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大阪地方裁判所 昭和61年(行ウ)66号 判決 1990年4月11日

主文

一  被告が原告に対して、昭和五八年一二月五日付けでした、原告の昭和五六年分の所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定は、事業所得金額四一四万五六一五円を超える部分を取り消す。

二  被告が原告に対して、昭和五八年一二月五日付けでした、原告の昭和五七年分の所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定は、事業所得金額六六八万二三七〇円を超える部分を取り消す。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、原告及び被告の各負担とする。

事実

第一  請求

被告が原告に対して、昭和五八年一二月五日付けでした、昭和五六年分及び昭和五七年分の所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定はいずれも取り消す。

第二  主張

一  請求原因

1  原告は昭和五六年分及び昭和五七年分(以下昭和五六年及び昭和五七年を「係争各年」という。)の所得税につき、別表1の確定申告欄記載のとおりに確定申告をした。

2  被告は原告に対し、昭和五八年一二月五日付けで、同表更正欄記載のとおり、原告の係争各年分の事業所得金額及びこれに対する税額を更正する旨の処分(以下「本件各更正」という。)並びに過少申告加算税の賦課決定をした。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三  被告の主張

1  本件各更正に至る経緯

(一) 原告が被告に提出した係争各年分の確定申告書は、事業所得金額欄に所得金額が記載されているが、収入金額欄及び必要経費欄に記載がされていないものであった。

(二) 被告の部下職員は、原告の係争各年分の申告所得金額の適否について調査するために、昭和五八年八月二日以降三回にわたり、原告の事業所に赴き、申告所得金額算定の基礎となった帳簿書類等の提示を求めた。

(三) しかし、原告は、民主商工会事務局員の立会いの下でなければ帳簿等の提示には応じられないとして、右事務局員の調査への立会いを要求した。被告の部下職員は、第三者の立会いの下では調査を行えない旨を説明して、右事務局員を退席させることを求めたが、原告はこれに応じず、調査に協力しなかった。

(四) このため、被告の部下職員は、原告に対する税務調査を打ち切り、原告の売上金額を反面調査によって把握するとともに、推計によって係争各年分の事業所得金額を算定して、本件各更正をした。

2  調査手続の適法性

質問検査の範囲、程度、方法等実定法上特段の定めがない実施細目については、被告の部下職員の合理的選択ないし裁量に委ねられている。被告の部下職員は、原告に対する質問検査に税理士でない第三者の立会いを認めることは、公務員の守秘義務に違反する可能性があり、また税理士法違反の行為を是認することにもなりかねないと考えて、これを拒否したのであり、その措置に被告の部下職員の裁量を逸脱する点はない。

3  推計の必要性について

(一) 推計の必要性は、課税処分の適法要件ではない。

(二) 仮に、課税標準を推計により認定して課税処分をする場合には、推計の必要性がその適法要件となるとしても、右1のとおり、原告は、被告の部下職員による調査に協力せず、このため、原告の係争各年分の事業所得金額を実額で把握することができなかったから、推計の必要性がある。

4  係争各年における原告の事業所得金額

原告の係争各年分の売上金額、仕入金額、労務費、一般経費、特別経費、事業専従者控除額及びこれらを基礎として算出される所得金額は別表2記載のとおりである。

このうち労務費の額は、右の売上金額に、別表3記載の同業者の平均労務費率を乗じて算出したものである。

5  労務費推計の合理性

(一) 原告は、その住所地においてメリヤス(ニット)縫製加工業を営むものである。

(二) 別表3記載の同業者は、原告の事業所所在地を管轄する大淀税務署長及びこれに隣接する北、東淀川、旭、大阪福島の各税務署長に対し、青色申告書による所得税の確定申告をしている者のうち、大阪国税局長が発した一般通達に基づき選定された、次の<1>ないし<7>の選定基準のすべてに該当する者である。

<1> メリヤス(ニット)縫製加工業を営んでいること

<2> 他の業種目を兼業していないこと

<3> 年間を通じて事業を継続していること

<4> 事業所が大淀、北、東淀川、旭、大阪福島の各税務署のいずれかの管内にあること

<5> 売上金額が、二二〇〇万円以上一億二〇〇〇万円未満であること

<6> 事業専従者が妻のみであること

<7> 対象年分の所得税について不服申立又は訴訟が係属していないこと

(三) 右(二)の基準により選定された者は、その業種、事業所の所在地、規模等において原告と類似性を有し、しかも、帳簿書類の備付けを義務付けられたいわゆる青色申告者であるから、その申告内容の正確性も担保されている。そして、その選定は、大阪国税局長の発した一般通達に基づいて機械的にされたものであるから、選定過程に被告の恣意が入る余地もない。

したがって、右(二)の基準と方法により選定された同業者の平均労務費率については、正確性と普遍性が担保されており、右平均労務費率を反面調査によって把握された原告の売上金額に乗じることによってその労務費を推計することは合理的である。

