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大阪地方裁判所 昭和46年(わ)4011号 判決 1975年2月28日

主文

被告人を禁錮一年に処する。

この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪府知事の許可を受けて仕出業を営んでいた枚方市田宮本町四四五番地の三所在株式会社「大芝」の代表取締役として、弁当類の注文を受け、従業員を指揮監督して仕出弁当の調製納品等の業務に従事していたものであるが、昭和四四年九月五日ごろ、枚方市から、同市が同月一五日開催する敬老会の昼食用として、たい、えび、たらの魚介類を含む材料を使用して調製するちらしずし折詰弁当三六三〇食の注文を受けた。しかし、元来魚介類には食中毒菌である腸炎ビブリオ菌が付着しており、これと同じ調理場で調理調整すれば、調理器具等をとおして他の食品にも菌が付着するのが通常であり、また、人体の鼻腔などには毒素型の食中毒菌であるブドウ球菌が存在し、調理調製の過程を通じて、これらの菌が食品に付着するのを防止し、完全にこれを除去することは不可能に近いのであり、しかも腸炎ビブリオ菌は、塩分のある場所では摂氏一〇度ぐらいから増殖を始め、摂氏三〇度から三七度で最も激しく増殖するものであり、ブドウ球菌も塩分を必要とせず多少増殖の速度は遅いがほぼ同様に増殖し、病原性の毒素を産出し、最初に付着した菌が僅少であっても、数時間後には優に食中毒症状を起こさせるだけの数にまで増殖する性質があるのであるから、これらの病原菌による食中毒の発生を防止するためには、調理調製を通じて調理場、調理器具等をできるだけ清潔にして付着する菌の数を最小限にとどめるよう努めるのは勿論、付着した菌が食中毒を発症させるに足る数にまで増殖しない時間内、すなわち、調理開始後遅くとも数時間内に、食用に供させる必要があるところ、前記株式会社「大芝」では前記仕出業の許可を受ける際、右の食中毒防止の見地から一食事帯における折詰弁当の調製数を四〇〇食までとする旨指定されていて、同会社の調理設備、調理場面積などからして、比較的作業の単純なちらしずしといえども、一食事帯分の調製数としては、その能力をはるかに超えた三六三〇食ものちらしずし折詰弁当を調製すれば、調理開始後数時間内にこれを食用に供させることは到底不可能であって、かつ、前記両菌の増殖し易い高気温の季節でもあったのであるから、被告人としては、このような大量の注文を引き受けないようにし、もって食中毒事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにかかわらず、これを怠り、漫然右注文を引き受けた過失により、調理人小宮邦彦等二五名を指揮して、同月一三日午前八時ごろから右弁当材料のたい、えび、たら等の下処理調理にとりかからせ、同月一五日午前二時ごろから盛付け調製させることとなり、その結果その間に食品に付着した前記両菌を、当日の高気温(摂氏二四・八度ないし三一・八度)の影響もあって、著しく増殖させ、同日枚方市上之町九番二一号所在枚方小学校の敬老会会場において配布を受けてこれを昼食に供した奥田をすみ(当七三年)に対し、腸炎ビブリオ菌およびブドウ球菌による食中毒症状を発生させて同月一六日午後一〇時二〇分ごろ同市禁野本町二丁目一四番一号所在枚方市民病院において死亡させたほか、別表記載のとおり田中俊枝ほか二六六名に対し、右両菌による下痢、腹痛、嘔吐および発熱などの食中毒症状を発生させて傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(本位的訴因に対する判断)

検察官は、本位的訴因として、被告人は枚方市から注文を受けたちらしずし折詰弁当を調製納品するにあたり、食品が腸炎ビブリオ菌およびブドウ球菌等の病原菌により汚染されないように容器、調理器具等を完全に洗滌するなどして、右病原菌が食品に付着しないようにするはもとより、これが食品に付着すると摂氏二五度以上の温度のもとでは、その増殖が著しく、食中毒を発生させる危険性が大であるから、食用に供する時間に接着して調製するか、あるいは調製後一旦冷蔵庫に入れて病原菌の増殖を防ぎ、食用間際に提供するなどして、食品衛生上の危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったにもかかわらず不注意にもこれを怠り、調理人の作業が粗雑で、調理器具、材料などの水洗いが十分でなかった結果、前記病原菌をちらしずしの材料に付着混入させ、かつ調製のできたちらしずし折詰弁当を冷蔵庫に保管することなく、かえって折詰を完全包装したうえ、六〇個づつダンボールに入れてこれを密閉して積み重ねるなどしたため、当日の高気温の影響により右病原菌を著しく増殖させた過失がある旨主張する。

