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大阪地方裁判所 昭和55年(わ)1966号 判決 1980年11月10日

主文

被告人を懲役三年に処する。

押収してあるあいくち一振(昭和五五年押第三二八号の一の(1))を没収する。

訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は暴力団酒梅組系田中組組長の舎弟であるが、かねてからの麻雀仲間である北牧敬康(当時四五年)が暴力団山口組系北山組内殿組組員の関東孝一と麻雀をしていたのに両名とも口裏を合わせてこれを内密にしていたことを知つて腹を立て、右両名を糾弾し謝罪させようと企て、刃渡約17.5センチメートルのあいくち一振(昭和五五年押第三二八号の一の(1)但し、公訴事実に「約17.4センチメートル」とあるは誤記と認める)を携行したうえ、昭和五五年三月一一日午後一〇時ころ、枚方市招提元町一丁目四番一六号喫茶店「潤」前路上に右両名を呼び出し、同所において、右関東に対し、「お前、この前電話した時麻雀しとつたやないか。俺を馬鹿にしやがつて。」、「お前ら俺のことを笑うとつたんやろ。汚ないことしやがつて。」などと怒鳴りつけた際、横にいた右北牧から関東にくみするように「ナーちやん、やめときいな。」と言われたので、更に右北牧に対し、「何ぬかしてるんや。お前らのことで来たんや。なめとつたらあかんぞ。」と怒鳴りつけるなり腹に差していた前記あいくちの鞘を払つて、右手で順手に持ちその峰を同人の左頬に二回程当てて脅したところ、同人が一瞬驚がくのあまり黙つたまま立ちすくんでいるのをみて、なお謝罪する態度を示さないものと即断して激こうし、同人が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら、あえて、「おつちやんいいかげんにせいよ。今まで俺と関東とどつちがつきあい長いんや。」と申し向けつつ、前記あいくちで同人の左脇腹を一回突き刺したが、右北牧に入院加療約二週間を要する腹部刺傷による左腎損傷及び下行結腸損傷の傷害を負わせたにとどまり、致命傷とならなかつたため同人を死亡させるに至らなかつたものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述

一、第一回公判調書中の被告人の供述部分

一、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書

一、証人福田紀子の当公判廷における供述

一、第三回公判調書中の証人関東孝一の供述部分

一、第四回公判調書中の証人北牧敬康の供述部分

一、北牧敬康及び関東孝一の検察官に対する各供述調書

一、北牧敬康(二通)及び福田紀子(二通)の司法警察員に対する各供述調書一、関東孝一の司法巡査に対する各供述調書(二通)

一、司法警察員作成の実況見分調書(二通)

一、司法警察員作成の昭和五五年四月二三日付(検察官請求証拠等関係カード2番)、同月二四日付及び同月二九日付各写真撮影報告書

一、医師大橋教良作成の診断書

一、検察官山本恒己作成の電話聴取書(添付の人体図を含む)

一、押収してあるあいくち一振(昭和五五年押第三二八号の一の(1))

