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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)5512号 判決 1987年4月30日

原告選定当事者(選定者・別紙選定者目録記載の通り、同目録番号一八九・原告本人)

木下一郎

右訴訟代理人弁護士

河村武信

関戸一考

井上直行

被告

日本運送株式会社

右代表者代表取締役

大槁渡

右訴訟代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

主文

一  被告は、原告選定当事者に対し、別紙一〇・認容債権目録記載の各金員(合計金六〇五万一二八九円)を支払え。

二  原告選定当事者のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告選定当事者の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告選定当事者(以下、選定者を含めて「原告ら」という)に対し、別紙(略)一・債権目録「請求金額(一)」欄記載の金員と昭和六一年六月二五日以降毎月二五日限り同債権目録「請求金額(二)」欄記載の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告日本運送株式会社(以下「被告」という)は、トラック、トレーラー等による貨物運送を主たる目的とする株式会社であり、本社を肩書地に置き、関東、中部、関西、西部、九州に各事業部を設けるほか複合運送事業部、通運事業部を有し従業員約六五〇〇名を擁する会社である。

2  原告らは、いずれも被告の従業員であり、従業員たる運転士を中心に結成された日本運送運転士労働組合(組合員数三四七名)(以下「運転士労組」という)の組合員であり、被選定者木下一郎は右組合の委員長である。なお、被告会社には、従業員で結成されている労働組合が複数存在し、最大手は日本運送労働組合(組合員数約五六〇〇名)(以下「日運労」という)であり、最少のそれは全国港湾労働組合阪神支部日本運送分会(組合員約七〇名)である。

3  原告らは、被告と運転士労組との間に締結された労働協約(乙第一四号証・以下「乙一四協約」という)及び同協約に基づき被告が制定した昭和六〇年度賃金規則(乙第四号証・以下「旧賃金規則」という)によって決められたところにより賃金等の支給を受けてきたものである。右賃金規則第一三条には「定期昇給は毎年三月一六日に一二か月以上勤務した従業員を対象として次の通り行う。」とあり、同条一項一号は職員整備士について、同条一項二号は運転士について規定し、同条四項は満四六才以上の従業員についての特例を定めている。

4  原告らの職種、昇給すべき号数及び右規則第一三条四項適用の有無は次の通りである。

(1) 選定者目録六ないし六〇、六二ないし一六〇の原告ら・職種運転士・昇給号数四号

(2) 選定者目録一六一ないし二五七、二五九ないし三〇八の原告ら・職種運転士・昇給号数三号・同条四項の適用あり

原告らは、右賃金規則第一三条により、昭和六一年三月一六日以降、別紙二・一覧表「昇給号数」欄記載の通り昇給されるべきものであり、同表「昇給額」欄記載の各金額を一か月分の昇給分として支給を受ける権利を有する。

5  原告らは、継続して時間外労働に従事し、昭和六一年三月から五月までの三か月平均時間外労働時間は、別紙二・一覧表「時間外等時間数」欄記載の通りである。そして、時間外手当は、基準内賃金に時間外労働時間と一・二五を乗じて算出されるので(深夜労働手当は深夜労働時間と〇・二五を乗じて算出される。)、定期昇給額は残業手当額にはね返ることになる。

原告らの右定期昇給に対する平均時間外及び深夜の労働時間の手当額(以下、まとめて「残業手当」という)は同表「時間外手当額」欄記載の各金額であり、原告らは右金額を一か月分の残業手当として支給を受ける権利を有する。

6  (事情)被告は、昭和六一年三月一六日以降、原告らに対し、旧賃金規則に基づく給与を支給しながら右規則所定の昇給を行わない。実は、被告と日運労は昭和六一年四月一〇日、従前と異なる賃金体系を含むベースアップをはかった労働協約を締結したのであるが、原告らの運転士労組は、同様の協定を締結せず、かえって被告が賃金とは直接関連のない労働条件の低下をもたらす提案をしたことを怒り、賃上げ要求を撤回して定期昇給のみで耐えることとしたものである。