なお、同業者各人の労務費率にある程度の差異があるのは当然のことであるが、本件では、大多数の同業者の労務費率が右平均労務費率の上下一五パーセントの範囲内に入っていることからみても、右平均労務費率には、推計の基礎にするに足りる客観性ないし普遍性があるものといえる。

四  被告の主張に対する認否

1(一)  被告の主張1の(一)の事実は認める。

(二)  同1の(二)の事実は認める。

(三)  同1の(三)の事実は、このうち原告が調査に協力しなかったことは否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3(一)  同3の(一)の主張は争う。

(二)  同3の(二)の事実は否認する。

4  同4の事実は、このうち原告の係争各年分の売上金額、仕入金額、一般経費、特別経費、事業専従者控除額が別表2のとおりであること、同表労務費欄記載の労務費が被告主張の方法によって推計されたことは認め、その労務費及び所得金額は否認する。

5(一)  同5の(一)の事実は認める。ただし、原告は、ニット製品一般の縫製加工を業とする者ではなく、ベビー物のニット製品の縫製加工を業とする者である。

(二)  同5の(二)の事実は不知。

(三)  同5の(三)の事実は否認し、その主張は争う。

五  被告の主張に対する原告の反論

1  第三者の立会拒否の違法性と本件各更正の違法性

(一) 納税者が税務調査において第三者の立会いを求めることは、憲法一三条、二九条、三一条などから導かれる納税者の権利である。したがって、調査担当職員が、第三者の立会いを拒絶できるのは、立会人が税理士法違反行為をした場合や、その立会いを認めることが具体的に調査担当職員の守秘義務に違反する場合に限られる。仮に、調査担当職員が第三者の立会いを拒絶できる理由もないにもかかわらずその立会いを拒絶した上、これに従わないことの故に、更正という法的不利益を課したとすれば、そのような更正は、違法というべきである。

(二) 本件においては、原告が第三者の立会要求という正当な権利の行使をしたのに対し、被告の部下職員は、これを拒否し得る理由もなく違法に拒否し、そのことのために、原告に対して、本件各更正という重大な法的不利益を課したのであるから、本件各更正も違法である。

2  推計の必要性の欠如

原告は、被告の部下職員の調査に対し、帳簿等をすべて用意して調査に応じる態勢をとった。それにもかかわらず、被告の部下職員は、第三者の立会いの下では調査ができないとして、調査をしなかったのであるから、本件においては、推計の必要性がない。

3  被告主張の同業者率の不合理性

(一) 被告主張の同業者率の格差・偏差

被告主張の同業者率は、各同業者の労務費率の格差ないし偏差が著しく、このような格差を同業者の労務費率を平均化する過程において捨象することは困難である。別表3にも明らかなとおり、被告主張の同業者間の最高労務費率と最低労務費率の差は、昭和五六年は四五・〇三パーセント、昭和五七年は四一・〇四パーセントにもなる。また、同業者の平均労務費率を一〇〇とした場合にその上下五パーセントの範囲内に労務費率がおさまる業者の数は、二一業者中、昭和五六年は八業者、昭和五七年は四業者にすぎない。このように被告主張の同業者の労務費率に大きな格差・偏差があることだけからみても、その平均労務費率によって、原告の係争各年の労務費を推計することは不合理である。

(二) 同業者選定基準の不合理性

紳士物・婦人物のニットの縫製加工に比べ、ベビー物の縫製加工は、労務費率が高い。ところが、被告が設定した同業者の選定基準は、当該業者がベビー物の縫製加工を業とするものであるか否かを全く考慮していない点で不合理である。

4  本件において採るべき推計方法

推計課税に当たっては、最も合理的な推計方法が唯一採るべき推計方法である。右3に述べたように被告主張の推計方法には合理性がないことに加え、以下に述べるような事情をも考慮するならば、本件においては、昭和五九年及び昭和六〇年の原告の労務費率の平均値(以下「原告主張の本人率」という。)を係争各年分の売上金額にそれぞれ乗じることによりその労務費を推計することが、より合理的な推計方法である。

(一) 本人率の一般的優位性

一般的に、同業者率による推計は、事業内容、事業規模、事業場所等について本人との類似性がなければ合理性を担保されない。これに対して、本人率は、本人の事業内容、事業規模、事業場所等に特段の変化がない限り、これらの点についての類似性は問題にならない。したがって、原則として、本人率の方が同業者率よりも合理的な推計方法であるといえる。

(二) 原告主張の本人率の合理性

原告の事業内容、事業規模、事業場所等については、係争各年と比準年である昭和五九年及び昭和六〇年との間に変化はなく、しかも、比準年分の原告の所得税の確定申告は青色申告書によってされ、これが確定しているから、申告内容の正確性も担保されている。

(三) ニットの受託加工業界における労務費率の変動状況

ニットの受託加工業界においては、業者各人の労務費率の変動は小さい。このことは、被告主張の同業者各人の昭和五五年から昭和五七年における労務費率の変動状況をみても明らかである。すなわち、被告主張の同業者のうち大半の業者の右三年間の労務費率は、業者各人の右三年間の平均労務費率を一〇〇とした場合に上下五パーセントの範囲内におさまる程度にしか変動していない(別表3参照)。

