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大阪地方裁判所 昭和47年(行ウ)23号 判決 1975年2月05日

原告 阪上長一

被告 泉佐野税務署長

訴訟代理人 麻田正勝 秋本靖 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  申立

1  請求の趣旨

「被告が原告に対し昭和四五年八月一一日付でした、原告の昭和四四年分所得税の更正処分および過少申告加算税賦課処分のうち、総所得金額を金三、八八四、四五四円として計算した税額を超える部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

2  請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨の判決を求める。

二  主張

1  請求原因

(一)  原告は昭和四四年分所得税につき別紙処分経過表のA欄記載のとおり確定申告をしたが、被告は昭和四五年八月一一日付で原告に対し同表B欄記載のとおり更正および過少申告加算税賦課処分をしたので、原告はこれにつき異議申立をしたところ、被告は同年一二月九日付で原処分を一部取消し、同表C欄のように決定をした。原告はさらに国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、これは棄却された。

(二)  原告の本係争年分の所得のうち譲渡所得は左記(3)の譲渡によるものであるが、これについては以下に述べるように租税特別措置法(昭和四四年法律一五号による改正前のもの。以下単に措置法という)三五条、三八条の六が適用されるべきである。

(1) 原告は昭和三八年三月四日田中旭、阪上治七郎と共同して別紙物件目録一(二)記載の土地二五筆(以下これを本件土地という)を代金六〇〇万円で取得したが(そのうち原告の負担分は金二六七万円であつた)、田中旭名義で農地法三条による知事の許可を得た関係上、田中の所有名義に登記していた。

(2) 原告は本件土地のうち自己が割当をうけた部分を事業(農業)の用に供していた。すなわち、原告は少なくとも昭和三八年五月頃から一一月頃までは自らその一部を耕作し、その後昭和三九年五月頃から同四三年一一月頃までは中義治に無償で耕作させていた。本件土地は畔が高く、除草作業に大変な労力を要する反面、生産性が低いので、人を雇つたのでは採算がとれず、他人に貸して耕作させるにしても有償では引き受け手がなかつたから、原告としては田地の荒廃を防ぐためにたとえ無償ででも誰かに耕作させる必要があり、中義治に耕作を委託することにより、原告は出費を防いでかつ田地を荒廃させないという効果をあげていたのであつて、このような場合には原告自身が耕作していたのと同視すべきである。金銭的対価の有無によつて事業用資産か否かを区別すべきではない。

(3) 原告と田中旭、阪上治七郎は共同で昭和四四年三月本件土地を株式会社栗田商店に売却し、原告はその代金中金一二、四三五、〇〇〇円を取得した。

また原告はこれとは別に同年二月別紙物件目録一(一)の土地を永山一郎に代金四〇〇万円で売却した。

(4) そして原告は同年四月一日目録二(一)の土地を代金三九五万円、目録二(二)の土地を代金八、一三八、〇〇〇円で取得し、同月一日および一一日にそれぞれ事業の用に供し、また同年一二月二六日目録二(三)の建物を代金二六〇万円で取得し、翌四五年三月居住の用に供した。

(5) 原告は昭和四四年分所得税の確定申告書において、措置法三五条、三八条の六の適用を受けるものとして、左の趣旨を記載して提出した。

(イ) 目録一(一)の土地は措置法三八条の六の「譲渡資産」に該当し、目録二(一)の土地は同条の「買換資産」に該当し、同条の要件を充足するから、譲渡所得の収入金額は金五万円(譲渡資産の譲渡による収入金額四〇〇万円から買換資産の取得価額三九五万円を差引いた額)であり、これから必要経費二二、五〇〇円と譲渡所得の特別控除額二七、五〇〇円を差引くと、譲渡所得の金額は零となる。

