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大阪地方裁判所 昭和58年(わ)6220号 判決 1984年10月31日

主文

被告人は無罪。

理由

一  本件公訴事実の要旨は、

「被告人は、大阪市東区大阪城二番所在の大阪城で開催された財団法人大阪二一世紀協会主催、大阪築城四〇〇年祭・大阪城博覧会に、中華人民共和国の兵馬俑が同城西ノ丸庭園で特別展示されたことに憤慨し、右兵馬俑を破壊しようと企て、昭和五八年一一月二二日午後零時一〇分ころ、同城西ノ丸庭園「中国秦・兵馬俑館」一階展示場において、同協会理事長古川進管理にかかる高さ約一・九二メートル、重量約一六七キログラム、陶製の武官俑一体を両手で力まかせに突き倒して破壊し、もって器物を損壊したものである。」

というのであり、右の事実は、《証拠省略》によって認められる。

しかしながら、弁護人は被告人は本件犯行当時心神喪失の状態にあったから無罪であると主張し、検察官はこれを争うのであるが、当裁判所は関係証拠を検討した結果、被告人は本件犯行についてはその当時心神喪失の状態であったと判断するものであって、その理由は次のとおりである。

二  《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  被告人は、昭和三八年中学校を卒業してから少しの間伯父の営む鉄板製造工場で見習工をし、次いで約七年間父の営む機械据付業「H重機」の手伝いをしていた。その後被告人は、昭和四五年ころから京阪地方のタクシー会社にタクシー運転手として勤務し、昭和五四年から約二年間廃品回収業に従事したが、昭和五六年三月から昭和五七年六月まで京都のI自動車株式会社にタクシー運転手として勤務し、その後も京阪地方のタクシー会社を転々としつつタクシー運転手として勤務してきた。そして被告人は、その間の昭和四三年二月C子と婚姻し、同女との間に同年一〇月一〇日長女D子を、昭和四五年三月一六日に長男Fと二女G子を順次もうけたが、C子が被告人に愛想をつかし昭和五一年一二月後記スナックの男性客と駈落して同棲するに至ったことから、昭和五二年三月同女と離婚し、右長男長女は被告人方で、右二女はC子方でそれぞれ養育されてきた。

なお、被告人は右婚姻後の昭和四六年ころから実父に買って貰った守口市内の店舗付住宅に家族と居住し、その店舗では近くに居住していた実父母がスナックを開業し、右C子にこれを手伝わせていたが、被告人が同女と離婚したのちの昭和五五年一一月三〇日実母が死亡したころ、そのスナック営業も廃業になった。その後被告人は、守口市内の右住宅の近くにあった実父の家の売却代金と借金をもって購入した草津市内の住宅へ昭和五七年七月実父や長男長女とともに転居して住んでいたが、間もなく実父は守口市内の住宅に戻り、次いで長男長女も実父方に引取られるなどしたため、被告人はM興業株式会社大阪支店にタクシー運転手として就職した昭和五八年一〇月中旬ころからは守口市内の住宅で寝泊りすることが少くなかった。

2  被告人は、幼少のころから無口な方で友達も少なく、一つのことを思い立つとそれにのめり込むなどし、内閉的で非社会的性格であった。このような性格であった被告人は、妻C子が他の男性と駈落ちをした前後ころから、タクシー運転手として稼働中に同僚が自分にいやがらせをしていると感じたり、見知らぬ乗客が自分のことをあれこれいっているように感ずるなどの被害念慮ないし関係妄想を抱くようになり、昭和五二年三月同女と離婚すると、それが関係者によって仕組まれたものと思い込むなどの妄想が生じたり、そのころ仕事に出かけず自宅にいて「誰かに家のなかをさぐられている。」「天井に盗聴器がある。」などと忘想的言辞を洩らし、昭和五五年一一月実母が死亡してからもさらに異常な言動をしている。ちなみに、被告人は、確たる目的も生活上格別有利な事情もないのに、京都のI自動車株式会社にタクシー運転手として勤務中の昭和五六年一二月に多額な経済的負担をして草津市内の住宅を購入のうえ昭和五七年七月そこへ転居するなどし、その後の同年一〇月から僅か一か月間Jタクシーに、同年一一月から昭和五八年六月までKタクシーに、その後同年八月二〇日までL交通になどといった具合にタクシー運転手としての勤務先を転々と変っており、その勤務先を転々とした合理的理由は見出せず、精神上の異常さを感じさせるものがある。

