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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)4153号 判決 1989年11月30日

和歌山市<以下省略>

甲事件原告(乙事件被告)(以下単に原告という)

右訴訟代理人弁護士

明賀英樹

名古屋市<以下省略>

甲事件被告(乙事件原告)(以下単に被告という)

大起産業株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

石原金三

花村淑郁

主文

一  被告は、原告に対し金二九〇万四〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年五月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告は、被告に対し金七三万四七五〇円及びこれに対する昭和六一年七月二八日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は主文第一・二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

(甲事件)

1 被告は、原告に対し金六五五万四〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年五月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言。

(乙事件)

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(甲事件)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(乙事件)

1 原告は被告に対し金七三万四七五〇円及びこれに対する昭和六一年七月二八日から支払済まで年六分の割合による金員を払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

(甲事件)

一  請求原因

1 被告は、大阪穀物取引所に於ける商品取引員である。

2 原告は、商品取引の経験のない勤務医であるが、昭和五九年七月初旬、被告従業員Bから、「a高校OBの方に連絡している。商品取引に関し面接して話を聞いてくれないか」との電話を受けたことを契機として、別表三記載のとおり大豆の相場取引をした。

3 被告の違法行為

(勧誘の違法性)

被告従業員Bは、「小豆相場はあぶないが大豆は上下一五〇円で安全だ」、「証拠金の半分の損が出るのを追証なりの処置をとり証拠金すべてなくなることを防いでいる」、「私達の会社は商社との取引があるので情報が早いので危険性がない」等と言って安全性を強調するだけで危険性についてはほとんど触れなかった。また、取引の最小単位が一〇枚だとも言った。

(断定的判断の提供、利益保証)

七月一二日、被告従業員Dが、原告の出張先にまで電話をかけてきて「五年振りのチャンスだ。五〇枚買ってくれ。やばくない。絶対儲かる。私が保証する。私が責任とる」等としつこく繰り返し、原告もそこまで大丈夫というのならと三〇枚買うことにした。

(両建玉の問題点の説明の欠如)

七月一八日、被告従業員E課長が、電話で「相場が下がっている。四〇枚売を建てなければならない」と言うので原告が止むなく承諾すると、再度の電話で「四〇枚売ったので証拠金が二八〇万円必要だ」ということであった。手仕舞いについての説明もなく、原告は、Eのいうがままに両建てさせられた。

(新規委託者保護管理協定違反)

新規委託者については、三ヶ月間の保護育成期間が設けられており、この期間は原則として一時点における総建数が二〇枚以下でしか取引をすることができないようになっている。然るに、被告は当初から過大な建玉を勧めた。

(無意味な反復売買・ころがし)

八月一日・一四日・一五日の取引形態は、既存建玉を仕切ると同時に新規に枚数を増やして売直し・買直しを行っている。短期間に建て落ちを繰り返させて手数料稼ぎをしている。

(無断売買)

八月二一日の一〇〇枚の売建玉は、原告が証拠金がないため承諾していないにもかかわらずEが無断で行った。

一〇月三一日の取引も、原告がはっきり承諾していないにもかかわらずEが行った。

(向かい玉)

被告は従業員に情報や資料を提供するのであるから、会社も従業員も同じ方向で考えている筈であるのに、会社の自己玉と逆方向へ原告を建玉させるということは、手数料等の利益を得んがために従業員が会社予想と逆の市況状況を説明・指示して原告に建玉させたものということになる。委託者の利益を考えない違法・不当な行為である。八月一日・一五日・二一日、一〇月三一日、一一月二日の建玉はこれに該当する。

4 被告従業員等の右の行為は、商品取引所法九四条、取引所指示事項、新規委託者保護管理協定に違反しており、これらの故意又は過失のある不法行為により、原告は、委託証拠金として被告に合計六六〇万円交付し、八月に四万六〇〇〇円返金されたから、差引き六五五万四〇〇〇円の委託証拠金を出捐し、同額の損害を受けた。

5 よって、原告は被告に対し右損害金六五五万四〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和六一年五月二八日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二 請求原因に対する答弁

