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大阪地方裁判所堺支部 平成6年(人)2号 判決 1994年6月10日

主文

一  請求者の請求を棄却する。

二  被拘束者を拘束者らに引き渡す。

三  本件手続費用は請求者の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求者

1  被拘束者を釈放し、請求者に引き渡す。

2  手続費用は拘束者らの負担とする。

二  拘束者ら

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、被拘束者の母である請求者が、被拘束者の実父である拘束者関根敏治(以下「拘束者敏治」という。)及び拘束者敏治の妻である拘束者関根重子(以下「拘束者重子」という。)に対し、人身保護法に基づき、拘束者らが監護養育している被拘束者の引渡しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  請求者は、被拘束者の母であり親権者である。拘束者敏治は、被拘束者の実父であるが、被拘束者を認知していない。拘束者重子は、拘束者敏治の妻である。

2  請求者と拘束者敏治は、請求者がホステスとして勤めていたスナックで知り合い、昭和六三年夏ころから、拘束者敏治が賃借した大阪府堺市内所在のマンションで同棲するようになった。

平成二年八月二三日、請求者は、拘束者敏治との間に婚姻外の子である被拘束者を出産した。

3  平成五年一〇月下旬ころ、拘束者敏治と請求者との間で別れ話が持ち上がり、右両者は別れることになったが、別れるに当たり、拘束者敏治から、請求者が仕事に就き、住居を確保して生活が成り立つ基盤ができるまでの間、被拘束者を預かる旨の申し出があり、請求者もこれを了承した。

拘束者敏治は、同年一一月一二日から、被拘束者を引き取り、同人を自己の知人に預けて大阪府高石市内の保育所に通わせるなどして監護養育していたが、平成六年二月ころ、和歌山県伊都郡九度山町内所在の自宅に被拘束者を移し、拘束者重子とともに現在まで被拘束者を監護養育している(以下、拘束者らの右監護養育状態を「本件拘束」という。)。

二  争点

本件拘束に顕著な違法性があるか否か。

第二  争点に対する判断

一  拘束者敏治は被拘束者を認知していないから、拘束者敏治と被拘束者との間に法律上の父子関係は存しないものの、拘束者敏治が被拘束者の実父であることは当事者間に争いがなく、かつ、請求者と拘束者敏治との間において、請求者が仕事に就き、住居を確保して生活が成り立つ基盤ができるまでの間、拘束者敏治が被拘束者を預かる旨の合意がなされ、拘束者敏治は右合意に基づいて被拘束者の監護養育を始めたことも、当事者間に争いがない。

右の事情に鑑みれば、拘束者敏治の被拘束者に対する監護をもってその権限なしになされているものと、直ちにいうことはできず、請求者の本件請求の許否を決するに当たっては、被拘束者に対する拘束者らの監護につき拘束の違法性が顕著であるかどうかを判断すべきである。そして、本件拘束の違法性が顕著であるというためには、被拘束者が拘束者らの監護の下に置かれるよりも、請求者に監護されることが被拘束者の幸福に適することが明白であることを要するもの、換言すれば、拘束者らが被拘束者を監護することが被拘束者の幸福に反することが明白であることを要するものと解すべきである。

二  拘束者らの被拘束者に対する監護状況及び拘束者側の事情

乙第一、第二号証、乙第三号証の一、乙第四号証ないし第一二号証、乙第一四号証、乙第一九号証、乙第二七号証の一、三、乙第二八号証、乙第三二号証、検乙第二号証の一ないし三、拘束者敏治の供述及び審問の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  拘束者敏治(昭和二〇年三月二〇日生)は、昭和五四年二月ころから、大阪府堺市内において、東陸商会という屋号で、主にトレーラー、タンクローリー、ダンプカー等の特殊自動車の回送を行う事業を営んでおり、同人と拘束者重子(昭和二四年八月一七日生)との間には、長男剛司(昭和五一年七月二五日生)及び長女肖子(昭和五三年三月一七日生)がいる。

拘束者敏治の所得は、平成二年度が約一七〇〇万円、平成三年度が約一八〇〇万円、平成四年度が約一五〇〇万円、平成五年度が約八〇〇万円であり、被拘束者を監護養育している和歌山県伊都郡九度山町内所在の自宅は、宅地面積二五一・七九平方メートル、木造スレート葺三階建(総床面積一三四・五四平方メートル)であり、畑(二六八平方メートル)が隣接している。

