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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)7005号 判決 1991年5月28日

原告 国賀祥司 ほか九六名

被告 国 ほか二名

代理人 山口芳子 中村正幸 佐々木達夫

主文

一  原告重里君子、同高枩良一、同橘福松、同立石ゑみ、同中谷甚一郎、同中務ヨネ、同水谷清市、同南利雄の被告国及び同大阪府に対する各請求をいずれも棄却する。

二  原告重里君子、同高枩良一、同橘福松、同立石ゑみ、同中谷甚一郎、同中務ヨネ、同水谷清市、同南利雄を除くその余の原告らの被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

三  原告重里君子、同高枩良一、同橘福松、同立石ゑみ、同中谷甚一郎、同中務ヨネ、同水谷清市、同南利雄の被告泉佐野市に対する各請求の訴えをいずれも却下する。

四  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告国賀祥司に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六一年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは各自、その余の各原告に対し、それぞれ金三〇万円及びこれに対する昭和六一年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  右12につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  被告国

(一) 原告らの被告国に対する各請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(三) 仮執行免脱宣言

2  同大阪府

(一) 原告らの被告大阪府に対する各請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

3  同泉佐野市

(一) 原告らの被告泉佐野市に対する各請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件選挙の施行と原告らの投票

昭和六一年五月一八日に、大阪府泉佐野市において、同市市議会議員の一般選挙(以下「本件選挙」という。)が施行された。

原告らはいずれも本件選挙についての選挙人であり、本件選挙の期日に所定の投票所で投票をした者である。

2  原告国賀祥司の当選

本件原告の一人である原告国賀祥司(以下「原告国賀」という。)は、本件選挙においてただひとり「関西新空港絶対反対」の立場で自ら立候補し、当選した。なお、その得票数は一、一五八票であつた。

3  被告らの行為

(一) 本件捜査の開始と泉佐野市選挙管理委員会の対応等

(1) 昭和六一年五月一二日、大阪地方検察庁の検察官外岡孝昭(以下「検察官外岡」という。)は、泉佐野市選挙管理委員会(以下「泉佐野市選管」という。)に対し、原告国賀に投票するとみられる特定の選挙人らにつき、右選挙人らが選挙権を有しているか否かを照会し、これに対し、泉佐野市選管は、同月一三日付で右選挙人らが選挙権を有している旨を回答した。

(2) 同月一五日、泉佐野警察署の栃谷光呂警備課長(以下「栃谷警備課長」という。)は、泉佐野市選管の事務局長阪本昇三郎(以下「阪本事務局長」という。)に対し電話で、「投票所に警察官を派遣するから、投票所もしくはその周辺に警察官が待機する場所を提供して欲しい。」と申し入れた。

既に同年三月二七日に、泉佐野市選管より泉佐野警察署長に対し、従来の選挙の際と同様の投開票所の警備について依頼がなされていたが、右申し入れは、この趣旨を全く逸脱するものであつた。

(3) 泉佐野市選管の阪本事務局長は、右申し入れを拒否し、従来の慣行どおり投票所周辺の巡回及び本署における待機のみに止めるよう回答したが、栃谷警備課長は、申し入れに応じなければ、選挙の警備には一切協力できないなどと言つて恫喝を加え、泉佐野市選管の業務に対して圧力を加えた。

(4) 同月一六日、大阪府警本部警備部第一課田中民之巡査部長は、泉佐野市選管に対して、「捜査関係事項照会書」を持参し、特定の選挙人四〇名についての選挙人登録名簿の写しの提出を依頼した。

同選管の阪本事務局長は、それらの選挙人登録名簿の写しが記載された捜査関係事項回答書を作成して回答した。

このころから、本件選挙当日にかけて、警察官らが連日、泉佐野市役所内に置かれた泉佐野市選管の事務所に張りつくようになつた。それは午前一〇時から午後九時ころまで、更には午前一時ころまでに及ぶこともあり、泉佐野市選管の業務を妨害した。

(5) 本件選挙当日である同月一八日午前一〇時ころ、泉佐野警察署の澤谷警備係長は泉佐野市選管の事務所を訪れ、阪本事務局長に対し、第三、第四、及び第六各投票所において、警察官が直接、選挙事務従事者に対し、特定の選挙人の投票入場券を抜き出すよう要請することについて了解を求めてきた。また、投票所の写真撮影をしたい旨も申し入れてきた。

同事務局長は、前者については拒否し、「参議院選の打ち合わせが終わつた明くる日にでも、要望をお聞きしましよう」と述べ、後者については、午後六時の投票時間終了後、選挙人がいない状態に限つて撮影を認める旨を回答した。

(6) ところが、警察官らは、投票時間中、第三、第四、及び第六各投票所に赴いて建物付近に待機し、特定の選挙人について、その投票行為の現認捜査を行つた。

(7) 同日午後、泉佐野警察署の警察官は、第四投票所に直接架電し、特定の者の入場券を別に保管してほしい旨要請した。同投票所事務従事者は、泉佐野市選管の指示がないのでできない旨回答した。しかるに、大阪府警本部警備部第一課の梅本雅史巡査部長外一名は、同投票所を訪れ、同投票所の事務従事者らに対し、特定の選挙人の入場券を抜き出すよう直接強要し、これを拒否されると、「君たちは手袋をして仕事をしないのか。」と難詰した。

他の二か所の投票所についてもほぼ同様の事態が発生した。

(8) 同日午後四時ころ、泉佐野市選管の阪本事務局長は、警察官が前記のとおり泉佐野市選管からの回答を全く無視し、投票時間中に直接、第三、第四、第六各投票所に赴いて、事務従事者に対して入場券の一部抽出を要請するなどしたことについて危惧を抱き、いつたんは了解していた投票時間終了後の写真撮影についても、これを断る旨を、泉佐野警察署の栃谷警備課長に通知した。

ところが、警察官による写真撮影は、各投票所において、事務従事者の制止にもかかわらず強行された。

(9) 同月二一日、泉佐野市選管は、前記一連の警察官の行動につき、強く抗議することをせず、単なる調査依頼にとどめることとし、その趣旨の文書を泉佐野警察署長あてに提出した。

(10) 同月二一日から六月一六日までの間に、警察官及び検察官は、泉佐野市選管に対し、別紙押収品目録記載の各物件の任意提出を執拗に迫り、被告泉佐野市は右申し入れに対し一部応じたほか、任意提出しない物件について、強制捜査としての差押がなされた場合には、これに抗議したり一切争つたりしない旨を、事前に警察、検察当局と協議の上、了解していた。

(11) 被告泉佐野市は、選挙関係者を、捜査官の事情聴取に応じさせて、これに積極的に協力した。

(二) 本件令状の請求

前記一連の動きがあつた間、大阪府警察本部警備部又は大阪府泉佐野警察署のいずれかに所属する司法警察員は、昭和六一年五月二〇日ころから同年六月一六日ころまでの間数回にわたり、佐野簡易裁判所裁判官に対し、別紙捜索差押許可請求事例に記載した内容を含む、泉佐野市選挙管理委員会方に対する捜索差押許可状(以下「本件令状」という。)の発付を請求した。

(三) 佐野簡易裁判所裁判官の本件令状の発付

本件令状の請求を受けた佐野簡易裁判所裁判官は、前同期間ころ右各請求に対し本件令状を発付した。

(四) 強制捜査の実施

大阪府警察本部警備部の司法警察員京楽千年を含む大阪府警察の警察官(泉佐野警察署の警察官を含む。)は、昭和六一年五月二一日から同年六月一六日までの間六回にわたり、本件令状に基づいて、大阪府泉佐野市二九五番地の三泉佐野市役所内在の泉佐野市選管事務局で本件令状を執行し、右選管が、原告国賀への有効投票と認めた投票用紙一、一五八枚を含む別紙押収品目録一覧表記載の各物件を押収した。

そして、大阪府警所属の警察官らは、右差押によつて押収した投票済投票用紙一、一五八枚のすべてについて指紋検出を実施した。その結果、右用紙のうち二二六枚について指紋対照可能な指紋が検出され、これを警察官が入手していた二六名の者の指紋と照合し、うち五名について指紋が一致した。

4  本件捜査の違憲違法性

(一) 投票の秘密の意義

(1) 投票の秘密の意義

日本国憲法(以下「憲法」という。)は、民主主義を基本理念としており、その制度的表現として選挙制度又は投票制度がある。憲法は前文の冒頭に「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、……」と宣言し、第一五条第一項において「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と明記し、また、地方公共団体についても、第九三条第二項において「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。」と規定し、国政あるいは地方自治体の政治に関し、国民が自己の意思を表明することを通じて、民主主義を内実あるものにしようとしているのである。このように、選挙制度又は投票制度は、憲法の基本理念たる民主主義にとつて必要欠くべからざるものである。

そして、選挙権の重大な意義に照らし、憲法は、第一四条第一項、第一五条各三項、第四四条の普通選挙、第一四条第一項、第一五条第三項、第四四条の平等選挙、第九三条の直接選挙の規定とともに第一五条第四項において投票の秘密を規定し、主権者たる国民一人一人が、何物にも拘束されず、自由、対等かつ公正に国政に関する意思を表明し、真に国民の意思に基づく国政が運営されることを期待しているものである。即ち、投票の秘密の権利は、選挙制度に必須の権利として憲法が明文をもつて規定しているものである。

このように、憲法上の規範的要請として重大な意義を有する秘密投票制の趣旨をうけて、公職選挙法(以下「公選法」という。)は、第五二条において、投票内容の陳述義務の不存在を、第四六条第二項において、無記名投票主義を、第四五条及び第六八条において、投票用紙公給主義を、第三九条において、投票記載場所の施設規制を、同法施行令第三三条において、投票箱の秘密保持を、同法第六六条第二項において、混同開票主義をそれぞれ採用し、かつ、秘密保持を確保すべく、同法第二二六条及び第二二七条において、罰則規定を設けて、厳格に投票の秘密を保護しようとしているものである。

旧憲法下においても保持されてきた投票の秘密は、国民主権が宣言された新憲法下ではより厳格に守られるべきものであり、最高裁判所も秘密投票制の原則について厳格な態度を維持してきた。

昭和二二年施行の千葉県日向村村会議員選挙についての当選訴訟において、選挙法における陳述義務不存在についての規定、官吏等による氏名表示要求の禁止規定等の趣旨につき、

「立法の趣旨は、正当な選挙人が他から何らの制肘を受けずに自由な意思で投票することができ、したがつて選挙が公正に行われることを保障したものであること勿論であるが、これをもつて選挙権のない者が投票した場合を除外して規定したものと言うことはできない。

但し、議員の当選の効力を定めるに当つて、何人が何人に対して投票したかを公表することは選挙権の有無にかかわらず選挙投票の全般に亘つてその秘密を確保しようとする無記名投票制度の精神に反するからである。したがつて、これらの規定は選挙人として投票した者が実際に選挙権を有したと否とを区別せずに適用されるものと解さなければならない。」

と判示しているところである(最高裁昭和二三・六・一判決民集二巻一二五頁、以下「昭和二三年判決」という。)。

更に昭和二二年に施行された宮城県渡波町町会議員選挙に関し、最高裁は右二三年判決を先例としたうえ

「選挙権のない者又はいわゆる代理投票をした者の投票についても、その投票が何人に対してなされたかは、議員の当選の効力を定める手続において取調べてはならない。」

と判示したのである(最高裁昭和二五・一一・九判決民集九巻五二三頁、以下「昭和二五年判決」という。)。

選挙争訟において選挙権のない者の投票が、何人に対してなされたかを調査する必要性は本来は極めて高いはずのものである。

無効な投票の帰属を明らかにできれば、議員の当選の効力を定めるに際し、無関係な候補者に累を及ぼすことや再選挙を防ぐことができるからである。

しかし、大正一一年以来、行政裁判所は本人の陳述筆跡の鑑定等により審査することが違法であるのは勿論として、本人が誰に投票したかを言明した場合でも、またそれが客観的に明らかな場合でもそれをもつて投票の効力を決し、各候補者の得票数を計算することは許されないとしてきたのであり、最高裁判所も右の立場を引きついだのである。

これは秘密投票制の保持が重大な要請であり、投票の内容が暴露される危険を阻止するためには、事実が明らかとなれば当落が明確となり、正当な当選者を確保できるという法律上の利益が犠牲となることもやむを得ないとしていることを示すのである。

なお、右昭和二三年判決は、傍論の中で、詐偽投票等の選挙犯罪に関する刑事手続の場合は、旧衆議院議員選挙法第三九条及び第一一六条第二項(現行公職選挙法第五二条及び第二二六条第二項)の規定の適用は排除されるものとした。右の傍論中の判示は学説の批判を受けたものであるが、それとても本件のような投票の検索を許容したとは到底言い得るものではない。

そして、右傍論の判示は次の最高裁判例によつて変更されたところである。

即ち、公選投票賄賂罪(旧刑法第二三四条)の合憲性が問題となつた事案において、最高裁は、

「選挙における投票の秘密は新憲法第一五条第四項の保障するところであるから前記規定(旧刑法第二三四条)の内容も憲法の趣旨に適合するようにこれを解釈しなければならないことは言うまでもない。したがつて、新憲法下において、右規定を適用するに当つては何人が何人に投票をしたかの真理をすることは許されないものと解すべきである。しかしながら、右の規定の適用については賄賂の授受及び投票の事実を明らかにすれば足りるのであつて、必ずしも何人が何人に投票したかを明らかにすることを要するものではないから、右の規定は新憲法の条規に反するものではない」(最高裁昭和二四・四・六判決刑集三巻四五六頁、以下「昭和二四年判決」という。)と判示したのである。

右昭和二四年判決は、「新憲法下において……何人が何人に投票したかの審理をすることは許されないものと解すべきである。」と明言するものであつて、前記昭和二三年判決の傍論の判示は変更された。

そして、右昭和二四年判決は、何人が何人に投票したかの審理をすることを禁止しているのであるから、まして投票用紙の差押、投票の検索を禁止する趣旨を含むものであることは明らかである。

また、投票偽造罪に問われた被疑者が被選挙人の氏名を供述したことを証拠として採用したことの違憲性が問題となつた事案において、最高裁は、

「被告人が投票偽造罪の取調を受けるにあたり、あらかじめ供述を拒むことができる旨を告げられた後、検察官に対し自ら進んで正規に投票した一票の被選挙人の氏名を表示し、その投票の秘密を犯したものとは認められない。」(最高裁昭和三〇・二・一七判決刑集九巻三一〇頁、以下「昭和三〇年判決」という。)

との判断を示した。

右昭和三〇年判決は、前記の昭和二四年判決の投票の検索の禁止を引継ぎつつ、当該の供述が純粋に自発的なものであれば右供述を裁判上の証拠とすることができるとしたものであつて、投票の検索は許されないとする昭和二四年判決は維持されているものである。

以上のように、判例は、投票の秘密を保持するため、選挙争訟においても刑事訴訟においても何人が何人に投票したか調査すること自体を禁じており、ただ完全に自発的な投票内容の供述があつた場合にのみ、これを証拠とする余地を残しているに過ぎない。

もつとも完全に自発的な供述については例外的に証拠とすることを認めることは妥当でなく、秘密投票制の趣旨、目的からすれば、犯罪の捜査において選挙人の任意の陳述その他の方法によつて投票と投票者との連絡が知られても、裁判の証拠とすることは許されないと解すべきである(宮沢俊義「選挙法要理」一三七頁)。

(2) 投票の秘密の権利の性質

選挙権が、国政について自己の意思を表明するという主観的権利という側面と、選挙人団という機関を構成しての公務員の選挙という公務の側面とを有し、国民の意思を国政に反映させる権利であることに鑑みると、本来的に自由な意思による公正な投票が、必須のものとして要請されているのであり、そのためにも、個々の選挙人の秘密が保障されると共に、公共の利益として選挙の秘密が客観的に保障されなければならないものと解される。

いわば、選挙権に内在するものとして、投票の秘密の権利が存在し、この権利は、個々の選挙人の主観的権利に関連するものであると共に、議会制民主主義の基礎を確保するという公共的利益に関連するものと言える。選挙人が、ある特定の候補者に投票する場合、当該選挙人は、特定の候補者の政策なり公約なりを判断し、自らの自由意思に基づいて選択する。右選挙は優れて政治的判断であり、自らの信条ないし思想と深く関わる行為である。そして、このような投票行為について秘密が守られないならば、右行為の意義が、画餠に帰すものであることは、選挙制度の歴史からも明らかである。即ち、憲法第一五条第四項で保障される投票の秘密の権利は、憲法第一三条に定められる自己決定ないしプライバシー権、同第一九条に定められる思想、良心の自由や、同前文第一項及び第四三条第一項に定められる議会制民主主義等と内的関連性を有するもので、主観的権利及び客観的権利として保障されているものである。

そうすると、投票の秘密を保障するとは、投票者が、誰に投票したかが、内心にとどめおかれ、投票者と被投票者の結び付きは、公権力の行使によつて探知されるべきではないとするものであつて、この権利が、前記のとおり、自己決定権、プライバシー権、及び思想、信条の自由と、内的関連性を有する権利であることから考えて、「公共の福祉」を理由とする制限も許されるべきではない。個人の人格的尊厳の核心ともいうべき「内心的世界」について、公権力が強制的に告白させ、もしくは推知することは許されない。

そして、一方で、公共の利益としての投票の秘密を客観的に保障するといつた場合、それは、とりもなおさず、個々の選挙人が、自由な意思決定に基づいて国政に関する意思を表明し、もつて、真に国政に民意を反映することを保障することに向けられたもので、主観的権利と密接不可分である。

したがつて、投票の秘密の制度を、いわゆる「制度的保障」と把握することは誤りであり、個々人の投票の秘密の権利を直接保障しようとするものである。それ故、投票の秘密の権利侵害は、直ちに違憲・違法となる。換言すれば、投票の秘密制度違反の行為は、そのまま個々人の主観的権利侵害となるものである。

(3) 投票の秘密とその侵害行為

右のとおり、投票の秘密の権利が、個々の選挙人の投票の秘密が保障されるという意味で、主観的権利であるとともに、この権利が、民主主義の基礎を確保するという公共的利益にかかることから客観的権利でもあり、両者は密接不可分のものである。

仮に、ある個人について、特定の候補者に投票したか否かを、公権力が探知し暴露したというような場合、これは紛れもなく現実に侵害したものであるが、この場合は、とりもなおさず、投票の秘密制度をも侵害したことになることは明らかであろう。即ち、個々人の投票の秘密の権利を侵害した場合、投票の秘密制度に対する侵害行為がないということはない。

更に、投票の秘密は、国民が自らの意思を国政に反映させるうえで必須の条件であり、その侵害行為は、「投票箱と民主政」の過程に対する重大な過誤を生じさせるもので、選挙人に対する萎縮的効果は重大である。

