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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)1820号 判決 1991年6月03日

反訴原告

松野こと李達桂

被告

岡本文代こと金玉

主文

一  反訴被告は、反訴原告に対し、金一八四万七一〇七円及びこれに対する昭和五九年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二〇分し、その一を反訴被告の、その余を反訴原告らの負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

反訴被告は、反訴原告に対し、金四一四八万七四四九円及びこれに対する昭和五九年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車間の追突事故につき、被追突車の運転者が右追突によつて負傷したとして、追突車の運転者兼所有者に対し、自賠法三条に基づいて損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  次のとおり交通事故(以下、「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和五九年六月一四日午後七時四五分頃

(二) 場所 大阪市生野区田島五丁目七番二二号先路上(以下、「本件道路」という。)

(三) 加害車両 反訴被告が所有しかつ運転する普通乗用自動車(泉五七む二一七三号、以下、「反訴被告車」という。)

(四) 被害車両 反訴原告が運転席に乗車していた普通乗用自動車(大阪五八み九二五〇号、以下、「反訴原告車」という。)

(五) 態様 反訴被告車の前部が停止中の反訴原告車の後部に追突した。

2  本件事故により、反訴原告は外傷性頸部及び腰部症候郡、右下肢痛、外傷性シヨツク、左手関節痛等の傷害を受けた。

3  反訴被告には、反訴被告車の運行供用者として自賠法三条所定の責任がある。

4  反訴被告は、反訴原告に対し、本件事故による損害の填補として、合計金一六六三万二二三〇円(うち、金一〇〇万円は反訴被告が反訴原告の共和病院における治療費のうち健康保険組合支払分につき、同組合からの求償に応じて支払つたものである。なお、うち金四〇万円は仮払仮処分に基づいて支払つた金員である。)を支払つた。

二  争点

1  本件事故と相当因果関係にたつ反訴原告の症状の内容並びに相当な治療及び休業期間。

(一) 反訴原告は、本件事故による受傷の結果、頸部の自律神経症状と、これを上回る激しい腰痛の症状が現れ、腰痛を改善するために三回にわたる筋膜切除の手術を受けることを余儀なくされ、右症状のため、昭和六二年七月一一日まで、治療及び休業を要した旨主張する。

(二) これに対して、反訴被告は、本件事故が軽微な追突事故であつたうえ、原告の症状は主訴のみで特段の他覚的もなかつたので、本件事故と相当因果関係にたつ反訴原告の治療及び休業期間は、遅くとも昭和五九年一〇月までであり、その後の治療及び休業は本件事故と相当因果関係がない旨主張する。

2  反訴原告の入院の必要性。

3  本件事故による反訴原告の後遺障害の有無、程度。

(一) 反訴原告は、本件事故により歩行困難や立ち座りの困難を来す程度の腰痛等の後遺障害が残り、右後遺障害は後遺障害別等級表九級一〇号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当程度に制限されるもの)または同表一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当する旨主張する。

(二) これに対し、反訴被告は、昭和六三年八月ころに、反訴原告は、連日二階のベランダで植木の手入れをしたり、二時間三〇分くらいパチンコ遊戯をしたりしており、反訴原告の主張の症状があつたこと自体疑わしく、仮に何らかの後遺障害が残つたとしても、自賠責の関係で認定された同表一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)の限度にとどまる旨主張する。

4  損害額。

第三争点に対する判断

一  争点1ないし3について。

1  事実

争点1ないし3に対する判断の前提として、本件事故態様、反訴原告の症状及びこれに対する治療の経過等についてみるに、前記争いのない事実及び証拠(甲一の一ないし八、甲四、五、七、甲一〇ないし一三、甲一六ないし二四、乙一、乙七の一ないし一〇三、乙一〇ないし一九、乙二六、検甲一ないし三、検乙一ないし七、証人谷幸治、同兪順奉、同岡田こと李茂男、原告(反訴被告)本人、分離前相被告金美代子本人、反訴原告本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故の態様について。

(1) 本件道路は、市街地の中を東西に直線状に走るアスフアルト舗装のなされた平坦な道路で、本件事故当時路面は乾燥していた。

本件事故地点は、田島中学校西交差点(以下、「本件交差点」という。)西詰め停止線から約三一・三メートル西側の本件道路東行車線上の地点である。

(2) 反訴原告は、反訴原告車を運転して本件道路を東向きに進行していたが、本件交差点の対面信号が赤色を表示していたので、四、五台の先行車両に続いて、その後部が本件事故地点にかかる位置で停止し、サイドブレーキをかけて待機していた。

