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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)9965号 判決 1989年8月22日

原告

高橋良三

被告

株式会社山口

右代表者代表取締役

前田順子

右訴訟代理人弁護士

中道武美

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一四九万五一二五円及びこれに対する昭和六一年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  入社及び退職等

(一) 被告は、角兵衛寿しの屋号で寿司、飲食店を経営する株式会社である。

(二) 原告は、昭和五八年一二月二六日から被告に雇用されて稼働し、昭和六一年六月二日被告より解雇された。

(三) 右雇用契約では、労働時間は午前八時から午後八時まで、給料は日給六〇〇〇円で毎月末払いということであった。

2  退職金

被告は原告に対し、社会通念上及び労働基準法上、退職金として勤務期間一年間につき給与の一か月分、原告の勤務期間の二年六か月では、三七万五〇〇〇円を支払う義務がある。

3  休日出勤等の賃金

(一) 原告と被告との雇用契約においては、休日は毎週水曜日ということであった。原告は、被告の要請により別紙明細書記載のとおり、昭和六〇年五月二九日から昭和六一年二月二六日までに一三日間、休日を利用して買掛金や焦付金の整理及び延滞税金の長期分割払の交渉等の仕事をしたので、この分の賃金として次のとおり九万七五〇〇円を請求する。

六〇〇〇円×一・二五×一三日=九万七五〇〇円

(二) 原告は、別紙明細書記載のとおり昭和五九年五月三〇日、同年八月二日、同年八月一六日、昭和六〇年七月四日の四日間休日に出勤したが、労働基準法上の割増賃金の支払を受けていないので、次のとおり六〇〇〇円を請求する。

六〇〇〇円×〇・二五×四日=六〇〇〇円

(三) 原告は、別紙明細書記載のとおり深夜勤務を行ったが、午後一〇時から翌日の午前五時までの間の勤務につき、労働基準法上の割増賃金の支払を受けていないので、同明細書のとおり(一時間当たりの割増分は時給六〇〇円に〇・五を乗じた三〇〇円である。)合計三万九七五〇円を請求する。

4  立替金及び損害賠償請求

(一) 原告は、昭和五九年六月一三日、住友銀行梅田新道支店から被告の当座預金が不足して手形小切手が不渡りになるとの連絡を受け、被告代表者を捜したが見つからなかったため、原告所有の腕時計(セイコードルチェ、購入価格一二万円)を質に入れて金を作り、三万四〇二〇円を右銀行に入金して、被告の不渡処分を回避した。

(二) 被告退職後、原告は質店の利息の支払ができず、右時計は流質となった。

(三) 原告は、立替金として三万四〇二〇円及び民法四一五条四一六条に基づく損害賠償請求として時計の購入価格と右立替金との差額八万五九八〇円の合計一二万円を請求する。

5  有給休暇の換価金

原告は、被告に勤務している期間に一三労働日の有給休暇を有したが、休日にも出勤を強制され有給を請求できる状態ではなかったので、原告は被告に請求しなかった。このような場合、労働基準法上、被告は有給休暇相当分の賃金を支払う義務があるので、一三日分の賃金として七万八〇〇〇円を請求する。

6  雇用保険の失業給付

(一) 被告は、雇用保険の適用事業の事業主であり、雇用保険に加入する義務があるにもかかわらず、加入手続をしなかった。

(二) 原告は被告に対し、昭和六二年四月三〇日以降何回も離職証明書の交付を請求したが、被告はそれに応じなかった。

(三) 失業給付は、事業主が雇用保険の加入手続をしていない場合、あるいは事業主の離職証明書がない場合は支給されない。

(四) 右事情により原告は、次のとおり七五万六〇〇〇円の失業給付を受けることができず、右相当額の損害を被ったので、その賠償を求める。

六〇〇〇円×〇・六×二一〇日=七五万六〇〇〇円

(一日当たり日給の六割で二一〇日分)

7  労働災害による治療費

原告は、昭和五九年七月下旬被告の地下店に勤務中、近隣の焼肉店おさとから出る煙害により眼疾患を患い、同年八月一日、同月一四日及び同月二七日に大阪中央病院で治療を受け、診療費として合計二万二八七五円を支払ったので、労働災害事故による出費としてその請求をする。

