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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)3704号 判決 1988年2月04日

原告

松田安正

被告

日本弁護士連合会

右代表者会長

北山六郎

右訴訟代理人弁護士

落合修二

佐古田英郎

伊東すみ子

下河邊和彦

藤巻次雄

喜田村洋一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告の昭和五八年三月一二日臨時総会において議決された、日本弁護士連合会会則第九五条の改正による昭和五八年四月一日以降の増額会費一〇〇〇円のうち九〇〇円について、原告に納入義務の存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の答弁)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は弁護士法四五条一項に基づき昭和二五年九月一日設立された法人であり、同条二項により弁護士及び弁護士会の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする。そして被告は右設立の際同法四六条に基づき日本弁護士連合会会則(以下、会則という)を制定している。

原告は昭和三五年四月登録番号第七八三四号をもって弁護士登録をした大阪弁護士会所属弁護士であり、会則四条、五条一項により被告の会員となっている。

2  被告の弁護士である会員は、会則九五条により昭和五五年六月一日から被告の会費月額六〇〇〇円を所属弁護士会を経て被告に納入すべきものとされ、右会費のうち三五〇円は会則九五条の二により会員相互の共済事業に充てるものとされていた。

ところが、被告は昭和五八年三月一二日開催の臨時総会において会則の一部改正を議決し、九五条の会費月額六〇〇〇円を七〇〇〇円に、また九五条の二の共済事業に充てる金額を三五〇円から四五〇円にそれぞれ改め、昭和五八年四月一日から施行した。そのため被告の会員弁護士である原告は、昭和五八年四月一日以降一般会計に属する経費として月額九〇〇円(共済事業繰入額の増加分一〇〇円を差し引いた残額)の増額会費の納入義務を負担することになった。ちなみに、会則上総会の成立につき定足数の要件は定められていないが、右臨時総会における弁護士たる会員の出席者数は委任状によるものを含め二四二四名であり、この数は会員総数の五分の一弱に過ぎなかった。

3  ところで、被告は基本的人権の擁護と社会正義実現のために、個々の弁護士及び弁護士会では行えない業務につき被告独自の社会的権能を発揮すべきであるとして、被告の目的すなわち権利能力の範囲を逸脱した各種の委員会活動等の事業を行っている。すなわち、本来被告が弁護士法によって付与された権利能力は、弁護士及び弁護士会に対する指導、連絡及び監督(弁護士法四五条二項)を主体とし、付随的に官公署に対する建議と答申(同法四二条二項、五〇条)にとどまるものである。それにもかかわらず、「刑法改正阻止実行委員会」「少年法改正対策本部」「拘禁二法対策本部」「国家秘密法対策協議会・本部」等はその名称自体から明らかなように、国の立法上の施策に対し直接、正面から反対の姿勢を明確にするとともに、これら法律の制定改正を阻止することを目的とするものであり、また「人権大会」「人権擁護委員会」「公害対策委員会」「司法問題対策委員会」「女性の権利に関する特別委員会」等の具体的活動についても、弁護士事務その他の司法事務の範囲を遙かに逸脱して、国または地方公共団体の施策の批判攻撃に終始している。そして被告はかような弁護士法に定められた被告の目的を逸脱した事業のために一般会計から多額の支出を行い、弁護士である会員に対し本来負担すべき会費の限度を超える会費納入義務を課している。右支出の一部を昭和五六年度の被告の決算額からあげると次のようになる。

(一) 人権擁護委員会費

二八〇〇万円

(二) 公害対策委員会費

一七五七万五七九九円

(三) 刑法「改正」阻止実行委員会費 二〇〇〇万円

(四) 司法問題対策委員会費

七七九万七一一〇円

(五) 少年法「改正」対策本部費

一四一八万六一一二円

(六) 女性の権利に対する特別委員会費 四七五万八一一二円

(七) 監獄法改正問題対策委員会費

二九七万一七七〇円

(八) 人権大会費

一一八〇万二五一〇円

小計 一億〇七〇九万一四一二円

右金額は委員会費等の直接的な費用であり、この外にこれらの事業を執行するための会議費・事業費・事務費等を加算するとその総費用は優に二億円を超えている。

4  弁護士はその業務を行うために所属弁護士会に入会し、所属弁護士会の会費の納入義務を負うところ、現在大多数の弁護士会の会費は月額一万円以上であり、中には月額二万円の高額の会費のところもある。したがって被告会費の増額前においても、弁護士は一般に共済事業費用部分を除いた実質会費として年間一八万円以上を負担しなければその業務を行うことはできないのであるが、一方弁護士の年間所得金額は、被告の業務対策委員会が昭和五五年に実施した実態調査によれば、過半数が六〇〇万円以下とされているから、強制加入団体である弁護士会及び被告の会費の負担は著しく過大である。