よつて、ある個人に対する現実の侵害行為のみならず、不特定多数の者に対し、この危険に曝すこと自体が、投票の秘密の権利に対する侵害となるのである。したがつて、かかる投票の秘密の権利の特性に照らせば、ある特定の選挙人に対する投票の秘密を現実に探知すれば、言うまでもなく違憲、違法であり、また、投票の秘密を危険に曝す場合も、違憲、違法と解さねばならない。それだけでなく、ある特定の選挙人に対する投票の秘密が、現実には侵害されることはない場合でも、ある特定の選挙人が、ある特定の候補者に投票しようとしているかを探知しようとして、投票の秘密を危険に曝すことも、また投票の秘密を侵害するものとして、違憲、違法と解さなければならない。

(4) 投票の秘密の権利と無資格投票者及び不正投票者

更に、投票の秘密の権利の保障は、正当な投票者のみならず、無資格投票者及び不正投票者についても及ぶと解される。前記のとおり、投票の秘密の権利の性質、公選法上、犯罪構成要件が、投票の秘密を害することなく充足されうると考えられること、現実の被侵害者の特定の困難性及び投票の秘密を侵すことによる正当な投票者に対する萎縮的効果等を考慮するならば、無資格投票者及び不正投票者であるという一事をもつて、投票の秘密の権利が保障されないと解すべきではない。公選法も、犯罪はそれ自体処罰されなければならないが、投票は正当な権利の行使であるから、投票の秘密は保障されなければならないものとして、規定していると解されるのである。

(5) 投票の秘密と選挙犯罪の捜査

以上のとおり、公選法は、憲法第一五条第四項の趣旨をうけて、厳格に投票の秘密を保護しようとしているが、一方、選挙は自由であると共に公正であることが要請され、この要請は、憲法第一五条、第九三条に内在すると解される。そのために、公選法において、投票増減罪(同法第二三七条第三項、第四項)、詐偽登録、虚偽宣言罪(同法第二三六条)、詐偽投票罪、投票偽造罪(同法第二三七条第三項、第四項)、買収の罪(同法第二二一条以下)等、種々の選挙犯罪を規定し、罰則を設けている。

投票の秘密と右各選挙犯罪の両者の関係につき、憲法学説においては、「不正投票者、無資格者の投票内容を確定するために、他の正当な選挙人の投票の秘密を害するおそれがあるし、詐偽投票や投票偽造等の犯罪構成要件も投票の内容自体を審査せずに充足されるべきものと解されるので、当選の効力を定める手続だけでなく、刑事手続の場合においても投票の検索は許されないと解するのが法の目的・精神にそう正しい結論だと思われる。」(芦部前掲二八九頁)と解するのが一般的である。また、自治省選挙部の解釈も、例えば、公選法第五二条(投票の秘密保持)について、被告らの依拠する昭和二三年判決や、東京高裁昭和二二・一二・一〇判決に批判的見解を示す(自治省選挙部浅野大三郎・吉田弘正「逐条解説公職選挙法」二九三―二九四頁、一二三〇―一二三一頁)など、憲法学者の通説と同様、捜査の必要より投票の秘密の保障を優位に解している。

以上のような解釈の根拠は次のように考えられる。第一に、憲法の明文上明確に差異がある。投票の秘密の権利が、憲法第一五条第一項の選挙権の規定とならんで、同条第四項において、明文で規定されているのに対して、選挙の自由・公正それ自体は、憲法第一五条及び第九三条第二項において内在するものと解釈され得るにすぎず、しかも、捜査権は、憲法第三一条等により本質的に制約されているものである。第二に、投票の秘密の権利は、憲法の基本理念である民主主義の根幹を構成する権利であるのに対し、選挙犯罪に対する捜査は、いわば一種の担保として機能するにすぎない。それ故、例えば公選法において、詐欺投票や投票偽造の罪に対する犯罪構成要件は、その規定からみて投票の内容自体を審理せずに充足されることを予定しているのである。公選法は、選挙犯罪について処罰するものではあるが、選挙人の投票の秘密の権利は、それ自体尊重すべきであるとし、投票の秘密の権利を侵害せずに、犯罪を取締まろうとしているものと解せられるのである。第三に、選挙権を行使するのは一介の私人にすぎないのに対し、捜査権を行使するのはいうまでもなく国家権力である。捜査によつて投票の秘密の権利が侵害されると、一人一人の権利が侵害されることになるのみならず、いわゆる「投票箱と民主政」の過程そのものに過誤を生ぜしめることになる。即ち、究極的には民意に基礎を置くべき捜査権の行使が、「投票箱と民主政」の過程そのものに過誤を生ぜしめ、民意の国政への反映を阻害するという皮肉な結果を招くのである。しかも、一旦、投票の秘密の権利が侵害されれば、これに対して右権利を回復するのは、不可能ないし甚だ困難である。以上の諸点を考慮して、憲法規範上、投票の秘密が、選挙犯罪の捜査という要請に優位するという衡量がなされているものと解されるのである。したがつて、刑事手続上、両者の比較衡量については、投票の秘密と刑事手続上の必要とを、全く対等に秤にかけるいわゆるアドホツクバランシングではなく、投票の秘密という価値に傾斜した衡量でなければならない。

(二) 本件捜査の違憲違法性

(1) 強制捜査の違法性

前記請求の原因4(一)(5)で述べたとおり、投票の秘密が選挙犯罪の捜査に優位すると考えられる以上、たとえ、選挙犯罪の捜査によるといえども、本件令状に基づき、投票済投票用紙を差し押えたことは、前記請求の原因4(一)(3)で述べたとおり、ある特定の選挙人に対する投票の秘密を現実に探知すること又は、右投票の秘密を探知しようとして右投票の秘密を危険に曝したことであつて、明らかに違憲、違法である。

(2) 任意捜査の違法性

更に本件における任意捜査も、以下に述べるとおり、違憲、違法な行為である。

即ち、強制捜査に関する最高裁判所昭和五一年三月一六日決定を参考にすれば、任意捜査とは、特別の根拠規定がなくとも、捜査をうける個人の自由な意思に基づき、その身体、住居、財産等に対する制約が許容される行為と解することができる。つまり、任意捜査においては、その処分が個人の意思に係らせられている権利を対象とし、原則として、その者の承諾ないし推定的承諾がある場合、又は予想される場合、もしくは被侵害利益が僅少であるのに対し、捜査の必要性、相当性に鑑み捜査による利益が大きい場合に許されるということになる。したがつて、任意捜査であれば、いかなる行為も許されるわけではなく、被侵害利益と捜査の利益を比較衡量した上で、相当性、必要性が認められる場合にのみ許されると解され、自ずと限界があるものである。日本国憲法が個人の尊厳(第一三条)を指導理念とし、詳細な人権カタログを規定し、特に刑事手続について諸外国の憲法以上に、第三一条以下に、詳細な規定をおいているのみならず、捜査が国家権力の発動として行使されることから本質上要請される限界である。その意味で、任意捜査としても麻酔分析や承諾留置が許されないと解され、おとり捜査、盗聴、写真撮影等については問題があるとされているのである。

ところで、本件において問題となる権利は投票の秘密の権利であるが、それは、前記請求の原因4(一)(2)のとおり、主観的権利であると共に、公共的利益に関連するという客観的権利の側面をも有する権利である。したがつて、その処分については、個人の自由意思に関わつているものといえるが、一方、公共的利益に関する客観的権利という側面から見れば、これは個人の意思によつて処分されてはならないものと解される。

即ち、個々の選挙人が、自ら投票した候補者を明らかにすることにつき、たとえその者の承諾があつたとしても、公権力がそれを探知することは許されないといわなければならない。

本件において、被侵害者が承諾をしていないことは言うまでもなく、原告らもまた、自らの投票の秘密の侵害されることを全く承諾していないし、恐らく、全投票者も承諾していないであろう。

ところで、本件令状に対する準抗告について大阪地裁堺支部の昭和六一年一〇月二〇日の決定(以下「堺支部決定」という。)は、次のように指摘している。「秘密投票は、民主政治の根幹をなすものであつて、秘密投票なくして、民主政治はあり得ないのである。」、一方「本件で行つた司法警察員の本件投票済投票用紙の差押を含む一連の所為は、詐偽投票における投票の事実の立証を目的とするものではあるけれども、客観的には、被疑者A外二六名が国賀候補に投票したか否かを強制捜査により探知しようとし、その一部の者については、これを探知したものであるから、まさに、右の投票の秘密を侵そうとし、これを侵したもの」である。そして、「(詐偽投票)の被疑事実の立証上、被疑者A外三四名の指紋が本件投票済投票用紙に存在するかまで探知することが不可欠とは認め難い。」ものである。

右決定は、令状に基づく強制捜査としての差押についてのものであるが、本件では、司法警察員の「一連の所為」によつて、「客観的に」「投票の秘密を侵そうとし、これを侵したもの」であるから、その趣旨は、強制捜査のみならず、任意捜査の場合にも及ぼされるものと解さなければならない。詐偽投票罪について、判例は、いやしくも投票の目的で詐偽の方法を用いる行為に着手した以上、その詐偽行為が未完成に終つた場合であると、第二段の投票行為に着手し、それが未完成におわつた場合であるとを問わず、右の罪の成立があると解すべきである(東京高裁昭和二八年八月一七日判決)としているのであるから、詐偽投票の被疑事実立証のためにも、特定候補者に投票したか否かを探知しようとし、結果として探知することは、必要性は少ない反面、秘密投票の有する意義、重大性及び右の如き意図による投票の探知を容認すると、これがつぎつぎに拡大されて、結局は、投票者全員の被投票者の探知がなされるおそれなしとしないというその弊害の余りに重大であることから考えると、たとえ任意捜査といえども、結果として投票の秘密を侵そうとし、これを侵したものといわなければならず、憲法第一五条第四項に違反するといわなければならない。

後記請求の原因4(二)(3)のとおり、本件における捜査機関の一連の捜査は、客観的には原告国賀に投票したか否かを探知しようとし、一部の者についてはこれを探知したものである。任意捜査といえども、公権力の行使であるということについては強制捜査と択ぶところはなく、したがつて、右任意捜査によつて、誰に投票したかを探知することは、「内心的世界」を告白させ、もしくは推知することであり、任意捜査の限界を越えた違憲、違法なものである。

(3) 本件捜査の一体性

本件において、投票済投票用紙の差押を含む一連の所為は、客観的には誰が原告国賀に投票したか否かを探知することを意図してなされたもので、最終的に強制捜査により探知しようとし、その一部の者についてはこれを探知したものであるから、まさに、投票の秘密を侵そうとし、これを侵したものである。投票の秘密に対する侵害行為は、差押えという強制捜査が最も重大な侵害であるとは言えるが、それ以外の任意捜査においても、右のとおり、投票の探知を意図した本件捜査の一連の所為の一部として、右投票の秘密を侵害し、又は侵害しようとしたものと言い得るものである。本件において、他の所為を切り離し強制捜査である差押のみ違法とすることは許されない。そのことは、まさに、原告国賀に投票したことが強制捜査によつて探知された五名ないしはせいぜい探知されてはいないが、警察において指紋を保有されている二二名についてまでしか、投票の秘密の侵害を主張し得ない結果となつてしまう。投票の秘密が、誰に投票したかが内心にとどめおかれ、公権力によつて探知されない権利であり、その性質上、投票人と被投票人の結び付きは一切公表されず、また、全く告白を予定されていない権利である以上、投票人の立場で、本件任意捜査及び強制捜査の一連の所為によつて、投票の秘密が侵害されたということに対して責任を追及できるのでなければ、投票の秘密保障の趣旨が国賠法上没却してしまいかねない。即ち、本件差押えと、一連の任意捜査が同一の意図に基づいて行なわれ、右任意捜査と差押えとが関連性がある以上、全体として違憲違法行為であると言うべきである。

5  被告らの責任

(一) 国家賠償法第一条の「違法性」と「故意、過失」

(1) 国家賠償法第一条の「違法性」

国家賠償法(以下「国賠法」という。)第一条にいう違法性とは、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、国民に対して負担する職務上の法的義務に違反することであり(最高裁昭和六〇年一一月二一日判決)、判例においては、無罪判決に係る逮捕・公訴の提起・維持等につき、職務行為基準説(最高裁昭和五七年三月一二日判決)が採用されているが、違法性の第一義的な判断基準が、当該行為の根拠法規の規定であることは言うまでもない。公権力の行使は、公的ないし社会的利益の実現を目的とし、その実現のために必要かつ合理的な範囲に限定され、その基本的枠組みが当該根拠法規となるものである。一方、規定された効力要件、手続要件を具備していても、当該行為の目的又はその実現のために必要かつ合理的な範囲を逸脱している場合は、権利濫用ないしは信義誠実の原則違反として違法を帯びると解される(最高裁昭和五三年五月二六日判決、同昭和五六年一月二七日判決)。

本件で問題になつている利益は、民主制の根幹をなす投票の秘密の権利という重大なものであり、憲法第一五条第四項において規定され、同第九九条において、公務員にその尊重擁護が義務づけられている権利である。したがつて、公務員の違法性を判断する根拠法規は、まずもつて右憲法第一五条第四項及び第九九条でなければならず、更に憲法の趣旨をうけて投票の秘密を厳格に保障している公選法の諸規定である。そして刑訴法第一〇〇条のような規定もなく、立法者は、投票用紙が司法官憲に押収されるというような事態を予測していないと考えられること、公選法第五二条、第二二六条第二項、第二二七条等により、選挙人は、自らの投票について、たとえ公権力の行使に対しても陳述する義務もなければ、関係公務員等が投票の秘密を侵すことは許されるものでなく、また選挙犯罪の捜査又は公判に当つて裁判官、検察官、警察官が選挙人たる被疑者に対し被選挙人の氏名等の表示を求めることも許されないと解されること(大審院昭和一二年六月八日判決)などから、およそ投票の秘密に対する侵害は、公権力の行使としても予定されていない。受忍する理由のないものと考えるべき権利である。したがつて、投票の秘密が侵害されたのであれば、侵害について受忍すべき理由などないものであるから、仮に、法の手続が履践されたとしても、憲法に違反した違法行為と言い得るのである。

(2) 国賠法第一条の「故意、過失」

国賠法第一条の責任を代位責任とみる判例通説は、「故意」とは、公務員が公権力を執行するにあたり、自己の行為によつて違法な事実が発生することを認識しながら、これを行う場合の心理状態を、また「過失」とは注意を欠いたため右の認識をすることなくしてこれを行う場合の心理状態をいうと解し、過失においては、「通常その公務員の地位で職務を果すのに客観的に要求される注意義務」として抽象的過失で足りるとしている(最高裁判所昭和三七年七月三日判決、同昭和四三年四月一九日判決、古崎慶長「国家賠償法」一五二、一五四頁、雄川一郎「行政法講座第三巻」一三頁等)。そして、過失判断の基準となる認識内容等の点では、民法の一般不法行為における抽象的過失よりも、抽象度が高度であると考えるべきである(信濃孝一「裁判実務大系一八国家賠償訴訟法」一四七頁)。また、国民に被害が生じた場合、国家活動のどの点に過失があつたのかを、的確に指摘して立証することは、ときとして、不可能に近い場合が生じるから、物事の通常の成り行きに従えば、故意過失の存在を推定されるに足りる蓋然性が認められる場合は、国、又は公共団体が、右の推定を覆すべき特別の事情を立証しなければならず、これをなさないかぎり故意過失が肯定されると考えなければならない(「故意過失の一応の推定」雄川・前掲二七頁、古崎前掲二九八頁等)。判例においても、警察官の拳銃使用に関する東京高裁昭和二六年一〇月二七日判決、東京地裁昭和四五年一月二八日判決や誤認逮捕に関する東京地裁昭和四五年一月二八日判決、同昭和五三年二月二八日判決において、過失の一応の推定の理論を採用している。

本件において問題になつた権利は、民主制の根幹をなす秘密投票の権利であつて、先述したように、法は公権力の行使によつても右の権利の侵害の結果が発生することを予定していないもので、投票の秘密が侵害された以上、右公権力の行使は違法であることは免れ得ない。そして、刑事手続に関する捜査、裁判においては、公権力による権利侵害につながる度合が類型的に強く、侵害の程度も大きい場合といえるから、右公権力の行使にあたる行為者には高度の注意義務が課せられていると考えられる。刑事手続において、慎重な捜査公判を求め、手続きを厳格に法律で規定しているのも、刑事手続に関与する行為者に高度の注意義務が課せられていることの一つの証左とも言えよう。とりわけ、本件の被侵害法益である投票の秘密の権利については、憲法によつて明文で規定され、かつ、それをうけて公選法で厳格に保護している「投票箱と民主政」に不可欠の権利なのであるから、他の権利にもまして、高度の注意義務が存すると言わなければならない。したがつて、右権利の侵害の結果が生じている以上、過失があつたと考えられる。少なくとも公権力の行使に「何らかの」不注意があつたという経験則が働くと言うべく、過失の一応の推定が働くと解されるものである。そして右の理は、選挙管理事務を担当している公務員の行為についても妥当すると言わねばならない。右公務員は、選挙事務に精通し、選挙人が、自由な意思決定に基づいて投票することができるように、選挙事務一般を管理することが期待されている者で、そこには、右公務員には、選挙事務に関しては高度の注意義務が課せられていると言うべきであり、殊に投票の秘密については、自らがその権利を侵害し易い立場にあることもあつて、尚更に高度の注意義務が課せられていると考えられるのである。

なお、国及び公共団体は、当該公権力の行使の違法は、公務員の法令解釈の誤りに帰せられる場合であり、この場合には、公権力の行使が違法であるからと言つても、そのことから、直ちに、当該公務員の故意過失を推定できないとの反論が予想される。本件においては、単なる法令解釈の問題に尽きるものではない。国の根本規範である憲法上の権利についてのものであり、公選法の規定や、過去の投票の秘密に関する判例の立場(昭和二四年判決、同三〇年判決、最高裁昭和二五年二月一七日判決)からして、投票の秘密については、たとえ犯罪の捜査の必要のためであつても、その侵害が許されない権利であること、また、本件令状に関する堺支部決定が指摘するように、公選法違反(詐偽投票)の被疑事実の立証上、被疑者外三四名の指紋が本件投票用紙に存在するかどうかをまで探知することが不可欠とは認め難く、反面、秘密投票の有する意義、重大性及び本件の如き意図による投票済投票用紙の捜索差押えを容認するとこれがつぎつぎ拡大されて結局は、約五万票の投票用紙全部について警察の保有する指紋との対照による非投票者の探知がなされるおそれなしとしないというその弊害の余りに重大であることを考えると、法令解釈の誤りに過ぎないと解するのは妥当でなく、まさに、不注意にも憲法第一五条第四項、第九九条の義務に反したものといわなければならない。

また、本件は異なつた機関に属する複数の公務員が関与してなされた、一連の行政司法の過程から、投票の秘密の権利が侵害された場合であるが、このような場合、「国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があつたのでなければ右の被害が生ずることはなかつたであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよ、これによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、国又は公共団体は、加害行為不特定をもつて国家賠償法……上の損害賠償責任を免れることができない。」(最高裁昭和五七年四月一日判決)のであるから、本件において、投票の秘密に対して、一連の探知行為があり、その結果、一部の者については、現に投票の秘密を侵害され、また、他の者についても侵害の恐れが生じるという被害が生じていることに鑑みると、加害行為が、不特定であることをもつて、国又は公共団体において責任を免れることはできないと言うべきである。

