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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)1124号 判決 1977年2月25日

原告

大石孝雄

右法定代理人後見人

大石劉

右訴訟代理人弁護士

赤沢博之

外七名

被告

金子邦彦

右訴訟代理人弁護士

秋山光明

主文

被告は原告に対し、金六七三四万七六一七円と、うち金六三三四万七六一七円に対しては昭和四七年四月一三日から、うち金四〇〇万円に対しては昭和五二年二月二五日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  求める裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一億三〇〇〇万円とこれに対する昭和四七年四月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

一、請求原因

1  本件医療事故の発生及び経過

(一) 原告は、昭和四七年四月五日、就職のための健康診断と、その一日前からの全身倦怠感と口渇があつたのでその治療を兼ねて、広島市内で金子内科医院の名で病院を営む医師であつた被告のもとに赴き、外来治療を受け、ここに原被告間において、原告の症状に対し被告が善良なる管理者たる注意義務をもつて医療行為をするという準委任契約が締結された。

(二) その時、被告は、「全身倦怠感、口渇あり、なし」という原告の主訴及び尿中のブドウ糖の定性検査が陽性(一プラス)であつたことから、糖尿病と診断し、同月一四日に血糖検査をすることを約束したうえ、処方として強力な血糖降下剤であるデアメリンS二錠(一日)と消化酵素剤のタフマツクE三錠(一日)を各三日分与えた。

(三) 同月八日、原告は再び被告のもとを訪れ、口渇、肩痛を訴えたが、被告はそれ以上の問診、とりわけデアメリンSの効果についての問診を何らしないまま、前同様にデアメリンS二錠(一日)とタフマツクE三錠(一日)を各三日分与えた。

(四) 同月一一日、原告は三たび被告の診察を受け、肩痛を訴えたので、被告は鎖痛消炎剤のカシワドール静脈注射を行い、前同様にデアメリンSとタフマツクEを各三日分与えたが、デアメリンSによつて生じ得る低血糖症状の発現に何ら注意を払わず、そのための問診も全くしなかつた。

(五) 同月一二日午前一〇時頃、原告は広島市内の下宿先でデアメリンSによる低血糖発作を起し、昏睡状態に陥つているのを発見され、被告に連絡されたので、被告は原告のもとに住診した。その時原告は意識不明で口角泡を出し、脈搏六二、瞳孔散大の容態であつた。

被告は右容態について、てんかん発作か低血糖昏睡かの判断ができないまま、ロジノン(ブドウ糖)とビタカンフア(中枢神経興奮剤)の混合液及びてんかん治療薬であり中枢抑制剤であるフエノバールを注射したところ、一時覚醒した。そこで被告は、低血糖症状の再発を防止する何らの処置もせず、又下宿の管理人や同室の者に事後の看護上の注意をすることもなく、帰院した。

(六) 同月午後二時頃、原告は再びデアメリンSによる低血糖発作に見舞われ、昏睡状態に陥つた。被告はその旨連絡を受けたが、単に被告方の看護婦を差し向けただけであつた。右看護婦は、原告にロジノンとビタカンフアの注射をしたが、原告の意識は回復することなく、救急車で岩崎病院に運ばれ入院した。同病院で治療を受け、更に翌一三日午後七時三〇分頃、意識不明のまま県立広島病院に転医入院した。五月一〇日頃から意識回復しないまま、睡眠と覚醒のサイクルが現われ、六月中旬頃から体動活発となつたが、原告の家族の看病に困難をきたしたため、同年七月二九日岸和田市民病院に入院し、今日に至つている。

(七) 現在の症状は、言語障害、歩行不能、座位不能、額面に表情乏して、奇声を発し、歯ぎしりし、手足の盲目的な多動及び大小便の失禁があり、感情意志を示さず、知能は極度に低下した精神状態にあつて、失外套症候群との診断を受け、今後障害された脳が再び改善されて知能が回復して来る可能性はなく、廃人と化し、一生労働能力を喪失したままの状態である。

2  被告の責任

右病状の原因は、左記のような被告の医療上の過失によるものである。

(一) 糖尿病の治療に当つては、先ず患者が糖尿病であること及びその程度を正しく診断すべきである。その上で、治療は食事療法、運動療法を根本とし、それだけで十分でないものに血糖降下剤を併用すべきである。血糖降下剤の使用には低血糖の危険性があることは、本件事故以前から医師として基礎知識に属した。このことからも、右事項を守ることが大切である。

糖尿病の正しい診断のためには、口渇、多尿、多飲などの患者の症状と尿糖の存在によつて疑診し、糖尿病であること及びその程度を確診するためには、更に血糖検査をすることが不可欠である。

ところが、被告は血糖検査をしないまま、原告が重症の糖尿病でなかつたにもかかわらず、単に糖尿病と診断し、その程度を明らかにしないでいきなりデアメリンSを投与したのであつて、この点に被告の第一の基本的かつ致命的過失がある。

(二) 経口糖尿病剤はスルフオニール尿素剤とビグアナイド剤に分けられ、スルフオニール尿素剤の中にも作用の弱いものと強いものがあるが、デアメリンSはその作用の強いものに入る。そして、経口糖尿病剤の使用方法は、その危険性故にまず作用の弱いものから投与していくべきであり、作用の強いものを投与する場合でも少量から始めて増量するべきものである。またデアメリンSは低血糖症状を起す危険性があるのであるから、その使用に際し、患者に対して低血糖の起り得ること、及びその際自らなし得る処置を予め教育指導しておくべきものである。又、投与中も絶えず血糖値を測定し、かつ低血糖症状についての注意を払い、それに応じて使用量を減らすか、分服させるなどの措置を講じるべきものである。ところが、被告はデアメリンSの血糖降下作用についての認識が極めて乏しいままに、経口糖尿病剤のうちでも作用の強い部類に属する薬剤であるデアメリンSを、いきなり大量に投与し、しかもその後、四月八日と一一日に診断した際も、血糖値の測定も、又低血糖症状の兆候について問診もせず、従つて投与量を調節することもなく大量に投与し続けた。又、原告に対しても、低血糖の起り得ること及びその際自らなしうる処置について何ら教育指導をしなかつた。

以上、デアメリンSの投与方法についても過失があつたのである。

(三) 原告が昭和四七年四月一二日午前一〇時頃、低血糖症状を起し昏睡状態で発見され、被告が診察した際、被告はてんかんか低血糖昏睡のいずれかの疑いという診断をしただけであつて、低血糖によるものと正しく診断していない。デアメリンS投与により低血糖症状を起すことがあることは医師として基礎知識に属し、十分認識できるところであつたから、右昏睡状態が低血糖によるものとの正しい診断は十分可能だつた筈であり、右正しい診断に基き、ブドウ糖を多量に与えるなどの適切な処置が採られておれば、本件の悲惨な状態は避け得た筈である。従つて、被告において医師としての基礎知識を欠き、右正しい診断ができず、そのため適切な処置をとらなかつたことも大きな過失である。

(四) 原告は、右時点の昏睡状態から一時覚醒したのであるが、医師としては低血糖症状の原因が力価の強い経口剤の作用に基くものでは、一見症状の改善が見られても、数十分或は数時間後に低血糖の再発作が起る可能性が常にあるので、寛解後も家人の付添、医師の管理下におくなどの措置をとるべきであつたにもかかわらず、被告は再発作の起る可能性について全く認識がなかつたため、右のような適切な措置をとらず、本件結果を惹起させた。

以上のように、本件医療事故は被告の不法行為又は準委任契約上の債務不履行に基くものであるから、被告は原告の蒙つた後記損害を賠償する義務がある。

3  原告の蒙つた損害

(一) 逸失利益

(1) 満六〇歳に至るまでの

逸失利益  金八四一一万二〇〇〇円

原告は、本件医療過誤によつて一生労働能力を喪失した。昭和四七年四月一二日当時、原告は二三歳であり、広島大学教育学部四年に在学していたので、右過誤がなければ、昭和四八年三月に同学部を卒業したうえ、同年四月から少くとも公立の中小学校教員として稼働できた。

そこで、原告は公立学校教員に就職すれば、少くとも「大阪府の職員の給与に関する条例」別表ロ教育職給料表(二)に定める給与(毎年昇給しながら)と年間5.5か月分を下らない期末・勤勉手当の支給を昭和四八年四月一日から満六〇才に達するまでの三六年間にわたつて受けられた筈であつた。その昇給を加味した各年度毎の給与と期末・勤勉手当の数額は別表記載のとおりで合計すると金八四一一万二〇〇〇円となる。なお、地方公共団体の職員に対しては、毎年人事院勧告に準じて給与の引上げがされており、右引上げ率は年六パーセントを下回らないからその現価額を算出するに当つては、ホフマン式計算法による中間利息の控除をしない。従つて、右合計額が逸失利益現価額である。

