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大阪地方裁判所 昭和63年(行ウ)48号 判決 1993年12月24日

大阪府東大阪市南四条町一三番七号

原告

村田雅治

右訴訟代理人弁護士

村松昭夫

杉本吉史

大阪府東大阪市永和二丁目三番八号

被告

東大阪税務署長 中村匡克

右指定代理人

島田睦史

山本聖峰

西教弘

坂田和規

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し、昭和六二年三月五日付で昭和五八年分ないし昭和六〇年分の所得税についてした各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  本件各処分の存在等

1  原告は継手の部品製造を行っている鉄工業者で、白色申告者であるが、昭和五八年ないし昭和六〇年の各年分(以下「係争各年分」という。)の所得税について、別表一の確定申告欄記載のとおりの確定申告をした。

2  被告は、昭和六二年三月五日付で別表一の更正・賦課決定欄記載のとおり各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下、右各更正処分と過少申告加算税の各賦課決定処分「本件各処分」という。)をした。

二  被告の主張

1  本件各処分に至る経緯

(一) 被告部下職員(以下「部下職員」ともいう。)は、係争各年分の原告の所得税の確定申告に係る所得金額が適正なものかどうかを確認するために、昭和六一年一〇月一六日、原告方事務所に臨場し、原告に対して係争各年分の所得税の調査であり、申告書に記載されている所得金額が正しいかどうかの確認に来た旨を告げた。これに対して、原告は、具体的な調査理由の開示を求め、調査に応じなかった。

(二) その後、部下職員が、同年一一月五日、原告方事務所に臨場したところ、民主商工会事務局員など調査に関係のない第三者四名の立会いがあったため、これらの立会者が退去するよう原告を通じ要請した。しかし、原告は、「私は会長代行をしており、立場上裁判も辞さない決意をしている。」などと言ってこれに応じず、かえって、具体的な調査理由の開示を要求し、調査に協力しなかったので、部下職員は、この日も事務所を辞去した。

その後、部下職員は、同年一一月七日、昭和六二年一月二〇日、同月二三日にも原告方事務所に臨場し、帳簿書類等を提示し調査に協力するよう求めたが、原告は具体的な調査理由の開示を求めるだけで調査に協力しなかった。

(三) このため、被告は原告の係争各年分の事業所得を実額で把握することが困難であると判断し、これを推計して本件各処分をした。

2  したがって、被告の税務調査手続に違法はなく、かつ、推計の必要性があったことは明らかである。

3  係争各年分の原告の事業所得金額について(別表二参照)

(一) 売上原価

原告の係争各年分の売上原価は、別表二記載のとおりである。

(1) 昭和五九年分及び昭和六〇年分の売上原価は、有限会社田中工作所(以下「田中工作所」という。)から購入した材料仕入代金であり、右材料費以外の売上原価(外注費、加工・製造に係る人件費等)が不明であるため右材料費のみを売上原価とし、また、右各年分の棚卸高も明らかにできないので、右両年分の期首・期末の棚卸高を同額とし、右材料仕入額をもって売上原価とした。

(2) 昭和五八年分については、原告は田中工作所から直接材料を購入しておらず、横山勇(以下「横山」という。)を通じて材料の支給を受けていたところ、右年分について推計課税をするに通常必要な基礎数値を全く把握することができなかったので、右(1)記載の昭和五九年分の売上原価を基礎に、動力に係る電力使用量の昭和五八年分と昭和五九年分の対比により、次の算式で算定した。

7,672,163円(59年分売上原価)÷4,611kW(59年分動力量)×3,245kW(58年分動力量)=5,399,299円(58年分売上原価)

(二) 売上金額

原告の各係争年分の売上金額は、別表二の売上金額欄記載のとおりである。

右金額は、右(一)の係争各年分の売上原価を、原告と同種の事業を営む同業者(以下「同業者」という。)の当該各年分の売上原価率(売上原価の売上金額に占める割合)の平均値である、昭和五八年分については、一九・七一パーセント、昭和五九年分については、一九・九〇パーセント、昭和六〇年分については、一九・四九パーセントで除して算出したもので、同業者の右平均値の算出根拠は別表三の一ないし三記載のとおりである。

(三) 算出所得金額

係争各年分の算出所得金額(売上金額から売上原価、外注費及び雇人の給料賃金、一般経費の各金額を控除した金額)は、別表二の算出所得金額欄記載のとおりである。

右金額は、右(二)記載の係争各年分の売上金額に、同業者の当該各年分の算出所得率(売上金額のうちに占める算出所得金額の割合)の平均値である、昭和五八年分については、二二・七四パーセント、昭和五九年については、二三・一七パーセント、昭和六〇年については、二三・四八パーセントを乗じて算出したもので、同業者の右平均値の算出根拠は別表三の一ないし三記載のとおりである。

(四) 特別経費

原告の係争各年分の特別経費は、当時原告の工場の敷地であった東大阪市四条町五九四番地(住居表示は同市四条町二番四号)の地代として宮下福太郎に支払った金額であり、別表二記載のとおりである(ただし、原告は、昭和五八年三月、父である村田正紀から事業を引き継いでいるため、同年分については、一〇か月相当額を経費とした。)

(五) 事業専従者控除額

別表二記載のとおりである。

(六) 以上によれば、原告の係争各年分の事業所得は、別表二の事業所得の金額欄記載のとおりであり、右事業所得の範囲内でなされた本件各処分には違法はない。

4  推計の合理性

(一) 昭和五八年分の売上原価の推計方法について

鉄工業者の売上原価は、おおむねその機械の稼働量に比例し、その機械の稼働量は、ほぼそれを動かす動力、つまり動力に係る電力使用量に比例するところ、原告は昭和五八年三月に父親から事業を引き継いで以来、係争各年分を通じ新しい機械を導入していないし、昭和五八年と昭和五九年では、原告の機械設備の状況、製造する製品、作業工程は同一であることから、昭和五九年分の原告の売上原価をもとにして、昭和五九年分と昭和五八年分の動力にかかる電力使用量の比率で昭和五八年分の売上原価を推計したことには合理性がある。

(二) 同業者率について

被告は、原告の係争各年分の所得金額を推計するにあたり、同業者の平均売上原価率及び平均算出所得率を適用したが、同業者の選定の経緯及び推計の合理性の存在については次のとおりである。

大阪国税局長は、原告の事業所所在地を管轄する被告に対し、所得税の確定申告を青色申告で提出している者で、係争各年分を通じて次のすべての基準に該当する同業者の抽出をするよう通達指示したところ、右抽出作業の結果、別表三の一ないし三のとおり、各係争年分とも一〇名の該当者があった。

(1) 鉄工業を営んでいること

(2) 右(1)以外の業種目を兼業していないこと

(3) 年間を通じて事業を継続して営んでいること

(4) 事業所が自署管内にあること

(5) 売上原価の額が、二六〇万円以上一五四〇万円未満であること(右売上原価の額は、青色申告決算書に記載されている差引原価の金額、すなわち、当該係争年分に費消された原材料費の金額をいう。また、右金額の範囲は、被告が主張する原告の売上原価が最も大きい昭和五九年分の七六七万二一六三円のおおむね二倍を上限とし、売上原価が最も小さい昭和五八年分の五三九万九二九九円のおおむね半分を下限としたものである。)