(二) 被告らの責任

前記請求の原因4(二)(3)のとおり、本件捜査は、任意捜査、強制捜査を問わず、投票の秘密の探知に向けられた一連の行為として違法と言うべきであり、かつ、同5(一)(2)のとおり、右一連の行為のいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があつたと認められるべき事案ではあるが、更に、被告らの主体別に、その責任を具体的に示すと、次のとおりである。

(1) 被告国の責任

(i) 検察官の本件捜査に関する責任

最高裁昭和五四年七月一〇日判決は、都道府県警の警察官が、捜査につき違法に警察権を行使した場合、責任を負うのは、原則として都道府県であるとしながらも、検察官が自ら行う犯罪捜査の補助に係るものであるときのような場合には、例外的に国の公権力の行使である旨判示する。刑訴法第一九三条第三項の場合、警察官の行為は、検察官の国の公権力の行使に包含されるものと解されるのであるが、本件において、遅くとも、昭和六一年五月一二日以降、検察当局と警察当局は密接に協議し、意思を相通じ、もつて、警察官が投票の秘密を侵害する本件一連の所為をなしたものであつて、各所為は、検察官の意思に基づくものでもあり、被告国の公権力の行使に含まれるといわなければならない。また、大阪地方検察庁の検察官外岡は、右同日泉佐野市選管に対して、原告国賀に投票するとみられる特定の選挙人につき当該選挙人が選挙権を有しているか否かを照会すると共に、同年同月二一日から六月一六日までの間に、右選管に対し別紙押収品目録記載の各物件の任意提出を執拗に迫るなど、本件一連の所為について一貫して主体的、主導的に公権力を行使しているといわなければならない。そして、これらの行為が、客観的には、被疑者外二六名が原告国賀候補に投票したか否かを探知しようとする意図のもとになされたものである以上、検察官の右各所為は、違法かつ故意過失に基づいて公権力を行使したと考えられ、被告国は責任を免れることはできない。

(ii) 裁判官の本件令状発付に関する責任

佐野簡易裁判所裁判官は、違憲違法な捜査差押許可状を発付したものである。裁判官は、犯罪の嫌疑その他法定要件とともに、差押・捜査の必要性についても判断し、逮捕状発付の場合に準じて、明らかにその必要がないと認められるときは、請求を却下しなければならず、差押は「証拠物又は没収すべき者と思料するもの」について行なわれ(刑訴法第三二二条第一項)、その場合でも、犯罪の態様、軽重、差押物の証拠としての価値、重要性、差押物が隠滅毀損されるおそれの有無、差押によつて被差押者の受ける不利益の程度等諸般の事情を考慮して明らかに差押の必要がないときにまで、差押を是認しなければならない理由はないのである(最高裁昭和四四年三月一八日決定)。本件被差押物は、投票済投票用紙等であるが、少なくとも右投票用紙の差押えが、違憲違法なことは明らかで、そもそも証拠物と思料されるものに該当しないのみならず、詐偽投票罪の被疑事実の立証上、被疑者A外三四名の指紋が本件投票用紙に存在するかをまず探知することが不可欠とは認め難いものである一方、右差押えによつて侵害された利益は、民主政治の根幹をなす秘密投票の権利という重大な利益であり、しかも、それは一旦侵害されると、回復が不可能ないし甚だ困難な権利である。確かに、事実認定は裁判官の自由心証に属し、法律解釈が相対性を有するとしても、右自由心証とは、合理的で経験則に則た自由心証でなければならず、法律解釈についても、例えば、憲法第七六条第三項の「良心」について憲法学説の通説が、裁判官としての客観的良心ないし裁判官の職業倫理と解しているように各裁判官個人の全く主観的解釈であつてはならないのであり、全法体系の客観的原理を探求したうえでなされるべきもので、その枠内で相対性を有するにすぎないのである。特に裁判所には違憲立法審査権を付与され(憲法第八一条)、憲法保障の最後の砦とも言うべき役割を期待されているのであるから、憲法上の権利侵害が問題にされている場合には「裁判官がその付与された権限の趣旨に」照らして、一層慎重に判断することが要請されていると解すべきで、過去の判例の趣旨を考慮し、判例なき場合には、上級審であれば如何に判断されるかを熟慮のうえ判断することがその職責上求められているといわなければならない。徒らに自由心証主義、相対性を理由として右職責の放棄は許されず、憲法第八一条の趣旨から、裁判官には憲法問題につき高度の注意義務が存するといわなければならない。したがつて、堺支部決定の事実認定及び憲法解釈に照らして鑑みるに、本件佐野簡易裁判所裁判官の決定は、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認められるような高度の注意義務違反が存するから、右裁判官の違法行為によつて被告国は国賠法第一条に基づく損害賠償責任を免れないものである。

(iii) 国賠法第三条第一項に基づく責任

警察法では、警視正以上が国家公務員とされ、それ以外の警察職員は地方公務員であるとされている。そして同法では、警察官は上官の指揮監督を受けるものとされており、経費については一定の経費は国庫の支弁として、それ以外を都道府県の支弁としているのであるが、都道府県の支弁にも、その一部を国が補助するものとされている(警察法第三七条)。

都道府県職員たる警察官であつても、国家公務員たる警察官の指揮監督を受けているものであるし、また都道府県警察の経費も、国庫の支弁及び補助の形で国が負担するものとされているのである。

警察は、関西新国際空港建設に反対する一派がその運動の一貫として、前記泉佐野市議会議員選挙に自派の活動家を立候補させ、その当選を図るのではないかと考えて警戒していたもので、そのため、被告国は、警察法第三七条第一項第八号の事務に関する経費の国庫を支弁していたものとして、国賠法第三条にいう費用負担者として責任を負うべきであり(東京地裁昭和四九年三月二五日、同年六月二〇日各判決)、少なくとも、国と都道府県警との密接な関係や、警察法第三七条、同法施行令第二条及び第三条の実質的内容から、警察法第三七条第三項の補助金の支出をもつて、費用負担者と考えられ、国賠法第三条の責任を認めるべきである(古崎・前掲書二三七頁、山下瑛二・国家補償法一七四頁以下)。

国賠法は、被害者の損害填補を主眼とするものであるから、被害者の選択権を広く解し、都道府県職員たる警察官の行為についても、被告国は国賠法第三条第一項の責任を有するものと解すべきである。

判例、学説を見ても、東京地裁昭和四二・一・二八判決、下裁民集一八巻一・二号七七頁、下山瑛二教授・国家補償法一七四頁、古崎慶長判事・国家賠償法二三七頁はそれぞれ結論を同じくし、都道府県職員たる警察官の行為についても、国は国賠法第三条第一項の責任を有するものとしている。

(2) 被告大阪府の責任

大阪府警ないし泉佐野警察は、前記のとおり、検察当局と協議し、相通じて、原告国賀に投票するものを探知することを意図して本件一連の所為に及んだものである。従来の選挙の際と同様の警備の趣旨を全く逸脱した申入れ及び選挙業務に圧力を泉佐野市選管に対して加えたり、特定の選挙人の投票行為を探知すべく同選管に種々の圧力を加え、直接警察官において同選管の事務所にはりついたり、写真撮影を強行したり、特定人の入場券を直接強要したりするとともに、最終的に原告国賀に対する投票済投票用紙の任意提出を求め、遂には差押にまで至つたものである。

以上、要するに、右一連の行為は、原告国賀に対して投票した者を探知せんとしてなされ、結果、捜査機関は、被疑者A外二六名が、原告国賀候補に投票したか否かを強制捜査により探知しようとし、その一部の者についてはこれを探知したものであるから、まさに右の投票の秘密を侵そうとし、これを侵したものといわなければならない。即ち、違法かつ故意過失をもつて秘密投票の権利を侵害したもので、被告大阪府は国賠法第一条に基づく損害賠償責任を免れないものである。

(3) 被告泉佐野市の責任

泉佐野市選管は、その職務上、投票の秘密の権利を侵害しないよう高度な注意義務を有する。ところが、右選管は、捜査関係事項照会に回答したり、任意提出の求めに応じたり、差押えについて何ら不服申立もせず、漫然なすがままにしたり、職員が取調べに応じたりしたものである。選管の事務従事者は、投票の秘密を侵害しないよう高度な注意義務が存する一方、前記二四年判決、二五年判決、又は三〇年判決等によれば、たとえ犯罪捜査によるものであつても、投票の秘密が厳守されるべきであるところ、右義務に反し、刑訴法に基づくものであるとの一事をもつて、前記各行為に応じたものであるから、やはり、被告泉佐野市は国賠法第一条に基づく損害賠償責任を免れないものである。

6  原告らの損害

被告らの前記違憲違法な公権力の行使によつて、原告らは、次のとおりの重大な損害を蒙つた。

(一) 原告国賀を除く原告らの損害

請求の原因1記載のとおり、右原告らはいずれも本件選挙の投票日に投票をしたものであるところ、本件令状請求・発布並びに執行を含む一連の捜査により、その投票内容についての秘密を何の理由もなく一方的かつ明確に侵害された。もともと投票の秘密を侵すについて、これを正当化し得る理由など思いも及ばないところであるが、右原告らについていえば、いずれも全く関知できない権力機関の行為により、全くの秘密裡において、各自の投票の秘密が強制的に侵害されたものである。本件の強制捜査は、新聞等のマスコミ報道により、はじめて右原告らを含む一般人の知るところとなつた。また、投票の秘密は、単にある選挙人が、いかなる候補者に投票したかという点についてだけ保障されるのでなく、その投票が余事記載その他により有効であつたか否か、白紙投票であつたかどうかという点や、その選挙人が、特定の候補者に投票をしなかつたという事実などを含め、投票の内容の全てにわたつて、その秘密を保障されるのでなければ意味がない。一方、投票の秘密を侵害するという所為の内容は、必ずしも、具体的に、何人が何人に投票したかを確知するという結果にまで至ることを要せず、前記のとおり、各投票内容ないし態様を探知すべく調査行動をとること自体が、侵害行為を構成すると解すべきものである。けだし、そのように解するのでなければ、警察当局が、各投票者に対して、遂一その投票内容を尋問するという事態すら許容することとなるであろう。また、公選法は、前記のとおり、「被選挙人の氏名を認知する方法」を行なうことを、刑事罰を設けて禁止しているが、警察当局の所為が、仮に犯罪行為にまでは該当しなくても、国賠法上違法な公権力の行使と評すべきことがあり得ることは、言うまでもない。

以上のとおり、右原告らが、いずれも本件令状発付並びに任意及び強制捜査により、自己の投票の秘密を侵されたものであることは明らかである。そして、これらの違憲、違法な公権力の行使によつてうけた右原告らの各損害は、国民(住民)の参政権という民主制の基本権に対する侵害であるという点で、これを経済価値に変換することは本来相当ではないが、国賠法に則り、これを金銭に見積れば、右原告ら各自につき、それぞれ金三〇万円を下らない。

(二) 原告国賀の損害

原告国賀は、もとより自らも本件選挙において投票をした者であるから、前記のとおり、投票の秘密を侵害されたことによつて前記同様の損害を蒙つたと言うべきであるが、他の原告らと異なり、単に投票の秘密を侵害されたにとどまらず、第一に、本件選挙に基づく当選の過程について、いわれなき疑いを世人に生ぜしめたこと、また第二に、今後の政治的・社会的諸活動に対し、筆舌に尽くし難い重大な障害をもたらしたことの二点において、特に顕著な損害を蒙つたものである。これは、本件各捜査が一部投票者に対する公正証書(住民票)原本不実記載及び詐偽投票を口実に行われた事実により一層明らかであるが、少なくとも罪名の如何に拘わらず、自己に対する有効投票の図べて(編注「図べて」は「全べて」の誤りか)が押収されたという一事により、今後の政治的活動等に対する悪影響は測り知れないものがあると言い得る。けだし、今回の本件選挙における原告国賀に対する投票者の全てが、その投票用紙を押収されたことを聞知すると同時に、今後の投票について、直接的な危惧感を覚えることは明白であるし、今後新たに同原告に対する政治的支援を行なおうとする一般市民においても、右と同様の危惧感を抱くことは明らかだからである。原告国賀のこのような損害を、前同様金銭に見積もれば、少なくとも金三〇〇万円を下らない。

7  まとめ

よつて、原告らは、被告国に対し、国賠法第一条第一項及び同法第三条第一項に基づく損害賠償として、被告大阪府及び同泉佐野市に対し、同法第一条第一項に基づく損害賠償として、各自、原告国賀につき金三〇〇万円、原告国賀を除くその余の原告らにつき、各金三〇万円の金員及び右各金員に対する被告らの違法行為がなされた最後の日である昭和六一年六月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  被告国

(一) 請求の原因1の各事実のうち、前段の事実は認める。

(二) 同2の各事実のうち、原告国賀が本件選挙に立候補し、得票数一一五八票で当選したことは認め、その余の事実は不知。

(三) 同3(一)の各事実に対する認否は、次のとおりである。

(1) (1)の各事実は、すべて認める。

(2) (2)の各事実のうち、昭和六一年五月一五日、大阪府泉佐野警察署の栃谷警備課長が、泉佐野市選管に対し、投票行為の確認についての協力要請をしたことは認め、その余の事実は否認する。

(3) (3)の各事実のうち、泉佐野市選管の阪本事務局長が栃谷警備課長の申し入れを拒否し、従来の慣行どおり投票所周辺の巡回及び本署における待機のみにとどめるよう回答したことは認め、その余の事実は否認する。

(4) (4)の各事実のうち、大阪府警本部警備部第一課田中民之巡査部長が、泉佐野市選管に対して、「捜査関係事項照会書」を持参し、特定の選挙人四〇名についての選挙人登録名簿の写しの提出を依頼し、右泉佐野市選管の阪本事務局長が、右選挙人登録名簿の写しが記載された捜査関係事項回答書を作成して回答した事実は不知、その余の事実は否認する。

(5) (5)の各事実は、いずれも認める。

(6) (6)の各事実はいずれも認める。

(7) (7)の各事実のうち、泉佐野警察署の警察官が第四投票所に直接架電し、特定の者の入場券を別に保管してほしい旨要請した事実及び右投票所の事務専従者が、泉佐野市選管の指示がないのでできない旨回答した事実は認め、その余の事実は否認する。

(8) (8)の各事実はいずれも否認する。

(9) (9)の事実は認める。

(10) 同(10)の事実のうち、投票済投票用紙を除く別紙押収品目録記載の各物件の任意提出を泉佐野市選管に求めた事実は認める(但し執拗に迫つたものではない。)が、その余の事実は否認する。

(11) (11)の事実は不知。

(四) 請求の原因3(二)の各事実のうち、大阪府泉佐野警察署の栃谷警備課長が、昭和六一年六月二日、佐野簡易裁判所裁判官に対し、「泉佐野市議会議員一般選挙候補者国賀祥司名記載の投票済投票用紙及び「泉佐野市議会議員一般選挙第六投票区投票箱の空虚確認書)を、各差し押さえるべき物として、泉佐野市選管に対する捜索差押令状の発付を請求したことは認め、その余の事実は否認する。

(五) 同3(三)の各事実のうち、前記の捜索差押令状発付請求に対し、佐野簡易裁判所裁判官が、前同日、それぞれ許可状を発付したことは認め、その余の事実は否認する。

(六) 同3(四)の前段の各事実のうち、大阪府警察本部の司法警察員が、昭和六一年六月三日、前記の捜索差押許可状に基づき捜索差押えを実施し、別紙押収品目録一覧表記載の物件のうち、一一記載の物件及び一二記載のうちの第六投票区投票所の投票箱の空虚確認書を押収した事実、また、右司法警察員が、佐野簡易裁判所裁判官が発した昭和六一年五月一九日付け差押許可状に基づき、同月二一日、別紙押収品目録一覧表一ないし四各記載の物件を差し押えた事実は認めるが、右押収品目録一覧表記載のその余の物件を佐野簡易裁判所裁判官発付の捜索差押許可状の執行により押収したとの事実は否認する。

同後段の事実(指紋検出等)は、すべて認める。

(七) 請求の原因4ないし6の主張は、いずれも争う。

2  被告大阪府

(一) 請求の原因1の各事実のうち、前段の事実は認め、後段の事実は不知。

(二) 同2の各事実のうち、原告国賀が本件選挙に立候補し、得票数一一五八票で当選したことは認め、その余の事実は不知。

(三) 同3(一)の各事実に対する認否は、次のとおりである。

(1) (1)の各事実は、すべて認める。

(2) (2)の各事実のうち、昭和六一年五月一五日、大阪府泉佐野警察署の栃谷警備課長が、泉佐野市選管に対して、選挙当日の警備に関して協力要請をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) (3)の各事実のうち、泉佐野市選管の阪本事務局長が、前記申入れを拒否した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(4) (4)の各事実のうち、

昭和六一年五月一六日、大阪府警察本部警備第一課の田中民之巡査部長が、公正証書原本不実記載等の被疑事件により捜査中の木岡信子らの捜査資料を得るためにそれら四〇名の選挙人登録名簿の写しの提出を依頼した泉佐野市選管に対する「捜査関係事項照会書」を、同選管に持参し、同日、それらの選挙人登録名簿の写しが記載された同委員会阪本事務局長作成の「捜査関係事項回答書」を受領した事実は認め、その余の事実は否認する。

(5) (5)の各事実のうち、昭和六一年五月一八日午前一〇時ころ、泉佐野警察署の沢谷警備係長が、泉佐野市選管の事務所を訪れ、同選管の阪本事務局長に対し、申入れをした事実は認めるが、右申入れの内容及び同事務局長の回答内容はいずれも否認する。

右申入れの内容は、選挙施行後、投票所入場券を差押えたいので、余分な指紋が付着しないよう取扱に配慮願いたい旨及び選挙施行後、第三、第四、第六各投票所の状況写真の撮影と実況見分をしたいので協力してほしい旨要請したというものであり、右申入れに対する阪本事務局長の回答は、後者については了解し、前者については「差押えは三日後にしてもらいたい、取扱について投票所管理者個々に連絡しておく。」というものであつた。

(6) (6)の各事実はいずれも認める。

(7) (7)の各事実のうち、同年五月一八日午後四時三五分ころ、梅本雅史巡査部長外一名が、第四投票所に赴き、特定の者の入場券を別に保管してもらえるよう協力依頼をした事実、及び右依頼が拒否された事実は認めるが、その余の事実は否認する。

なお、右依頼を拒否したのは、第四投票所投票管理者職務代理者佐土谷孝治郎であり、同人が右依頼を拒否した際の対応は、「先程、泉佐野警察署からそのような協力依頼の電話があり、選管に連絡したところ、そのようなことはお断りせよと言われている。」というものであつた。

(8) (8)の各事実のうち、泉佐野市選管の阪本事務局長が、投票所の写真撮影を断つた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

警察官が、投票終了後、実施した各投票所の写真撮影は、各投票所の事務専従者の了解のもとで行われたものであり、写真撮影を制止されたことはない。

(9) (9)の各事実のうち、泉佐野市選管が泉佐野警察署長あてに文書を提供したことは認めるが、その余の事実は不知。同年五月二一日に泉佐野市選挙管理委員会赤坂健治委員長と阪本事務局長が、翌二二日に同委員会の赤坂委員長と射手矢茂一委員、定本敏弘委員、岡野吉弘委員が、泉佐野警察署を訪れ、「昭和六一年五月一八日執行の泉佐野議会議員一般選挙の協議事項」と題する書面を提出し、第三、第四、第六各投票所の入場券一部抽出、写真撮影等についての調査回答を求めたところ、右両日にわたつてその場で泉佐野警察署長らが、それらに回答したのである。