控え目でみても左記のようになる。即ち、原告は昭和四八年賃金センサス第二巻二五六頁にある勤続年数〇年の新大卒の教育職員に対する月額給与六万三一〇〇円を同年四月から翌四九年三月まで、同年四月から翌五〇年三月までは昭和四九年賃金センサス第二巻三六〇頁にある勤続年数一年の新大卒の教育職員に対する月額給与九万三一〇〇円と右両年度について、それぞれ年間5.5か月分に相当する賞与などの特別給与を得られた。更に昭和五〇年四月から六〇才に達する昭和八四年三月までは昭和五〇年賃金センサス第二巻四〇二頁と四〇三頁にある年令区分と勤続年数の各区分に応じて定められている月額給与額と、これに対応する年間5.5か月分の賞与などの特別給与が毎年得られる筈であつた。これから昭和八四年三月までの各年度における給与の態様と数額、期末・勤勉手当の数額(昭和五一年四月以降については毎年度毎に複式ホフマン計算法で中間利息を控除する。)を算出すると、その昭和五一年三月三一日の現価合計は金七〇八五万五一二一円となる。

(2) 満六〇才以降の逸失利益

金六五三万四八〇〇円

原告は、満六〇才から稼働可能年数の範囲内である六七才まで就労し、これによつて少くとも昭和四九年賃金センサス第一表に定める男子六〇才の労働者が受給している給与・賞与などの支給を七年間受けられる筈であつた。その年毎ホフマン式計算法で中間利息を差引いた現価額は次式のとおり六五三万四八〇〇円である。

(10万3400円×12+29万円)×

(20.62−16.37)=653万4800円

(二) 慰藉料 金二〇〇〇万円

(1) 原告は、本件医療過誤により大脳皮質が冒され、廃人と化したまま回復の見込みも全くなく、昭和四七年四月一二日以来ベッドの下での生活を余儀なくされている。その日常生活実態は、人間らしさを奪われた姿と言うべく、正視できない程極めて悲惨であり、医療過誤の恐しさをまざまざと示している。即ち、

(イ) 原告は、ベツドに臥したままであり、自力で身体を起すことはできず、ベツドの上で絶えず手・足・頭はもちろん身体全体を無目的的に動かし、暴れてベツドの手すりや壁で頭を打ち付け自傷行為に及ぶ、従つて原告が怪我をしないよう絶えず付添人の監視が必要な状態である。

(ロ) 原告は昼夜を問わず、悲鳴をあげて大声で喚き、歯ぎしりを繰り返す。人や物に対しては目で追うことはあつても、それが何であるか認識できない。

(ハ) 食べ物かどうかの区別ができず、口元へ物を持つて行くと、タバコであつても何でも食べて嚥み込む。食べ物を物理的に食べられなくなるまで食べる。従つて絶えず付添人の看護と食事の世話が必要である。

排泄について、大便は自ら排泄しようとしないので、付添人が定時的に浣腸をして排泄させる。小便はたれ流しであるので、殆んど小便の都度衣服を濡らしている。

(2) 原告の家族は昭和四七年四月一二日以来五年近く、右状態の原告を交代で看護し、身のまわりの世話を続けて来た。これによる原告の家族の生活の破壊、肉体的精神的労苦は次に述べるように、原告の症状以上に極めて悲惨である。即ち、

(イ) 本件医療過誤の前、父大石剛は鉄工所に勤め、母大石ヒサと共に原告が一年後には大学を卒業して高校の教師となることを楽しみにしていた。弟大石哲夫は岸和田市役所に勤め、妹大石まり子は高校を卒業して銀行に勤め始めたばかりであり、大石剛、ヒサ夫婦は三人の子供を育てあげ、いよいよ子供から解放された老後の生活を迎えようとしていた。本件事故によりこの平穏な小市民生活は根底から覆され、全てを犠牲にして事故日である昭和四七年四月一二日から約三か月半は広島で、以後は岸和田で原告に付きつきりの看護をすることが目的の生活を強いられている。

(ロ) 原告の家族のうち、大石剛、母大石ヒサ、弟大石哲夫の三人が交代で昼夜二四時間中原告に付添い、右付添時間割に従つて三人の毎日のライフサイクルが定まつている。

(ハ) 看護の具体的内容は次のとおりである。

常に原告から目を離さず、原告がベツドから落ちたり、ベツドの手すりや壁に頭等を打ちつけて怪我をしないようにしなければならない。

食事は適量を原告の口元へ持つて行つて食べさせねばならない。

排泄について、大便は浣腸をして排泄させ、その後始末一切をし、小便はたれ流しである為、時機をみて陰部にビニールの袋をあてて受け、又漏らせばすぐに着替えさせねばならない。多い時には一日二〇回も小便のたれ流しで衣服の着替え、その洗濯が必要となり、高齢の母親にとつて重労働である。

風呂に入ることができない為、身体を拭き、その他身のまわりの世話全てをしなければならない。

(ニ) 以上の原告の看護のため、父大石剛は鉄工所を休職し、弟大石哲夫や妹まり子は勤務外の時間の殆んどを犠牲にして来た。団らん、憩は、原告の家庭からなくなり、家の中は真つ暗である。この状態はこれから限りなく続き、両親の心配は、原告をおいて先に死ねないことであり、原告の弟や妹の将来や結婚のこと、なのである。

(3) 以上の原告及び原告の家族の悲惨さと、これが原告の生涯続くことを考慮するなら、原告の蒙つた精神的損害額は決して金二〇〇〇万円を下ることはない。

(三) 付添看護料

金八八〇五万九九〇〇円

(二)に述べたように、原告の両親、弟妹は交代で原告に付添い、片時も目を放さず看護している。その付添看護はまさに肉親の情に支えられものであつて、金銭に換算評価するのも困難なのであるが、強いて額を算出すれば以下のようである。

通常の看護料は、一日昼間の八時間をあてるものとし、事理弁識能力のある通常人に対する一般的付添業務を内容とする場合に一日金六〇〇〇円程度である。原告に対する付添看護は一日に一人八時間として三人が必要なのであるから、右基準に照らせば、付添看護費用は一人分六〇〇〇円の三倍、金一万八〇〇〇円が必要となる。

右額及び、(二)に述べた付添看護の内容、更に父大石剛が、付添看護のためにそれまで勤務していた鉄工所の休職を余儀なくされたが、現在勤務しているとすれば、その月収は一五万五一五〇円となることをも合せ考慮すれば、少くとも一日当り金一万円を下まわらないことは明らかである。

従つて本件付添看護費現価額は次の計算式により金八八〇五万九九〇〇円で、これも原告の蒙つた損害とみられる。(一日金一万円、発証二四才、平均余命48.3才、ホフマン係数24.126)。

1万円×365日×24.126=8805万9900円

(四) 諸雑費

金四四〇万二九九五円

原告は事故後入院を続けているが、将来退院する見込みもない。入院中の必要経費は一日五〇〇円を下らない。従つて事故発生後平均余命までの48.3年間の入院中の諸雑費現価額は次のとおりで金四四〇万二九九五円となる。

500円×365日×24.126=440万2995円

(五) 治療費

金四三万六七四〇円

内訳

(1) 岩崎病院への支払

金三万四六五五円

(2) 県立広島病院への支払

金四〇万一五七五円

(3) 北野病院への支払

金五〇〇円

(六) 弁護士費用 金八〇〇万円

(七) 以上原告が本件医療過誤により蒙つた全損害は(一)ないし(六)の合計二億一一五四万六四三五円となる。

4  結論

よつて、原告は、本訴において被告に対し、右損害額の内金として一億三〇〇〇万円と、これに対する本件不法行為又は債務不履行日の翌日である昭和四七年四月一三日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1について。

(一) (一)のうち、当時被告が広島市内で金子医院の名で医院(病院ではない。)を営む医師であつたこと、昭和四七年四月五日、原告が被告のもとに赴いて外来治療を受けたことは認める。就職のための健康診断として受診したことは知らない。

(二) (二)のうち、原告が「全身倦怠感、口渇あり、なし」の症状を訴えたこと、その時被告が、尿中のブドウ糖の定性検査を行い、これが陽性であつたこと、被告が糖尿病と診断し、同月一四日に血糖検査をすることを約束したうえ、デアメリンS二錠とタフマツクE三錠各三日分を与えたことは認める。その余の事実は否認する。

(三) (三)のうち、同月八日、原告が再び被告のもとを訪れ、被告が前同様の薬を三日分投与したこと、(四)のうち、同月一一日、原告が被告の診断を受け、肩凝りを訴えたので被告がカシワドール注射を行い、前同様の薬を三日分与えたことは認める。

(四) (五)のうち下宿で、同月一二日午前一〇時頃、原告が広島市内の下宿で昏睡状態になつているのを発見され、被告に連絡されたので、被告が原告のもとに住診したこと、その時原告は意識不明で口角泡を出し(痙攣)、脈搏六二、瞳孔散大の容態であつたこと、被告がロジノン(二〇CC)プラスビタカンフアを注射し、更にフエノーシルバルビタールを注射(皮下)したこと、原告が一時覚醒したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(五) (六)のうち、被告が同日午後(二時三〇分頃である。)。原告の意識混濁があつたという連絡(電話)で、看護婦を差向けたこと、右看護婦がロジノンプラスビカタンフアの注射をしたこと、原告が覚醒しないので、救急車で岩崎病院に運ばれ入院したこと、翌日県立広島病院へ入院し、更に後大阪府岸和田市民病院へ転送され、今日に至つていることは認める。その余の事実は不知。