7  (結論)よって、原告らは、昭和六一年四月分以降の定期昇給額及び同昇給額の残業手当へのはね返り分(別紙一・債権目録(一)欄の金額は同年四月分と五月分の右昇給額と残業手当額の合計額であり、同(二)欄の金額は一か月分の右昇給額と残業手当額の合計であって、六月以降毎月支払いを受けるべき金額である。)の支払いを求めて本訴請求に及んだ。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3項は認める。

2  同4項前段は一部に誤りがあるがほぼ認める。同後段は否認する。

3  同5項前段は一部に誤りがあるがほぼ認める。同後段は否認する。

4  同6項は、被告が賃金とは直接関連のない労働条件の低下をもたらす提案をしたとの点を否認し、その余は認める。

5  被告は、抗弁で主張する通り、原告らの請求する昇給及びはね返り残業手当請求権の発生そのものを全面的に争うものであるが、仮に、原告らの主張が理由あるとしても、その請求内容に誤りがあるので、予備的にそれを指摘する。先ず

(一) 原告らが主張する別紙二・一覧表の(残業時間)記載に一部誤りがあり、従って、別紙一・債権目録(一)(二)記載の請求金額の一部にも誤りがある。右誤り部分を指摘し修正したのが別紙三及び四である。

(二) 原告らは、請求原因4項でいわゆる定昇分を請求しているが、その請求に当たって対象期間中の欠勤及び休業による賃金の減額を全く無視している。旧賃金規則第一七条に規定されている通り、従業員が欠勤した場合には所定の計算式により基本給が減額されることになるが、その結果として原告らが請求している定昇分についても同様の減額がなされることになる。休業の場合は、旧賃金規則第七条により賃金が支給されないため、原告らが請求している定昇分についても同様の減額が必要となる。なお、そもそも被告が従業員の就労を何ら拒否していない場合に、未だ発生していない将来分の賃金を請求するのは失当である。

(1) 昭和六一年三月分から昭和六二年一月分までの、原告らの欠勤日数は別紙五、休業日数は別紙六記載の通りである。

(2) 右欠勤・休業による基本給の減額修正後の定昇分の金額は別紙七記載の通りである。

(三) 原告らは、請求原因5項でいわゆるはね返り残業手当を請求しているが、時間外ないし深夜労働手当請求権は、労働者が現実に時間外ないし深夜労働を行うことにより具体的に発生するものである。しかも被告においては、各従業員の時間外労働時間が予め具体的に確定されているわけではなく、旧賃金規則の文言上も明らかな通り、被告が業務上の都合により、随時残業を指示しているのであり(これを拒否もしていない)、従業員の側に一定の時間残業をさせよという請求権があるわけではない。したがって、三か月間の平均残業時間に基づく右手当の請求ないしその将来請求は、現実の残業時間に基づくものでないから失当である。ところで

(1) 昭和六一年六月分から昭和六二年一月分までの原告らの現実の残業時間数は別紙八記載の通りである。

(2) 右現実の残業時間数によって時間外手当を算出した場合に、これにより原告ら主張額から減額されるべき金額は別紙八の「減額分合計」欄記載の通りである。

(四) 以上の残業手当額及び昇給額の修正のための計算方法は別紙九記載の通りである。

以上の通り、仮に、原告らの主張が理由あるとしても、原告らの請求は昭和六一年四月分から口頭弁論終結時に賃金の支払い期限が到来した昭和六二年一月分までに現実に就労した一〇か月分の定昇分などに限り請求することができるものというべきである。この一〇か月分の合計額は、別紙三・修正債権目録(一)欄記載の金額(四月分と五月分の二か月分)、と同目録(二)欄記載の金額(一か月分)を八倍(八か月分)した金額の合計(ただし、同目録に記載のない原告らは別紙一・債権目録(一)(二)各欄記載の金額による)から、別紙七・昇給額修正一覧表により算出した減額金額と別紙八・修正一覧表の「減額分合計」欄記載の金額を控除したものである。