(10) (10)の各事実のうち、任意提出を求めたことは認める(但し、執拗に迫つたものではない。)が、その余の事実は否認する。

(11) (11)の各事実は不知。

(四) 請求の原因3(二)の各事実のうち、栃谷警備課長が、佐野簡易裁判所裁判官に対して、昭和六一年五月一九日差押許可状の発付の請求を、同年六月二日捜索差押許可状の発付の請求をしたことは認めるが、その請求の正確な内容は、次のとおりであり、その余の事実は否認する。

即ち、栃谷警備課長が請求した、差押許可状等の、内容は、別紙差押許可状等請求一覧記載のとおりである。

(五) 同3(三)の事実は、おおむね認めるが、許可状が発付されたのは、前記のとおり、別紙差押許可状等請求一覧記載の各請求に対してだけである。

(六) 同3(四)の前段の各事実のうち、大阪府警察本部警備部及び泉佐野警察署の警察官が、昭和六一年五月二一日と同年六月三日に泉佐野市役所内の泉佐野市選管事務局において前項の許可状の執行を行い、国賀祥司名記載の投票済投票用紙一一五八枚及び別紙押収品目録一覧表記載一ないし四の物件と、同一二の物件のうち第六投票区投票箱の空虚確認書一枚を押収したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同後段の事実は、いずれも認める。

(七) 請求の原因4ないし6の主張は、いずれも争う。

3  被告泉佐野市

(一) 請求の原因1の各事実のうち、以下の事実を除く各事実は、これを認める。

即ち、原告宅野徳次は、選挙人名簿に登録されていない。

(二) 同2の事実は認める。

(三) 同3(一)の各事実に対する認否は、次のとおりである。

(1) (1)の各事実は、すべて認める。

(2) (2)の前段の事実は認め、後段の事実は否認する。

(3) (3)の事実のうち、阪本事務局長が、栃谷警備課長の申入れを拒否した事実は認め、その余の事実は否認する。

(4) (4)の各事実のうち、昭和六一年五月一六日、大阪府泉佐野警察署長から泉佐野市選管の阪本事務局長に対し、捜査関係事項照会書にて木岡信子ら四〇名について選挙人登録名簿の写しの提出を依頼された事実及び、同日、同事務局長が、それらの選挙人登録名簿の写しが記載された捜査関係事項回答書を作成して回答した事実は認め、その余の事実は、否認する。

(5) (5)の事実のうち、前段の事実は認め、後段の事実のうち、特定の選挙人の投票入場券を抜き出すよう要請されたことに対する阪本事務局長の回答内容は、否認し、その余は認める。

右阪本事務局長の回答の内容は、投票当日、投票所ではできない、投票終了後の同年五月二一日以降であれば協力してもよいという内容であつた。

(6) (6)の事実は不知。

(7) (7)の各事実のうち、同年五月一八日午後(三時三〇分ころ)、泉佐野警察署から、電話で、第四投票所に対し、特定の者の投票所入場券を別に保管してほしい旨要請されたこと、同投票所事務従事者が、選挙管理委員会の指示がない限りそのようなことは一切できないと拒否したこと、及び警察官が、同投票所を訪れ、同投票所の事務従事者に対し、投票所入場券の一部抽出を要請したことは、認め、その余の事実は不知。

なお、右第四投票所に対し、泉佐野警察署から電話で特定の者の投票所入場券を別保管するよう要請があつた旨の報告を受けた泉佐野市選管は、第三、及び第六各投票所にも警察官から右と同じ要請があつたか否かを確認するとともに、右選管が指示しない限り、右と同じ要請には応じないよう指示した。

(8) (8)の各事実は否認する。

(9) (9)の事実は否認する。

同年五月二一日、選挙管理委員会委員長及び事務局長は、泉佐野警察署を訪れ、署長に面会を求め、同一八日に、警察官が選挙管理委員会を通さないで、直接投票所事務従事者に対し、投票所入場券の一部抽出を要請したこと及び写真撮影等について、現場の投票所への直接行動はとらないよう抗議の意味を含めて調査を依頼したものである。

(10) (10)の各事実のうち、被告泉佐野市が、警察官及び検察官から、別紙押収品目録記載の各物件の一部につき、任意提出を求められたこと、及び任意提出を求められた物件のうち、一部につき任意提出に応じたことは認めるが、その具体的な経過は、後記(六)記載のとおりであり、したがつて、(10)の各事実のうち、その余の事実及び後記(六)記載に反する部分は、いずれも否認する。

(11) (11)の事実は否認する。

(四) 請求の原因3(二)の各事実は不知。

(五) 同3(三)の事実は認める。

(六) 同3(四)の各事実のうち、大阪府警察本部及び泉佐野警察署の警察官が、昭和六一年五月二一日と同年六月三日に、泉佐野市選挙管理委員会事務局において、佐野簡易裁判所裁判官が発付した捜索差押許可状を執行し、別紙押収品目録一覧表記載の一ないし四の物件及び同一一の物件と同一二のうち第六投票区投票箱の空虚確認書を押収したことは認め、指紋検出の点は不知、その余の事実は否認する。

なお、大阪府警本部らからの、捜索差押許可状に基づく執行及び任意提出の要求に対して、被告泉佐野市のとつた対応は以下のとおりである。

(1) 昭和六一年五月二一日、大阪府警察本部の司法警察員が、佐野簡易裁判所裁判官が発した同年五月一九日付差押許可状に基づき、別紙押収品目録一覧表記載一ないし四の各物件を押収した後、同二四、二五の各物件の提出を要請されたので、同日右各物件を任意提出した。

(2) 同年五月二三日、大阪府警察本部司法警察員から泉佐野市選管に対し、別紙押収品目録一覧表記載五ないし一〇の各物件の提出を要請されたので、同日右各物件を任意提出した。但し、同押収品目録一覧表五には、不在者投票用外封筒四袋とあるが、三袋を提出したものであり、同一覧表七には、不在者投票代理請求書二枚とあるが、これは、一枚であり、同一覧表八には、不在者投票用紙及び封筒の送付書とあるが、これは、同送付書の控を提出したものである。

(3) 同年五月二八日から六月三日までの間、再三再四にわたり、大阪府警察本部の司法警察員から投票済投票用紙の提出を要請されたが、右選管としては、その提出をいずれも拒否した。

(4) 同年六月三日、大阪府警察本部の司法警察員か、佐野簡易裁判所裁判官が発した六月二日付差押許可状に基づき、同押収品目録一覧表記載一一の物件及び一二の物件のうち、第六投票区投票所の投票箱の空虚確認書を押収した。

(5) 同年六月一〇日、大阪地方検察庁検察官から、選挙管理委員会に対し、同押収品目録一覧表記載一二の物件のうち、第三、第四投票区投票所の投票箱の空虚確認書及び同一三ないし二〇の各物件の提出を要請されたので、同日右各物件を任意提出した。但し、同押収品目録一覧表二〇には投票状況調連絡小票六綴とあるが、提出されたものは投票状況調六綴である。

(6) 同年六月一〇日、大阪府警察本部の司法警察員から右選管に対し、同押収品目録一覧表記載二一の物件の提出を要請されたので、同日、右物件を任意提出した。

(7) 同年六月一三日、大阪地方検察庁検察官から右選管に対し、同押収品目録一覧表記載二六ないし三〇の各物件の提出を要請されたので、同日、右各物件を任意提出した。

(8) 同年六月一六日、大阪地方検察庁検察官から右選管に対し、同押収品目録一覧表記載二二ないし二三の各物件の提出を要請されたので、同日右各物件を任意提出した。

(七) 請求の原因4ないし6の主張は、すべて争う。

三  被告国の主張

1  投票の秘密と選挙の公正

(一) 憲法の下において、主権は国民に存するのであり、国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じてその権利を行使する(憲法前文)とされ、いわゆる代表民主主義を採用している。

右規定は、直接には国政における国民の権利行使方法を定めるものであるが、地方自治権というものは、国家の統治権が地方公共団体の目的遂行に必要な限度で委譲されたという側面を有していること、憲法自身、地方公共団体の議事機関として議会を設置し(第九三条)、主権の直接的な行使を地方特別法に対する住民投票(第九五条)のような場合に限定していること等に鑑みれば、地方公共団体における住民の権利行使方法についても等しく妥当するものであるといえる。

そして、国民あるいは住民の代表者となる者が、「正当に選挙された」者であればこそ、議会は、国民あるいは住民の総意を反映することになり、議会の意思が、国民あるいは住民の意思と同一視されるという代表民主主義の根本原理に到達できるのである。世界人権宣言第二一条第三項は、「人民の意思は、統治の権力の基礎とならなければならない。この意思は、定期のかつ真正な選挙によつて表明されなければならない。」と規定しているが、憲法は、まさに右の世界人権宣言の理想を具体化しているものといわなければならない。

(二) 国民あるいは住民の代表者が正当に選挙された者、あるいは、右世界人権宣言が言うように、真正な選挙で選出された者と言えるためには、何よりも、選挙人が自由に意思を表明することができ、選挙の不正が一切排除される態勢が、制度として保障されていなければならない。各選挙人が、自由な意思で投票できたとしても、一部に選挙人でない者が投票するなど不正が行われるならば、当該選挙の結果が歪曲されたものになることは自明であり、正当な、あるいは真正な選挙が担保されるためには、選挙の自由と公正が、等価値のものとして保障されていなくてはならないのである。

憲法は、選挙の自由と公正を担保するために、経済的地位、社会的身分等の分け隔てなく、すべての成年者に選挙権を与えるという普通選挙の原則(憲法第一五条第三項、第四四条)、各人の選挙権の価値を平等に扱わなければならないという平等選挙の原則(憲法第一四条第一項)、秘密投票の原則(憲法第一五条第四項)を明文で掲げている。憲法の本文上、選挙の不正を排除する旨の明文の規定はないけれども、これは前記世界人権宣言が言う「真正な選挙」、憲法前文が言う「正当な選挙」の理想から派生するところの自明の原理であること、及び、憲法の基本権保障の規定構造が、国民に直接付与された権利として明文化しやすいものを記載したものになつていること、換言すれば、国民の側から「権利」として主張しやすいものを規定するという構造をとつていること等によると考えられる。あえて憲法本文に根拠を求めようとするならば、国民の参政権を規定する憲法第一五条第一項及び第九三条第二項に至極自明のこととして内在化されていると言えようが、いずれにしても、憲法が選挙の不正を排除することをも選挙理念の一つとしていることは明らかである。

(三) 憲法の選挙における不正の排除という理想を具体化するために公選法は、選挙の自由公正に対する直接又は間接の侵害となる行為を、犯罪として処罰することとしている。

選挙犯罪は、現実に選挙の自由公正を害するが故に犯罪とされるものと、各種の選挙運動の規制のように選挙の適正な執行の見地から設けられた取締法規に違反するが故に犯罪とされるものとに分類できようが、前者の方が、選挙の自由公正を直接に侵害するものとして、反社会性、反道徳性が強度である。

公選法第二三六条の詐欺登録、同法第二三七条の詐欺投票は、いずれも選挙結果に影響を及ぼす度合いが強度であるため、前者の犯罪類型に該当する。

(四) 憲法は、選挙の自由を保障するための一方策として第一五条第四項において、投票の秘密を保障しているが、決して選挙の自由の保障に、至上の価値を認めようとするものではなく、選挙の自由の保障と同時に、あるいは、その前提として選挙の公正の保障という理念を掲げているものといわなければならない。なぜなら、いくら選挙の自由を保障したからといつても、当該選挙自体において、買収、詐偽等の不正がはびこつているものであれば、ある選挙人の自由な意思が、国政等に反映されることがないという意味において、結局選挙の自由の保障が侵害されるのと同様の結果が生じるからである。このように、選挙の自由の保障という理念と、選挙の公正の保障という理念は、比喩的に言えば、代表民主制の根幹を護る楯の両面というべきものであつて、決して一方のみが優位に立つものではない。憲法が「正当な選挙」を保障し、それを受けた公選法が、刑事手続という手段をも用いて選挙の公正に対する侵害行為を除去しようとしている以上、その捜査の必要性が、投票の秘密の保障という一方の価値の前に全く沈黙すべきものとは決して言えない。

2  投票の秘密と選挙犯罪の捜査

(一) 原告らは、投票の秘密は選挙犯罪の捜査の必要に優位する旨主張する。その主張に係る捜査の必要とは、「刑事手続の場合においても投票の検索は許されないと解する。」という芦部信喜教授の見解等を指摘しているところからみると、投票の検索の必要を念頭においているように思われる。しかしながら、一口に公選法違反被疑事件における捜査の必要性といつても、投票の秘密との調和を図るために、被疑者が誰に投票したかではなく、単に投票した事実があるかどうかということを調べて、詐偽投票罪における既遂形態と未遂形態の犯情の違いを見い出すという考え方が可能であつて、必ず投票の検索までを行う必要があるわけではない。したがつて、選挙犯罪の捜査においては、当然に投票の検索までが行われるという想定のもとに、投票の秘密は選挙犯罪の捜査の必要に優位する旨の原告らの主張は失当である。

(二) 昭和二三年判決の傍論は、詐偽投票罪などの捜査、処罰を行うには投票者及び被選挙人を明らかにする必要があるので、選挙の秘密に関する憲法、法律上の規定はおのずから排除される旨を述べ、投票の検索が許されるという立場を立つているところであつて、投票の秘密も選挙の公正を保持すべき必要がある場合には、制限されることがあることを認めている。

昭和二四年判決は、旧刑法の公選投票賄賂罪の事案において、何人が何人に投票したかの審理をすることは許されない旨判示しているが、同罪が成立するためには、投票の検索までは必要がないというのみであつて、一般的に選挙犯罪の捜査において投票の検索が許されるかどうか、許される場合があるとしたらそれはどのような場合かという問題についてまで判示しているわけではないことに注意すべきである。したがつて、広島高裁昭和二九年五月二一日判決は、右昭和二四年判決後も右昭和二三年判決の立場を依然として維持しているのである。

(三) 本件訴訟と密接に関連する堺支部決定も、投票の秘密を絶対視し、そもそも投票用紙の差押えなどというものは憲法上全く容れる余地はないとするものではなく、その判断手法から明らかなように、捜査における証拠収集の必要性の程度と、侵害される権利ないし利益、即ち投票の秘密との比較衡量を行つていることが明らかである。

右のような裁判実務の流れに照らしても、投票の秘密を侵害されない権利、更には投票の秘密を危険にさらされない権利を絶対視し、選挙の公正を担保すべき捜査の必要性を、一顧だにしないような原告らの主張は、極めて偏頗的であり、到底容認することができないものである。

3  本件捜査の適法性

(一) 本件捜査に至る経緯

(1) 大阪府警本部において、昭和四九年に沖縄で発生した内ゲバ殺人事件の容疑者として指名手配中の中核派構成員の追跡捜査をしていたところ、同じく中核派構成員である木岡信子(以下「木岡」という。)と接触する可能性があることから、木岡の所在及び行動について内偵をしていたところ、木岡は、昭和五八年九月二六日付け転入届で、「大阪府藤井寺市春日丘公団一四―五〇一」として住民登録をしているものの、実際には、昭和五八年二月六日に大阪市東住吉区田辺三丁目一五―一〇寿荘一〇号室を「福田美代」の偽名で賃借し、以来同所に居住しており、右藤井寺市の住民登録地には居住していないことが判明した。そこで、大阪府警本部では、木岡に対する公正証書原本不実記載、同行使容疑での内偵捜査を進めることとした。

(2) 大阪府泉佐野警察署では、昭和六一年二月一〇日、泉佐野市役所において、同じく中核派構成員である仲宗根朝寿(以下「仲宗根」という。)が、木岡を含む二〇名の中核派構成員につき、泉佐野市元町七番一二号所在の日之出荘ほか三か所への転入届を一括して代理申請しているのを現認し、泉佐野市担当職員に事情聴取したところ、同月八日及び一二日にも、中核派構成員三五名(八日は一八名、一二日には一七名)が、それぞれ前記日之出荘ほか三か所へ転入したとする届出を、すべて同一人名(仲宗根朝寿名、但し、安藤公門分を除く。)で代理申請していることが判明した。

(3) このように五五名にも及ぶ中核派構成員が、極めて短期間に泉佐野市内の三か所のアパートに集団転入したとする転入届がなされているという泉佐野警察からの報告を受けた大阪府警本部では、泉佐野市における中核派構成員の集団転入・居住の事実の有無の内偵を進めることとした。

その内偵の過程において、次のような事実が判明した。即ち、仲宗根が、日之出荘については、昭和六一年二月四日に、左近竹一及び平沼和典名義で二部屋(二三号室、三〇号室)を、泉佐野市下瓦屋三丁目一番一四号所在の北出荘については、同月五日に、上野明及び長谷川好生名義で二部屋(四号室、一〇号室)を、同市鶴原一丁目二番一五号所在の鶴原荘については、同月五日、八日に、仲宗根朝寿、安藤公門及び野村道夫名義で三部屋を、それぞれ賃借していること、いずれのアパートについても、賃貸借契約後に居住した者がいないこと、及び右の集団虚偽転入者五五名の内五一名については、同月二七日以降に、同市湊二丁目六番湊団地一号棟九〇八号室ほかへの転居したとの届出がなされていること等が判明し、泉佐野市内の住民登録地に居住の事実はなく、虚偽の転入届がなされた可能性が強く、木岡関係の捜査に並行して、仲宗根に対する公正証書原本不実記載・同行使容疑での捜査が進められることになつた。

(4) そして、同年三月ころには、中核派機関紙である「前進」(同年三月一七日付け)に、中核派構成員であり、「関西新国際空港絶対反対泉州住民の会」事務局長である原告国賀が、昭和六一年五月に予定されている大阪府泉佐野市議会議員の任期満了に伴う同市議会議員選挙に立候補するとの記事が掲載されていることが確認され、前記仲宗根による集団虚偽転入は、原告国賀の右立候補支援のための選挙権取得を目的としたものである可能性が強いものと考えられ、場合によつては、中核派構成員による公選法違反被疑事件にも発展する可能性があるものと危惧された。

そこで、大阪府警本部では、木岡及び仲宗根を公正証書原本不実記載、同行使容疑で検挙し、その他の中核派構成員との共謀関係等の事実解明に着手するとの方針が決定された。

木岡の検挙に着手することとした理由は、既に実際の居住地が判明していること、同人の泉佐野市への転入手続に際し提出された同人の転出届の筆跡鑑定の結果、筆跡が酷似しており、仲宗根による虚偽転入にかかわつている嫌疑が強いことから、仲宗根との共謀による公正証書原本不実記載、同行使の容疑が強かつたからである。なお、木岡については、別件の運転免許証についての免状等不実記載、同行使の容疑もあつた。