(ロ) 目録一(二)の土地(本件土地)は措置法三五条の「譲渡をした土地」および三八条の六の「譲渡資産」に該当し、目録二(二)の土地は三八条の六の「買換資産」に、目録二(三)の建物は三五条の買換取得した「居住の用に供する家屋」にそれぞれ該当し、右二か条の要件を充足するから、譲渡所得の収入金額は金一、六九七、〇〇〇円(本件土地の譲渡による収入金額一二、四三五、〇〇〇円から買換取得した土地建物の取得価額の合計額一〇、七三八、〇〇〇円を差引いた額)であり、これから必要経費四三〇、五六一円と譲渡所得の特別控除額二七二、五〇〇円を差引くと、譲渡所得の金額は金九九三、九三九円で、課税標準として総所得金額に算入されるのはその二分の一の金四九六、九六九円である。

(6) しかるに被告は本件土地の譲渡につき措置法三八条の六の適用を認めず、原告の右計算を否定して本件更正に及んだもので、これが違法であることは明白である。

(三)  被告が本訴において後記2(二)のような主張をすることは許されない。

(1) 被告が原処分および不服審査の段階において本件土地につき措置法三八条の六の適用を否定したのは、原告自身は農地法三条による許可を得ていなかつたから、本件土地中の田については所有権ないし持分権を有したといえず、したがつて「土地又は土地の上に存する権利」を譲渡したとは認められない、という理由にもとづくものであつた。

(2) ところが被告は本訴に至り右の理由づけを撤回して、新たに後記2(二)のように本件土地が事業用資産でなかつたことを理由とするようになつた。しかしこのようなことを是認すれば、更正処分取消訴訟を提起する納税者は原処分等で明らかにされた処分理由のみならず、あらゆる理由を予測検討しなければならないことになり、納税者に必要以上の負担を与え、ひいては権利の救済を放棄させる結果となるから、処分を正当化する理由として新たな主張を提出することは許されない。

(四)  よつて請求の趣旨記載のとおり本件処分の取消を求める。

2  被告の認否と主張

(一)  請求原因(一)、(二)(1)(3)(4)(5)、(三)(1)の事実はいずれも認める。

同(二)(2)の事実は否認する(ただし原告が昭和三九年から四三年まで中義治に無償で耕作させた事実は認める)。

(二)  原告は本件土地を取得したときから売却するまで自ら耕作したことはないし、その一部を中義治に貸して耕作させていた間も、賃料とか耕作料というような「土地の貸付けによる相当の対価」(昭和四四年政令八六号による改正前の租税特別措置法施行令(以下単に施行令という)二五条の六第一項参照)を得ていないから、事業の用に供していたとはいえず、したがつて本件土地の譲渡につき措置法三八条の六を適用することはできない。

(三)  そこで原告の譲渡所得を計算するとつぎのとおりであり、本件処分に何ら違法はない。

(1) 別紙物件目録一(一)の土地は措置法三八条の六の「譲渡資産」であり、目録二(一)(二)の土地が同条の「買換資産」にあたり、前者の譲渡による収入金額四〇〇万円が後者の取得価額の合計額一二、〇八八、〇〇〇円以下であるから、同条により資産の譲渡がなかつたものとされる。

(2) 目録一(二)の土地(本件土地)は措置法三五条にいう「譲渡をした土地」であり、目録二(三)の建物は同条の「居住の用に供した家屋」にあたり、同条によると、前者の譲渡による収入金額一二、四三五、〇〇〇円と後者の取得価額二六〇万円との差額九、八三五、〇〇〇円が譲渡所得の収入金額であり、これから必要経費二、四九五、三二九円(取得費二六七万円および譲渡に関し中林弥太郎に支払つた仲介料四八五、〇〇〇円のそれぞれにつき施行令二四条四項により計算した額)と譲渡所得の特別控除額三〇万円を差引くと、譲渡所得の金額は金七、〇三九、六七一円で、課税標準として総所得金額に算入されるのはその二分の一の金三、五一九、八三五円となる。