本件会費増額は昭和五八年四月から従前の月額六〇〇〇円を七〇〇〇円に増額するものであるが、増額分のうち一〇〇円は共済部繰入額の増額に充てられるもので、一般会計の増額分は九〇〇円であり、増額後の一般会計繰入額は六五五〇円となる。この一般会計分会費増額により被告の会費収入が年間どの程度増額したかを検討すると、被告の会費は各弁護士会において徴収された後平均二か月後に各弁護士会より被告に納入されるところから、昭和五八年度分による検討を避け、昭和五九年度分により分析すると次のとおりである。すなわち、昭和五九年度の一般会計純会費収入は九億五一五五万五八〇〇円であるから、これに対応する年会費七万九二〇〇円(六五五〇円の一二か月分)で除すと、納入会員数は1万2106.3人となる。この会員が増額分年一万〇八〇〇円(九〇〇円の一二か月分)を負担しているので、同年度の会費増額による増収額は一億三〇七四万八〇四〇円となる。この金額は前記の目的外支出金額を下廻るところから、目的外支出を廃止すれば会費増額の必要のなかったことが明らかとなる。(もっともこの増額会費に相当する目的外支出金額の直接の増額はなされていない。しかし、被告はこのような目的外の事業活動を行うためにかねてから、多数の嘱託弁護士・事務職員をかかえてその人件費を負担しているほか、役員旅費その他各種の間接経費を負担しているため、これら経費の自然的増加をもたらし、その支弁のために会費増額が必要となったものである。被告が右のような目的外支出を廃止し、本来の業務である弁護士会および弁護士の指導・連絡・監督に徹すれば後述の諸外国の弁護士会費からも明らかなように、被告の会費も大幅な削減が可能である。)

弁護士が弁護士業務を営むためには、弁護士会に入会し、その指導・連絡・監督を受けなければならないとする強制加入制度については、我国のみならず諸外国にもその例を見る。この制度については各国とも法律または裁判所規則をもって定めているが、その目的は弁護士の資質と業務の能力を向上させ、非行を取り締り、もって公衆一般の利益を図るとともに、司法の運営に寄与せしめることにおいて共通している。諸外国の強制加入制弁護士会の開業弁護士の支払う年会費の状況は概ね次のとおりである(依頼者に対する賠償基金費等の附属費用を除く)。

1  英国 八〇ポンド(一ポンド二四〇円として一万九二〇〇円)

2  フランス 所得金額に応じて六〇〇フランないし六六〇〇フラン(フランス・一フラン二四円として、一万四四〇〇円ないし一五万八四〇〇円。)

3  オランダ 所得金額に応じて三〇八フラン、六一六フランおよび九二四フラン(フラン換算率が判然としないが、年収三万フランの場合会費六一六フランにつき収入の2.05%、年収五万四三一三フランの場合会費九二四フランにつき収入の1.7%が各最高割合となる)

4  カナダ 二一〇ドル(一カナダドル一〇五円として二万二〇五〇円)

5  米国 別紙一のとおり

最高はアラスカ州弁護士会の三〇〇ドル(一ドル一四〇円として四万二〇〇〇円)、最低はジョージア州弁護士会の九〇ドル(一ドル一四〇円として一万二六〇〇円)である。

右各資料は被告の財務委員会が入手したものによるが、米国については原告の入手したジョージア州弁護士会作成資料とその他原告の照会に回答した州弁護士会の金額とを併せ対比して別紙一を作成している。なお米国の弁護士会においては開業後の年数に応じて会費の金額を増加させるものが多いが、同表に記載した金額はその最高金額である。

右のとおり諸外国の弁護士はその入会する弁護士会の会費を負担するので、我国のようにさらに弁護士連合会たる被告の会費を負担することはない。唯一の例外は米国コロンビア特別区、ノース・カロライナ、ヴァージニアおよびウエスト・ヴァージニアの四州のみが連合会費に類するものを負担させている。しかしその連合会費の金額も八六ドル、七五ドル、八〇ドル及び一〇〇ドル程度に過ぎない。