ところで、被告人は京都の前記L交通のタクシー運転手をしていた昭和五八年八月一六日、勤務がお盆休みであったので、石山霊園にある亡母の墓参りをしてから京都の上鴨神社に参詣して草津市内の自宅に帰り、その夜寝ようとしたところ、異様な感じにうたれて御先祖様の霊が現われたと感じ、突然、笑いがこみあげ、脳裡に般若の面をつけた姫の姿が浮かぶなど異常な体験をした。そして、それからというものは、被告人は自分が別人になった如くにいろいろなことが「判る」(妄想)ようになり、被告人の確信的忘想体系が発展するに至った。すなわち、被告人は「自己の母方のB家と父方のA家は歴史上著名な蜂須賀小六の一族と縁がつながるもので、蜂須賀小六が自分の御先祖様に当り、自分は人とは異る特別の存在である。」とか、自己が得意とする将棋に関連して「将棋界の宗家である大橋家と伊藤家も蜂須賀小六の縁につながる。」などと妄想し、さらには「蜂須賀小六は豊臣秀吉とともに安土桃山時代を築いた。暦を作り、時刻を定め、将棋なども作り多くの社寺を造営するなど多方面に亘る偉大な事業をして天皇家の一族となった。」などと妄想を展開するようになった。その思路は客観的にみて支離滅裂ではあるが、被告人にとっては訂正不能なものであった。そこで被告人は、右のような偉大な蜂須賀小六が日本の歴史教育などにおいて無視されているとして、教師らに蜂須賀小六の偉業を宣伝流布すべく、同月末ころ岡山県で開催された日教組大会に赴き、右の趣旨を書いたビラ多数を配布し、その帰途、郷里徳島方面の親戚方を訪れて廻り、蜂須賀小六が御先祖様である旨を説いて帰宅した。被告人は同年九月下旬ころ、当時講読していた読売新聞で、大阪二一世紀協会主催大阪城築城四〇〇年祭大阪城博覧会の施行に際し同年一〇月一日から翌一一月二三日までの間大阪城の西の丸庭園において中華人民共和国の兵馬俑が展示されることを知った。そして折柄、被告人は前記妄想体系の一環として「大阪城は自分の御先祖様である蜂須賀小六が豊臣秀吉とともに築いたもので、特に西の丸庭園については、天皇家の京都御所が烏丸通りと丸太町通りが交叉する地点にあって「丸」の字が示されているのと同様に、「丸」の字が示されているところ、御所に匹敵する神聖な場所であり、天皇家の女性の性器に当る。また、霊の世界が存在し、人形等にも霊があり魂をもっている。従って、中国の兵馬俑を西の丸庭園以外の場所で展示するのはよいが、西の丸庭園にこれを展示して置いていると、今後日本で生れる子供は中国人になるから、それは許されない。」旨の妄想(以下、これを含めて蜂須賀小六に関連する妄想を蜂須賀妄想という。)にとりつかれた結果、大阪城西の丸庭園で開かれる右の兵馬俑展は豊臣秀吉とともに大阪城を築いた蜂須賀小六(被告人の御先祖様)や天皇家をいたぶるというだけでなく、日本国を滅すものであると憤慨し、蜂須賀小六を介して天皇家にもつながる自分としてはその兵馬俑展を阻止しなければならないと決意するに至った。

