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大阪地方裁判所 昭和61年(わ)1691号 判決 1990年10月30日

主文

被告人A1を懲役一年四月に、被告人A2、同A3、同A4、同A5及び同A6をそれぞれ懲役四月に、被告人A7を禁錮三月に処する。この裁判の確定した日から、被告人A1、同A2及び同A5に対し各三年間、被告人A3、同A4、同A6及び同A7に対し各二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

被告人B1、同B2、同B3、同B4、同B5、同B6、同B7、同B8、同B9、同B10、同B11、同B12、同B13、同B14、同B15、同B16、同B17、同B18、同B19、同B20、同B21、同B22、同B23、同B24、同B25、同B26、同B27及び同B28をそれぞれ罰金二〇万円に、被告人B29、同B30及び同B31をそれぞれ罰金一〇万円に処する。

前項掲記の各被告人においてその罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円をそれぞれ一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。<以下省略>

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人A1は、

一  昭和六一年五月一八日施行の大阪府泉佐野市議会議員選挙に際し、別表第二の一の虚偽転入者欄記載のCほか二六名を同市の選挙人名簿に登録させる目的をもって、同別表記載のとおり、同年二月八日及び同月一〇日の両日前後二七回にわたり、番号一、二、四ないし一八、二一ないし二五及び二七については同別表共犯者欄記載のCほか二二名と共謀のうえ、同市<住所略>泉佐野市役所市民課窓口において、同課係員に対し、右Cほか二六名について、同人らの各転出証明書を添えて同人らの各住民異動届(転入)をそれぞれ提出し、同人らが同別表虚偽転入先欄記載の各場所を住所としていないのに、住所を同別表従前の住所欄記載の各場所から右虚偽転入先欄記載の各場所に移してあらたに同市の区域内に住所を定めた旨それぞれ虚偽の転入の届出をし、情を知らない同課係員をして住民基本台帳の右Cほか二六名の各住民票の原本にそれぞれその旨不実の記載をさせ、即時これらを同市役所内に備え付けさせてそれぞれ行使し、また、同年五月一〇日、同市選挙管理委員会係員をして、右各虚偽の転入届出による住民基本台帳の各住民票の記録に基づいて、同市の選挙人名簿に右Cほか二六名の各氏名等を記載させてそれぞれ登録をさせ、

二  別表第二の二記載のとおり、昭和六一年二月一二日前後一一回にわたり、同別表共犯者(兼)虚偽転入者欄記載のB5ほか一〇名とそれぞれ共謀のうえ、前記泉佐野市役所市民課窓口において、同課係員に対し、右B5ほか一〇名について、同人らの各転出証明書を添えて同人らの各住民異動届(転入)をそれぞれ提出し、同人らが同別表虚偽転入先欄記載の各場所を住所としていないのに、住所を同別表従前の住所欄記載の各場所から右虚偽転入先欄記載の各場所に移してあらたに大阪府泉佐野市の区域内に住所を定めた旨それぞれ虚偽の転入の届出をし、情を知らない同課係員をして住民基本台帳の右B5ほか一〇名の各住民票の原本にそれぞれその旨不実の記載をさせ、即時これらを同市役所内に備え付けさせてそれぞれ行使し、

第二  被告人B3、同A2、同A6、同B13、同B14、同B18、同B19、同B20、同B21、同B22、同B2、同B4、同B6、同A3、同A4、同A5、同B9、同B11、同B12及び同B15は、前記泉佐野市議会議員選挙に際し、それぞれ、

(一)  A1と共謀のうえ、自己を大阪府泉佐野市の選挙人名簿に登録させる目的をもって、別表第三の一記載のとおり、昭和六一年二月八日又は同月一〇日、前記泉佐野市役所市民課窓口において、同課係員に対し、自己の転出証明書を添えて自己の住民異動届(転入)を提出し、自己が同別表虚偽転入先欄記載の場所を住所にしていないのに、住所を同別表従前の住所欄記載の場所から右虚偽転入先欄記載の場所に移してあらたに同市の区域内に住所を定めた旨虚偽の転入の届出をし、情を知らない同課係員をして住民基本台帳の自己の住民票の原本にその旨不実の記載をさせ、即時これを同市役所内に備え付けさせて行使し、また、同年五月一〇日、同市選挙管理委員会係員をして、右虚偽の転入届出による住民基本台帳の住民票の記録に基づいて、同市の選挙人名簿に自己の氏名等を記載させて登録をさせ、

(二)  さらに、右第二の(一)記載のとおり虚偽の転入の届出をすることにより選挙人名簿に登録をさせたうえ、その登録に基づき、別表第三の二記載のとおり、同別表投票年月日欄記載の日、同別表投票場所欄記載の場所において、選挙人資格を有するもののように装って投票し(被告人B4、同B9及び同B11についてはいずれも不在者投票)、もって詐偽投票をし、

第三  被告人B27及び同B1は、前記泉佐野市議会議員選挙に際し、それぞれ、A1と共謀のうえ、自己を同市の選挙人名簿に登録させる目的をもって、別表第四記載のとおり、昭和六一年二月八日又は同月一〇日、前記泉佐野市役所市民課窓口において、同課係員に対し、自己の転出証明書を添えて自己の住民異動届(転入)を提出し、自己が同別表虚偽転入先欄記載の場所を住所にしていないのに、住所を同別表従前の住所欄記載の場所から右虚偽転入先欄記載の場所に移してあらたに大阪府泉佐野市の区域内に住所を定めた旨虚偽の転入の届出をし、情を知らない同課係員をして住民基本台帳の自己の住民票の原本にその旨不実の記載をさせ、即時これを同市役所内に備え付けさせて行使し、また、同年五月一〇日、同市選挙管理委員会係員をして、右虚偽の転入届出による住民基本台帳の住民票の記録に基づいて、同市の選挙人名簿に自己の氏名等を記載させて登録をさせ、