ところで現在我国弁護士会の会費の状況は、各弁護士会の財政事情により多少の高低はあるが、平均して月額一万円、年額一二万円程度である。この金額と諸外国の弁護士会費との比較においても、我国の弁護士会費が極めて割高となっていることは明らかである(なお会費のほかに会員が各種の負担をしている)。のみならず我国においては連合会たる被告の会費の負担を義務づけられ、その金額は既述のとおり増額後は一般会計の負担分のみで年額七万八六〇〇円の高額に達する。また昭和五八年四月以降さらに被告の新会館建設準備積立のための特別会費として年額一万八〇〇〇円の支払を義務づけられている。したがって、共済部資金の拠出を除いて(これは最終的には会員に還元されるものとして)、被告に支払うべき金額は年額九万六六〇〇円の金額となっている。これに前記の各弁護士会の会費を加えると、我国の弁護士は最低収入の者においても年額約二二万円程度の会費を負担しなければならないという極めて厳しい状態となっていることを直視すべきである。

諸外国の強制加入制弁護士会の会費の状況は右のとおりであり、弁護士の指導・連絡・監督の同一機能を営む我国弁護士会のみが会費および予算規模において諸外国に数倍している現状、さらに第二次的機能を営むにすぎない被告の会費及び予算規模がこれに大きく付加されている現状は、弁護士会及び被告の事業活動が本来の目的を逸脱した行動に多額の経費を支出していることを、財政面からも明確に証明しているといえるであろう。

5  被告の前記会費増額についての会則改正は、既に高額に失する弁護士会員の経済的負担を顧慮せずそれをさらに増大させる点においても失当といえるが、そのうえ会費増額の原因が被告の目的を逸脱した右委員会活動等により生じた経費を会員に負担させようとするものであるから、いかに形式的に会則に則った改正手続が採られたとしても、それは無効であり、前記被告臨時総会における右会費増額の議決に際し反対の議決権行使をした原告は、右増額部分九〇〇円の会費納入義務を負わないと解すべきである。

6  よって原告は被告に対し右月額会費増額部分一〇〇〇円のうち共済事業に充てられる一〇〇円を除いた九〇〇円の納入義務を負担しないことの確認を求める。

二  被告の本案前の抗弁

昭和五八年三月一二日の被告臨時総会における会費増額の会則改正が無効であると原告が主張する理由は、被告が弁護士法所定の目的の範囲外の事業を行い、それによって生じた経費を右増額によって会員に負担させるということにあり、本訴では被告の目的の範囲が実質的争点となっているが、以下に述べるとおり本訴は裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないから、不適法として却下されるべきである。

1  被告は我国の弁護士及び弁護士会のすべてを構成員とし、いわゆる強制加入主義を採る社団であって、社団一般に共通する本来的自律権を有する外に、公的法人として弁護士法の規定に基づく自治権を有している。すなわち、弁護士法は被告に法人格を付与し(四五条三項)、一定事項について会則その他の内部規則の制定権を認め(四六条)、正副会長を置き(五〇条、三五条)、定期及び臨時の総会を開催して一定事項につき決議を行うべきこととしている(五〇条、三七条、三九条)ばかりでなく、被告に対し弁護士名簿の管理並びに登録及び会員懲戒に関する事務を付託し、その事務処理についていずれの国家機関による監督も受けないという高度の包括的な自治権を認めている(第三章、第八章、第九章)。その趣旨は、弁護士の公共的使命(一条)と専門的職務遂行能力に照らし、一切の国家的掣肘を排して高度の自治・自律権を被告に認めることが法の支配実現のために合目的的であり、かつ公共の福祉に適うという立法判断によるものである。そして弁護士会が強制加入制を採ることも、専ら団体の全構成員に対して統制調整機能を行き届かせ、それによって団体の意思決定及び活動を完全に自主的かつ自律的に展開させるためである(この点で公認会計士や税理士の場合の強制加入制が、当該団体を通じて各監督官庁による監督を効果的に貫徹することに主眼を置いていることとは本質的に異なる)。

したがって、弁護士法四五条二項所定の被告の目的を国家社会の現実的情況に照らしてどう解釈し、その実現のためにどのような事業・活動を行うことがもっとも適切であるか、及びその事業の実施に要する経費の支弁等に当てるための会費額をいくらに定めるかは、いずれも所定の手続によって確定された会員多数の意思に基づき、被告の意思決定機関がすべて自主的に決定し得るのである。そしてかかる問題をめぐる被告内部の意見の対立は、結局意思決定機関内部ないしは会員相互の自由な討論と説得を通じて解消されるべきものであって、裁判所の司法的審理・判断に適するものではない。