8  結論

よって、原告は被告に対し、以上の合計一四九万五一二五円及びこれに対する退職日である昭和六一年六月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1(一)  請求原因1(一)、(二)の事実は認める。

(二)  同1(三)の事実は否認する。労働時間は正午から午後一〇時ころまで、給料は時給六〇〇円で毎日退社時精算ということであった。

2  同2は争う。退職金は、社会通念や労働基準法上当然に発生するものではないから、原告の主張はそれ自体失当である。

3(一)  同3(一)の事実のうち休日は毎週一回であったことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同3(二)、(三)の事実は否認する。

4  同4(一)の事実は否認し、(二)は知らず、(三)は争う。

5  同5は否認又は争う。被告は原告に対し、有給休暇の取得を制限し、禁止したことはない。

6(一)  同6(一)の事実は認め、(二)は否認し、(三)、(四)は争う。

(二)被告の雇用保険の加入手続の未了と原告が失業給付を受け得なかったこととの間には因果関係はない。

(1) 被告は適用事業所(雇用保険法五条一項)であるから、雇用保険の加入手続をしていなかったとしても、法律上当然に事業主や労働者の意思の如何を問わず、雇用保険の保険関係が成立する。

(2) したがって、原告は退職後、雇用保険による失業給付を受けようと考えたのであれば、離職の日から起算して一年以内(同法二〇条)、すなわち昭和六二年六月二日までに公共職業安定所の所長に対し、確認請求(同法八条)をすれば、適用事業所の離職証明書等がなくても、失業給付を受け得たはずである。

(3) しかるに、原告は右確認請求をせずに右受給期間を経過してしまったものであり、原告が失業給付金を受けられなかったことと、被告の雇用保険加入手続未了とは因果関係がない。

7  同7の事実は否認する。原告の眼疾患があるとしても、それは被告の業務とは全く因果関係はない。

三  抗弁

1  休日出勤等の賃金請求(請求原因3)に対し

賃金請求権は二年間の消滅時効にかかるところ(労働基準法一一五条)、別紙明細書のうち、昭和五九年五月二九日から同六〇年一一月二六日までの分は、昭和六二年一一月三〇日及び同六三年一月一三日付原告準備書面により請求されたものであるから、右請求時において時効により消滅した。同明細書の昭和六〇年四月二五日から同年一一月二七日までの休日出勤による賃金は、右昭和六三年一月一三日付原告準備書面により初めて特定して請求されたものであるから、右請求時において時効により消滅した。被告は本訴において右消滅時効を援用する。

2  雇用保険の失業給付請求(請求原因6)に対し原告の同請求は、以下の理由により権利の濫用であって許されない。

(一) 被告の経営する寿司店における職人等は、その特質から店舗を転々と渡り歩き失業という概念がなく、その給料支払形態が毎日清算する日払であり、職人等は雇用保険の保険料のうち労働者負担分の出費を嫌い、被告の雇用保険加入の計画に反対した経緯があった。

(二) 被告は原告に対し、雇用契約締結時に、被告は雇用保険に加入していない旨明示し、原告はそれを了承し被告に雇用保険への加入手続を求めないで、雇用契約を締結したものであり、更に原告は雇用期間中被告に雇用保険の加入手続を求めることもなく、保険料の労働者負担分の支出も一切していない。

(三) 請求原因に対する認否及び主張6(二)のとおり、原告は、法所定の手続を法所定の期間内にすれば、失業給付を受け得ていたのに、それをせず、右期間経過後失業給付を受けることができなくなった時期になって本件訴訟を提起した。

3  労働災害による治療費請求(請求原因7)に対し

原告は、不法行為による損害賠償として労働災害による治療費を請求しているものと解されるところ、原告は、損害及び加害者を知った昭和五九年八月より三年以上経過した昭和六二年一〇月二一日に本訴を提起しているので、右請求権は時効により消滅した。被告は本訴において右消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否及び主張

1  抗弁1は争う。

2  同2冒頭の主張は争う。

(一) 同2(一)の事実は知らない。なお、原告は雑務係であり寿司職人ではないし、給料は月末払であった。

(二) 同2(二)の事実のうち、原告が雇用保険の保険料を負担していないこと、原告は雇用期間中、被告に雇用保険の加入手続を求めていないことは認めるが、その余は否認する。雇用契約時及びその後においても雇用保険についての話は一切なかった。