(6) 青色事業専従者は妻のみであること

(7) 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が継続中でないこと

以上の抽出基準により抽出した同業者は、その業種、事業規模及び事業場所において原告と類似性を具備しており、原告の所得を推計する基礎とするに適当であり、しかも、帳簿書類の備付けを義務付けられた青色申告者であるから数値の正確性も有している。また、その抽出は大阪国税局長の発した通達に基づき機械的になされたもので恣意の介在する余地はない。

したがって、被告が、右同業者率の平均値を用いて原告の係争各年分の事業所得の金額を推計したことには合理性がある。

三  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1(一)ないし(三)の事実のうち、部下職員が昭和六一年一〇月一六日、原告方事務所に来たこと、原告が調査理由の開示を求めたこと、部下職員が昭和六一年一一月五日及び同月七日、原告方事務所に来たこと、同月五日には、民主商工会事務局員ら四名が立ち会ったこと、部下職員が立会人に退去を求めたこと、部下職員が、昭和六二年一月二〇日及び同月二三日、原告方事務所に来たこと、同職員が帳簿等の提示を求めたこと、原告が具体的調査理由の開示を求めたことは認め、その余は否認する。

2  被告の主張2の主張は争う。

部下職員は、本件各処分に先立つ税務調査手続において、原告が税務調査に応じるので、調査の理由を開示するよう求めたのに対してこれに応じず、一方的に帳簿書類等の開示を求めたのである。また、被告が行った、原告の取引先である横山の親会社である有限会社ニッタ・ムアーカンパニー(以下「ニッタ・ムアー」という。)に対する反面調査は、原告の収入金額の確定と何ら関連性のないものであるうえ、原告の信用を失墜させたものであって、質問検査権の範囲を越え違法である。以上によれば、本件においては、推計の必要性もない。

3(一)  同3(一)の事実のうち、昭和五九年分及び昭和六〇年分の売上原価は認め、その余は否認する。

(二)  同3(二)、(三)の事実は争う。

(三)  同3(四)、(五)の事実は認める。

4  推計の合理性に対する反論

(一) 昭和五八年分の売上原価の推計について

原告は昭和五八年においては、材料を横山から支給を受けてこれを加工していたものであり、そもそも売上原価(材料費)は存在しないので、同年分の売上原価を推計すること自体合理性がない。

また、動力に係る電力使用量と売上原価との間には定量的な相関関係は存在しない。被告提出の証拠(乙四号証の別表3の1)によれば、昭和五九年分の電力使用量は四六一一キロワットであり、昭和六〇年分の電力使用量は四五二一キロワットであって、後者の前者に対する比率は約九八パーセントであるのに対し、売上原価は昭和五九年分は七六七万二一六三円で、昭和六〇年分は六一七万七五三〇円であって、後者の前者に対する比率は約八一パーセントに過ぎない。このように動力に係る電力使用量が増えれば材料の使用量が増加するというのはおおまかな傾向を示したものに過ぎず、両者の相関関係を見るには原告の機械の種類や数、仕事の内容、従業員等に関する調査が必要であるところ、被告はこれらの調査をしていない。

(二) 売上原価率について

(1) 類似同業者の選定について

原告の事業は、ステンレス製継手部品の半製品の製造加工のみであり、その仕事の大部分は、横山を通じてニッタ・ムアーの仕事を行うというきわめて特殊なものである。また、原告は、係争各年分当時NC旋盤を持たず、旋盤四台、ボール盤五台等の設備を有するのみで、しかも少数の従業員で作業を行っており非能率であった。被告は「鉄工業を営んでいる」との基準のみで同業者を抽出しており、機械の種類や数、仕事の工程、従業員の数などをまったく考慮していない。さらに、抽出した業者が材料支給か材料持ちかで売上原価率は大きく異なるのに、被告は同業者を抽出する際、材料持ちか否かを考慮していない。別表三の一ないし三に示された同業者の売上原価率には極めて大きなばらつきがあるところから見ても、その平均値によって原告の売上金額を推計することは不合理である。

(2) 標準的な製品の売上原価率について

甲二号証をもとに原告の標準的な製品(LIN3/8-PT1/4STなど)の売上原価率を算定すると、ほぼ三〇数パーセントから四〇数パーセントとなり、被告が推計に用いた二〇パーセント弱という数字が低すぎることは明らかである。これは、被告が抽出した同業者に、原告に比して材料支給の多い業者が含まれているためと考えられる。

(三) 算出所得率について

算出所得率についても右(二)(1)に記載したところと同様に、鉄工業の場合には、原告のような旋盤、ボール盤加工以外にプレス、金型加工など広範な業態があり、種別によってその事業内容は著しく異なり、被告主張の同業者の間でも、算出所得率には大きなばらつきがある。したがって、その平均値によって原告の算出所得金額を推計することは不合理である。

5  売上金額の実額について

原告は、横山の下請け事業を営んでおり、売上先は、横山及び株式会社岡本製作所(以下「岡本製作所」という。)のみである。横山に対する売上金額は甲二号証(原告の横山に対する請求書)に記載されたとおりであり、岡本製作所に対する売上は、昭和五八年分が六八万〇〇一四円、昭和五九年分が一〇四万五〇七〇円、昭和六〇年分が四四万五六八二円であって、両者に対する売上を合計すれば次のとおりであり、それ以外の売上はない。

昭和五八年分 一二〇七万二〇一八円

昭和五九年分 二四三二万三二四九円

昭和六〇年分 二二七八万五〇〇〇円

6  より合理的な推計方法(本人率)の主張

(一) 原告は、従来個人で経営してきた鉄工業を法人組織に改めるため、昭和六三年九月に有限会社曙製作所(以下「曙製作所」という。)を設立したが、昭和六三年分(第一期)、平成元年分(第二期)、平成二年分(第三期)の売上原価率(本人率)は、別表四記載のとおり、第一期は四二・五パーセント、第二期は三八・四パーセント、第三期は四一・四パーセントである。

係争各年度の売上原価率も右本人率に従い算定すべきである。

(二) 法人成後は、原告が受領する役員報酬、家賃、利息、雑収入及び法人利益が個人経営のときの所得に相当するものとして、算出所得率を算定すれば、第一期は一五・九パーセント、第二期は二一・七パーセント、第三期は二一・六パーセントである。しかも、法人成後には、NC旋盤の導入によりパート雇用を全廃し、外注も減少したために利益率が上昇しているはずであり、法人成前の算出所得率はさらに低いものであったはずである。

四  原告の反論4ないし6に対する被告の主張

1  同4(推計の合理性に関する反論)について

(一) 同4(一)の反論について

昭和五九年分も昭和六〇年分も、原告の利益は結局のところ加工賃であったことに変わりはないのであるから、昭和五八年分の事業所得の金額を算定するにあたり、昭和五九年分と同様の推論過程によって推計することに合理性がないとはいえない。