看護婦のした注射は被告の指示によるものであつた。

(六) (七)の事実は不知。

2  同2について。

(一) 冒頭の事実は否認する。

(二) (一)のうち、糖尿病の治療に当つては、患者が糖尿病であること及びその程度を正しく診断すべきこと、その上で、治療は食事・運動療法を根本とし、それだけで十分でないものに血糖降下剤を併用すべきこと、糖尿病の正しい診断には、尿糖の存在によつて疑診し、血糖検査をすることにより確診され、血糖検査が欠かせないこと、被告が血糖検査をしないまま、糖尿病と診断し、デアメリンSを投与したことは認めるが、その余は否認する。

本件において、右の点が被告の過失と結びつくものでないことは、被告の主張1に述べるとおりである。

(三) (二)のうち、デアメリンSが経口糖尿病剤のうちでも作用の強い部類に属する薬剤であること、その投与に当つては、まず作用の弱いものから投与し、少量から始めて増量すべきことは認め、その余の事実は否認する。

被告が投与した当時はこのような使用方法によるべきことは知られていなかつた。

(四) (三)のうち、原告が昭和四七年四月一二日午前一〇時頃昏睡状態で発見された際、被告がてんかんか低血糖昏睡かいずれかの疑いという診断をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(五) (四)のうち、原告が右時点の昏睡状態から一時覚醒したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(六) 後尾の事実は否認する。

3(一)  同3の事実は不知。

(二)  逸失利益について。

原告は、同人が六七才まで就労可能であつたとするが、人間の活動年令期は具体的場合において、原告の経歴、年令、職業、健康状態その他諸般の事情を考慮して定められるべきである。

原告は、一八才の頃学校医から尿糖を指摘され、糖尿病として一時開業医からインシユリン治療を受けたことがあり、更に原告の父親及び弟にも糖尿病があつて、原告の糖尿病は遺伝性のものと認められ、更に原告の現在の血糖値が正常より高値であることから、原告が糖尿病を有することは疑いがない。糖尿病になると、細小血管障害が起り、失明の危険があり、高血圧、心筋障害、腎障害、脳血管障害などの重大な危険があり、又細菌に対する抵抗力が低下して感染症にかかりやすくなり、神経痛や運動麻痺が起り、心筋梗塞、動脈硬化症、狭心症を起しやすく、糖尿病性白内障が起ることも稀ではない。以上、糖尿病は余病を併発する怖れが多分にある。従つて糖尿病を患つている原告を、通常の健康人と同じように就労可能であつたとするのは相当疑問があり、就労可能年数はより短いものと考えるべきである。

次に原告は、発症当時広島大学教育学部四回生であつたが、未だ教員として採用が決定されていたものでないから、教員の給料を基準として逸失利益を算定するのは合理的でない。

(三)  付添看護料、入院雑費の一時金賠償について。

原告は、付添看護費用及び入院諸雑費を、原告が平均余命を生存し得ることを前提とし、中間利息を控除して損害現価額を算入して一時払を求めている。この方法は一般に採用され、又平均余命表も、人間の死亡時期を予測する方法として通常それなりに合理的なものとして用いられている。しかし、本件原告のような植物性人間である最重篤の傷病人の余命を予測することは極めて困難であつて、正常の場合と同一に論ずることはできない。

一時金賠償は、損害額算定時に既に損害が現在のものとして把握できることを前提としている。従つて、現に発生した損害によつて将来予測される費用も損害額算定の資料とはなり得るが、その中でも将来の支出が確実でないものは、これを算定の資料とはしがたい。本件の付添看護費用は、将来予測される費用であるが、原告の余命を予測することが困難である以上、その全損害額を現在において把握することが困難であり、その損害の支払を一時金賠償として認めることは非常に不合理である。一時金賠償についての前提を欠くと言わねばならない。入院諸雑費についても同様である。

従つて一時払を求める原告の請求は妥当でなく、定期金給付の方式に止まるべきである。

(四)  損害の相当因果関係について。

(1) 本件で被告が用いたデアメリンSは、通常の糖尿病患者に対しては、仮に低血糖症状を起したとしても、比較的軽微なものに止まり、本件原告のように重篤な結果を招来することは極めて稀である。従つて、仮に被告に過失があつたとしても、その負担すべき損害賠償額の範囲は通常起ることが予想される低血糖症状に対する額に止められるべきであつて、それを超える予想外の結果に対しては、相当因果関係を欠くのもである。

(2) 又、そもそも医療事故は一般の不法行為又は債務不履行に比べて際立つた特色があつて、例えば交通事故とは本質において全く異なる。

まず、医療は常に危険を伴うということである。医師を訪れる人は殆ど全部が病人であり、極めて多くの人が医師の世話になりながら死んで行く。医師が十分に注意を払つても、なお患者が死亡し、又は病状が増悪することがたびたび起り得る。この点、一般の債務履行が危険を伴わないものであり、又交通事故も注意を十分にすれば事故を起さずに済むことと異なる。

次に、医師は患者との間に信頼関係を保ちつつ、患者の病気を直してやろうという善意のみをもつて医療行為をするが、その善意の行為が裏目に出た場合が医療事故であつて、加害者と被害者との間に全く信頼関係がない交通事故その他一般の不法行為とはその質を異にする。

更に、医師に無過失責任或はそれに近い責任を追究すると、医師側に医療萎縮を生じさせる。現にその傾向は現われている。

以上の諸点から、医療事故による損害については相当因果関係の範囲、特に慰藉料について、一般の不法行為或は債務不履行の場合に比べて大幅に制限して考えるべきである。

三、被告の主張

被告の診療行為には、以下に述べるように過失がなかつた。

1  原告が、被告の過失として主張する諸点を通じ、

(一) 被告は当時他にも薬を飲んでいたので、その薬との相乗作用によつて結果が惹起されたことが十分考えられる。

(二) 昭和四七年四月当時、経口糖尿病薬の危険性は、一部の糖尿病専門家が知つていただけで、被告などの一般の医師には知らされていなかつたし、知り得ない状況にあつた。

即ち、当時のデアメリンSの説明書には、「副作用はきわめて少く安全である」「長期の治療に便利である」とあつたほか、当時の文献にも利点のみが報告されていた。説明書に重篤又は遷延性の低血糖症についての注意書きが加えられたのは、本件事故後初めてなのである。雑誌、新聞の記載のうえでも、昭和四九年頃から漸く経口糖尿病薬の危険性が一般に唱えられ始めた。危険性についての調査結果が紹介されたのは、昭和四九年で、それ以前に公開しない申合せがあり、昭和四九年以前には厚生行政の指導もなかつた。現在でも、有力学者は経口血糖降下剤が安全かつ有効で、危険性はそれほどでないという意見を唱え、その使用量も年々増加しているのである。

2  原告主張の第一点について。

最初のデアメリンS投与に当り、被告は、原告が「全身倦怠感、口渇あり、なし」との症状を訴えたこと、尿糖検査を行つたところ、これが濃紫になる程陽性であつたことに加え、問診では原告が既住症に糖尿病があり、その時インシユリンを打つたことがあると原告が述べたことから糖尿病と診断したものであつて、右診断に疑問の余地はない。

血糖検査を行わなかつたのは、当日原告が食事をしていたため検査が不可能であつたからである。そして、被告はなるべく早い機会に糖負荷試験を行う旨を告げ、原告の都合を聞いて四月一四日に行う予定を立てた。

従つて、本件の場合、血糖検査をしなかつたことをもつて、被告が診断方法を誤つたとすることはできない。

又、患者が糖尿病であると判明した場合、直ちに経口糖尿病薬を投与することは、昭和四七年当時、多くの医師が行つていたもので、被告がデアメリンSを直ちに投与したからといつて、特に注意義務を怠つたことにならない。

3  原告主張の第二点について。

デアメリンSの具体的な投与方法についても、当時の説明書には、「一日二錠を朝食後一回服用し、服用開始三ないし五日後から患者の反応に応じて三ないし四日毎に一日半錠宛減量し、最少有効維持量(通常一日一錠)に至らしめる」とあり、被告のした処方はこの説明書のとおりであつた。当時これが危険であると知ることはできなかつた。

デアメリンSを投与した際の教育指導としては、被告は原告に対し、食事療法の重要性を説き、更に低血糖症が出た場合には「飴玉をなめろ」という指示を与えた。これは医師として通常の指示であつて、被告の教育指導にも怠りはなかつた。これに対し、原告は、以前インシユリンを注射したことがあると述べ、低血糖症状も知つていて、その処置も承知していた。

4  原告の主張の第三点について。

四月一二日、原告が昏睡状態で発見され、被告が住診した際、原告は口から泡を吹き、手足が痙攣していたため、被告はてんかんと低血糖の双方を疑つたもので、医師としての当然の診断である。又、被告は先ず低血糖を考えて、これによりロジノン二〇CCプラスビタカンフアを注射、フエノールバルビタール皮下注射をした結果、原告は間もなく意識恢復、痙攣消失したのである。