1  請求原因1・2は認める。

2  同3は全体として争う。

3  同4は否認する。

三 被告の主張

1  先物取引受託に至る経緯

被告従業員Bは、昭和五九年七月四日、同窓会名簿で選択の上、原告に電話して先物取引についての関心の有無を質問したところ、面談して説明してほしいとの意向であったので、訪問約束をした。その際、Bが、原告と同じa高校OBであるかのようなニュアンスで原告を誤解させた事実は全くない。同月八日、Bは原告の職場を訪問し、先物取引の紹介をした。取引の仕組、その投機性及び市況の動向等を一時間以上にわたり説明し、追証拠金を含む証拠金制度や取引の最小単位が一枚であることも充分に説明し、原告も充分にこれを理解していた。

同月一〇日、Bが電話で市況説明をしたところ、原告は取引に参加したい意向であり、同日午後二時頃原告の勤務先近くの喫茶店に赴き原告と面談した。その際、Bは、受託契約凖則、商品取引委託のしおりを示して、再度取引の仕組、投機性等について充分説明し、原告が充分理解していることを確認して、右凖則及びしおりを交付し、承諾書、通知書及び委託のしおりの受領について原告の署名・捺印を受けた。

同月一一日、同所で委託証拠金として一〇枚分七〇万円を預かり、同日後場二節で一二月限一〇枚の買建を受注し、成立したものである。

加えて、同月一六日には被告営業課長Eが、「商品取引の重要なポイントについて」という書面を示して、原告に取引の仕組・投機性等の主要なポイントについて充分説明のうえ同書面を交付している。

以上のとおり、被告は原告に対し再三にわたり先物取引の仕組・投機性等充分に説明している。

2  各取引成立の経過

同月一二日、原告からB宛に電話があったが、不在であったため、被告従業員Dは、緊急の用事があるかもしれないと思い、原告に電話し、市況説明をしたところ、原告から一二月限三〇枚の買注文があり、同日後場二節で右買建が成立したものである。その際、Dが、断定的判断を示したとか、利益を保証したとかの事実は全く無い。

同月一八日、価格が下落している状況下で、原告が被告大阪支店に来社し、Eと面談した。Eは追証拠金が必要である旨説明し、従前より説明済であった売買手法(仕切り、追証拠金預託、難平、両建の各方法)について再度説明したところ、原告は両建を選択し、同日原告の売注文により四〇枚の売建が成立した。

八月一日の売買は、利益のあがっている四〇枚の売建玉を仕切って利益を現実化し、その資金で更に売建玉を増加するとの原告の意図によってなされたものであり、決して無意味ではなく、同日仕切りによる帳尻益金一〇二万円のうち九八万円は新たな建玉の委託証拠金に充てられ、残金四万円は原告に返還されている。

八月一四日、一五日の売買も、同様の意図のもとになされたものであって、それぞれ現実化した一一二万円、二九万円の帳尻益金から建増をしたものである。

八月二一日、原告から電話で追証拠金が必要ではないかとの問い合わせがあったので、E課長から市況説明をし、追証拠金が必要である旨説明をし、今後の方針について指示を仰いだところ、一〇〇枚の売建玉の注文があり、同日右売建玉が成立した。

同日夕方、原告は、被告大阪支店に来社し、右一〇〇枚分の委託証拠金七〇〇万円の預託について、資金を何箇所かに分散してあるので少し時間を猶予してほしい旨申し出で、同月二九日迄に預託する旨約した。しかしながら、原告は、二十九日になっても尚証拠金が用意できず、証拠金が不足する分については、仕切るほかないとの意向であり、翌三〇日、電話にて買玉六七枚及び売玉六八枚の仕切り注文を受けた。