(二) 同4(二)(1)及び(三)の反論について

まず、原告は、原告の事業内容はステンレス製の継手部品の半製品の製造加工のみで、仕事の大部分は横山を通じたニッタ・ムアーの下請け仕事だけであるとその特殊性を主張するが、原告はステンレス製の製品のみならず、真ちゅう製の製品も多数加工しているし、原告は主に旋盤とボール盤を用いて加工しているものであるが、これらの機械は一般の鉄工業者にもよく使用される設備であり、加工された製品も特別変わった加工をしているものでもなく、仕事が特定された者からの下請けである点も鉄工業者一般に見受けられるところであり、原告に限った特殊性ではない。

また、原告は同業者の抽出について批判するが、元来、同業者率による推計は、類型的に見て納税者との間に類似性のある同業者を選定して、その平均的な率をもって納税者の課税標準を推計するものであって、個々の業者について個別的にみれば、その事業内容や業態にある程度の差異があることは当然の前提とせざるを得ないものである。納税者との間の類似性を追求して選定基準を設定したならば、その差異は減少していくが、反面、基準に該当する同業者の数が減少し、その平均値に普遍性を肯定することができなくなる結果となる。したがって、同業者の選定基準を設定する際における納税者との類似性の追求にはおのずと限界があり、設定された基準が原告が主張するような点についてまで考慮していないからといって、その選定基準が不合理なものであるということはできない。

原告は、被告の調査に対し、帳簿書類及び原始記録の提示はもちろん、設備、従業員数及び外注の割合等についても説明を行わず、推計による課税を余儀なくさせながら、訴訟になるや自己の業態を有利に主張して被告の推計方法を論難するのは不当である。

(三) 同4(二)(2)の反論について

原告が同項で主張する製品はいずれもステンレス製品であるが、右(二)記載のとおり、原告はステンレス製品のほかに真ちゅう製の製品の加工を行っており、真ちゅう製品の売上金額に占める割合は、甲二号証によっても、昭和五八年分が一四・六二パーセント、昭和五九年分が一六・八八パーセント、昭和六〇年分が三七・四六パーセントにも上るところ、真ちゅう製品については材料の仕入れを伴わない加工賃のみの売上であるから、売上原価率は、原告の主張する率より低下することは明らかである。なお、岡本製作所に対する売上も加工賃のみの売上である。

また、ステンレス製品にしても原告が製造する製品の種類は何十種類もあり、少数の例をもって全体の原価率を推し量ることはできない。

2  同5の反論(売上金額の実額の主張)について

(一) 岡本製作所に対する売上金額は認めるが、その余は争う。

原告は、横山に対する売上金額を立証する書証として甲二号証(原告の横山に対する請求書)を提出するところ、次の諸点からすれば甲二号証は原告が意図的に自己の収入金額を過少に仮装するために、横山から手形決済によって支払いを受けた金額に合わせて作成したものである疑いが強く、原告と横山との真実の取引を記載したものであると認め難い。

(1) 原告は、ステンレス製継手部品の製造加工の仕上げ工程である電解研磨をすべて近畿薬品工業株式会社(以下「近畿薬品工業」という。)に外注に出し、その後右製品を横山に納入しているというのであるが、近畿薬品工業の売上元帳に記載された同社から原告に対する売上に計上されながら、甲二号証にはこれに対応する原告から横山に対する請求が記載されていない製品が多数存在する。これは、甲二号証が売上を除外している結果と解さざるを得ない。

また、横山から電解研磨を請け負いながら、近畿薬品工業に発注していない製品があり、原告は同社以外に電解研磨の外注先がある疑いがある。

(2) また、甲二号証には、重複して計上したと思われる記載や、納品していないのに返品の記載がされているといった不自然な記載があり、また控えを引き抜いたあとがあるなど信用することはできない。

(3) 原告が原材料の仕入先である田中工作所から購入したステンレス材料の数量に比べれば、甲二号証に記載された横山に対するステンセス製品の納入数量は、昭和五九年分で一万一〇〇一個、昭和六〇年分で九六九三個も少ない。

(4) 原告は、横山との取引の決済はすべて手形で行っていると主張するところ、現実には、手形による決済以外の決済が存在する。

(5) さらに、横山に対する所得調査において同人が提出した帳簿の外注費支払額(原告の売上高)から甲二号証の請求金額と横山からの有償支給分材料代を控除すると昭和五九年三月から八月までの六か月間にわたって毎月一三〇万円の差があることが認められるが、これは、原告により売上除外が行われていたことを如実に示すものである。

(二) また、原告は、審査請求の段階で自己の取引先は横山だけであると明言していたのに、国税不服審判所の調査により、実際には岡本製作所との取引が存在することが明らかにされたとの経緯があり、右経緯に照らせば、売上先は横山及び岡本製作所だけであるとの原告の主張は信用できない。

3  同6の反論(本人率)について

原告の法人成後の売上原価率及び算出所得率が合理性を有しないことは次のとおりである。

(一) 原告の法人成後の事業規模、業態等の変化について

(1) 事業規模の変化について

本訴において被告が推計した原告の売上金額は別表二記載のとおりであり、法人成後の曙製作所の売上金額は、別表四記載のとおりである。両者を対照すれば法人成後の売上金額が大幅に増大していることは明らかであり、事業規模が係争各年分と法人成後とで著しく異なっている。

また、材料仕入額も、被告が把握した係争年分の材料仕入額は、昭和五九年分が七六七万二一六三円、昭和六〇年分が六一七万七五三〇円であったのに対し、法人成後の曙製作所の材料仕入額は、製造原価報告書によれば、昭和六三年分は一七七一万四一八八円、平成元年分が二〇五五万三四四四円、平成二年分が二七四二万九三三三円であって、右法人成後の各決算期における材料仕入額は、被告が同業者の事業規模を類似させるべく通達で設定した「売上原価の額が二六〇万円以上一五四〇万円未満であること」とする条件に該当する余地がないものであり、右事実からも事業規模が係争各年分と法人成後とで大きく異なっていることは明らかである。

(2) 業態の変化について

法人成後、原告はNC旋盤機を導入したが、その結果、ねじ切りの外注が不要になり、パートの雇用もなくなったのであるから、製造工程、事業実態が変化している。また、仕入先、売上先ともに増加しており、製造する製品自体も変化していることが予想される。

(3) さらに、係争各年分当時、原告の事業所は東大阪市四条町二番四号にあったが、法人成後は八尾市西高安町四丁目七五番三号に移転しており、事業場所も変化している。

(4) 以上のとおり、原告と法人成後の曙製作所は、事業規模及び業態等において類似性が認められないから、法人成後の本人率を採用することは合理性を欠く。

(二) 法人成後の売上原価率について

(1) 原告は、法人成後の曙製作所の決算報告書(甲九、一〇、一二号証)に基づいて法人成後の売上原価率について主張するが、右決算報告書の数値には不自然な点があり信用できない。

