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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)5624号 判決 1982年11月29日

原告

田中廣義

右訴訟代理人

山田愛彦

被告

福利信用金庫訴訟承継人

東洋信用金庫

右代表者代表理事

高羽幾造

右訴訟代理人

千保一広

江里口龍輔

主文

一  原告の請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一主位的請求原因について

1  旧被告が、本件預金(イ)(ロ)を「田中広義」名義で、定期預金として受け入れた(証書番号No.四五三、No.四五四)ことは、当事者間に争いがない。

2  そこで本件の争点である、本件預金(イ)(ロ)の預金者が誰であるのか、本件預金(ロ)は本件預金(イ)の解約払戻金の一部でなされたかについて判断する。<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、倉元から有利な利息がつくからと言われ、昭和五四年四月一〇日に四〇〇万円を、同月一二日に二〇〇万円の小切手を、それぞれ倉元に手渡し、いずれも旧被告に原告名義で定期預金をすることを倉元に委託した。

(二)  四〇〇万円については倉元を介して本件預金(イ)として預け入れがなされたが、その際、倉元は旧被告行員に対して自己の名刺を示し、友人名義たる「田中広義」名義で定期預金をする旨述べ、定期預金申込書、印鑑届には原告を記載し原告の印章を押捺した。右預金後、原告は倉元から印鑑、定期預金証書の返還を受けえなかつたものの、倉元から定期預金証書は銀行で預かるとの説明を受け、定期預金証書のコピーを手渡された。

(三)  倉元は、旧被告に対して、昭和五四年四月一二日定期預金(一)の証書と届出印章を持参して本件預金(イ)を担保に二〇〇万円の貸付を依頼したが、歩積両立の観点から認められなかつたので、結局、本件預金(イ)を解約し、その払戻金の一部たる二〇〇万円をもつて本件預金(ロ)がなされたが、原告は右中途解約及び預金の事実を倉元から知らされなかつた。

(四)  原告は、右同日、倉元から再度預金をするように勧誘されたので、二〇〇万円の小切手をその趣旨で倉元に手渡したところ、倉元はこれを定期預金として預け入れず勝手に右同日原告名義の普通預金総合口座に入金し、原告に対してはあたかもこれを定期預金として預け入れたものの如く装い、本件預金(ロ)の定期預金証書のコピーを原告に手渡した。

これらの事実を総合すれば、原告は倉元を使者として、自己が出捐した四〇〇万円を旧被告に定期預金としたものであるから、本件預金(イ)の預金者は、原告であるとするほかない。他方、本件預金(ロ)は前述したように本件預金(イ)の解約払戻金の一部があてられたものであるため、その預金の出捐者を誰と解すべきかがなお問題となる。そこでこれについて判断するに、抗弁1において後述するように、本件預金(イ)の解約払戻については、債権の準占有者に対する弁済が認められるため、原告は銀行に対してもはや預金返還請求権を有せず、倉元に対して解約払戻金に対する不当利得返還請求権を有する。倉元はこの解約払戻金の一部で本件預金(ロ)をなしたのであり、本件預金(ロ)は原告が倉元に対し二〇〇万円の小切手を手渡し定期預金を依頼したことに基づいており、倉元は本件預金(ロ)の証書のコピーを手渡している。従つて、原告の手渡した金銭でなされたものとはいえないものの、究極的には原告に返還されるべき金銭でなされたものであり、本件預金(ロ)がなされたこと自体は原告の意思に反するものではない。結局、本件預金(ロ)も原告の出捐によりなされたものと同視することができ、預金者も原告といわなければならない。

二抗弁1(債権の準占有者に対する弁済)について

1 抗弁1(一)の事実については、前記一2(三)の認定のとおりであり、<証拠>によれば、抗弁1(二)(1)及び(2)の各事実並びに相殺又は担保権の実行に当たつては、旧被告は事前の通知および所定の手続を省略し、債務者または担保差入人にかわり諸預け金等を受領し、債務の弁済に充当することができるとの合意が当事者間で成立していたことがそれぞれ認められる。

2  そこで、まず中途解約による弁済の有効性について判断するに、<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、前記の如く本件預金(イ)の手続を倉元に依頼した際、旧被告支店の近くまで付いて行きながらなぜか行内に入ることもなく、預金後も倉元から印章の返還を受けなかつたばかりか、定期預金証書についてもそのコピーを受け取つたのみで、銀行に預けたとする倉元の言をそのまま信じ、昭和五四年一〇月一日まで何ら旧被告に対し預金の有無等の確認をとらず放置したままであつた。

(二)  倉元はかつて旧被告支店と取引をしたことはなく、行内に入つたこともなく、原告もかつて同支店と取引をしたことはなかつた。従つて、右両名とも同支店の行員のいずれとも面識がなかつた。しかして、倉元は本件預金(イ)をなす際、同支店次長岡本利弘に対し、名刺を提示して自分は原告本人ではないこと、原告は友人であり友人名義を借用して右預金をする旨告げたから、旧被告としては、右預金の段階では倉元と原告が別人であることを認識していた。ただし、その際、預金申込書に記載された「田中広義」の住所は、原告の住所ではなく、倉元の勤務先であり、原告に関してはその連絡先にすぎない。