右取引の結果発生した帳尻損金については、同日原告が被告大阪支店に来社して一〇〇万円を入金し、残金については既に委託していた証拠金からこれに振替充当した。

その後も必要に応じ電話で市況連絡をしていたところ一〇月三一日、原告から売注文を受注したものであって同日の取引も無断売買ではない。

一一月一九日、原告代理人弁護士から全建玉を仕切るようにとの指示があったので、原告にもその意思を確認のうえ注文通りの仕切りをなした。

3  取引の報告と原告の承認

被告は原告からの注文を受けると、その注文内容に従って取引所において注文をなし、その結果については、成立した場合であると不成立の場合であるとを問わず、すべて立会後ただちに原告に電話で連絡している。加えて、取引が成立した場合には、翌日各取引の都度、売買報告書を送付している。更に、毎月末に当月末の現在高を記載した残高照合通知書を原告に送付し、内容に相違がないかどうか確認してもらい、同封のはがきによって回答を受けている。

原告は、これらの報告をすべて了知しながら、その取引期間中何らの異議を述べたこともなく、毎月末の回答書では、被告からの報告にすべて何らの相違ない旨回答している。加えて、被告からは、取引について苦情がある場合の申立先についても充分教示してあるが、取引期間中かかる苦情の申立がなされたこともない。

4  新規委託者保護管理協定

新規委託者保護管理協定に従い、被告においては、新規委託者の保護育成を図り受託業務の適正な運営を確保するため、新規委託者保護管理規則を定め、右規則に従い、顧客カードを整備し、新規委託者に係る売買枚数の管理基準を定め、管理本部を設置している。

被告においては、原告から二〇枚を越える建玉の要請があったため、その都度、管理基準に従い管理本部の責任者において調査し、原告の商品取引に関する知識、制度の仕組み等に対する理解度及び資力等を勘案し、要請を妥当と認めて受託しているものであり、被告には新規委託者保護管理協定違反はない。被告としては、注文の適否を判断するものではなく、原告の理解度及び当該建玉に必要な証拠金を納入できるかどうかを確認するに止まるものである。

5  過失相殺

仮に、被告に何らかの違法行為が存するとしても、以上の経緯・態様のもとにおいては、本件取引による損失の大半は原告の責めに帰すべきものと言うべきものであり、原告の過失として大幅な過失相殺がなされるべきものである。

即ち、取引を開始するたにあたってはその投機性(大きな損失を被ることもあり得べき危険性)を了知した上で、その自由な意思に従って取引を開始し、その後の各注文もその意味・内容を充分理解してこれを指示し、各取引の結果については逐一報告を受けてこれを了知し、被告の報告に異論があればその都度異議の申立をなせばよかったのにこれをなさず、何時でもその自由な意思によって取引を終結させて損失の拡大を防止できたのに、かかる措置を講ずることもなく、専ら儲けたいとの欲にかられて、損失を拡大させていったものである。従って、原告の本件取引における損失並びに損失の拡大は基本的に原告の責めに帰すべきものと言うべく、その過失割合は少なくとも八割を下ることはない。

四 被告主張に対する答弁

すべて争う。

(乙事件)

一  請求原因

1 被告は、商品取引の受託等を業とする株式会社であり、大阪穀物取引所における商品取引員である。

2 原告は、被告に委託して、昭和五九年七月一一日より同年一一月一九日迄の間、大阪穀物取引所において輸入大豆の先物取引をした。その明細は、別表一記載の通りであり、右売買取引損金は合計三七三万五〇〇〇円であるが、取引過程において、別表二の帳尻記載の通り差引八九万八〇〇〇円の入金があるので、被告の損金残は二八三万七〇〇〇円であり、原告は右損金残を立替払している。

3 右売買取引にかかる委託手数料は、売買値段が四〇〇〇円未満の場合一枚につき片道三五〇〇円、四〇〇〇円以上六〇〇〇円未満の場合一枚につき片道三七五〇円であり、従って、被告の売買取引による委託手数料は、別表一記載の通り合計三五五万三七五〇円である。

4 被告は、原告から右売買取引のための委託証拠金として、別表二の証拠金記載の通り合計五六五万六〇〇〇円を預かったが、原告が3項の委託手数料及び2項の売買取引損金残を支払わないので、右委託証拠金を順次これらに充当した。従って右売買取引損金残は七三万四七五〇円である。