(2) 法人成後の決算報告書によれば、売上原価率は、原告が法人成前の個々の製品について主張している売上原価率(前記三4(二)(2))より高くなっているが、そのようなことはおよそ考えられないことであり、右報告書に基づく売上原価率の主張は信用できない。

(3) 仮に、法人成後の売上原価率が真実だとすれば、それは従来材料支給であった製品についても材料持ちになったという業態の変化によるものと思われ、法人成後の売上原価率を採用することはできない。

五  前記四の被告の主張に対する原告の再反論

1  同四2(実額に関する主張)に対する再反論

(一) 同四2(一)(1)について

原告が近畿薬品工業に直接電解研磨を外注に出すようになったのは、昭和六〇年二月からであり、それ以前は、原告が電解研磨前の製品を横山に納入し、横山が近畿薬品工業に対して電解研磨を依頼していた。原告が近畿薬品工業に電解研磨に出すようになって以降も、横山は原告から納入を受ける継手部品以外に横山自身で近畿電解工業に対して電解研磨に出していた製品があり、右製品についても便宜上、横山の依頼で、原告から近畿薬品工業に発注して、同社から原告に対して請求するという形をとり、原告が支払った代金は立替金として、横山と後に現金で清算することとしていた。したがって、近畿薬品工業の売上元帳に記載があって、甲二号証の請求書に記載のない製品が存在するのである。

(二) 同四2(一)(2)、(3)について

(2)の事実はささいな点をあげつらっているだけで、これによって甲二号証が虚偽のものであるということはできないし、(3)については、田中工作所からの仕入れのうち一割から二割程度は加工過程で不良品となり納品できず、また原告は事業開始以来急な注文に応えるため在庫品を毎年約四〇〇〇個から五〇〇〇個ストックしていたので、被告の指摘するような個数の差が生じたのである。

(三) 同四2(一)(4)について

被告のいう手形以外の支払いとは、三〇万円の小切手のことをさすが、右は原告が横山から支払資金のために右同額の融資を受けたものであって、取引の決済のために受領したものではない。

(四) 同四2(一)(5)について

被告が横山の帳簿書類を確認した事実はないし、仮に行ったとしても右帳簿に原告の真実の売上は記載されていない。これは、被告が横山の帳簿に基づく推計をしていないことから明らかである。

(五) 同四2(二)について

岡本製作所との取引は、月々わずか五、六万円の売上に過ぎず、その申告を失念していたに過ぎない。

2  同四3(本人率に関する主張)に関する再反論

原告の事業は、法人成後のNC旋盤の導入によって仕事量に変化が生じただけで、材料や仕事内容には変化はない。仕入先の大部分は田中工作所であり、売上先の大部分が横山であることには変化はない。

被告は、業態の変化や売上金額の変化を指摘するが、法人成前後でこれらの点に差異があるとしても、右程度の差異は被告が抽出した同業者間でも存在する程度の差であり、法人成前後の本人率の合理性を左右するものではない。

被告は、法人成後になって売上原価率が上昇するのは不自然であるというが、売上原価率の上昇は、法人成後横山に対する売上がステンレス製品のみならず真ちゅう製品についても原告の材料待ちになったこと、下請単価が大幅に引き下げられたこと、継手にセットするナットについても原告の仕入れになったことによるものであり、これらを考慮すると特段不自然な上昇ではない。

第三当裁判所の判断

一  本件各処分の手続的違法の有無について

1  原告は、本件各処分に先立って行われた質問検査は、調査理由の開示を欠く点及び必要のない反面調査を行った点において違法であり、そうである以上本件各処分も違法であると主張する。

しかし、課税処分は課税標準の存在を根拠としてされるものであるから、その適否は原則として客観的な課税標準の存否によって決せられるべきものであって、仮に、税務調査手続に何らかの手続上の瑕疵があったとしても、それが全く調査を欠き、あるいは公序良俗に違反するような方法によって収集した資料に基づいて課税標準を認定するなどの重大なものでない限り、その瑕疵は、課税処分の取消事由とはならないものと解される。そうすると原告が主張する事実関係を前提にしても、被告部下職員による質問調査の過程に本件各処分の取消事由となるような違法があったとはいえない。

のみならず、所得税法二三四条に基づく質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、客観的に判断して具体的な必要性のある場合には、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解される(最高裁判所昭和四五年(あ)第二三三九号同四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁参照)ところ、本件質問検査については、当事者間に争いのない事実及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められる。

(一) 被告部下職員は、原告の係争各年分の所得税に関する調査のため、昭和六一年一〇月一六日、原告方事務所に赴いたが、原告は具体的な調査理由の開示を求め、調査に応じなかった。

その後、同年一一月五日に、部下職員が原告事務所に赴いた際には、民主商工会事務局員など四名が同席しており、部下職員は原告に対して右四名の退席を要求したが、原告は、これに応じず、かえって、申告書が正しいかどうかわからないので資料を提出するよう求める職員に対して、具体的な調査理由の開示を求め、調査に応じなかった。その後、部下職員は、同年一一月七日、昭和六二年一月二〇日、同月二三日にも、原告方事務所を訪れたが、原告は、具体的な調査理由の開示を求めて、調査に応じなかった。

(二) 部下職員は、ニッタ・ムアーに対して反面調査を実施したが、右は、原告の主たる売上先が横山であり、横山は原告に対する支払いをニッタ・ムアー振出しの手形で行っていたことによるものである。

ところで、本件では、乙ないし三号証によれば、原告が被告に提出した係争各年分の確定申告書には、所得金額及び各種控除の記載があるだけで、収入金額、必要経費等所得金額算定の基礎となる明細の記載が全くなかったことが認められるから、客観的に判断して質問検査の必要性を認めることができ、右認定の事実によれば、被告部下職員による質問調査の過程に、部下職員が有する裁量権を逸脱・濫用するなどの違法があったことは到底認められない。

2  また、右認定のとおり、調査に対する原告の協力が得られなかったため、原告の係争各年分の所得金額を実額で把握することができなかったのであるから、推計の必要性があったことは明らかである。

二  被告主張の推計の合理性について(便宜上、まず昭和五九年分及び昭和六〇年分について判断する。)

1  原告が田中工作所から購入した材料仕入代金が、昭和五九年分が七六七万二一六三円、昭和六〇年分が六一七万七五三〇円であること、原告の岡本製作所に対する売上金額が昭和五八年分が六八万〇〇一四円、昭和五九年分が一〇四万五〇七〇円、昭和六〇年分が四四万五六八二円であることは当事者間に争いがない。

2  原告の業種、業態等

原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和五八年三月、父親の事業を引き継ぎ、係争各年分を通じて、東大阪市四条町二番四号において、継手部品の製造加工を行っていたこと、継手部品にはステンレス製と真ちゅう製があること、昭和五八年分は、すべて、発注先から交付された半製品を加工し、工賃を受け取るという作業をしていたが、昭和五九年及び昭和六〇年分以降は、ステンレス製継手部品の材料を原告自身が購入し、これを加工して売却するという形態が加わったことが認められる。

