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大阪地方裁判所 昭和44年(行ウ)81号 判決 1969年12月02日

原告 北側栄太郎

被告 堺税務署長

訴訟代理人 北谷健一 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

被告が、原告の昭和四一年分所得税につき昭和四二年一〇月一四日付でなした、所得税額を金三六、七〇〇円とする旨の更正処分及び過少申告加算税額を金一、八〇〇円とする旨の賦課処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

(被告)

主文同旨の判決を求める。

第二、主張

(原告の請求原因)

一、原告は昭和四一年分所得税につき昭和四二年三月一五日別紙の「更正前の額」欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告は同年一〇月一四日付で同別紙の「更正額」欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課処分をした。これによれば、原告の昭和四一年分所得には原告申告分のほかに金三六〇、六九〇円の譲渡所得があるから、この所得を含めた総所得に対する同年度の所得税の税額を金三六、七〇〇円と更正し、且つ右譲渡所有の過少申告分につき過少申告加算税金一、八〇〇円を賦課するというのである。

二、違法事由

然しながら右更正処分及び過少申告加算税の賦課処分(以下単に本件処分と称する。)はつぎの事由によつて違法である。

(一) 譲渡所得の不存在

本件処分は別紙の記載で明らかなように、金三六〇、六九〇円の譲渡所得があつたと認定されたことに基因する。しかしながらそのような所得はなかつた。

もつとも、原告は昭和四一年中に大阪府収用委員会から土地収用の裁決をうけたことはある。右譲渡所得の認定はこの裁決における損失補償金額を根拠とするものであるが、この裁決に対して原告は裁決手続に違法があることを理由として裁決取消の訴を提起し、その訴訟はなお係属中であるから裁決は未だ確定しておらず、従つてそこに示された補償金額もまた未確定である。

(二) 憲法第一一条、第一三条違反

原告は、前記のとおり補償金額が未確定であると考えたので、本件処分に対し異議の申立をした。そして、その際右見解に基づく原告の確定申告が違法であると言うのであればその根拠法規、条項等を教示されたいと申立てた。然るに被告は原告のこの申立の箇所に答えることなく異議申立を棄却した。これは憲法第一一条、第一三条に違反する処分である。よつて憲法第九八条により原処分たる本件処分は憲法第一三条に違反する違法なものである。

(被告の答弁)

一、請求原因一、の事実は認める。

同二、の(一)の事実は否認する。但し、そのうち昭和四一年中に原告に対して土地収用の裁決があつたこと、本件処分の譲渡所得の認定がこの裁決の補償金を根拠とすること、原告主張の裁決取消訴訟が係属中であることは認める。

同二、の(二)の主張は争う。但し、そのうち原告が本件処分に対して異議の申立をなし、被告がこれを棄却したことは認める。

二、譲渡所得の根拠

原告はその所有の堺市新金岡町三丁、一二八〇番地の土地が昭和四一年七月七日大阪府収用委員会の土地収用裁決によつて収用されたので、被告はこの裁決に基づく損失補償金について金三六〇、六九〇円の譲渡所得を算出認定した。

原告は、収用裁決取消請求の訴訟が係属中であるから右補償金額も未確定であるというけれども、原告の土地所有権は収用裁決により、収用の時期として指定された日、即ち昭和四一年七月七日に訴外大阪府に移転し(旧土地収用法第一〇一条第一項)、少くともこの時期までには原告はこれに対する補償金乃至補償請求権(その金額は金六、八一四、一〇九円)を取得しているのである

(同法第七一条、第九五条第一項)。従つて、前記訴訟が係属していることと原告に右補償金乃至補償請求権の取得されたこととは何のかかわりも無いことである。

また、仮に収用委員会の裁決手続に違法があるとして右裁決の取消乃至無効の確定判定があつた場合には、その時において始めて本件処分の減額更正をすれば足るのである。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因一、の事実は当事者間に争いがない。

二、被告は、原告の昭和四一年分所得に金三六〇、六九〇円の譲渡所得があつたと主張する。

原告に対して昭和四一年中に大阪府収用委員会から土地収用の裁決があつたこと、被告主張の右譲渡所得が右裁決に係る補償金を根拠とするものであることは当事者間に争いがない。そして右裁決の日が同年七月七日であること、その内容は原告所有の堺市新金岡町三丁一二八〇番地の土地収用に関するもので、起業者は大阪府、補償金額は金六、八一四、一〇九円で、収用の時期として指定された日は同年七月七日であつたこと、右補償金額について原告の昭和四一年分譲渡所得として算出される金額が金三六〇、六九〇円であることは、原告において明らかに争わないので自白したものと看做す。

原告は、右収用裁決に対して裁決手続に違法があることを理由として裁決取消の行政訴訟を提起しており、その訴訟はなお係属中であるから裁決は未だ確定しておらず、従つてそこに示された補償金額も未確定であるからこれを昭和四一年分の所得として算入すべきではないと主張する。