もっとも、右のような自治権の範囲内であれば被告はいかなる行為も自由に行え、司法審査に一切服することがないというわけではなく、被告の行為が一般市民法秩序に基づく会員又は第三者の権利ないし法律関係に重大かつ深刻な損害を与えるときは、司法審査の対象となることがあり得るのであって、弁護士法もこの点に配慮して、例えば懲戒を受けた会員や名簿の登録もしくは登録替えの請求進達を拒否された者のために取消の訴えの提起を認め、裁判所による判断への道を開いている(一六条、六二条)。しかし、本訴請求は、増額会費の一部である月額九〇〇円についての納入義務不存在確認訴訟の形式をとってはいるものの、その実質は被告の目的の解釈に関する原告独自の見解に基づき、被告が正規の機関たる総会において、その諸活動に伴う財政的事項につき、正当な手続を経て行った議決を実質上否定することを目的とするものであり(同決議の手続的有効性は原告も認めるところである)、本訴請求の争点は、被告の自治権の範囲内に属する事項であるうえ、一般市民法秩序との関係上司法審査の対象となる場合でもないから、本件訴えは司法審査の対象から除外されるべきものである。

2  さらに裁判所が被告の目的の範囲について公権力的判断を下すときは、被告のみならず弁護士及び弁護士会による自由かつ独立の職務活動が萎縮するおそれがあり、ひいては弁護士法が期待する公共的使命の達成に重大な悪影響を及ぼすことなしとしない。それ故少なくとも被告の権能に関する限りは司法謙抑主義を原則とすることが望ましく、とりわけ被告の目的の範囲等弁護士法に明確な規定がなくその具体的判断を被告の自治権に委ねたと解される事項に関する場合には、裁判所はこれに立ち入って判断することを差し控えるべきである。

三  被告の本案前の抗弁に対する原告の主張

1  弁護士がその職務を行うためにはその職務を行おうとする地の弁護士会に入会するとともに、被告の会員となることが併せて要求される(弁護士法八条、九条、四七条)。このように強制的に弁護士会及び被告に入会させられた会員には、会則遵守の義務が課され(同法二二条)、会則に違反したときは懲戒処分(同法五六、五七条)他の各種の不利益を受け、その内容いかんによっては弁護士業務を行うことができなくなる。そして被告は被告会員の会費納入義務について会則九五条に規定し(したがって本件会費増額についても会則改正手続が採られている)、会則九七条において被告は六か月以上会費を滞納した被告会員に対して同法六〇条によって懲戒することができる旨を規定している。

以上のように弁護士たる被告会員は、その業務を継続するためには、弁護士会及び被告から脱退して会費納入業務を免れることは許されず、被告への会費納入を強制されているから、弁護士法が被告の目的すなわち権利能力の範囲を「弁護士及び弁護士会の指導、連絡及び監督に関する事務」に限定し、その目的の範囲内の正当な事業活動についてのみ会員から会費を徴収し得るとする趣旨であることは明らかである。けだし、思想信条を異にする弁護士全員を強制的に指定監督法人に加入させ得る根拠は、かかる職業人の業務の適正な遂行を確保することにのみ求め得るからであり、いやしくも右監督法人の行動が会員の思想信条に背反しこれを抑圧するものであってはならないのである。したがって、「裁判所が被告の目的の範囲いかんについて公権的判断を下すときは、被告のみならず弁護士及び弁護士会の自由かつ独立の職業活動が萎縮するおそれがある」ところから被告の権能に関する限り司法謙抑主義が働き、弁護士法の規定を逸脱した被告の目的外活動のための経費の負担を求める会費徴収についても司法判断が許されない旨の被告の主張は、被告の目的を制限した弁護士法の趣旨を忘却し、会費を負担する弁護士会員の基本的人権、特に財産権の侵害を容認する独善的主張といわざるを得ない。