(5) そして、昭和六一年四月二〇日前後ころ、大阪府警本部から、大阪地方検察庁に対して、右に述べたような捜査過程の説明がなされ、今後の捜査についての事前相談がなされた。同地検では、検察官外岡を主任検事として指名し、以後、右検察官が、検察庁の捜査を担当することとなつた。

検察官外岡は、大阪府警本部の担当者からの捜査経過の説明内容及び証拠関係を検討し、今後の捜査方針としては、木岡関係の被疑事実の裏付け捜査を実施するのと並行して、木岡以外の転入者についても、いずれも虚偽転入先のアパートに居住した事実がないことの確定はもちろん、それぞれの現実の居住先を把握すること、届出のあつた転入者と仲宗根との共謀によるとの事実を立証するためには、少なくとも、転入者自身がその転出届に直接関与している事実を明らかにする必要があるが、そのためには、それぞれの転出届に残された筆跡等の鑑定資料の収集が必要であること、及び、将来的には、泉佐野市議会議員選挙に絡んでくる可能性もあることから、同市選挙管理委員会の協力を得ることが必要となること等を指摘するとともに、まずは、住民登録に係る公正証書原本不実記載、同行使の容疑の裏付け捜査を徹底することが肝要であるとの意見を開陳した。大阪府警本部では、右検察官の意見を参考とした上で、大阪府警本部独自に検討した捜査方針に基づいて、その後の任意捜査を進めたのである。

(二) 本件任意捜査と被告国の責任

(1) 刑訴法第一九三条第三項該当性

以上の任意捜査に至る経過に照らせば、本件の任意捜査が、刑訴法第一九三条第三項に該当する場合でないことは、明らかである。

即ち、原告らは、本件において原告らが主張する大阪府警警察官による本件任意捜査は、刑訴法第一九三条第三項に該当するものであり、昭和六一年五月一二日以降、検察当局と警察当局は密接に協議し、意思を相通じ、もつて警察官が投票の秘密を侵害する一連の所為をなしたものであつて、各所為は、検察官の意思に基づくものであり、国の公権力の行使に含まれる。」とする。

しかしながら、警察法及び地方自治法は、都道府県警察を置き、警察の管理及び運営に関することを、都道府県において処理すべき事務と定めており、都道府県警察の警察官が、警察の責務の範囲に属する捜査を行うことは、当該都道府県の公権力の行使であるところ、本件任意捜査は、大阪府警の警察官がその責務の範囲に属する捜査として行つたものであつて、国の公権力の行使とはいえないのである。なお、都道府県警察の警察官の捜査が、国の公権力の行使とされるものとしては、刑訴法第一九三条第三項により、検察官が自ら行う犯罪の捜査の補助として、都道府県警察の警察官が捜査する場合であるとされるようであるが(最高裁昭和五四年七月一〇日判決・民集三三巻五号四八一頁参照)、本件任意捜査は、前記本件任意捜査に至るまでの捜査経過を見れば明らかなように、いずれも刑訴法第一九三条第三項に該当するものではなく、大阪府の公権力の行使であり、その捜査が、国の公権力の行使に該当すべきものとするに足りる根拠は存在しない。

(2) 検察官の泉佐野市選管に対する照会

右のとおり、本件任意捜査は、刑訴法第一九三条第三項に該当する場合でないことは明らかであつて、原告らが違法と主張する任意捜査のうち、被告国の責任の前提となり得る検察官の任意捜査としては、検察官が昭和六一年五月一二日付けの捜査関係事項照会書をもつて泉佐野市選管に対し、特定の者が選挙人名簿に登載されているかの照会をしたことのみが考えられるが、この照会について違憲、違法とされるべき理由はなく、この点に関する原告らの主張は、以下に述べるとおり失当である。

原告らは、右照会を違憲、違法であるとする理由について、必ずしも明らかにするものではなく、単に「これは、投票内容を探知するための行為の一端と解せられ」るので投票の秘密を侵害するものであると主張するようである。

しかしながら、右照会は、選挙人名簿への登載の有無を照会したものであつて、投票内容を探知するものでないことは明らかであり、憲法が保障する「投票の秘密」が、選挙人名簿への登載の有無にまで及ぶものでないことも明らかである。また、一定の者が当該選挙について選挙権を有するか否かまでも、憲法の保障する「投票の秘密」に該当し、原告らが主張するように「投票の秘密」にかかわることについては絶対的保障を受けるものとするならば、選挙管理委員会において選挙権の有無を調査することは許されず、また、公選法の詐偽登録罪の捜査は不可能となり、選挙権を有しない者の投票が横行することになる。そもそも、「投票の秘密」とは無関係の選挙人名簿への登載についての照会までも、これを違憲、違法とする原告らの主張自体失当と言うべきである。

(3) その他の本件任意捜査について

右に述べたとおり、本件において、被告国の国賠法上の責任の前提となり得る国の公権力の行使としての任意捜査としては、右検察官の捜査照会のみと考えるが、念のため、その余の本件任意捜査について、以下のとおり反論する。

(一) 原告らが違法と主張する任意捜査は、必ずしも特定されているとはいえず、また、それがいかなる理由から違法であるかについても、任意捜査の形で、投票の秘密を侵害したのであり、泉佐野市選管に対し不当な要求をなし、その業務を妨害したとか、本件任意捜査行為は、選挙人の平穏な投票と適正な選挙業務の執行を著しく妨げたとか、原告国賀に対する選挙妨害のためになされたもの、あるいは一般の選挙人にとつても、公権力のいかなる圧力からも自由に投票に参加する自由が妨害されたとか主張するにすぎず、その主張内容では一般的・抽象的な侵害の危険性にとどまるものであって、損害賠償請求の成立要件としての過失・違法性、更には損害の発生の主張としては、主張自体失当といわねばならない。

(二) 昭和六一年五月一五日に、大阪府泉佐野警察署の栃谷警備課長が、泉佐野市選管の阪本事務局長に対し、「投票所警備のための警察官の待機場所設置」について申し入れた点については、この栃谷警備課長の申入れは、捜査の目的でなされたものではなく、投票所警備の観点からの申入れであつて、そもそも違法とされる前提を欠くものである。

(三) 同月一八日に、大阪府泉佐野警察署の澤谷警備係長が、右阪本事務局長に対し、投票終了後における投票所の実況見分、特定選挙人の投票所入場券の区分保管、右投票所入場券の任意提出を要請した点については、右要請は、いずれも憲法の保障する「投票の秘密」とは全くかかわりのないことであり、右の要請に対して、右阪本事務局長は、投票終了後における投票所の実況見分、特定選挙人の投票所入場券の区分保管については了承し、投票所入場券の任意提出については、三日後にして欲しいと回答したものであり、選挙事務の執行を妨げたり、強要した事実はない。

(四) 同月二一日から翌六月一六日までの間に、泉佐野市選管に対し、投票済投票用紙を除く別紙押収品目録記載の各物件の任意提出を求めた点についてであるが、そのいずれもが、投票それ自体とは無関係のものであり、このような物件の提出を求めたとしても、何ら投票の秘密を侵害する可能性さえ存在しないものであり、また、提出を強要した事実もない。

以上のとおり、本件任意捜査について、原告ら主張のような違憲、違法の点は一切認められない。

(三) 本件強制捜査の適法性

(1) 検察官が関与するに至つた時点以降の捜査の経緯

(i) 前記のとおり、検察官外岡は、昭和六一年四月二〇日前後ころ、大阪府警本部の警備担当者から、中核派所属の木岡及び仲宗根に対する公正証書原本不実記載、同行使等の被疑事実の捜査について相談を受けた。木岡についての被疑事実は、公正証書原本等不実記載・同行使(仲宗根と共謀の上、昭和六一年二月一〇日、泉佐野市役所において、居住の事実のない同市内日之出荘に住民異動届をし、その旨住民基本台帳に虚偽の記載をさせ、同台帳を備え付けさせて行使したというもの)及び免状等不実記載・同行使(免許証記載の住所を偽つたというもの)であり、仲宗根についての被疑事実は、木岡についての公正証書原本不実記載・同行使の共犯であつた。また、木岡と同様に仲宗根朝寿と共謀して泉佐野市内に虚偽の住民異動届をしている者は、木岡を含めて五五名ということであり、集団による公正証書原本不実記載罪等の犯罪の可能性が疑われた。前記のとおり、中核派は、従来から泉佐野市沖合に予定された関西新空港の建設に反対していたこと、泉佐野市においては、同年五月一一日告示、同月一八日施行の本件選挙が予定され、同選挙に、中核派所属の原告国賀が立候補する見込みであつたことの背景事情に照らして、右集団住民異動届は、右選挙における選挙権を得るためではないかと考えられた。そして、右検察官と大阪府警担当官との協議の結果、さしあたつて証拠関係が整つている木岡及び仲宗根に対する強制捜査を実行する運びとなつた。

(ii) 同年四月二四日に木岡及び仲宗根が逮捕され、その取調べがなされた。検察官外岡は、同年五月一二日、右集団住民異動届は、もともと本件選挙の選挙権を得る目的によるものとの疑いがある上、右選挙についての登録基準日である同月一〇日が経過したため、右集団住民異動届をした者が、実際に選挙人名簿に登載されているかどうかを確かめるために、泉佐野市選挙管理委員会事務局長に対し、照会をした。

(iii) 右検察官は、右照会に対する泉佐野市選挙管理委員会委員長名による回答を見て、右集団住民異動届をした上、選挙人名簿に登載された三七名に、公選法上の詐偽登録罪の疑いを抱いたが、同月一五日に木岡が不在者投票をするに至つたこともあり、詐偽登録罪の疑いが生じた者らが、更に詐偽投票に及ぶのではないかと考えた。なお、選挙人名簿に登録された三七名のうち、三名は同月一五日までに投票を終えていた。

(iv) 右検察官は、事態が詐偽投票にまで進展した場合に、投票事実の確認をどのようにすべきかということについて、大阪府警と協議した。検察官は、「投票しようとした事実」のみならず、「投票した事実」についてまで確認すべき必要があると考えたが、その理由は、投票したのか、投票しようとしたのかということは、詐偽投票罪における構成要件が異なること、即ち、選挙の公正に実害を与える既遂形態と選挙の公正に対する危険が生じるにすぎない未遂形態の違いがあり、それに伴つて犯情にも違いがあることなどを考慮したからである。

(v) 同月一八日の選挙当日は、詐偽投票の疑いがある者が、三か所の投票所ごとにまとまつて投票をしたため、投票事実の現認が困難を極め、一二名について投票事実の現認が得られたほか、八名について投票所への入場を現認したにすぎなかつた。右現認された者の内訳は、警察官大橋勇による者が、仲宗根裕子、樫村厚及び陶山五郎(以上第六投票所)、警察官小林俊弘による者が、桝田祐三及び白澤隆司(以上第六投票所)、警察官吉岡久幸による者が、南谷哲夫及び森田充二(以上第六投票所)、警察官村松良祐による者が、辻井修及び青木克美(以上第六投票所)、警察官神田充による者が、中田達夫(第六投票所)、警察官石原喜太郎による者が、吉井唯眞(第四投票所)、警察官岡田権治郎による者が、石橋教行(第四投票所)であつた。

(vi) 同月二一日、大阪府警は、投票所入場券三二枚及び係員が投票用紙を交付する際に対照用に使用した永久選挙人名簿抄本を差し押さえた。しかし、投票所入場券を受領しても、実際には投票を行わず、そのまま持ち帰る者が時折見られるところから、右投票所入場券等を投票事実の証拠とするには完全を期し難いので、検察官外岡及び大阪府警は、投票済投票用紙に付着した指紋を検出して投票事実を基礎づけようとした。

(vii) 投票済投票用紙の差押えは、憲法が保障する投票の秘密を侵害することにならないかという問題があるため、右検察官は、投票済投票用紙の差押えに関する判例、学説を慎重に検討し、投票済投票用紙を差押えても憲法違反の問題は生じないものと判断し、大阪府警にもその旨を伝えた。

(viii) 同年六月三日、原告国賀に対する投票済投票用紙一包(一一五八枚入り)が差し押さえられた。大阪府警が、対照可能な指紋が検出された二二六枚について詐偽投票の被疑者らの指紋と対照したところ、五名の者について指紋が一致した。

(2) 裁判所による公正な選挙に対する集団的侵害行為の認定

仲宗根、木岡、青木克美ら三八名は、平成二年一〇月三〇日、大阪地方裁判所において、公正証書原本不実記載、同行使あるいは公職選挙法違反の罪により有罪判決を受けた。

(3) 検察官が捜査の過程において投票済投票用紙の差押えが必要であると判断した理由とその適法性

国賠法第一条第一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して、当該国民に損害を加えたときは、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。そこで、投票済投票用紙の差押えが必要であるとした検察官外岡の判断が、捜査を遂行する者としての職務上の法的義務に違背してるかどうかについて検討する。

右検察官が、投票済投票用紙の差押えが必要であると判断した理由は、前記のとおり、投票したのか、投票しようとしたにすぎないのかということは、詐偽投票罪における構成要件が異なり、それに伴つて犯情にも違いがあるから、実際に投票が行われたかどうかを確認する必要があつたこと、投票所入場券を受領しても実際には投票を行わず、そのまま持ち帰る者が時折見られるところから、投票所入場券等を投票事実の証拠とするには完全を期しがたいこと、たまたま現認できた者だけを詐偽投票罪で起訴することは、現認されなかつた者との均衡を失すること、判例、学説上の検討を経た結果でも、投票済投票用紙を差押えることに別段の問題が生じないこと等の各事情を考慮したからである。

堺支部決定は、「公職選挙法違反(詐偽投票)の被疑事実についても、同法二三七条二項の犯罪構成要件上必ずしも投票したことまでも立証しなければならないものではない。」と言うが、選挙の公正に実害を与える既遂形態の犯罪と選挙の公正に対する危険が生じるにすぎない未遂形態の犯罪に、構成要件及び犯情上の差異があることは明らかであり、右説示は、詐偽投票罪の構成要件を正解しないものと言わざるを得ない。

また、右決定は、「警察官の現認、差押さえた永久選挙人名簿抄本、各投票所係員の取調べ、不在者投票記録の調査等により、被疑者青木克美外一一名の投票行為自体及び八名の投票所への入場の事実を含めて三二名が投票している事実がすでに確認されているのであるから、右公職選挙法違反(詐偽投票)の被疑事実の立証上、被疑者青木克美外三四名の指紋が本件投票済投票用紙に存在するかまで探知することが不可欠とは認め難いところである。」と言う。しかしながら、一般的に犯罪行為を現認した警察官を証人として取り調べても、そもそもの人違い、月日の経過等による記憶の減衰などにより証明力が減殺されるおそれがあるため、証明の万全を期するために客観的・科学的証拠を収集しておくべき必要性は高いものと言わざるを得ない。また、差押さえた永久選挙人名簿抄本で投票事実を証明しようとしても、選挙においては、しばしば持ち帰り票が見られることから、投票事実についての完全な証明にならないことは明らかである。更に、各投票所係員の取調べ等による立証についてみても、ある投票所に詰めかける有権者が不特定多数であることなどから、個別の面割り捜査を尽くすことは不可能であるし、実際の刑事裁判における証明の程度に照らしても、右決定が指摘する証拠で「三二名が投票している事実」を立証することが困難であることは、容易に想像されるところである。

右の諸事情に加えて、仲宗根らの公選法違反等の所為が、集団で行われているという犯罪の重大性(前記大阪地方裁判所の刑事有罪判決からも明らかなように、仲宗根らが集団で選挙の公正を侵害し、あるいは侵害するおそれのある犯罪を犯したことは、明白であり、捜査段階においては、それだけ客観的・科学的証拠を収集する必要性が高かつたものと言うことができる。)、投票済投票用紙の差押処分の対象となつた被疑者自身ではなく、候補者(当選人)及び一般の投票人にすぎない者が、差押処分によつて投票の秘密を侵されたとか侵されるおそれがあるものとは直ちに言い得ないことは、「被疑者であり、かつ投票人である者」の不服申立権を認めて投票済投票用紙の差押処分を取り消したものの、同日付の大阪地方裁判所堺支部決定(申立人北川勇、町谷春雄、大工三枝子、中山綾子及び国賀祥司分は、「申立人らは、前記選挙の当選人ないし投票人としての地位で、自らの投票の秘密の保護を求める権利に基づき右差押許可の裁判及びこれに基づく差押の取消しを求めているのであつて、前記選挙の規模、形態、投票の結果、本件投票済投票用紙がその一部であることからみると、申立人らが当選人ないし投票人であるからといつて本件投票済投票用紙の差押により申立人らの投票の秘密を侵されたとか侵されるおそれがあるものとは直ちにいえないところであり、たとえ申立人らにおいて右差押許可の裁判及びこれに基づく差押に不服があるとしても、刑訴法四二九条、四三〇条にいう不服がある者に当たるものではないというべきである。」と説示しているところであつて、右決定でさえも、投票の秘密を侵されたとか侵されるおそれがある者の範囲を狭く解釈しているところである。)を考慮するならば、検察官外岡が、投票用紙の差押えを必要であると判断したことには、十分合理的な根拠があつたものと言うべきである。右検察官としては、選挙の公正に対する侵害行為の真相究明と、投票の秘密の保障という相対立する利益を慎重に比較衡量して、本件の場合は差押えが許されるとの判断に至つたものであつて、その判断は、十分に合理的な裁量の範囲内にあるものということができる。

したがつて、右検察官に職務上の法的注意義務違背があつたものということはできない。

なお、選挙犯罪の捜査に関し、投票済投票用紙が差押えられ、かつ、判決文からも誰が誰に投票したかが分かる先例として、投票偽造罪に関する和歌山地裁昭和五二年四月二五日判決がある。即ち、本件における差押えは決して特異な例ではない。

また、投票済投票用紙の差押えに先だつて行われた入場券、永久選挙人名簿抄本の差押えについて言えば、憲法第一五条第四項が保障する「投票の秘密」には、投票したか、棄権したかの秘密は包含されないものと言うべきであるから(東京高裁昭和三九年一〇月二八日判決・行政事件判例集一五巻一〇号二〇七七頁)、そもそも投票の秘密の保障とは無縁のものである。

4  佐野簡易裁判所裁判官の本件令状発付の適法性

(一) 裁判官の令状発付と国賠法第一条第一項

最高裁昭和五七年三月一二日判決・民集三六巻三号三二九頁、同昭和五七年三月一八日判決・裁判集民事一三五号四〇五頁は、要旨、裁判官がした争訟の裁判につき国賠法第一条第一項の規定にいう違法な行為があつたものとして国の損害賠償責任が肯定されるためには、右裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によつて是正されるべき瑕疵が存在するだけでは足りず、当該裁判官が違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると判示したが、右は、いずれも争訟の裁判に関する事案において示された判断であるにすぎないから、右判例が争訟の裁判について判示したからといつて、これに限定して他の一切の裁判についてはこれと異なるとした趣旨に解すべきものではない。