5  原告主張の第四点について。

原告が一時覚醒した際、被告は同室の学生及び寮の管理人に対し、又悪いようであればすぐ報せるように告げるという予防措置をとつたうえ帰院した。

四、被告の主張に対する認否及び反論

請求原因1、2に述べたほか、以下のように付加する。

1  被告の主張1(一)の事実は否認する。

本件事故当時以前から、血糖降下剤を使用する場合は低血糖症状について注意しなければならないこと、低血糖症状が重篤になれば非常に危険であることなど一般に医師の間では知られていた。

2  同2について。

原告がインシユリン療法をしたことがあるかどうかは疑わしいが、仮にあつたとしても、そのことをもつて原告が重症の糖尿病であつたと推測することはできない。インシユリン療法をする場合には、若年型糖尿病のようにインシユリン必須の場合、又肝臓、腎臓障害がある人の場合、薬剤によるアレルギーで皮疹等が出るので薬剤が使えない人の場合、血糖降下剤でもうまくコントロールできない症状の少し進んだ程度の人の場合などがあるからである。事実としては原告は重症の糖尿病ではなかつた。

3  同3について。

被告が説明書どおり処方したとの点は否認する。

被告は、自らその引用した説明書記載のように、患者の反応に応じて減量することもなく、患者の反応さえも見ておらず、慢然と一日二錠三日分を三回にわたつて原告に渡していた。

被告が原告に対して、低血糖症状が発現した場合、飴玉をしやぶるように指示したとの点は否認する。

被告は、低血糖症状に対する認識がきわめて乏しかつたから、そのような指示をしたとは考えられない。そのような指示を受けていれば、高度の教育水準の持主であつた原告は十分に理解でき、対処し得た筈だからである。

第三  証拠<略>

理由

(不法行為に基く請求について)

一本件医療事故の発生

次の事実は当事者間に争いがない。

原告は、昭和四七年四月五日、広島市内で金子医院の名で医院(但し、原告は病院と主張する。)を営む医師であつた被告のもとを訪れて外来診療を受けた。被告は、診療の結果糖尿病であると診断し、その治療薬としてデアメリンS二錠(一日)とタフマツクE三錠(一日)各三日分を与えた。

同月八日、原告は再び被告のもとを訪れ、右同様の薬各三日分の投与を受けた。更に同月一一日にも被告の診察を受け、前同様の薬三日分の投与を受けた。

同月一二日午前一〇時頃、原告は広島市内の下宿で昏睡状態になつているのを発見され、被告に連絡された。被告が往診したところ、原告は意識不明で口角泡を出し、脈搏六二、瞳孔散大の容態であつた。被告はロジノン二〇CCプラスビタカンフアを注射し、更にフエノバール(被告はフエノールバルビタールと主張する。)を注射したところ一時覚醒した。

同日午後、原告の意識混濁があつたという連絡があり、被告は看護婦を差向けた。右看護婦はロジノンプラスビタカンフアの注射をしたが、原告は覚醒しないので、救急車で岩崎病院に運ばれ入院した。原告は翌日県立広島病院に入院し、更に後大阪岸和田市民病院へ転送され、今日に至つている。

二デアメリンSの投与と、原告の昏睡及びその後の症状との因果関係

原本の存在及び<証拠>によると、被告の投与したデアメリンSは、強力な血糖降下作用を有する薬剤であるところ、原告は被告の指示に従つてデアメリンSを服用し、その結果この作用によつて重篤な低血糖症状の発現である前記昏睡状態に陥り、前記入院中も意識不明の状態が続く中で、遂に右低血糖状態を因として広範に大脳組織を破壊された結果、現在、失外套症候群といわれる症状を呈する重篤な障害者となつたことが認められる。

被告は、原告が当時被告の投与した薬剤以外の薬剤を服用していたので、その薬とデアメリンSとの相乗作用によつて結果が惹起されたと主張する。証人渡辺大規及び被告本人は、原告が昏睡状態に陥つた当時居住していた下宿の部屋には、被告の投与した薬剤以外の薬剤が存置されていた旨供述するが、右供述は証人岩坂義和の証言及び原告後見人尋問の結果に照らして措信し難く、他に原告が、当時被告が投与した薬剤以外の薬剤を使用していたことを認める証拠はないので、被告の前記主張は失当である。

他に前記認定を覆すに足りる証拠もない。

三本件医療事故の経過

<証拠>ならびに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

1  昭和四七年四月五日、原告は被告のもとを訪れ、被告医院の看護婦中本艶子に対し、糖尿病であるのでその治療をしてほしいと告げた。中本は、これに対し、被告からの包括的指示に基いて、原告について検尿(クリニステツクテスト)を行つたところ、尿糖が陽性(プラス一)の結果が出た。続いて原告は被告の診察を受けた。その際、原告は、自分は糖尿病であるが、広島大学の学生であつて就職試験を控えており、尿糖が出ないようにしてほしいと頼むとともに、被告の問診に答えて、自覚症状として口渇感と全身倦怠感を訴え、更に過去に糖尿病の治療としてインシユリン注射を受けたことがあると告げた。被告は、以上の問診結果と尿糖検査の結果とによつてて、血糖検査を行うことなく原告が重症の糖尿病であると診断した。そこで、被告は就職試験のためと自覚症状の軽減のために、直ちに経口糖尿病薬等を与えることとし、一日朝食後二錠ずつ服用すべき旨指示して血糖降下剤であるデアメリンSを、毎食後一錠を服用すべき旨指示して消化酵素剤であるタフマツクEを各三日分投与した。又、血糖検査は同月一四日に行うことを約束した。その際、投薬に伴う低血糖症状について、冷汗が出たときは飴玉をなめろ、との指示を与えた。

原告は、三日分の薬のなくなつた同月八日に再び被告医院を訪れ、口渇感と肩の痛みを訴えた。その時被告は、デアメリンSの効果ないし低血糖症状の有無については何ら問診をしないまま、五日の時と同様にデアメリンSを一日二錠、タフマツクEを毎食後一錠、各三日分の投与をした。

原告は更に三日後の一一日に被告方を訪れ、原告が肩の痛みを訴えるのに対し、鎖痛消炎剤であるカシワドールを注射したうえ、前同様にデアメリンSを一日二錠三日分、タフマツクEを毎食後一錠三日分投与した。

2  被告は、一一日下宿で目まい、ふらつき、冷汗といつた自覚症状を感じていたが、翌一二日午前九時頃、下宿のふとんの中に寝たまま突然口から泡を吹いたようになり、顔色も青く、意識を失うという昏睡状態に陥つた。同室に居住していた岩坂義和が、原告の様子に気付いて下宿の管理人に連絡し、管理人は被告に電話で連絡した。被告は午前一〇時頃原告のもとに駆けつけ、診察をした。被告が診察をしたとき、原告は意識不明であつて痙攣を起し、口角泡を出して顔色青ざめ、脈搏は一分間六二、瞳孔が散大するという症状であつた。被告はこれら症状をみ、又原告居室内にデアメリンSの薬袋を見つけて原告が服用していたことを確めたのち、てんかん発作か或は低血糖昏睡かいずれかの疑いと診断し、直ちにビタカンフア(強心剤)一CCとロジノン(ブドウ糖)二〇パーセント液二〇CC(これは、低血糖昏睡以外の救急の場合の措置と比べ、そう多量と言えない量である。)の混合液を注射し、覚醒に至らなかつたので、更にてんかんの治療薬であつて中枢神経抑制剤であるフエノバール二CCを注射した。すると、一〇分程して原告は少し目を開き、上体を起しかけた。しかし、被告が「大丈夫か。」と問うたのに対しては返事もせず、そのまま寝かせられた。被告はこれで覚醒したものであり、危険はなくなつたものと判断し、その場に居合わせた同室の岩坂義和や下宿の管理人に対して診断結果を告げたり、特に事後の処置について注意することもせずに午前一〇時三〇分頃部屋を出て帰院した。

3  被告が帰院後、原告はしばらく眠つていたが、午後になつて再び口から泡を吹き始めたので、同室の岩坂義和が下宿の管理人に知らせ、管理人は被告医院に連絡した。被告は医師会の看護学院の講義に出かけて不在だつたため、同医院の看護婦中本艶子が被告に電話連絡をとり、ビタカンフアとブドウ糖を注射するようにとの指示を受け、原告方に赴いて右指示に従つてビタカンフアを二ミリグラム、ブドウ糖を二〇CC注射した。原告が意識を回復しなかつたので、同看護婦は救急車を呼び、午後三時頃岩崎病院に入院させた。

