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大阪地方裁判所 昭和62年(わ)20号 判決 1987年4月21日

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和九年本籍地に生まれ、中学校を卒業後、工員、左官手伝い、日雇土工などをしながら、同五一年三月頃からは住居地において単身で生活するようになり、また同年六月ころ被告人と同様単身で暮らしていたAと知り合い、以来いっしょにハイキングに行ったり、アパートを訪ね合うなど親しく交際し、また、永年独習で空手の技を身につけていたので、同人にもこれを教え、しばしば同人を相手としてその練習をしたりもしていたものであるが、昭和六一年一二月二二日午後一〇時ころから午後一〇時三〇分ころまでの間、大阪市東淀川区西淡路五丁目三番国次霊園南側歩道上において、右A(当時四四歳)といわゆる「寸止」(相手の身体に当たる寸前に技を止めるもの。)ではなく、相手を現に殴打、足蹴りする方法で、練習として空手の技を掛け合っていた際、同人が攻撃してくるのに対応するうち、興奮のあまり、同人に対し、一方的にその胸部・腹部・背部等を数十回にわたり手拳で殴打したり、皮製ブーツを着用した足で足蹴りして転倒させるなどの暴行を加え、よって同人に対し、頭部・顔面・胸部・背部・左右上下肢の皮下出血及び表皮剥脱、胸背部筋肉内出血、多数肋骨骨折等の傷害を負わせ、同月二三日午前零時二八分ころ、同区淡路二丁目九番二六号淀川キリスト教病院において、同人をして肋骨骨折に基づく出血失血により死亡するに至らせたものである。

(証拠の標目)《省略》

(傷害致死罪を認定した理由)

弁護人は、本件は空手の練習中に起こった事件であり、被告人には暴行の故意がなく、本件は重過失致死をもって論ずべきであると主張するので、当裁判所が傷害致死と認定した理由について補足的に説明する。

そもそも、スポーツの練習中の加害行為が被害者の承諾に基づく行為としてその違法性が阻却されるには、特に「空手」という危険な格闘技においては、単に練習中であったというだけでは足りず、その危険性に鑑みて、練習の方法、程度が、社会的に相当であると是認するに足りる態様のものでなければならないのであるところ、前掲各証拠によると、被害者の主たる受傷は、頭部・顔面・胸部・背部・左右上下肢の皮下出血及び表皮剥脱、胸背部筋肉内出血、多数肋骨骨折(前面右側七本、同左側九本、背面右側七本、同左側二本)、左右胸腔内に約七〇〇ミリリットルの出血血液貯留、諸臓器乏血状であり、死因は右肋骨骨折による出血失血であること、被告人は、練習経験・実力の点からしても被害者を指導すべき立場にありながら、同人に対し、その胸部・腹部・背部等を皮製ブーツを着用した足で多数回足蹴りし、手拳で数十回にわたり殴打したこと、被告人らが空手をしていたのは、深夜人通りの少ない墓地脇の路上であることの各事実が認められ、これらの事実に徴すると、練習場所としては不相当な場所でなんら正規のルールに従うことなくかかる危険な方法、態様の練習をすることが右社会的相当行為の範囲内に含まれないことは明らかであって、被告人の本件行為は違法なものであるといわなければならないうえ、被告人においても、自己の行為の危険性は認識していたことが証拠上十分認められる。被告人は、当公判廷において、空手の練習としては本件行為の如きも許されると思っていたという趣旨の供述をしているが、そのように思っていたとしても、それは単に被告人において行為の違法性の評価を誤っていたにすぎないのであるから、暴行の故意に欠けるところはないのであって、弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇五条一項に該当するので、所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が友人と深夜人通りの少ない路上で空手の技の掛け合いをしていた際に、興奮のあまり、激しく相手を殴打、足蹴りしたため、それにより友人を死亡させたという事案であるところ、被告人の暴行は、被害者の身体を所かまわず、激しく、多数回にわたり、しかも一方的に殴打、足蹴りしたという危険かつ執拗なものであるうえ、生じた結果は誠に重大であって、遺族に対する慰謝の措置は何ら講じられておらず、遺族も厳罰を望んでいることも考えると、被告人の刑責は重大であるといわなければならない。したがって、本件が友人間の事件であり、被害者にも落度が有ることは否めないこと、被告人は事件後すぐに警察に自首しており反省の態度も認められること、被告人には古い罰金前科が一犯あるのみで日頃の生活態度も真面目であることなど被告人に有利な事情を考慮しても、刑の執行を猶予すべき事案とは認め難く、これらの事情は刑の量定の上で考慮することとして、主文のとおり量刑した次第である。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 岡健太郎 裁判長裁判官青野平、裁判官小林秀和は転任のため署名押印することができない。裁判官 岡健太郎)

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