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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)49号 判決 1979年3月29日

原告

非破壊検査株式会社

右代表者

宮澤定雄

右訴訟代理人

中務嗣治郎

外五名

被告

国鉄労働組合

右代表者

村上義光

右訴訟代理人

小林勤武

外三名

被告

国鉄動力車労働組合

右代表者

林大鳳

右訴訟代理人

上坂明

外四名

主文

一  原告の被告らに対する請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  原告

1  被告らは原告に対し、連帯して金四万七一九〇円及びこれに対する昭和五〇年一二月二七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告ら

1  主文と同旨。

第二  主張

一  請求の原因

1  原告は、放射線同位元素による非破壊検査業務を目的とする株式会社であり、被告国鉄労働組合(以下、被告国労という。)及び被告国鉄動力車労働組合(以下、被告動労という。)は、いずれも日本国有鉄道(以下、国鉄という。)の職員によつて組織される労働組合である。

2(一)  被告両組合は、昭和五〇年一一月二六日から一二月三日までの間、「スト権奪還スト」と称して国鉄に対し全面ストライキを実施し(以下、本件ストライキという。)、右期間中国鉄の乗車券の発売を含む鉄道運送業務、連絡船業務、自動車運送業務をすべて停止させた。

(二)  原告会社では、本社において一か月に三回、関東営業所(東京都中央区所在)及び西部営業所(福岡県北九州市所在)からそれぞれ責任者を集合させて定例会議を開くこととしており、その際、右各営業所から大阪市までの交通機関として常に新幹線を使用することが慣行となり、又原告会社における出張は、緊急を要する例外的場合を除きほとんどの場合新幹線を使用していた。

原告会社定例営業会議は、昭和五〇年一二月一日開催されたが、原告会社代表者代表取締役宮澤定雄、同常務取締役大和久達、同関東営業所長土谷英雄は右関東営業所から来阪するにつき、原告会社西部営業所長畑中欣也は右西部営業所から来阪するにつき、いずれも本件ストライキのため切符の販売が中止され旅客運送契約の申込みができず、もつて右契約の締結をすることができなかつたので新幹線を使用することができず、やむなく航空機を利用せざるを得なかつた。

又、原告会社営業本部長小幡正男は、同年一一月二六日業務出張のため大阪から上京する予定であつたが、本件ストライキのため右同様に新幹線を使用できないので同月二五日に上京し、かつ同月二六日帰阪の予定であつたが本件ストライキのため帰阪できず、翌二七日の航空機を使用して帰阪のやむなきに至つた。

3  原告は、国鉄に対し運送の申込をすればいつにても運送契約が締結される旨の運送契約承諾請求権成立に関する期待権(以下、運送承諾期待権という。)を含む国鉄の現在営業権を法令及び国鉄の定める諸規定の定めに従つて自由に利用できる利益(以下、以上を併せて国鉄利用権という。)を有するところ、被告らは、本件ストライキという違法な行為を行なうことによつて国鉄を直接・間接に利用する全国民に対し損害を与えることを容認し、又はこれを与えることもやむなしとし、その結果、原告の有する運送承諾期待権を侵害した。すなわち、

(一) 本件ストライキの違法性について

(1) 公共企業体等労働関係法(以下、公労法という。)一七条一項は、公共企業体の職員及び労働組合が公共企業体等に対して同盟罷業、怠業その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることを禁止しているところ、被告らの行なつた本件ストライキは同法条項に違反する違法なものである。

(2) 本件ストライキは、政治ストであり違法である。

政治スト、すなわち立法の改廃その他政治的事項を目的とし政府、国会等の国家機関を相手方とするストライキは、憲法二八条等によつて保障された争議行為には属さず政治行動として評価すべきものである。そして、政治活動の自由は、憲法一条(国民主権)、同四一条以下(議会制民主主義)及び同二一条一項(表現の自由)の各条規を総合することによつて国民に保障されているものと解されるのであるが、政治行動は対社会的行動であるため他の国民の各種人権と真向から衝突し、常にその間の調節を必要とするものであるところ、被告らの行なつた本件ストライキは、本来立法府たる国会の専権事項である公労法一七条の争議行為禁止条項を廃止させることを目的とした政治ストであり、かつ全国の輸送機能を全面的に麻痺させ国民生活に多大の障害を与えると共に国民経済に尽大な打撃を与えているのである。従つて、被告らに右のような手段による政治行動を許容することは、被告らに他に比類なき政治的特権を与え、他の国民に対する関係において重大な政治的差別を惹起することとなるので、右のような政治行動は憲法一四条に違反し全く許されない違法な行為である。