4  同病院入院時の血糖値は一八ミリグラム・デシリツトルときわめて低く、全身が硬直し、死の切迫した危険な状態が続いたが、ブドウ糖の点滴、ソルコーテフの使用が間断なく続けられ、午後四時頃、血糖値四五ミリグラム・デシリツトル、午後八時頃に至つて血糖値はようやく九〇ミリグラム・デシリツトルにまで回復して来た。しかし、翌一三日に至つても原告はなお昏睡状態のままであつたので、グルカゴン二Aの注射が行われた。それでもなお血糖値は一日中九〇ミリグラム・デシリツトル前後で意識も回復しないため、一三日午後七時三〇分頃県立広島病院に転医入院させられた。入院時の血糖値は九〇ミリグラム・デシリツトルで昏睡状態であつた。同病院では入院当初、鼻腔栄養(一〇〇〇カロリー)、点滴静注(一日一五〇〇ミリリツトル)を繰り返し行うことによつて血糖値の上昇、意識回復に向けた処置が続けられた。しかし、意識不明の状態はその後数か月にわたつて長く続き、体動が現われ始めたのも五月に入つてからであつた。

被告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうして、右に認定した本件医療事故の経過のうち、被告の尿糖検査の結果がプラス一の陽性に過ぎなかつたこと、デアメリンS服用の結果、六日後に激烈な低血糖発作を起し、被告及び岩崎病院、県立広島病院でのブドウ糖注射によつても容易に低血糖状態が解消しなかったことと後記六1に認定する事実のうち、岸和田市民病院に入院後は、薬物療法、インシユリン療法を行わずに血糖値が空腹時で九〇ないし一三〇ミリグラム・デシリツトルの間にあり、尿糖は〇ないし軽度陽性にとどまつていること、以上の各事実及び証人大野穣一の証言によると、昭和四七年四月五日、原告が被告の診療を受けた当時、原告は糖尿病であつたとしても、軽度のものに止まつていたものと推認される。

被告は、原告が過去に糖尿病の治療としてインシユリンを打つたことがあると述べたことから糖尿病と診断したと主張する。

しかし、証人大野穣一の証言によると、以下の事実が認められる。

糖尿病におけるインシユリン療法は、食事療法、運動療法或は経口糖尿病剤療法で代謝状態が良くならない重症の場合のほか、患者に肝臓腎臓の障害があり、或は薬剤アレルギーのある場合には比較的適用となり、インシユリン必須型(若年型)糖尿病の場合には絶対的適用となる。従つて過去にインシユリン療法が行われていたとしても、そのことをもつて重症の糖尿病であつたと判断できない。

若年型糖尿病はインシユリンを分泌する膵臓ランゲルハンス氏島β細胞の機能が著しく低下し、インシユリンを分泌できなくなつているもので、経口糖尿病剤は無効の場合が多く、インシユリン療法の絶対的適用となる。しかし、若年型糖尿病にも、他の糖尿病(成人型糖尿病)に似て、経口糖尿病剤の有効なものもあり、典型的な若年型糖尿病にも一定の期間インシユリン分泌機能が復活している間欠期があり、右のような場合には、経口糖尿病剤の血糖降下作用が働く。従つて、軽口糖尿病剤によつて低血糖症状を起した者についても、過去に糖尿病があつた場合、これを若年型糖尿病でなかつたと推断することはできない。

以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、右認定事実によれば、原告が過去にインシユリンを打つたことがあつたとしても、それは、原告が被告の診断を受けた当時の原告の病状を推断する有力な根拠となり難く、前記原告の糖尿病の程度についての認定を左右するものでない。他に前記推認を覆すに足りる証拠もない。

四デアメリンSの危険性及び糖尿病診断治療の方法

<証拠>ならびに弁論の全趣旨によると以下の事実が認められる。

1  経口糖尿病剤は、昭和三〇年頃から使われ始めたもので、スルフオニール尿素剤とビグアナイド剤に分けられる。スルフオニール尿素剤は、膵臓ランゲルハンス氏島のβ細胞を刺激してインシユリンの分泌を促すなどの作用機序により血糖降下をもたらすことをもつて主作用とし、これによつて糖尿病的代謝状態を良くしようとするものである。従つて、食事の時間が不規則であつたり運動をし過ぎたりといつたことで主作用が効き過ぎ、低血糖を起すことがしばしばあり、時には死亡事故をも惹き起す。又、糖尿病でない者或は軽症の糖尿病の者の場合には、重症の糖尿病者の場合に比べ、もともと細胞がより健全であることから非常に低血糖状態に陥りやすく、しかもこれが強く現われやすい。デアメリンSは、昭和四〇年一一月一日から市販され始めたスルフオニール尿素剤の一種であり、デアメリンSの発売以前から広く使用されていたトルブタマイドというスルフオニール尿素剤の2.66倍の血糖降下能を有する強力な血糖降下剤である。昭和四七年四月当時の一般医師に配られるデアメリンSの説明書にも、同剤のより強力な血糖降下能および、前述の作用機序が明記されていた。

経口糖尿病剤が、その血糖降下作用によつて低血糖症状を起すことがあることは、昭和四〇年以前から各種医学雑誌などで指摘され、デアメリンSについてもその発売前に試用した学者等によつて低血糖症状がしばしば起つたことが報告され、右報告はデアメリンSを販売する際医師に手渡された文献集に登載されていた。又、経口糖尿病剤による重篤な低血糖事故例も、昭和四三年以前から雑誌などでしばしば報告されてきており、デアメリンSの試用結果について、昭和四三年にされた報告の中にも、死の転帰すらとり得る重篤な低血糖事故に対する注意が喚起されていた。このようなところから、昭和四七年当時には、経口糖尿病剤によつて、死亡にもつながるほどの重篤なものを含めた低血糖症状がしばしば起り得ることは、一般医師の間でもよく知られていた。

2  糖尿病について以下のことは昭和四七年以前から一般医師の間でも常識となつていた。

糖尿病は、インシユリンが絶対的或は相対的に不足することによつて起る代謝疾患であると同時に、全身の血管系を主として起つて来る全身疾患である。従つてその診断については、先ず口渇、多尿、多飲といつた自覚症状の存在及び尿糖の存在をもつて疑診とする。しかし、尿糖は腎性糖尿その他糖尿病でない場合にも現われることがあり、又、尿糖検査によつては糖尿病の重症度を明らかにすることはできない。従つて、糖尿病としての治療を施すに先立ち、糖尿病であることを確定するため、又その程度を明らかにするためには、血糖検査ならびに糖負荷試験が不可欠であり、これにより糖尿病かどうか、又その程度が初めて明らかにできる。これらにより、糖尿病であること及びその程度が正しく診断された後、これに基いて治療方法が選択される。治療方法には、食事療法、運動療法、経口糖尿病剤による薬物療法、インシユリン療法がある。治療は先ず食事療法、運動療法をもつて基本とし、これらをしばらく試みて経過を観察し、なお糖尿病的代謝状態が良くならない場合に食事療法、運動療法の補助剤として経口糖尿病剤の使用が考慮される。当初から薬物療法が行われる場合もあるが、それは血糖検査及び糖負荷試験を経て、食事、運動療法だけで十分コントロールできない重症の糖尿病であることが判明した場合に限つて適用になる。

3  一般に、経口糖尿病薬を服用してこれに対する低血糖が発現する時期は、大体一週間前後とされている。低血糖症状には、空腹感、脱力感があり、眠くなる、或は会話が少くなるなどの症状から、進んで冷汗や動悸が現われ、遂に昏睡に至るなど、その程度も様々な段階があるが、このような定型的な症状ばかりとは限らない。しかし、角砂糖をなめるか、或はブドウ糖の注射等によつて症状が持ち直すことがあり、この場合は低血糖症状であると言える。重い低血糖時には治療としてブドウ糖を多量に注入することが必要である。以上は昭和四七年当時の医師としての一般知識に属する。

又、当時の医学の教科書には以下のことが記載されていた。低血糖の治療としてブドウ糖を注入した場合、一旦持ち直しても注入されたブドウ糖によつて経口糖尿病剤により刺激され続けているβ細胞のインシユリン分泌が亢進され、数十分か数時間後に、前にも増して強い低血糖症状が発現する。従つて、最初のブドウ糖注入によつて持ち直してからも、引続き糖質を与え続け、又患者をその家族か或は医師の厳重な監視の下におくことが大切である。

右認定事実中、昭和四七年当時、一般医師の間にも経口糖尿病薬の危険性が知られていたかどうかについて、前掲乙第一・二・八号証及び証人青山賢固の証言によると、昭和四七年四月当時、製薬会社が作成し、医師に配つていたデアメリンSの能書(説明書)には、同剤について、「副作用がきわめて少く安全で、一日一回の服用でよい為長期の治療に便利である。」旨の記載がある一方低血糖症状についての記載がなかつたこと、昭和四七年一一月の改訂によつて、右能書中に、「低血糖をおこすおそれがあり」、又「まれに重篤又は遷延性の低血糖となることがある」旨の注意事項が加えられ、昭和五〇年七月の改訂によつて注意事項の表現が、「重篤かつ遷延性の低血糖症をおこすことがある」と改められたことが認められる。しかし、証人青山賢固の証言によると、能書に使用上の注意として記載する事項は、厚生省の指導によつて記載義務が生じた場合に記載することが多く、右能書に使用上の注意などとして記載されていないことでも、医学上或は診療上、一般医師が当然知つているべきことも多々あることが認められるので、右能書の記載は、その当否は別論として、前記1の認定を左右するものでない。次に前掲乙第三ないし第六号証によると、デアメリンSについての文献集登載の報告には、いずれもデアメリンSが、糖尿病治療について秀れた効果を有し、副作用が少い旨の記載がある。しかし、右各号証及び証人青山賢固の証言によると、右文献集は、デアメリンSを製造した会社及びこれを販売する会社の編集したものであつて、デアメリンSの販売促進のための宣伝的性格を持つた冊子であると認められるうえ、その中にも、デアメリンSの血糖降下作用が強力であること、少からぬ例に低血糖症状の発現がみられたこと(乙第三号証中の「新内服糖尿病薬デアメリンSの臨床使用経験」と題する報告は、三一例中四例に低血糖症状の発現があつた旨記している。)の各記載があるうえ、重篤な低血糖症状に対する警戒を呼びかけている報告(乙第五号証の「経口糖尿病薬Deamelin-Sの長期使用治療」)もあることが認められるので、右乙号各証によつても、前記1の認定を左右しない。