(3) 反訴被告は、反訴被告車を運転し、反訴原告車に続いて本件道路を東向きに進行していたが、本件交差点の対面信号が赤色を表示していたので、反訴原告車の約一・八メートル後方に停止した。その後、対面信号の表示が青色に変わり、反訴被告は、当時急いでいたこともあつて、反訴原告車の動静に十分注意しないまま、右信号表示を見てすぐに発進して時速約五キロメートルに加速したところ、反訴原告車は前記停止地点で停止したままであつたので、反訴被告車の前部を反訴原告車の後部に追突させた。

反訴被告は、追突してはじめてブレーキをかけたが、右追突により反訴原告車を約〇・九メートル前方に押し出して停止した。

(4) なお、本件事故により、反訴原告車には、後部バンバーゴムに払拭痕とその下部に反訴被告車のナンバープレートの白色塗料が付着していた。また、反訴被告車は、左前部バンバーが凹損し、前部ナンバープレートが少し上を向いていた。

(二) 反訴原告の受傷状況。

(1) 反訴原告(昭和一〇年一二月二〇日生、本件事故当時四八歳)は、右追突の直前には、シートベルトをしないまま、助手席に同乗していた妻と向かい合つて話をしていたが、右追突の衝撃を受け、これにより、身体が前後に揺れ、ハンドルで腹部を打つとともにヘツドレストで後頭部を打撲した。

(2) 反訴原告は、右追突後、降車して反訴被告に対して追突したことについて苦情を延べたが、その途中仰向けに倒れ、救急車で谷病院に搬送された。

(三) 反訴原告の症状及びこれに対する治療の経過等。

(1) 反訴原告は、本件事故直後、外傷性シヨツク状態に陥り、また、搬入された谷病院において頭痛と頸部などの痛みを訴えたことから、谷病院の担当医師は、外傷性頸部及び腰部症候郡、外傷性シヨツク、右下肢痛の診断名のもと、精密検査が必要であると考えて入院を指示した。

そして、本件事故の翌日の昭和五九年六月一五日に頸椎のレントゲン撮影、EEG等の検査が行われたが、いずれにも異常は認められなかつた。

ところが、反訴原告は、同月一八日ころから、両眼の痛み、右下腿部、項部、背中、腰の痛み、下痢、腹痛、吐き気、耳鳴など多くの自覚症状を訴えるようになり、これに対して頸椎カラーのほか、投薬、注射などの対症療法が行われ、同月二五日ころからはリハビリテーシヨンも開始された。

谷病院の担当医師は、同月七月下旬になつて、反訴原告の訴えが少し軽減し、依然として他覚的な所見も認められなかつたことから、何度か反訴原告に対して退院勧告を行つたが、反訴原告はその都度、症状がきつくてとても通院できないと返答した。右担当医師は、このような場合には保存的療法を行つて経過観察するしかないと判断し、同年一〇月九日まで入院治療を継続した(入院日数一一八日)。反訴原告は、その後同月一一月二七日まで同病院に通院して(実日数四五日)治療を受けたが、項部痛及び腹部痛がおさまらなかつた。そこで、谷病院の担当医師は、反訴原告には他覚的所見が見出せないのに、自覚症状が半年近くも続いていることから、他覚的所見をより精密に検査できる医療機関に転医することを勧めた。そして、反訴原告は、同月二八日、谷病院の紹介を受けて、共和病院を受診した。

(2) 反訴原告は、共和病院における初診時、腰と頸部の痛みを訴え、腰部については根性症状(座骨神経痛を起こすような症状)に一致する所見(第三腰神経以下の知覚鈍麻、下肢の伸展制限)が認められたので、共和病院の担当医師は、根性症状の原因をつきとめて治療する必要があると判断し、同月二九日から入院するように指示した。

右以後の反訴原告の入通院状況は、以下のとおりである。

<1> 昭和五九年一一月二九日から昭和六〇年一月三〇日まで共和病院に入院

<2> 昭和六〇年三月二二日から同年四月一八日まで同病院に入院

<3> 昭和六一年二月一九日から同月二八日まで同病院に入院

<4> 昭和六一年六月二一日から同年一〇月一八日まで同病院に入院(以上、入院日数合計二四九日)

<5> 昭和六一年一二月五日まで同病院に通院(実日数二四七日)

<6> 昭和六〇年四月一九日から同年五月二〇日まで生野インターナシヨナル病院に入院(三二日)