即ち、判例は、およそ裁判官の職務活動について、国賠法の適用を制限する立場をとるものと考えられるが、このように適用制限説を採る根拠としては、まず第一に裁判官独立の原則がある。憲法第七六条第三項は、裁判官をして自由かつ公平な職権の行使をなさしめるためには、何人の指揮命令も受けないという職種の独立及び職権の行使によりその身分等が他から脅かされることがないという身分の保障が不可欠なものであるという裁判官の独立の原則を宣言したものである。裁判官は、本来、法内在的良心にのみ拘束されるべきものであるが、他からの指揮命令はもとより職権行使の結果自己に波及する不利益即ち、本件に即して言えば、国賠法による求償等への懸念によつても、自由かつ公平な職権の行使はこれを期し得なくなつてしまう。例えば、法内在的良心という場合の「法」には判例法も含まれるというべきであるが、最高裁判所の明白に確立された判例と客観的に抵触する裁判例もしばしば存在するし、そうした裁判例の集積の結果、判例法の変遷を見ることもまた我々の経験するところである。しかし、裁判官の当該職権の行使が法内在的良心に従つたものか、あるいはこれと矛盾する個人的良心に従つたものかは、外部から客観的基準により計ることはできないし、これを計ろうとする場合にあつては、裁判官が職権の行使に当たり、「公平」ではなく、「無難」な裁判を旨とするおそれが生じ得ることも考えられるところである。判例の指向する裁判官の職務活動に関する国家賠償責任を制限しようとする立場は、裁判官が自己の法内在的良心に従い、忠実にその職務を遂行する限り、他からその違法の有無又は当否につき審査され自己に不利益が及ぶという懸念から免れしめ、もつて自由かつ公平な裁判を期するという公益の目的上、極めて重要なものといわなければならない。そして、誤解すべきでないのは、右立場は決して瑕疵ある裁判をなした裁判官の保護自体を目的とするのではなく、その保護を通じて広く裁判官一般の公平な職権の行使を期するものであると言うことである。

適用制限説を採る第二の根拠としては、裁判制度の本質が挙げられる。裁判は、上訴を経て、又はそれを経ることができなくなつて、当該訴訟手続上形式的に確定したときには、他の訴訟手続との関係でもその判断内容を不可争のものとして終局的に確定させ、その結果初めて右判断内容につき法的安定性を図り、法的紛争の公権的解決という裁判の制度目的を達成することができ、法的安定性が維持される。国家の意思として確定した裁判を再び司法機関により審査させることは、確定裁判と異なる内容の裁判の存在を前提とするものであり、法的安定の基礎である確定力制度と矛盾することとなる。また、法は、裁判における事実誤認や法令の解釈、適用の誤りといつた、裁判に通常随伴する瑕疵については、これを是正し、より適正な裁判の実現を確保するための制度として、上訴、再審の制度を設け、ある裁判を不服とする当事者にこれらを訴える途を開いているのであるが、もし裁判の瑕疵を理由に直ちに国家賠償を請求し得るものとすれば、審級制度の意義は忘却されることとなる。

適用制限説を採る第三の根拠としては、裁判行為の特質が挙げられる。そもそも裁判という作用は、判断する者のいかんによつて意見の分かれ得るような問題についての結論の選択という要素を含むものであつて、ある裁判官にとつては甲という判断が正しいと考えられても、他の裁判官にとつては乙という結論が正しいと考えられる可能性が常に存在し、そのいずれが客観的に正しいかについては決め手がないともいえるような性質のものなのである。そして、証拠により事実を認定するについては、認定する者の恣意に放任されるべきでないことは勿論であるが、事実の認定というのは、証拠の自由な評価と多様な経験則の適用という純粋思惟作用であつて、その当否を絶対的、客観的な真実合致性という基準から判断することは不可能である。訴訟法が自由心証主義を採用しているゆえんもここにある。同様に法令の解釈も一義的に決せられるものについてはともかくとして、多くは相対的性格を具有するものであり、絶対的真実というものはまた存しないものである。

右第一ないし第三の根拠は、いわば全体となつて適用制限説の根拠となるものと言うべきである。

(二) 本件令状発付の適法性

本件について、原告らは、本件捜索差押許可状の発付が憲法第一五条、公選法第五二条に違反する旨主張する。右主張は、担当裁判官の自由心証に属する事実認定ないし相対性を有する法律解釈を論難するにすぎず、右事由が、前記「裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情」に当たらないことは明白であり、それ以上、本件において、右「特別の事情」につき何ら主張がない。

したがつて、本件では国家賠償責任が認められる要件を欠くものであるから、被告国が同責任を負うべきいわれはないと言うべきである。

5  原告らの請求の原因に対するその他の批判

原告らは、投票の秘密という権利においては、個々の選挙人の秘密が保障されると共に、公共の利益としての選挙の秘密が客観的に保障されなければならないとする。しかしながら、選挙の秘密が客観的に保障されなければならないという意味での公共の利益というものは、本来いわゆる客観訴訟によつて保護されるべき利益というべきであつて、不法行為法上問題とすべき原告ら個々人固有の被侵害利益と言えるのかどうかは疑問である。原告らは、投票の秘密の公共性を強調することによつて、より次元の高い権利であることを基礎づけようとするのかもしれないが、そのことが、かえつて主観的な権利侵害の救済を図ろうとする不法行為法の目的からかけ離れて行くことに留意すべきである。

6  国賠法第三条第一項の責任について

原告らは、都道府県職員たる警察官であつても、国家公務員たる警察官の指揮監督を受けていること、都道府県警察の経費も国庫の支弁及び補助の形で国が負担するものとされていることから、都道府県職員たる警察官の行為についても、国は、国賠法第三条第一項の責任を負担すべきものと主張する。

しかしながら、都道府県職員たる警察官が国家公務員である地方警務官の指揮を受けるとはいつても、それは国家機関としてではなく、都道府県警察の職員としての立場に基づく指揮であつて、これをもつて、国が監督者とはいい得ないこと、都道府県警察に要する経費は、原則として当該都道府県自らが支弁するものであり、国が都道府県警察の経費を負担するのは警察法第三七条第一項各号、同法施行令第二条の規定するものに限られており、一般的捜査の経費は、これに含まれていないから、同規定を根拠に、国を費用負担者ということはできないこと、警察法第三七条第三項、同法施行令第三条によると、国は、一般的に都道府県警察の経費の一部について、一定の基準をもとに補助するものとされているが、右各規定による国の支出は、地方財政法第一六条による補助金に過ぎず、これをもつて国賠法第三条第一項所定の費用負担と言うことはできないと解される(東京地裁昭和四九年三月二五日判決・判例時報七五二号五一頁参照)。

また、東京地裁昭和四九年六月二〇日判決(判例時報七六三号五九頁)においても、「(警察)法第三七条第一項の各号に掲げられている項目に関する費用は、いずれも国家的見地から支出することとするのが相当と解されるものであつて、都道府県警察と全く無関係であるとはいえないまでも、都道府県警察の組織上及び運用上の原則的な費用とは言い難く、加えて、国庫が右支弁を無制限かつ全面的に行うものではなく、政令によつて定められたものに限られるのであるから、単に警察法第三七条第一項があることから、直ちに都道府県警察の公権力を行使する警察官の不法行為につき、国が国家賠償法第三条の責任を負うと解することはできない」と判示されているところである。

なお、原告らは、東京地裁昭和四二年一月二八日判決(下裁民集一八巻一・二号七七頁)を、「都道府県職員たる警察官の行為についも、国は国家賠償法第三条第一項の責任を有するもの」と判示したものとして主張するようであるが、右判決は、都道府県警察官の犯罪捜査が、国の公権力の行使といえるか否かについて判示したものであつて、国賠法第三条第一項の費用負担者について言及するものではなく、誤つた引用であることを念のため付言しておくこととする。

四  被告大阪府の主張

1  投票の秘密と選挙の公正

被告国の主張1と同旨。

2  投票の秘密と選挙犯罪の捜査

被告国の主張2と同旨。

3  本県捜査の適法性

(一) 本県捜査に至る経緯及び本件捜査の経緯

被告国の主張3(一)及び同3(三)(1)と同旨。

(二) 本件強制捜査の適法性

前記被告国の主張3(一)及び同3(三)(1)記載のとおりの捜査の経緯の中で、本件の捜索差押令状の請求及びその執行がなされたのであるが、被告国の主張(三)(1)(ⅵ)及び同(iii)のとおり、泉佐野警察署の捜査本部では、大阪地方検察庁との協議のもとに、投票済投票用紙に付着している指紋照合によつて、投票の事実を立証することの是非を、多数の組織的計画的な詐偽投票という本件事案の内容や、多くの被疑者につき現認が果たせなかつたという捜査上の必要及び無資格投票者とみられる被疑者の指紋照合のみに限定して行なうとの捜査の内容を前提として、判例学説及び過去の実例等を参考にしつつ慎重に検討し、本件の場合に投票済投票用紙の差押令状請求には違法はないとの結論を得て、本件捜索差押許可状の請求を行なつたものであり、原告らが主張するような違法はない。

なお、本件捜索差押許可状の請求の被疑者は、青木克美の一名を記載しているだけであるが、これは多数の共犯事件の捜索差押許可状の令状請求において、共犯事件であることを被疑事実に記載して添付したうえ、そのうちの一名を代表させてその者を被疑者として令状請求するのが大阪の実務であることより、それにならつただけであり、被疑者が一名だけであるとの記載をもつて、その者のためにのみ令状請求がなされたものと解すべきではない。

また、右令状の執行については大阪府警は、佐野簡易裁判所裁判官の発付した本件捜索差押許可状に基づいて、昭和六一年六月三日に泉佐野市選管事務局において、国賀祥司名記載の投票済投票用紙一一五八枚の押収を行なつたが、これは、正当な令状に基づき行なつた執行であり、そこに何らの違法もない。

(三) 本件任意捜査の適法性

原告らは、大阪府警が行なつた本件公職選挙法違反被疑事件の次の任意捜査、即ち、<1>栃谷警備課長が、昭和六一年五月一五日に泉佐野市選管の阪本事務局長に対してなした申入れ、<2>田中民之巡査部長が、同月一六日に「捜査関係事項照会書」に基づきなした特定人の選挙人登録名簿の写しの提出依頼及び警察官の選管事務所への張付け、<3>沢谷昭三警備係長が、同月一八日阪本事務局長にした特定選挙人の投票入場券の抜き出し及び投票所の写真撮影の要請、<4>投票日当日の、警察官による投票行為の現認捜査及び特定選挙人の投票入場券の抜き出しの強要、<5>投票日当日の、警察官による投票所の写真撮影の強行、<6>同月二一日から六月一六日までの間に、警察官が、泉佐野市選管になした別紙押収品目録記載の各物件の任意提出の要請の各行為について、原告国賀に投票する者を探知することを意図して行なわれたものであり、違法に秘密投票の権利を侵害したものである旨主張し、更に、本件任意捜査行為は、選挙人の平穏なる投票と適正な選挙事務の執行を妨げたと主張するが、次に述べるとおり、本件任意捜査には何の違法もない。

右<1>については、泉佐野市選管からの警備要請に基づいて、栃谷警備課長が、過去の選挙警備の経験より、投票所への警察官の派遣のための待機場所を、投票所の近くに設けて欲しいとの要請を阪本事務局長にしたところ、同人よりこれを断られたということであり、このことが、原告らの主張する秘密投票の権利侵害などの違法につながるとは到底考えられない。

右<2>については、「捜査関係事項照会書」により、被疑者の選挙人登録名簿の写しの提出を依頼することは、捜査の一環として当然なし得べきことであり、このことが原告らの主張するような違法につながるとは到底考えられない。

また、原告らが主張するような、警察官が泉佐野市選管の事務所に張り付いたとの事実はないし、そのようなことをする必要も全くなかつた。

右<3>については、沢谷警備係長が、阪本事務局長に、特定の人物の投票入場券を区分保管し余分な指紋が付かないようにしてもらいたいこと、投票終了後それの任意提出をしてもらいたいこと、投票終了後第三、第四及び第六各投票所の写真撮影、実況見分をさせてもらいたいことを要請し、これに対して同事務局長より、投票入場券の区分保管及び写真撮影並びに実況見分の了承と、「各投票所の責任者に連絡しておく、投票入場券の提出については三日後にして欲しい」との回答を得たものであり、これらのことも、捜査の一環として当然なし得べきことであつて、このことが原告らの主張するような違法につながるとは、到底考えられない。

右<4>のうちの投票行為の現認の点については、この現認は、前記捜査の必要より行なつたものであり、しかも、私服の警察官が、建物の外より窓ごしに行なつたにすぎないのであるから、原告らの主張するような違法につながるものではあり得ない。

また、右<4>のうちの特定選挙人の投票入場券の抜き出しの強要の点については、栃谷警備課長が、前記澤谷警備係長と泉佐野市選管事務局との折衝の報告により、同選管事務局長から各投票所の責任者に、既に連絡済みと考え、選挙当日の午後四時一〇分ころ第四、第六各投票所の各責任者に「投票入場券に指紋が付かない方法について捜査員の相談に乗つてやつてもらいたい。」旨の電話をしたところ、阪本事務局長より、「直接投票所の責任者に電話をしてもらつては困る。」との怒った電話があつたので、直ちに右選管事務所に同事務局長を尋ねて、「午前中に了解を得たので電話したものであり、悪気があつてしたことではなく、局長を通さなかつたのは悪かつた。」との釈明を試みたが、なかなか同人の聞き入れるところとならず、あげくに同人より「よしわかつた。それじやなかつたことにする。そのかわり写真撮影は断る。」との返事がなされたのである。ところが、栃谷警備課長が、各投票所の責任者に電話するのと時を同じくして、したがつて栃谷警備課長と阪本事務局長との間の右の経緯を知らずして、捜査官が各投票所に赴き、投票所責任者に不要な指紋付着防止の協力依頼をしたところ、いずれもそれは断られたのである。このような事実経過からして、投票入場券の抜き出しを強要したものではないし、また右事実において警察官の違法な所為はあり得ない。

右<5>については、前記のとおり、阪本事務局長が投票終了直前になつて写真撮影の了承を撤回したため、投票終了後に一部投票所で許される範囲において、外部から写真撮影を行つたにすぎず、そのため、通常の実況見分においてなされる写真撮影にはほど遠いものでしかなかつたのであり、このことが、原告らの主張するような違法につながるとは到底考えられない。

右<6>については、選挙後、大阪府警が、泉佐野市選管に対して行つた別紙押収品目録記載の各物件(但し、投票済投票用紙は除く。)の任意提出の要請は、本件選挙違反事件の捜査の一環として当然なし得べきことであり、このことが原告らの主張するような違法につながるとは到底考えられない。

4  原告らの「権利」の侵害の不存在

(一) 原告らは、本件は、選挙当日に「投票をした」という地位における原告らが、特定の候補者即ち、原告国賀に対する全投票用紙一一五八枚が押収され検索されたことを中心とする警察・検察権力による一連の任意・強制捜査により投票の秘密を侵されたとして、国賠法に基づく金銭賠償によつて、訴訟上の事後救済を求めているものである。」と主張する。しかし、この主張自体その意味するところは必ずしも明確ではないが、次に述べるとおり、その主張には到底理由があるとはみられない。

(二) 右の主張によれば、本件任意及び強制捜査によつて、本件選挙に投票したという地位にあるだけで、原告らの投票の秘密が侵されたとするもののようであるが、国賠法によつて損害の賠償を求めようとする限りは、投票の秘密の侵害と言つても、原告らのそれぞれが、具体的にどのような投票の秘密の侵害を受けたかが明らかにされるべきである。しかるに、本件において、原告らは、一般的抽象的に投票の秘密が侵されたと主張するにとどまつているのであるから、主張自体よりして原告らの権利侵害があつたとは言い得ない。

(三) この点について、原告らは投票の秘密の侵害とは、現実に侵害することのみならず、投票の秘密を危険に曝すことをも含むと主張して、投票の秘密の侵害の概念を広く解し、権利侵害を説明しようとするが、損害賠償の対象となる権利侵害というには、そのような一般的抽象的な侵害の危険に曝されたということでは足りず、当該原告の投票の秘密が侵害されたと認められるような具体的なものでなければならない。

(四) 本件において、大阪府警は、押収した投票済投票用紙によつて架空転入者たる被疑者の指紋照合を行なつただけであるから、投票の秘密の侵害といつても、当該被疑者についてだけ言い得ることである。しかも、無資格投票者については、そもそも投票すべき者でないのであるから選挙の自由を保障する必要はなく、したがつて投票の秘密を保障しなければならないものではない。しかるに、原告らは、架空転入者たる被疑者ではないのであるから、右指紋照合によつて、原告らの投票の秘密が侵されたと言い得るものではないし、前述のとおり原告らが主張する任意捜査によつても、原告らの投票の秘密が侵されたなどとは到底言い得ないのである。

五  被告泉佐野市の主張

1  投票の秘密と選挙犯罪の捜査

被告国の主張1及び2と、ほぼ同旨ではあるが、原告らが主張する、投票の秘密を重視する考え方自体に異論を述べるものではない。

要は、投票の秘密の保障が絶対的なものではなく、右投票の秘密と選挙犯罪の捜査の具体的な必要性の程度との利益衡量によつてケースバイケースで決定されるものと解すべきである。

2  被告泉佐野市の本件捜査への対応とその適法性

右のとおり、選挙に関する犯罪の捜査が、一般的に違法と言うわけではないから、刑訴法に基づく強制捜査を受けたり、捜査機関からの照会、その他任意捜査に応じることも、一般的には違法ではない。

被告泉佐野市が、刑訴法に基づく捜査機関からの照会等、任意捜査に応じた事項は、その外形は勿論、それらの内容においても具体的に検討すれば分るように、いずれも投票の秘密を侵すものではない。被告泉佐野市は、投票の秘密に関連すると思われるものについて、任意捜査に応じておらず、これについては令状による差押えがなされているのである。

投票済投票用紙等については、当時、右捜査に必要なものと判断した裁判所から、差押許可令状が発付されていた。

したがつて、右差押許可令状が、仮に原告ら主張の如く、投票の秘密を侵す違法なものであつたとしても、被告泉佐野市が、その差押手続を適法なものと判断したことに過失は存在しない。

第三証拠関係<略>

理由

第一原告重里君子、同高枩良一、同橘福松、同立石ゑみ、同中谷甚一郎、同中務ヨネ、同水谷清市、及び同南利雄(以下右原告らを一括して「原告重里君子他七名」ということがある。)を除くその余の原告らの被告らに対する各請求、並びに原告重里君子他七名の被告国及び同大阪府に対する各請求について

一  請求の原因1の各事実のうち、前段の事実、即ち、昭和六一年五月一八日に、大阪府泉佐野市において、本件選挙が施行された事実は、当事者間に争いがない。

同後段の事実中、原告宅野徳次を除くその余の原告らが、本件選挙において投票をした事実は、<証拠略>によつて認められるが、原告宅野徳次が、本件選挙において投票したことを認めるに足りる証拠はない。

二  請求の原因2の各事実のうち、原告国賀が、本件選挙に立候補し、得票数一一五八票で当選したことは、当事者間に争いがない。

三1(一) 請求の原因3(一)(1)の各事実、即ち、昭和六一年五月一二日、大阪地方検察庁検察官外岡が、泉佐野市選管に対し、原告国賀に投票するとみられる特定の選挙人らについて、その選挙権の有無を照会し、これに対し、泉佐野市選管が、同月一三日付で、右選挙人らが選挙権を有している旨回答したことは、当事者間に争いがない。

