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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)4953号 判決 1980年11月18日

原告 森岡利晴

右訴訟代理人弁護士 大川真郎

同 宮地光子

被告 弓場治

被告 弓場保

右訴訟代理人弁護士 岸本五兵衛

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

1.被告らは、原告に対し、各自八一〇万五六五〇円及びうち一七八万四四〇〇円に対する昭和五四年一月二六日より、うち二一六万一二五〇円に対する同年二月二六日より、うち二四二万六〇〇〇円に対する同年三月二六日より、うち一七三万四〇〇〇円に対する同年四月二六日より、各支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2.訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告

主文同旨の判決を求める。

第二、当事者の主張

一、請求の趣旨

1.原告は、土木建築業者であるが、昭和五三年一二月、土木建築業者の訴外株式会社瀧工務店(以下、単に「訴外会社」という。)との間で、訴外会社が請負った関目小学校給食室、プールの脱衣室の各改造工事ほか三か所の土木建築工事につき次のような常用の下請工事契約を締結した。

(一)原告はその使用する従業員等を訴外会社の工事現場に派遣して工事に従事させることとし、訴外会社は、一名につき一日九〇〇〇円、残業一時間二〇〇〇円の割合による日当を、左官の場合は一日二万五〇〇〇円の割合による日当をそれぞれ支払う。

(二)原告はその所有する車輛を訴外会社の工事現場の廃棄物の処理等のために使用させることとし、訴外会社は、四トンダンプカーが工事の廃棄物を捨てる場合は一往復につき一万八〇〇〇円(昭和五四年二月二六日からは二万円に増額)の、四トンダンプカー一台を訴外会社に使用させる場合は一日一万八〇〇〇円(特殊スレートガラは一台につき二万五〇〇〇円、特殊ビニールガラは一台につき三万五〇〇〇円)の、二トンダンプカー一台では一日一万五〇〇〇円の、ミニユンボ、コンプレッサー二台分は各一日一万五〇〇〇円の、プレートは一日五〇〇〇円の各使用料を支払う。

(三)原告の要した諸経費は別途訴外会社が支払う。

2.原告は、右契約に基づき、昭和五四年四月二五日まで別表記載のとおり従業員を訴外会社の工事現場に派遣し、また、その所有する車輛を訴外会社に使用させた。したがって、原告は訴外会社に対し右代金合計八一〇万五六五〇円の債権を有する。

3.被告弓場治は訴外会社の代表取締役、被告弓場保は昭和五三年九月から昭和五四年四月一八日まで訴外会社の取締役であった。被告両名は、昭和五三年一二月ころには訴外会社の経営が悪化し、債務超過で資産にみるべきものがなく、支払停止直前の窮迫した状態にあったのであるから、原告との間の本件常用契約を締結すべきではなく、また、締結後は原告の損害を最小限にとどめるように解約の手段をとるべきであったのに、訴外会社が倒産して原告に対する支払ができなくなることを知りながら、あえて右契約を締結し、また、締結後も解約をすることなく原告に従業員やダンプカーを工事現場に派遣させ続けたものである。

仮りに被告弓場保が原告との間の取引に一切関係しなかったとしても、株式会社の取締役会は会社の業務執行を監視する地位にあるから、取締役会を構成する取締役は、代表取締役の業務執行一般につき監視し、必要があれば取締役会を自ら招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じて業務執行が適正に行なわれるように監視する義務があるのに、同被告はこの義務を尽くさず被告弓場治が原告と本件常用契約を締結し、また、これを解約しないままでいるのを放置した。

被告両名のこのような行為は、代表取締役又は取締役としての善管注意義務又は忠実義務に違反し、悪意又は重大な過失によりその任務を懈怠したものであって、その結果、原告は前記のとおり従業員を派遣し、ダンプカー等の車輛を使用させたのに、昭和五四年五月三一日に訴外会社が倒産したことによってその代金の支払を受けることができず、右代金八一〇万五六五〇円相当の損害を被った。したがって、被告両名は、商法二六六条ノ三に基づき、原告に対し、連帯して右八一〇万五六五〇円の損害賠償金を支払わなければならない。