3  そこで被告人は、右兵馬俑展を中止させるべく、友人の知っている国会議員に頼もうと思って友人に連絡したが、果せなかったため、自らその兵馬俑を壊そうと考えた。そして、被告人はまず右兵馬俑展開催の初日にこれを実行しようと企て、昭和五八年九月二七、八日ころその破壊用具として野球バットとステッキ各一本を購入したうえ、同年一〇月一日観客を装い大阪城西の丸庭園の兵馬俑展示場に入場して下見した結果、厳重な警備状況等から右用具で叩き壊すよりも、展示中の兵馬俑を手で押し倒す方が右破壊の目的を達し易いと判断して帰った。なお、そのころ被告人は同年九月下旬ころ京都に豪雨があったり、八丈島が噴火したのも御先祖様(蜂須賀小六)の怒りであると解釈した。前記の如く下見をすませた被告人は右兵馬俑展示終了の前日までの早い機会に右計画を実行しようと考えたが、子供の家出問題や自己の就職口探しなどで実行が遅れ、かくして被告人はM興業大阪支店のタクシー運転手として就職して間もない同年一〇月二二日に右計画を実行することとなった。すなわち、被告人は同日午前五時三〇分ころタクシー運転業務を終って実父のいる守口市内の住宅に赴いたが、当日右計画を実行すべく、ひと眠りしてから同日午前一〇時ころ起床し、本件犯行の際人に捕えられたりして帰宅できないことも考え、実父に草津市内の自宅の鍵や自動車の鍵を預け、「しばらく帰って来ないから会社から給料を貰っておいてほしい。」旨いい残して大阪城西の丸庭園に出掛けた。そして被告人は同日午前一一時四〇分ころ右西の丸庭園内の「中国秦・兵馬俑館」に観客を装って入場後、同館一階展示会場の陶製の武官俑の前に接近し、付近観客の流れがとぎれた折を見はからって本件犯行に及んだものである。

なお、被告人は本件犯行直後その場から逃走しようとしたが、右展示会場の警備員によって捕えられた。

以上1、2、3の各事実が認められる。しかして、右認定事実に、黒丸鑑定を併わせ検討すれば、被告人の蜂須賀妄想は精神分裂病に基づくものであり、被告人の妻C子が他の男性と駈落した前後ころ被告人に生じた前示被害念慮ないし関係妄想や被告人が同女と離婚後洩らした前示被害妄想的言辞は精神分裂病の初期の微候であること、その後昭和五八年八月一六日夜における被告人の異常体験は精神分裂病に屡々見られる病的体験(妄想気分)にほかならず、被告人はその影響下にあって、自己が蜂須賀小六の子孫である等の確信的着想(妄想着想)を得、次第に発展した蜂須賀妄想にとりつかれるに至ったもので、被告人はその妄想に支配された結果、大阪城西の丸庭園で展示された兵馬俑の破壊を計画し本件犯行に及んだものであること、本件犯行当時における右精神分裂病(蜂須賀妄想)の程度はかなり重くなっており、従ってまた、被告人は右精神分裂病(蜂須賀妄想)により少くとも本件犯行に関する限り自由意思を阻害され、事理を弁識する能力及びその能力に従い行動する能力を失っていたものと認められる。(なお付言するに、前掲関係証拠によれば、蜂須賀妄想により、被告人は本件犯行当時から、中国の兵馬俑が貴重な価値を有するものであり、これを破壊することは原則として悪いことと考えるけれども、蜂須賀妄想に支配されているため、そう考えるのは右兵馬俑が大阪城西の丸庭園以外の場所に置かれる限りでのことであり、右兵馬俑が同西の丸庭園に置かれる限りはこれを破壊することがむしろ正当な行為と考えているものと認められるのである。)

ところで、前記認定の点に関し、検察官は、被告人の本件犯行の動機は、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書中の供述記載にあるように「自分は蜂須賀小六の子孫であると思うともに、大阪城は豊臣秀吉と蜂須賀小六とが力を併せて築いたものと思っているところ、京都の御所に匹敵する大阪城の西の丸庭園を日本の歴史も何も知らない中国に提供し、そこに人形を造った人の魂が宿っている中国の武装した兵隊や馬の人形を展示することは豊臣秀吉や蜂須賀小六を侮辱し、いたぶるものであり、日本人として不名誉で許せないことだと考え、これらの人形を破壊してやろうと考えた。」というのが真相であり、その動機は了解可能であって妄想に支配されたものとは認め難く、他方、被告人の本件公判段階における「大阪城の西の丸庭園は女性の性器、天皇家の女性を意味する。仏像や人形には魂があるので中国の兵馬俑をそこに展示すると兵馬俑にも魂があるので日本の祖先の女性が犯されて、今後生まれてくる日本の子供は中国系になる。そのようなことで日本を守るためにこの事件を起した。」旨の供述等は、犯情を有利にするための言辞で措信できないと主張する。しかしながら、本件犯行の動機は前記2に認定したとおりであって、その認定に供した前掲各証拠のうち、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書中の本件犯行の動機に関する供述内容(以下、捜査段階の供述記載という。)と被告人の当公判廷における供述、第一ないし第四回公判調書中の被告人の各供述部分、鑑定人黒丸正四郎作成の鑑定書(うち被告人の供述記載)及び被告人作成の各書簡中の本件犯行の動機に関する各供述内容(以下、公判段階の供述等という。)を対照すると、捜査段階の供述記載の公判段階の供述等とは内容的に必らずしも矛盾するものでなく、前者にも後者の妄想に関連する妄想部分が含まれているうえ、被告人の当公判廷における供述態度並びに証人黒丸正四郎の当公判廷における供述に照らせば、本件犯行の動機に関する公判段階の供述等は措信し得るものであり、被告人が犯情を有利にするために作為したものとは考えられず、むしろ、第三回公判調書中被告人の供述部分のほか被告人の当公判廷における供述及び右証人の供述を総合し、かつ、被告人の取調べに当った捜査官において被告人に精神分裂病(妄想型)のあることを疑った形跡が証拠上認められないことを併わせ考えると、本件犯行の動機に関して、捜査段階の供述記載中に公判段階の供述等に見られる内容が十分に登載されていないのは、当該捜査官において当時被告人の精神分裂病(妄想型)の知見を欠いていたことなどから、当該捜査官が被告人から本件犯行の動機に関する真相を十分に聴取して調書に記載し得なかった結果でないかと窺われるから、検察官の右主張は採用できない。