5 よって、被告は原告に対し、被告が立替払いをした右売買取引損金残金七三万四七五〇円の支払い及びこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和六一年七月二八日から支払済まで商事法定年六分の割合による遅廷損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1 請求原因1は認める。

2 同2のうち、原告が被告から勧誘されて昭和五九年七月一一日から一一月一九日迄の間大阪穀物取引所で輸入大豆の先物取引を依頼したこと、別表一記載の報告があったことは認め、その余は否認する。八月二一日及び一〇月三一日の取引は承諾しておらず、一一月一九日の取引は被告の責任で処理したものである。原告の受領額は四万円と六〇〇〇円である。

3 同3のうち、委託手数料の基準額については認め、その余は争う。

4 同4は否認する。原告が被告に渡した委託証拠金名目の金員は六五五万四〇〇〇円である。

第三証拠

当事者双方の証拠関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録に摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一甲事件

一  請求原因1・2の事実は当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第一・二号証の各一ないし一二、第三号証、第七号証、第九号証、第一〇号証の一ないし三、乙第一ないし第三号証、第一九号証、原告(第一回)本人尋問の結果により成立を認める乙第四ないし第七号証、第一二号証の一ないし三、第一三号証の一ないし五(いずれも原告の署名及び名下の印影が原告のものであることに争いない)、証人Dの証言により成立を認める乙第八号証の一ないし二〇、証人Eの証言により成立を認める乙第一四ないし第一六号証、第一七号証の一ないし六、第一八号証の一・二、弁論の全趣旨により成立を認める乙第九号証の一ないし五、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の一ないし四、証人B、同E、同Dの各証言、原告(第一・二回)本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和五八年四月からb研究所に勤務した医師であり、和歌山県立a高校の卒業生であること。昭和五九年当時の原告の資力は年収約六〇〇万円、定期預金一〇〇万円、普通預金四五〇万円、郵便貯金一〇〇万円程度であった。

2  被告従業員Bは、昭和五九年七月頃、a高校の同窓会名簿により同校卒業生のうちの有職者に対し軒並み電話して商品先物取引の勧誘をしていたが、同月四日、原告に対し「a高校の卒業生に電話している」旨切り出して商品先物取引の勧誘をし、Bを同窓生と錯覚した原告と面談の約束を取りつけ、同月六日、原告を勤務先に訪問し、約一時間にわたりパンフレットや用箋にメモ書きする等して商品先物取引の仕組みを一通り説明する傍ら、原告が三二歳で独身の勤務医で、商品先物取引は勿論証券取引や投資信託の経験もないこと、資産としてはマンションを所有していることを聞き出し、年収約三五〇万円程度、預金約五〇〇万円程度と瀬踏みして、原告の適正な取引規模を大豆一〇枚程度と判断し、大豆一〇枚の取引の具体的方法について説明し、検討を依頼して辞去した。

同月一〇日、Bは、原告に電話して大豆の値動きを説明し「今買えば値上がりが期待できる」旨述べて勧誘したところ、原告が一〇枚位買ってみようと応じたので、同日午後、原告を勤務先に訪問し、近くの喫茶店で再度約一時間取引の仕組等を説明し、売買取引委託承諾書等関係書類一式に原告の署名捺印を貰った。

3  原告は、Bから勧誘を受けるまで商品取引の知識や経験がなく、Bの説明を聞いて理解しえたところは(誤解していることも含めて)、日本の大豆は殆どがアメリカからの輸入である、大豆は値幅制限が一五〇円で小豆より危険が少ない、値動きも小豆より緩やかである、取引単位の一枚は大豆二五〇俵である、一俵四〇〇〇円前後である、値動きにより損得がでる、一枚につき七万円の証拠金がいる、被告方では一〇枚一口でやっている、相場が下がっても追証を入れて持っていれば値が上がる、被告は商社と取引があり情報が早いので危険性がない等というものであり、うまい話があればひとつ乗ってみようという気になり、同月一一日午後二時頃、原告は、先の喫茶店でBと面談し、大豆一〇枚の買注文を出し、証拠金七〇万円を交付した。注文の具体的内容(一二月限、成り行き)はBに任せた。その際、Bは、原告が翌日セミナーで出張の予定である事を知り、急激な値動きがあると困るので、出張先からも連絡をして欲しいと伝えた。