5  本人率による労務費の推計

(一) 原告は、昭和五九年分及び六〇年分の所得税につき、青色申告書による確定申告をし、右申告内容は既に確定していることは前記のとおりであるが、右両年分の売上金額、労務費、労務費率は別表4記載のとおりであり、右両年の平均労務費率(原告主張の本人率)は、七八・一八パーセントとなる。

(二) 係争各年における原告の売上金額に原告主張の本人率七八・一八パーセントを乗じて、本件係争各年の労務費を推計すれば、昭和五六年のそれは三六七八万三四六五円、昭和五七年のそれは四六六九万二四四四円となる。

六  本人率による労務費推計の主張に対する被告の反論

1  原告による労務費の推計主張は許されない。

推計課税は、課税の公平の見地から課税庁のみに認められた権限であり、納税者においては、自己の所得金額を推計によって主張することは許されない。

2  原告が主張し得る推計方法

原告において、被告が採った推計方法以外の推計方法がより合理的であるとして課税処分を争うことが許されるとしても、それは、昭和五八年一二月五日の原処分時において採ることが可能であった推計方法によるべきであり、原処分時に検討することが不可能であった昭和五九年、六〇年の資料による推計方法を主張することは許されない。

3  立証の程度

課税庁である被告が、その主張する推計方法に合理性があることを立証した場合に、原告が、右推計による所得金額の認定が違法であることを立証するためには、原告の主張する所得金額が真実の所得金額に合致することを合理的疑いを容れない程度にまで立証しなければならない。

したがって、原告主張の本人率による労務費の推計が合理性を有することを立証するためには、少なくとも、業界共通の経済事情の変化がないこと、原告本人の事業形態、事業内容に変化がないことの具体的な立証が必要であるが、本件ではその立証は尽くされていない。反対に、本人率による推計が不合理なものであることを示す以下のような事情がある。

(一) 経済情勢が年々変化することは経験則上明らかであるうえ、別表3記載の同業者各人の昭和五五年から昭和五七年の間の労務費率の変動をみてみても、右三年間の最高労務費率と最低労務費率の間に五パーセント以上の差がある業者が五名もあり、そのうち二名は、右三年間の最高労務費率と最低労務費率の差が一〇パーセントを超えている。このように、各業者の労務費は、年々変化をすることが明らかである。

(二) また、原告本人の事業形態、事業内容等の変化についてみてみても、係争年である昭和五六年と比準年度である昭和六〇年との間には、売上金額において四三・二パーセントもの開差(上昇)があり、原告本人の事業形態、事業内容に変化があることもうかがわれる。

4  原告主張の本人率による労務費推計と原告の申告・主張等の不整合

本件本人率により係争各年の労務費を推計すると、以下のように原告の主張等との間に整合性を欠く事態を生じる。

(一) 昭和五五年分の紳士婦人物ニットの縫製加工にかかる労務費率の不合理性

原告は、本件各更正の取消請求訴訟と併せて、昭和五五年分の所得税の更正の取消請求訴訟をも提起した。右訴訟において、被告は、昭和五五年分の原告の売上金額、仕入金額、労務費、一般経費、特別経費、事業専従者控除額、事業所得金額は、別表2の昭和五五年分の各欄記載のとおりである旨を主張していた。原告は、昭和六二年六月九日に、右訴えを取り下げたから、原告は、被告の右主張を明らかに争わないものと認めるべきである。そうすると、原告の昭和五五年分の売上金額が四五四三万九四八円、労務費が三〇五七万九五七一円であることは、当事者間に争いがないことになる。

ところで、昭和五五年分の原告の売上金額のうち、ベビー物ニットの縫製加工にかかる売上金額は三四〇六万五〇四八円、紳士婦人物ニットの縫製加工にかかる売上金額は一一三六万五九〇〇円である。仮に、昭和五五年分のベビー物ニットの縫製加工にかかる労務費を原告主張の本人率を用いて推計すると、その額は二六六三万二〇五五円となる。右のとおり推計されるベビー物ニットの縫製加工にかかる労務費を前提に、これを総労務費の額(三〇五七万九五七一円)から控除して紳士婦人物ニットの縫製加工についての労務費を算出すると、その額は三九四万七五一六円に、紳士婦人物ニットの縫製加工についての労務費率は三四・七三パーセントになる。しかし、紳士婦人物ニットの縫製加工にかかる労務費率が右のように低い率であるということは常識的にみてあり得ず、このことは、昭和五五年分のベビー物ニットの縫製加工にかかる労務費について原告主張の本人率により推計することが不合理であることを実証するものである。

(二) 原告主張の本人率による労務費推計と原告の昭和五五年分の不服申立との不整合

昭和五五年分の原告の売上金額に、本件本人率を乗じて同年分の労務費を推計すると、その金額は三五五一万二二九七円となり、原告が審査申立に当たって主張していた労務費の実額三三〇一万二二九七円をも上回ることになる。