2  被告が主張する弁護士の自治権についても、その内容は実定法上必ずしも明らかでない。被告は弁護士の公共的使命と専門的職務遂行能力に照らし被告に一切の国家的掣肘を排して高度の自治・自律権が認められている旨主張するが、まず弁護士資格の付与は被告あるいは弁護士団体によって行われるものではなく、法律の規定によって国が付与するものであり、次に被告に付与された弁護士名簿の管理及び登録の事務は、国の事務の委任であって被告固有のものではない。さらに弁護士の懲戒権についても決して被告主張のように高度の自治権が付与されているものではない。すなわち、弁護士は欠格事由に該当するときは被告の懲戒をまつまでもなく登録を取り消される(弁護士法一七条一号、六条)ほか、登録及び懲戒に関する事務については最終的に裁判所の司法的判断に服し(同法一六条、六二条)、また争訟事件に至らなくとも、最高裁判所は必要と認める場合には被告の行う事務全般について報告を懲することができ、最高裁判所の後見的役割が明定されている(同法四九条)。他方、弁理士会及び日本公認会計士協会は会員に対する直接の懲戒権こそ有しないものの、懲戒権者に対する懲戒の申告(弁理士法一九条)や懲戒事由に該当する事実の報告(公認会計士法四六条の一〇)をする権限が認められ、会員の非行につき間接的懲戒権が付与されているから、結局被告が他の強制加入団体と異なる唯一の点は、弁護士の職務上の非行につき自ら懲戒権を行使するという裁量権が残されているということである。そして右裁量権は弁護士が時として国家権力と対決することもあるべきことを慮ったものであるとされているが決して完全なものではなく、第三者の関与を求めて右裁量権行使の合理性を担保しているのである(会則七〇条)。

したがって被告主張のように、弁護士の自治権を根拠に、被告の目的を国家社会の現実的状況に照らしてどう解釈し、その現実のためにどのような事業活動を行うかを、すべて被告の意思決定機関が自主的に決定し得るとするのは、暴論というほかない。本件訴訟の最大の争点である被告の権利能力の限界についても、被告に対する法人格の付与が弁護士法によって行われ、被告の目的も同法によって法定されているところであるから、結局弁護士法の解釈に関するものに帰し、当然司法審査の対象になり得るものである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。ただし被告は、弁護士法四五条二項により、「弁護士の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士及び弁護士会の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする」ものである。

2  同2の事実は認める。ただし原告主張の臨時総会における弁護士たる会員の出席者数が委任状によるものを含めて二四二四名であり、この数が会員総数の五分の一弱にすぎないとの点は否認する。右臨時総会の弁護士たる会員の出席者数は本人出席二五九名、代理出席二四二四名の合計二六八三名であり、会員総数の五分の一強に当たる。

3  同3の事実は否認する。ただし被告の昭和五六年度決算における(一)ないし(八)の人権擁護委員会等の委員会費が原告主張のとおりであることは認める。

4  同4の事実のうち、弁護士は弁護士会に入会し、所属弁護士会の会費についても納入義務を負うこと、被告の弁護士業務対策委員会が昭和五五年三月に実施した「弁護士業務の経済的基盤に関する実態調査」の基本報告書中に、昭和五四年の弁護士活動による収入からその支出を控除した所得金額が六〇〇万円未満である弁護士が過半数であることを示す調査結果があることは認め、その余の部分は争う。

5  同5は争う。

五  本案に関する被告の主張

1  被告は弁護士及び弁護士会によって構成された高度の自治権を有する団体であり、その自治権に基づき所定の手続を経て会費の額を適宜必要な範囲で決定することができ、右決定は被告会員を拘束する。本件会費増額も昭和五八年三月一二日開催の被告臨時総会において原告一人を除くその余の総会出席者(委任状出席を含む)全員の賛成によって決議されたのであって、その議決手続にはなんら瑕疵はないから、右決議の効力は被告の会員弁護士である原告にも及び、原告が決議の無効を主張することは許されない。