三  抗弁

1  原告ら主張の労働協約(乙一四協約)のうち定期昇給に関する規定は昭和六〇年度限りのものであり、同年度の経過により失効した。

2  また、原告ら主張の旧賃金規則は、被告会社が日運労との労働協約に基づきその後に制定した賃金規則(以下新賃金規則という)によって昭和六一年三月一六日失効した。しかし、被告は、原告らとの間に新労働協約が成立していない現在において、新賃金規則を原告らに適用する意思はなく不適用のままこれを凍結し、旧賃金規則を暫定的に適用しているものである(したがって、被告は、本訴において、原告らに対し、新賃金規則の合理性等を主張してその適用を主張するものではない。)。

しかし、定期昇給については、抽象的な昇給請求権の存在は毎年改定されてきた賃金規則に繰り返し記載されているものの、もともと定期昇給は各年度の経営状況などを総合的に考慮してその都度決定されるものであり、具体的な昇給請求権が成立するためには、その年度の本給表が作成され、各従業員毎の具体的な昇給額が特定される必要がある。しかるに、昭和六一年度春闘において、原告ら運転士労組との間では、本給表に関する合意が成立するに至らないため昇給額を特定することができず、結局原告らの具体的昇給請求権は未だ成立していないのである。したがって、残業手当額の算出に際して昇給分を組み込むこともできない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1項は否認する。

2  同2項のうち新賃金規則が制定されたことは認めるが、右規定は原告らに適用されるものではない。原告らには、乙一四協定とそれに基づく旧賃金規則が適用されるのである。

3  (請求原因に対する認否欄における被告の予備的主張の援用)

同認否欄5項(一)の別紙三、四、同(二)の別紙五、六、七、同(三)の別紙八、同(四)の別紙九各記載の数字及び計算関係並びに同欄末段の一〇か月分の計算関係はこれを認める。

第三  証拠関係は、本件記録中の書証目録の通りであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1ないし3項は当事者間に争いがない。

そして、仮に、昭和六一年三月一六日以降も旧賃金規則が別表1「本給表」を含めてそのまま原告らに適用があるとした場合

1  同規則第一三条により、原告らは同年三月一六日以降別紙二・一覧表の「昇給号数」欄記載の通り昇給をし、同表の「昇給額」欄記載の各金額を一か月の昇給分として支給を受けることになること

2  残業手当額は基準内賃金に残業時間及び一定の割合を乗じて算出されるので、定期昇給額は残業手当額にはね返ること(同規則第三四条)

3  原告らの同年三月から五月までの右はね返り残業手当の一か月平均額は別紙二・一覧表の「時間外手当額」欄(ただし、別紙四・修正一覧表の「時間外手当額」欄記載の金額により修正された限度において)記載の金額であること

4  したがって、同年四月分と五月分の昇給額と残業手当額の合計は別紙一・債権目録(一)欄記載の金額(右1と3の各二倍の計)であり、その一か月分の平均額は同債権目録(二)欄記載の金額(右1と3の計)である(ただし、別紙三・修正債権目録の番号七、九、五五、六七、八六、八八、一一五、一一七、一一八、一六二、二〇九、二三〇、二六六、二七九、二八四、二九八の原告らについては同修正債権目録(一)(二)欄記載の金額により修正された限度において)(同修正債権目録記載のその余の原告らについては同目録(一)(二)欄記載の金額の方が、原告らが請求する別紙一・債権目録(一)(二)欄記載の金額よりも多いので、修正額として採用できない。この点・当裁判所の判断)こと

5  昭和六一年四月分から昭和六二年一月分(口頭弁論終結日・同年二月一二日・賃金支払い日毎月二五日)までの一〇か月分の昇給額と平均残業手当額の合計は右4の「(一)欄記載の金額」と「(二)欄記載の金額の八倍」との合計となること

