大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所堺支部 昭和42年(ワ)20号 判決 1968年8月08日

原告 西川義之

<ほか一名>

右訴訟代理人弁護士 藪下豊久

被告 増田泰典

右訴訟代理人弁護士 川見公直

<ほか二名>

右訴訟復代理人弁護士 古川彦二

主文

一  被告は、原告西川義之に対し、金二六万二二二円、原告西川順子に対し、金二〇万円ならびに右各金員に対する昭和四二年二月二〇日から完済に至るまで、年五分の金員を支払え。

二  原告両名のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、かりに執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  原告両名

被告は、原告西川義之に対し金三一万二二二円、原告西川順子に対し金二五万円ならびに右各金員に対する昭和四二年二月二〇日から完済に至るまで、年五分の金員を支払え。

訴訟費用被告の負担。

二  被告

請求棄却。

訴訟費用原告両名の負担。

第二請求原因

一  原告両名は夫婦で、藤井寺市岡所在「河南ストア」なるマーケット内で、呉服店を、被告は同マーケット内で化粧品店を営んでいる。

原告両名の長女の西川やよい(本件事故当時一年一ヶ月)は、昭和四一年四月三〇日午後零時過ぎ頃被告方に遊びに行き、同店舗内奥のカーテンで仕切られた部分の中で、被告方店員である吉田明美にあやされている際中、側にあった熱湯入り電気ポットのコードに足を引っかけて、電気ポットの熱湯を浴び、これがため、右大腿部、右腹部、右腕、右腋下に火傷を負い、移植手術を施行したが、瘢痕が大きく残り、足の屈伸も自由にできないようになった。

二  右事故は、前記吉田の過失によるものである。すなわち、吉田は、当時被告方店舗奥のカーテンで仕切られた部分で、椅子に腰かけて、やよいを膝に抱きながら、昼食をしていたが、その眼の前の机上には、熱湯入りの電気ポットがあり、しかもポットにはコードが抜かれずに付いていて、それが机の上から吉田の腰かけている椅子の横まで垂れ下がっていた。右状況下で、吉田は、膝にやよいを抱いたまま、食事をしながら、同女にもパンを食べさせたりしていた。かような場合には、幼児の面倒を見る者として、幼児が手足をばたつかせたり、思わぬいたずらをしたりすることが十分予想されるのであるから、身辺には、身体に危害を加えるような器物その他のものを置かないようにし、またそれらのものがあれば、これを遠ざけるなりして危険の発生を防止すべく適切な処置をとる義務がある。しかるに、吉田がコードの付いた前記電気ポットを遠ざけるなど、危険防止の適切な処置をとることなく、不注意にも、漫然そこに置いたままにしておいたため、やよいが突然足をばたつかせて、コードに足を引っかけ、そのため電気ポットが横倒しとなり、熱湯がやよいの足や胸にかかって、本件事故が発生した。

三  吉田は、被告の被用者であるところ、本件事故はその業務の執行中になされたものである。すなわち、本件事故は、同人の昼食中に、たまたま遊びに来たやよいを抱いて、あやしていた際中に惹起されたものであるが、昼食中といえども勤務時間中であることに変りはなく、かつまた買物中の来客の子供をあやしたりすることが被告方の業務に入ることに照らして、本件の如く、同じマーケット内に店舗を有して、時々被告方で買物をする原告もまた顧客であるというべきところ、その子供が被告方に遊びに来た際、これをあやすことも、被告の業務というを妨げない。ゆえに、被告は、吉田の使用者として、同人の不法行為により、原告両名の被った損害を賠償する義務がある。

四  原告両名の損害は、つぎのとおりである。

原告西川義之は、やよいの火傷治療のため、(1)昭和四一年四月三〇日から五月五日までの間藤井寺市の畠山医院にやよいを入院させ、その治療費金六、三六〇円を、(2)同年五月六日から同年六月一七日までの間大阪市の桜井医院に入院させた治療費金二万一、七五〇円を、(3)同年六月一八日から昭和四二年八月一九日までの間大阪市の大阪市立大学医学部付属病院に入院通院させた治療費金三万二、一一二円を出捐したから、以上合計金六万二二二円が治療費出捐による損害である。このほか、やよいの父親として、同女の傷害による精神的打撃を受けたが、その慰藉料として、金二五万円を相当とする。