2  被告は我国のすべての弁護士及び弁護士会から構成される公的法人であり、その会員たる弁護士は弁護士法一条により基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力することを義務付けられている。かような弁護士の公的使命とその専門的職務遂行能力に鑑みて、弁護士法は被告に対する一切の国家的掣肘を排して高度の自治権・自律権を認めることが、我国における法の支配実現のために合目的でありかつ公共の福祉にも適うとして、強制加入制度のもとに弁護士名簿の管理並びに登録及び懲戒に関する事務等を被告に付託し、他に例を見ない極めて高度かつ広範な自治権を被告に認めたのである。したがって弁護士法四五条二項の被告の目的規定を具体的にどのように解釈し、その目的実現のためにどのような事業活動を行うことが必要かつ適切であるかは、被告が高度の自治権ないし自律権に基づき、自らの意思決定機関において決定し得るものである。そして被告の目的の範囲を明らかにするためには、同法一条に示された弁護士の使命ないし同法の目的に沿って同法四五条二項を解釈すべきであり、同項に「弁護士の使命及び職務にかんがみ」とあるのはこれを確認する意味を持つものであることは同法における一条の指導的中核的意義から当然に導き出されるものであるから、同法四五条二項が被告の目的を「弁護士及び弁護士会に対する指導、連絡及び監督」に限定する趣旨であると解すべきではない。本来被告は法律専門職の集団として自己の活動の範囲・方法を自主的に定め得るのであって、その外延を決するのは同法四五条二項ではなく同法一条なのである。同法四六条二項一号により準用される同法三三条二項九、一〇、一一の各号では、被告はその会則中に「無資力者のためにする法律扶助に関する規定」「官公署その他に対する弁護士の推薦に関する規定」及び「司法修習生の修習に関する規定」をおかなければならないとしているが、これらの事項は同法四五条二項から直接導き出されるものでないことからも、被告の行うべき事項が同法四五条二項所定の事項に限定されるものでないことは明らかである。ちなみに、最高裁判所(昭和三六年一二月二六日第三小法廷決定、刑集一五巻一二号二〇五八頁)も、「弁護士会が本件の如き人権侵害による犯罪の成立を信ずるにつき合理的な理由ある場合、弁護士会自身これを告発し、その事件を裁判所の審判に付するよう請求することは、弁護士法が弁護士会の目的として必ずしもこれを明示して居らないとしても、前記の如き弁護士会の目的と極めて密接な関係を持つものであって、弁護士会の権能に属するものと解すべきものである」と判示し、それらの行為は弁護士会の目的の範囲外であるとの上告趣意を斥けている。

なお、被告の目的は、弁護士法を上位法とし、被告の会則・会規・規則等を下位法とする弁護士法秩序全体のなかで把握されなければならないのであって、弁護士法四六条は「日本弁護士連合会は、会則を定めなければならない。」と規定し、これを受けて会則が定められたが、会則三条は被告の目的を弁護士法四五条二項と同文の規定にしたうえ、会則六五条において「本会は、資格審査会及び懲戒委員会の外、左の委員会を置く。」と定め、その一つに人権擁護委員会を明記している。また、会則六条は「本会は、この会則を実施し、その他法の規定に基づいて必要な措置を行うため、会規又は規則を定める。」と規定し、これを受けて各種の会規・規則が制定されているが、そのなかに、人権擁護委員会規則(規則第三号)、公害対策委員会規則(規則第二三号)、人権擁護大会規則(規則第二五号)、女性の権利に関する委員会規則(規則第三九号)があり、以上の各委員会はそれぞれこれらの規則にその根拠を有しているものであり、原告指摘のその余の委員会はいずれも特別委員会規則(規則第二二号)に基づき設置された特別委員会である。このように原告主張の各委員会は、被告の目的達成のため、弁護士法の授権に基づき制定された会則等によって設置されたものであり、被告の目的外のものではない。

3  仮に原告主張のように被告の目的があくまでも同法四五条二項の文言のみに限定されるとしても、弁護士に対する指導連絡監督には様々な内容があるのであって、例えば弁護士倫理を制定配布して各弁護士の品位保持に資することは被告による一般的指導連絡監督の一例であるが、被告における各種委員会活動も会員弁護士間での経験の交流・共同研究・意見の交換を通じて弁護士の使命と弁護士業務の在り方を考えさせる意味において一般的指導連絡の性質を有するのである。そして意見の集約としての結論の採択とその執行も、個々の弁護士がその公共的使命に基づいて自ら行うべきことをより効果的に実行するために弁護士集団としての被告が行うのであって、まさに一般的指導連絡の一環をなすというべきである。

被告は、昭和二四年の創立以来、その会則や会規等が定める所定の手続によって確定された多数会員の意思に基づいて活動を展開してきているが、その永年の活動は多大の成果を挙げ、社会的にも高く評価されている。原告が目的外活動であると主張する人権擁護委員会その他の委員会活動(これら委員会活動の具体的内容は別紙二のとおりである)も、弁護士の使命及び職務に鑑み、被告がその目的を実現し責任を果たすために是非とも遂行せねばならない公共的活動として、永年にわたって行われてきたものであって、すべて弁護士法一条所定の公共的使命達成に向けての広範かつ多様な形態での指導・連絡・監督もしくは建議・答申に含まれ、被告の目的の範囲内の活動であるというべきである。

六  被告の本案主張に対する原告の反論

1  原告は、本件会費増額のための会則改正についての総会決議について、その手続上の瑕疵を問題としているものではなく、その決議の内容の効力を争っているのであり、総会決議がいかに形式上適法に行われてもその内容が無効である限り、被告の会員である原告が決議に拘束されることはない。被告の各委員会活動が弁護士法所定の目的から具体的にどのように逸脱しているかについては別紙三に記載のとおりである。

