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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)4849号 判決 1984年5月31日

原告

康根生

右訴訟代理人

蒲田豊彦

被告

八洲鉄工株式会社

右代表者

馬場園修三

右訴訟代理人

平栗勲

主文

一  被告は原告に対し、金二三〇万〇八五〇円及びこれに対する昭和五五年九月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二六九五万二七八九円及びこれに対する昭和五五年九月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年九月二四日午後七時頃

(二) 場所 大阪市生野区勝山北二丁目二番二号「東桃谷商店街」アーケード設置工事現場(以下「本件事故現場」という。)

(三) 被害者 原告

(四) 態様 本件事故現場は、鉄柱を立てるために掘削された穴の上に厚い鉄板がかぶせられ、さらにその上にゴム板が敷かれていたが、原告が足踏自転車に乗車して本件事故現場を通過しようとしたところ、右ゴム板上で右自転車のタイヤが滑り、原告は仰向けに転倒し、よつて、後記傷害を負つた。

2  責任原因(一般不法行為責任)

原告は、本件事故現場において、アーケード設置工事を施工中であつたが、前記1(四)のとおり掘つた穴の上に何ら滑り止めもないゴム板を敷き、本件事故当日は雨が降り濡れた状態となつて特に滑りやすくなつていたのに、右ゴム板を撤去したり、これが滑り易く危険である旨を通行人に周知させるために標識を設置し、あるいは本件事故現場を通行禁止とする措置を採ることを怠つた過失により本件事故を惹起したものである。

3  損害

(一) 受傷、治療経過等

(1) 受傷

外傷性頸部挫傷、腰部挫傷、神経症、心筋虚血症、神経循環無力症

(2) 治療経過

通院

昭和五五年九月二五日から昭和五七年二月一二日まで大阪警察病院(実日数七八日)

昭和五五年一一月一〇日から昭和五六年一一月二日まで共和病院(実日数二一五日)

昭和五六年一〇月一九日から昭和五七年二月一二日まで生野病院(実日数三二日)

(3) 後遺症

せき柱(頸椎)に著しい運動障害、頸部痛、後頭部痛、頭重感、両手足のしびれ感、腰痛、左下肢への放散痛、両頸筋緊張(自賠法施行令別表障害等級六級五号に該当)の症状が昭和五六年一〇月二二日ころ固定した。

(二) 治療関係費

(1) 通院治療費、診断書作成費 一九万一四八一円

(2) 国民健康保険料金 一四万〇七六九円

原告は、本件事故により受傷したため国民健康保険に加入する必要が生じ、昭和五五年一〇月から昭和五八年四月までの保険料金として一四万〇七六九円を支出した。

(3) 漢方薬代金 六四〇万五七〇〇円

原告は、漢方薬の治療研究及び販売をしているが、前記症状の回復と体力の維持のために昭和五五年九月二四日から昭和五八年七月五日まで漢方薬を服用し続け、その代金として六四〇万五七〇〇円を要した。

(4) 通院付添費 六五万円

通院中原告の家族が付添い、一日二〇〇〇円の割合による三二五日分

(5) 通院交通費

通院一日の往復タクシー料金七六〇円の三二五日分

(三) 諸雑費 一四万四〇〇〇円

一日三〇〇円の割合による昭和五五年九月二四日から昭和五七年二月二八日までの間少なくとも一六か月分

(四) 逸失利益

(1) 休業損害 二四二万七三七一円

原告は、事故当時六八才で、漢方薬の販売店を経営し、同年令の全労働者と同額の収入(昭和五五年賃金センサスによれば年収二二五万二二〇〇円である。)

を得ていたが、本件事故により、昭和五五年九月二五日から昭和五六年一〇月二二日まで一年と二八日間休業を余儀なくされ、その間二四二万七三七一円の収入を失つた。

(2) 後遺障害に基づく逸失利益 七七四万六四六八円

原告は、前記後遺障害のためその労働能力を六七パーセント喪失したものであるところ、原告の就労可能年数は六八才の男子の余命年数の二分の一である六年間と考えられるから、原告の後遺障害に基づく逸失利益を年別のホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、左記算式のとおり七七四万六四六八円となる。