<7> 昭和六二年五月一四日から同年七月一一日まで大阪市立大学付属病院に通院(実日数四日)

(3) 反訴原告は、共和病院における治療期間中を通じて、頸部症状よりも腰部症状を強く訴え、共和病院においては、主として腰部に関する治療が行われた。共和病院の担当医師は、腰部の根性症状の原因をつきとめるべく、まず、脊髄造影検査(ミエログラフイー)を行つたが、積極的に手術をするべき陰影欠損を認めなかつた。ところが、依然として根性症状が続いていたので、第二回目の入院中に、今度は、椎間板造影検査(デイスコグラフイー)を行つたところ、第四、五腰椎の椎間板の間から造影剤の漏れる所見があり、担当医師は、右所見により、椎間板の脱出があり、これが反訴原告の根性症状の原因であると判断した。

ところが、右椎間板の脱出は、手術を要する程度の症状ではなく、それほど顕著なものではないのに、反訴原告の腰の痛みは非常に強く、また反訴原告の腰痛は、右の根性症状だけでは説明できないものであつたことから、担当医師は、反訴原告の腰痛の主たる原因は筋筋膜症(筋肉の上にかぶさつている筋膜の部位にまで神経が脱出し、このため神経が過敏な反応をする症状)ではないかと考えた。

そして、当時、反訴原告は夜も寝られないといつた激しい腰痛を訴えていたことから、担当医師は筋膜を切除するのが相当と判断し、昭和六一年六月二四日に第一回目の筋膜切除術を施行した。これにより反訴原告の腰痛がしばらくの間おさまつたことから、担当医師は反訴原告の腰痛の主たる原因が筋筋膜症であると確定診断した。しかし、その後、反訴原告は、筋膜切除をした以外の部位にまた激しい腰痛を訴えだしたので、担当医師は昭和六一年八月一九日に第二回目の筋膜切除術を施行した。その後、反訴原告の腰痛はやや軽減したが、担当医師は、今後も別の部位の筋膜切除を施行しなければならなくなる可能性があるとの見通しを表明している(現に、その約四年後の平成二年一一月ころに腰痛が増強したため、第三回目の筋膜切除術が行われた。)。

(4) 右治療の過程で、共和病院の担当医師は、反訴原告の訴えが非常に強く、芝居がかつた面もあるとみていたことから、一時、賠償神経症ではないかと考え、反訴原告の症状につき、関西電力病院精神神経科で診断を求めたところ、同科では、反訴原告の症状には精神的なことが一応考えられ、ヒステリー的なところもあるが、精神神経的な要素だけでは説明がつかず、疼痛原因自体もあると考えられる旨の診断がなされた。

(5) 共和病院の担当医師は、昭和六一年一二月五日に至り、原告の本件事故による外傷性頸部症候群及び腰部挫傷は、頸部痛、項部のつつぱり感、腰痛(これによる跛行、歩行時疼痛など)を残して、症状が固定した旨診断した。

(6) その後も反訴原告は、歩行に関しては、七〇〇ないし八〇〇メートルを四〇分程度の時間をかけて歩くのが限界であるとか、立つていると痛みで身体が震えてくるので、三〇分以上は続けて立てないとか、二〇分くらい続けて座つていると痛くなるなどの症状があつて、日常生活にも不便を来す旨訴えるが、昭和六三年八月ころには、杖や介助なしに普通の態様で歩行ができ、二時間以上の間パチンコ店で遊戯をすることができる程度に回復していた。

(四) 共和病院における反訴原告の担当医師(兪順奉医師)の見解。

兪順奉医師は、反訴原告の腰痛の主たる原因である筋筋膜症は、本件事故の衝撃により直接発症したものではないが、反訴原告が本件事故の衝撃によつて腰部を挫傷し、これによる根性症状の痛みのため、これをかばつて悪い姿勢で歩行し、腰部の特定の部位に異常な刺激を与えるために、その部位が過敏になつて発症したものと考えられ、本件事故は筋筋膜症発症の直接の原因ではないが、その引き金になつたものと認められる旨診断している。

また、反訴原告には神経症状の後遺障害が残り、これは少なくとも後遺障害別等級表一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当すると考えられる。