2  被告の目的及び事務に関する被告の主張は弁護士法四五条二項の明文の規定を無視したものであり、いかに被告が法律専門職の集団であり自治権が保障されているからといって、被告の活動の範囲・方法を法律の授権の枠を超えて自由に定め得るものではない。被告の主張が採用できないことは、弁護士法の草案段階における「弁護士会は、弁護士の使命の達成及び職務の遂行に必要な調査研究及び企画をなし、その実現を図ることを目的とする」旨の案文が否決され、現行法文となった経緯に徴しても明らかである。

被告は弁護士法一条も被告の目的すなわち権利能力の範囲を画する規定である旨主張するが、同条一項の基本的人権の擁護と社会主義の実現は弁護士にのみ付託された使命ではなく、憲法と法律に従って裁判を行う各司法機関の構成員ないし公務員が等しく遵守すべき事項であり、右規定は抽象的な前文にすぎないというべきである。

3  また基本的人権の擁護あるいは社会正義の実現といってもその内容に関する見解は極めて多岐にわたり、かつ各人の思想信条に大きく左右されるものであって、そのことは国の施策に対する賛否についても同様である。そして被告に加入を強制される弁護士個々人の思想信条ないし価値感についても当然多大の差異がある。このように思想・信条・価値感等を異にする弁護士を強制的に加入させることを本来的に予定している被告の活動は、会員たる弁護士への最大公約数的な、弁護士の現実の職務に対する指導、連絡及び監督と、その職業的価値を高揚させる事業に限定されるべきである。逆に言うならば、被告の見解とこれに基づく行動がたとえ多数意見に基づくものであるとしても、これに反する思想信条を有する会員に、その意思に反して決議の遵守を要求することは、強制加入団体として到底許されるものではないのである。

第三  証拠<省略>

理由

一本案前の抗弁について

被告は、本件訴訟は裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に該当しないから不適法として却下されるべきである旨主張するが、原告の本訴請求は、昭和五八年四月一日以降原告が被告に納入すべきであるとされた被告会則九五条所定の会費月額七〇〇〇円のうち六一〇〇円を超える部分九〇〇円の納入義務がないことの確認を求める請求であって、被告の昭和五八年三月一二日臨時総会において議決された被告会則九五条の改正決議が有効か否かの問題はその前提問題にすぎず、右改正決議の無効確認を訴訟物とするものでもないから、本件訴訟が裁判所法三条一項にいう法律上の争訟に当らないものであるということはできず、本件請求が裁判所の審判の対象となりえないものであるということもできない。したがって、被告の本案前の抗弁は採用することができない。

二本案についての判断

原告の本訴請求の原因は、要するに、被告の昭和五八年三月一二日臨時総会において従前の会費月額六〇〇〇円を月額七〇〇〇円に増額する旨手続上適法に議決された被告会則九五条の改正によって、昭和三五年四月以降被告の会員である原告に昭和五八年四月一日から新たに増額会費月額一〇〇〇円が課されるに至ったが、そのうち九〇〇円(共済事業繰入額の増加分一〇〇円を控除した残額)は弁護士法で定められた被告の目的を逸脱した原告指摘の人権擁護委員会活動等により生じた経費を負担させるためのものであるから、右改正決議は無効であり、右改正議案に反対の議決権行使をした原告はその納入義務を負担しないというものである。

しかし、法律上の係争といっても、その範囲は広汎であり、その中には事柄の性質上裁判所の司法審査の対象外に置くのを適当とするものもあるのであって、例えば、一般市民社会の中にあってこれとは別個に自律的な法規範を有する団体内部における法律上の係争の場合は、それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない問題にとどまる限り原則として当該団体の自主的・自律的な判断・解決に委ねるのを適当とし、当該団体の自主的・自律的な判断・解決が団体自体の定める手続規定に従って適正になされている以上、その団体の判断・解決が相当か否かを裁判所の司法審査の対象とすることはできず、裁判所はその判断・解決が適正なものであるとしてこれを尊重しなければならないと解するのが相当である。