第四  被告人B5、同B7、同B8、同B10、同B16、同B17、同B23、同B24、同B25、同B26及び同B28は、それぞれ、A1と共謀のうえ、別表第五記載のとおり、昭和六一年二月一二日、前記泉佐野市役所市民課窓口において、同課係員に対し、自己の転出証明書を添えて自己の住民異動届(転入)を提出し、自己が同別表虚偽転入先欄記載の場所を住所にしていないのに、住所を同別表従前の住所欄記載の場所から右虚偽転入先欄記載の場所に移してあらたに大阪府泉佐野市の区域内に住所を定めた旨虚偽の転入の届出をし、情を知らない同課係員をして住民基本台帳の自己の住民票の原本にその旨不実の記載をさせ、即時これを同市役所内に備え付けさせて行使し、

第五  被告人B29、同B30、同A7及び同B31は、前記泉佐野市議会議員選挙に際し、いずれも三か月以上大阪府泉佐野市の区域内に住所を有しないため、同選挙の選挙人たる資格がなかったものであるが、そのことを知りながら、自己が同市の選挙人名簿に登録されているのを奇貨として、それぞれ、昭和六一年五月一八日、同市<住所略>湊町会館内第六投票区投票所において、投票し、もってそれぞれ無資格投票をし、

第六  被告人B4は、昭和六〇年三月七日、大阪府門真市一番町二三番一六号大阪府警察本部交通部門真運転免許試験場において、紛失を理由に運転免許証の再交付を申請するに当たり、大阪府藤井寺市春日丘公団一四棟五〇一号を住所としていないのに、住所欄に「大阪府藤井寺市春日丘公団一四棟五〇一号」と虚偽の記載をして運転免許証再交付申請書を作成したうえ、これを所要書類とともに同試験場審査係の係員に提出して虚偽の申立をなし、情を知らない同審査係の係員をして大阪府公安委員会発行の被告人に対する運転免許証にその旨不実の記載をさせて、その交付を受け、昭和六一年三月五日午前一一時四〇分ころ、大阪市<住所略>緑風会病院において、同日自ら原動機付自転車を運転中に発生させた交通事故に関し大阪府東住吉警察署交通事故係の巡査中野廣嗣から運転免許証の提示を求められた際、同巡査に対し、右不実記載のなされた運転免許証をあたかも真実が記載されているもののように装って提示して行使し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは、種々の論拠を挙げて公訴棄却及び無罪の主張をしているので、そのうちの主要な論点について、当裁判所の判断を述べることとする。

一  無罪の主張について(判示第一ないし第五の関係)

1  住所について

(一) 弁護人らは、本件各転入者(A1を除く本件被告人三七名及びD)にとって、その各転入届がなされた当時、その各転入先は公職選挙法及び住民基本台帳法にいう住所に当たる、すなわち、公職選挙法上の住所とは、「政治的生活ないし活動の場所」をいうものにほかならず、それは居住の場所と必ずしも一致するものではなく、これと乖離している場合も多く、居住の事実とは無関係というべきであり、また、右住所の認定に当たっては、本人の意思を最重要の要素とすべきものであり、さらに、住民基本台帳法上の住所は公職選挙法上の右住所に合致させるべきものである、ところで、被告人らのうちの何人かの者は、昭和五五年ころから関西新空港建設反対運動に携わり、昭和五九年暮れころからは住民運動に加わって「泉州住民の会」と共に活動し、さらに昭和六〇年一〇月には泉佐野市日根野の文化住宅「大和荘」の部屋を賃借して現地闘争本部を設置し、同所を拠点として反対運動に取り組んでいたところ、昭和六一年三月開催の泉佐野市議会で「空港建設に対する地元同意」について審議される見通しが強まったことから、同空港建設反対の署名を集め、これを同年二月二〇日ころ請願の形で同市議会に提出することとし、泉州住民の会と共に反対署名運動を展開することにしたが、同市は有権者が全体で六万人、二万七〇〇〇世帯にも及んでおり、泉州住民の会の会員及び現地闘争本部員だけでは、署名活動のメンバーが不足していたため、同年一月末ころから、近畿在住の学生、労働者に対して、同市内での署名運動に参加することを呼びかけ、これに応じて同市に集まったのが他の被告人らである、そして、被告人らは、同年一月末ころから、各家庭を個別訪問するなどして同市内において署名運動を展開したのであるが、これを円滑効果的に推進するには泉佐野市民との信頼関係を築くことが必要であり、そのためには自らも同市の一員としてその住民にならなければならないと考え、また、組織的な署名活動の拠点を確保するため、同年二月四日に日之出荘二室、同月五日に北出荘二室、同日及び同月八日に鶴原荘三室をそれぞれ賃借し、右三アパートのいずれかを転入先としてそれぞれ本件各転入届を行ったものである、右に述べたとおり、本件各転入者は、その各転入届がなされた当時、現に泉佐野市において政治的生活ないし活動を営んでいたものであり、そして、右各転入届はその各転入先を拠点として住民としての政治的生活ないし活動を営もうとする意思が客観化されたものにほかならないから、これにより前記住所要件を満たしたものと認めるのに必要にして十分である、したがって、本件の公正証書原本不実記載、同行使、詐偽登録、詐偽投票及び無資格投票の各公訴事実について、関係各被告人はいずれも無罪であると主張する。

(二)  しかしながら、公職選挙法上の住所は、その人の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、住民基本台帳法上の住所もこれと同様であると解するのが相当であり、また、その認定の基準としては、居住等客観的事実によるべきであって、それのみにては認定し難い場合に本人の主観的意思が補足的に考慮されるべきものである。