翌一二日正午頃、原告は出張先からBに電話したが不在であった。同日午後、被告従業員Dが原告の出張先に電話して「五年振りのチャンスだ。これより下がれば私が責任を取る」等と喧伝し、執拗に大豆五・六〇枚の買注文を勧誘した。原告も、そこまで言うならと勧められた半分の三〇枚の買注文を出すことを承諾した。

4  同月一六日、被告大阪支店営業三課E課長(Bの上司)は、原告と面談し、商品取引の重要点を確認的に説明し、Dが注文した三〇枚分の証拠金二一〇万円を受領した。

同月十八日、E課長から原告に対し相場が下がって追証ラインに掛かっている旨の電話があり、同課長から「四〇枚売りを建てればよい」と指導され、原告はこれを承諾した。その後、同課長から再度電話で「四〇枚売ったので証拠金が二八〇万円必要だ」といわれた。原告は、同日、被告大阪支店を訪ねてE課長に面談し、売りを建てるのに何故証拠金が必要なのかをたずね納得した。

同月二四日、原告は、被告大阪支店のE課長に二八〇万円を届け「すっからかんだから、危険なことは止めてくれ」と言った。当時、原告の預金は殆ど底をついていた。

八月一日、E課長から利の出た四〇枚を仕切り差益金一〇四万円のうち九八万円で建玉を増加することを勧められ、原告はその勧めにしたがった。差額四万円は原告が受領した。

その後、原告は、E課長の言うなりに、同月一四日、一五日の各取引を承認し、差益金で建玉を増加することを承諾した。差額六〇〇〇円は原告が受領した。

5  同月二一日、原告は、値下がり傾向を心配してE課長に電話したところ、同課長は部下に調査させ「追証ラインに掛かっている。一〇〇枚売りを建てねばならない。ストップになるかもしれない。後で電話する」旨答えた。この時期は建玉が余りに大きくなりすぎて原告としては思案に余りE課長のなすがままに任せるよりほかなかった。

同日午後、E課長から電話で一〇〇枚売りを建てた旨の連絡があり、原告は、夕方、被告大阪支店へ行きF営業部長・E課長と面談した。原告は、「また法外な話になった。そんな金はない」と言って抗議したが、両人は、来月になれば相場が好転する、それまで労金から借りられないか、マンション担保に借りられないか等と言って金策を勧めた。原告は、労金には行ったことがない、マンションはローンを払っているところだと答えて拒否した。被告の両名は、金を工面する間は待っておくので何とかしてくれと言った。

6  原告としては、一〇〇枚の証拠金七〇〇万円を調達する事は不可能であり、同月二九日、E課長からの問い合わせに対し、翌日迄に何とか一〇〇万円だけは用意できる旨返事し、翌日被告大阪支店へ一〇〇万円を持参した。被告は、同日、原告の建玉の売り六七枚・買い六八枚を仕切り差損金三三六万八〇〇〇円を生じたので、この一〇〇万円を帳尻金として入金し、差額二三六万八〇〇〇円は委託証拠金から振り替えた。しかし、原告はそこのところがよく呑み込めず一〇〇万円は委託証拠金のつもりでいた。九月末頃、両建てになっている段階で、原告は、電話でE課長に対し同方向に持っていくことは止めてくれといった。

7  一〇月三一日、E課長から原告に対し、買いの三三枚を外して売りにもっていく旨の電話があり、これに対して原告は、「それは危ない」と応答したが、曖昧なニュアンスで峻拒した訳ではなかった。その後、同課長から、売りに回した旨の連絡を受けた原告は「パンクしないようにやってくれ」と注文をつけはしたけれど格別に異議を述べた訳ではなかった。