4.昭和五三年九月当時、訴外会社の代表取締役は被告弓場治、取締役は被告弓場保、監査役は被告弓場治の妻滝子及び弓場康であり、役員のほとんどは被告らの同族で占められ、ただ一人の他人である取締役の長束実は従業員で名目的な取締役にすぎなかった。そして被告弓場保が訴外会社の取締役に就任した昭和五三年九月以降は、同被告が実質上の経営者となり、会社運営の一切の権限は同被告が事実上専行してきたものであって、訴外会社の実態は昭和五三年九月から昭和五四年四月までは同被告個人のものであり、その法人格は形骸にすぎない。したがって、原告は、訴外会社の法人格を否認して、被告弓場保に対し本件常用契約代金の支払を求める。

二、請求の原因に対する被告弓場保の認否

1.請求原因1、2の事実は知らない。

2.同3、4の事実のうち、被告弓場保が昭和五三年九月七日から昭和五四年四月一八日までの間訴外会社の取締役であったことは認めるが、その余を否認する。

被告弓場保は、経理担当の取締役として訴外会社に入ったもので、工事契約については全くたずさわっていない。原告との契約は同被告のあずかり知らないところである。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、原告本人尋問の結果により各成立の認められる甲第一ないし第一〇号証に右原告本人尋問の結果及び被告弓場保本人尋問の結果を総合すると、請求原因1の事実及び原告が訴外会社との間で締結した本件常用契約に基づいて昭和五三年一二月から昭和五四年四月一六日までの間、別表記載のとおりの人夫、左官などの従業員等を訴外会社の工事現場に派遣し、また、その所有するダンプカーなどの車輛を訴外会社に使用させたこと、その代金の合計が八一〇万五二五〇円(原告主張の八一〇万五六五〇円は違算と認められる。)であること、訴外会社は右代金支払のために、満期を四か月ないし五か月先とする約束手形を原告に宛て振出していたが、昭和五四年五月三一日及び同年六月の二回にわたり手形の不渡を出して倒産するに至り、そのため原告は訴外会社に対する右代金債権を回収することが不可能となって同額の損害を被ったことがそれぞれ認められ右認定に反する証拠はない。

二、そこで、訴外会社が原告との間で本件契約を締結し原告にその履行をさせたことにより原告が被った前記損害について、被告らが訴外会社の代表取締役又は取締役として商法二六六条ノ三に基づく責任を負担するか否かにつき判断する。

被告弓場保が昭和五三年九月七日から昭和五四年四月一八日まで訴外会社の取締役であったことは当事者間に争いがなく、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一一ないし第一七号証、証人長束実の証言(後記措信できない部分を除く。)、原告本人尋問の結果(後記措信できない部分を除く。)及び被告弓場保本人尋問の結果を総合すると、(1)訴外会社は、被告弓場治が個人で営んでいた土木建築請負業を法人組織にするために、昭和五〇年一二月八日、資本金一〇〇〇万円で設立された株式会社であり、同被告が個人で所有する大阪市城東区新喜多東二丁目二五番二地上の建物を賃借して本店事務所とし、同被告が代表取締役として経営の実権を掌握し、自ら工事の受注や下請業者との契約の締結、金融取引等の対外的業務を行い、従業員五、六人を使用して建築請負業を営んでいたこと、(2)訴外会社の収支は、昭和五三年の中ころまでは順調に推移していたが、同年下半期以降は債務経過の状態に加えて資金繰りが苦しくなり、下請に対する支払も従来の現金八割、手形二割の比率を手形五割から七割に増加し、倒産直前にはすべて手形をもって支払われるようになり、昭和五四年四月二五日には債権者集会が開かれ、訴外会社は、その席上債権者に対して手形の期日延期を依頼して一時その急場をしのいだものの前記のとおり同年五月三一日遂に第一回目の不渡手形を出し、次いで六月には第二回目の不渡手形を出して倒産するに至ったこと、(3)被告弓場保は、被告弓場治の実兄で、南都銀行に勤めていたが昭和五三年八月天理支店長を最後に同銀行を退職し、被告弓場治から依頼され同年九月経理担当の取締役として訴外会社に入社したこと、その職務は被告弓場治と協議のうえ訴外会社の手形を振出すほか経理全般を掌握してその処理にあたることにあって、工事の受注、下請業者との契約の締結などはその契約条件の決定をも含めてすべて代表取締役である被告弓場治の専行するところであり、原告との本件常用契約も同被告が締結したこと、(4)訴外会社は、その資金繰りが苦しくなるにともない受注工事も安く請負うようになり、そのためいきおい下請業者との契約においても下請代金は安くせざるをえなかったことを認めることができる。