そこで、右見地に立って本件を検討するに、前掲の関係各証拠によれば、

(1) 被告人A1が、アパートである判示日之出荘について、昭和六一年二月四日、二三号室をB1名義で、三〇号室をB2名義でそれぞれ賃借する旨の契約を締結し、次いで、同月八日、同月一〇日及び同月一二日の三日にわたり、被告人A1によって、被告人B1、同B2、同B3、同B4、同B5、同B6、同A2、同B24、同B25及び同B26の合計一〇名について、日之出荘の所在地を転入先とする判示各転入届がなされ、その後同年三月初め被告人A1が右各契約を解約していること、ところで、日之出荘の経営者の妻織田希子は、同アパートの斜め向かいの自宅に住んでおり、同アパートの見回りをするなどしてその管理に当たっていたところ、右各契約の締結後、右二室のことを気にしていたが、右解約までの間、右二室に誰かが引っ越して来た様子が窺われず、右二室の入居者を見かけたこともなかったこと、さらに、同女は、右解約の際、右二室にそれぞれ取り付けられた電気の子メーターの検針をしたが、電気は全く使用されておらず、また、その各室内も調べたが、人が入った形跡は少しも認められなかったこと

(2) 被告人A1が、アパートである判示鶴原荘について、昭和六一年二月五日、二階三号室をA1名義で、二階六号室をE名義で、同月八日一階三号室をB9名義でそれぞれ賃借する旨の契約を締結し、次いで、同月八日、同月一〇日及び同月一二日の三日にわたり、被告人A1によって、被告人A3、同B8、同B29、同B30、同A5、同B9、同B10、同B11、同A7、同A6、同B12、同B13、同B14、同B15、同B31、同B23、同B27及びDの合計一八名について、鶴原荘を転入先とする判示各転入届がなされ、その後同年三月二五日被告人A1が右各契約を解約していること、ところで、鶴原荘の経営者水野進の妻水野静子は、ほぼ毎日、朝夕二回同アパートの見回りをしていたが、右各契約の締結から解約までの間、右三室について、入居者を見かけたこともなければ、電気がついているのをみたこともなかったこと、また、鶴原荘では、入居者の電気使用量を調べてその料金を請求するため、右静子の息子の妻が、毎月二五日ころ、各室ごとに取り付けられた電気の子メーターの検針を行っていたところ、右検針の結果によれば、右三室では右の期間、電気が全く使用されていなかったこと、さらに、ガスについても、右三室とも、右の期間中、これを供給する大阪ガス株式会社と契約がなされておらず、閉栓されたままであったこと

(3) 被告人A1が、昭和六一年二月五日、アパートである判示北出荘について、四号室をA4名義で、一〇号室をB20名義でそれぞれ賃借する旨の契約を締結し、次いで、同月八日、同月一〇日及び同月一二日の三日にわたり、被告人A1によって、被告人B7、同A4、同B16、同B17、同B18、同B19、同B20、同B21、同B22及び同B28の合計一〇名について、北出荘を転入先とする判示各転入届がなされ、その後同年三月下旬被告人A1が右各契約を解約していること、ところで、北出荘の経営者新谷林秋の妻新谷篤子は、北出荘三号室を使って、毎週二回、午後四時ころから午後八時ころまで英語を教えていたが、右各契約の締結から解約までの間、右二室の入居者を見かけたことがなかったこと、また、同女は、右各契約後、同年三月一日と同月二七日に北出荘の各室に取り付けられた電気の子メーターの検針を行ったが、その検針結果によれば、右期間中、右一〇号室では電気が全く使用されておらず、右四号室も三月一日の検針時に一キロワットの電気使用が認められただけであったこと

が認められ、右認定の各事実によれば、本件各転入者の転入届がなされた当時及びその前後において、日之出荘、鶴原荘及び北出荘の右各室には人が全く居住していなかったものであるから(なお、右日之出荘等三アパートの右各室以外の部屋が本件各転入者の住所に当たる旨の主張は一切なされていないし、また、そのような証拠も皆無である。)、右日之出荘等三アパートは本件各転入者にとって住所としての客観的要件を具備していなかったものといわなければならない。

なお、弁護人らは、かりに日之出荘等本件三アパートが本件各転入者にとって住所の要件を具備していなかったとしても、被告人らのうち被告人A3ほか数名の関西新空港建設反対運動の専従活動家は、昭和六〇年末以降本件選挙までの間、大和荘等いずれも泉佐野市内の場所において、起臥寝食等を行って居住していたことが明らかであるから、本件選挙について、引き続き三か月以上同市内に住所を有する者として、選挙権を有するものである、したがって、右被告人A3ら数名の被告人は、公職選挙法違反の本件公訴事実について無罪であり、また、公職選挙法上の問題がクリアされる以上、住民基本台帳の不実記載も成立しない旨を主張し、被告人A1及び同A3は、当公判廷において、居住事実の点につき右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、弁護人らの右主張のうち、法律的見解の当否はしばらく措き、その前提となる居住の事実関係について検討するに、被告人A1及び同A3は、居住していたという者らの個々の氏名並びに具体的な居住場所及び生活状況については全く供述していないうえ、そもそも真実泉佐野市内の場所に居住していたのなら、本件転入届に際し、同所を転入先とすれば足り、また、当然そうするはずであるのに、わざわざ前記三アパートを借り受けて転入の届出をしていることなどに照らせば、右被告人両名の右供述はたやすく信用できないし、他に右主張の居住事実を認めるに足りる証拠は皆無である。

