして養育し、子に物を買い与えれば監護になると思つているような母親I・M子と、病気のため寝たままで少年とはその育成上では人間的にほとんど関係がなくなつている祖母I・E子と、それに少年と母親とのことについてほとんど没交渉になつている伯母I・N子と同居している。このような家庭内の状態において少年は、平日の昼間はひとりきりであり、夜間は母親と二人暮らしといえる生活状態である。

そして少年は、小学校のときに友人から父がいないといわれ、父のことを今でも気にしているのに、母親からは父は「I・J」という人で少年が幼稚園のときに別れた、と聞かされているだけで、それ以上何もいつてくれないこと、母親が最近になつてときおり外泊するのに、それについてなんの説明もしてくれないこと、近隣の人びとが少年の悪口をいつているのに母親がこれらの人びとになんの注意もしてくれなかつたことなどについて、母親に不満があつた。そのためもあつて少年は、昭和四八年一二月になり母親が自分の思うようにならないと、上記性格から小さなことでも自分を裏切つたと思い、そのいらだちから母親に暴力を振うようになつた。

少年は、以前からその未熟さのため、思いのままに爆破しているテレビ・ドラマの場面に心を引かれており、これらの非現実の世界と火薬や爆弾に興味をもつている自分の現実との区別がつかなかつたようであり、最近電車内やコインロッカーなどの爆弾騒ぎや爆破事件などのニュースやテレビ座談会などに異常な興味をもち、爆弾の製法を書いた新聞記事その他の出版物などを参考にして、火薬を使用して爆弾を造ることを考えるようになつていた。そして少年は、上記のように爆弾に関する脅迫電話ぐらいでは、社会は思つたほど驚かなかつたので、花火、3B爆弾や爆竹の火薬を集め、通信販売でタイマーなどを買い、○○百貨店その他で部品を買い(商店から盗んだものもある)爆弾を造る準備を始め、学校ならびに近隣社会に対する不安感、不全感、劣等感が外界に反映するようにさいぎ的、被害的感情が復しゆう心となつて、多数の人が集るところへ爆弾を仕掛ければ、社会を驚かし、近隣社会では自分の長期欠席への関心がうすれるだろうとの幼稚な動機もあつて、

第1  昭和四九年三月一〇日午後六時三〇分ごろ、大阪府堺市○○町×丁×××番地の○シ○ツ○ン○セ○タ○前自転車置場において、人の身体財産を害する目的で、サイダービンを爆体にし、この中へ煙火花火をほぐしてこれにセンピンとネジを混入して密封し、タイマー、乾電池、ヒーターなどで造つた起爆装置を仕組んだ爆発物を紙袋に入れて仕掛けて置去り、これを使用し、

第2  上記爆発物が爆発しなかつたのでもつと世間を驚かそうとして、同月一七日午後二時ごろ、大阪市○○区○○×丁目×番××号株式会社○○百貨店○○○店七階催場において、長さ約一六センチメートル、直径約二センチメートルの竹筒を爆体にし、底の方へ新聞紙を詰めその上へ火薬、くぎを混入し、その中へヒーターを入れ、その上部へ新聞、スポンジを固く充てんして密閉し、ヒーターをリード線で乾電池とタイマーに接続して起爆装置を仕組んだ爆発物を紙袋に入れて仕掛けて置去り、これを使用して爆発させ、

第3  上記第2の爆発により社会を驚かしたが、造つた火薬がまだ残つていたのでさらに社会を驚かそうとし、爆弾が爆発すれば人にけがをさせるかも知れないが、それもやむを得ないと思い、あえて同年四月五日午後四時ごろ、同市○○区○○町×丁目×番地の×株式会社○○百貨店○○店九階男子便所において、人の身体財産を害する目的で、長さ約一〇センチメートル、直径約二センチメートルのプラスチック円筒の懐中電灯の外わくに、ビニールパイプの中へ火薬を乾電池二個とヒーターは半田づけにして充てんして押込み、線を巻きつけて密閉し、懐中電灯のスイッチにつないで起爆装置を造り、このスイッチを押せば爆発を起すように仕組んだ爆発物を仕掛けて置去り、これを使用したが、同店の客に発見され同店保安係員から連絡を受けた○○警察巡査○野○徳(当時二六年)がこれを受取り、同日午後四時ごろ、同区○○××番地同警察署○○警察官派出所において、これを点検中に爆発せしめ、よつて同人に左手左全指挫滅創(治療約三か月を要する)および両耳音きよう外傷、左外傷性鼓膜穿孔(当分の間加療を要する)、同所にいた巡査部長○村○三○(当時五〇年)、巡査長○原○喜(当時三七年)、巡査○田○宏(当時二七年)、巡査○瀬○嗣(当時二六年)にそれぞれ両側感音性難聴(いずれも加療約一か月を要する)、巡査○堀○久(当時二五年)に両側感音難聴(加療約一か月を要する)と両角膜異物、両角膜ビラン(加療約一週間を要する)その他擦過傷による傷害を負わせた

