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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)1507号 判決 1981年1月29日

原告 都志萬吉

右訴訟代理人弁護士 浅田敏一

右同 小山章松

被告 中西絹代

右訴訟代理人弁護士 福原道雄

右同 竹村昭郎

右同 浜田耕一

主文

一、被告は、別紙物件目録記載の建物について、大阪法務局西出張所昭和五三年一〇月一六日受付第三〇七九一号所有権移転請求権仮登記、同出張所同日受付第三〇七九〇号根抵当権設定登記、及び同出張所同日受付第三〇七九二号停止条件付賃借権設定仮登記、並びに同出張所昭和五四年一二月一三日受付第一九七五号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、請求の趣旨

主文と同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、請求原因

1. 原告は、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を所有している。

2. 本件建物には別紙登記目録記載の各登記(以下本件各登記という)が経由されている。

3. よって、原告は、被告に対し、本件各登記の抹消登記手続を求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三、抗弁

1. 被告は、原告との間で、訴外都志定雄(以下定雄という)を原告代理人として、本件建物について、昭和五三年一〇月一六日、本件1ないし3の各登記の各原因契約を締結し、同日右各契約に基づき本件1ないし3の各登記を経由し、昭和五四年一一月二四日、本件4の登記の原因契約を締結し、同年一二月一三日、右契約に基づき本件4の登記を経由した。原告は、数年前から高齢かつ腰痛のため身体が思うように動かず頭もあまりはっきりしないところから、妻の道恵に実印を預ける等包括的に代理権を与えていたところ、道恵は、定雄に対し本件建物を物上保証に供する代理権を授与した。

2. 仮にそうでないとしても、道恵は、定雄が被告の夫で代理人である中西康悦に対し本件建物を物上保証に供する代理権を授与されている旨を表示することを容認したので、康悦は定雄の右表示権限があると信じた。よって、原告は民法一〇九条に基づき代理権授与表示責任を負うべきである。

3. 仮にそうでないとしても、康悦は定雄の案内で現地に赴き本件建物の存在を確認すると共に、同じく定雄の案内で原告方隣りの不動産屋に立寄り、物件の価値を確認した。原告は病臥中で会えなかったが、道恵は右確認に立会った。康悦は、本件建物が既に定雄を債務者として物上保証に供されており、又、定雄が原告の実印、印鑑証明書、権利証を所持して原告の了解を得ている旨述べ、かつ道恵も物件確認に立会ったことから、定雄の代理権を信じて疑わなかった。他方、定雄は、原告の実印、権利証等をしばしば持出しているにもかかわらず、原告及び道恵は一向にこれに気づいた様子もなかった。定雄は、原告及び道恵の長男で原告方に同居しもしくは容易に出入りできたのであり、前記のようにしたい放題をしているような人物であることを原告らは熟知していたから、前記の如き実印等の管理状態はあまりに杜撰という外はなく、定雄に白紙委任状を与えたに等しい。従って、原告は民法一一〇条による一〇九条の表見代理責任を負うべきである。

4. 本件建物につきその後、譲渡担保契約が締結され、本件4の登記が経由されたが、右につき訴外日誠商事こと中川五男の従業員であった堀政市が被告側の窓口として定雄及びその内妻の松室寿美可と折衝した。その際、堀は前記2、3と同様の事情により定雄の代理権を信じて疑わなかったから、原告は、前同様の表見代理責任を負うべきである。

四、抗弁に対する認否

抗弁1のうち、原告が妻道恵に実印の保管を委せたことは認めるが、その余の事実は否認する。同2ないし4の各事実は否認する。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因事実は当事者間に争いがない。

二、被告は、原告の代理人都志定雄との間で、本件各登記の各原因契約を締結した旨主張するが、原告が都志定雄に対し右各契約締結の代理権を授与したことを認むべき証拠はないから、右主張は採用することができない

三、次に、被告は、原告は妻の道恵に実印を預ける等包括的代理権を与えていたところ、道恵は、定雄か被告に対し本件建物につき物上保証及び所有権移転の代理権を授与されている旨を表示することを容認した旨を主張するのでこの点につき判断するに、原告が妻道恵に実印の保管を委せていたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証、証人都志道恵の証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告はもと運送業を営んでいた者であるが、その後廃業し、現在八八歳の高齢であり且つ腰痛等のため身体の自由がきかず床につくことが多かったが本件各契約締結時はまだ正常な判断能力を有しており、昭和五五年六月九日の当裁判所の所在尋問の際も正常に応答し、本件各契約についての代理権授与の事実を否定する供述をしていること、原告は、本件建物で妻道恵(六七歳)、妻の姉で身障者(全盲)の長谷川とよえ(七四歳)と同居し、夫婦の老齢年金、右長谷川の障害者年金、生活保護費の外、妻道恵が病院の付添婦としてパートで働いて得た給料で生活していること、定雄(四〇歳)は原告夫婦の長男で独身であり、かっては原告らと同居していたが、本件契約当時は宝石を扱ったり、クラブの経営に従事したりして転々と職をかえ、たまに本件建物に帰ってくるが原告らに生活費を入れるわけでもなく、かえって原告らの金員を持出す状況であったこと、本件建物は原告のかっての運送業のため昭和三三年頃、日本通運株式会社に担保に提供され、本件建物の権利証は同社に預けられており、原告夫婦は被告から本件建物の明渡を求められる迄、そのように思っていたこと、道恵は原告から実印の保管を託され、これを仏壇の大引出しの奥に入れていたが、これを定雄に手渡したことはなく、日本通運株式会社からの右権利証の返還を定雄に依頼したこともなかったことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定事実によれば、道恵が原告から包括的代理権(もっとも主張自体からみてもいかなる意味の代理権であるか明確ではない)を与えられていたものとは認め難く、更に、道恵が被告に対し定雄にその主張の如き代理権を与えた旨表示したものとは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、民法一〇九条の表見代理責任の主張は採用することはできない。