6  ただし、原告らの一部の者は、別紙五及び六記載の通り、昭和六一年六月から昭和六二年一月までの間欠勤及び休業をしたので、別紙七記載の通り昇給額が修正されたこと(欠勤の場合旧賃金規則第一七条により欠勤日数に応じて基本給が減額される。休業の場合同規則第七条二号により賃金が支給されない。)、例えば、別紙七記載の原告和田の場合一一四〇円の昇給があったが、一一月に欠勤があったので基本給が減額された結果、同月の右昇給額の実質的額(残額)は一〇六一円となるので、差額七九円は右5の合計額から控除すべきことになること

7  原告らは、別紙八・(B)欄記載の通り、昭和六一年六月分から昭和六二年一月分までの間残業をしているが、その残業時間は前記三月から五月までの平均残業時間よりも少なく、従ってその手当額は右3の平均手当額よりも低額であり、その差額合計金額(同表「差額分合計」欄記載の金額)は右5の合計額から控除すべきことになること

以上の事実も当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁事実について検討をする。

1  原告らは旧賃金規則の適用があると主張し、被告は旧賃金規則は新賃金規則の制定により失効したが、原告らが所属している運転士労組との間に新賃金規則の内容に見合う協約を成立するに至っていないので、原告らに対して新賃金規則の適用を凍結して旧賃金規則を暫定的に適用していると主張するのであるが、そうすると、昭和六一年三月一六日以降も原告らに旧賃金規則を適用することについては当事者間に合意が成立している、少なくとも本件訴訟において右適用につき当事者間に争いがないというべきである。

2  ただし、被告は旧賃金規則別表1「本給表」は昭和六一年三月一五日をもって失効し、その後原告ら(運転士労組)との間に本給表の内容について合意(協約)が成立していないのであるから、原告らには未だ具体的昇給請求権は成立していないと主張するので検討する。

成立に争いがない(証拠略)によると、被告の賃金規則第一条は「この規則は、就業規則および労働協約の定めに基づき、従業員の賃金に関する基準およびその運営に関することを定める。」と規定してあるところ、被告は毎年四月ころ締結される労働組合との労働協約に基づき(昭和五七年以降は毎年三月一六日付けをもって)同規則を改正してきたことが認められる。そして昭和六一年度においては、原告ら運転士労組との間に右労働協約の成立を見ないまま経過しているので、原告らに対しては旧賃金規則の「本給表」に基づいてその後の賃金を支払っていること、他方日運労との間には右労働協約を締結し旧賃金規則を改正して新賃金規則を制定実施していることはいずれも当事者間に争いがない。

右事実によると、被告は、原告ら運転士労組と締結した乙一四協約を解約して新賃金規則を原告らに適用実施する旨(新賃金規則が旧賃金規則よりも不利益であってその合理性につき争いがある場合は右合理性を証明する必要がある)表明しないかぎり、原告らは、乙一四協約に基づく旧賃金規則をその別表1「本給表」を含めて適用を受けるものと解され、したがって、同規則第一三条に基づき具体的昇給請求権を有するものというべきである。被告会社は、乙一四協約の定期昇給に関する規定は昭和六〇年度の経過により失効した旨主張するが、その具体的な根拠の主張立証がなくこれを認めることができない。

三  最後に、原告らの請求金額について検討する。

原告らは昭和六一年四月分から口頭弁論終結時に賃金の支払い期限の到来した昭和六二年一月分までの一〇か月分の実労働時間による定期昇給額及びそのはね返り残業手当額を請求しうることはいうまでもないところであり、その額は、前一項判示の1ないし7事実(5の合計額から6、7の金額を控除)により算出され、別紙一〇・認容債権目録記載の通りとなる。

原告らは、同年二月分以降のいわゆる将来分についても請求をするが、その将来分を現時点で算定するについては前一項6、7判示の通り不確定な要素があることや各原告の請求金額の多寡などを考慮するとき、右請求については、実労働時間に基づき算定される確定金額につき被告の任意の履行に期待するのが相当と思料する。

四  以上の次第で、原告らの本訴請求は別紙一〇・認容債権目録記載の限度で理由があるのでこれを認容して、その余の請求を棄却することとし、民訴法九二条、一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 中田耕三 裁判官 下野恭裕 裁判官木村修治は退官につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 中田耕三)

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