(三) 原告主張の本人率による労務費推計と原告の昭和五六年分の確定申告額との不整合

原告主張の本人率によって原告の昭和五六年分の労務費を推計して同年分の事業所得金額を算出すると、右金額は、原告の昭和五六年分の所得税の確定申告額をも下回るという、通常考え難い結果になる。

(四) 係争各年の事業所得金額の不整合

原告の係争各年分の売上金額は、昭和五五年分と比べて年々増加している。ところが、原告主張の本人率により原告の係争各年分の労務費を推計してその事業所得金額を算出すると、その金額は、前記のとおり争いがないと認めるべき昭和五五年分の事業所得金額と比べて極端に減少することになる。

理由

一  争いのない事実

請求原因1及び2のとおり本件各更正及び過少申告加算税の賦課決定がされたこと、本件各更正に当たり、被告は係争各年分の原告の売上金額を反面調査によって把握した上で、推計によってその事業所得金額を算出したこと、係争各年の原告の売上金額(反面調査によって把握された額)、仕入金額、一般経費額、特別経費額、事業専従者控除額が別表2記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

二  調査方法の適否と本件各更正との関係

原告は、被告の部下職員が、本件各更正に先立って行われた質問検査において原告が要求した民主商工会事務局員の立会いを拒否したことが、本件各更正の違法理由となると主張する。

しかし、課税処分は課税標準の存在を根拠としてされるものであるから、その適否は、原則として客観的な課税要件の存否によって決せられるべきものである。仮に、税務調査手続に何らかの違法があったとしても、それが、全く調査を欠き、あるいは公序良俗に違反する方法で課税処分の基礎となる資料を収集したなどの重大なものでない限り、課税処分の取消理由とはならないものと解される。そうすると、原告が主張する事実関係を前提としても、被告の部下職員による質問調査の過程に本件各更正の取消理由となるような違法があったとはいえない。

のみならず、本件において、被告の部下職員が行った質問検査の過程に、その裁量権を逸脱・濫用するなどの違法の点があったとも認められない。すなわち、質問検査の範囲、程度、時期、場所など実定法に特段の定めのない実施の細目については、これを担当する被告の部下職員の裁量に委ねられていると解される(最高裁昭和四五年(あ)第二三三九号同四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁参照。)。そして、証人橋本晴一の証言によれば、被告の部下職員は、原告が要求する民主商工会事務局員の立会いを認めることは、原告の得意先との関係において公務員の守秘義務に違反するおそれがあり、また、税理士法違反の行為を容認する結果となると判断して、右第三者の調査への立会いを拒絶したことが認められ、その措置に被告の部下職員が有する裁量権を逸脱・濫用するなどの違法の点があったとは認められない。

右判断に反する趣旨の原告の主張は、独自の見解であって、採用できない(被告担当職員が納税者方での調査に際し民主商工会事務局員の立会を拒否し、その立会がある限りそこでの調査を行わなかったことは、その後に課税標準を推計で認定してされた課税処分の取消事由とはならないことにつき、最高裁平成元年(行ツ)第五号同年七月六日第一小法廷判決、その原審大阪高裁昭和六一年(行コ)第五〇号同六三年九月三〇日判決、その一審大阪地裁昭和五八年(行ウ)第五一号同六一年一一月一九日判決・税務訴訟資料一五四号五五〇頁参照)。

三  推計の必要性について

課税処分は客観的な課税標準の存在を前提にされるべきものであることは前記のとおりであって、抗告訴訟でその存在が争われた場合は、裁判所において証拠によりその存在が肯定されなければ、課税処分は取消されることとなる。ところで、推計とは、課税標準あるいはそれを構成する要件事実(以下「課税標準等」という。)を、直接の証拠ではなく、間接事実からの推認により認定する方法であるが、それは事実認定の一方法であって、いわゆる推計課税というのも、いわゆる実額課税と別個の課税処分ではなく、課税標準等が右のような推認で認定されたものを呼ぶにすぎないと解される。

推認は、直接の証拠による認定に比すると、事実認定としては劣る場合があるから、課税標準等の認定に当たって、事実認定の通例に従い、より正しい認定が可能な直接の証拠の存する場合には、推認の方法を用いるべきものではなく、このことは事実認定の一法則であると言える。

右のように、推計は事実認定の一方法にすぎないのであるから、課税処分の時点では、直接証拠で(実額で)課税標準等を認定することが不可能ではなかったとしても、課税標準等が訴訟に提出された証拠により認められる以上、それは課税処分取消の理由となるものではないと解される。

四  被告主張の推計方法の一応の合理性

1  原告の事業内容、事業規模、事業所の所在地

原告の係争各年分の売上金額が、別表2の売上金額欄記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告は、係争各年において、その住所地においてベビー物のニット縫製加工業を営んでいたこと、妻である藤戸慶子がその事業に専従していたことが認められる。

2  同業者の選定基準及び選定方法

<証拠>によれば、別表3記載の同業者は、原告の事業所所在地を管轄する大淀税務署長及びこれに隣接する北、東淀川、旭、大阪福島の各税務署長に対し、青色申告書による所得税の確定申告をしている者のうち、大阪国税局長が発した一般通達に基づき選定された、次の(一)ないし(七)の選定基準のすべてに該当する者であること、その売上金額、雇人給料賃金及び外注費(労務費)は、各同業者が被告に提出した青色申告書添付の決算書に記載された金額であることが認められる。