原告西川順子についても、やよいの母親として、慰藉料として、原告西川義之同様金二五万円を相当とする。

よって、原告西川義之は、被告に対し、金三一万、二二二円、原告西川順子は、被告に対し、金二五万円および右各金員に対する昭和四二年二月二〇日(訴状送達の日の翌日)から完済に至るまで、民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する認否

一  請求原因一の事実中、やよいの負傷の部位程度は知らないが、その余の事実は認める。

二  請求原因二の事実中、吉田が被告方店舗奥のカーテンで仕切られている部分で、膝にやよいを抱きながら、昼食中、同女が足をばたつかせ、電気ポットのコードに足を引っかけてこれを倒し、そのため火傷を負ったことは認めるが、その余の事実は争う。本件事故は、やよいが突然足をばたつかせるという異常な行動によって、惹起したものであって、吉田の過失によるものではない。

三  請求原因三の見解を争う。本件事故は、被告の事業の執行中になされたものではない。やよいが被告方店舗に入って来たのは、来店した客の同伴した子供としてではない。当時被告方には吉田のほか、宮田和子および鎌谷幸子の二人の女店員がいたが、たまたま客足も絶えたところに、日頃同女達が可愛がっていたやよいが歩いて来て、手を差しのべた宮田に抱かれ、同女から鎌谷の手を経て、さらに昼食中の吉田の手に移されて、同女にあやされていた際、本件事故が発生したのであり、以上一連の行為は被告の事業の執行とは関係がなく、あくまでも吉田、宮田、鎌谷ら三名の個人的な行為にすぎない。

四  請求原因四の事実は争う。

第四抗弁

一  かりに、本件事故が吉田の過失によるものであり、かつまた被告の事業の執行につきなされたものであるとしても、被告は、事業の監督について相当の注意をしていたものであり、また相当の注意をしていたが、損害が発生したというべきであるから、被告に損害賠償義務はない。すなわち、被告は、日頃から吉田ら三名の女店員に対して、服務に関しては厳格に注意しており、マーケット内の他の店舗の子供を連れ込んで遊ばせることも禁じていた。また店内で湯を沸かすことも絶対に禁止しており、そのため店員の湯茶用として、携帯用魔法瓶を貸与し、宮田に自宅でこれに湯を入れて出勤させていたのであったが、何時の間にか、店員がこれを破損し、その後は被告の知らない間に、無断で電気ポットを購入使用していたのである。

二  かりに、被告に損害賠償責任があるとしても、原告両名にも、つぎの如き過失があるから、損害賠償額算定につき斟酌されるべきである。

(1)  原告両名は、本件事故当時やっとよちよち歩きできるようになったばかりのやよいを、監督者も付けずに放任して、市場内を自由に独り歩きさせていた。このようなことがなければ、やよいも被告方に入って来て、本件事故の発生を見ることもなかったのであり、この点に、原告両名にも親権者としてなすべき監護義務懈怠の過失がある。

(2)  原告両名は、やよいの火傷の治療のため、医院を転々と六、七軒も変え、当初外科医での治療を受けていたのに、小児科に変えて見たりした。そのためやよいの傷をこじらせて治療も長引き、その損害も拡大した。原告両名が当初から専門医での適切な治療を受けていれば、早期の治癒が期待し得たはずである。この点についても原告両名の過失がある。