3  同業者の選定方法及び選定基準について

乙五、六号証及び証人丸田隆英の証言によれば、別表三の一ないし三記載の同業者は、原告の前記事業所の所在地を所轄する被告に対し、青色申告書による所得税の確定申告をしている者のうち、大阪国税局長が発した一般通達に基づき選定された次の(1)ないし(7)の選定基準のすべてに該当するものであること、その申告書によれば、売上金額、売上原価(ここにいう売上原価とは、青色申告決算書に記載されている差引原価の金額を意味し、製造原価の計算を行っている場合は、差引原材料の金額を意味する。)、経費、算出所得金額は同表記載のとおりであり、売上原価率、算出所得率及びその平均値も同表記載のとおりであることが認められる。

(1) 鉄工業を営んでいること

(2) 右(1)以外の業種目を兼業していないこと

(3) 年間を通じて事業を継続して営んでいること

(4) 事業所が自署管内であること

(5) 売上原価の額が、二六〇万円以上一五四〇万円未満であること

(6) 青色事業専従者は妻のみであること

(7) 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が継続中でないこと

4  前期2記載の原告の業種、業態等に鑑みれば、右3の基準により選定された同業者は、その業種、業態、事業場所、事業規模等において原告と類似性を有し、しかも、帳簿書類の備付けを義務付けられた青色申告者であるから、その申告内容の正確性も担保されていると認めることができる。そして、その選定は、大阪国税局長の発した一般通達に基づいて機械的にされたものであるから、選定過程に被告の恣意が入る余地もない。また、選定された同業者数は、各年分とも一〇件であるから、同業者の個別性を平均化するに足りる件数であると考えられる。

したがって、原告の昭和五九年及び昭和六〇年分の売上原価を比準同業者の平均売上原価率で除して、売上金額を推計し、さらに、比準同業者の平均算出所得率を通じて算出所得金額を推計することは合理的である。

5  これに対して、原告は、原告の事業がステンレス製継手部品の製造加工を、大部分特定企業の下請け仕事で行っているもので、NC旋盤を持たず非能率な機械を用い、しかも少人数で仕事を行っているという特殊性があるのに、被告の抽出基準は単に「鉄工業を営んでいること」というに過ぎず、右特殊性が考慮されていないと批判する。

しかし、同業者による推計は、類型的に見て納税者との間に類似性のある業者を選定して、その平均的な率をもって課税標準等を推計するものであり、個々の業者について個別的に見ればその事業内容や業態にある程度の差異があることは当然前提とせざるを得ず、通常程度の営業条件の差異は右平均値を求める過程で包摂されると考えられる。そして、前記のとおり、原告の業種はステンレス製及び真ちゅう製の継手部品の製造加工業であるところ、証人丸田の証言によれば、「鉄工業」とは、相手からの指図に基づいて金属材料、金属半製品に加工処理を加え、製品、半製品を製造するものを指すことが認められ、原告の事業も、その製造あるいは加工する継手部品そのものは特殊なものであっても、金属材料に加工を加える(切削、穴開け等)という点においては、何ら特殊性は認められないのであるから、右「鉄工業」の範疇に入ることは明らかである。また、仕事が特定された者からの下請けである点も原告に限った特殊性とは考えられない。機械の種類についても、原告は特段特異な機械を使用しているわけでもないから、前記の見地からすれば、平均値による推計を不合理ならしめるものではない。また、原告は従業員が少人数であることから原告の事業規模が小さいことを強調するようであるが、前記3(5)の基準は、反面調査によって把握された原告の昭和五九年分及び六〇年分の売上原価のうち、これが多い昭和五九年分のおおむね二倍を上限とし、これが少ない昭和六〇年分の半分に近い額を下限として、同業者を選択したものであって、右の基準は、原告と事業規模の類似する業者を選択するために設けられた基準であるから、事業規模についても類似性を肯定することができる。

また、原告は、材料支給か材料持ちかで売上原価率が大きく異なるのに、右抽出基準ではそれが考慮されていないと批判する。

たしかに、原告のいう材料支給(元請けから材料を支給されこれに加工を加えて工賃を得ること)と材料持ち(第三者から材料を購入し、加工を加えて売却すること)の全体の仕事に占める割合いかんによっては、売上原価率さらには算出所得率が異なってくると解される(一般論として、材料支給の仕事が多いと相対的に売上原価率は低くなり、算出所得率は高くなると考えられる。)。しかし、前記2記載のとおり、原告は、昭和五八年は、すべて材料支給による加工の仕事であったが、昭和五九年及び昭和六〇年分は材料支給による加工の仕事と、材料持ちによる製造販売が混在するようになったのであるが、原告自身の右材料支給と材料持ちの売上金額全体に占める割合は本件全証拠によるも不明であるから(甲二号証が信用できないことは後記三1記載のとおりである。)、同業者の抽出基準に材料支給及び材料持ちの割合を加えることはできないし、この点についても同業者の平均値を求める過程において個別性は捨象されると解すべきであり、被告の把握した前記同業者数は、右の点の個別性を平均化するに足りる件数であると解される。

さらに、原告は、別表三の一ないし三に示された同業者の売上原価率及び算出所得率には大きなばらつきがあるので推計の合理性はない旨主張する。たしかに、別表三の一ないし三をみれば、売上原価率の最も高いものと最も低いものとの間には、大きな開差があり(例えば、昭和六〇年分では、最高四三・六四パーセントに対し、最低八・一三パーセントである。)、同様に算出所得率の最も高いものと最も低いものとの間にも大きな開差がある(例えば、昭和六〇年分では最高四〇・三七パーセントに対し、最低一四・四一パーセントである。)。これらの差が生じた主な原因としては、前記のとおり、材料支給の加工の仕事と材料持ちの製造の仕事の割合の差の存在が考えられるが、前記のとおり、原告自身の材料支給の仕事と材料持ちの仕事の割合が明確ではないのであるから、このように開差のある比準同業者を用いることもやむを得ないものと考えられるし、また、これらの差は、平均値を取ることによって、個々の同業者の個別性は捨象されると解すべきである。

6  さらに、原告は、原告が製造加工する標準的な製品の売上原価率がほぼ三〇数パーセントから四〇数パーセントであることから、比準同業者の平均値は不合理である旨主張する。

しかし、右主張は、甲二号証に基づくものであって同号証が信用できないものであることは後記三1記載のとおりであり、これを置くとしても、原告本人尋問の結果によれば、原告が標準的な製品として掲げるものは、すべて材料持ちの仕事によって横山に対して売り上げたステンレス製継手部品であると認められるところ、原告の売上には、加工賃のみを売り上げる真ちゅう製継手部品も少なからず含まれており、また原告本人尋問の結果によれば、岡本制作所に対する売上はすべて加工賃であるから、原告の売上金額全体における売上原価率は、右ステンレス製継手部品の売上原価率よりも低くなることは明らかである。したがって、右製品の売上原価率によって全体の売上原価率の合理性が左右されるものではない。

