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大阪地方裁判所 昭和45年(行ウ)82号 判決 1974年10月25日

原告 吉田武

被告 大阪国税局長

訴訟代理人 麻田正勝 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因1および2の各事実は当事者間に争いがない。

二  ついで、<証拠省略>によれば、次広において、本件納付通知書が発せられた昭和四四年三月一五日当時、昭和四二年分所得税一、三五〇万四、八〇〇円(その法定納期限は昭和四三年三月一五日)、過少申告加算税六七万五、二〇〇円を滞納していたことが認められるが、当時同人には滞納処分を執行すべき財産が皆無であつたことは当事者間に争いがない。

三  本件土地について、被告は、次広が単独でその全部を楢治郎から相続により取得し、その後原告にその持分二分の一を贈与したと主張するところ、原告は、次広、原告間の右贈与を否定し、右の本件土地の持分二分の一は、原告が楢治郎から直接相続により取得したものであると主張するので、この点について判断する。

1  本件土地の相続について

(一)  本件土地はもと原告、その兄次広らの父檜治郎が所有していたこと、同人が昭和三五年五月一三日死亡し、本件土地を含めて同人の遺産についてはすでに分割の手続が終了していることは当事者間に争いがない。

(二)  ところで、遺産分割協議書に、本件土地は次広が単独で取得する旨の記載があり、右土地については昭和三六年三月一七日付で同人のために相続を原因とする所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。そして<証拠省略>によれば、この協議書は次広が同月一五日ころ、右登記をするに必要な書類として司法書士の尾形鴎郎に作成を依頼したもので、その原告、吉田隆夫、吉田トヨ名下の各印影は同人らの登録された印鑑によるものであるが、これらは次広が同人らの少なくとも暗黙の了解のもとに押捺したものであることが認められるから、反証のない限り、真正に成立したものと推定できる。

これについて原告本人は、次広が前記遺産分割協議書を作成したことは知らなかつたとか、原告の印鑑は同人が無断で押捺したものであるとか供述しているが、これは右吉田次広の証言に照らし、また、つぎに認定する各事実と対比しても、たやすく信用することができず、他に右反証と認められる証拠はない。すなわち、右遺産分割協議書末尾添付の原告の印鑑証明書については、<証拠省略>によれば、原告自身が次広から相続のために必要であるからといわれて、その受領手続をなしたことが認められ、さらに<証拠省略>によれば、右の協議書において長男隆夫が取得すべきものとされている大阪市阿倍野区西田辺町二丁目五九番地所在の木造瓦葺二階建居宅につき、右隆夫が昭和三六年三月一七日ころ建物表示の変更登記をした時、原告は阿倍野区長および浪速区長に右登記申請に必要な事項についての証明願を提出して、隆夫の右登記申請にも協力していることが認められる。

すると、真正に成立したものと推定すべき前記遺産分割協議書によれば、本件土地は遺産分割の結果、次広が単独で取得したものと認められるのであるが、さらに以下(三)ないし(六)において述べる事実からも、これを推認できる。

(三)  <証拠省略>により、次広が原告ら相続人四名の名義で作成して、昭和三九年一二月四日阿倍野税務署に提出したと認められる相続税の申告書には、次広が本件土地を単独相続した旨記載されていることが明らかである。被告は、この申告書を提出するについては、事前に右税務署職員坂口修二が原告と面接し、楢治郎の相続に関する事情を聴取したと主張し、<証拠省略>はこれに符合する証言をしているが、これは<証拠省略>に照らして信用できず、これらの証拠によれば、原告は相続税の申告書は提出していないものと認められる。しかし、のちに認定するとおり、当時原告は大学の法学部を卒業していたことでもあり、<証拠省略>によると、相続の対象となる財産としては、前記居宅、本件土地のほか有価証券等もあり、債務は殆んどなく、従つて純資産価額がかなり高額になること(<証拠省略>によれば、次広は本件土地の価額を七一三万一、八四〇円、純資産価額を九〇五万二、七六〇円として申告している)は原告も知つていたことが窺えるから、もし原告が本件土地の二分の一の持分を相続により取得したというのであれば、相続税の申告書を提出しなければならないことくらいは十分承知していたことと思料される。

(四)  本件土地は鳩タクシーに譲渡されるまで吉田商店に賃貸されていたことは当事者間に争いがないところ、<証拠省略>によれば、吉田商店は、楢治郎の妻トヨの生存中(昭和三九年一月二五日死亡)は同人にその賃料を支払つていたが、昭和三九年七月以降はこれを次広に支払い、次広はこれを兄隆夫とその家族の生活費として同人らに手渡していたこと、原告に賃料を支払つたことはないことが認められる。

(五)  次広が単独で、昭和四一年九月二四日鳩タクシーと本件土地全部の売買契約を締結した事実のあることは、当事者間に争いがなく、さらに<証拠省略>によれば、同人は単独で、本件土地につき、昭和三六年四月二六日ころ抵当権を設定して、中小企業金融公庫から、一、〇〇〇万円を借入れ(借主は吉田商店)、同年九月九日ころには吉田商店の債務につき債権者三和銀行のために債権極度額四、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、それぞれその登記を了していることが認められる。