(算式)

225万2200×0.67×5.1336=774万6468

(五) 慰藉料

傷害関係 八〇万円

後遺症関係 六五〇万円

(六) 弁護士費用 二二〇万円

4  損害の填補

原告は被告から五〇万円の支払を受けた。

5  よって、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償金二六九五万二七八九円及びこれに対する本件不法行為の日後の昭和五五年九月二五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1(一)ないし(三)及び(四)のうち本件事故現場は、鉄柱設置のために掘削された穴の上に厚い鉄板がかぶせられ、さらにその上にゴム板が敷かれていたこと、原告が足踏自転車で走行中転倒したことは認めるが、その余は不知。

2  同2は、原告が本件事故現場においてアーケード設置工事を施工中であり、鉄柱設置のために掘削した穴の上にゴム板を敷いていたことは認めるが、その余は争う。右ゴム板は、穴にかぶせた養生鉄板による段差をなくし、通行人の安全のために設置していたものである。また、原告は、右ゴム板の中央部に工事中の標識としてカラーコーンを置き、商店街である本件事故現場の通路入口付近には、工事中である旨の標識も設置していた。

3  同3はいずれも争う。

(一)(1)の頸部挫傷を中心とする神経症状は、本件事故との因果関係は乏しい。(3)の後遺症状の固定日は昭和五六年四月七日である。その症状はノイローゼによるものであり、また、原告の頸椎の変形は経年性のものであり、本件事故と因果関係はない。(二)(3)の漢方薬による治療の必要性はない。(四)(1)については、昭和五六年二月二六日の時点で既に休業の必要性はなかつた。

三  被告の主張(過失相殺)

本件事故の発生については原告にも不安定な二輪自転車で、通路側端に設置され、本件事故当日は雨で濡れて滑り易くなつていたゴム板の上に漫然と乗りあげた過失があるから、損害賠償額の算定にあたり大幅に過失相殺されるべきである。

四  被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張は争う。通行が禁止されているわけでもない商店街を自転車で走行していた原告には何らの過失はない。

第三  証拠<省略>

理由

一事故の発生

1  請求原因1(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場のある東桃谷商店街は、幅員約3.95メートルの東西に伸びる通路で、その両側には商店が並んでいる。被告は、昭和五五年九月一一日から右商店街のアーケード新設工事を施工しており、本件事故当日には、旧アーケードの解体、撤去を終えて、新設するアーケードの支柱を立てる基礎穴の掘削を行なつていた。右基礎穴は、右通路の両側の各一一か所に約九メートルないし一五メートルの間隔でほぼ交互に位置するように、それぞれ縦一メートル、巾1.2メートル、深さ1.15メートルに掘削され、右基礎穴及び通路端の側溝上に厚さ九ミリメートル、巾1.2メートル、長さ2.4メートルの鉄板をかぶせ、更に鉄板と通路の段差を滑らかにするため、右鉄板上の道路中央寄りに厚さ六ミリメートル、長さ三メートル、巾六〇もしくは九〇センチメートルのゴムマットを二枚並べてのせていた。被告は、右工事を施工するに当り、右商店街の東西の入口に工事中であることを示す標識を置き、また右掘削し、鉄板及びゴムマットをかぶせていた個所にはカラーコーンを置くようにしていたが、工事中は作業の妨げにならない所に移動させており、一日の工事終了後もそのままにしてカラーコーンをゴムマット上に置き直さないこともあり、本件事故当日も本件事故現場のゴムマット上にカラーコーンは置かれていなかつた。

原告は、本件事故当日、自転車に乗車して前記商店の中央部分を東から西に向かつて走行していたが、本件事故現場において、歩行者を避けて進行するために右通路南側、東方から四つ目のゴム板に自転車に乗車したまま乗りあげたところ、雨のためすべり易くなつていたこともあり、自転車が滑走して、原告は仰向けに転倒し、よつて、後記傷害を負つた(一部争いのない事実を含む)。