(二) 請求の原因3(一)(2)の各事実のうち、同月一五日、泉佐野警察署の栃谷警備課長が、泉佐野市選管の阪本事務局長に対し、電話で、選挙当日の警備について協力を要請したことは、当事者間に争いがないが、<証拠略>によれば、右協力要請の内容は、選挙当日、投票所内あるいはその付近に、投票所を警備する警察官の休憩場所としての待機場所を設けてもらいたいというものであつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) 請求の原因3(一)(3)の各事実のうち、阪本事務局長が、栃谷警備課長の右協力要請を拒否したことは、当事者間に争いがない。

ところで、<証拠略>によれば、阪本事務局長が、右申し入れに対し、従来の慣行どおり、投票所周辺の巡回及び本署における待機のみに止めるよう回答したこと、その際、栃谷警備課長が、右申し入れに応じなければ、選挙の警備には一切協力できないと言つたこと、しかし、阪本事務局長は、これに怯まず、右申し入れを一蹴したことが認められる。証人栃谷光呂の証言中右認定に反する部分は措信できない。右認定の応酬等を考慮すると、原告ら主張のとおり、栃谷警備課長が泉佐野市選管の業務に対して圧力を加えたと断ずることは困難であり、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(四) <証拠略>によれば、請求の原因3(一)(4)の各事実のうち、同月一六日、大阪府警察本部警備部第一課田中民之巡査部長が、泉佐野市選管に対して、「捜査関係事項照会書」を持参し、特定の選挙人四〇名についての選挙人登録名簿の写しの提出を依頼したこと、及び同選管の阪本事務局長が、右選挙人登録名簿の写しが記載された捜査関係事項回答書を作成して、右照会に回答したことが認められる。そして、<証拠略>によれば、同月一六日及び一七日の両日、警察官らが、泉佐野市役所内におかれた泉佐野市選管の事務所に午前八時ころ訪れ、阪本事務局長と面談できる時間が来るまで待機していた事実が認められる。しかし、右待機によつて、泉佐野市選管の業務が妨害されたことを認めるに足りる証拠はない。

(五) 請求の原因3(一)(5)の各事実のうち、本件選挙当日である同月一八日午前一〇時ころ、泉佐野警察署の澤谷警備係長が、泉佐野市選管の事務所を訪れ、阪本事務局長に対し、第三、第四及び第六各投票所において、警察官が、直接選挙事務従事者に対して、特定の選挙人の投票所入場券を抜き出すよう要請することについて了解を求めたこと、右投票所の写真撮影をしたい旨申し入れたこと、及び阪本事務局長が、写真撮影については、投票時間終了後、選挙人のいない状態での撮影に限つて、これを認める旨回答したことは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、<証拠略>によれば、澤谷警備係長の右申入れに対し、阪本事務局長は一旦はこれを承諾したが、右警備係長が右事務局長に対して右投票所入場券に指紋がつかないよう配慮してほしい旨要望したところ、阪本事務局長は、入場券には多くの人の指紋が既についているであろうからそのような配慮は意味がない旨申し向けたことが認められる。証人阪本昇三郎の証言中右認定に反する部分は措信できない。

なお、<証拠略>によれば、右写真撮影は実況見分のため投票時間終了後においてなす予定であつたことが認められる。

他に右各認定を覆すに足りる証拠はない。

(六) <証拠略>によれば、請求の原因3(一)(6)の事実、即ち、同月一八日の本件選挙の投票時間中、警察官らが、第三、第四及び第六各投票所に赴いたうえ、建物付近に待機して、特定の選挙人について、その投票行為の現認操作を行つたことが認められる(但し、右事実は、原告らと被告国及び同大阪府との間では争いがない。)。

(七) <証拠略>によれば、請求の原因3(一)(7)の各事実のうち、同月一八日午後、泉佐野警察署の警察官が、第四投票所に架電して、特定の者の入場券を別に保管して欲しい旨要請したこと及び右要請に対し、同投票所事務従事者が、泉佐野市選管の指示がないのでできない旨回答したこと、その後、警察官が、右第四投票所を訪れ、同投票所の事務従事者らに対し、特定の選挙人の入場券に余分な指紋がつかないよう配慮してほしい旨、またその一部抽出を要請したが、これらは応諾されず、その際、右事務従事者に対して、「手袋をして仕事をしないのか。」と言つたことが認められ(但し、右のとおり架電があつて、この要請が拒否されたことは、原告らと被告国及び同泉佐野市との間では争いがなく、警察官が右のとおり投票所に赴いて、入場券につき要請したことは、原告らと被告大阪府及び同泉佐野市との間では争いがない。)、更に<証拠略>によれば、第三、第六各投票所にも、警察官が直接訪れて、右とほぼ同様の事態が発生したことが認められる。しかし、右三か所の投票所において、警察官らが、特定の選挙人の入場券を抜き出すように直接強要したことを認めるに足りる証拠はない。

(八) <証拠略>によれば、請求の原因3(一)(8)の各事実のうち、本件選挙当日の午後四時ころ、阪本事務局長が、警察官が泉佐野市選管からの回答を無視し、投票時間中に、直接投票所に赴いて、事務従事者に対して、入場券の一部抽出を要請するなどしたことについて危惧を抱いたことが認められ、また<証拠略>によれば、阪本事務局長が、一旦は了解していた投票時間終了後の写真撮影について、これを断る旨を泉佐野警察署の栃谷警備課長に通知した事実が認められる。また、<証拠略>によれば、警察官らが、本件選挙の投票終了後、一部の投票所で、外部から投票所の状況について、写真撮影をした事実が認められるが、右写真撮影が、選挙事務従事者の制止にもかかわらずなされたことを認めるに足りる証拠はない。

(九) <証拠略>によれば、請求の原因3(一)(9)の各事実のうち、同月二一日、泉佐野市選管が、泉佐野警察署長あてに、一連の警察官の行動についての調査を依頼する趣旨の文書を提出したことが認められる(但し、右事実は、原告らと被告国及び同大阪府との間で争いがない。)

(一〇) 請求の原因3(一)(10)の各事実のうち、同月二一日から六月一六日までの間、警察官及び検察官が、泉佐野市選管に対し、投票済投票用紙を除く別紙押収品目録一覧表記載の各物件の任意提出を求めたことは、当事者間に争いがなく、<証拠略>を総合すれば、右求めに対し、泉佐野市選管が任意提出に応じたのは、五月二一日に別紙押収品目録記載二四及び二五の各物件、同月二三日に同表記載五ないし一〇の各物件(但し同表記載五の物件については、野村道夫、川崎洋子及び木岡信子各名義の分三袋のみ、同七の物件については、木岡信子名義の分一枚のみ、同八の物件については控え)、同年六月一〇日に同表記載一二ないし二一の各物件(但し同表記載一二の物件については、第三及び第四投票区の分のみ)、同月一三日に同表記載二六ないし三〇の各物件、同月一六日に同表記載二二及び二三の各物件であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。しかし、任意提出しない物件について、強制捜査としての差押えがなされた場合に、これに抗議したり、一切争つたりしない旨を、被告泉佐野市が、事前に警察及び検察当局と協議の上、了解していたことを認めるに足りる証拠はない。

(一一) <証拠略>によれば、請求の原因3(一)(11)の各事実のうち、被告泉佐野市が、捜査官による選挙関係者の事情聴取に応じさせ、捜査に協力したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 <証拠略>によれば、請求原因3(二)の各事実のうち、大阪府警の警察官が、昭和六一年五月一九日に、別紙差押許可状等請求一覧記載一の内容の差押許可状を、同年六月二日に、同一覧記載二1、2の内容の各捜索差押許可状を、いずれも佐野簡易裁判所裁判官に対し、請求したことが認められる。

3 請求の原因3(三)の各事実のうち、佐野簡易裁判所裁判官が、右大阪府警警察官の各令状請求に対し、昭和六一年五月一九日に、別紙差押許可状等請求一覧記載一の内容の差押許可状を、同年六月二日に、同一覧記載二1、2の内容の各捜索差押許可状をそれぞれ発付したことは、いずれも当事者間に争いがない。

4 請求の原因3(四)の各事実のうち、大阪府警警察官が、右佐野簡易裁判所裁判官が発付した別紙差押許可状等請求一覧記載一の内容の差押許可状に基づいて、昭和六一年五月二一日に、別紙押収品目録一覧表記載一ないし四の各物件を、同年六月三日に、同じく別紙差押許可状請求一覧記載二1の内容の捜索差押許可状に基づいて、別紙押収品目録一覧表記載一一の物件を、及び、同日、同じく別紙差押許可状請求一覧記載二2の内容の捜索差押許可状に基づいて、別紙押収品目録一覧表記載一二の物件のうち第六投票区の投票箱空虚確認書をそれぞれ押収したことは、いずれも当事者間に争いがない。

四  そこで、前記認定の各事実を前提に、本件捜査が違法であつたかについて検討する。

1  本件任意捜査について

(一) 前記認定された事実のうち、本件で原告らが、特に問題とする任意捜査を列挙すれば、ほぼ次のとおりとなる。

(1) 昭和六一年五月一二日、大阪地方検察庁の検察官が、捜査関係事項照会書に基づいて、特定の者についての選挙権の有無を、泉佐野市選管に照会したこと。

(2) 同月一五日、栃谷警備課長が、阪本事務局長に対し、電話で、警察官の待機場所の設置について協力要請をしたこと。

(3) 同月一六日、大阪府警本部警備部第一課田中民之巡査部長が、泉佐野警察署長作成の「捜査関係事項照会書」に基づいて、特定の選挙人の選挙人登録名簿の写しを提出するよう依頼したこと。

(4) 同月一六日及び一七日、警察官らが、泉佐野市選管を訪れ、阪本事務局長と面会できる時間が来るまで、選管事務所付近で待機したこと。

(5) 同月一八日午前一〇時ころ、泉佐野警察署の澤谷警備係長が、泉佐野市選管の事務所を訪れ、阪本事務局長に対し、第三、第四及び第六各投票所において、警察官が、直接選挙事務従事者に対して、特定の選挙人の投票所入場券を抜き出すよう要請することについて了解を求めたこと、及び右投票所の写真撮影をしたい旨申し入れたこと。

(6) 同月一八日の本件選挙の投票時間中、警察官らが、第三、第四及び第六各投票所に赴いたうえ、建物付近に待機して、特定の選挙人について、その投票行為の現認捜査を行つたこと。

(7) 同月一八日午後、泉佐野警察署の警察官が、第四投票所に架電して、特定の者の入場券を別に保管して欲しい旨要請したこと。

(8) その後、警察官が、右第四投票所を訪れ、同投票所の事務従事者らに対し、特定の選挙人の入場券に余分な指紋がつかないよう配慮してほしい旨要請したこと及び右事務従事者に対して、「手袋をして仕事をしないのか。」と言つたこと。第三及び第六各投票所でも右とほぼ同様の事態が発生したこと。

(9) 投票終了後、警察官らが、投票所の状況について、外部から写真撮影したこと。

(10) 同月二一日から六月一六日までの間、警察官及び検察官が、泉佐野市選管に対し、投票済投票用紙を除く別紙押収品目録記載の各物件の任意提出を求め、前記三4に認定の各物件の任意提出を受けて、それらを押収したこと。

(二) 右に列挙した本件各任意捜査が、原告らの投票の秘密を侵害する違法な捜査活動であつたかについて検討するに、そもそも投票の秘密とは、後に説示のとおり、誰が誰に対して投票したかを他人に知られないことを言い、単なる投票の有無の事実、即ち投票をしたか否かについて知られないことは、含まれないものと解するのが相当であるので、この見地に立脚して判断する。

(1) まず、特定の者の選挙人名簿への登録の有無に関する前記(一)(1)記載の検察官の照会及び同(3)記載の泉佐野警察署による依頼は、本件公職選挙法違反被疑事件の捜査の一環と言うことができるが、右各照会によつて選挙人名簿に登載されているかどうかが知られることになつても、これによつて投票の内容(誰が誰に投票したか)を探知され、又はその危険が生ずることにならないことは明らかであるから、右照会等による任意捜査をもつて、原告らの投票の秘密を侵害したと認めることは到底できない。

(2) また、前記(一)(2)記載の栃谷警備課長の泉佐野市選管への申し入れは、前記認定の事情等を考慮すると、そもそも、本件における公選法違反被疑事件の捜査と直接の関連を有する捜査活動と見ること自体が困難であり、これにより、原告らの投票の秘密が侵害されたと認めることはできない。

(3) 次に、前記(一)(4)記載の警察官らの選管事務所付近での待機は、前記認定の事情等によれば、警察官らが阪本事務局長と面会するために待機していたものであることが窺われ、本件捜査そのものではなく、本件捜査に付随する行為にすぎないし、これにより、原告らの投票の秘密が侵害されたと認めることは到底できない。

(4) 前記(一)(5)記載の澤谷警備係長の阪本事務局長に対する申入れのうち、警察官が、直接選挙事務従事者に対して、特定の選挙人の投票所入場券を抜き出すよう要請することについて了解を求めたことについては、入場券は、選挙人が投票したか否かに関する物件であつて、投票の事実の有無に関する物件に過ぎず、これにより、誰に投票したかということを知られるものではないから、右要請をもつて、原告らの投票の秘密を侵害する行為と認めることはできない。

また写真撮影をしたい旨の申入れについても、前記認定の事情等によれば、右写真撮影は、実況見分のため、かつ投票時間後においてなすものであるから、これもまた、原告らの投票の秘密を侵害する行為と認めることはできない。

(5) 前記(一)(6)記載の警察官らによる特定の選挙人についての投票行為の現認捜査の点についても、前記認定の諸事情によれば、右現認捜査は、詐偽投票罪の立証のために必要性の大きい捜査であつたことが推認できるところ、前記認定の事実によれば、投票所の外部からなしたものであり、これにより、現認された選挙人の投票の内容、即ち誰に投票したかを探知でき、又はその可能性があるものではなく、単に投票の事実の現認にすぎないから、これをもつて原告らの投票の秘密を侵害する行為と認めることはできない。

(6) 前記(一)(7)記載の警察官の電話による入場券の別保管の要請、及び同(8)記載の警察官による選挙事務従事者に対する直接の要請についても、その捜査の対象となつている物件は、投票所入場券であるから、右各要請をもつて原告らの投票の秘密を侵害する行為であると言えないことは前記(4)において説示のとおりである。

(7) 前記(一)(9)記載の警察官らによる写真撮影の点も、前記認定の事実によれば、投票終了後、外部から実況見分の目的で投票所の状況を保全するためになされたものであるから、これをもつて原告らの投票の秘密を侵害したと認めることはできない。

(8) 前記(一)(10)記載の警察官及び検察官の、泉佐野市選管に対する投票済投票用紙を除く別紙押収品目録記載の各物件の任意提出の要請及び領置の点についても、右各物件の内容等からして、これによつて原告らの投票の秘密が侵害されるものであると認めることはできない。

(9) 前記認定のその他の任意捜査ないしこれに関連する行為、又はこれに応じた被告泉佐野市の行為についても、右と同様の理由により、原告らの投票の秘密を侵害したものと認めることはできない。

(三) なお、原告らは、本件捜査は、強制捜査及び任意捜査を通して、原告らの投票の秘密を探知しようとした一連の違法な捜査活動として一体性を有し、各個別の行為に還元できない旨、及び国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において、具体的に加害行為をなした公務員とその違法行為を特定できない場合でも、右一連の行為のうちいずれかに公務員の故意又は過失がなければ被害が生じなかつたという関係にある場合、国又は公共団体は、加害行為不特定を理由に国賠法上の責任を免れない旨主張する。

確かに、捜査は、一定の犯罪事実の立証に向けられた一連の合目的行為であり、個々の捜査活動が、相互に密接な関連性を有することは否定できないが、仮に、ある捜査活動が違法であつたとしても、他の捜査活動が、すべて違法性を帯びると言うことはできず(ある捜査活動が違法であることによつて、その後の捜査が違法性を帯びることがあることは論を待たない。)、また、特に国賠法上の「違法行為」の判断の対象としての、国又は公共団体の行為が、他の行為と識別可能である場合には、個々の行為について、その違法性を個別に判断できるし、そうすべきものである。そして、本件で原告らが問題とする任意捜査は、個々に識別でき、かつそれぞれについて違法性の判断が可能であること、及びそれぞれが原告らの投票の秘密を侵害する違法な行為であると認められないことは、前記のとおりであるから、原告らの右各主張は、いずれも失当である。

また原告らは、任意捜査である以上、その対象は、個人の処分可能な権利に限られるところ、本件の任意捜査は、個人的な処分の許されない客観的制度としての投票の秘密を侵害するものであるから、本件任意捜査は許されない旨主張するが、本件で原告らが問題とする任意捜査が、そもそも投票の秘密を侵害するものではないことも、前記のとおりであるから、この点の原告らの主張も失当である。

2  本件強制捜査について

(一) 投票の秘密と選挙犯罪の捜査について

(1) 憲法第一五条第四項において、「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。」と明文で規定されるように、選挙における投票の秘密の保障は、憲法上の要請であることは明らかである。

そして、右投票の秘密の保障は、憲法上の大原則である民主主義(憲法前文、第一五条第一項、第九三条第二項等)の要請と密接な関係を有するものであるから、投票の秘密とは、選挙における投票の際、誰が誰に対して投票したかという投票の内容を知られないということであると解するを相当とする(東京高裁昭和三九年一〇月二八日判決、行政事件判例集一五巻一〇号二〇七七頁参照)ところ、右投票の秘密の保障は、国民ないし住民の自由なる意思を、国政ないし地方政治の場において忠実に反映させるという、民主主義の最も基本的な理念に直結し、右理念を実効化させるために必要不可欠の制度であると言うことができる。

そして、国民の選挙権が、国政の場において自己の意思を表明することができると言う能動的権利、即ち基本的人権としての参政権の一環として、憲法上保障されていると解されるところ、投票の秘密の保障が、選挙に関する制度のなかでも最も重要な原則のひとつであることは、前述のとおりであるから、投票の秘密を侵されない権利もまた、憲法上の人権として保障されていると解するのが相当である。

(2) 一方、選挙が公正になされることの保障も、民主主義を定めた憲法前文、憲法第一五条第一項、第九三条第二項等の規定のなかに、当然含まれて、要請されていると解されるところ、これは選挙制度に内在する憲法上の原則と言うべく、特に、選挙権のない者が、選挙において投票することがないということの保障は、国民ないし住民の意思を忠実に反映させるという民主主義の原則から見ても、憲法上の要請と考えられ、これを軽視することはできないところであり、右憲法上の要請を具体化したものとして、公選法において、詐偽登録罪(同法第二三六条)、詐偽投票罪(同法第二三七条)等の選挙犯罪が規定されているものと考えるべきである。