四、次に、被告は、仮に右代理権授与の直接の表示がないとしても、原告は定雄に白紙委任状を与えたに等しい状況にあり、他方、被告には定雄が代理権を有すると信ずべき正当事由がある旨主張するので、この点につき判断するに、<証拠>によれば、定雄は訴外日誠商事から自己の宝石販売業の営業資金として信用貸で金借していたところ、昭和五二年一〇月三一日、日誠商事から金三〇〇万円を新に借受けた際、本件建物をその担保に提供したこと、そこで、日誠商事の従業員であった堀政市は定雄に案内されて担保物件となるべき本件建物に臨みこれを検分したが、原告には会わず、妻都志道恵に会ったが同人に右貸借につきなんらの説明をしなかったこと、そして、定雄が日誠商事に本件建物の権利証、原告の実印、印鑑証明書を持参し、原告の了解を得ている旨述べたので、日誠商事は右貸付を決定し、本件建物に同日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記、及び順位二番の根抵当権設定登記を経由したこと、その後、本件建物にはいずれも第三者を権利者とし、定雄を債務者とする抵当権設定登記が経由されたが、昭和五三年一〇月頃、定雄は前記堀政市に対しもう少し安い利息で貸してくれるところはないかと持ちかけ、堀は知り合いの金融業者である被告を紹介し、借り換えによる資金の回収をはかったこと、そして、右堀、定雄そして被告の夫の中西康悦が本件建物に臨んでこれを検分したか、前同様、原告に会わず、妻の道恵に会ったが、右貸借につきなんらの説明をしなかったこと、そして、定雄が前同様、本件建物の権利証、原告の実印、印鑑証明書を持参したので、被告は定雄に対し金五〇〇万円の貸付を決定し、本件建物につき本件1ないし3の各登記を経由し、更に不履行の場合に備えて、被告は、連帯借用証書(乙第一号証)を徴したが、定雄はこれに連帯債務者として原告名を冒書し、名下に原告の印章を押捺したこと、当時、定雄は大阪市内北新地でクラブを経営していた松室寿美可と同棲していたが、昭和五三年暮頃、被告が右松室に金四〇〇万円を貸し付けた際、定雄は自らその連帯債務者になると共に、その連帯借用証書(乙第二号証の一)に連帯債務者として原告名を冒書し、名下に原告の印章を押捺したこと、そして更に定雄は、昭和五四年二月五日頃、本件建物につき訴外高城喜三郎を権利者とし、定雄を債務者とする抵当権設定登記を経由したこと、定雄及び松室はその後被告に対し利息金の支払を続けていたが、貸金元金の返済をしなかったので、昭和五四年一一月頃、当時日誠商事をやめて被告の従業員となっていた堀政市は定雄に対し本件建物を右 債務の譲渡担保として提供することを求め、被告は、定雄から原告の実印、印鑑証明書の交付を受け、後順位権利者の訴外高城から本件建物の権利証を譲受けて本件建物につき本件4の登記を経由したこと、なお本件建物については、現在、本件各登記以外はすべて抹消されており、原告夫婦、及び長谷川が居住しているが、定雄は行方不明であることが認められる。証人都志道恵の証言中、右認定に反する部分はにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実及び前記三の認定事実の下において、被告は原告の実印等の保管は極めて杜撰であったから、定雄に白紙委任状を与えていたに等しい旨主張する。確かに、定雄は本件建物をあたかも自己所有物の如くに扱い、自己の営業資金の確保のためこれを自由に処分し、そのため自在に原告の実印等を原告宅から持出していたものであるが、定雄の右行動は原告自身の生活とは無関係であって、原告が包括的に右実印等の使用を定雄に一任すべき客観的事情はなく、原告及び道恵にもその意思はなく、又、その実印等の保管につき原告らに落度が全くない訳ではないが、原告は高齢の上病臥中であり、道恵は夜間は外出し、長谷川は身障者であったから、その管理責任を一方的に追及することは酷である。これに対し、被告又は本件貸借に関与した堀政市は金融業に従事する者であるところ、二度に亘って本件建物に臨みながら、原告に一度も会わず、道恵には二度会いながら、本件貸借についてなんらの説明をしなかったものであって、一挙手一投足の労を惜んで原告らの意思確認を怠ったものである。のみならず、定雄は再三不履行をしているのであるから、金融業者としては当然その信用状態に疑問を持ち、改めて物件所有者の意思確認をすべきであるのに、これをすることなく、反対に焦げ付きを解消するためその借り替えを勧め、更に本件建物につき譲渡担保を原因として所有権移転登記を強行したものであって、金融業者として重大な落度があるというべきである。右の次第で、本件は、原告が定雄に対し白紙委任状を与えたような事実関係にないし、又、被告としても、定雄に代理権があると信ずべき正当事由があるものとは認められないから、民法一一〇条による一〇九条の表見代理責任があるとの前記主張も又これを採用することができない。

五、してみれば、本件各登記はいずれも登記原因を欠く無効な登記であるから、本件建物の所有権に基づいてその抹消登記を求める原告の本訴請求は理由があり正当としてこれを認容すべきである。よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久末洋三)

<以下省略>

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