2  本件転入届の目的について

(一) 弁護人らは、本件各転入届はいずれも、前述のとおり、署名活動を目的としたものであって、本件選挙で投票するため、選挙人名簿に登録させることを目的としたものではない、そもそも被告人らの支援している関西新空港建設反対運動の中から本件選挙に候補者を立てることとなったのは、次の事情による、すなわち、「泉州住民の会」及び被告人らにおいて、前述の署名活動によって集めた約一万名の署名をもとに泉佐野市議会に請願すべく、三〇人すべての同市議会議員に当たったが、紹介を引き受けてくれる議員が一人もいなかったため、やむなく集めた署名に趣意書を添えて事実上同市議会議長に見せ、これだけ反対があることを説明し、地元同意をしないように申し入れるしかなかったのである、そして、このような流れの中から、急激に市民運動の力で市議会議員を選出して、紹介議員になってもらうほかないとの機運が盛り上がり、Fが本件選挙に立候補することになったもので、それは時期的には昭和六一年二月二五日ころのことであり、本件の各転入届がなされた同月八日から同月一二日までの時点では、未だ本件選挙に候補者を出すという方針は決まっていなかったのであるから、本件各転入届と本件選挙とを結び付け、右各転入届の目的が、右選挙で投票するため、選挙人名簿に登録させることにあるという検察官の主張は失当である、したがって、本件の詐偽登録及びこれを前提とする詐偽投票の各公訴事実について、関係各被告人は無罪である旨主張する。

(二) そこで検討するに、前掲の関係各証拠によれば、

(1) 泉佐野市選挙管理委員会では、昭和六一年一月二一日開催の委員会において、本件選挙について、その期日を同年五月一八日として、これを同月一一日告示し、選挙人名簿の登録基準日を同月一〇日とする旨それぞれ決定したうえ、選挙人名簿の右登録基準日については、同年一月二一日、泉佐野市選挙管理委員会告示第二号として泉佐野市役所庁舎前の掲示板にその旨の文書を掲示したので、これにより、本件選挙において投票するには右登録基準日の三か月前に当たる同年二月一〇日の以前(同日を含む。)に泉佐野市への転入届がなされる必要があったこと

(2) 前認定のように、被告人A1が、昭和六一年二月四日から同月八日までの間に、日之出荘等本件三アパートの賃貸借契約を締結していること

(3) 本件各転入者(ただし、被告人B29、同B30、同A7及び同B31を除く。)が、いずれも、前記「昭和六一年二月一〇日」の以前である昭和六一年二月五日から同月一〇日までの間に、従前の各登録住所地を管轄する市役所等にそれぞれ転出届を提出し、転出証明書の交付を受けており、また、被告人B31分についてはGが、被告人B29分、同B30分及び同A7分についてはいずれも氏名不詳者が、右同様同月六日又は同月七日に、従前の各住民登録地を管轄する市役所等にそれぞれ転出届を提出し、転出証明書の交付を受けていること

(4) 右(3)記載の各転出届には、転出先として、いずれも、被告人A1が賃貸借契約を締結した前記三アパートの所在地のいずれかが記載され、転出予定年月日として、被告人B30分を除きその余はいずれも、前記「昭和六一年二月一〇日」の以前である昭和六一年二月五日から同月一〇日までの日が記載されていること

(5) 被告人A1が、昭和六一年二月八日、同月一〇日及び同月一二日の三日、前後三八回にわたり、泉佐野市役所市民課窓口において、同課係員に対し、本件各転入者について、右(3)記載の同人らの各転出証明書を添えて同人らの各住民異動届(転入)をそれぞれ提出して、同人らが住所を右各転出証明書に記載の従前の各登録住所地(別表第二の一及び第二の二の従前の住所欄記載の各場所)からその記載の各新住所地(同各別表虚偽転入先欄記載の各場所)に移した旨の判示各転入届をし、その結果、判示のとおり、住民基本台帳の本件各転入者の各住民票の原本にその旨の記載がなされていること

(6) 被告人A1は、右(5)の各転入届をなすに際し、転出証明書の転出予定年月日欄の日付が、前記「昭和六一年二月一〇日」以前となっているもの、すなわち被告人B30以外の各転入者の分については、転出証明書の転出予定年月日欄に記載されている日付をそのまま転入届の転入をした年月日欄に記入しているが、転出証明書の転出予定年月日欄に昭和六一年二月一四日と、右「昭和六一年二月一〇日」より後の日が記載されている被告人B30の分については、転入届の転入をした年月日欄に日付を記入するに当たり、右転出証明書の転出予定年月日欄に記載されている日付をそのまま転記するのではなく、昭和六一年二月一〇日と記入していること

(7) 本件各転入者のうち、昭和六一年二月一〇日以前に転入届がなされ、その結果選挙人名簿に登録された者二七名のうち、被告人B1及び同B27を除く二五名が本件選挙において投票していること(なお、右投票の事実については、後において更に検討する。)

(8) 本件各転入者のうち被告人B1、同B2、同B4、同A2及び同A3を除く三三名は、本件選挙終了後間もなく、すなわち、二七名は昭和六一年五月中に、五名は同年六月中に、一名は同年七月中にそれぞれ泉佐野市から他への転出届を提出していること

が認められ、また、前掲の関係各証拠に、被告人らの当公判廷における各供述及び「陳述書」ないしは「意見陳述書」と題する書面等前掲以外の本件で取り調べた関係各証拠を総合すれば、

(9) 被告人ら及びDは、関西新空港建設反対などを標榜する政治的団体の構成員ないし支持者であるが(以下、右政治団体を「被告人らの団体」という。)、同団体では、従前から泉佐野市内でも組織的に関西新空港建設反対運動を展開し、本件選挙には関西新空港建設反対運動の中から候補者を立ててこれが当選を図ることとし、昭和六一年二月中旬からは、同市<住所略>所在の住宅都市整備公団佐野湊団地の部屋(以下、「湊団地」という。)を右構成員の名義で賃借し、同所を拠点としてその活動を行っていたところ、被告人ら及びDも同団体の一員として右活動等に参加していたこと