原告の主張の右裁決取消の訴訟が係属中であることは当事者間に争いがない。

ところで、所得税は一年の期間をもつて計算される所得に対して課税されるものであり、当該所得がどの年度に帰属するかについて換言すればいかなる事実が発生した場合にそれを当該年度の所得とするかについて、所得税法第三六条第一項は、「その年分の各種所得の金額の司算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、その年において収入すべき金額とする。」と規定しており、ここに「収入すべき金額」とはいわゆる権利確定主義により「収入する権利の確定した金額」を言うものと解されるから、本件における当事者双方の主張の当否は、前記裁決に係る補償金額(裁決に基づく補償金請求権の金額)が「収入する権利の確定した金額」と言えるかどうかに係る。

而して、所得税法か前示のように権利確定主義を採用しているのは、所得税は本来究極的に実現された収支に対応する所得を対象とすべきものであるが、他面、そのような現実収入主義を貫くときは租税負担の公平を害するおそれがある(例えば、収入の実現が可能である場合に、その実現に努力した者には課税されるのに、実現に努力せず放置、温存する者には課税されないという不公平な結果になる。)からこれを避けると共に、徴税技術上所得を画一的に把握して税収を確保する必要があることに起因するものと解せられるから、前示のように「収入する権利の確定した金額」というのは、個々の具体的な権利について、その性質、内容その他の法律上事実上の諸条件を綜合考察した上、通常の経済人ならばその実現を図りまたその実現が可能とされる状態に立ち至つているか否かの観点からこれを判定すべきものである。

そこで、これを本件について見ると、土地収用法に基づいて収用の裁決がなされれば、それによつて起業者は収用の時期に当該土地又は物件の所有権を取得し、当該土地又は物件に関するその他の権利は消滅し、起業者は収用の時期までに被収用者に係る補償金の払渡をしなければならないという法的効果を生ずるものであり(土地収用法第一〇一条第一項、第九五条第一項)、この効果は行政処分たる収用裁決の効果として、権限のある機関によつて取消されるまで一応適法の推定をうけ、被収用者はもちろん、第三者も国家機関もその効力を否定することのできないものであり(行政処分の公定力)、この裁決に対して裁決取消の訴訟が提起されたとしても若くはその訴訟が係属中であるとしても、単にそれだけの事由によつて何等の変動も生ずべきものではないから、収用の裁決によつて被収用者は裁決に係る補償金額(その請求権の金額)について「収入する権利の確定した金額」を取得するというに妨げないと言うべきである。

もつとも、裁決取消の訴訟において裁決が取消されれば、その取消の効果は既往に遡ることになるが、だからと言つて裁決が行政処分として有する前示の公定力はこれを否定することができないのであり、そのような事実は裁決後に発生した別個の事態として減額の更正処分によつて是正さるべきものである(国税通則法第七〇条第一、二項第七一条第二号)から、これをもつて前示の判断を左右するのは相当でない。

そうすれば、原告の昭和四一年分所得に金三六〇、六九〇円の譲渡所得かあつたことは明らかであり、この点に関する被告の主張は正当である。

三、そして、原告の昭和四一年分所得には右譲渡所得のほかに、金二三二、六二三円の営業所得、金三九、二一〇円の給与所得があつたこと、これ等の所得を合算した金六三二、五二三円の総所得金額を基礎として算出される原告の昭和四一年分所得税額が金三六、七〇〇円となることは原告において明らかに争わないところであるから、本件更正処分は適法なものというべきである。

四、本件過少申告加算税金一、八〇〇円の賦課処分が前記譲渡所得分の過少申告を理由とするものであることは当事者間に争いがない。そしてこの過少申告分に対する過少申告加算税額か金一、八〇〇円となることは原告において明らかに争わないから、本件過少申告加算税の賦課処分もまた適法なものと言うべきである。

五、原告は、本件処分に対する異議申立棄却決定において原告が要求した根拠法規、条項等を答えなかつたのは憲法第一一条、第一三条違反であり、従つて同法第九八条により本件処分も同法第一三条に違反すると主張するけれども、異議申立棄却決定の理由(行政不服審査法第四八条、第四一条第一項)は必ずしも根拠法規、条項等をその儘記載しなければたらないものではなく、異議申立人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を認識し得る程度に記載すれば足るのであつて異議申立人から根拠法規、条項等の教示を求められている場合にそれに直接答えないことが直ちに憲法第一一条乃至は第一三条に違反するとは言えないし、その上、原処分たる本件処分とこれに対する異議申立の棄却決定とは一応別個の処分であつて、異議申立棄却決定が憲法第一一条、第一三条に違反するからと言つて、それに先行している本件処分か憲法に違反するとは言えないから、原告の主張はいずれの点から見ても採用できない。

六、以上の次第であるから、本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条に従い、主文のとおり判決した。

(裁判官 井上三郎 藤井俊彦 大谷種臣)

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