他に1ないし3の各認定を覆すに足りる証拠もない。

五そこで、三に認定した本件医療事故の経過と、四に認定したデアメリンSの性質及び、糖尿病診断治療の方法等についての事実に照らして、被告の診療につき責められるべき点があつたかどうかを考察する。

1 デアメリンSの投与について。

昭和四七年四月当時の一般医師の医療水準に則つて考えても以下のようなことが明らかである。

デアメリンSは血糖降下作用を主作用とし、これを投与した場合には、低血糖症状、特に重篤なものを起す危険性が多分にあり、糖尿病でない者或は軽症の糖尿病者には低血糖症状がより強く現われやすい。このような危険性に鑑み、又四2認定の糖尿病の治療原則に照らせば、デアメリンSの投与は、特に最初から投与する場合、食事療法、運動療法だけではコントロールできない重症の糖尿病である場合にのみ許されるものであつた。右のような場合でないのに投与を行い、その結果患者に障害を生じさせた場合は、その誤つた適用をしたことにつき医療者に過失があれば、投与をしたこと自体において責任を問われることを免れない。

本件では、原告が糖尿病であつたとしても、軽症の糖尿病に過ぎなかつたことは前述のとおりであるから、被告が他の療法を試みることなくいきなりデアメリンSを三回にわたつて投与したのはその適用を誤つたものである。

次に、糖尿病の診断に当つて、自覚症状の存在、尿糖検査が陽性であつたことだけでは糖尿病であるかどうかもわからずその程度もわからない。又、患者が過去にインシユリン注射を受けたことがあつても、それによつて必ずしも重症の糖尿病であつたと言えない。従つて、糖尿病かどうか及びその程度を確診するためには、血糖検査及び糖負荷試験が不可欠である。

ところが、本件で被告は、自覚症状、尿検査の結果ならびに、原告が過去にインシユリン注射を受けた事実だけをもつて原告が重症の糖尿病であると診断し、右診断に基きデアメリンSを三回にわたつて投与した。しかし、被告が血糖検査及び糖負荷試験を施しておれば、原告が重症の糖尿病でなく、デアメリンSを投与すべき場合でなかつたことを知り得たものと考えられる。

そうすると、被告は、当時糖尿病の診断に当つて医師として当然すべき検査を怠つた過失によつて、診断を誤り、ひいては適用の誤りを犯し、その結果原告の本件低血糖事故を惹起したものであつて、この点に被告の第一の過失がある。

なお、被告は、四月五日当日、原告が食事をしていたため血糖検査等が不可能であつたと言うが、糖尿病の確診に当つての血糖検査及び糖負荷試験の不可欠性及びデアメリンS投与の有する危険性からすれば、そのような場合、日を改めて血糖検査等を実施し、その後で診断を下し、治療に当るべきであつたと考えられるから、被告主張の事情があつたとしても、なお被告には前述の過失があつたとすることを妨げない。

2  デアメリンS投与の方法とその後の問診及び、投与の際の注意について。

被告がデアメリンSの投与に当り、少量投与漸増方式によらず、又途中で投与量を減らすこともなく同一量を引続き投与していたこと、投与後低血糖昏睡発症までの間、二回にわたつて原告を診察しながら、低血糖症状について何ら問診しなかつたことは三認定のとおりであるが、投与方法を変えていた場合に低血糖昏睡の発症を免れ得たかどうかは、その発症の経過に照らし又各証拠によつても明らかでない。次に低血糖昏睡発症の前日、原告が低血糖の自覚症状を有していたことは、三に認定したとおりであるが、これが、両日被告が原告を診察した時より前に存したものであることを認める証拠はないので、仮に被告が問診を実施していたとしても、これによつて低血糖昏睡の発症を防止し得たかどうかはやはり明らかでない。更に、三に認定したところによれば、被告はデアメリンSを投与するに当り、原告に対して、低血糖症状につき、冷汗が出た場合飴玉をなめるよう指示しており、右指示が一般的に低血糖に対する注意として十分であつたかどうかは問題の存するところであるが、とに角右指示をしたことによつても低血糖症状を防ぎ得なかつたこと、及び、原告が最初に明確な低血糖症状を感じたのが、昏睡の前日、四月一一日のうちいつ頃か判然としないこと及び昏睡に至つた経過を考え合わせると、仮に被告が適切な指示をしていたとしても、本件の場合低血糖昏睡を防ぎ得たかどうか明らかでない。

以上、右各点については、被告の処置の欠落と、低血糖昏睡との間の因果関係を認めることができない。

3 原告の低血糖昏睡時における被告の処置

四月一二日、原告が昏睡状態に陥つた時、被告は連絡を受けて診療に当つたのであるが、被告はその前の四月五日、八日、一一日に強力な血糖降下作用を有するデアメリンSを自ら投与し、一二日の右診療時に、原告が右デアメリンSを服用したことを確めており、又経口糖尿病剤によつて重篤な低血糖症状が起り得ること、その発現の時期は、服用後一週間前後ということも当時医師の一般知識に属していたところ、原告がデアメリンSを服用し始めたと考えられる四月六日の朝食後からみて、およそ一週間を経過していたのであるから、被告は、原告の昏睡状態がデアメリンSの作用による低血糖症状の発現であることを十分知り得る筈であつた。そうして、低血糖昏睡であると判断したならば、治療としてブドウ糖を多量に注入することが必要であり、更にこれにより一時覚醒したとしても、デアメリンSによる昏睡の場合、同剤がなお効果を持ち続け、再度昏睡状態に陥ることは、その作用機序からも十分予想できたのであるから、引続き糖質の補給を続け、或は被告自身かそれに代わり得る者の厳重な監視下におくなどの措置を採るべきであつた。

ところが、被告は、その時低血糖か又はてんかんの疑いという診断を下したに止まり、そのためもあつて、低血糖に対する治療として右のような徹底的な処置を採ることを怠り、差し当つて低血糖昏睡以外の一般の救急の場合と比べそう多量とも言えないブドウ糖二〇CCを投与しただけであつた。更に原告が、これに対し、少し目を開き、上体を起しかけたものの、ことばも発せず、再び寝てしまつたのであるが、被告はこれをみて、覚醒したもので、もう危険はなくなつたものと速断し、それ以上のブドウ糖の注入或は被告自身などの厳重な監視下におくなどの措置を採ることもしなかつた。三認定の経過及び証人証人大野穣一の証言によると、被告が前記のような適確な処置をとつておれば、原告はなおしばらく昏睡状態を続けたとしても、本件のような遷延した経過を辿らず、又重大な脳障害にまで至らずに済んだものと認められ、これに反する証拠はない。

よつて、被告には、昏睡状態にあつた被告に対する処置においても過失があつたものと認められる。

4  以上、原告は、被告の四月五日とそれに続く日の誤つたデアメリンS投与と四月一二日、原告が昏睡状態に陥つた時の処置の誤りとの二度にわたる過失によつて脳障害を来たし、失外套症候群といわれる症状を呈するに至つたのである。よつて、被告は不法行為に基いて、原告に生じた相当因果関係内の損害について、賠償する義務を負う。

六損害

1  県立広島病院入院後現在までの原告の症状の変化と、現在の症状は次のとおりである。

<証拠>によると以下の事実が認められる。

(一) 県立広島病院入院後は、血糖値の上昇、意識回復に向けた処置が続けられ、感染症にも注意が払われた。しかし、なお一般状態は悪く、途中四月一七日には両眼匐行性角膜潰瘍を来たし、次いで尿路感染を併発した。五月初めからは瞬目が現われ、五月一〇日頃からは意識不明のまま睡眠と覚醒のサイクルが現われ、六月中旬頃から体動が更に活発となつた。七月一〇日頃からは寝返りができるようになつた。家族の住居が岸和田にあり、父母らが広島へ赴いて看病に当つていたので経済面などで看護に困難を来たしたため、七月二九日、岸和田市民病院に転医入院した。