ものである。

2  罰条

上記第1、2の事実は爆発物取締罰則一条に触れる行為であり、第3の事実は同罰則一条および刑法二〇四条に触れる行為である。

3  送致事実の触法行為の成否と送致事実と認定事実が相異する理由

(1)  本件送致事実のうち「少年は、人の身体財産を害する目的で、昭和四九年四月一四日午後四時一七分ごろ、大阪市○○区○○町×××番地国有鉄道○○駅構内地下客用男子便所において、スプレー缶を爆体にし、その中に煙火用花火をほぐした火薬をつめて密封のうえ、目覚時計、乾電池、ヒーターなどで起爆装置を仕組んだ爆発物を紙袋に入れて仕掛けて置去り、爆発物を使用した」というのがあり、これが爆発物取締罰則一条に触れる行為であるとしている。

ところが少年は、上記第3の非行によりそれまでに造つた火薬がなくなつたので、硫黄を爆発する別の火薬だと思つてスプレーの空缶に充てんしたのであつて、火薬を充てんしたのではない。そのため時限装置が働いて引火はしたが、煙が出ただけで爆発しなかつた。

最高裁判所大法廷の判例(昭和三一年六月二七判決、最高裁判所刑事判例集一〇巻六号九二一頁)によると、「爆発物取締罰則にいわゆる爆発物とは、理化学上の爆発現象を惹起するような不安定な平衝状態において、薬品その他の資料が結合させる物体であつて、その爆発作用そのものによつて公共の安全をみだし又は人の身体を害するに足る破壊力を有するものを指称すると解するを相当とする。ただしこの罰則は爆発物に関する特別法として一般法たる刑法に対比して、互に相似する犯罪行為を規定する場合にも著しく重い刑罰を定めている」そのほかに爆発物を発見した者および爆発物に関する犯罪を認知した者に対して告知義務を与え、この告知をしなかつた者を独立の犯罪として処罰するなど犯罪行為の範囲を拡大して規定している。その理由は「それは一に爆発物がその爆発作用そのものによつて前段説示する破壊力を有する顕著な危険物たることに着目したために外ならないからである。」「そしてここに「理化学上の爆発現象」というのは通常、あらゆる物体系の体積が物理的に急激迅速に増大する現象(物理的爆発)及び物質の分解又は化合が極めて急速に進行しかかる化学変化に伴つて一時に多量の反応熱及び多数のガス分子を発生して体積の急速な増大を来たす現象(化学的爆発)を指すのである。ということである。

ところで硫黄という物質は、燃えやすく、青い炎を出して燃えるものであり、燃えやすいために火薬花火、マッチなどを製造する原料となるものであつて(岩波書店、科学の辞典その他)、硫黄は、それ自体は爆発するものではなく、燃えればその体積が増大し、その燃焼により亜硫酸ガスを出すためにある程度の物理的、化学的爆発を起すことが考えられる。

本件のいわゆるスプレー爆弾は、少年の家で便所に置いていた防臭剤のはいつたスプレーの空缶であつて、直径約六センチメートル、長さ約二〇センチメートルのもので、容積の三分の二あまりが、タオルをちぎつた布切れや本の袋紙が充てんされており、その余の容積部分にヒーターを囲んで硫黄が充てんされている。この場合にヒーターの火が硫黄に移つて理化学上の爆発現象を起しても、せいぜいスプレーの栓が飛出したりまたは缶の継目が破れたりする程度のものであると考えられ、その爆発にあたつて多量の反応熱を生じたり、多数のガス分子を生成するためにスプレー缶の耐圧限界を越えてこれを破裂させ缶の破片が飛散するようなことは、一般的には考えることができず、この爆発作用そのものによる直接の破壊力、すなわち公共の安全を乱しまたは人の身体財産を害するに足る破壊力が認められず、これを顕著な危険物ということができないので、この罰則一条にいう爆発物に当らないと考える。

従つてこの事実は、爆発物取締罰則一条の刑罰法令に触れる行為ということはできない。ところで、このような行為が社会人心に恐怖を与える反社会的行為であることは当然であるが、これを取締る法律がないので、この行為をもつて刑罰法令に触れる行為ということはできない。