(3) そこで、選挙の公正の保障を目的とする選挙犯罪の捜査の必要性の要請と、投票の秘密の保障の要請が、抵触を来すような場合の両者の関係をどのように調節するかについて考察するに、両者いずれも選挙制度に関する憲法上の原則と言うべきことは前記のとおりであるが、投票の秘密を侵されない権利が、憲法における最も重要な基本原則のひとつである民主主義の原則に直結する制度であり、かつ、国民ないし住民の有する選挙権の内容として、必要不可欠の人権として捉えられることは、前述のとおりである以上、原則的には、投票の秘密が優位すると考えるべきである。もつとも、前記のとおり、公正な選挙の保障もまた、民主主義の原則に直接的に資するものであり、憲法上の要請であると解するべきこと前述のとおりであるから、およそ一般的に、選挙の公正を確保するための選挙犯罪の捜査が、常に投票の秘密の要請に劣り、全く許されないと考えるのは妥当でなく、結局、各個別的な事案に応じて、投票の秘密の保障に重きを置きながら、投票の秘密の保障と捜査の必要性とを比較衡量して、捜査が許されるかどうかを慎重に判断すべきものであり、その意味で、憲法上投票の秘密の保障が絶対的なものであると言うことはできない。

そして、具体的な事案においては、捜査を担当する捜査官及び最終的には令状を発付する裁判官において、各事案の具体的な状況を踏まえたうえで、右比較衡量を慎重になすべき義務があるというべきである。

(二) 本件強制捜査と投票の秘密

(1) 本件強制捜査のうち、別紙押収品目録一覧表記載一ないし四の各物件及び同一二の物件のうち第六投票区の投票箱空虚確認書を差し押さえたことについては、右各差押えの対象物件は、投票の秘密、即ち誰が誰に対して投票したかという投票の内容の秘密とは、直接の関係を有しないものであるから、右差押えをもつて、投票の秘密を侵害した行為と認めることはできない。

(2) ところで、同一覧表記載一一の物件、即ち原告国賀に対する投票済投票用紙一一五八票を差し押さえたことについては、<証拠略>によれば、右差し押さえた投票用紙全部について、ニンヒドリン溶液法による指紋の検出を行い、うち二二六枚につき、指紋対象可能な指紋を検出したこと及び、うち五名の者について、大阪府警の有していた被疑者らの指紋と一致したことが認められ、これによれば、たとえ右差押えの目的が、投票の秘密を侵害する目的ではなかつたとしても、結果的には、右五名の者については、強制的に投票の秘密が侵された、即ち誰が誰に投票したかを確知されたものというほかなく、その余の一一五三名の者についても、強制的に投票の秘密が侵される具体的な危険が発生したと言うことができる。

(三) 本件強制捜査に至る経緯

しかしながら、<証拠略>を総合すれば、本件任意及び強制各捜査に至る経緯等は、次のとおりであることが認められる。

大阪府警本部において、昭和四九年に沖縄で発生した内ゲバ殺人事件の容疑者として指名手配中の中核派構成員の追跡捜査をしていたところ、右容疑者が、同じく中核派構成員と目される木岡と接触する可能性があることから、木岡の所在及び行動について内偵をしていたところ、同人が、住民登録地には居住していないことが判明し、大阪府警本部では、木岡に対する公正証書原本不実記載、同行使容疑での内偵捜査を進めることとした。

大阪府泉佐野警察署では、昭和六一年二月一〇日、泉佐野市役所において、中核派構成員と目される仲宗根が、木岡を含む二〇名の中核派構成員と目される者につき、泉佐野市元町七番一二号所在の日之出荘ほか三か所への転入届を一括して代理申請しているのを現認し、泉佐野市担当職員に事情聴取したところ、同月八日に一八名、一二日に一七名合計三五名の中核派構成員と目される者が、それぞれ前記日之出荘ほか三か所へ転入したとする届出を、安藤公門分を除いてすべて同一人名(仲宗根朝寿名)で代理申請していることが判明した。

このように五五名にも及ぶ中核派構成員と目される者が極めて短期間に泉佐野市内に集団転入したとする転入届がなされているという泉佐野警察署からの報告を受けた、大阪府警本部において、泉佐野市における中核派構成員と目される者の集団転入・居住の事実の有無の内偵を進めることになつたが、その内偵の過程において、右五五名の者についていずれも泉佐野市内の住民登録地に居住の事実がなく、虚偽の転入届がなされた可能性が強いことが判明し、前記木岡関係の捜査に並行して、仲宗根に対する公正証書原本不実記載・同行使容疑での捜査が進められることになつた。

そして、同年三月ころ、中核派機関紙である「前進」(同年三月一七日付け)に、中核派に近い関係にあり、「関西新国際空港絶対反対泉州住民の会」事務局長である原告国賀が、本件選挙に立候補するとの記事が掲載されていることが確認され、前記仲宗根による集団虚偽転入は、原告国賀の右立候補支援のための選挙権取得を目的としたものである可能性が強く、場合によつては、中核派構成員による共謀による公職選挙法違反被疑事件に発展する可能性があるものと考えられた。

そこで、大阪府警本部では、木岡及び仲宗根を公正証書原本不実記載、同行使容疑で検挙し、その他の中核派構成員と目される者との共謀関係等の事実解明に着手するとの方針が決定された。

そして、昭和六一年四月二〇日前後ころ、大阪府警本部から、大阪地方検察庁に対して、右に述べたような捜査経過の説明がなされ、かつ、今度の捜査についての事前相談がなされ、同地検では、検察官外岡を主任検事として指名し、以後、同検察官が、検察庁の捜査を担当することとなつた。

右検察官は、大阪府警本部の担当者からの捜査経過の説明内容及び証拠関係を検討し、今後の捜査方針としては、木岡関係の被疑事実の裏付け捜査を実施するのと並行して、住民登録に係る公正証書原本不実記載、同行使の容疑の裏付け捜査を徹底することが肝要であるとの意見を大阪府警本部の担当者に述べた。

大阪府警本部では、右に述べた検察官の意見を参考とした上で、大阪府警本部独自に検討した捜査方針に基づいて、その後の任意捜査を進めた。

同年四月二四日に木岡及び仲宗根が逮捕され、その取調べがなされた。検察官は、同年五月一二日、右集団住民異動届は、もともと泉佐野市市議会議員選挙の選挙権を得る目的によるものとの疑いがある上、右選挙についての登録基準日である同月一〇日が経過したため、右集団住民異動届をした者が実際に選挙人名簿に登載されているかどうかを確かめるために、泉佐野市選管事務局長に対し、照会をした。

検察官外岡は、右照会に対する泉佐野市選管の回答を見て、右集団住民異動届をした者のうち、選挙人名簿に登載された三七名について、公選法上の詐偽登録罪の疑いを抱いたが、同月一五日に木岡が不在者投票をするに至つたこともあり、詐偽登録罪の疑いが生じた者らがさらに詐偽投票に及ぶのではないかと考えた。

検察官外岡は、事態が詐偽投票にまで進展した場合に、投票事実の確認をどのようにすべきかということについて大阪府警と協議した。右検察官は、「投票しようとした事実」のみならず、「投票した事実」についてまで確認すべき必要があると考えたが、その理由は、投票したのか、投票しようとしたのかということは、選挙の公正に実害を与える既遂形態と選挙の公正に対する危険が生じるにすぎない未遂形態の違いという点で、詐偽投票罪における構成要件が異なり、それに伴つて犯情にも違いがあることなどを考慮したからであつた。

そして、右「投票した」事実を立証するための手段として、警察官による投票所での投票行為の現認捜査をすることとした。しかしながら、選挙当日、詐偽投票の疑いがある者が、三か所の投票所ごとにまとまつて投票をしたため、投票事実の現認が困難を極め、一二名について投票事実の現認が得られたほか、八名について投票所への入場を現認したにすぎなかつた。

そこで、同月二一日、大阪府警は、投票所入場券三二枚及び係員が投票用紙を交付する際に対照用に使用した永久選挙人名簿抄本を差し押えた。しかし、投票所入場券を受領しても実際には投票を行わず、そのまま持ち帰る者が時折見られるところから、右投票所入場券等を投票事実の証拠とするには完全を期しがたいので、右検察官及び大阪府警は、投票済投票用紙に付着した指紋を検出して、投票事実を基礎づけようとした。

投票済投票用紙の差押えは、憲法が保障する投票の秘密を侵害することにならないかという問題があるため、検察官外岡は、投票済投票用紙の差押えに関する判例、学説を慎重に検討し、投票済投票用紙を差押えても憲法違反の問題は生じないものと判断し、大阪府警にもその旨を伝えた。

そして同年六月三日、原告国賀に対する投票済投票用紙一包、一、一五八枚入りが差し押さえられたものである。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(四) 本件強制捜査の違法性

以上に認定の捜査に至る経緯等に照らして、本件強制捜査の違法性を判断すれば、次のとおりである。

本件では、前記認定の公正証書原本不実記載、及び同行使の犯罪の遂行、並びに詐偽投票の犯罪の遂行が十分見込まれ、前記捜査当局において、右前者の被疑事件と後者の被疑事件との間に密接な関連性を有すると判断したことが不合理な判断と言うことはできず、特に、本件が、公正証書原本不実記載及び同行使の被疑者数五五名、うち選挙人名簿に登録されていることによつて詐偽投票の可能性があり、詐偽投票罪の被疑者と目されていた者が三七名という、大規模な公選法違反被疑事件であつたという特殊性に鑑み、選挙の公正を確保するために、捜査当局が、本件詐偽投票被疑事件を立件しようとして、捜査活動に力を入れていたことは、容易に想像できるところである。

ところで、公選法第二三七条第二項は、「投票し、又は投票しようとした者」と規定しているところ、選挙権がないのに現に投票した場合と、単に投票しようとした場合とでは、選挙の公正の侵害される度合いが異なり、それに伴つて犯情にも差があることは明らかであるから、右の投票した事実と投票しようとした事実のどちらを被疑事実又は公訴事実とするかは、捜査官(警察官、とりわけ公訴提起権を有する検察官)の裁量に属することがらであると言うべきである。

したがつて、捜査当局が、詐偽投票罪の捜査をなす過程において、単に投票しようとした事実ではなく、投票した事実を立証するために、その証拠の収集を図ることをもつて、一概に、捜査官が、その裁量を逸脱し、不当な職務行為を行つたと評価することはできないものである。

そして、前記認定の本件捜査の経緯等によれば、本件において、捜査当局は、当初から原告国賀に対する投票済投票用紙を差し押さえた上、指紋の検出をすることを予定していたものではなく、当初は、任意捜査による証拠の収集を中心に置いていたものであり、投票行為の立証についても、警察官による投票所周辺での投票行為の現認捜査の結果を、中心的な証拠として予定していたところ、右現認捜査に努力したが、これによつて前記詐欺投票罪の被疑事実の全部を確実に立証し得る証拠を確保できず、他に、右証拠を確保するために成果を挙げ得る任意捜査の方法も考え及ばなかつたため、原告国賀に対する投票済投票用紙を差し押さえ指紋を検出することによつて、詐偽投票罪の「投票した」事実を立証しようとすることを考えたものであり、その際、右投票済投票用紙の差押えが、投票の秘密を侵害する可能性があることに鑑み、事前に、大阪府警及び検察官において、右差押が憲法違反として許されないかどうかについて、過去の判例や学説を検討し、相互に意見を交換した上、本件においては、憲法違反にならないという判断の下に、右差押えをなしたものであるところ、本件投票済投票用紙の差押許可状を請求した時点における判例学説の状況を総合した場合、検察官及び大阪府警の担当者が、本件差押えが、憲法違反にならなく、許されると判断したことがあながち不当であると言えないところである。

そうすると、当時における右諸般の事情等に照すと、右捜査官の右令状の発付請求及び執行が、右捜査官に許された裁量を逸脱して濫用しており、著しく合理性を欠き首肯することができないものであると認められないので、右行為が違法であるとすることはできない。

五  裁判官の令状発付の違法性

前記のとおり、選挙犯罪の捜査、特に本件投票済投票用紙の差押えによつて、投票の秘密が侵害される虞れがある場合、右差押許可状の請求を受けた裁判官としては、投票の秘密の保障を重視しつつ、右投票の秘密の保障と差押えの必要性とを比較衡量したうえ、右差押えが許されるか否かについて判断すべきものである。

ところで、最高裁昭和五七年三月二三日判決(民集三六巻三号三二九頁)は、「裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によつて是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによつて当然に国家賠償法第一条第一項の規定にいう違法な行為があつたものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情を必要とすると解するのが相当である。」と判示しているところ、右判示にあるように、裁判官の職務活動について国賠法の適用を制限する考え方を採用することの根拠としては、裁判官独立の原則、審級制度や確定力制度に代表される裁判制度の本質及び事実認定並びに法令解釈の面における相対的判断の不回避性という裁判作用の特質等の各点が考えられ、右三点の根拠からは、右判示のように裁判官の職務活動について国賠法の適用を制限することは、正当として是認すべきことであると考えられる。

しかして、右最高裁判決の判示は、争訟の裁判についての判断であるところ、本件で問題となつている捜索差押許可状の発付等、いわゆる令状に関する裁判についても、これらの裁判が迅速性を要求されることや、裁判についての判断資料が比較的少ないこと等、「争訟」の裁判とは異なる点等を考慮に入れても、なお裁判官の職務活動について国賠法上の責任を制限する立場を根拠付ける前記三点が、基本的に妥当することは明らかであるから、令状に関する裁判について国賠法上の責任が問題となる場合であつても、やはり前記最高裁判決の判示が妥当すると解するのが相当である。

そして、本件において、当該捜索差押許可状発付の請求を受けた裁判官において、具体的事案に応じて守られるべき投票の秘密の要請と捜査のための差押えの必要性とを比較衡量して、当該差押えが許されるか否かについて判断するべきであり、したがつて、投票済投票用紙の差押えが絶対的に許されないと解するべきではないことは前記判示のとおりであるから、たとえ準抗告審において、本件捜索差押許可状の発付処分が取り消されたとしても、その一事をもつて、本件で捜索差押許可状を発付した裁判官が、その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めることはできず、他に、本件において、本件令状を発付した裁判官の判断について、その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めるに足りる事情を見出すことはできないから、結局、本件令状を発付した裁判官の行為が、国賠法上違法であるとすることはできない。

六  被告らの責任について

以上のとおり、検察官及び大阪府警察本部並びに泉佐野警察官が行つた、本件任意捜査及び強制捜査は、いずれも国賠法上違法な行為と言うことはできず、また、佐野簡易裁判所裁判官のなした本件令状の発付も、違法と言うことはできないから、被告国及び同大阪府に国賠法上の責任があると言うことはできない。

そして、本件任意捜査及び強制捜査が違法とは言えない以上、右任意捜査及び強制捜査に応じた泉佐野市選管の職員にも、違法な行為はなかつたと言うべきであるから、被告泉佐野市に国賠法上の責任があると言うこともできない。

七  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告重里君子、同高枩良一、同橘福松、同立石ゑみ、同中谷甚一郎、同中務ヨネ、同水谷清市、同南利雄の被告国、同大阪府に対する各請求並びに右原告らを除くその余の原告らの被告らに対する各請求はいずれも理由がないから、これらを棄却すべきものである。

第二原告重里君子他七名の被告泉佐野市に対する各請求について

右原告らの被告泉佐野市に対する各請求の訴えについては、右原告らが別紙当事者目録記載の原告ら訴訟代理人弁護士が右訴えの訴訟代理人であると称して右各訴えを提起しているが、いずれも右各訴えの提起を委任した旨の証明はないので、右各訴えは不適法であるから、却下すべきものである。

第三結論

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎末記 森本翅充 黒田豊)

押収品目録一覧表

品名

数量

泉佐野市議会議員一般選挙投票所入場券

三二枚

泉佐野市第三投票区選挙人名簿抄本

三冊

泉佐野市第四投票区選挙人名簿抄本

一冊

泉佐野市第六投票区選挙人名簿抄本

二冊

不在者投票用外封筒

四袋

不在者投票宣誓書・請求書

二枚

不在者投票代理請求書

二枚

不在者投票用紙及び封筒の送付書

一枚

不在者投票投票済用紙の送付書

一枚

一〇

不在者投票投票済用紙の送付のための封筒

一枚

一一

投票済投票用紙(国賀候補有効投票用紙一、一五八枚)

一包

一二

投票箱の空虚確認書(第六投票区)

三枚

一三

選挙投票録(第三、四、六投票区)

三枚

一四

投票結果最終報告書(第三、四、六投票区)

三枚

一五

不在者投票に関する調書(第三、四、六投票区)

三枚

一六

代理投票に関する調書(第三、四、六投票区)

三枚

一七

事務連絡ノート(第三、四、六投票区)

三冊

一八

投票状況一覧表

一枚

一九

投票者数計算書用紙

二枚

二〇

投票状況調連絡小票

六綴

二一

住民異動連絡票

一綴

二二

投票者数計算書(第六投票区)

二枚

二三

時間別投票状況調

一枚

二四

委嘱状兼投票事務従事者要領

一部

二五

投票所庶務係用説明資料

一部

二六

昭和六一年第一、第四回選挙管理委員会議案

二綴

二七

昭和六一年第一、第四回選挙管理委員会会議録

二綴

二八

泉佐野選挙管理委員会告示第二号

一枚

二九

泉佐野選挙管理委員会告示第一〇号

一枚

三〇

泉佐野市議会議員一般選挙選挙録

一綴

捜索差押許可請求事例

一 被疑者  青木克美

二 被疑罪名 公職選挙法違反

三 捜索・差押の場所

大阪府泉佐野市二九五番地の三 泉佐野市役所内

泉佐野市選挙管理委員会方

四 差押え物件

昭和六一年五月一八日に行なわれた泉佐野市市議会議員選挙において同選挙の立候補者であつた国賀祥司への有効投票とされた投票済みの投票用紙計一、一五八枚

差押許可状等請求一覧

一 差押許可状の請求

請求年月日 昭和六一年五月一九日

被疑者氏名 青木克美

被疑罪名  公正証書原本不実記載、同行使、公職選挙法違反

差押場所  泉佐野市二九五番地の三泉佐野市役所三階泉佐野市選挙管理委員会事務局

差押える物 青木克美ら三二名の泉佐野市議会議員一般選挙投票所入場券

昭和六一年五月一八日実施の泉佐野市議会議員一般選挙に使用された第三、第四、第六投票所の永久選挙人名簿抄本

右投票所及び受付、記載台、投票箱、立会人席等を表示する見取図、文書

二 捜索差押許可状の請求

1 請求年月日 昭和六一年六月二日

被疑者氏名    青木克美

被疑罪名     公正証書原本不実記載、同行使、公職選挙法違反

捜索差押場所   泉佐野市二九五番地の三泉佐野市役所三階 泉佐野市選挙管理委員会事務局使用の三〇四号室

差押える物    泉佐野市議会議員一般選挙候補者国賀祥司名記載の投票済投票用紙

2 請求年月日 昭和六一年六月二日

被疑者氏名    青木克美

被疑罪名     公正証書原本不実記載、同行使、公職選挙法違反

捜索差押場所   泉佐野市二九五番地の三泉佐野市役所三階 泉佐野市選挙管理委員会事務局

差押える物    泉佐野市議会議員一般選挙第六投票区投票箱の空虚確認書

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