7  よって、被告の主張する推計それ自体についての合理性を否定する趣旨の原告の主張はすべて採用できない。

三  原告の反証の成否等

以上に認定したとおり、被告が主張する昭和五九年分及び昭和六〇年分の売上金額及び算出所得金額の推計には合理性が認められるから、特段の反証がされない限り、右推計によって算出される金額(別表二の「算出所得の金額」欄記載の金額)をもって、原告の昭和五九年分及び昭和六〇年分の算出所得金額であるとの事実上の推定をすることができる。

そこで、本件において原告がする反証が右の事実上の推定を覆すに足りるものであるか否かについて検討する。

1  売上金額について

原告は係争各年分とも売上金額の実額を主張しているところ、仮に、係争各年分の売上金額を実額で算出し得るのであれば、そこから推計にかかる算出所得率等を乗じるなどして所得金額を算出する方法をとるのが、被告が主張する推計のように、売上原価から売上金額を推計し、さらに売上金額から算出所得額を推計する二重の推計方法によるよりは、被告の所得をより客観的数値に近い近似値として把握し得るものであり、一層合理性の高いものであることは明らかである。そこで、売上金額を実額で算出し得るか否かを検討する。

(一) 原告は、係争各年分の売上金額(実額)は、昭和五八年分は一二〇七万二〇一八円、昭和五九年分は二四三二万三二四九円、昭和六〇年は二二七八万五〇〇〇円である旨主張し、その内訳については、前記二1記載の岡本製作所に対する売上のほか、横山に対する売上が存在するだけである旨主張し、横山に対する売上金額に関する証拠として、甲二号証の一ないし三九(原告の横山に対する請求書、以下「本件請求書」という。)を提出する。

そこで、(1)本件請求書に横山に対する売上がすべて記載されているか、(2)原告の売上先は、岡本製作所及び横山だけであるかが問題となる。

(二) 甲一号証、一一号証の一ないし二〇、乙七号証の一ないし三、一五号証の一ないし二六、一七号証の一ないし三、一八号証、証人丸田及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。

原告は、昭和五八年三月、父親の事業を引き継ぎ、係争各年分当時、継手部品の製造加工を行っていたが、製品は主として横山ヒッチング製作所こと横山に売り上げ、横山はこれをニッタ・ムアーに納入していた。原告の売上先としては、横山のほかに、岡本製作所も存在した。

横山との取引の対象となった継手部品にはステンレス製と真ちゅう製があり、真ちゅう製については係争各年分を通じて横山から交付された半製品を横山の依頼で加工し、横山から工賃を受け取るという作業をしていた。ステンレス製継手部品については、昭和五八年分は、右真ちゅう製継手部品と同様に横山から依頼された加工を行い工賃を受け取っていたが、昭和五九年分以降は、ステンレス製継手部品の材料を田中工作所から原告が直接購入し、これに加工を施した後横山に売却していた。なお、岡本製作所との取引は、すべてステンレス製継手部品の加工仕事であった。

横山に納入するステンレス製継手部品の加工の最終工程は電解研磨であり、右研磨は、従前は横山が原告から納入を受けた製品を近畿薬品工業に外注に出して行っていたが、昭和六〇年二月以降は、原告が近畿薬品工業に電解研磨を外注し、右研磨後横山に納入することとなった。

(三) そして、原告はその本人尋問において、横山は原告に対する支払いをすべてニッタ・ムアー振出の約束手形で行っており、その額面額は本件請求書記載の金額と一致している、昭和五九年以降は、原告が田中工作所から材料を購入するようになったために、本件請求書記載の金額をニッタ・ムアー振出の約束手形二枚に分けてもらい、一枚は田中工作所に対する支払額を額面額とする手形、他の一枚は、原告の横山に対する請求額から田中工作所に対する右支払額を控除した額を額面額とする手形を受領していた旨供述する。

たしかに、甲一号証(原告の取引銀行である株式会社関西相互銀行の「取立手形預り通帳」)、甲一一号証の一ないし二〇(田中工作所の原告に対する領収書)及び本件請求書の金額を対照すれば、昭和五九年の初め頃の一時期を除いて、右書証の数額は、原告の右供述に沿っている。すなわち、右各証拠によれば、横山の原告に対する支払いは、各月末締めの翌月末払い(四か月後の二〇日を支払期日とする約束手形による支払い)であったことが認められるところ、材料支給であった昭和五八年分については、本件請求書の各月の請求額と原告が受け取った手形の金額が一致しており(例えば、甲二号証の二記載の請求額(昭和五八年三月末締め分)と甲一号証の昭和五八年四月二〇日受入れの手形の額面額は一致する。)、また、原告が田中工作所から材料を購入するようになった昭和五九年分以降については、本件請求書の各月の請求額は、原告が受け取った手形の金額と田中工作所の領収書の金額の合計額に等しい(例えば、甲二号証の一六記載の請求額(昭和五九年三月末締め分)は、甲一号証の昭和五九年四月二七日受入れの手形の額面額と甲一一号証の二(田中工作所の昭和五九年四月二八日付の領収書)の金額の合計額に等しい。)。したがって、右事実からすれば、本件請求書は横山に対する売上の実額を記載したもののようにも思える。

しかしながら、本件において証拠を子細に検討すれば、次のような問題がある。

(四) 乙一五号証の一ないし二六によれば、田中工作所が原告に対して売却したステンレス製継手部品の材料は、昭和五九年分は四万六二五九個であり、昭和六〇年分は三万三四一三個であることが認められる。

一方、昭和五九年分と昭和六〇年分の本件請求書には、真ちゅう製継手部品の工賃分の請求とステンレス製継手部品の売却代金が混在しているところ、乙一八号証によれば、本件請求書の品名欄に記載された製品番号の末尾に「ST」との表示があるもの及び「010-4-4」等と数字のみで標記されたものはいずれもステンレス製継手部品であり、それ以外は真ちゅう製継手部品であることが認められる。右区別方法及び乙一八号証に従って本件請求書に表記されたステンレス製継手部品の数を合計すれば、昭和五九年分は約三万五二〇〇個、昭和六〇年分は約二万三七〇〇個であることが認められる(右のとおりステンレス製の製品と真ちゅう製の製品とを区別し、電解研磨のみの請求分を除いた本件請求書記載の製品数と売上金額を、ステンレス製と真ちゅう製に区分すると別表五記載の通りとなる。)。