が認められる。

そして、以上認定の各事実を総合すれば、「被告人らの団体」では、本件選挙に際し、同団体の支持する候補者を当選させるため、同団体の構成員ないし支持者において、選挙人名簿の登録期限に間に合うように配慮して、従前の登録住所地の管轄市役所等での転出届を経て泉佐野市への転入届をし、選挙人名簿に登録させたうえ、本件選挙で投票することに決め、また、その転入先とするため、被告人A1が日之出荘等本件アパート三軒を探してその家主と賃貸借契約を締結し、他方、本件各転入者(被告人B29、同B30、同A7及び同B31を除く。)は、同団体の右方針に基づき、所定の期限内に従前の住民登録地の管轄市役所等で、右団体の関係者から指示を受けたアパート(日之出荘等本件三アパートのうちの一つ)を新住所とする転出届をして転出証明書の交付を受け、これを被告人A1に渡し(なお、被告人B31分についてはGが、被告人B29分、同B30分及び同A7分については氏名不詳者が、それぞれ転出届をして転出証明書の交付を受け、これを被告人A1に渡している。)、次いで、被告人A1が右各転出証明書に基づき泉佐野市役所で一括本件各転入届をしたものであると推認するのが相当であり、したがって、本件各転入届の目的は、本件選挙において投票するため、選挙人名簿に登録させることにあったものと認めて差し支えがない。(なお、検察官は、被告人A1の判示第一の一の犯行中、別表第二の一の番号二六の虚偽転入者をB31とするものはGと、また、同番号三、一九及び二〇の虚偽転入者をA7、B29及びB30とするものは氏名不詳者とそれぞれ共謀のうえ行ったものである旨主張する。なるほど、先に述べたとおり、被告人B31分についてはGが、また、被告人A7分、同B29分及び同B30分については氏名不詳者が、それぞれ所定の期限内の日を転出予定日とし、本件三アパートのうちの一つを転出先とする転出届をして転出証明書の交付を受け、これを被告人A1に渡したことが認められるものの、証拠上右Gらと前記団体との関係や同人らの活動状況等は不明であり、同人らにおいて、事情を知らないまま、単なる使者として言われたとおりに右行為をしたものであって、右転出証明書に基づきなされる転入届が、選挙人名簿に登録させる目的でなされる虚偽のものであることまでの認識はなかったのではないかと考える余地もないではないので、同人らとの間の共謀関係までは認めないこととする。)

もっとも、判示第四の被告人一一名については、本件選挙の登録基準日の三か月前に当たる前記「昭和六一年二月一〇日」を経過した同月一二日に転入届がなされたため、選挙人名簿に登録されていないが、これらについても、前認定のように、いずれも、従前の登録住所地での転出手続は右二月一〇日の以前に行われ、転出届の転出予定年月日欄及び転入届の転入をした年月日欄に記入されている日付は、ともに右二月一〇日の以前の日であることに照らせば、右被告人一一名についても、本件選挙に際し選挙人名簿に登録させるつもりであったが、何らかの手違いで転入届が遅れてしまったため、結果的に選挙人名簿に登録させることができなかったに過ぎないものと考えられるから、右事実をもって、本件における転入届の目的が選挙人名簿に登録させることにあったとの前記認定を左右するに足りない。

また、被告人らは、被告人質問及び「陳述書」ないし「意見陳述書」と題する書面において、関西新空港建設反対の署名運動を円滑効果的に進めるためには泉佐野市の住民となる必要があると考えて本件の転入届をなした旨、弁護人らの前記主張に沿う供述や記載をし、また、被告人A3及び証人Fは、関西新空港建設反対運動の中から本件選挙に候補者を立てることとなった時期について、弁護人らの前記主張に沿う供述をしている。しかしながら、証拠上被告人らが右署名運動を行ったことは認められるものの、右署名運動は関西新空港建設反対を標榜する立候補予定者にとって、選挙運動の極めて重要な一環をなすものであるから、右署名運動を行なっていたからといって、本件転入届が本件選挙とは無関係であるといえないのはもとより、署名運動のためにのみ、転出及び転入届、しかも虚偽のそれまでもする必要があるか極めて疑問であるうえ、前記認定の諸般の事実に照らし、右各供述及び記載はいずれもにわかに信用し難い。

3  一部被告人の投票行為について

(一) 弁護人らは、詐偽投票罪で公訴の提起を受けた被告人のうち、本件選挙の当日、第六投票区投票所(湊町会館内)で投票したとされている被告人C、同A2、同B13、同B14、同B19、同B20、同B2、同A4、同A5及び同B15並びに第四投票区投票所(下瓦屋老人クラブ集会所内)で投票したとされている被告人B21(以下、これらを総称して「被告人B3ほか一〇名」という。)については、その投票行為に関し、これを認めるに足りる証拠が存しないから、投票の事実については結局証明がないことに帰し、被告人B3ほか一〇名は本件詐偽投票の公訴事実(いずれも判示第二の(二)の関係)について無罪である旨主張する。

(二) まず、前掲の関係各証拠によれば、

(1) 本件選挙において、選挙当日各投票所においてなされる投票に関しては、

① 泉佐野市選挙管理委員会が、あらかじめ永久選挙人名簿に登録されている者を名宛人とする投票所入場券(葉書の形式のもの)を、同名簿記載の住所宛に郵送する

② 泉佐野市選挙管理委員会では、右郵送した投票所入場券のうち、「あて所に尋ねあたりません。」などと記載して、配達不能で返送されてきたものについては、これを各投票所ごとに一括し、選挙当日の前日に、当該投票所の庶務係に託し、庶務係はこれを選挙当日投票所に持参する。

③ 選挙の当日、各投票所では、庶務係、名簿対照係等が仕事を分担し、来所者が、郵送ずみの投票所入場券を提出した場合は、その投票所入場券と永久選挙人名簿抄本とを対照し、それが符合すれば、同抄本の当該の者の欄と右投票所入場券の各一定の位置にそれぞれマジックインキペン等で確認のチェックをしたうえ、投票用紙を交付し、来所者が入場券の送付を受けていないと申し出た場合は、庶務係が、来所者に氏名、生年月日及び住所を聞き、前記返送入場券の中に該当するものがあれば、その入場券を同人に手渡し、次いで同入場券により、前同様の確認手続を経て同人に投票用紙を交付する