以上の認定事実によれば、被告弓場治が訴外会社の代表取締役として原告との間において本件常用契約を締結し、原告が右契約に基づいて訴外会社の工事現場に従業員を派遣し、車輛等を使用させた昭和五三年一二月ないし同五四年四月一六日当時、訴外会社は、既に債務超過の状態にあったばかりではなく資金繰りにも相当苦しんでいたことが推認されるが、なお、本件関目現場、毛馬町現場、鴫野スナック現場等において受注工事を施行し、昭和五四年五月末ころまではその営業活動を継続していたものである。したがって、右受注工事遂行のために原告と本件常用契約を締結しその履行をさせたことが、取締役としての訴外会社に対する悪意又は重大な過失による任務懈怠にあたるといいうるためには、原告に対する代金支払の可能性もその意思もないのに原告を欺罔して契約を締結してその履行をさせる等違法な手段を用いた場合であるか、又は、工事を継続しても明らかに会社の損失を増大させるだけであるのにその続行のために本件常用契約を締結する等企業経営につき通常の能力を有する経営者の立場からみて明らかに不合理と認められる場合でなければならないと解されるところ、このような事情にあったことを認めるに足りる証拠はなく、したがって、被告弓場治の右行為が訴外会社に対する悪意又は重大な過失による任務懈怠にあたるとは断ずることができず、同被告に商法二六六条ノ三に基づく責任を負わすことはできない。右認定と齟齬する証人長束実の証言、原告本人尋問の結果の各一部は被告弓場保本人尋問の結果に照らし直ちには信用することができない。

また、以上のとおり、原告が本件常用契約を締結しこれを履行したことにより被った損害につき、直接業務を担当した被告弓場治に悪意又は重大な過失による任務懈怠の責任を問うことができない以上、直接業務を担当しなかった被告弓場保の監視義務懈怠と右原告の損害との間には相当因果関係を欠くものといわなければならず、したがって、その余について判断するまでもなく、被告弓場保も原告に対し、商法二六六条ノ三に基づく損害賠償の義務を負うものではない。

三、次に、訴外会社の実態は昭和五三年九月から昭和五四年四月までは被告弓場保の個人企業であり、その法人格は形骸にすぎないから、法人格否認の法理により、同被告は本件常用契約代金支払の責任を有するとの原告主張について判断する。

訴外会社設立の経緯及び被告弓場保が訴外会社に経理担当の取締役として入社した事情については、前記二の(1)、(3)に認定したとおりであるほか、前掲甲第一七号証、証人長束実の証言、被告弓場保本人尋問の結果によると、昭和五三年九月七日以降、訴外会社の取締役は、被告両名以外には従業員の長束実が名目上の取締役として就任していただけであり、監査役は被告弓場治の妻の滝子であったが、昭和五四年一月一九日に滝子が監査役を辞任して取締役となり、被告らの兄弟の弓場康が滝子に替って監査役に就任したこと、被告両名以外の役員は訴外会社の経営にはまったく関与しておらず、前記のとおり、工事契約の受注、下請業者との契約等工事関係は代表取締役の被告弓場治が専行し、経理関係は被告弓場保が分担し、手形の振出を含む資金関係は被告両名が協議のうえ行っていたこと、取締役会が現実に開催されたことはないことがそれぞれ認められる。しかし、他方、右証言及び本人尋問の結果によれば、被告弓場保は訴外会社から毎月二五万円(昭和五四年一月からは二〇万円)の役員報酬を支払われている以外には特別の財産的利益を受けておらず、訴外会社に対して融資をしている債権者の立場にこそあれ、同被告と訴外会社との間の財産関係が一体となり不分明であることを窺わせるような事実はないことが認められるのであって、以上のような事実関係からは原告主張のように訴外会社の実態が同被告の個人企業であるとは到底断ずることができないし、他に右原告主張事実を認定させるに足りる証拠はない。

したがって、原告の法人格否認の法理の適用を求める主張は理由を欠き採用することができない。

四、以上のとおりであるから、原告の本訴請求は失当としていずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 東條敬)

<以下省略>

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