2  判断

以上の事実に基づいて、争点1ないし4について判断する。

(一) 争点1(本件事故と相当因果関係にたつ反訴原告の症状の内容並びに相当な治療及び休業期間)について。

(1) 前記事実によれば、反訴原告は、本件事故の衝撃により、外傷性頸部症候群及び外傷性腰部症候群(腰部挫傷)等の傷害を負い、これによる症状として、頸部痛、項部痛のほか、腰部の根性症状が現れ、このうち頸部痛、項部痛は共和病院に転医(昭和五九年一一月)して間もなく相当に改善したものと考えられるが、腰部の根性症状については、反訴原告がこれによる腰部の痛みをかばつて悪い姿勢で歩行し、腰部の特定の部位に異常な刺激を与えるために、その部位が過敏になつて、共和病院に転医した前後ころに筋筋膜症を発症させ、その後の腰痛の主たる原因はこの筋筋膜症であつたものと認めるのが相当である。

(2) そして、共和病院に転医した後の腰痛の主たる原因である筋筋膜症は本件事故を直接の原因として発症したものではないが、本件事故を直接の原因として発症したと認められる腰部挫傷による痛みをかばつて悪い姿勢で歩行したことが原因となつて発症したものであり、特定部位の痛みをかばつた姿勢で歩行することは通常あり得ることであり、特殊な反応とはいい難いことや前記共和病院の担当医師の見解をも併せて考えれば、反訴原告の筋筋膜症の発症は本件事故と相当因果関係にたつものと認めるのが相当である。

(3) 前記のとおり、共和病院の担当医師は、昭和六一年一二月五日に至り、原告の本件事故による外傷性頸部症候群及び腰部挫傷は、頸部痛、項部のつつぱり感、腰痛(これによる跛行、歩行時疼痛など)を残して、症状が固定した旨診断したものであり、この事実に加え、右に検討した点を併せて考慮すると、本件事故と相当因果関係のある反訴原告の治療及び休業期間は、昭和六一年一二月五日までと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(4) 前記のとおり、反訴原告の筋筋膜症の発症は本件事故と相当因果関係にたつものと認めるのが相当ではあるが、筋筋膜症は本件事故を直接の原因として発症したものではなく、腰部挫傷による痛みをかばつて悪い姿勢で歩行したことが原因となつて発症したものであるところ、本件事故の衝撃は比較的軽微で、それほど重篤な腰部挫傷の傷害を与えたとは考えがたく、また、腰部挫傷による痛みの原因たる根性症状(椎間板の脱出)は、手術を要する程度の症状ではなく、それほど顕著なものでもなく、さらに、共和病院の担当医師は、反訴原告の訴えが非常に強く、芝居がかつた面もあるとみていたことから、一時、賠償神経症ではないかと考え、反訴原告の症状につき、関西電力病院精神神経科で診断を求めたところ、同科では、反訴原告の症状には精神的なことが一応考えられ、ヒステリー的なところもある旨の診断がなされたことなどを総合すると、反訴原告の筋筋膜症の発症(痛みをかばつて悪い姿勢で歩行したこと)については、本件事故のみならず、反訴原告がそれほど顕著でもない腰部挫傷による根性症状に対して、過剰な心因的反応を起こしたことも寄与しているものと推認するのが相当であり、本件事故が反訴原告の筋筋膜症の発症に寄与した割合は七割と認めるのが相当である。そして、反訴原告の主たる症状が筋筋膜症による腰痛となつた共和病院転医後に発生した損害については、七割を乗じた額をもつて本件事故と相当因果関係にたつ損害額とみるのが相当である。

(二) 争点2(反訴原告の入院の必要性)について。

反訴原告は、谷病院及び共和病院における反訴原告の入院治療の必要性を争うが、いずれにおいても、反訴原告は医師の指示に基づいて入院したものであり、このことからすると、特段の事情がない限り、入院の必要性は肯定されるというべきである。もつとも、前記のとおり、谷病院の担当医師は、入院後約一月経過してから、何度か反訴原告に対して退院勧告を行つたものではあるが、同医師が退院勧告を行つた主たる理由は、反訴原告に自覚症状に対応する他覚的所見が認められなかつたことにあると考えられるところ、反訴原告の腰部の症状については、転医後の共和病院における椎間板造影検査(デイスコグラフイー)によつて他覚的所見が認められたものであり、このことからすると、谷病院の担当医師が退院勧告を行つたことのみでもつて、反訴原告の入院の必要性を阻却することはできない。そして、その他に、反訴原告の入院の必要性のないことを基礎付けるに足りる証拠はない。