(一)  メリヤス(ニット)縫製加工業を営んでいること

(二)  他の業種目を兼業していないこと

(三)  年間を通じて事業を継続していること

(四)  事業所が大淀、北、東淀川、旭、大阪福島の各税務署のいずれかの管内にあること

(五)  売上金額が、二二〇〇万円以上一億二〇〇〇万円未満であること

(六)  事業専従者が妻のみであること

(七)  対象年分の所得税について不服申立又は訴訟が係属していないこと

3  被告主張の推計方法の一応の合理性

右1及び2に認定したところによれば、右基準により選定された者は、その事業内容、事業規模、事業場所等の点において原告と一応の類似性を有し、しかも、帳簿書類の備付けを義務付けられたいわゆる青色申告者であるから、その申告内容の正確性も担保されていると認めることができる。そして、その選定は、大阪国税局長の発した一般通達に基づいて機械的にされたものであるから、選定過程に被告の恣意が入る余地もないということができる。したがって、右2の基準と方法により選定された同業者の平均労務費率を原告の係争各年分の売上金額(反面調査によって把握された額)に乗じることによってその労務費を推計することには一応の合理性があるものと認めることができる。

4  原告の反論の検討

(一)  同業者各人の労務費率の格差

前記認定の同業者各人の労務費率には、原告主張のような差異ないしばらつきがあるが、右の程度の差があるからといって、被告主張の推計の一応の合理性自体が否定されるものとは認め難い。

(二)  同業者選定基準の不合理性について

原告は、原告が営むベビー物ニットの縫製加工は、紳士婦人物のニットの縫製加工に比して労務費率が高いと主張し、原告本人尋問の供述中には右主張に副う供述部分があるとともに、原告は、右主張を裏付けるものとして<証拠>を提出する。

しかし、原告の右供述部分は、ベビー物ニットの縫製加工と紳士婦人物ニットの縫製加工の労務費率に差異が生じる理由についての合理的説明に欠けており、本件全証拠によっても、ベビー物ニットの縫製加工と紳士婦人物のニットの縫製加工とでは、ベビー物ニットの縫製加工を行う場合の方が労務費率が高くなることを根拠付けるような合理的な理由は見当たらない。そして、<証拠>は、支払工賃算定の基礎資料の提出がないためその算定根拠も明らかでないうえ、右各号証の1に記載された各製品ごとの受取工賃と支払工賃の比率から、一般的に、ベビー物ニットの縫製加工の労務費率と紳士婦人物ニットの縫製加工の労務費率との間に差異があることを結論付けることはできない。

かえって、<証拠>によれば、別表3記載の大阪福島10の業者は、紳士婦人物ニットとベビー物ニットの縫製加工とを併せて扱う業者であり、同表記載のその他の業者は紳士婦人物ニットの縫製加工を扱う業者であるにもかかわらず、ベビー物ニットの縫製加工をも扱う大阪福島10の労務費率は、昭和五五年から昭和五七年の三年間を通じて、ニットの縫製加工業を営む同業者の平均労務費率を下回ることが認められる。さらに、<証拠>によれば、原告がベビー物ニットの縫製加工を専門に取り扱うに至ったのは、発注先である長尾ベビー株式会社から特に要望を受けたわけでもなかったことが認められ、仮に、原告主張のようにベビー物ニットの縫製加工は紳士婦人物ニットの縫製加工に比して一般的に労務費率が高く、したがって所得率は低くなるとするならば、原告が敢えてベビー物ニットの縫製加工を専門にするものに事業内容を変更したことには、不自然の感があることを否定できない。これらの事情に、先に述べたようにベビー物ニットの縫製加工にかかる労務費率が紳士婦人物ニットの縫製加工にかかる労務費率よりも高くなることを根拠付ける合理的な理由が見当たらないことをも併せ考察すれば、ニットの縫製加工にかかる労務費率につき、取扱商品がベビー物であるか紳士婦人物であるかによって有意な差異を生じるとは認め難いものというべきである。

したがって、原告の反論にもかかわらず、被告主張の推計には、それ自体としては、一応の合理性が認められるものということができる。

五  より合理的な他の推計方法の存在と推計の合理性

一般に、被告(課税庁)の主張する推計方法に一応の合理性が認められる場合には、特段の反証がされない限り、右の推計方法によって算出される課税標準等の額が真実の課税標準等の額に合致するものと事実上の推定をすることができる。しかし、他に採り得る推計方法があること及び他の推計方法によった場合の方がより真実の課税標準等の額に近似すること、すなわち、他の推計方法のほうがより合理的な推計方法であることが立証された場合には、この反証によって右事実上の推定は破られることとなる。そして、証拠上、課税標準等を算出するいくつかの推計方法があることが認められる場合には、最も合理的であると認められる推計方法によって算出される課税標準等が、真実の課税標準等に合致するものと推認することになる。

