大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和55年(わ)6186号 判決

主文

被告人を懲役三月に処する。

この裁判が確定した日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和五五年一〇月一三日午前零時一六分ころ、大阪府公安委員会が道路標識によつて最高速度を六〇キロメートルに毎時と定めた大阪府吹田市大字新田四六三番地先道路において、右最高速度を超える一三〇キロメートル毎時の速度で普通乗用車を運転したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

一弁護人は、本件オービスⅢLb型速度測定機(以下、本件オービスⅢという)の正確性を争い、本件オービスⅢには(1)コンピューターの計算誤差、(2)アナログ信号をパルス信号に変換するときの変換誤差、(3)温度変化によつてループのインダクタンスに変化を生じ発振周波数が変動することによつて生じる誤差、(4)センサーを車両が走つた場合の誤差、即ち、車両がセンサー上を通過する際の上下動により生じる誤差、車両がセンサーに対し斜めに入つたことにより生じる誤差、および(5)特に時速一三〇キロメートル毎時という高速の場合の誤差等が考えられ、その正確性に疑問がある旨主張する。

証人佐瀬攻、同森成昭治の当公判廷における各供述、当裁判所の検証調書、森成照治作成の点検成績書謄本四通、押収してあるオービスⅢL型取扱説明書(昭和五六年押第二一二号の一)によれば、本件オービスⅢの作動原理は、「道路に特定の間隔で埋設されたループの上を通過する車の存在を車両検出器で電気信号に変換し、パレット(本機)のコンピューター(計測部)に送つて速度計算を行い、あらかじめ設定した制限速度と比較し、違反速度のときカメラ(記録部)とストロボ(発光部)が連動して違反車をその前方から撮影し、車輛登録番号標、運転者等、また同時に計測した車速、時刻、日付、場所等を同一フィルム上に記録するもの」であり、理論的には正確であること、また、本件オービスⅢの設置にあたつては、実験等の結果からの誤差を考慮に入れ、本件オービスⅢに表示される測定値は「実際の速度×〇、九五(小数点以下切捨)」に設定されていること、前記(1)(2)(4)の誤差は微少で、前記五パーセントの誤差内に入るものであること、(3)については、自動零点補正回路によつて補正されておりマイナス一〇度からプラス五五度までの精度が保証されていること、(5)についても、その構造のうえで高速であるが故に誤差を生じる余地のないこと、また、昭和五四年二月一八日に本件オービスⅢが設置されて以来、毎年二月と八月の二回定期点検が行われており、その点検内容は、八月の機械の点検および本件オービスⅢと基準器を用いての走行車両の実測による点検、二月は、本件オービスⅢの機械の点検およびスピード・シュミレーター(模擬速度発生器)を用いての測定により点検を行つているところ、本件違反の前後である昭和五五年八月および昭和五六年二月の定期点検を含め、昭和五七年八月迄の定期点検においてその正確性について何らの異常も発見されていないこと、本件オービスⅢの設置以来昭和五七年までの各八月に行われた定期点検における実測例のうち、本件違反場所である大阪南行第二車線のものは本件オービスⅢ表示九三メートル毎時を最高に約三四〇例を数えるところ、いずれも正常であつたこと、また、右各定期点検の際行われた大阪南行第一車線および本件オービスⅢと同機種である大阪北行第一第二車線の実測例を加えるとその数は八〇〇例を超えるところいずれも正常であつたうえ、大阪北行第二車線では、オービスⅢ表示一二二キロメートル毎時を最高にオービスⅢ表示一〇〇キロメートル毎時を超えるものが四例含まれていること、また、他の場所での点検実測データとしてオービスⅢ表示一三〇キロメートル毎時を超える例があり異常がなかつたこと等の事実が認められ、右の各事実からすれば、本件オービスⅢは理論のうえでも実際の使用のうえでもその正確性には問題はないものといえる。

二次に弁護人は、本件オービスⅢによる証拠の収集ら自動車内という独立のプライバシー空間に存在する被告人の肖像権を侵害するもので憲法一三条ひいては同法三五条に違反するものであり、これにより収集された証拠はその証拠能力を否定されるべきである旨主張する。

ところで、何人もその承諾なしに、みだりにその容ぼう、姿態を撮影されない自由を有し、警察官が正当な理由もないのに、個人の容ぼうを撮影することは憲法一三条の趣旨に反し許されず、撮影される本人の同意がなく、また、裁判官の令状がなくともこれが許されるのは、現に犯罪が行われもしくは行われた後間もないと認められる場合であつて、証拠保全の必要性および緊急性があり、その撮影が一般的に許容される限度をこえない相当の方法をもつて行われる場合に限られるとすること最高裁判所の判例であり(最高裁昭四四年一二月二四日、刑集二三巻一二号一六二五頁)、当裁判所も右の見解を相当とするものであるが、右は集団示威行動中の歩行者についての事例であるところ、本件は車両内の運転者についての場合であるので検討するに、そもそも車両自体人目にさらされる道路上を通行するものであつてプライバシーが最大限に保護されなければならない住居などとは本質的に異なるものであること、車両はそれの持つ危険性故に、また、公道において車両を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、道路の安全を確保するため、合理的な限度で行われる交通法規等に基づく規制を受けることは避けられず、また、現実に交通事故が多発し、その原因の中で速度の出し過ぎの占める割合の多いことは公知の事実であつて、制限速度違反の取締が事故の防止に不可欠であることからすると、右の目的のため車両内の運転者のプライバシーといえども一定の制約に服するのはやむをえないものであること等を考え合わせると、少なくとも前記の歩行者について示された基準のもとに、外部から写真撮影をすることは許されるものと考えるのが相当である。

そして、本件オービスⅢは、ただ無差別に走行中の車両を撮影し、その中から違反車両を捜し出すというものではなく、現に制限速度に違反している車両のみを撮影するもので、しかも、司法警察員作成の昭和五八年一月二一日付捜査命令書によれば、本件オービスⅢは制限速度を三〇キロメートル毎時超過した九〇キロメートル毎時以上で走行中の車両を捕捉すべくセットされていたもので、その違反の程度の著じるしいもののみを対象としていたものであること、違反者の検挙のためには、違反運転者および違反車両の双方を特定しなければならず、このためには、運転者および車両の双方を撮影しなければないこと等からすれば、その必要性があり、また、現に違反をしているものが走行中の車両であることからすれば緊急性があること、本件オービスⅢの撮影は、前掲裁判所の検証調書、オービスⅢ取扱説明書によれば、何ら違反者に衝撃を与えたり、運転に支障をきたすようなものでないこと、がそれぞれ認められ、いずれも前記撮影の許される場合の基準に合致し、何ら憲法一三条、三五条に違反するものではない。

よつて撮影された写真を含む司法巡査作成の速度違反認知カード(センサ式)(但し、表面の「車両照会結果欄」以下および裏面の「違反者確認欄」を除く」)は刑事訴訟法三二一条三項書面として証拠能力を有するものである。

(法令の適用)〈省略〉

よつて、主文のとおり判決する。

(瀧川義道)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例