三  証拠<省略>

理由

一  請求原因(一)の事実(本件処分の経過)は、当事者間に争いがない。

原告の総所得金額のうち、争われているのは譲渡所得の金額だけであり、それは措置法三八条の六の適用の有無をめぐる争いである。以下この点について判断する。

二  譲渡所得の金額の計算

1  請求原因(二)(1)(3)(4)(5)の事実(本件土地の取得、譲渡、買換資産の取得、申告)は、当事者間に争いがない。

2<証拠省略>を総合すると、原告は阪上タオル株式会社ほか一社の社長としてこれを経営しタオル製造業等を営むかたわら、田六反歩弱を耕作して農業を営んでいたところ、昭和三八年に田中旭、阪上治七郎と共同して本件土地を取得し(ただし阪上治七郎は手付金の一部を分担して支払つただけで、以後は共同関係から事実上脱退した)、田中と協議のうえ、原告の使用部分を別紙物件目録一(二)の田のうち(3)(8)ないし(12)および(15)の七筆約三反歩ととりきめたが、原告は同年中にそのうち(9)と(10)の二筆だけ耕作してみたものの、除草作業などに予想外の労力を要し、生産性も格段に低く、とうてい採算がとれないことがわかつたので、自ら耕作することは一年かぎりで断念し、翌三九年に田中の妹婿の中義治が田中を通じて原告に対し右土地を耕作したいと申込んできたのを機会に、中義治の右七筆の土地を無償で貸して耕作させるようになり、この状態が昭和四三年まで続き、その間中義治から小作料、年貢その他いかなる名目のものも徴したことはなかつたことが認められる。

措置法三八条の六の規定は、企業の合理化や生産財の有効利用を図るため、特定の事業用資産を譲渡し買換資産を取得した場合に、一定の条件のもとに圧縮記帳の方法による譲渡所得の課税の繰延べの特例を認めるものであつて、そこにいう「事業」が農業を含むことは、この制度の沿革に照らし明らかであるが、譲渡した資産が事業用資産であるというためには、現に自己の事業の用に供していたものであることを要し、単に自己の事業の用に供しうる状態にあつただけでは足りない。しかるに本件において原告は当時本件土地を自ら耕作していたわけでないことは右に認定したとおりである。原告は中義治に耕作させることにより自らの出費を免れ田地の荒廃を防ぐという効果をあげていたと主張するが、それはせいぜいある資産をいつでも自己の事業に供しうる状態で保持していたといえるにとどまり、その資産を活用して原告自身が現実に経済的活動を行なつていたといえないことは明白であるし、また中義治から何らの対価も得ていない以上、施行令二五条の六第一項を適用する余地もない。したがつて原告は本件土地を事業の用に供していたと認めることができず、措置法三八条の六を適用するための要件をみたさないものというほかはない。

3  被告が原処分および不服審査の段階で本件土地につき措置法三八条の六の適用を否定した理由は、原告が本件土地中の田について所有権ないし持分権を有したといえず、したがつて「土地又は土地の上に存する権利」を譲渡したと認められないというにあつたことは、当事者間に争いがないところ、被告は本訴においては右の理由づけを撤回し、前示のように本件土地が事業用資産でなかつたことを理由として主張するに至つている。原告は被告がかように行政不服審査までの段階と異なる主張をすることは許されないと主張するが、更正処分取消訴訟において処分の実体的違法が争われているとき、審判の対象となるのは租税債務そのものの存否であり、それを根拠づける事実関係につき原処分あるいはこれに続く不服審査手続におけると異なる主張をすることが一切妨げられるものとは解しえない。措置法三八条の六は所得税法三三条に対する特別規定として課税の繰延べを許容するものであることにかんがみると、譲渡所得につき措置法三八条の六の規定による計算特例の適用を受けようとする者は、同条の定める要件に該当する事実につき主張立証責任を負うと解すべきであり、被告が本訴においてその要件事実の一(本件土地が事業用資産であること)を争い、結局その事実が認められなかつた以上、同条が適用されえないことは当然であるといわなければならない。

4  そうすると、原告の譲渡所得の金額は被告の主張(三)記載のとおりであり(同所記載の計算の根拠となる各数額のうち、仲介料については原告が明らかに争わない)、総所得金額に算入される、金額は金三、五一九、八三五円となる(異議決定における金三、五一九、八三二円は違算であろう)。

三  以上によれば被告の本件処分(異議決定により一部取消されたのちのもの)は何ら違法はないこととなるから、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下出義明 藤井正雄 石井彦寿)

別紙<省略>

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