被告は推計は課税庁のみに認められた権限であって、納税者において推計の主張をすることは許されないと主張する。しかしながら、推計は課税標準等についての事実認定の一方法であって、推計による課税が独立別個の課税処分ではなく(前記三の判示参照)、課税処分取消請求訴訟においては、処分に際して課税庁の採用した推計方法の適否を判断するのではなく、課税庁の認定した課税標準が訴訟に現れた証拠により是認できるかを判断すべきものであるから、課税庁の採用した方法以外の推計方法を原告納税者が主張することが許されないとか、被告が処分に当たり採用した推計方法以外は裁判所において採用できないというものではない。被告の右主張は採用できない。

また、被告は課税処分当時に検討が不可能であった資料による推計方法の主張は許されないと主張する。しかしながら、右の推計の性質、課税処分取消請求訴訟の性質からすると、このような資料による推計も合理的である限り採用できることは明らかである(裁判例でも、課税処分後の年度の資料による本人率を採用したものが多く存する。)。

六  原告主張の本人率による労務費推計と平均同業者率による労務費推計の優劣

原告は、被告が主張する平均同業者率による労務費の推計に比して、原告主張の本人率による労務費の推計がより合理的な推計方法であると主張して、平均同業者率による労務費の推計の合理性を争うところ、以下に認定説示するように、係争各年の売上金額に原告主張の本人率を乗じることにより労務費を推計する方法の方が、被告主張の推計方法よりも合理性があると認めることができる。

1  本人率による推計と同業者率による推計の一般的優劣

同業者率による推計方法は、類型的に見て、原告との間に類似性のある同業者を選定して、その平均的な率をもって原告の課税標準等を推計するものであるから、原告を含む個々の業者には個別的に見れば種々の差異があることを当然の前提とせざるを得ない。もっとも、原告との類似性を個別的に求めれば、この差異は減少していくが、原告との類似性を追及すると、該当する同業者が減少するため現実には類似性追及には限度がある。そうすると、基準となる同業者には種々の者が含まれ、その比率も巾のあるものになることが多い(本件においても、選定された同業者の労務費率に相当の格差又は巾のあることは後記2のとおり。)から、原告の労務費率がそれらの平均である可能性もあるが、現実にそうでない業者も多く存することが判明している以上、それが平均ではない可能性も否定できない(本件では原告の労務比率は同業者中で高い部類に属するとうかがわれることは後記3のとおり。)。

他方、本人率による推計方法であるが、営業は通常は継続的に行われるから、特に原告の業種、業態、事業所の変更や、業界に共通の経済事情の変更が認められない限り、比準年の比率と係争年の比率とに変更がないであろうと推認することには合理性があると認められる。

また、本人率を問題にする場合には、原告という特定された業者を問題にするから、業種だけで選ばれ、その業態等その比率に影響を及ぼすべき具体的な事情の判明していない者の平均値と原告との類似性を検討するよりも、より具体的な検討ができる特長が存する。

これらの点を考慮すると、同業者率に比すると、本人率の方がより合理的な推計方法であることが多いと解せられる。

2  平均労務費率と同業者各人の労務費率の格差

被告主張の各同業者の労務費率については、次のことを指摘することができる。

(一)  平均同業者率を一〇〇とした場合に、その上下五パーセント以内に入る者は、二一業者中、昭和五六年は八業者、昭和五七年は四業者にすぎない。

(二)  平均同業者率を一〇〇とした場合に、平均同業者率との間に最も格差のある業者は昭和五六年では二四・六七パーセント、昭和五七年では二三・二一パーセントの格差がある。

(三)  個々の同業者の労務費率は約五〇パーセントから約八〇パーセントにまで及んでいる。これを売上金額から労務費を差引いた金額の売上金額に占める割合で言うと、二〇パーセントから五〇パーセントにまで及んでいることになる。

右の事実に照らすと、被告主張の同業者各人の労務費率とその平均労務費率との間の差異は、必ずしも小さいものとは言えない。

3  原告の労務比率と平均同業者費率との関係

<証拠>によると、原告は青色申告承認を受けて、昭和五九年分、六〇年分の所得税につき青色申告書を提出したが、その申告書添付の決算書によると原告のニット縫製加工業における労務比率は、昭和五九年分が七七・〇七パーセント、昭和六〇年分が七九・三〇パーセントであること、右申告の当否について被告の部下職員の調査が行われたが、右申告書に係る更正又は修正申告がされたことはないこと、原告は右の労務費率を本件訴訟で主張したのは、右申告に係る更正の期間制限(三年)の経過する前である昭和六二年七月二八日であることが認められる。

後記のように、係争各年と昭和五九年及び昭和六〇年における原告の事業内容、事業規模、事業場所に特段の変化がなかったことを前提として、被告主張の同業者の昭和五五年分ないし昭和五七年分の労務費率やその平均労務費率と、原告の昭和五九年分及び昭和六〇年分の右労務費率を対比してみると、原告は、ニット受託加工業者の中では労務費率が高い部類の業者に属するものと認められる。そうすると、係争各年における原告の労務費率と同業者の平均労務比率との間には、かなりの格差がある可能性を否定することはできない。