次に、検察官は、被告人は本件犯行の現場を下見し、犯行の手段方法についても検討し、現場に適応した方法を選ぶなどして本件犯行を計画的に実行しており、本件犯行時も冷静に行動し、犯行直後逃走も図っているのであるから、被告人は本件犯行に際し通常人と何ら変らない判断力をもって行動しているものであると主張する。なるほど、前記3で認定したとおり、被告人は本件犯行を計画的に実行したもので、本件犯行時も冷静に行動し、犯行直後逃走も図るなどしているのであるが、被告人の本件犯行の企図(意思)ないし目的が蜂須賀妄想に支配されたものであることは前説示によって明らかであり、他方、後記説示のとおりその妄想に支配されない領域においては知的判断力等が犯されていないのであるから、本件犯行が計画的になされ、被告人が本件犯行時も冷静に行動しているからといって、そのことは、被告人が本件犯行を実行するにつき事理弁識能力及びこれに従った行動する能力を欠いていたとの前認定を左右せず、また、被告人が本件犯行直後逃走を図ったからといって、そのことも、前記3で認定したように被告人が本件犯行を実行した際逮捕されるやも知れないこと―それは、蜂須賀妄想により本件犯行を正当な行為と確信する被告人の思路によれば不正なことであろう―を予想していたものであることを併わせ考えると、同様に、被告人が本件犯行を実行するにつき事理弁識能力及びこれに従って行動する能力を欠いていたとの前認定を左右するものではない。従って、検察官の右主張は失当である。

さらに、検察官は、被告人は本件犯行当時までタクシー運転手をして正常に勤務をしてきたほか、妻C子と結婚し同女との間に子供三人をもうけて家庭を築き、その後同女と離婚したものの、長男長女とともに暮し通常の社会生活を送ってきたもので、社会適応性があったし、その知的能力も優に平均人並みであり、しかも、被告人は本件犯行時に意識の混濁がなく本件犯行状況の追想も可能であったから、被告人は本件犯行当時正常な判断能力があったと主張する。しかし、黒丸鑑定によれば、精神分裂病は感情の病であって、知的な判断力、知識や記憶力は当人の有する妄想や幻覚に関するもの以外は犯されないのが通例であり、その妄想等に支配されない領域では一応社会生活等を送ることが可能なことが少くないのであり、被告人の場合、本件犯行当時、蜂須賀想妄に支配された精神状態にあり、子供ら家族に対する自然な感情の発露に乏しかったことがあったにしても、未だ人格的な崩壊を来たしておらず、蜂須賀妄想に支配されない領域では一応無難に社会的生活に適応できる者であることが認められるから、被告人が右主張のとおりの社会生活を送り、その知的能力も特に欠けておらず、また、被告人が本件犯行時に意識の混濁がなく、本件犯行当時の状況を追想できたからといって、被告人が本件犯行を実行するにつき事理弁識能力及びその能力に従い行動する能力を欠いていたとの前記認定を左右するものではない。従って、検察官の右主張も失当である。