(3) さらに、本件ストライキは、労使間の交渉と関連なく昭和五〇年九月初旬にその方針が決定され、以来政治日程に合わせて具体化され、一貫してスト権を獲得するまでストライキを貫徹するといういわゆるスケジユール・ストであつて、民主主義の支配する法治国家では到底容認できない違法な行為である。

(二) 原告の国鉄利用権の法的根拠等について

(1) 国鉄(鉄道)利用権は、憲法二二条(移転の自由)において認められると共に憲法二五条一項の保障する「健康で安全かつ快適な生活を営む権利」、すなわち生活権の一内容である。

近代憲法の発端が封建的な身分制度や土地経済からの解放と密接不可分な関係にあつたように、経済的・文化的交流は文明の発展にともない益々その重要性を増し、それ故、現在社会における通信、交通手段の円滑な機能に対する信頼が確保されることによつて人々の生活は有機的に営まれるのである。

国民は、いつでも国鉄を利用することができ、郵便を出せば必ず配達され、又いつでも電話をかけることができることによつてはじめて日常生活を円滑に営むことができる。換言すれば、国民は、交通、通信手段が保障されることによつてはじめて「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ことができるのである。例えば、寝たきり老人への電話の提供、老人の無料乗車券の提供、盲人用録音物の無料配達などの種々の施策は、憲法二五条の内容として実施されているのであり、これはまさに通信、交通の利用が国民生活の基盤となつており、「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ため必要不可欠な生活手段となつている証左であるということができ、又国又は地方公共団体が通信、交通手段の経営にあたつているのは、効率性の追求をある程度犠牲にしても、右手段を停廃することなく安全、確実に提供することが主権者たる国民の生活の保障となつている故であるということができる。

従つて、国民である原告が右のような交通手段である国鉄を利用することのできる利益は、単なる便益とのみいい得るに止まるものではなく、まさに「生活権」として憲法二五条一項によつて保障されたものなのである。

(2)(イ) 憲法二五条一項によつて保障された国鉄(鉄道)利用権は、実定法上次のように規定されている。すなわち、鉄道営業法六条一項を準用する同条二項において、鉄道は、同条一項各号に掲げる条件を具備するとき、旅客運送を拒絶することができない旨規定されている。右規定の立法趣旨は、現代の社会生活において、人間の生活領域が著しく拡大され輸送機関の重要性が急速に高められつつあることにともない、輸送機関の中枢的存在である鉄道が巨大化し、独占企業化するに至つたことに鑑み、鉄道に対し個々の旅客を運送するか否かについての自由選択権を与えたならば、その恣意的運用によつて国民の生活基盤が極めて不安定となり、鉄道の高度の公共性が致命的打撃を受けることとなるため、右規定によつて鉄道に対し法的規制を加え、鉄道の運送諾否に関する選択権を剥奪したのである。その結果、鉄道の公共的使命が全うされることとなると共に国民に対しては国鉄(鉄道)利用権が付与されたのである。

(ロ) 右のように一般的に規定された国鉄(鉄道)利用権の具体的内容は、鉄道の法的性格、輸送体系の中に占める比重、間題となる法的サンクシヨンの内容及び運送請求の際の具体的事情などを総合勘案し、個別的に判断すべきである。

国鉄は、日本国有鉄道法(以下、国鉄法という。)によつて設立された公法上の特許法人であり、その組織、運営は全面的に法的規制を受けると共に国の強力な監督下にある。その結果、国鉄は、国の一機関に近い法的性格を有することとなり、他の輸送機関に比し著しく公的性格か強められ、それ故、天災等の不可抗力による運転不能の場合及び総点検等の合理的理由に基づく運転休止の場合を除き運転を継続し、もつて国民の利用に供すべき義務を負うこととなつているのである。