(三)  ところで、原告は、本件預金(イ)の中途解約については全く知らず、無論右手続にも関与していなかつた。原告は倉元から本件預金(ロ)の定期預金証書のコピーを渡されたが、右預金は前記小切手が入金されたものと考えていた。右中途解約は倉元がどうしても金員が必要ということであり、歩積両立の関係から直ちに貸付けに応じられなかつたので、旧被告としてはやむを得ず倉元の右申出に応じたものであり、倉元が旧被告に対し右定期預金証書と原告の届出章を持参してこれを呈示したので、旧被告は右印章の同一性を確認したうえ、右解約手続をなしたものである。

以上の事実によれば、旧被告は右中途解約の際にも倉元と原告が別人であると認識していたものと推認されるところ、倉元が原告名義で預金をする権限を有していたことは前記のとおりである。そうであれば、右同一人が右預金証書と届出印章を持参してその中途解約を求めた場合、その届出印影との同一性を確認し、その解約理由に相当性が認められるならば、同人に右解約権限があると信ずるのはやむを得ないところであり、旧被告が調査、確認義務を怠つたものとは認め難い。なお、乙第二三号証の定期預金払戻請求書に原告名の記名印がないが、乙第三号証の定期預金証書の裏面に四〇〇万円の元利金の受領印がなされているから、手続上の不備もない。原告は、旧被告と原告とが別人であることを認識しているから、当然、原告に確認すべき義務があるというが、前記の如く原告の記載住所は単なる連絡先であり、<証拠>によれば、その後、旧被告が右連絡先に架電しても容易に原告と連絡できない場所であることが認められるほか、本件紛争の主因は、原告の前記不可解な行動、すなわち自ら預金手続に立ち合わず、預金証書を確保せず、しかもその印章を倉元に預けたままに放置する等の行動にあると認められるのであり、旧被告が前記確認をしないことをもつて過失があるものとは到底認め難い。よつて、旧被告が倉元に対してなした本件預金(イ)の解約払戻しは、その受領権限者とみられる者に対してなされたものであり、債権の準占有者に対する弁済として有効と認められるから、本件預金(イ)の債権は弁済によつて消滅したものというべきである。

3  次に、前記二〇〇万円の貸付、本件預金(ロ)の担保提供、及び相殺の有効性につき判断するに、

(一) 銀行が、定期預金につき真実の預金者と異なる者を預金者と認定してこの者に対し右預金者と相殺する予定のもとに右預金債権を担保に貸付けをなし、これによつて生じた貸金債権を自働債権として相殺するに至つた場合、実質的には定期預金の期限前払戻しと同視することができるから、銀行は、右貸付けをなした者が真実の預金者と異なるとしても、その貸付当時、金融機関として尽くすべき相当な注意を用いた限り、民法四七八条の債権の準占有者に対する弁済の類推により、表見預金者に対する貸金債権と定期預金債務との相殺をもつて真実の預金者に対抗しうるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四八年三月二七日第三小法廷判決民集二七巻三七六頁参照)。

(二)  <証拠>によれば、倉元は昭和五四年五月一〇日に旧被告桜川支店の貸付係に来て、係員に本件預金(ロ)の証書を提示してこれを担保に二〇〇万円の貸付を申し出たが、その際には特別自己が倉元であつて原告とは別人である旨名乗らなかつたこと、そこで右係員は右証書の届出印と倉元が所持する印章の同一性を確認し、かつ倉元が右預金名義人であると信じ、これを稟議に回わした結果、右貸付が決定されたので、倉元は右印章を使用して「田中広義」名義で所定の手続をなした上、右二〇〇万円の貸付を受けたこと、原告は倉元に対し右借入れ等の権限を与えたことはなく、右については全く知らなかつたことが認められる。ところで、前記認定の如く同支店の預金係は、倉元と原告が別人であることを知つていたものであり、<証拠>によれば、預金係と貸付係は隣接していることが認められるが、右貸付は前記預金後一か月を経過していること、倉元及び原告とも同支店では前記預金が初取引であること、右貸付までの間に原告から旧被告に対しなんらの問い合わせがなかつたこと等の諸事情によれば、右貸付係が倉元をその名義人と信じたことはやむを得ないところであり、その後の手続になんらの過失もないものというべきである。すなわち、右手続においても、前記中途解約と同様に、その紛争の主因は原告が長期間その印章を倉元に預けたままに放置し、その間、旧被告に対しなんらの確認をしなかつたことにあり、これでは旧被告としては原告に対するなんらの手掛りがなく、かつ倉元の行動に不審な点が認められない以上、前記印影の同一性の確認義務以上の義務はない。

(三)  よつて、旧被告は債権の準占有者に対する弁済の類推により、前記相殺をもつて対抗することができるものというべきところ、前掲乙第六ないし第一〇号証によれば、右貸付金債権は昭和五四年八月一〇日をもつて相殺適状となり、旧被告が昭和五五年一月一六日になした相殺処理によつて、本件預金(ロ)の債権は消滅したことが認められる。よつて、抗弁2については判断のかぎりではない。

三予備的請求原因について<以下、省略> (久未洋三)

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