(三) 同2(三)は争う。

3  同3は争う。

五  再抗弁

以下の理由により消滅時効は中断した。

1  原告は、昭和六一年七月三〇日被告代理人下川に対し、同年八月二六日被告代表者に対し、それぞれ末払給与の請求をした。

2  原告は、本件について昭和六二年八月二四日、大阪簡易裁判所に調停を申し立て、同年一〇月五日不成立となり同日そのことを知ったので、同年一〇月二一日本件訴訟を提起した。

六  再抗弁に対する認否

いずれも争う。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  退職金請求(請求原因2)について

原告は、社会通念上及び労働基準法上、退職金請求権が発生すると主張するが、退職金請求権は、雇用契約において合意され、又は就業規則や労働協約等に明示の規定が存在することなどにより発生するものであり、社会通念や労働基準法の規定により当然に発生するものではないから、原告の右主張はそれ自体失当である。

三  休日出勤等の賃金請求(請求原因3)について

1  原告は、別紙明細書記載のとおり、時間外及び休日労働をしたとして、その賃金や割増賃金を請求し、(証拠略)及び原告本人尋問の結果中には、これに副う部分がある。

2  しかしながら、(証拠略)によると、原告は被告から解雇された後、弁護士に依頼して被告に対し、解雇予告手当、時間外労働に対する割増賃金、ガソリン代及び昭和六一年八月中に従事した分の賃金として合計四八万円余を請求する訴訟を大阪簡易裁判所に提起し、本件訴訟提起前の昭和六二年六月二三日右訴訟について、被告が原告に解決金二五万円を支払い、原告はその余の請求を放棄するとの訴訟上の和解が成立したことが認められる。

3  原告が別紙明細書記載のとおり時間外及び休日労働をし、その分の賃金請求権を有するのであれば、通常は右2の訴訟において被告に対し請求するはずであるのに、請求しなかった理由について、原告は何ら合理的説明をしていないこと、並びに反対趣旨の証人前田弘子の証言に照らし、右1の各証拠は信用できず、原告が別紙明細書記載のとおり時間外及び休日労働をしたとは認められないから、原告の右請求は失当である。

四  立替金及び損害賠償請求(請求原因4)について

(証拠略)によれば、被告の住友銀行梅田新道支店における当座預金口座には、昭和五九年六月一三日、三〇万円と三万四〇〇〇円の二口の入金があり、翌一四日には一〇万円と六四万二〇〇〇円の二口の入金と、交換に回された手形の支払のため七〇万円の出金がなされたこと、少なくとも六月一三日の三万四〇〇〇円以外の三口の入金は被告がしたこと、同口座の残高はそのころ継続してマイナスであることが認められ、右三万四〇〇〇円の入金がなければ手形が不渡りになる状態であったとは認め難い。右認定事実からして右三万四〇〇〇円の入金についてのみ原告が行ったと認めることは困難であり、証言によると、その入金も被告が行ったものと認められ、この認定に反する原告本人尋問の結果は信用しない。したがって、右三万四〇〇〇円の入金を原告が行ったことを前提とする原告の右請求は失当である。

五  有給休暇の換価金の請求(請求原因5)について

原告本人尋問の結果によると、原告は被告に勤務中、被告に対し有給休暇を請求していないこと、請求しなかった理由は特にないことが認められるところ、労働者が有給休暇を請求しなかった場合に、使用者が当該労働者に有給休暇を与えなかったとしても、それ故に使用者が労働者に対し有給休暇相当分の賃金を支払う義務が法律上当然に発生するものではないから、原告の右請求は失当である。

六  雇用保険の失業給付の請求(請求原因6)について

1  被告は、雇用保険の適用事業の事業主(以下単に「事業主」という)であることは当事者間に争いがなく、(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、被告は、雇用保険関係の成立届をしておらず、雇用する労働者に関し何ら雇用保険法(以下単に「法」という)七条所定の届出をせず、雇用保険料を納付していないこと(以上のことを「本件不履行」という)、被告は、離職後原告から離職証明書の請求を受けたにもかかわらず、それを交付しなかったこと(以下「本件不交付」という)が認められ、この認定に反する右証人前田の証言は信用しない。