さらに、国鉄の国内輸送体系中に占める比重は極めて高いことはいうまでもないところ、前記交通、運輸手段の「利用権」の憲法上の重要性を考え合わせるとき、国鉄は法的性格においても、国内輸送体系に占める比重においても著しく高い公共性を有するものということができる。

このように、国鉄が極めて高い公共性と独占企業たる性質を有し、かつ不特定多数人の利用するものであることを踏まえた上で鉄道営業法六条に基づく「国鉄利用権」を考えると、旅客となろうとする者(以下、旅客という。)は、鉄道営業法六条に基づき、国鉄に対し運送契約の申込をすることにより運送契約承諾請求権を取得し、又右申込をする以前においても国鉄に対し申込をすればいつにても運送契約が締結される旨の運送契約承諾請求権成立に関する期待権を有するものということができ、特に、旅客と国鉄間において、頻繁かつ定期的に運送契約が締結されているような事情があれば、右期待権は一層保護されなければならず、憲法二五条一項によつても保障されるものであることはいうまでもない。

(ハ) 原告は、国鉄との間で前記一2(二)記載のごとく定例会議に関しては定期的に、社員の出張に関しては不定期的に運送契約を締結していたのであるから、原告の有する運送承諾期待権の権利性は極めて高いのである。

(3) 仮に、右運送承諾期待権が法律上規定されていないとしても、原告の右期待権は、前記国鉄利用権の憲法上の意義及びその重要性を考慮するとき、紛れもなく法的な保護に値する利益というべきである。

以上のとおり、被告らは、本件ストライキを行なうことによつて原告の運送承諾期待権を侵害したのであるから、民法七一九条一項前段、七〇九条により原告の後記損害を賠償する責任を有する。<以下、事実省略>

理由

一原告の本訴請求は、要するに、被告らは公労法一七条違反等の違法なストライキを行ない新幹線の乗車券発売を含む国鉄の各種業務を停止させ、よつて原告会社社員らがその業務出張等のために新幹線を利用するための旅客運送契約の申込みをすることを不能に至らしめ、もつて原告の有する運送契約承諾請求権成立に関する期待権という国鉄利用権を侵害したため、原告は右社員らが新幹線に代えて航空機等を利用したことによる運賃差額等の損害を破つたので、被告らに対し、民法七一九条一項前段、七〇九条に基づき右損害の賠償を請求するというのである。

二ところで、一般に不法行為の成立要件としては、責任能力ある者の故意又は過失による行為があつたこと、他人に損害が生じたこと及び右の損害が法的保護に値する利益を違法に侵害したものであると評価されることを要するものとされるところ、被告らは、本件において、本件ストライキは違法と評価されるべきところがないこと及び原告主張にかかる国鉄利用権はいまだ法的保護に値する利益とはいい難いことを主たる争点として抗争する。

そこで、当裁判所は、本件ストライキの違法性の有無についての判断はさておき、まず、原告主張にかかる国鉄利用権、その中でも特に、原告が侵害されたという運送契約承諾請求権成立に関する期待権なるものが不法行為法による法的保護に値すると認められる利益といい得るかどうかについて検討することとする。

1  原告は、まず、国鉄利用権は憲法二二条(移転の自由)によつて認められると共に憲法二五条一項によつて「生活権」の一内容として保障されたものであると主張する。

しかしながら、憲法二二条の規定によつて保障される移転の自由は、住所又は居所を変更する自由だけでなく旅行の自由も含むと解されるが、旅行の一手段にすぎないと目される国鉄利用権などまでを含むものでないことは明らかである。よつて、原告の右主張は採用することができない。

又、憲法二五条一項の法意は、国家は国民一般に対して、概括的に、健康で文化的な最低限度の生活を営ませるようにすべき責務を負担し、これを国政上の任務とすべきであるとの趣旨であつて、この規定により、直接に個々の国民が具体的、現実的に右のような権利を有する旨定めたものではないのである。それ故、国鉄利用権が憲法二五条によつて保障されたものであるとする原告の立論も失当であるといわなければならない。