④ 投票用紙の交付を受けた者は、これに候補者の氏名を自書して投票箱に投入する

という手続順序に従って行われたこと

(2) 被告人B3ほか一〇名のうち、被告人B3、同A2、同B13、同B14、同B19、同B20、同B2、同A4、同A5及び同B15の一〇名については、本件選挙当日の第六投票区投票所における投票に関し、名簿対照係が確認のチェックをした同被告人ら一〇名をそれぞれ名宛人とする各投票所入場券(いずれも、「あて所に尋ねあたりません。」などの記載がないので、その記載の宛所に配達されたものと認められる。)が存在し、かつ、永久選挙人名簿抄本の同被告人らの各欄にも同様のチェックがなされており、また、被告人B21については、本件選挙当日の第四投票区投票所における投票に関し、名簿対照係が確認のチェックをした同被告人を名宛人とする投票所入場券(「あて所に尋ねあたりません。」の記載があるもの)が存在し、かつ、永久選挙人名簿抄本の同被告人の欄にも確認のチェックがなされていること

(3) 本件選挙の当日、警察官らが、本件の捜査のため、第六投票区投票所及び第四投票区投票所の周辺において、それぞれ投票行為等の現認活動に従事していたところ、右警察官らによって、被告人C、同A2、同B13、同B20、同A5及び同B15の第六投票区投票所への入場が視認され、また、被告人B21の第四投票区投票所への入場が視認されていること

が認められる。

(三) ところで、弁護人らの所論は、

(1) 名簿対照係が行う対照は、単に投票所入場券に記載された名宛人の住所氏名の表示と永久選挙人名簿抄本に記載のそれとの同一性の照合に過ぎず、右入場券の持参者と同入場券ないし永久選挙人名簿抄本に表示された者との同一性は何ら確認されていないから、投票所入場券及び永久選挙人名簿抄本に確認のチェックがあっても、それは何者かがその入場券を示して、投票所で投票用紙の交付を受けたという事実を立証できるに止まり、右持参者と表示者との同一性の証明にはならない。したがって、単に右各チェックが存するだけでは、右表示者が投票したことの立証がなされたとはいえない。ところで、被告人B3ほか一〇名のうち、被告人B14、同B19、同B2及び同A4の四名については、右各チェックが存するだけで、警察官により、投票所への入場さえ視認されていないから、投票の立証がなされていない。

(2) また、その余の被告人B3、同A2、同B13、同B20、同A5、同B15及び同B21の七名については、右各チェックが存し、かつ、警察官により投票所への入場が目撃されているので、投票用紙の交付を受けたことまでは認められるとしても、本件選挙では一〇票の持帰り票があったことが証拠上明らかであることに徴すれば、投票用紙交付の事実があったとしても、投票用紙の投票箱への投入を現認する証拠がない限り、投票事実の証明があったことにはならないから、警察官によって、投票用紙の投票箱への投入を現認されていない同被告人らについても、投票したことの立証が欠如している。

というのである。

(四) そこで、前記認定の事実関係に照らして検討する。

(1) 被告人B14、同B19、同B2及び同A4について

なるほど、同被告人らが、本件選挙の当日投票所へ入場したことを認めるに足りる直接証拠が存しないことは、弁護人指摘のとおりである。

しかしながら、本件選挙の当日、泉佐野市選挙管理委員会発送にかかる投票所入場券を持参して投票所に来た者は、その入場券に表示された人であるのが通常であり、また、投票用紙の交付を受けた者はこれにより投票を行うのも通常であるといわなければならない。したがって、第六投票区投票所に持参された自己宛の投票所入場券が存し、右入場券及び永久選挙人名簿抄本の自己の欄に名簿対照係の確認のチェックが施されている同被告人らについては、同被告人ら以外の者が、同被告人ら名義の投票所入場券を持参し、同被告人らをせん称して投票用紙の交付を受けたとか、あるいは、同被告人らが投票用紙の交付を受けながら、投票をしないでこれを持ち帰ったなどというような特段の事情が窺われない限り、本件選挙の当日、同投票所において自ら投票を行ったものと推認するのが相当である。

そこで進んで、右特段の事情の存否を検討するに、弁護人らは、単に一般的可能性をいうのみで、同被告人らに関し、右特段の事情が存することについて、直接的、具体的主張は何らしていないし、また、同被告人らの供述も含め、具体的にその存在を窺わせる証拠も皆無である。

したがって、同被告人らは、本件選挙の当日、第六投票区投票所において投票したものと推認して差し支えがない。

(2) 被告人B3、同A2、同B13、同B20、同A5、同B15及びB21について

被告人B3、同A2、同B13、同B20、同A5及び同B15の六名については、本件選挙当日、第六投票区投票所に持参された同被告人ら宛の各投票所入場券が存し、また、被告人B21については、本件選挙当日、第四投票区投票所へ来た者の投票所入場券未送付の申出により、同投票所庶務係が氏名等を聴取して手交した同被告人宛の「あて所に尋ねあたりません。」と記載された投票所入場券が存し、かつ、右各入場券及び永久選挙人名簿抄本の同被告人らの各欄には名簿対照係の確認のチェックがなされているうえ、警察官らによって、本件選挙当日、第六投票区投票所(右被告人Cら六名について)又は第四投票区投票所(被告人B21について)への入場が視認されているのであるから、同被告人らが、それぞれ右各投票所に入場して投票用紙の交付を受けたことを推認するに十分である(投票用紙の交付を受けたことまでは、前記のとおり弁護人らにも争いがない。)。

そうだとすれば、同被告人らの投票箱への投票用紙の投入を認める直接証拠が存しないとしても、同被告人らがことさら投票をしないで投票用紙を持ち帰ったなど特段の事情が窺われない以上投票をしたものと推認するのが相当であることは前に説示したのと同様であるところ、弁護人らは、単に一般的可能性をいうのみで、同被告人らに関し、右特段の事情が存することについて、直接的、具体的主張は何らしていないし、また、同被告人らの供述も含め、具体的にその存在を窺わせる証拠も皆無である。