そうすると、田中工作所からの仕入れ個数と横山に対する販売個数は、昭和五九年分では約一万一〇〇〇個、昭和六〇年分では約九七〇〇個の差があることが認められる。

原告はこのような差について、田中工作所からの仕入れの一割から二割程度が加工工程で不良品となること及び在庫品を毎年四、五〇〇〇個ストックするためであると主張し、原告も本人尋問の結果において同旨の供述をする。しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和五八年三月に父から事業を継続する前から、父の従業員として係争各年分に行っていたのと類似の作業を行っていたことが認められるのであるから、開業して三年目となる昭和六〇年分に至るまで、そのように多量の不良品が出たとは通常考えられないし、仮に昭和六〇年分までに合計一万個のストックがあったとすれば、棚卸高は原価計算でも、一七三万五〇〇〇円となるが(甲一一号証の一ないし二〇及び乙一五号証の一ないし二六から、田中工作所から仕入れた材料の平均単価は昭和五九年分が約一七四円、昭和六〇年が約一七三円であることが認められ、各年分とも五〇〇〇個づつ備蓄したとすれば右の金額となる。)、原告が昭和六〇年九月に法人成した時点の期首の材料在庫として原告が主張する四〇万円(別表四、甲一三号証参照)とは大きく異なることとなる。

したがって、原告の右供述は直ちに信用することは困難というべきであり、右個数の差は、本件請求書記載の数量に記載漏れ(売上除外)が存在する可能性を示唆する事情というべきである。

(五) さらに、前記(二)のとおり、原告はステンレス製継手部品について、昭和六〇年二月から、最終工程で近畿薬品工業に電解研磨に出し、研磨が完成した後に横山に納入していたのであるが、乙一七号証の三(近畿薬品工業の売上元帳)と、本件請求書を対照すれば、近畿薬品工業の売上元帳に存在するが、本件請求書に該当する記載が存在しない製品が少なからず存在することが認められる。

原告はこの点について、その本人尋問において、原告が近畿薬品工業に対して電解研磨の外注を行うようになった後も、横山自身が原告とは無関係に同工業に電解研磨の外注を出す必要が生じた際に、横山に頼まれて自分が外注に出す製品と一緒に同工業に運んでいた分であり、横山の製品についても、同工業が原告の製品の分と一緒に請求してくるので、原告がこれを立て替えて支払い、後に横山から現金でその分の支払いを受けていた、その際横山との間で請求書、領収書のやり取りはなかった旨供述する。しかし、乙一八号証によれば、昭和六〇年当時、横山はステンレス製継手部品については、すべて原告から購入していたことが認められるから、横山が独自にステンレス製継手部品の電解研磨の外注をするということは不自然であり、また、原告が述べる右決済方法もいかにも不自然というべきであり採用するには躊躇を覚える。

そうすると、近畿薬品工業に電解研磨の外注をしながら、本件請求書の売上に上げられていない製品(売上除外)が存在する可能性が高い。

(六) さらに、被告が、横山に対する税務調査の結果把握した、横山の「経費帳」(乙一六号証)が存在する(甲五号証、乙四号証)ところ、右経費帳記載の外注工賃(原告の横山に対する売上)、材料費(横山の原告に対する請求分)及び本件請求書記載の請求額を対照すれば、別表六記載のとおり、昭和五九年三月から同年八月までの六か月間、毎月金一三〇万円、経費帳記載の外注工費から材料費を控除した金額が被告の請求書記載の金額を上回っている。このように一定額の差が継続的に生ずるということは、横山において経費を過大に計上したか、原告が売上を除外したか、あるいは両方が作用しているかのいずれかであって、原告において売上除外を行っていた疑念を払拭することはできない。そして、横山から原告に対する支払いは全額手形で行っていたとの原告本人の供述及び同旨の乙七号証の一ないし三の記載は、右事情及び乙八号証に照らしてにわかに信用することはできない。

(七) 乙四号証によれば、原告は、本件各処分に対する異議申立て、審査請求の段階においては、売上先は、横山だけであると主張しており、岡本製作所に対する売上を認めていなかったが、国税不服審判所の調査によって岡本製作所に対する売上の存在が判明したという経緯が認められるところ、原告は本人尋問において岡本製作所に対する売上高が僅かであったのでこれを失念していた旨供述する。しかし、売上先が二か所しかないとすれば、その一つを失念するというのは通常考えられないところであり、原告の真の売上金額の主張にはなお、疑念を覚えざるを得ない。

(八) 右(四)ないし(七)記載の事情に鑑みれば、本件請求書は売上の一部を除外して作成されたものではないかとの疑問を持たざるを得ないのであり、同時に、横山及び岡本製作所以外の売上先が存在する可能性も否定できない。

本件請求書は、たしかに前記(三)記載のとおり、原告の受領手形の額面額及び田中工作所発行の領収書の金額に符合するが、真実は手形以外の方法による決済方法が存在するにもかかわらず、これを秘して手形金額に一致するように記入されたものである疑いが存するのであり、結局本件請求書によって、売上金額の実額を認めることはできないというべきであり、他に右実額を認めるに足りる証拠はない。

2  本人率について

(一) さらに、原告は、原告が昭和六三年九月に有限会社曙製作所を設立した後の売上原価率(以下「本人率」という。)から、係争年分の売上原価率を算定すべきであると主張する。

たしかに、同業者により推計方法は、前記のとおり類型的に見て、原告との間に類似性のある同業者を選定して、その平均的な率をもって原告の課税標準等を推計するものであるから、原告を含む個々の業者には個別的に見れば種々の差異があることを当然の前提とせざるを得ず、その比率も幅のあるものになることが多い。

他方、本人率による推計については、原告の事業規模、事業形態、事業所の変更や業界に共通の経済事情の変更の認められない限り、比準年の比率と係争年分の比準とに変更がない可能性が大きく、同業者率に比してより合理性を有するものと思われる。

(二) そこで、係争各年分と法人成後の原告の事業規模、事業形態、事業所得等について検討する。

甲七ないし一〇、一二号証及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和六三年九月、有限会社曙製作所を設立し、事業所を従前の東大阪市四条町二番四号から八尾市西高安町四丁目七五番三号に移転し、かつ、その床面積を拡張した。

(2) 曙製作所は青色申告を行っているところ、決算報告書によれば、法人成後の三期の売上高は、昭和六三年分(第一期)が四二四六万九七二四円、平成元年分(第二期)が五七三九万二一二一円、平成二年分(第三期)が六六二二万八〇五七円であり、材料仕入額は昭和六三年分が一七七一万四一八八円(甲九号証の製造原価報告書の材料仕入額から値引額を減じた額)、平成元年分が二〇五五万三四四四円(甲一〇号証の製造原価報告書の材料仕入額から値引額を減じた額)、平成二年分が二七四二万九三三三円(甲一二号証の製造原価報告書の当期仕入高)であり、これと係争各年分との比較は次のとおりである。

<1> 売上金額

法人成後の平均売上高 五五三六万三三〇〇円

係争各年分の被告推定平均売上高 三二五四万七七二六円

(係争各年分の原告主張平均売上高) 一九七二万六七五五円

<2> 材料仕入額

法人成後の平均仕入額 二一八九万八九八八円

係争各年分の平均仕入額(昭和五九年、六〇年分) 六九二万四八四六円

(3) 原告は従前、旋盤二台、自動旋盤二台、ボール盤五台、ペンチレース一台等の機械を使用して仕事を行っていたところ、法人成に伴い、高性能のNC旋盤二台を導入した。その結果、従前外注に出していた工程も外注が不要になり、多工程を機械で一括処理できるようになった。従業員は、従来従業員二名、パート二名程度であったが、NC旋盤導入により一名減となった。