なお検察官は、鑑定人黒丸正四郎作成の鑑定書における鑑定の結果(以下、本件鑑定結果という。)は、本件犯行は当時精神分裂病にかかっていた被告人の病的妄想に基づく行為であって、被告人は当時本件犯行に関する限り事理を正当に判断し、行為する能力を失っていたというものであるが、その鑑定については次の欠陥、すなわち、(一)右鑑定人は本件犯行の如き犯罪は正常人が行うことはないから被告人は病人であるとの前提に立って、本件鑑定結果を導き出している、(二)右鑑定人は、被告人は妻C子が家出する前後ころから精神分裂病が発現し、その後昭和五八年八月一六日夜に異常体験をし、これに基づいて自己が蜂須賀小六の子孫である等の妄想が生じたとの事実を認定のうえ、本件鑑定結果を導いているが、右事実の認定については、右鑑定人が直接面接して得た被告人やその実父Aの供述に専ら依拠するなどの偏った資料に基づいてなされたもので、誤っている、(三)右鑑定人が鑑定の資料とした被告人に対する心理学的検査成績(WAIS知能検査及びロールシャッハ性格テスト)に関して、証人黒丸正四郎の当公判廷における供述によれば、それには精神分裂病を否定する結果がでていることが明らかであるのに、それを本件鑑定結果の裏付資料にしている、という欠陥があるから、本件鑑定結果は採用し難いと主張し、加えて、(四)本件鑑定結果はいわゆる部分的責任能力説にのっとるものと認められるのであるが、他の面ではすべて正常であることを認めながら極めて限られた部分についてのみ責任能力を欠くとするのは、精神医学の分野ではともかく、刑法上の責任能力論としては採用できないと主張する。しかしながら、黒丸鑑定を検討すれば右(一)の主張が根拠のないものであることは明らかであり、さらに黒丸鑑定を仔細に検討すれば、右鑑定人は、自ら直接面接して得た被告人やその実父Nの供述のみならず当裁判所により鑑定を命ぜられた当時における本件記録中の証拠関係をも参酌し、かつ専門の精神医学的知識等を駆使して、被告人の精神分裂病の発生、経過、特質等を検討して本件鑑定結果を導いたものであることが認められ、右鑑定人がその鑑定に際し、被告人は妻C子が家出する前後ころから精神分裂病が発現し、その後昭和五八年八月一六日夜異常体験をし、その影響下において(検察官は「これに基づいて」と主張するが、黒丸鑑定は直接的な因果関係をいうものではない)自己が蜂須賀小六の子孫である等の妄想が生じたとの事実を認定したのは他の関係証拠に照しても相当と認められる(もっとも、右鑑定人は妻C子の家出ないし離婚の時期など多少誤認した点があるけれども、それは本件鑑定結果に何ら影響を及ぼすものとは考えられない)から、右(二)の主張も失当たるを免れず、また右(三)の主張についても、その主張にかかる心理学的検査成績(WAIS知能検査及びロールシャッハ性格テスト)に関して、証人黒丸正四郎の当公判廷における供述は、それに被告人の精神分裂病を否定する結果が出ている旨いうものでなく、むしろそれには被告人の精神分裂病を裏付けるものがある旨いうものであるところ、その供述内容を正解しない主張というほかないから、失当である。なお、右証人の供述によれば、精神分裂病者についていわゆる部分的責任能力ないし部分的責任無能力が認められる場合があって、本件犯行に及んだ被告人の場合はその典型的な例であるというのであり、また、刑事責任能力の有無、程度の判断は当該犯罪行為について論ずるものであって、精神分裂病等による精神障害の内容、程度如何により当該犯罪行為について事理を弁識して行動する能力と、その他種々の行為についての責任能力との間に自ら差異の生ずることが考えられる以上、刑事責任能力の問題としても、他の広範囲の分野において責任能力のある者が、特定の犯行に関する限り責任無能力と判断される場合も当然ありうるというべきであるから、右(四)の主張も失当である。結局、検察官の右各主張はいずれも理由がない。

三  叙上の次第であって、被告人は本件犯行についてはその当時精神分裂病に基づく妄想により心神喪失の状態にあったものであり、被告人の本件犯行は心神喪失者の行為として罪とならないから、刑事訴訟法三三六条前段により被告人に対し無罪の言渡しをすべきものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口彰)

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