(六)  <証拠省略>によれば、相続の結果、原告が本件土地を全く取得しないとすれば、原告が得たものは奈良県生駒郡平群村所在の山林二筆の共有持分(三分の一)のみで、次広にくらべて原告が取得した財産は少ないことになるが、次広は高等学校在学中からひとり家業を手伝い、同校卒業後はこれに専念してきたのに、原告のみ関西大学法学部に進学して昭和三四年ころ同学部を卒業しており、原告とともに吉田商店の事業経営に従事するようになつたのはそれ以後のこと(原告は昭和三六年ころ取締役、ついで昭和四一年四月ころ代表取締役に就任している)であるから、このような事情も考慮する必要がある。

(七)  これに対し原告本人は、次広が単独で本件土地の相続登記をし、鳩タクシーと売買契約を締結し、中小企業金融公庫から抵当権を設定して金員を借用したことなどは、次広が原告にかくして行なつたことで、原告は相当長期間知らなかつたと供述しているが、さきに認定したように、原告は次広とともに昭和三四年ころから吉田商店の経営に携わつていたのであるから、右の事実をその当時全く知らなかつたというのは、極めて不自然で信用できない。また<証拠省略>は、真実は本件土地を自分と原告とが共同相続したが、登記名義のみ自分の単独相続としたと証言するが、共同相続をしたのであれば、そのような登記をするのが普通であり、本件の場合、全証拠によつても、真実に反する登記をしなければならなかつた事情は認められないのであつて、右の証言もたやすく信用することはできない。

2  本件土地の持分二分の一の贈与について

右のとおり、本件土地は、次広が単独でその全部を楢治郎から相続により取得したと認められるところ、昭和四一年一二月二一日原告と次広間で、本件土地の二分の一の持分につき、原告の登記名義に回復する所有権の一部移転登記をなす旨の即決和解が成立し、これにもとずいて昭和四二年三月一七日、右の登記がなされたことは当事者間に争いがない。

しかし、右の認定によれば、本件土地は遺産分割の結果、全部次広の所有に帰したのであるから、その持分二分の一について、同人が原告名義を回復する趣旨で右の登記をなす義務はないものというべく、右の登記をなすにつきその対価が支払われていないことは<証拠省略>によつて明らかであるから、右登記の実質的原因は、次広から原告への持分二分の一の贈与とみるべきである。

ところで国税徴収法第三九条は、第二次納税義務が発生するためには、当該国税の法定納期限の一年前の日以後に、滞納者がその財産の無償譲渡等の処分を行なうことを要すると定めているが、不動産の処分のように第三者に対する対抗要件として登記を必要とする物権変動については、滞納処分による差押についても民法第一七七条の第三者対抗要件の規定の適用があり、主たる納税義務者が無償譲渡等の処分をしても、その登記がなされていない限りは、なお主たる納税義務者の財産として滞納処分をなし得るのであるから、その対抗要件を具備したときに第二次納税義務が発生するものとすれば足り、その日を基準として法定納期限の一年前の日以後であるかどうかを判断するのが相当である。

すると、本件滞納国税の法定納期限は昭和四三年三月一五日で、次広から原告に本件土地所有権の一部移転登記がなされたのは昭和四二年三月一七日であるから、この要件は充たすことになる。

四  右の無償譲渡が認められる場合、原告の受ける利益が二、七〇七万円となることは、原告も認めるところである。

すると、原告と次広は兄弟であるから、原告は国税徴収法第三九条にいう親族その他の特殊関係者にあたり、原告が第二次納税義務を負う限度額は、右の受けた利益二、七〇七万円である。

五  以上、昭和四二年分所得税一、三五〇万四、八〇〇円、過少申告加算税六七万五、二〇〇円の滞納者である次広には、滞納処分を執行すべき財産がなく、その徴収ができないところ、これは同人が原告に本件土地の持分二分の一を無償譲渡したことに基因すると認められるから、原告は右無償譲渡によつて受けた利益二、七〇七万円の限度において、第二次納税義務を負うものというべく、本件納付告知処分は適法になされたものである。

原告は、さきに阿倍野税務署長が原告に対し、次広との本件土地の共同相続を認めて、その相続税について連帯納付義務を告知しておきながら(この事実は当事者間に争いがない)、被告がこれと相矛盾する本件納付告知をしたのは、二重課税で無効であると主張しているが、阿倍野税務署長はのちに連帯納付義務の告知を取消しており(この事実も当事者間に争いがない)、前記認定のような経緯に照らすと、本件の場合この告知の取消が法的安定を害し、禁反言、信義則に反するとは到底解されないから、原告の右主張は採用できない。

つぎに原告は、大阪府阿倍野府税事務所長は、一旦原告が次広から本件土地の持分を譲受けたとして不動産取得税を課したが、それが誤りであつたことを認めて取消したと主張し、<証拠省略>によれば、その事実を認めることができるが、それは偶々、右府税事務所長が調査した範囲の資料にもとずいて判断するとそのような結論になつたというにすぎず、当裁判所がその判断に拘束されるものでないことはいうまでもない。

五  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 鴨井孝之 大谷禎男)

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