2  拘束者重子は、平成六年二月初めころ、拘束者敏治から事情を打ち明けられ、悩んだ末、被拘束者を夫婦の子供として育てる決心をし、同月一七日、被拘束者を右自宅に引き取った。

被拘束者の日常の世話は、主に拘束者重子がしており、拘束者らの二人の子供も、被拘束者を妹のように可愛がっている(拘束者らは、二人の子供に被拘束者が拘束者敏治と請求者との子であるなど詳しい事情は話していない。)。被拘束者は、拘束者重子を「お母さん」と呼び、拘束者らの二人の子供にもなついており、規則正しい生活をし、健康状態も良好である。

3  拘束者らは、同年三月三一日、被拘束者を自分たちの子として育てるため、和歌山家庭裁判所に対し被拘束者を特別養子とする旨の審判の申立をなした(同裁判所平成六年(家)第五六一号事件)。

三  請求者側の事情

甲第一ないし第四号証、甲第六、第七号証、甲第一九号証、甲第二四号証、乙第二六号証、請求者の供述及び審問の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  請求者(昭和三四年六月六日生)は、拘束者敏治と別れた後、クリーニング会社に時給七五〇円で勤務し、平成五年一二月中旬ころには、大阪府高石市内のアパートに引っ越しをするなど、生活の基盤を作ろうと努力したが、その後被拘束者を探したり、市民相談などに行ったりして勤務に差し支えがあったことから右会社を辞め、その後、現在まで夜スナックでアルバイトをして収入を得ている。また、平成六年三月一日からは右アパートを引き払い、同市加茂一丁目九番四号の請求者の妹である上田百美子(昭和四〇年四月二四日生)方に同居するようになった。

請求者は、平成六年四月二日、大阪府泉大津市内にある西治毛織株式会社に現場事務員として採用され、同年五月二日から勤務している。同月二五日に支給された給料は約四万円であった。

2  請求者が現在居住している右百美子方は、二階建の借家で、六畳間が三部屋のほか台所の設備があり、同人方には、請求者のほか、百美子、百美子と前夫との間の子である上田真弥(昭和五八年一二月一日生)及び百美子の現在の内縁の夫である北中萬了との間の子である上田美咲(平成六年三月九日生)の三人が居住している(なお、右北中は平成五年九月妻と離婚し、近々百美子を入籍する予定になっている。)。

3  請求者の両親は、百美子の離婚問題に端を発し、一時別居状態にあり、請求者の母は請求者や右百美子と同居していたが、請求者と拘束者敏治の別れ話により、請求者らとの同居が困難となったことから夫の下に戻り、現在は同居している。両親宅は右百美子方から自転車で一〇分ほどの距離にある高石市千代田にあり、両親は請求者が被拘束者を引き取った場合には、自宅の二階を改造して請求者と被拘束者が居住できるようにするなど被拘束者の養育に協力することを約束している。但し、請求者の父は、被拘束者と一度も会ったことがなく、本件紛争が起きるまで被拘束者の誕生さえ知らされていなかった。

4  請求者は、被拘束者を引き取った場合には、両親の自宅の改造が終わるまでの間、右百美子方に同居し、その後は両親の自宅で被拘束者を養育するつもりでいる。

四  以上の事実から、拘束者ら側の事情と請求者側の事情とを比較衡量すると、拘束者ら側には経済面、居住環境面及び親族間の宥和の面で不安は少なく、被拘束者は拘束者らの下で現在心身とも一応安定した生活を送っているといえる一方、請求者側には経済面、居住環境及び親族間の宥和の面で不安が残り、被拘束者を養育する環境整備のためにはある程度の時間を要するものと考えられる。もっとも、拘束者重子及び二人の子供と被拘束者との間で被拘束者の精神的安定が長期的に保障されるか疑問がないではないが、和歌山家庭裁判所において特別養子縁組の審判が現在係属中であり、長期的な判断は十分な調査機構を備えた家庭裁判所の判断が尊重されるべきである。これらの事情を考慮すると、現段階においては、被拘束者が拘束者らの監護の下に置かれるよりも、請求者に監護されることがその幸福に適することが明白であるということはできない。換言すれば、拘束者らが被拘束者を監護することがその幸福に反することが明白であるということはできないものというべきである。

したがって、本件拘束をもって人身保護規則四条にいう顕著な違法性がある場合に当たると認めることはできない。

第三  結論

よって、請求者の請求は理由がないから、人身保護法一六条一項により、請求者の請求を棄却して被拘束者を拘束者らに引き渡すこととし、手続費用の負担について人身保護法一七条、同規則四六条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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