ところで被告日本弁護士連合会は弁護士法に基づき設立された弁護士及び弁護士会を会員とする法人である。弁護士は基本的人権を擁護し社会的正義を実現するという使命のもとに、職務遂行上時として裁判所・法務省その他の国家機関と対峙しその過誤を是正すべき職責を担うものであり、その職責を全うするために、いかなる国家機関からも身分上もしくは職務上の監督を受けることがなく、弁護士自身の団体である各地の弁護士会及び被告のみが個々の弁護士の指導監督を行い得るという徹底した弁護士自治が弁護士法によって保障されている。そして個々の弁護士が国家機関の監督を受けなくとも被告または弁護士会が国家機関の監督に服することになると弁護士自治の保障が没却されることはいうまでもないから、弁護士法は被告にもまた、憲法二一条が社会的団体一般に保障していると解される内部的自律権以上の、その組織運営及び活動に関し、一切の国家機関からの監督を受けることがないという高度の自治権ないし自律権を付与している(なお、弁護士法四九条の規定は、最高裁判所が憲法七七条により弁護士に関する事項ないし訴訟に関する手続等弁護士の職務と密接に関係する事項について裁判所規則を制定する権限を与えられていることに対応して、その規則制定ないし改正の際の参考資料を収集する手段として報告等を求めることができる権限を認めたにすぎず、右規定をもって被告が最高裁判所から監督を受けることを容認する趣旨と解することはできない)。したがって被告がその目的を達成するために行う諸事業の経費を支弁するための源資となるべき一般会費を従前の月額六〇〇〇円から月額七〇〇〇円に増額する旨の会則九五条の改正案が手続上適法に議決された以上(手続上適法に議決されたことは原告も認めるところである)、右改正案の議決が相当であるか否かについては裁判所の司法審査の対象とすることはできず、裁判所は右議決が適正なものであるとしてこれを尊重しなければならないというべきである。なお、明白に被告の目的から逸脱した活動をするために使用されることが確実な特別会費(会則九五条の三)の徴収等が被告総会で議決された場合、会員弁護士はその納入義務を負わないというべきであり、その限度で裁判所の司法審査の対象となりうる場合がないわけではないと解されるが、本件は会則九五条の一般会費の増額であり、かつ、原告が納入義務の不存在を主張する会費九〇〇円部分が原告指摘の委員会活動費用に充てられることが確実であると認めることもできない。

そうすると、被告会則九五条に従い原告が昭和五八年四月一日以降被告に対し会費月額七〇〇〇円を支払う義務があることは明らかであるから、原告の本訴請求は理由がないというべきである。

三なお付言するに、成立に争いのない甲第四号証及び弁論の全趣旨によると、原告は昭和四八年から昭和五七年七月まで被告の財務委員会の委員に就任し、昭和五七年七月二八日には同委員会の委員長として被告会長宛の「日弁連の財政についての長期展望および会員の会費負担能力に関する答申書」を提出し、その中で被告の財政支出が急激に増大したことを指摘した後「当会の財政支出を右のように増大させた最大の原因は、多数の特別委員会を設置して、これに多彩な活動をさせていることと、人権擁護委員会に人権侵犯事件の調査研究のみならずその救済活動をも担当させていることにある。……当会が将来ともにこのような積極的活動を継続するにおいては、既に検討したように、単に当会の財政支出を増大させるのみならず、会員がその負担に堪え兼ねる事態が出現することは明らかである。このような見地から当会の財政支出の削減を図るためには、まず委員会活動につき再検討がなされなければならない。」と問題点を指摘したうえで、本訴と同趣旨の主張を展開して、会規に根拠を有しない特別委員会についてはその統合・縮少・廃止を考慮すべきであるとの提言を行っていることが認められ、また成立に争いのない乙第二号証(本件臨時総会議事録)によると、原告は本件臨時総会における会費増額決議案についての質疑の場で、本訴主張と同趣旨の反対意見を述べたことが認められる。そして、弁論の全趣旨に徴すると、原告の本訴提起の真の目的は、弁護士法の定める被告の目的から逸脱していると原告が判断する、原告指摘の被告の人権擁護委員会活動を中止させ、ひいてはその活動資金に充てられるべき被告会員弁護士納入の会費の減額ないし高額化阻止を図ろうとするものであると認められるが、その目的を達成するためには、原告において、今後も同意見の会員弁護士とともに被告内部において粘り強い説得、協議による働きかけ等を積み重ね、被告の機構改革等を行うことによって右目的を達成するのが本道であり、それが不可能なわけではなく、またこのような被告内部における自主的解決こそが本件紛争の性質及び弁護士自治尊重の見地から妥当と考えられる。

四以上の次第で、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官庵前重和 裁判官富田守勝 裁判官西井和徒)

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