横山との取引で従前、材料支給であった真ちゅう製継手部品についても材料持ちとなり、単なる工賃仕事は著しく減少し、原告の主張では工賃の売上の全体に占める割合は第一期は〇・三八パーセント、第二期は〇・四二パーセント、第三期は一・六パーセントということである。

法人成後も主たる売上先は横山(法人成して株式会社横山ヒッチング製作所となる。)、主たる仕入先は田中工作所であるが、新たな売上先として誓和工具株式会社が加わり、新たな仕入れ先として、岡本製作所、大幸金属、山本金属製作所が加わった。

(三) 以上の事実によれば、法人の第一期の営業期間が約九か月間(昭和六三年九月一四日から平成元年六月三〇日)であることを考慮すると、法人成後は、法人成前に比して、売上で約二倍、材料仕入高で約三倍の増加が認められ、法人成後の原告の事業は、被告が一般通達により示した同業者の抽出基準(前記二3(5)、材料仕入高を基礎数値とするいわゆる倍半基準)を大きく上回っている。

また、設備面では工場の移転に伴う床面積の増加と高性能のNC旋盤二台が導入され、大幅な生産性の増大が図られている。その結果、従業員の減少、作業工程の短縮により外注費の削減につながり、係争年分とは相当業態が変化しているといわざるを得ない。

さらに、売上の構成を見ると、本件請求書によっても、係争各年分における横山に対する売上中、真ちゅう製継手部品に関する工賃仕事の全体の売上に占める割合が昭和五九年分は約一六パーセント、昭和六〇分が約三七パーセントというのであるから(別表五参照)、法人成後の工賃仕事の売上に占める割合と比較すれば、係争各年分の事業形態は工賃収入の比率が大きい「製造加工業」であったものが、法人成後は材料持ちの「製造業」に変化しているといわざるを得ない(その結果、売上原価率は上昇する。)。

このように考えてくると、事業規模、事業形態の点から、係争各年分と法人成後の事業の類似性は否定せざるを得ないものと解され、原告の主張する本人率に合理性を認めることはできない。

なお、原告は、法人成前後の事業規模、事業形態の相違は、被告の抽出した同業者間にも存在する程度の差異であるから、本人率の合理性を左右しないと主張する。しかし、本人率による推計を行う際に求められる、比準年と係争年分との事業規模、事業形態等の類似性は、同業者の平均率を適用する場合と異なり、個別的、具体的な事情が捨象されないのであるから、より厳格に判断すべきであると解されるので、原告の主張は採用できない。

(四) 以上のとおり、原告の主張する本人率についてはこれを採用することはできないというべきであり、結局、前記認定のとおり推計される別表二記載の算出所得金額(昭和五九年分及び昭和六〇年分)をもって、原告の右年分の算出所得金額と推定すべきである。

四  昭和五八年分の推計の合理性について

1  昭和五八年分について、被告は昭和五九年分の売上原価の実額を基礎に、昭和五八年分と昭和五九年分の動力に係る電気使用量の比率を使用して、昭和五八年分の売上原価を推計し、その後、昭和五九年分及び昭和六〇年分と同様に、平均売上原価率及び平均算出所得率を用いて算出所得金額を推計している。

しかし、前記三1(二)記載のように昭和五八年分は、原告は材料を支給されて工賃収入を得ていたのであるから、ここにいう売上原価(材料費)の存在を考えることはできないこと、材料持ちの仕事と材料支給の仕事が併存しその割合が変動する原告のような業態においては、売上原価(材料費)の額は電力使用量と比例しないと考えられること(例えば、電力使用量が増加したとしても、右増加分が材料支給の仕事によるものであるときは、売上原価は変わらない等。)からすれば、電力使用量に基づき売上原価を推計する方法には合理性がないというべきである。

ところで、本件においては、原告本人尋問の結果によれば、原告は材料持ちの場合にも材料費に利益を加算せずに、加工費のみを加算して横山に売却していたことが認められるから、材料持ちか材料支給かにかかわらず、個々の製品の加工ごとに原告の得ていた利益は等しいということになる。

そして、原告本人尋問の結果によれば、原告の継手部品の加工は、外径切削、穴開け、内径加工等という工程をとるが、右工程には旋盤、自動旋盤、ボール盤、ペンチレース等の機械設備が使用されており、その動力は電力であることが認められるので、原告の業態において、電力使用量は機械設備の稼働量に比例するものということができる。他方、機械設備の稼働量と加工し得る製品の数との間には強い相関関係があることは経験則上明らかであり、本件の場合、前記のように材料持ちか材料支給かにかかわらず製品の加工数と原告の得る利益の間には相関関係があることが肯定できるので、結局、電力使用量と原告の得る利益との間には相関関係があることは明らかである。

したがって、昭和五九年分と昭和五八年分の間で前記作業工程及び使用する機械に変化がなければ、昭和五九年分の算出所得金額をもとにして電力使用量の比率から昭和五八年分の算出所得金額を推計することが合理的であるというべきである。

そして、原告本人尋問の結果によれば、昭和五八年分と昭和五九年分との間に前記の工程及び使用する機械に変化がないことが認められる。

2  そこで、原告の昭和五八年分と昭和五九年分における電力使用量をみるに、乙九ないし一二号証及び証人丸田の証言によれば、電力使用量のうち動力に係る部分については、昭和五八年分が三二四五キロワット、昭和五九年分が四六一一キロワットであることが認められる。そこで、昭和五九年分の算出所得金額(前記のとおり八九三万二八六四円)をもとに、昭和五八年分の算出所得金額を算出すると、次の計算式のとおり六二八万六五一九円となる。

8,932,864÷4,611×3,245=6,286,519

五  別表二記載の特別経費及び事業専従者控除額については当時者間に争いがない。したがって、各係争年分の原告の事業所得金額は、次のとおりである。

昭和五八年分 六二〇万六五一九円

計算式 6,286,519-80,000=6,206,519

昭和五九年分 八三八万六八六四円

昭和六〇年分 六八九万六一九六円

六  結論

以上によれば、本件各更正及び過少申告加算税の賦課決定は、いずれも原告の事業所得金額の範囲内でなされたものであり、他にこれを違法とする理由はない。

よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 小野憲一 裁判官 井田宏)

別表一

課税処分等の経緯

<省略>

別表二

事業所得の金額の計算

<省略>

別表三の一

同業者率一覧表

(昭和58年分)

<省略>

別表三の二

同業者率一覧表

(昭和59年分)

<省略>

別表三の三

同業者率一覧表

(昭和60年分)

<省略>

別表四(原告の主張する本人率)

<省略>

別表五

<省略>

別表六

横山の経費帳と甲第二号証との差額表(昭和59年分)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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