(2)  次に上記第3の非行後段の事実が殺人未遂等として送致されており、殺人未遂等としているのは、被害者○野に対する殺人未遂と○村外四名に対する傷害の趣旨であると解するので、殺人未遂の点について考えてみる。

少年は、第3の非行の点について、警察では「今までの爆弾づくりで爆発してもけが人が出ておらず、一度けが人が出るくらいのことをしてやれ、そうすれば世間が驚くだろう、と思つて面白半分に爆弾を仕掛けた」(昭和四九年一〇月五日の供述)と述べており、審判の席では「もし爆発したら人をけがさせるかも知れないことは知つていましたが、実験したかつたので思いきつてやりました」と述べている。これらのことと上記のとおり少年が造つた爆発物である点などを考えあわせると、第3の非行について、少年に殺人の未必の故意があつたと見ることはできず、傷害の故意があつたと見るのが相当である。従つて、傷害の刑罰法令に触れる行為と認定したのである。

4  処分理由ならびに処遇意見

本件は、○○百貨店その他の場所に爆弾が仕掛けられ、その一つの爆発により数名の警察官が重軽傷を負わされ、そのほかに脅迫電話がかけられ、脅迫文書が置かれたりした悪質な非行である。最近の電車内やコインロッカー爆破事件に続くものとして社会に不安と動揺を与えた悪質な非行でもある。

少年は、その各非行当時に刑事責任能力のない満一三歳であつた。

少年は、普通級の知能であり(そのうえ長期欠席生徒であつても、思考力の低下は見られない)、人格的に未熟なために自己と外界との分離も不充分で、どんなことでも自己中心に考え、周囲の人びとも自分と同じように考えたり感じたりするものと思いがちである。このことは、少年のひとりよがりの身勝手であり、周囲の人びとが自分のことを無条件に受入れてくれ、また認めてくれ、自分に関心を向けてくれることを期待するのであり、その反面、周囲の人びとからこの予想や期待どおりにしてもらえないときには、このような期待が大きいだけに、自分に対する自信が動揺し、不安感や不全感を起すことになり、周囲の人びとに対し裏切られたという気持になるから、不信感、被害感や敵対的な攻撃感情を引起す。このような状態は、少年が母一人子一人で育ち、二人の間にたがいに密着した依存関係がもたれ〔母と子のこのような状態は、通常の場合には父の存在によつて緩和され社会化の方向へ目を向けるように働きかけてくれ、その対象になつてくれて人格の発達を促してくれるが、少年の場合にはその父親(父親は、少年の出生前から妻子があり、母親と同せいの間に少年の出生があり、少年を認知していない)は、乳児のころから同居していない〕、甘やかされて育てられ、基本的な自我の分離や自立が不充分であつたため、正常な人格の発達を遂げることができていない。これが、少年の性格特性といえる。

少年の母親は、基本的に安定を欠き、親としての自覚に立つて少年の立場やその将来を考えるよりも、自分の寂しさを慰めたり親族や社会からの疎外感をまぎらわせる相手として少年を愛がん物のようにかわいがり甘やかし(少年が小学校入学までは、祖母も元気であり、母親と同じく少年を甘やかした)、欲しい物はなんでも買与え、「しかり」もせず、いわゆる「しつけ」もせず、次の監護段階へ踏出すことができず、少年を未熟なままにして、二人だけの狭い世界が作られ、双方が依存しあう安易な家庭となつてしまつた。(この家庭には、ほかに祖母と伯母が同居している。祖母は、少年が小学校入学後から病弱で病院の入院期間の方が長く、最近は寝たままであり、少年とはその育成の上で無関係の存在となつている。また一方母親の姉の伯母は、少年の出生前に離婚し事務員として会社に勤務しているが、少年と母親のことについてはほとんど入りこむ余地はなく、なんの介入もできないようになつている。)

そして少年は、少年を社会化の方向へ目を向けるような家庭における社会的訓練、社会親範や社会における自己の役割などの準備も教育も受けないまま学校社会という集団の場へ出されたのである。そのため少年は、普通の生徒のように他の友だちと競争しながら自分を認識することはできなかつた。そして少年は、小学校低学年の間は問題点が現われず、むしろ友人の間で人気があつたようであるが、小学校五年生の三学期から病気欠席がきつかけとなり、学校社会のきびしさからの逃避が始まり、学校コンプレックスから上記のとおり長期欠席生徒となつてしまい、中学生になつても、長期欠席が続いている。

少年が籍を置いた小学校、中学校は、いずれも長期欠席に対し登校させようと努力したが、上記のとおりの少年の性格ならびに母と子の主観的環境の中に育つている少年には、結果的には圧力として受取られ、かえつて少年の神経症的な心の動きを悪化してしまつたようである。