2  原告の右請求は、事業主たる被告の本件不履行、あるいは本件不交付により、原告は雇用保険における基本手当の受給ができず、同相当額の損害を被ったとして、債務不履行又は不法行為を理由として、右損害の賠償を求める趣旨であると解される。

3  被告は事業主であるから、その意思如何にかかわりなく、法律上当然に雇用保険関係が成立し、事業主に雇用されていた労働者である原告は、法六条の適用除外者には該当しないから、法律上当然に雇用保険の被保険者の地位にあった者である(法四、五条)。

事業主は、その雇用する労働者に関し、被保険者となったこと、被保険者でなくなったこと等を労働大臣に届け出なければならないが(法七条)、事業主が右届出義務を怠る場合には、労働者の失業給付を受ける権利がそこなわれることにもなるので、直接労働者本人から被保険者資格の得喪に関する確認の請求を行うことができるものとし、過去に雇用されていた者であっても、その雇用されていた期間にかかる被保険者の資格について右確認請求をすることができる(法八、九条)。右確認請求は事業主の事業所の所在地を管轄する公共職業安定所の長に対し、文書又は口頭で行うこととされている(雇用保険法施行規則八条、以下右規則を単に「規則」という)。なお、法九条により被保険者資格の取得の確認が遡って行われる場合、被保険者であった期間は、確認があった日から過去二年を越えないこととされているが、原告の場合被告に雇用されていた期間は二年五か月余であり、右規定により原告の所定給付日数が減少することはない(法二二条)。

基本手当の支給を受けるためには、被保険者が失業した場合において、原則として離職の日以前一年間に、法一四条の規定による被保険者期間が通算して六箇月以上であることを要するとされているが(法一三条)、被保険者や事業主が雇用保険料を納付することは、基本手当受給の要件とはされていない。

4  以上検討のとおり、事業主である被告の本件不履行にかかわらず、原告は公共職業安定所の長に対し、自己の被保険者資格の得喪に関し確認の請求を行うことができ、その確認を受ければ、被告が法定の手続を履践した場合と同額の基本手当を受給することは可能であるから、被告の本件不履行により、原告に基本手当相当額の損害が生じたとの主張は失当である。

5  原告は、被告の本件不交付により、基本手当を受給することができなくなったと主張するが、基本手当の受給資格を有する者は、失業の認定に先立ち、公共職業安定所長から、離職票の交付を受けることが必要であり、離職票の交付を請求するためには、離職証明書の添付が必要であるが(規則一七条一項)、やむを得ない理由があるときは、離職証明書を添付しないで右所長に対し、離職票の交付を請求することができるから(規則一七条三項)、同様に本件不交付により、原告に基本手当相当額の損害が生じたとの主張は失当である。

6  右のとおり、被告の本件不履行や本件不交付と、原告主張の損害とは因果関係を欠くものであるから、原告の右請求はその余の点につき検討するまでもなく失当である。

七  労働災害による治療費の請求(請求原因7)について

(証拠略)、並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和五九年七月下旬被告の梅田地下店において勤務したこと、原告は同年八月一日、同月一四日、同月二七日に大阪中央病院眼科で診察及び治療を受けたこと、傷病名は、<1>両遠視性乱視、<2>両老人性初期白内障、<3>両高眼圧症、<4>高血圧性眼底、<5>両びまん性表層角膜炎であり、<5>は八月二七日に認められたこと、右<1>ないし<4>の傷病は老化や高血圧と関係があり、<5>の傷病は空気中のほこり等が原因となることがあり、煙害によって起こりうるのは<5>のみであることが認められる。原告本人尋問の結果中には「昭和五九年七月下旬ころ初めて梅田地下店へ仕事に行ったときに近隣の焼肉店の煙で目を悪くしたので、翌日医者に行った。」という趣旨の部分がある。しかしながら、右認定のとおり、煙害と関係のある<5>の傷病は三回目の通院時に認められているところ、右原告本人尋問の結果のとおりであるとすれば一回目の通院時に認められるはずであり、辻褄が合わず、右原告本人尋問の結果は信用できず、他に証拠はないから、原告が被告に勤務中近隣の店の煙害により眼疾患を患ったと認めることはできず、原告の右請求はその余の点について検討するまでもなく失当である。

八  よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋哲夫)

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