したがって、同被告人らは、本件選挙の当日、第六投票区投票所又は第四投票区投票所において、それぞれ投票したものと推認して差し支えがない。

4  無資格投票の犯意について

(一) 弁護人らは、引き続き三か月以上市町村の区域内に住所を有することがその属する地方公共団体の議会の議員の選挙権の要件であることは、世間一般の常識の範囲外であるところ、B29、同B30、同A7及び同B31(以下、右被告人四名を総称して「被告人B29ほか三名」という。)は、いずれも、本件選挙に際し、泉佐野市選挙管理委員会から投票所入場券が郵送されて来たので、自らに投票資格があるものと信じて投票したものであるから、無資格投票の犯意に欠ける、したがって、被告人B29ほか三名は本件無資格投票の公訴事実(いずれも判示第五の関係)について無罪である旨主張する。

(二) しかしながら、先に認定したとおり、被告人B29ほか三名の本件各犯行は「被告人らの団体」の政治的活動の一環として行われたもので、計画的組織的犯行であり、被告人B29ほか三名も、同団体の構成員ないし支持者で、他の被告人らと共に、湊団地を拠点として選挙運動(署名運動もその重要な一環をなすもの)など同団体の活動に従事していたものであるから、その間、被告人B29ほか三名は、選挙権の右住所要件のことも含め、同被告人らについても、他の被告人と同様、被告人A1らの手によって、本件アパート(被告人B29ほか三名についてはいずれも鶴原荘)を転入先とする虚偽の転入届がなされ、これに基づき、本件選挙の選挙権がないのに永久選挙人名簿に登録がなされるという前記認定の経緯に関し、被告人A1ら同団体の構成員からその説明を受けるなどし、本件選挙のときまでに、これを知っていたと推認できるから、被告人B29ほか三名について、本件無資格投票の犯意があったものと認めて差し支えがない。

(なお、被告人B29ほか三名は、公職選挙法二三七条二項の詐偽投票に当たるとして起訴されているところであるが、同条項の詐偽投票罪の構成要件を同条一項の無資格投票罪のそれと対比して考察すると、選挙権を有しない者が、自己の知らない間に、何らかの事情により選挙人名簿に登録されている場合、これを奇貨として、選挙権を有しないことを知りながら、これを秘して投票しただけに過ぎないときは、詐偽投票罪にいう「氏名を詐称しその他詐偽の方法をもって投票した」場合には当たらず、「選挙人でない者が投票をしたとき」として無資格投票罪に問擬するのが相当であると解するところ、被告人B29ほか三名について、証拠上認められるのは、自己の知らない間に他人がなした自己の転入届に基づき、自己が選挙人名簿に登録されていることを奇貨として、選挙権のないことを知りながら、これを秘して投票したというだけの事実であるから、詐偽投票罪には該当せず、無資格投票罪が成立するというべきである。また、無資格投票は訴因たる詐偽投票よりも縮小された事実であるから、訴因・罰条を変更することなく判決で無資格投票の事実を認定しても、同被告人らの防御に実質的な不利益を与えるものではないと考える。)

5  実質的違法性ないし可罰的違法性について

弁護人らは、被告人らの本件所為は、実質的違法性ないし可罰的違法性に欠けると主張するが、先に説示したとおり、被告人らの本件犯行は、いずれも、「被告人らの団体」の方針に基づき計画的、組織的に敢行されたものであるうえ、本件選挙において、住所要件を充たさないため選挙人たる資格がないのに、不正に投票をするという目的でもって、公正証書(住民票)原本不実記載・同行使、詐偽登録及び詐偽投票(判示第二の関係)、公正証書(住民票)原本不実記載・同行使及び詐偽登録(判示第一の一及び第三の関係)、公正証書(住民票)原本不実記載・同行使(判示第一の二及び第四の関係)又は無資格投票(判示第五の関係)をそれぞれ敢行し、選挙の公正及び正確性を直接に侵害しあるいは侵害しようとしたものであって、その目的、罪質及び態様等に照らし、かなり反社会性の強い所為といわなければならないから、実質的違法性ないし可罰的違法性を具有することは明らかである。

二  公訴棄却の主張について(判示第一ないし第五の関係)

1  弁護人らは、本件公訴は棄却されるべきものであるとして、要旨次のように主張する。

(一) 捜査機関は、本件の捜査に当たり、関西新空港建設反対運動を母体として本件選挙に立候補し、関西新空港建設反対を公約に掲げるF候補に投票し、あるいは投票しようとした者を探知することを意図して、任意捜査に名を借りて、秘密投票権等を侵害する違憲違法の行為を重ねた揚げ句、ついには投票済み投票用紙の押収という憲法の保障する投票の秘密を侵害する重大な違法捜査をなしたものであり、しかも、右の押収に関し、裁判官もその令状を発するという憲法違反の重大な違法を犯しているところ、捜査の過程でこのような憲法違反の重大な人権侵害があった場合、国家の刑罰権、訴追権は失われるから、本件公訴は違法無効として、これを棄却すべきものである。

(二) 本件選挙に当たり、警察や泉佐野市が、F候補を過激派と呼び、その落選を意図して種々の選挙妨害を重ねているにもかかわらず、捜査機関は、右公職選挙法違反事件については何人も取り調べをすることなく不問に付する一方で、被告人らの公職選挙法違反被疑事件については苛烈ともいうべき捜査を行ったのであって、このような不平等・不公正な捜査に基づく公訴は違法無効として棄却されるべきである。

(三) 被告人B23、同B24、同B25、同B26、同B27及び同B28(以下、右被告人六名を総称して「被告人B23ほか五名」という。)について、捜査機関は、その余の被告人らに対する事件がすべて起訴されてから一年以上も経過した時点で逮捕しているが、それは、いわゆる過激派対策として、被告人B23ほか五名を警察権力のもち札として取って置いたうえ、昭和六二年一〇月下旬皇太子が天皇の名代として沖縄訪問をなすに当たり、その警備の一環として、政治運動弾圧のため予防拘禁をしたものであって、このような違法捜査に基づく本件公訴は無効であるから、棄却されるべきである。