8  一一月二日、F部長から原告に対し、買いを建てないと防げない旨電話があり、これにたいして原告は、E課長に同方向に向けるなと言ったのにやった、どうしてくれるのかと抗議したが、同部長に、もう遅い、といなされて止むなくFの言う儘に六六枚の買いを建てることを承諾した。

9  しかし、原告は、このことに釈然としないものを感じ、大阪穀物取引所に苦情を申し立てたが埒が明かず、原告代理人弁護士に相談した。同弁護士が、被告に対し全建玉を仕切るよう指示したので、被告は、同月一九日、原告の意向も確認したうえで全建玉を仕切った。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人B、同D、同E、原告(第一回)本人の各供述部分はにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定の諸事実に徴すると、本件先物取引は、高度の投機性を有するとともに、かなりの専門的知識と経験を必要とするものであり、且つ大量の大豆の売買を目的とする相当高額な取引であるから、この種の取引に所謂素人を勧誘するにあたっては、取引の相手が最高教育を受けた医師であるとしても、原告がこれまで全く商品取引の知識及び経験の無い者である事を知っている以上、被告としては、取引の手続・内容につき正確な知識を与える(二・三度話を聞いたとしてもとてものことに正確な知識が得られるものではなく、やはり取引を何度か繰り返すうちに次第に会得していくもののように思われる)とともに、原告に対し利益を生ずるのが確実であると誤解させるようなかなり断定的な説明をすることは差し控え、また過度の投機行為に出て窮地に陥ることの無いよう特段の配慮をなすべきものというべきである(新規委託者保護管理協定はこの趣旨を規定したものである)。然るに、被告従業員らは、原告に対し、利益を生じることか確実であるかのようなかなり断定的説明をして取引に勧誘し、取引経験のない原告に対し、短期間に適性枚数を遥かに越える大量の取引を勧める(被告従業員Bは原告の適性枚数は一〇枚程度と認めている)など相当性の範囲を越える違法不当な行為が多く見受けられ、初回の取引は格別としても、その後の被告従業員らの一連の行為は全体として商取引に於ける信義則及び商品取引における適合性法則に違反して、原告に本件各取引の証拠金等を出捐させる損害を与えたものであるから不法行為を構成するものというべく、被告は、右従業員らの使用者として原告が被った損害を賠償する義務がある。

三  前記認定事実によると、原告にも、右損害の発生・増大につき、次のような過失があったものというべきである。

即ち、取引を開始するにあたって、被告従業員らから先物取引の投機性を明示した書面を交付されており、これを理解する能力も充分あるのに、被告従業員らの、利益が確実であるとの言葉を鵜呑みにし、原告の意に沿わない建玉を勧められたとしてもこれを拒絶することは不可能ではなかったにもかかわらず原告は断固として拒絶することはしておらず、又、早期に手仕舞することも可能であったのに漫然と右従業員らの言葉に引きずられて徒に取引を拡大して損害を増大し、更には、商品取引は自己の判断で行うべきであるのにこれを怠っていた面があること等諸般の事情を総合勘案すると、本件賠償額の算定にあたっては、五割の過失相殺をするのが相当と認める。

そうすると、被告によって賠償されるべき原告の損害額は委託証拠金等として出捐した六六〇万円から初回分七〇万円を控除した五九〇万円の五割に相当する二九五万円から返還分四万六〇〇〇円を控除した二九〇万四〇〇〇円となる。

四  以上によると、原告の本訴請求は不法行為に基づき被告に対し金二九〇万円四〇〇〇円及びこれに対する不法行為の後であり訴状送達の日の翌日たる昭和六一年五月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却するべきである。

第二乙事件

一  請求原因1は当事者問に争いがない。

二  前顕各証拠によれば、請求原因2ないし4の各事実が認められる。

三  以上の事実によれば、被告の本訴請求は理由がある。

第三結論

以上のとおりであって、原告の請求は前判示の限度で理由があるので、その限度で認容し、その余は失当として棄却し、被告の請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判定する。

(裁判官 渡邊雅文)

<以下省略>

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