<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二責任原因

右一認定によれば、被告には、前記商店街においてアーケード新設工事を施工するに当り、人通りの多い本件工事現場に穴を掘削し、その上に鉄板、ゴム板をのせていたのであるから、右ゴム板が雨に濡れてすべり易くなつた状態となつた場合、これを歩行者等に周知させる等の注意義務があるのにこれを怠り、そのまま放置していた過失があると認められ、他方原告にも歩行者も多い商店街の通路を自転車に乗車して走行するに当り、通路端の雨で滑り易くなつているゴム板の上を自転車に乗つたまま通過しようとした過失があると認められる。

三損害

1  受傷、治療経過

<証拠>によれば、原告は、本件事故により頸部、腰部挫傷、神経症の傷害を負い、右傷害並びに心筋虚血症、神経循環無力症及び高血圧症の治療のため、昭和五五年九月二五日から昭和五七年二月一二日まで大阪警察病院へ、昭和五五年一一月一〇日から昭和五六年一一月二日まで共和病院へ、昭和五六年一〇月一九日から昭和五七年二月一二日まで生野病院へ、昭和五五年九月二九日ころから同年一〇月二三日ころまでアエバ外科病院へ、同年一二月一五日ころ兵庫県立東洋医学研究所へ、各通院したが、その間の昭和五六年四月七日ころには後遺症として頸部の神経症状、両手関節以下遠位部知覚鈍麻が症状固定したことが認められる。

右後遺症状の固定化については、前掲乙第三号証中には大阪警察病院の診断として昭和五六年一〇月一五日、生野病院の診断として同月二二日とする旨の各記載部分があるが、前掲各証拠によれば、大阪警察病院において原告を受診していた美延医師は同年二月二六日の段階で既に保存的療法によつて経過を観察し始めており、同年四月七日には症状固定したとの診断を同月一〇日にしていること、その後も原告の愁訴が強いため保存的治療が継続されたが、同年五月二三日には、同病院の福田医師は、他覚的異常に乏しい、これ以上あまりうつ手はないように思うとの診断をしていること、また、生野病院の医師は、前記後遺症状固定日と診断した同年一〇月二二日の三日前の同月一九日から原告を診療し始めたものであることなどの事実と対比すると甲第五号証の二及び乙第三号証中前記記載部分は採用することができず、他に前記各認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、原告は、本件事故により心筋虚血症及び神経循環無力症が発生したと主張するが、本件事故と右各症状との相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。

2  治療費

(一)  通院治療費等

<証拠>によれば、原告は、前記治療につき、本件事故発生日の翌日から前記後遺症状の固定した昭和五六年四月七日までの間の治療費、診断書等作成費として九万八六一五円を要したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告主張のその余の治療費等については、前記後遺症状固定後の治療に要したものであり、本件事故と相当因果関係がないものと認める。

(二)  国民健康保険料金

<証拠>によれば、原告は、本件事故後国民健康保険に加入し、その保険料金を支払つていることが認められるが、右国民健康保険加入及びこれに伴う保険料金の支出は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

(三)  漢方薬代金

<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告は、漢方薬の販売店を経営しており、漢方薬の調合等につき知識を有するため、前記のとおり各病院に通院して治療を受けるかたわら、本件事故発生の日である昭和五五年九月二四日から昭和五八年七月五日まで毎日自ら調合した各種漢方薬を服用し続けてきた。

兵庫県立東洋医学研究所附属診療所の松本克彦医師は、原告の前記頸部、腰部挫傷には漢方薬使用の適応があると考えており、また、大阪医科大学麻酔科の兵藤正義教授は、漢方薬による治療は、外傷に基づく痛みに対するのみでなく、服用する者の他の病気、年令その他から来る体質全体を改善していくためのものであり、治療を受ける者にとつて有効な種類の漢方薬を判定するためには模索的に二、三週間ないし二、三か月ごとに投与する漢方の種類を変えていかざるを得ず、原告には、本件事故に基づく外傷と、体質的な高血圧症及び経年性の骨棘形成が存し、原告が自ら投与した漢方薬は、原告の右症状の改善に有効なものであるが、兵藤医師が原告の治療に漢方薬を使用したならば、その費用は一日当り少なくとも二〇〇〇円であると考えている。