2  そこで検討するに、違法な捜査の存在が、検察官において公訴提起の裁量権を行使する際の一判断資料となりうるとしても、検察官の極めて広範な裁量にかかる公訴提起の性質に鑑みれば、それが公訴提起の効力を当然に失わせるものとは考えられず、違法な捜査の存在にもかかわらず公訴を提起することが公訴提起の裁量権を著しく逸脱した極限的な場合に限って、公訴権濫用により公訴提起が無効になるものと解されるところ、本件は、先に説示したとおり、その目的、罪質及び態様等に照らし、かなり反社会性の強い犯罪というべきものであるうえ、

① 大阪地方裁判所堺支部の準抗告決定により、本件投票済み投票用紙の押収は憲法の保障する投票の秘密を侵害する重大な違法があるとして、その押収処分が取り消されていることは所論指摘のとおりであるものの、他方、本件公訴の提起に至るまでの捜査の過程をみると、本件公訴は、右の違法として取り消された押収処分とは別個の適法な手続により収集された証拠に基づき提起されていることが認められ、右押収処分と本件公訴の結び付きは存しないこと

② かりに、所論指摘のように、警察や泉佐野市によって種々の選挙妨害があったのにもかかわらず、その捜査が行われていないとしても、そのことにより本件に対する捜査が違法となるものではないこと

③ 被告人B23ほか五名が、その余の被告人らに対する事件が裁判所に係属してから一年以上経過した後に逮捕されたことは所論指摘のとおりであるものの、強制捜査は、その性質上、捜査機関が証拠の収集状況等諸般の事情を考慮し、その裁量に基づき独自にその時期を決定すべきものであるうえ、かかる時期に逮捕されたことによって、被告人B23ほか五名が、本件において、その刑事手続上防御権の行使に格別の影響があったものとは認められないこと

などを総合考慮すれば、検察官の本件各公訴の提起が、その裁量権を著しく逸脱した極限的な場合にあたるとは考えられない。

三  被告人B4の免状不実記載、同行使について(判示第六の関係)

1  弁護人らは、運転免許証に記載される住所とは、運転免許証に関する関係各官公署からの連絡先としてどこが最もふさわしいかという観点から定められるべきであるところ、被告人B4が運転免許証の再交付を申請するにあたり住所として記載した大阪府<住所略>の藤本方は、同被告人が住民登録をしていた場所であって、同被告人はあらかじめ明らかになっている特定の日には必ず同所に居たし、また、同所には同居人が居り、同被告人が不在の際も、同被告人宛の郵便や電話などを受けておいてくれるので、運転免許証に関する関係各官公署からの連絡先として最もふさわしい場所であるから、本件運転免許証の関係では同所をもって住所とみるべきである、したがって、本件の免状不実記載、同行使の公訴事実について、同被告人は無罪である旨主張する。

2 しかしながら、道路交通法上運転免許証には住所等を記載するものとされているところ、右住所とは、その人の生活の本拠、すなわち、その人の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指するものであり、また、その認定の基準としては、居住等客観的事実によるべきであって、それのみにては認定し難い場合に本人の主観的意思が補足的に考慮されるべきものであると解するのが相当であり、単なる連絡場所はこれに当たらないものというべきである。

そこで、右見地に立って本件を検討するに、鎌田寿美子の証言等前掲の関係各証拠によれば、

(一) 鎌田俊一、寿美子夫婦は、大阪市<住所略>のアパート「寿荘」(部屋数八室)を経営し、その隣の自宅に居住して寿荘の管理に当たっていたものであるところ、昭和五八年二月六日西川不動産の仲介で被告人B4に寿荘二階一〇号室を賃貸し、その際同被告人は、自ら賃貸借契約書に署名押印したが、自己の氏名を「福田美代」と称していたこと

(二) 同被告人は、そのころ右一〇号室に入居し、昭和六一年四月二四日寿荘において逮捕されたものであるが、その間、

① 時には寿荘に帰らないこともあったが、おおむね帰室しており(そのことを、寿美子はげた箱内のスリッパの有無や室内の点灯状況等で確認している。)、

② 一週間に一度位の割りで共同洗濯場で洗濯をしており、

③ 毎月二八日ころ、きちんと寿美子に家賃を届け、

④ 寿美子の求めに応じ、警察に提出する「一般世帯連絡カード」に福田美代の名義で所要事項を記入し、寿美子に渡している

こと

(三) 寿美子は、毎月二五日ころ、寿荘各室に取り付けられた電気とガスの子メーターでその使用量を調べていたが、同被告人についても、右期間中、他の入居者とほぼ同程度の使用状況であったこと

などが認められ、右認定の事実関係によれば、同被告人は、右期間中、引き続いて寿荘二階一〇号室に居住していたもので、本件当時同所が同被告人の住所に当たるものといわなければならない。一方、同被告人は、「大阪府藤井寺市<住所略>に居住するA5の妻で保母をしてる弓子が早出勤務のためその娘を同児が通っていた保育所に連れていくことができない場合に、同被告人が、前夜からA5方に泊まり込んで、弓子に代わって右娘を保育所に連れて行き、その後自己の職場に出勤していた」旨供述しているが、かりに右供述のとおりであるとしても、それは知人が差し支えのときに、単に臨時的一時的に知人宅を訪ねてその娘の世話を手伝ったに過ぎないから、同所をもって同被告人の生活の本拠とみることはできない。

(累犯前科)<省略>

(法令の適用)<省略>

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官谷鐵雄 裁判官大西忠重 裁判官古城かおりは死亡のため署名押印することができない。裁判長裁判官谷鐵雄)

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