(三) 争点3(本件事故による反訴原告の後遺障害の有無、程度)について。

前記事実を総合すると、反訴原告には、本件事故により、特に腰部(局部)に、筋膜切除術を要する程度の頑固な神経症状(腰部痛)が残つたものと認めるのが相当であり、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  争点4(損害額)について。

1  休業損害(反訴原告主張額金一二二二万円) 金九七〇万二一一〇円

(一) 前記事実に、証拠(甲八、九、乙二三の一ないし一三、証人岡田こと李茂男、反訴原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、反訴原告は、本件事故当時、古岡(LEE)レンズ工業所の屋号でレンズの製造販売業を営んでいた。そして、本件事故前の一三か月間に、得意先にレンズを納入し、その代金合計金七七〇万六五〇〇円(一月平均金五九万二八〇七円)を請求していた(右事実によれば、右請求額に匹敵する収入があつたものと推認することができる。)こと及び反訴原告は本件事故により本件事故の翌日である昭和五九年六月一五日から休業を余儀なくされたことが認められる。

しかし、右収入を得るためには相当程度の経費を要したと考えられるところ、どの程度の経費を要したかについては、これを確定するに足りる証拠はなく、また所得税の確定申告等、所得を公的に証明する証拠もないことからすると、前記金額をもつて反訴原告の休業損害の基礎金額とすることはできない。

反訴原告はさらに、本業たるレンズの仕事に差し支えのない程度に、妻の知り合いの経営する生野鉄工所において稼働していた旨供述し、生野鉄工所こと金好珍作成の休業損害証明書及び賃金台帳を証拠として提出するが、右休業損害証明書には、反訴原告が昭和五九年三月から五月までの間に合計六八日勤務した旨の記載があるが、これは反訴原告が右のとおり本業たるレンズの仕事に差し支えのない程度に稼働していたことに照らして不自然であり、また、反訴原告が欠勤を始めたのは本件事故の翌日の同年六月一五日からと考えられるのに、右賃金台帳には同年六月分に関する記載が全くないこと、生野鉄工所において源泉徴収をしていたことを窺わせる証拠もないことなどからすると、反訴原告が右休業損害証明書及び賃金台帳に記載されたとおり稼働していたとは考えがたい。

(二) しかしながら、反訴原告は、前記のとおり、本件事故当時、四八歳の健康な男子で、レンズの製造販売業を営み相当程度の収入を得ていたことが認められるから、本件事故後も、少なくとも昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計四五ないし四九歳男子労働者の平均年間給与額の金五一八万二六〇〇円に匹敵する年間収入を得ることができたものと推認するのが相当である。

(三) そして、前記のとおり、本件事故と相当因果関係のある反訴原告の休業期間は、昭和六一年一二月五日までと認めるのが相当であり、また、反訴原告の主たる症状が筋筋膜症による腰痛となつた共和病院転医後に発生した損害については、七割を乗じた額をもつて本件事故と相当因果関係にたつ損害額とみるのが相当であるから、本件事故と相当因果関係のある反訴原告の休業損害額は次のとおり、金九七〇万二一一〇円(円未満切捨て、以下同じ。)となる。

五一八万二六〇〇÷三六五×(一六六+七三九×〇・七)=九七〇万二一一〇

2  治療費(反訴原告主張額金三七八万八〇九二円) 金二四五万八四〇九円

前記のとおり、本件事故と相当因果関係のある反訴原告の治療期間は、昭和六一年一二月五日までと認めるのが相当であり、また、反訴原告の主たる症状が筋筋膜症による腰痛となつた共和病院転医後に発生した損害については、七割を乗じた額をもつて本件事故と相当因果関係にたつ損害額とみるのが相当であるところ、証拠(甲一九ないし二四、乙二七の一ないし三)によれば、

(一) 昭和五九年六月一四日から同年一一月二七日までの谷病院における治療費が金九九万五二〇四円

(二) 昭和五九年一一月から昭和六一年一一月までの共和病院における治療費が金一八一万一一五四円

(三) 昭和六〇年四月一九日から同年五月二〇日までの生野インターナシヨナル病院における治療費が金二七万九一四〇円

であつたことが認められ、本件事故と相当因果関係のある治療費の金額は、右(一)の金額と、(二)及び(三)の金額に七割を乗じた金額を合算した金額とみるのが相当であるから、次のとおり、金二四五万八四〇九円となる。