第五抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて争う。

第六証拠関係≪省略≫

理由

請求原因一の事実については、当事者間に争いがない(ただし、やよいの負傷の部位程度は、原告西川義之本人尋問の結果により認定する。)。

本件事故が吉田明美の過失により発生したかどうかを判断する。

≪証拠省略≫を合わせ考えると、つぎの事実が認められる。

原告両名の営業する呉服店と被告の営業する化粧品店は、同じ河南ストアなるマーケット内の筋向い同志であり、原告西川順子も時には被告方に化粧品を買いに行ったりしていた。そして、原告らの長女やよいは当時生後一年一ヶ月で、やっとよちよち歩きができるようになったばかりで、日頃マーケット内を独り歩きしたり、被告方はじめ他の店舗内に出入して、可愛いがられていた。被告方店舗(店舗のみで、住居は別である。)には、通勤の女店員として、宮田和子、吉田明美、鎌谷幸子の三人がいたが、本件事故当時客足も絶え、正午過ぎでもあったので、三人がいつものように交替で昼食をとるべく、宮田と鎌谷が店頭におり、吉田が店舗の奥のカーテンで仕切った部分(ここに在庫商品を置いたり、店員が食事をとったりする。)に入った。なお被告方では、休憩時間、昼休み等の時間の定めはなく、正午になれば三人交替で適宜昼食をとる。カーテン内には、縦五〇センチメートル横一メートル位の矩形の台と椅子があり、台上には、熱湯入りの電気ポット(約一リットル入り)がコード付きのまま(電源のコンセントの方は抜いてある。)置いてあった。このポットは、吉田ら店員三名の共同購入したものであるが、被告が電気ポットの店内備付を許さず、当初被告購入の魔法瓶が備付けられていたが、店員がこれを破損したので、その後は、被告に無断でポットを買って使用していたものである。そして、吉田は、この台に向って、椅子に腰かけ、パンを食べ始めたが、ポットに熱湯の入っていることを十分承知していた。その時宮田が被告方店舗の前で独りで遊んでいたやよいの姿を見て、手を差し延べて抱き上げたが、来客があったので、店にいた鎌谷にやよいを預け、鎌谷からさらに吉田の手に移した。吉田は、前記の椅子に腰かけ、やよいを膝に抱いたが、ポットのコードが吉田のすぐ横に垂れ下っていた。吉田としては、一挙手で、これを遠ざけるなりすることができるのに、これには、とくに気を配ることなく、そのままの位置で、やよいにパンをやりながら、自分もパンを食べ、やよいを抱きなおし、またパンをやろうとしたところ、やよいが喜んでいきなり足をばたつかせ、その拍子にコードに足を引っかけてポットを引き倒し、熱湯がその右腕、右胸、右上肢にかかった。以上のとおり認められる。

以上の認定事実に照らせば、本件事故は吉田の過失に基くこと明らかである。幼児を抱き取り、一時にせよその保護を託された者としては、幼児が手足を急にばたつかせたりして、思わぬ挙動に出ることが十分予想されることに鑑み、幼児を抱いたまま食事をするような場合には、身辺に危険な器物その他のものを置かぬようにし、またそれらのものがあれば、これを遠ざけるなりして、危険の発生を防止すべく適切な処置をとり、もって、幼児の安全を保護すべき義務があるというべく、この点親権者その他幼児を保護すべき法律上契約上の義務ある者ばかりでなく、本件の如き同じマーケット内に店舗を持つ者同志(店員を含む)のいわば隣人として、好意で幼児をあやしたりするため一時抱き取った場合でも、異なるところはない。しかるに、吉田は、不注意にも、以上の如き配慮を欠いて、右注意義務を怠り、その結果本件事故が発生したのであるから、吉田の過失責任は免れない。

つぎに、吉田のやよいを一時抱き取ってあやした行為が被告の事業の執行中になされたものかどうかを判断する。

本件において、吉田が、やよいを一時抱き取ってあやした行為自体は、被告の営業範囲に属しないことは明らかである。何故かならば一般商店においては、営業に関して来店した例えば買物中の顧客とか営業関係の出入商人等の同伴した幼児をサービスとして一時抱き取ったり、預かったりすることがあり得るが、本件は、前段認定の事実に徴してこれとは自ら趣を異にするからであり、むしろ、一般社会における隣人同志の日常生活上見受けられる私的交際上の好意ないしは幼児を可愛いがる私的感情の表現行為に過ぎないと見られるからである。しかしながら、民法第七一五条にいわゆる事業の執行につきとは、被用者の行為がその担当する職務についてなされたものであることを要するが、それは必ずしも当該業務が常に正当に執行される場合だけでなく、被用者のした行為の外観を観察し、客観的に判断して、それが被用者の職務の範囲内の行為であると認められる場合には、被用者の行為が主観的には自己または他人の私用の目的を達するために、固有の業務を離れていても、なお使用者の事業の執行についてなされたものであると解すべきである。そして、化粧品販売業といえども、営業に関して幼児を預かることがあり得ることはいうまでもなく、前述の顧客や営業関係の出入商人等の同伴した幼児を一時抱き取って面倒を見たり、預かったりする場合の如きがそれであり、証人宮田の供述によれば、現に被告方でも、稀にではあるが、過去にそのようなことがあったことが認められ、かかることは化粧品販売の営業上のサービスとして、なお営業に付随する業務というを妨げないからである。そして本件においては、前段認定のように、吉田が営業時間内に、被告方店舗内で、やよいを抱いてあやしながら昼食中、昼食用の湯を沸かすためのポットの処置の不仕末により、事故が発生したのであるから、その外形をとらえて客観的に判断すれば、吉田が付随業務として一時幼児を預かる場合と異なるところはなく、外形上吉田の職務の範囲内と認めるべきものであるから、本件事故は、吉田が被告の事業の執行について生ぜしめたものといえる(電気ポットが店員三名の無断購入備付であるとの点は右判断を左右しない。)。