なお、本件犯行につき、検察官は被告人には殺人の確定的故意があつたと主張し、弁護人は被告人には殺人の故意はなく暴行の故意があつたにすぎないから傷害罪が成立するにとどまると主張し、被告人は当公判廷において被害者の左脇腹に本件あいくちを突きつけただけで突き刺す意思もなかつた旨弁解しているので、右の点について判断するに、前掲各証拠によつて認められる本件犯行の動機、態様、兇器の形状、傷害の部位、程度、ことに被告人は、関東とは二年位前から麻雀をするようになつた比較的短い期間の友人であるのに、北牧とは古くから頻繁に賭麻雀をして来た親しい間柄であつたものであり、本件発生の二〇日位前に被告人が関東方に電話をして同人に麻雀を誘つた際同人方で北牧も交つて麻雀をしていたのに拘らず電話口でこれを隠していた事実があり、本件発生当日その事実を知つた被告人にとつては電話口でうそを言つていた関東だけにとどまらず、前記のような間柄の北牧までもその事実を隠していたことについて同人に対し強く立腹していたことは明らかであること、それが故に本件発生当時北牧と関東の両名を呼び出し、右の事実について追及しようとしたものであるところ、判示のとおり北牧までが関東に味方するような言動に出たうえ携行していたあいくちで同人の左頬をたたいて脅したのに同人が謝罪するような言動に出なかつたため激こうするに至つたもので本件犯行に及ぶ動機が十分存在すること、本件兇器は刃先のとがつた刃渡約17.5センチメートルの鋭利なあいくちで、被告人はこれを右手に握り五〇ないし六〇センチメートルの至近距離で向い合つていた被害者の左脇腹を突き刺していること、被害者の左側腹部の刺創は当時同人が着用していたブレザー、トックリセーター、腹巻及びシャツを突き抜けた上で、深さ約一〇センチメートルの腹腔内に達し、かつ、右刺創により、被害者の腎臓と腸が切れ、右刺創がもう数センチ深ければ被害者の生命に危険が生じたというのであり、被告人が単に脅すだけではなく、力を入れて突き刺したものであることが明らかであること、被告人は被害者を一回刺したのち関東から両手をつかまれ制止されたのであるが、その際には更に突き刺そうとするような態度には出ていなかつたこと(以上の認定に反する被告人の当公判廷における供述部分は措信できない。)の各事実に徴すると本件において被告人に確定殺意のあつたことを認めることは困難であるけれども、被告人が自らの行為により被害者を死亡させるに至る可能性を認識し、かつ右結果を認容していた、すなわち、被告人には、未必的殺意があつたと認めるのが相当である。

ところで関係証拠によれば、被告人は、本件犯行後直ちに逃走せず関東から制止されたのち「車に乗つて話をしようや。」といわれてそれに従い同人と共に、自己の自動車に乗つて、現場付近を走行しながら、右車中で、同人との間で前記の麻雀の件に決着をつけた後、再び現場付近に戻つて来た事情のあることが認められるけれども、右証拠によれば更に、右現場付近には関東が乗つて来ていた車が置かれていて同人を同所に送り届ける必要があつたと認められるうえ、本件犯行直後、被害者は、前に倒れることもなくその場に立つており、「痛い。」とか「やられた。」とか何とも言わないばかりか、そのまま歩いてその場を立ち去り、被告人もその状況を目撃していた事実のあることが認められるのであつて、右の証拠関係に照らせば、被告人自身が検察官に対する供述調書において「(被害者は)何ともなかつたのかと何かキツネにつままれた感じでした。」と供述しているように被害者の予期しない行動からさしたる傷害を負わせていないものと錯覚していた事情があつて再び現場に立ち戻るような行動に出たものと解され、しかも証拠上明らかな被告人のその後の行動(すなわち、現場付近で関東を下車させた際パトカーが来ているのを見てそのまま帰宅し、妻に「これをうめとけ、いてもうた。」といつて本件あいくちを隠匿させた事実のあること(この点について証人福田紀子及び被告人は当公判廷において捜査官に対する供述を翻し、帰宅した際に本件あいくちで怪我をさせたという相手方は関東のことである旨供述しているが、右供述部分は措信できない。)に徴しても未必的殺意を否定するに足りる程の事情とはなりえない。

以上の理由により検察官及び弁護人の前記主張は理由がない。

(法令の適用)<省略>

(情状について)<省略>

本件犯行は、判示のようにささいな事情から鋭利なあいくちで被害者の左脇腹を一突きし、被害者に一時は生命の危険を生ぜしめたほどの傷害を負わせた事案であり、その態様は危険、かつ悪質であり、生じた結果も重大であつて人命軽視もはなはだしい犯行といわなければならず、被告人が被害者に対し、金五〇万円を治療代及び慰藉料として支払い、被害者も宥恕の意思を表明していること、被告人には前科として罰金刑が一回あるだけであること、被告人が家族七人の生計を維持していかねばならぬ立場にあることなど、被告人に有利な事情を十分考慮しても、とうてい刑の執行を猶予すべき事案とは考えられない。

よつて、主文のとおり判決する。

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