2  原告は、さらに、国鉄(鉄道)利用権は鉄道営業法六条の規定によつても認められ、特に国鉄の高度の公共性、独占企業たる性質及び不特定多数の人がひろく利用するものであることからすると、同法条に基づき運送契約承諾請求権成立に関する期待権までも認められると主張するが、この点についても以下の理由により採用することはできない。

(一)  鉄道営業法六条は、貨物及び旅客運送について、荷送人又は旅客が法令その他の鉄道運送に関する規定を遵守するとき、運送につき特別なる責務の条件を荷送人又は旅客より求めないとき、運送が法令の規定又は公の秩序若くは善良の風俗に反しないとき、荷物又は旅客が成規によりその線路における運送に適するとき、天災事変その他やむを得ざる事由に基因した運送上の支障がないとき、以上の条件を具備する場合においては鉄道は運送の申込に対しこれを拒絶することができない旨規定しているのであるが、これは、鉄道及び鉄道運送が強度の公共性を有することに鑑み、鉄道に対し、右条件を具備する運送の申込があるときは同法四条、五条、七条及び八条に定める場合を除いて運送を拒絶することの自由を許さず、運送を引受けるべき義務を課したものというべきであつて、これをもつて国民個々人に対し、直接、鉄道に対する運送に関する何らかの権利を賦与したものということができないことは明らかである。ただ、右規定が鉄道に対し右のような義務を課したことの結果として、運送の申込をした者は、右条件を具備し右例外的場合にあたるものでない限り、鉄道との間に運送契約を締結しその便益を受け得ることとなるにすぎないのである。

しかして、国鉄が日本国有鉄道法によつて設立された高度の公共性を有する輸送機関であり、又独占的企業たる性質を有すると共に不特定多数の人が利用するものであることは顕著な事実というべきではあるが、右のような国鉄の特性を考慮し鉄道営業法六条を合理的に解したとしても、運送の申込をした者が前記のような運送の便益を受け得ることを認められる以上に、これを越えて同法条に基づき運送の申込さえもしていない国民一般が原告主張のような運送契約承諾請求権成立に関する期待権を含め何らかの利益を保障されているものとは到底いうことができない。ただ、国民一般は、国鉄に対し通常の場合運送の申込をすることができるのであるが、これは単に国鉄をはじめとする運輸、輸送機関の設置された社会において生活するとき獲得し得る単なる社会生活上の地位にすぎず、これをもつて法的保護に値すると認められる利益ということはできない。

(二)  原告は、国鉄との間で定期的或いは不定期的に運送契約を締結していたのであるから原告の運送契約承諾請求権成立に関する期待権の権利性は極めて高いというが、原告主張のように憲法或いは鉄道営業法等に基づいた右期待権が認められないことは前記説示のとおりであり、原告の右主張はその前提を欠き理由がないところではあるが、ここでは原告が前記のような国鉄を利用し得る社会生活上の地位を有することを前提にして考察を加えるに、原告が右主張のように従前から国鉄との間で運送契約を締結し運送の便益を受けていたとしても、原告が国鉄との間で包括的かつ長期にわたる運送に関する何らかの契約を結んでいたという訳ではないのであるから、単に国鉄を便用する回数が多かつたかどうかによつて右にいう社会生活上の地位の性格が変更されるものではないといわなければならない。

(三)  さらに、原告は、国鉄利用権の憲法上の意義及びその重要性を考慮するとき、原告の運送承諾期待権は紛れもなく法的保護に値する利益というべきである旨主張するのであるが、国鉄利用権の憲法上の意義に関する原告の主張が失当であることは前記説示のとおりであり、又国鉄による輸送が重要性を有するとしても、いまだ原告主張の運送承諾期待権なるものが国民一般の有する社会生活上の地位にすぎないことからすると、右の事実をもつてしても法的保護に値すると認められる利益ということはできないのである。

3  以上述べたところから明らかなように、原告主張の国鉄に対する運送契約承諾請求権成立に関する期待権は、不法行為法による法的保護に値すると認められる利益ということはできないので、原告の被告らに対する本件ストライキによつて右期待権を侵害されたことを理由とする不法行為による損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(上田次郎 松山恒昭 上垣猛)

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