4  各同業者の労務費率の変動

被告主張の同業者の労務費率の変動状況については、次のことが指摘できる。

(一)  同業者各人の右三年の平均労務費率を一〇〇とした場合に、右三年の労務費率が上下五パーセントの範囲内に入る業者は、二一業者中一七業者である。

(二)  右同業者中、右三年間の労務費率の変動の幅が最も大きい業者(大阪福島5)でも、同人の右三年の平均労務費率を一〇〇とした場合の各年の労務費率との最大格差は一一・六四パーセントである。

右の事実関係に照らすと、業者各人についての事情の変化やニット受託加工業界全体に関わる大きな経済変動がない限り、ニットの受託加工業者各人の労務比率には大きな変動がないことを推認することができる。

5  ニット受託加工業界に共通する経済事情の変化の有無

係争各年と比準年との間に、ニット受託加工業界における労務費率に本人率による労務費の推計に当たって有意な影響を与えるような事情の変化があったと認めるに足りる証拠はない。

もっとも、<証拠>によれば、原告は、昭和五六年から昭和六〇年の間は、ベビー物ニットを専門にその受託加工業を営んでいたことが認められるところ、<証拠>によれば、昭和五九年ないし昭和六〇年当時、ベビー子供服市場は、対象人口の減少に起因して市場が縮小する傾向にあることが認められる。しかし、ベビー・子供服市場が縮小傾向にあったというだけでは、昭和五九年ないし昭和六〇年のベビー子供服に係るニット受託加工業者の労務費率と従前の労務費率との間に相当の格差を生じさせるような経済変動があったと認めることはできない。

6  係争各年と比準年との原告の事業内容、事業規模、事業場所等の同一性

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五六年から昭和六一年途中にその事業を法人化するまで、その住所地において、ベビー物ニット製品の受託加工業を営んでいた。その主な事業内容は、ナガ尾ベビー株式会社からの発注により、株式会社レナウンのベビー物ニットの縫製加工を行うというものであった。

(二)  売上金額は、昭和五六年から昭和六〇年までの間、年々増加傾向にあったが、その増加の程度が最も大きい昭和五六年と昭和五七年との間の売上の増加率をみても二六・九パーセントであり、売上金額が急増したというような事情はない。

(三)  原告は、昭和五六年から昭和六〇年までの間、使用人を十数人程度使用する一方で受注業務の一部を外注に出してその受注業務を処理した。使用人と外注との割合や通年した場合の廷人数、廷件数には若干の増減があるものの、雇用期間の短い使用人や取引期間の短い外注先もあったことをも考慮すると、右期間内の使用人の数や外注件数の変化は、それほど大きなものではなかった。

以上(一)ないし(三)の事実に照らせば、昭和五六年から昭和六〇年までの間の原告の事業内容、事業規模、事業場所等には特別の変化がなかったということができる。

以上の1ないし6のとおり、一般に、本人率による推計方法は、比準年度と係争各年との間に、業界に共通の経済事情の変化や原告の事業内容、事業規模、事業場所等の変化など、推計すべき課税要件の算定に影響を与えるような事情の変化がない場合には、原則として、同業者率による推計の方法に比して合理的な推計方法であると認められる。本件においては、昭和五六年から昭和六〇年までの間には、本人率による労務費の推計の一般的優位性を否定するような事情の変化があったことは認められない。このことに加え、ニット受託加工業における労務費率は、業者各人の労務費率の年による変動は比較的小さいのに対して、同業者間の労務費率のばらつきないし格差は比較的大きいこと、原告の係争各年の労務費率は、同業者の平均労務費率に比して高い部類に属することがうかがわれることも指摘することができる。

そして、前記認定のとおり、比準年分の原告の所得税の確定申告は青色申告書によってされ、これらにつき更正、修正申告がされたことがなく、被告はこの年分の調査をしていることからすると、その基礎数値の正確性も担保されている。

これらの事情を総合して判断すると、係争各年の売上金額に原告主張の労務費率を乗じることにより労務費を推計する方法の方が、被告主張の同業者率による推計方法に比べてより合理性のある推計方法であると認めることができる。

七  原告主張の本人率による推計の問題点

しかし、以下に認定する事実に照らすと、係争各年分の売上金額に原告主張の本人率(七八・一八パーセント)を乗じて係争各年分の労務費を推計することの合理性についてもなお疑問の余地がある。

1  昭和五六年分の確定申告額から推定される原告本人の労務費率との対比

原告は、昭和五六年分の事業所得金額を二九〇万円とする確定申告書を被告に提出したことは、当事者間に争いがない。そうすると、原告の同年分の事業所得金額は、二九〇万円を下回ることはないものと推認することができ、<証拠>は右の推認を左右するに足りない。