(二) 岸和田市民病院入院後も意識不明のままであつて、全身状態も良くなかつた。血糖値は空腹時九〇ミリグラム・デシリツトルで尿糖も陰性であつた。身体各部に眼の角膜潰瘍、尾骨上部褥創など種々障害があり、体動はあるものの、起きることはない状態であつた。喀痰が多く、自力で排出できない状態のため吸引器を使用して排出させていた。嚥下運動も見られず、ために食事は鼻腔ゾンデを胃部に通して流動食を注入する状況であつた。しかし、昭和四八年一月からは口から流動物を吸い込むようになつたため、以後は経口投与に変え、同年三月頃からは全粥投与可能となり、更に四月には米飲にまで変えられるようになつた。しかし、自分で食事を摂る意思は全くなく、すべて家族が口もとまで持つて行つて与えると、口を開いて食べるのである。その他身体的状態全般について言えば、入院時三八度前後の発熱があつたが、流動食注入持続、点滴静注施行、抗生物質投与により解熱し、以後一般状態は好転して来た。眼症状など局部症状も多くは治癒傾向となつた。しかし、昭和四七年一二月一日、突然けいれん発作と共に呼吸困難、顔面蒼白、続いて呼吸停止の状態となり、緊急の治療の結果、やや持ち直したものの、翌日から嚥下性肺炎と考えられる発熱があつて、一般状態がきわめて悪化し死に直面した。しかし、これも治療により一週間後くらいからは改善された。

(三) 入院以来体動は次第に激しくなつてきたものの、不明な運動だけであつて、坐居歩行も全く可能性がなく、言語も全く発しないなど、機能的な運動の面或は精神面からみれば治療効果が全くなかつたので、最後の方法として、昭和四七年九月八日から同年一一月二一日まで北野病院に転医入院させ、高圧酸素療法を受けさせた。しかし、臨床上、脳波上効果を認められなかつたので、余儀なく岸和田市民病院に再入院させた。

(四) 現在の症状は、大要以下のとおりである。

身体状態は、腱反射にやや弱さがみられ、下肢筋がやや萎縮傾向であるなど、若干病弱なところもみられるものの、既ね正常であつて、上下肢筋力は相当に強い。

糖尿病治療としては、食事療法を続けているが、薬物療法、インシユリン療法は行わず、血糖値は空腹時で九〇ないし一三〇ミリグラム・デシリツトルの間にあり、尿糖は〇ないし軽度陽性であつてアセトン体は認められない。入院後一年以上を経過してからはかぜ症状を起すことは時たまあるものの、特に大きな余病併発をすることもなく、安定化している。

挙動につき、ベツト上でうつ伏になつて項部を挙げ、或は横向けあお向けと自力で比較的自由に体位を転換し、手足を動かし、払いのけたりすることはできるが、歩行はもちろん、自力で坐位をとることも不可能で、無理に坐らせると倒れてしまう。又、自力で坐つたりベツドから降りようとする意図もない。寝返りを打つたりして良く動き、放つておくとベツトから落ち、危険である。毎日、夜は就寝するものの、朝から晩にかけて起きている間は大部分大声で喚き続け、歯ぎしりもしばしばしている。深夜でも時々目を覚ましては大声を出す。うつ伏せになつてベツドに接した壁面を蹴つたり、毛布に噛み付いたりする。以上の状態でベツドの上で寝たきりの生活を送つている。

聴覚、触覚、痛覚などは普通にあり、注射、診察、散髪、衣服の着脱など自己の嫌悪することには奇声を発して抵抗する。光、物音にも鋭敏に頭を起して注意し、機嫌が良ければ声を出して笑うが、眺めまわしていても、人物などの区別がはつきりしているわけではなく、音声を理解しているわけでもなく、単に本能的な反応と考えられる。診察のため身体に触れると大声を出して暴れ、検温、採血、注射その他衣服の着替え、散髪をするのは容易でなく、頭髪は伸びたまま放置されている。小便は常に失禁し(就寝中にも時々する。)、一日5.6度も衣服を濡らす。大便は自らできないので二、三日毎に浣腸により排泄させている。食事は、家族がスプーンその他で口元に運べば口を開けて食べるが、食べさせれば無制限に食べ、食べ物でない物でも口に近づければ食べようとする。

顔面無表情で痴呆的であり、意思を示さず、理由なく喜怒の現象のみ示す。失語症とみられる強い言語障害を有し、ひとこともしやべれない。指南力、記銘力、計算力、抽象概念などの精神作用は全く不能で、知能は極度に低下し、一才前後の能力である。

以上総称して失外套症候群と称される状態である。

(五) 身体的状態以外の挙措など機能障害の大部分、知能的障害、言語障害については入院以来全く改善が見られず、これからも、自主的運動が一部できる可能性はあるが、現在の状態が基本的に改善される可能性に無に近く、失外套症候群と称される状態は、生涯続くものと考えられる。原告は現在岸和田市民病院に入院していて一日一回医師の診察を受け、糖尿病の食事療法以外に治療を受けていないが、余病を併発するおそれがあり、その場合手遅れになる危険を防ぐために、将来もずつと入院し続けなければならない見通しである。

右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうして、三及び右に認定した、原告が昭和四七年四月一二日昏睡状態に陥つてから後現在に至る原告の症状をもとに、本件医療事故により原告の蒙つた損害額を考える。

2  損害の相当因果関係について。

被告は、デアメリンSによる低血糖症状は比較的軽微なものに止まり、本件のような重篤な事故になることはきわめて稀であつて、予想外というべく、このような予想外の結果による損害に対しては、相当因果関係を欠くと主張する。

しかし、四1に認定したところによれば、経口糖尿病剤の投与によつて死にもつながる重篤な低血糖事故を惹き起すことは往々にしてみられるところであり、しかもデアメリンSは経口糖尿病剤のなかでも血糖降下作用の強力な薬剤であるので、重篤な低血糖事故の可能性はより大きいとみられること、昭和四七年当時、一般医師の間でも、経口糖尿病剤によつて死にもつながる重篤な低血糖事故が起り得ることは良く知られていたことが明らかである。被告の主張はその前提を欠く。

又、被告は一般の不法行為に対する医療事故の特殊性を挙げ、損害の相当因果関係の範囲を大幅に制限して考えるべき旨主張する。

被告の言う、医療が常に危険を伴うものであること、医師は患者との間に信頼関係を保ちつつ、善意のみをもつて医療行為をするものであるとの点については、医療にこのような側面が存することは確かである。しかし、これらの側面は、医師の過失の有無を定める場合に、危険な医療行為をし、これによつて患者に障害を残したときにも、施術に当り医師として通常果すべき注意義務を果しておれば、過失を問わないという形で考慮されているのであつて、本件でも被告の責任について述べたところでこのような考慮を加えている。その反面、医師は、施術に当り、医療が本来危険性を孕むものであつて、患者に死をも含めた重大な障害を生じることもしばしば有り得ることを十分認識しておくべきであるので、これら医療の特殊性を根拠に損害の相当因果関係を制限すべしとの被告の主張は失当である。

又、医療萎縮の点については、当裁判所は医師に無過失責任或はそれに近い責任を追究しようとするものではないから、被告の主張は失当である。

そうして、デアメリンSの危険性について、前述したところによれば、三及び六1に認定した原告の症状の経過と現在の症状のすべて、及びこれによる労働能力の完全喪失、精神的苦痛、更には重篤な病状或は廃人化したことに伴い生じた以下に述べる付添看護費用や入院諸雑費、治療費、これらに対する弁護士用はいずれも被告の不法行為によつて通常生じるべきもので、相当因果関係の範囲内の損害と認められる。

3  逸失利益

金一八五八万九九六五円

(一) 三と六1に認定したところから、原告が昭和四七年四月一二日以降、本件医療事故によつて一生労働能力を完全に喪失したことは明らかである。

一方、<証拠>及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

原告は、昭和二三年一二月八日生れで、昭和四七年四月一二日当時は満二三才であつた。原告は、過去に、高等学校卒業時の健康診断で尿糖の存在を指摘され、開業医からインシユリンによる糖尿病の治療を受けたことがある。しかし軽症であつたので、一月程度で治療を終え、その後本件低血糖昏睡に至るまで何ら治療は受けていない。又、右一件を除けば、既往歴らしいものはなかつた。身体面での障害もなかつた。

昭和四七年四月当時、広島大学教育学部四年に在学中で、大学卒業後は高等学校の社会科の教員になることを希望し、教育学部で社会科日本史を専攻し、教員となるために必要な科目を履修しつつあつた。

右認定に反する証拠はない。

(二) 被告は、原告が本件医療事故以前から糖尿病であつたから、その就労が可能であつた年数は、健康人より短いと考えるべき旨主張する。

しかし、右(一)及び三に認定したところによると、原告は糖尿病であつたとしても、軽度のものに止まつていたこと、また四及び五1に記載したところによつても、食事療法、運動療法だけで代謝状態を良くコントロールし得る範囲を越えていなかつたことが明らかであり、更に証人大野穣一の証言によると、糖尿病者は代謝状態を良くコントロールできれば、一般健康人と同じ普通の生活を営むことができることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると、被告の右主張に反し、(一)に認定したところによつて、原告は本件医療事故がなければ、将来一般健康人と同等の生活を営み得たと推認できる。