よって、つぎに抗弁一(選任監督者として相当の注意をしたこと)について判断する。被告本人の供述によれば、被告が、時たま口頭で三名の女店員に対して、マーケット内の他店の子供を預かることのないよう注意し、あるいは店内で湯を沸かすことを禁止していたことが認められるが、他面日々の営業には全然関与せず、自分は毎日閉店後に店に行き、その日の売上げを徴収したり、事務連絡をするのみであって、日中の営業の切りまわしは、主任格の宮田にほとんど一切を一任しており、電気ポットの存在にも気付かなかったことが認められるところ、この事実に照らせば、被告は平素右のような事柄についての一般的な注意警告を与えていたに過ぎず、自ら業務に関与して、具体的に監督していたとはいえないから、監督上相当の注意をしたものとはいえない。この抗弁は理由がない。

よって、原告らの損害について判断する。

≪証拠省略≫によれば、原告西川義之がやよいの火傷治療のため、原告主張どおりの期間その主張の病院で治療を受け、少くとも合計金六万二二二円の出捐をしたことが認められるから、右金員は、原告西川義之が本件事故により被った損害である。

つぎに、原告両名は、それぞれ慰藉料として、各金二五万円あてを請求しているので、その当否につき判断するのに、本来傷害を受けた本人(やよい)の近親者たる原告両名が固有の慰藉料請求権を有するかどうかについては問題があるが、原則的にはこれを消極に解すべく、ただ傷害の部位程度その他の事情から、それが死亡するにも等しいような特別の事情がある場合には積極に解するを相当とするところ、前認定のように、やよいの火傷は、右大腿、右腕、右腋下、右腹部に及び、移植手術を施したが、瘢痕が大きく残り、足の屈伸も不自由になったのであり、恐らく火傷の跡が生涯消えないと推測され、原告西川義之本人の供述によれば、再度の手術を予定していることが認められるのであって、原告両名が本件事故当時一人娘であったやよい(その後やよいの妹が出生)の火傷の跡を日頃見るにつけ、あるいはやよいの将来婚姻するに際し、相当の支障を来たすであろうことに思いを至すときは、親として、この点につき深い悩みを抱いていることは想像に難くないから、このような場合には、原告両名自身固有の慰藉料を請求できると解するを相当とし、本件に現われた諸般の事情を考慮し、慰藉料として、原告両名につき、各金二〇万円をもって相当とする。

つぎに抗弁二(過失相殺の抗弁)の(1)について判断する。

≪証拠省略≫によれば、原告夫婦がその営業多忙にかまけて、日頃やよいの市場内の独り歩きを放任し、それがため、やよいが他の店舗に自由に出入していたことが認められ、事故当日も放任していたこと前認定のとおりで、この点原告両名としても、マーケット内の他人の好意に甘えていた感が強いが、さればといって、右の放任が直ちに本件事故発生に原因を与えたものということはできない。何となれば、本件事故は、前認定の如く、宮田がやよいを誘って抱き上げ、さらに店内奥にいる吉田に抱き取らせたがゆえに発生したものであって、原告両名の放任とは未だ因果関係ありというを得ないからである。ゆえに抗弁二の(1)は理由がない。

最後に抗弁二の(2)について判断する。

前掲証拠によれば、原告両名がやよいの治療につき、数回病院を変えて転々したことが認められるが、それがやよいの治癒を遅らし、かつそれがため、治療費が不相当に拡大したと認めるに足りる証拠はないから、この抗弁は採用しがたい。

以上の理由により、結局被告は、原告西川義之に対し治療費金六万二二二円および慰藉料金二〇万円の合計金二六万二二二円、原告西川順子に対し慰藉料金二〇万円ならびに右各金員に対する昭和四二年二月二〇日(訴状送達十日の翌日)から完済に至るまで、民法所定の年五分の遅延損害金の支払義務があるというべく、原告両名の請求は、右の限度で理由があるから認容し、その余を失当として棄却すべきものとし、民事訴訟法第八九条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅本宣太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例