ところで、判示認定に供した前掲各証拠によれば、被告人が本件で大量に受注したため調理調製を通じて作業が粗雑になったきらいは否定できないが、反面被告人は、「大芝」にとってかつてない大量の受注であり、老人相手の仕事でもあったところから、作業を清潔に行なうようかなりの配慮をしていたこともうかがわれるのであって、本件の全証拠によっても、被告人が作業過程について、食品業者として普通に要求される相当な注意義務を怠って粗雑な作業をしたため、食品に大量の病原菌を付着させて本件食中毒を発生させたと認めるには不充分である。しかし、もともと判示認定のとおり腸炎ビブリオ菌やブドウ球菌が食品に付着するのを防止し、調理調製された食品から完全にこれを除去するのは不可能に近いのであるから、食品業者としては、むしろこれらの菌が付着していることを前提としたうえで食品を取り扱う態度が要求されるのであり、高気温の季節において、前記両菌による食中毒の発生を防止するためには、できるだけこれらの菌が食品に付着しないように努めるだけでは足らず、右両菌が食中毒症状を起こさせるに足る数にまで増殖を遂げない時間内、すなわち、調理開始後遅くとも数時間内に食用に供させる必要があるといわなければならない。ところで本件の場合前掲各証拠によれば、九月一四日午後二時ごろから一五日分の準備を始め、一部は前日一三日午前八時ごろから一四日分とともに下処理をすませて冷蔵庫に保管していたたいなどの材料も用いて調理し、一五日午前二時ごろから調理を終った材料を盛付け調製を開始したことが認められるのであるが、このように早くから調理調製を始めたのは、何も被告人らがすき好んで必要以上に早く始めたわけではなく、調理設備、調理場面積、調理人員等総合的に判断した大芝の調理能力を考えれば、こうする以外に方法がなかったためであるものと認められる。そして、当日の気温は九月一五日としてはかなり高い方ではあったが、九月一五日の平年の気温を考えても、調製を開始した午前二時ごろから昼食時までという時間は、それだけで付着した菌を食中毒発生数にまで増殖させるに充分な時間ということができるのであるから、能力以上に大量の注文を受けたことが、ひいては早くから調理調製を始めることを余儀なくし、その結果食中毒を発生させるに至ったものと認められ、まさに能力をこえた大量受注にこそ過失があったものと認められるのである。したがって、被告人は「大芝」の調理能力を著しく越えた数の折詰弁当を漫然受注した過失を免れないが、前記のとおり、必ずしも作業が粗雑であったため本件事故が発生したとは認め難く、出来上ったものを冷蔵庫に保管しなかったとの点については、そもそも「大芝」にそれだけの能力がなく、折詰を完全包装したとの点は、製品が折詰弁当であるから、多かれ少なかれ相当の包装は必要であり、当日の気温、調製開始後の時間等を考えれば、包装の程度如何が事故発生にさほど重要な影響を及ぼしたとも考えられず、少なくとも今少し簡易な包装をしておれば、事故は発生しなかったであろうというほどの関係は認められないし、これをダンボール箱に詰めたとの点についても、運搬納入のためには、必要やむを得ない措置であってそれがために本件食中毒が発生したともいえないので、検察官主張の本位的訴因はとることができず、判示のとおり認定した次第である。

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも刑法二一一条前段、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により右改正前の規定を適用する。)に該当するが、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い奥田をすみに対する業務上過失致死罪の刑に従い、その所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮一年に処することとするが、本件は、昭和四四年九月一四日および一五日の両日、枚方市が枚方小学校等七会場において主催した敬老会のうち、一五日開催分の枚方小学校等四会場で昼食に提供されたちらしずし折詰弁当が原因となって発生した極めて規模の大きな食中毒事故の一部であり、被害者が多数に及んだばかりでなく、不幸にして死亡者まで出すなど結果が重大で、当時右事故が、被害者の家族に対してはもとより、付近住民や一般社会に与えた影響も甚大なものがあったことなどを併わせ考えると、被告人の刑責は決して軽視し得るものではないといわなければならないけれども、他方、枚方市としても本件のごとく大量にわたる折詰弁当の注文先を選定するについては、あらかじめその相手業者の調理設備や規模を調査し、注文数に応じうる調製能力があるかどうかを検討するなど慎重な配慮を加える必要があったものと考えられるのに、このような措置に出でず漫然前記「大芝」に過大な折詰弁当を発注した市側にも本件事故につき一端の責任を免れないと思われること、事故当日は例年になく残暑がきびしく気温が上昇し、これが腸炎ビブリオ菌およびブドウ球菌の増殖に極めて好適な条件を作り出したことも本件事故の一遠因であると推測されること、被告人は一徹であるが善良な性格で、いわゆる包丁一筋の調理人として生業に精励してきたものであって、本件事故を除けば今日に至るまで世人から非難を受けるような行状もなく、また本件事故による被害弁償については被告人と枚方市との話合いで、被害者には枚方市からすでに相応の被害弁償が行なわれていて、被告人なりの本件事故に対する反省の色が窺えること、その他被告人の年齢、境遇等諸般の情状を考慮したうえ、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用してこれを被告人に負担させることとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野芳朗 裁判官 西田元彦 山口毅彦)

<以下省略>

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