右認定によれば、原告が使用した漢方薬の代金の内本件事故発生の日である昭和五五年九月四日から後遺症状の固定した昭和五六年四月七日までの間兵藤医師が投与した場合要する一日当り二〇〇〇円の二分の一(左記算式のとおり合計一九万五〇〇〇円となる。)について、本件事故と相当因果関係があるものと認めるのが相当である。

(算式)

2000×195×0.5=19万5000

(四)  通院付添費

原告は、前記通院中原告の家人が付添い、一日二〇〇〇円の割合による三二五日分の通院付添費を要したと主張し、原告本人尋問の結果中には、これに沿う部分があるが、前記本件事故に基づく受傷の程度等諸般の事情を考え合わせると、右通院の付添に要した費用は、本件事故と相当因果関係があるとは認められない。

(五)  通院交通費

原告は、大阪警察病院、共和病院、生野病院に合計三二五日間タクシーで通院して、その料金合計二四万七〇〇〇円を要したと主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分もある。

しかしながら、前記認定の原告の受傷の程度、原告の住居及び右各病院の所在地等諸般の事情を考え合わせると、前記後記症状固定時までの一区間の公共バス料金相当額の通院交通費が本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

<証拠>によれば、大阪市内の一区間の公共バス料金は昭和五六年一月末日までは一一〇円、同年二月一日からは一三〇円であり、昭和五六年一月末日までに大阪警察病院に二二日、共和病院に四九日、同年二月一日から前記後遺症固定日である同年四月七日までに大阪警察病院に一二日、共和病院に五二日通院していることが認められるから、通院交通費は左記算式のとおり三万二二六〇円となる

(算式)

一一〇×二×(二二+四九)+一三〇×二×(一二+五二)=三万二二六〇

3  諸雑費

原告は、本件事故後少なくとも一六か月間一日三〇〇円の割合による雑費を要したと主張するが、その内容は明らかではなく、原告が、本件事故と相当因果関係のある雑費の支出をしたことを認めるに足りる証拠もない。

4  逸失利益

(一)  休業損害

<証拠>によれば、原告は、本件事故当時六八才で、大阪府知事から薬種商販売業の許可を受け、漢方薬の販売店を経営しており、少なくとも同年令の全労働者平均賃金(昭和五五年賃金センサス産業計、企業規模計六五才以上の全労働者平均賃金は二二五万二二〇〇円である。)相当の収益を得ていたものと推認されるところ、原告は、本件事故発生日の翌日である昭和五五年九月二五日から前記後遺症状固定の日である昭和五六年四月七日まで休業したが、前記受傷の程度治療経過等諸般の事情によれば、右休業による収入の喪失の内八〇パーセントにつき(左記算式のとおり九六万二五八四円となる。)本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(算式)

225万2200×195÷365×0.8=96万2584

(二)  後遺障害に基づく逸失利益前記認定の受傷及び後遺障害の部位、程度、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による前記後遺障害のため、後遺症状固定の日の翌日である昭和五六年四月八日から少なくとも四年間その労働能力を五パーセント喪失したものと認められるから、本件事故と相当因果関係のある後遺障害に基づく原告の逸失利益を年別のホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、左記算式のとおり四〇万一三七五円となる。

(算式)

225万2200×0.05×3.5643=40万1375

5  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容、程度その他諸般の事情を考え合わせると、原告の慰藉料額は一二〇万円とするのが相当であると認められる。

四過失相殺

本件事故の発生については、原告にも前記二で認定のとおりの過失が存するから、諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の前記損害の一割を減ずるのが相当と認められる。

従つて、前記損害額二八八万九八三四円から一割を減じて原告の損害額を算出すると、二六〇万〇八五〇円となる。

五損害の填補

請求原因4の事実は、当事者間に争いがない。

よつて、原告の前記損害額から右填補分五〇万円を差引くと、残損害額は二一〇万〇八五〇円となる。

六弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は二〇万円とするのが相当であると認められる。

七結論

よつて、被告は原告に対し、二三〇万〇八五〇円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和五五年九月二五日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(長谷川誠)

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