九九万五二〇四+(一八一万一一五四+二七万九一四〇)×〇・七=二四五万八四〇九

3  入院雑費(反訴原告主張額金一一万八〇〇〇円) 金一一万八〇〇〇円

前記事実によれば、反訴原告は、谷病院、共和病院及び生野インターナシヨナル病院において合計三九九日入院したものであり、弁論の全趣旨によれば、この間の入院雑費として、少なくとも、反訴原告主張額の金一一万八〇〇〇円を下らない費用を要したことが認められる。

4  付添費(反訴原告主張額金四七万二〇〇〇円) 〇円

反訴原告に、入院期間ないし通院期間中に付添看護を要したことを認めるに足りる証拠はない。

5  後遺障害による逸失利益(反訴原告主張額金一七九四万〇二四九円) 金二四〇万〇八一八円

(一) 前記事実によれば、反訴原告は、昭和六一年一二月五日に至り、頸部痛、項部のつつぱり感、頑固な神経症状としての腰痛(これによる跛行、歩行時疼痛など)を残して、症状が固定したこと、その後も反訴原告は、歩行に関しては、七〇〇ないし八〇〇メートルを四〇分程度の時間をかけて歩くのが限界であるとか、立つていると痛みで身体が震えてくるので、三〇分以上は続けて立てないとか、二〇分くらい続けて座つていると痛くなるなどの症状があつて、日常生活にも不便を来す旨訴えるが、昭和六三年八月ころには、杖や介助なしに普通の態様で歩行ができ、二時間以上の間パチンコ店で遊戯をすることができる程度に回復していたこと、しかし、反訴原告は症状固定後も別の部位の筋膜切除を施行しなければならなくなる可能性があると指摘されており、現に、平成二年一一月ころに腰痛が増強したため、第三回目の筋膜切除術が行われたこと、他方、筋膜切除術の施行により反訴原告の筋筋膜症は軽快する可能性もあることが認められ、これらのことに、反訴原告の職業、年齢、後遺障害の部位、内容、程度を総合すると、反訴原告は、本件後遺障害により症状の固定した昭和六一年一二月五日(反訴原告は、当時五〇歳)から六年間にわたり、平均してその労働能力の一四パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

(二) そして、前記認定事実によれば、反訴原告は、本件事故にあわなければ、右六年間にわたり、毎年少なくとも昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計四五ないし四九歳男子労働者の平均年間給与額の金五一八万二六〇〇円に匹敵する年間収入を得ることができたものと推認するのが相当である。

(三) そこで、本件事故と相当因果関係にある反訴原告の逸失利益の本件事故当時の現価は、右金額に労働能力喪失率を乗じ、ホフマン式計算法により中間利息を控除し、さらに本件事故が反訴原告の筋筋膜症による腰痛の発生に寄与した割合である七割を乗じた金二四〇万〇八一八円となる。

(計算式)

五一八万二六〇〇×〇・一四×(六・五八八-一・八六一)×〇・七=二四〇万〇八一八

6  慰藉料(反訴原告主張額金九七四万二〇〇〇円) 金二八〇万円

以上認定の本件事故態様、反訴原告の受傷内容、後遺障害の部位、内容、程度、本件事故が反訴原告の受傷及び後遺障害の発生に寄与した程度、反訴原告の職業、年齢等諸般の事情を考慮すると、本件事故によつて受けた反訴原告の肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料としては、傷害分、後遺障害分を併せて金二八〇万円と認めるのが相当である。

7  損害の填補

以上の反訴原告の損害額は、合計金一七四七万九三三七円となるところ、反訴被告は、反訴原告に対し、本件事故による損害の填補として、合計金一六六三万二二三〇円(うち、金一〇〇万円は反訴被告が反訴原告の共和病院における治療費のうち健康保険組合支払分につき、同組合からの求償に応じて支払つたものである。なお、うち金四〇万円は仮払仮処分に基づいて支払つた金員である。)を支払つたことは、当事者間に争いがない(なお、反訴被告が健康保険組合からの求償に応じて支払つた金一〇〇万は、反訴原告の請求にかからない損害額であることが明らかであるから、反訴被告支払額のうち、反訴原告の請求にかかる損害の填補に充てられたのは、前記金一〇〇万円を控除した金一五六三万二二三〇円であると認めるのが相当である。)。

そうすると、反訴原告の残損害額は、金一七四七万九三三七円から反訴原告の請求にかかる損害の填補に充てられた金一五六三万二二三〇円を控除した金一八四万七一〇七円となる。

三  以上のとおりであつて、反訴原告の本訴請求は、金一八四万七一〇七円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五九年六月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 本多俊雄)

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