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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)390号 判決 1986年12月25日

原告

堀端瑞恵

右訴訟代理人弁護士

河上泰廣

御廐高志

南輝雄

被告

甲野太郎

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びうち金八八三万七五〇〇円に対する昭和五九年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

一  原告は、主文同旨の判決を求め、請求原因として、次のとおり述べた。

1  被告は、訴外堀端千一郎(当時四一歳、以下「訴外人」という。)を殺害する意図で、昭和五九年八月一日午後七時三〇分ころ、訴外人を軽四輪貨物自動車の助手席に乗せ、同車を運転して大阪府岸和田市土蔵浜無番地先の防波堤から同車を水深約六・五メートルの海中に突入させ、そのころ、同所において、訴外人を溺死させた。

2  右不法行為により、訴外人及び原告は、次のとおりの損害を被つた。

(一)  訴外人に生じた損害

(1) 逸失利益 金三八四二万一一五〇円

訴外人は、当時、四一歳であり、昭和五七年度賃金センサスによる同年齢の年平均賃金(金四六九万一八〇〇円)を基礎として、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して訴外人の死亡時の逸失利益を算定すると、左記のとおり金三八四二万一一五〇円となる。

昭和五七年度賃金センサスによる四一歳の年齢男子の年平均賃金(金四六九万一八〇〇円)×生活費割合(一−〇・五)×ホフマン係数(一六・三七八)

(2) 慰藉料 金四〇〇万円

訴外人の被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、金四〇〇万円を下ることはない。

(二)  原告固有の慰藉料

原告は、夫である訴外人の死亡によつて多大の精神的苦痛を受け、これを金員をもつて慰藉するとすれば、その額は金四〇〇万円を下ることはない。

3  訴外人は、被告に対し、左記のとおり合計金二三二万五〇〇〇円を、弁済期の定めなく、貸し渡した。

貸付年月日 貸金額

昭和五八年一二月 金一九七万円

昭和五九年一月二二日 金五、〇〇〇円

同年一月三〇日 金一万円

同年二月二〇日 金一一万円

同年三月二〇日 金五万円

同年四月二〇日 金三万円

同年四月二五日 金三万円

同年五月二〇日 金五万円

同年六月一〇日 金二万円

同年六月二〇日 金五万円

4  原告は、訴外人の妻であつて、訴外人の相続人は、原告及び訴外人の父母であり、原告の相続分は三分の二である。

よつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、2の(一)の損害金の相続分(三分の二)及び2の(二)の損害金並びに、消費貸借契約に基づき、3の貸金の相続分(三分の二)の合計金額中の金一〇〇〇万円(損害金内金分金八八三万七五〇〇円貸金内金分金一一六万二五〇〇円)及びうち金八八三万七五〇〇円に対する不法行為の日である昭和五九年八月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

なお、被告は、本件につき承諾殺人罪により懲役二年六月、執行猶予三年の有罪判決を受け、右判決は確定した。

二  被告は、公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1の事実について判断するに、本件において、被告の単純殺人による不法行為の事実は原告本人尋問の結果によつても未だ認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠がなく、<証拠>によれば、被告は、昭和五九年八月一日午後七時三〇分ころ、訴外人と相計つて自殺する意図の下に、訴外人とともに軽四輪貨物自動車に同乗して、被告が同車を運転して大阪府岸和田市土蔵浜無番地先の防波堤から、同車を水深約六・五メートルの海中に突入させ、そのころ、同所において、訴外人を溺死させたこと(なお、被告は、死亡に至らず、右の件につき、承諾殺人罪により起訴され、審理の結果、懲役二年六月、執行猶予三年の有罪判決を受けた。)を認めることができ、右の承諾殺人の限度で、請求原因1の事実を認めることができる。

二次に、請求原因2について判断する。

<証拠>によれば、訴外人は、大学卒であつて、死亡当時四一歳の健康な男子であつたことが認められるので、本件不法行為により死亡しなければ、六七歳までなお二六年間就労可能であり、そうすると、労働省統計情報部作成の昭和五七年度貸金センサスによれば、産業計、企業規模計、新大卒男子労働者の四一歳の平均年収は、原告主張の金四六九万一八〇〇円以上であるから、訴外人も右同額の収入を得られたものと推認され、更に訴外人の右稼働期間を通じて控除すべき生活費は五割が相当であるから、以上を基礎にホフマン式計算法を用いて年五分の割合による中間利息を控除の上訴外人の死亡時の逸失利益を計算すると、原告主張のとおり金三八四二万一一五〇円(金四六九万一八〇〇円×(一−〇・五)×一六・三七八)となる。

そして、前記一に認定の事実によれば、訴外人の死亡については、訴外人の承諾が存したことが認められるのであるから、訴外人が死亡するに至つたことについては同人自身にも過失の存したことは明らかであるというべきであり、右事実のほか本件にあらわれた一切の事情を考慮すると右損害については過失相殺の法理により訴外人の過失割合を八割と認めて賠償額を算定するのが相当である。そうすると、被告が訴外人に対し支払うべき右損害額は、金七六八万四二三〇円となる。

次に訴外人自身の慰藉料についてみるに、本件において、訴外人は、被告と相計つて自殺しようとしたものであつて、訴外人が死に至るについてその主体的な意思の存したことを無視することはできず、訴外人が被告の行為によつて被つた精神的苦痛は必ずしも大であるとはいえないこと、その他本件において右自殺に至る経緯が一切明らかではないこと(この点の原告本人尋問の結果は右経緯を確定するについては必ずしも十分なものではない。)などの本件の一切の事情を考慮するとき、訴外人自身の慰藉料についてはこれを認めないこととするのが相当である(なお、こうした結果になるのは、原告が本件において刑事裁判の関係の資料の大半を証拠として提出しないことに起因するものであつて、止むをえないところである。)。

原告本人尋問の結果によれば、訴外人と原告との間には子供がおらず、原告にとつては、訴外人が頼るべき唯一の家族であつたこと、訴外人は、一家の支柱として稼働していたことが認められるところ、訴外人の突然の死によりその妻である原告の受けた衝撃と精神的苦痛は極めて大なるものがあつたと推認するに難くないこと、一方、前記一認定のとおり被告が訴外人を死亡するに至らしめるについては訴外人の承諾があつたこと、しかしながら、このことは残された原告の側からいえば、被告の行為を止むをえないものとして容認し、あるいは訴外人の死を止むをえないものとして観念するべき事情たりえないこと、その他本件における一切の事情を斟酌するとき、原告の慰藉料としては金四〇〇万円が相当である。

三<証拠>によれば、請求原因3の事実を認めることができる。

四<証拠>によれば、請求原因4の事実を認めることができる。

五以上の事実によれば、原告の、不法行為に基づく損害賠償として、訴外人の相続分については金五一二万二八二〇円、原告固有の慰藉料については金四〇〇万円、貸金として、金一五五万円のうちの金一一六万二五〇〇円の合計金一〇二八万五三二〇円のうち金一〇〇〇万円及びうち金八八三万七五〇〇円に対する不法行為の日である昭和五九年八月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上野 茂 裁判官中路義彦 裁判官山口 均)

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