少年の母親は、少年の長期欠席に対し転居、転校などある程度の努力はしたが、いずれもその場かぎりの努力に終つており、長期欠席が自分の寂しさを慰めることになつたのであろうか、長期欠席の中に安住してしまつたと見ることができる。さらに母親は、少年が上記のように、自分の思うままになる自分の身体の一部のように思つている母親に対し小さなことで暴力を振うようになつても(少年のこの暴力は、心理的には、少年が母を通じて自我の主張を試みようとした、と見ることができる)、少年が少年なりに幾分でも発育しているのに対し、自分の立場からしか少年を考えることができなかつたばかりで少年の微妙な気持を理解することができず、その心の動きをはあくすることができないで、警察のパトロール・カーを呼んだり、精神病院へ連れにくるように頼んだりしたが、いずれからも反抗期だから母親が解決すべき事柄であるといわれてしまい、それが少年をさらにいらだたせる結果になつた。それから少年が第2の非行のとき非行現場へ「U・Y」という少年に無関係な者の名を使つて本件に関係のない他の爆破事件の犯人の釈放を要求する意味の脅迫文を置去つたが、母親はこの脅迫文の清書を強要されて清書させられている。母親は、それほど少年を恐れていたし、少年に支配されていたといえる。

少年は、中学生としてどうすべきか、他の友人と協調して学校に適応していかなければならないことは知的には知つていても、甘やかされわがままに育つているだけに、根気も忍耐力もなく少年の性格として不安と脅威をもたらしており、月数がたつにつれて学校社会や近隣社会に自分の上記期待がかなえられず、不安感、不全感、劣等感を高め、これらの社会の評価にすこぶる敏感になり、その緊張のあまり強い被害感を抱いてしまつて、攻撃感情が行動に現われたのである。また一方少年は、そのころ思春期に入り、少年なりの自我にめざめ自我の主張や自主、独立の気持が強まり、社会に対し自我を主張するようになつてきても、長期欠席という負目があり、その裏がえしとして社会への敵意となつて出てきたのであり、これに自己の存在を確認したいという衝動もともに動いたのである。そして母と二人の狭い世界にいる少年は、自分をどこへ向けていくかにつき明確な対象と目標がなく、また他の人と一対一で関係をもてない心の弱い、人の評価が非常に気になる少年として敵意を特定の人に向けることができず、放火、脅迫関係の行為にしろ、爆弾、爆破関係の行為にしろ不特定多数の人にこれを向けることになつたと見るのが相当である。そのうえ、以前から男性関係があるとのうわさがあり、親族をはじめ近隣社会に対する母親の疎外観、不信感、被害感(少年が小学校五年生のころから親戚の間にもめごとが起つている)も少年に反映している、と考えられる。

そこで処分について考える。

少年には多分に神経症的な状況がみられるが、少年鑑別所の診断では、現在のところ精神障害はないとのことである。それで少年の処遇については、心理療法に重きを置き、神経症的ともいえる状態を除去すること、すなわち徐々に少年の人格の発達を促し、未熟な依存性から切抜けさせて社会性を身につけさせていく処遇を考えなければならない。そのためには上記に詳しく説明したことから明らかなように、現在の母親では少年の心の動きを理解し、専門家の指導を受入れることは困難(母親の児童福祉司、鑑別所技官や家庭裁判所調査官などへの協力は、充分とはいえない)であるから、少年を母親から切離さなければ、このような処遇はできないと考えられる。従つて、少年の親権者と同居する権利を停止し、少年を施設に収容のうえ指導教育を施す必要があることになる。

そして少年を施設に収容したうえで、少年の年齢、上記の性格特性や育成の実状から考えると、少年の指導教育は、指導専門家との密接な対人接触を行ない、少年の手本になるような指導者が身近にいるのが効果的と考えられ、長期にわたる養護的ないし教護的処遇を行なう必要があるものと考える。

少年は、少年鑑別所に送致されてから非行の重大さに気づき、審判の席で再びこのような非行を行なわないことを誓つているが、その性格ならびに主観的環境からして、別の類型の非行に陥るおそれなしとしない。

そこで上記方法の処遇は、理論的には教護院で行なわれるべきものであるが、教護院の実状からして、また少年の矯正教育にはきびしい社会的生活訓練にまで至らなければ少年の健全な育成を期することができないので、教護院は適当でない。そこで初等少年院においてこれを行なうのが相当であると考える。

初等少年院においては、上記養護的ないし教護的指導教育の面を考慮に入れて、少年を処遇されたい。

よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条二項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 市原忠厚)

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