次に、原告は、当時、大学卒業後教員となることを希望し、これに必要な科目を履修しつつあつたことは前記認定のとおりであるが、学校教員として採用が決まつていたとの証拠もなく、当時未だ大学生として修学中であつたから、大学卒業予定後の昭和四八年四月から就職したと認められるものの、未だ将来学校教員となつたものと推認することはできない。この点についての原告の主張は失当である。

(三) 以上述べたところによれば、原告は事故当時二三才で通常の健康体であつたから、本件事故がなければ、翌昭和四八年三月大学を卒業し、同年四月から就労したものと認められる。昭和四七年簡易生命表によると、二三才の平均余命は49.50年であるから、原告は少くとも六三才まで就労可能であつた。そうして二四才から六三才までの三九年間は一般労働に従事し、新制大学卒男子二四才の平均賃金を得られたものである。右平均賃金は昭和四七年賃金センサスによると、毎月給与額六万三四〇〇円、年間賞与その他の特別給与額一三万七七〇〇円で、年間収入は計八九万八五〇〇円である。

右収入から年別ホフマン方式によつて中間利息を控除し、事故の昭和四七年(原告二三才)の当時の逸失利益現価額を算出すると次のようになる(四〇年のホフマン係数21.642、一年のホフマン係数・〇九五二)。

89万8500円×(21,642−0,952)=1858万9965円

4  慰藉料    金六〇〇万円

三及び六の1、3(一)に認定したよにう、原告は、本件医療事故当時、大学の四年生に在学中であり、本件医療事故がなければ、まもなく大学を卒業して職につき、前途洋々たる人生が拓けるべきであつたところ、本件事故によつてこれが一変し、長期間にわたつて意識不明のまま死との戦いを続けねばならなかつたばかりか、ようやく死を免れた後も、事故の結果、広範に大脳機能を破壊され、現在は差当つて身体面はほぼ正常と言われる状態を保ちながら、精神面、人格面においては以前の俤なく、全くの廃人と化してしまい、これから一生も回復の見込みのないままベツドで過さねばならなくなつた。後記5に認定する事実も加えれば、父母をはじめとする家族もすべて、事故前の、原告の一人立ち及びその援護を期待する身から、一転して希望のない看護に将来ともその生活の大半を注ぎ込まざるを得なくなつた。一医療事故の結末としてまことに悲惨であつて、原告は死に優るとも劣らない苦痛を受け、また受けつつあるものであり、家族の状況も惨憺たるものがある。当裁判所は右状況により、また前記認定の被告の過失を考慮し、苦痛を慰藉する手段として慰藉料金六〇〇万円を相当と認める。

5  付添看護料金 三五六四万七三六〇円

<証拠>によると、以下の事実が認められる。

原告の父である後見人と母である大石ヒサは、昭和四七年四月一二日、原告が危篤状態にあるとの連絡を受けて直ちに大阪から広島へ駆けつけ、同夜一一時に原告が入院していた岩崎病院へ到着した。

翌日から、原告に対し医師の治療を受けながら、汗拭き或は原告の衣服を洗濯するなど、昼夜を問わない看護に入つた。症状の変化につれ、定期的に浣腸をする仕事も加わつた。同年七月二八日まで県立広島病院に居たが、翌日から原告の転院につれ、岸和田市民病院に移り、以後同病院に於て原告の弟も加わり現在まで看護を続けている。

同病院における看護内容は以下のとおりである。

原告は、六1に述べたように、自覚的運動、生活は全くできない。排尿は常に失禁状態であるため、排泄しそうなとき、家族が袋を持つて陰部にあて、受けねばならない。しかし、受けるまでに排泄してしまつたり、暴れることが多いため受け損つたりして衣服を濡らすことが日に五、六回に及び、時に夜中にも濡らすことがある。濡らすたびにかぜを引かないよう着換えさせ、洗濯せねばならない。排便は、定期的に家族が浣腸をして出す。風呂に入れないため、定期的にからだを拭いてやる。食事は、日に三度、口元へ持つて行つて適当な量を食べさせる。これらの仕事は、原告が体格的には大人であり、しかも排尿排便着換えなどは嫌がつて暴れるため、特に母親にとつて重労働である。

原告は、大声を挙げ、喚いたり暴れたりすることが多く、ベツドから落ちる危険もあつて目を放せない。夜中にも時々大声を挙げたりする。従つて看護の気苦労は大変である。

以上の状況であるので、原告には一日二四時間誰かが付き添つていることが必要で、このため父である後見人と母大石ヒサ、それに弟の大石哲夫が、四日間一まわりの時間表を作り、それぞれの生活時間を犠牲にして三交代で完全付添をしている。三人とも付添えない特別の場合は、妹のまり子が勤め先の銀行を休んで付添をする。このようなこのような状態は、岸和田市民病院に落着いて以来変わらず、将来も変わらないと思われる。

なお、後見人は、原告の看護を始めて以来、以前勤めていた鉄工所を休職したままである。

以上の認定に反する証拠はない。

三及び六1に認定した原告の症状から考えても、右に認定した内容の付添看護は、これまで不可欠であつたし、将来も不可欠であると考えられる。そうして、右認定の看護の状況、とりわけ一刻も目が放せず、重労働で気苦労が絶えないことに鑑みると、その付添看護の評価は、職業的付添人の評価と同等とは考えられないものの、通常の家族(一人)による付添看護の場合の三倍を越え、看護開始以来将来にわたつて、全体として一月四〇〇〇円と評価できる。なお、後見人が、鉄工所を休職していることは前記認定のとおりであるが、鉄工所での勤務内容と、付添看護の内容が同等のものであると認める証拠がない以上、右事実によつて以前受けていた給与相当額を、そのまま付添看護料として評価できるものではなく、あくまで休職している事実そのものが、付添看護料認定に当つての一の間接事実となるに止まる。

右付添看護は、原告の生涯を通じこれを要するものと考えられる。原告は重篤の障害者であつて、機能面、精神面において通常人とかけ離れた状態にある。しかし、現在では、身体状態としては、時たまかぜ症状を起す程度で、糖尿病に備え、食事療法を続けているほか、薬物等による療法も受けず、特に余病もなく、身体各部とも既ね正常であつて安定している。又、原告は現在及び将来とも入院を続け、医師監視下にあつて家族の手厚い看護も受けることになる。このような状態に照らせば原告の余命は、その障害にかかわらず通常人と同様であると推認できる。この点に関する被告の主張は採用しない。従つて、付添看護の必要な期間は、原告の事故時年令二三才の平均余命相当の四九年と認められる。

そうして、付添看護料の事故時現価額を年別ホフマン方式によつて中間利息を控除して算出すると次のとおりとなる(四九年のホフマン係数24.416)。

40000円×365日×24.416

=3564万7360円

なお、被告は、一時金賠償は相当でなく、定期金賠償によるべきだと主張する。

しかし、原告の本訴請求が一時金賠償を求めるものであることは明らかであつて、ことは右一時金賠償が本件医療事故によつて既に発生した損害と認められるかどうかにかかるのであつて、当裁判所は、付添看護料が、その支出の確実性、又原告が将来も現在のような状態にあることの確実性から右金額を既に発生した損害と認めるのである。被告は、定期金賠償の方法によるべきだと言うのみで、右損害が期限付で発生するものであることについての具体的主張もしないから、被告の右主張は抗弁としでも失当である。

6  諸雑費 金二六七万三五五二円

原告は、事故発生後現在まで入院を続け、将来も一生入院を必要とする。その間の入院諸雑費は一日三〇〇円を要するものと認められる。期間は、付添看護料について述べたのと同様であつて、四九年と推定する。年別ホフマン方式によつて中間利息を控除し、事故時価額を算出すると次のとおりである。

300円×365日×24.416=267万3552円

なお定期賠償の方法によるべしとの被告の主張については付添看護料について述べたのと同断である。

7  治療費 金四三万六七四〇円

<証拠>によると、原告は本件事故によつて治療費として、岩崎病院に対し三万四六六五円、県立広島病院に対し四〇万一五七五円、北野病院に対し五〇〇円、合計四三万六七四〇円の支出を余儀なくされたことが認められ、これに反する証拠はない。

8  弁護士費用 金四〇〇万円

<証拠>と弁論の全趣旨によると、被告が原告の損害額を任意に支払わないので、原告後見人は本件訴訟の提起遂行を原告訴訟代理人訴訟復代理人らに委任したことが認められる。そうすると、被告に賠償を求めることのできる弁護士費用としては、事案の内容、認容額に鑑み、金四〇〇万円が相当である、

七結論

以上、原告の本訴請求は、右六の3ないし8の損害合計金六七三四万七六一七円と、うち弁護士費用相当損害金を除いた金六三三四万七六一七円について、不法行為の日の翌日である昭和四七年四月一三日から、弁護士費用相当損害金については、現実に支出を余儀なくされる本判決言渡日である昭和五二年二月二五日から、各支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言について同法第一九六条一項本文を各適用して主文のとおり判決する。

(宮本勝美 道下徹 高田泰治)

別紙<省略>

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