そして、同年分の売上金額、仕入金額、一般経費額、特別経費額、事業専従者控除額(以下、仕入金額、一般経費額、特別経費額、事業専従者控除額を「労務費外経費」という。)が別表2の各欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。右の事実を前提として判断すると、原告の昭和五六年分の労務費の額は三六〇七万一八一三円(売上金額から労務費外経費及び申告事業所得金額を差し引いた金額)を上回ることはなく、その労務費率は、七六・六七パーセント(小数点二位以下切上げ。以下同じ。)を上回るものではないと認めることができる。

2  原告の労務費率の動向

<証拠>によれば、係争各年当時、原告の受取加工賃(単価)はほとんど変わらなかったのに対し、原告の支払給料のうち時間給の部分は、昭和五五年一二月当時は一時間当たり四〇〇円であったものが、昭和五六年五月二六日からは四五〇円に、昭和五七年八月二六日からは五〇〇円にそれぞれ増額されていることが認められる。このような事情に、昭和五六年(七六・六七パーセントを上回ることがない。)、昭和五九年(七七・〇七パーセント)、昭和六〇年(七九・三〇パーセント)と労務費率が順次上昇していることを併せ考察するならば、原告の係争各年前後の労務費率は年々上昇する傾向にあったものと推認することができる。

八  労務費率の上昇を加味した労務費の推計

右七の1及び2に認定説示したところに照らすと、係争各年分の売上金額に原告主張の労務費率を乗じて係争各年分の労務費を推計する方法についても問題点があり、右の問題点に照らして考察すれば、原告の係争各年分の労務費を推計するに当たっては、原告主張の本人率に、原告の労務費率の上昇傾向を加味することによって、係争各年分の労務比率を推定して労務費を推計する方法を用いることがより合理的であると認められる。

そこで、係争各年前後における原告の労務費率の上昇の程度について検討を進めるのに、検討の前提となるべき事実として、右七の1及び2の事実に加えて、以下にみるように、昭和五五年の原告の労務費率は、七二・六七パーセントを上回ることがないことを認めることができる。すなわち、<証拠>によれば、原告は、国税不服審判所に対する審査請求に当たって、昭和五五年分の労務費(実額)は三三〇一万二二九七円である旨を主張していたことが認められ、そうすると、昭和五五年分の労務費は右金額を上回るものではないことを推認することができる。そして、弁論の全趣旨によれば、昭和五五年分の売上金額は四五四三万〇九四八円(別表2の同年分の売上金額欄記載のとおり。)であると認められるから、同年の労務費率は、七二・六七パーセントを上回るものではないと認めることができる。

この点につき、被告は、原告が昭和五五年分の所得税の更正の取消請求訴訟を取り下げたことを捉えて、原告は、昭和五五年分の労務費については別表2記載の被告主張額を明らかに争わないものとみなすべきである旨を主張する。しかし、原告が右訴訟において昭和五五年分の労務費についての被告の主張を争っていたことは、当裁判所に顕著である上、原告による右訴訟の取下げに、被告主張のような効果を認める法的根拠もない。したがって、被告の右主張は採用できない。

そして、ニットの縫製加工にかかる労務費率は、取扱商品がベビー物であるか紳士婦人物であるかによって有意な差異を生じるとは認められないことは既に認定したとおりであるから、係争各年前後の原告の労務費率の上昇傾向をみるに当たっては、昭和五五年の労務費率が七二・六七パーセントを上回るものではないことを無視することはできず、これをも考慮に入れて判断をすることが、より合理的であるということができる。

そこでこのような観点から係争各年前後の原告の労務費率の上昇の程度をみると、昭和五五年から昭和六〇年までの間の労務費率の上昇は、昭和六〇年(七九・三〇パーセント)と昭和五五年(七二・六七パーセントを上回らない。)との労務費率の差である六・六三パーセントを下回ることがないものといえるから、その間の各年毎の労務費率の上昇は、右の差を五年間で按分した一・三二パーセント(少数点二位以下切り捨て)を下回ることがないと推認することができる。

そこで、昭和六〇年の労務費率(この数値の正確性については前記のとおりである。)を基準にして、右の労務費率の上昇分を逓減して係争各年の労務費率を計算すると、昭和五七年の労務比率は七五・三四パーセント、昭和五六年の労務費率は七四・〇二パーセントとなり、係争各年の労務費率はこれを上回ることはないと推認することができる。

九  係争各年分の事業所得金額

右八に認定した昭和五六年及び昭和五七年の労務費率によって、右両年分の労務費の額を推計すると、昭和五六年分が三四八二万六一九八円、昭和五七年分が四四九九万六二七五円となる。

係争各年分の売上金額から、労務費外経費額及び右認定にかかる労務費の額を差し引いて係争各年分の事業所得金額を計算すると、昭和五六年分が四一四万五六一五円、昭和五七年分が六六八万二三七〇円となる。

一〇  結論

以上判断のとおり、被告の更正及び過少申告加算税の賦課決定は、昭和五六年分につき事業所得金額四一四万五六一五円を超える部分、昭和五七年分につき事業所得金額六六八万二三七〇円を超える部分に限りそれぞれ違法であるから、その限りでこれを取消し、原告のその余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 綿引万里子 裁判官 朝日貴浩は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 井関正裕)

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